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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VI.《疾風》−3

 デイジーたちがウィノア市から戻ってきてから、村は慌しくなった。
 家畜たちは仔を次々と産み落とし、春小麦を播く準備も始まった。雪が消え去り、春の雨が降り出
すのを待って畑の土を鋤起こし、肥料を入れる。
「天気が落ち着いたら、麦播きとジャガイモの植付けだな」
 差し掛け小屋の中で農具の手入れをしながらヨシュアはケリーに言った。
「まぁ、うちはライ麦と冬小麦を増やしたとは言っても蕎麦と豆が殆どだからな。ジャガイモを終わ
らせてよその手伝いをちょっとやっちまえば、あとしばらくは商売だけだ」
「ふうん」
 ナイフを砥ぎながらケリーは頷いた。「それで、西ウィノアにはいつ行くんだ?」
「一播きしてからだな。冬の間に塩漬けしておいた皮やら毛皮やらを持っていく約束だからな。あの
調子なら村の産物は今年も高く売れそうだ」
「俺も行けるかな」
「そりゃあ勿論だぜ」
 ヨシュアはにやりと笑った。
「ガルノーの爺さんにゃ悪いが、若い連中は使いもんにならねえよ。おまえなら仕込み甲斐もあるが」
 ケリーはナイフに親指を滑らせて砥ぎ具合を見ながら上目遣いに男を見た。「そうか?」
「おまえ、商売なんてくだらねえと思ってるだろう」
 手を止めてヨシュアは言った。「だがな、要は駆け引きだ。ここの問題だぞ?」
 自分の頭をつついて見せる。
「相手がなにを考えているかを予想して、こっちの動き方を検討する。いかに相手を手玉に取るか、
いかに出し抜くかが問題なんだ。戦争だってそれは変わらんよ」
「俺は別に戦略屋にも戦術屋にもなるつもりはないよ」
 下を向いてぼそぼそと言う。「ただ仇を討ちたいだけなんだ」
「おまえ、ゲリラ戦はやったことあるのか?」
 上目遣いにヨシュアを見る。「......それ専門だったよ、まだ」
「じゃあ、セオリーはわかってんだろう? 向こうの予想のつかない形で攻めるんだ。仮に正面で出
会っちまったら、粘るしかない。粘るには向こうの心理を読んで対策を練らにゃならん」
「わかったよ」
 ナイフを放り出した。「大人しく、商売のやり方も覚えてりゃいいんだろ?」
「投げやりになるな」
 ヨシュアの声がきつくなった。「いいか。ゆくゆくはどうやって食っていくつもりなんだ?」
「考えてないよ」
「考えろ。少なくとも、世の中の渡り方の初歩位はおれがわかる範囲で教えてやる。だがな、おまえ
の人生なんだ。その頭は食いものを押し込む口のためだけについてるわけじゃあるまい」
 ケリーはため息をついた。「あんたさあ......」
「なんだ?」
「ディーにも同じこと言ってるのか?」
「たりめえじゃねえか。でなきゃ、通信教育なんて受けさせねえよ。百姓以外にも何かあいつがやり
たいものがあるかもしれねえんだ。最後に百姓を選ぶのもあいつの自由だ。だた、百姓するには土地
が要るからな。それならここで根を生やすだけさ」
 ヨシュアは立ちあがると熊手を掴んだ。
「親ってのはな、子供にチャンスを掴むきっかけを作るだけだ。あとは自己責任だよ」
 軽くケリーの頭を叩く。「おれはおまえにもきっかけを作ってやるだけだ」
 そのまま出ていく彼を見送り、ケリーは再度ため息をついた。

 未来なんて見当もつかなかった。
 生きるとは決めたが、自分たちを殺そうとした連中を殺すため。ただそれだけだった。
 強いて言えば、ヨシュアはともかく、ジェーンとデイジーに何も危険が及ばないようにする。それ
がケリーの現状であり、それで彼は手一杯だった。
「俺ってガキなんだよな」
 もう一度ため息をついて立ち上る。
 軍の中では一人前に扱われていたが、『外』ではまださんざ子供扱いされている。早く一人前にな
りたかった。一人前がいかなる物かわからなかったが、少なくともデイジーを悠々と守りきれる程度
にはなっているはずだ。ナイフをポケットにしまい、薪を一抱え抱え上げると小屋を出た。
 台所の薪箱に入れていると、ジェーンが覗きこんできた。
「うちの子達はどうしたんだい? せっかく春が来たのにため息ばっかりだねえ」
 振り向くと口の中に何やら押し込んできた。慌てて咀嚼すると、悪戯っぽく笑う。
「美味しいかい?」
「うん」
 もっちりとした芋団子を頬張りながら頷く。「......おばさん」
「なんだい?」
「おばさんは、俺くらいのころって何してた?」
「工場で働いてたよ」
 立ち上るとあっさりと言った。「鉱山の屑鉱石工場でね」
「未来なんて考えてた?」
「借金のことで頭がいっぱいだったねえ」
 立ち上りながらほっとした。「俺だけじゃないんだな」
「そんなこと、考えてたのかい」
 笑うとボウルに布巾を掛けて食料棚に置く。「......ねえ、ケリー」
「うん?」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。焦らないで目の前のことをちゃんと納得いくように決着をつけ
てでも、まだ時間は十分あるよ。あんたはまだ子供なんだから」
 ケリーの両頬を水仕事で冷えた手が包み込んだ。緑の目が覗きこんでくる。
「昔から言うじゃないか。二兎追うものは一兎をも獲ずって。それまでずっとうちに居ればいいんだ
からね? あたしはあんたが人生を大切にしてさえくれればいいよ」
「......うん」
 ケリーが復讐をすることに反対のはずのジェーンが、何故そういうことを言うのか、彼には見当も
つかなかった。
 だが、それでも。
 自分を受け入れてくれているのは判った。心配してくれるのも。
「大丈夫だよ、おばさん」
 荒れた手を取る。
「俺、おばさんの気持ちを裏切らないようにするよ」
「そうかい、じゃあ、期待しておくよ。......そうだ、デイジーのことだけどね」
 ふとジェーンは眉をひそめた。「ケリー、なにか訊いてるかい?」
「なにかって?」
 怪訝な顔をすると、首をひねった。
「東の首都から帰ってきてから、元気無かったろう? 近頃ちょこちょこ村に出掛けてはミラーのお
内儀さんやパーシェヴェの奥さんところに行って、なにやらぐずぐずしてるらしいんだよ。母親のあ
たしじゃ、相談相手にならないのかねえ」
 最後は嘆じるような口調だった。
 言われてみると、ここしばらく、デイジーは分担の仕事を終えると家に居ない事が多かった。春に
なったので散歩にでも行ってるのだろうと暢気に考えていたのだが。
「ミラーのおばさんに死んだ村長んところの婆さんって、どういう取り合わせなんだろう?」
 ケリーにもまるきり見当がつかなかった。
「今日ってディーは裁縫の集まりだっけ?」
 窓の外を見やる。かなり日が傾いてはいるが日暮れまではまだ時間はある。
「......もしかしたらさ」
 思いついて言ってみる。
「おばさんの誕生日の贈り物かなにかで相談してるのかもしれないよ。ディーはおばさんが好きだか
ら、びっくりさせたいんじゃないかなあ」
 ジェーンは目をみはったが、微笑した。「......そうかしらねえ」
「元気無いのは、俺も気をつけておくからさ。心配しなくて大丈夫だよ」
 軽く請け合うと、ジェーンは頷いた。
「悪いけど、頼むよ、ケリー。あの子はあんたになついているからね」
 ケリーはそのまま部屋にあがるといつも通りターゲットたちの動向を調べだした。没頭していたが、
ふと気がつくと日が暮れている。慌てて階下に降りると、夕食の支度をしながらジェーンが振り向い
た。
「あれ? ディーは?」
 台所が1人きりなのに尋ねると、首を振った。「まだなんだよ」
「いくらなんでも......」
 遅すぎやしないかと言いかけたところでドアの閉まる音がした。
「ディー?」
 見るとヨシュアが上着を脱いでいる。
「どうした? デイジーが何だって?」
 何気なく訊き返してきたが、ふたりの顔を見ると顔をしかめた。「......帰ってないのか?」
「どうしたのかねえ」
 ジェーンはエプロンで両手を拭いた。「道草するような場所は無いはずだし」
「今日は誰の家だ?」
 ヨシュアは脱いだ上着を取りなおした。
「ピットさんの家なんだけどね。まさかあの奥さんがこの時間まで引きとめなさるはずもないし」
「俺が行ってみてくるよ」
 ケリーはヨシュアの腕を抑えて言った。
「ヨシュア、疲れてるだろ。俺だったら夜目が利くし」
「しかしなあ、おまえ」
「いいから」強い口調で言う。「俺が探しに行くほうがコトが大袈裟にならないよ、たぶん」
 ヨシュアはちらりとジェーンを見ると、諦めたように頷いた。「わかった、頼むか」
「じゃあ」
 ドアの把手に手をやったケリーは車が近づいてくる気配を感じた。
 慌てて外に出ると、古ぼけたバギーが地所の入り口に止まるところだった。3人が出ていくと、外
套を着た痩せた男がデイジーを下ろしている。
「こんばんは、マクニール」
 大人しそうな声で挨拶してきた。「すまんね、うちの女房がなかなか話に夢中になって離さなかっ
たもんだから」
「誰だ?」
 ケリーがこっそりジェーンに訊くと「ピットさんのご主人だよ」と囁き返してきた。
「遅くなってごめんなさい」
 デイジーが小さな声で言う。「おじさん、どうもありがとう」
「いやいや、儂も楽しかったよ。......なあ、デイジー」
 思いついたように男が言った。
「あんたの考えは理想だよ。だが現実はな、そうじゃない。前向きになって忘れるほうがいいんだよ。
......じゃあお休み」
 古ぼけたエンジンをがたがた言わせながら、バギーはUターンし、帰っていった。
 4人はそこに立ち尽くしていたが、ジェーンの「あら、お鍋をかけっぱなし」という台詞で歩き出
した。
「なにをそんなにピットの奥さんと話してたんだ?」
 いささか咎める口調でヨシュアが訊くと、デイジーはうなだれた。「......うん、ちょっと」
「駄目だろう、こんなに遅くなったら」
「......ごめんなさい」
 荷物を胸に抱えながらしょんぼりと謝る。「どうしてもおばさんとおじさんに訊きたい事あったの」
「なんだ?」
 しかしデイジーは首を横に振った。「......言わなきゃ駄目?」
「いや、言いたくないならな。だが、遅くなると家族が心配するってことに気をつけないとな。それ
に家の手伝いもあるだろ?」
「うん」
 ヨシュアもそう追求する様子も無く、2人を急き立てて家に入った。
 夕食の間もその後も、デイジーは沈んでいた。それを見ているとケリーも落ち着かず、ちらちらと
ジェーンに視線を投げたが、こっそりと唇に指を当ててみせるだけだった。
 いつもの寝る時間になると、デイジーは「おやすみなさい」と蚊の鳴くような声で挨拶して部屋に
上がっていった。
「......なんだよ、あれ」
 我慢できずにケリーはヨシュアに言った。「どうしたってんだよ?」
「おれに訊くな、おれに」
 ヨシュアは顎を掻きながら言葉を返してきた。「おれはそう怒ってないぞ?」
「なんなのかねえ、ピットさんのご夫婦に訊いたって」
 洗濯物にアイロンをかけながらジェーンはため息をついた。
「ピットの奥さんに聞くしかないかねえ」
「お喋りなんだろ、あのおばさん」
 ケリーはテーブルに肘をついた。「そのうち判るんじゃないかな」
「さてな」
 ヨシュアは否定的な見解を示した。
「ピットの亭主が絡んでると、流れんかもしれん。しばらく様子見だな」
 部屋に上がって行く途中でケリーはデイジーの部屋の前で耳をそばだてたが、ことりとも音はしな
い。それが却って心配を大きくした。
 どうも変だ、とベッドに潜りこみながら考える。なにかあるはずだ。東から帰ってきてから、どう
もディーは変過ぎる。
 なんて言ったっけ、あのおっさん。忘れるって何を? 判らない。ゲームでなんであんなふうにデ
ィーは泣きそうだったんだろう。愛国心かな。
 特殊軍になにか関係がありそうな気はしたが、それがなにか判らない。
 なんだろう? ヨシュアに訊けば判るかなあ。でもヨシュアは情報屋の仕事にディーを関わらせる
ほど、ずぼらじゃないよな。
 寝つけなかった。デイジーの沈んだ表情が胸をもやもやとさせる。
「ディーは笑ってるほうがいい」
 寝返りを打ちながら呟く。まるで俺が泣かしているような気分になる。
 ため息をつくと毛布を頭から被った。


 それから数日の間、ケリーはデイジーを注意深く観察していた。
 デイジーは村に出かけることもなく、牛や豚、羊の生まれたての子や、ひよこの面倒を見たり、冬
の間に家に入れてあった植木鉢を外に出したり、花壇の手入れをしたりと忙しそうだった。
 それでも時々、ぼんやりと考え込んでいるのを見るにつけ、ケリーはじれったい気分になった。た
まりかねて、或る朝ついに彼はデイジーが羊小屋から出てきたところを捉まえた。
「ディー、俺ってそんなに頼りにならないのか?」
 デイジーはきょとんとした表情でケリーを見つめた。「なあに?」
「ずっと悩んでるじゃないか。俺だってヨシュアだっておばさんだって心配してる。なんなんだよ。
言ってくれたっていいじゃないか。水臭いって言うんだ、そういうの」
 知らず知らずに強い口調で言ってしまうと、デイジーはうなだれた。「......ごめんね」
「謝るくらいなら言ってくれよ。俺は謝られたいんじゃない」
 デイジーは視線をさまよわせた。「......あたし......」
「うん」
 2人の間に沈黙が落ちた。ケリーは待った。鼓動が10打ったところで待ちきれなくなった。
「ディーは俺のこと、信用してないんだな」
 顔をそむけながら、ケリーは呟いた。
「俺、ディーのことを守りたかったけど、ディーは......」
 ディーは俺のことが要らないんだ。俺に守られるなんてイヤなんだろう。心配なんて余計なお世話
だと思ってるんだ。そうだよな、俺は身寄りもなくて居候だし、右目は義眼だし、まだガキだし。
「いいよ、もう」
 呟くと、デイジーは手を伸ばしてきた。「ケリー、あのね......」
「言い訳なんか聞きたくない。俺はディーに信用されてないんだろ?」
 体が熱くて冷たかった。屈辱と虚しさと怒りと悲しみが混ざり合った気分。
「ケリー、待って」
 掴まれた腕を振り解こうとしたが、デイジーは体ごと抱きついてきた。「大事なことなの」
「そりゃあ、そうだろうさ」
 冷たく言った。「家族の誰にも言えないくらいのね」
「どうしてみんな、あたしの言ってることわかってくれないのか、わかんないの」
 ケリーはゆっくりと振り向いた。デイジーは蒼ざめていた。その顔を見下ろしていると、嵐のよう
な感情が鎮まってきた。
「......何について?」
 デイジーが息を詰めるのがわかった。「......ええと......」
「特殊軍に関係ある?」
 ずばりと訊くとデイジーはたじろいだ。「......どうして?」
「このあいだ、マシューに特殊軍のことでつっかかってただろ」
 デイジーはすがりつくような眼差しでケリーを見上げた。「わかっちゃうの?」
「え?」
「秘密、守れないの? あたし......」
 秘密という言葉に驚いて回りを見まわし、家の壁のベンチにデイジーを連れていくと座らせて隣に
腰掛ける。
「......ディー」
 顔を覗きこむ。「......秘密なのか? そのこと」
「ううん......秘密に近いけど、秘密じゃないの」
 デイジーは首を振った。
「あたしね、村の人がわかんないの。モンスターとか、忘れちゃっていいんだよって言ってはいけな
い筈なの。だって、本当はそれって神様信じてたら出来ないはずだから」
「特殊軍のこと?」
 思いきってデイジーの手を取ると、ぎゅっと握り返し、翠の瞳に真剣な色を浮かべた。
「ケリー、ケリーはよその星から来た人だけど、特殊軍の人って、怪物とかモンスターだとかって思
う? 死んじゃっても気にしない?」
 ケリーはあっけにとられてデイジーの顔を見つめた。「......なんだって?」
「戦争終わったのに、知らないで戦争の続きで死んじゃったの。殺されちゃったの。そういう人たち
のこと、馬鹿だとか、要らなくなったんだから死んで当然とかって思う?」
「思うわけ、ないじゃないか!」
 かっとなって言い返す。「どうして馬鹿なんだよ?! どうして死んで当然とかって......!」
 何も知らされず、戦うことしか与えられず、殺されていった俺と俺の仲間たち。俺たちがどんな思
いで戦ってきたか、『外』の連中は知らないんだ!
「ほんとにそう思う?」
 デイジーは不安そうに訊いた。「ほんとにほんと?」
「怒るぞ、ディー」
 睨みつけると、デイジーは半分泣いているような笑い声をあげた。「よかったぁ」
「なにがだよ?」
「ケリーもわかって......くれなかったらどうしよ......かって......。よかっ......」
 しゃくりあげ、ぽろぽろ涙を流して泣き出すデイジーの頬を掌で拭ってやる。触れた頬は柔らかく
て、涙に濡れてもあたたかだった。
「それで悩んでたんだ? 俺に早くに打ち明けてくれればよかったのに」
 抱きしめて背中を撫でてやる。いつの夜かキスをしたことを思い出して動悸が大きく響く。あの時
も俺が原因でディーは泣いたんだっけ。


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