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スカーレット・ウィザード番外編


【The Ghost】


II.《生者−1》

 ケリーはロックにしたウィスキーを入れたグラスを弄びながらぼんやりとベッドの上に座り込んで
いた。ダイアナは操船に忙しいらしい。
 どうにも寝つけなくて酒を飲みだしたが、酔うことも出来ない。
 昔のことを思いだすのは断じて趣味ではなかった。誓ってもいい。それでも忘れられないで、ふと
思いだす時があり、思いだす相手がいるのもたしかだった。

 ......引き裂かれた心。傷ついた魂。魂と心の傷を癒してくれた手。今でも存在しながら、もう二
度と触れることの出来ない小さな手......。

 
 あの日。
 バイクに飛び乗り、宿舎まで帰ってきたケリーの目の前には中庭に累々と転がる死体があった。
「マァルゴ!」
 防毒マスク越しに叫ぶ。
「ヨハァン! アネットォ! ランディー! ビクトォル! ザァックス! パヴェール! ジョー
ルジォォ! ジャァイ! ルシール! コニー! 隊長ぉ! ハロルド隊長ぉ!」
 夜明けまで起きていた。交替時間だからきっと宿舎の中だ。宿舎の中なら、きっとシェルターに避
難しているはずだ。
 割り当てられている宿舎に飛び込む。
 地下に転げるように駆け下りる。だが。シェルターには誰もいない。
「うそだ......」
 階段を駆け上がる。自分たちの部屋は2階。女の子達の部屋は3階だ。廊下を走りマルゴ達の部屋
に飛び込む。誰もいない。
 ばたばたとカーテンが風に煽られて音を立てる。
『こちらは第8基地管理脳・マザーです。首都参謀本部より入電。これより240秒後にマザーは機
密保持のため機能を停止します』
 館内に流れる合成の女性の声に身体が凍りつく。
「なんだって?!」
『240秒後にマザーは機密保持のため機能停止します。360秒後に全ての施設は自爆します。各
人は速やかに退去・してください』
 廊下から階段を下りる。目の前が霞んで足許がよろめき、そのまま階段を転げ落ちる。
『200秒後にマザーは機密保持のため・機能停止します。320秒後に全ての施設は破壊されます。
各人は速やかに退去・してください』
「自爆だと?」
 歯を食いしばりながら呟く。「みんなをどうする気だよ?!」
 処分するのか。俺たちを。要らないから。今まで戦わせてきた俺たちを、祖国のために戦ってきた
俺たちを不要なゴミとして処分するのか。
 墓も作らずに。

 建物の外に出る。
 その足が、柔らかいものを踏ん付けた。飛び上がる。
 人間の背中、だった。
 足下から、おそるおそる視線を動かす。
 苦悶にゆがむ表情。喉を掻きむしろうとゆがんだ指。年嵩の兵士も。同じ年ごろの少年兵も。少女
兵も。すべてが音もなく動くものさえなく、沈黙だけが支配している。
 死体。死体。見慣れているはずの、しかし、どこかで拒絶するものがある。
「......いやだ」
 喉がからからに干涸びていた。
「いやだ」
 足が震えた。
「わああああっ」
 悲鳴がケリーの口から漏れた。走り出す。沈黙。静寂。死の匂い。嗅ぎ慣れたはずの、身体に染み
込んでいるはずのものとはあまりにも異質のなにか。
 つまずいた。死体の中に転げ込む。
「ラ.....ランディ?!」
 起き上がろうとして掴んだ顔をぎょっとして見つめる。白目をむき出し、口から血を流して死んで
いる同じ小隊の仲間。
「ランディ、おい......」
 触れた身体はゴム人形のようだった。
 気がつけば、そこは自分の小隊の集合場所だった。
「マルゴ?」
 彼女の名前を呼ぶ。「マルゴ? マルゴ?!」
 必死になって見渡す。が、視線が凍りついた。
 ライフルを片手に口から血を流して仰向けに倒れている少女兵。足元に転がるカーキ色のヘルメッ
ト。駆け寄り、抱き上げた。
「マルゴ! マルゴッ!」
 抱え上げ、揺さぶると微かに唇が動く。
 だが。
 それきりだった。
 がくりと頭が落ちた。濃い栗色の前髪の下、見開かれた緑の瞳は硝子玉のように生気を失っていった。
「マルゴ! いやだ!」
 揺さぶり続ける。「死ぬなよ! おい!」
 返事はない。抱える身体から熱が失われていくのがわかる。
「うそだ......」
 身体が震えだす。「うそだ......!」
『こちらは第8基地管理脳・マザーです。首都参謀本部より入電。これよりマザーは機密保持のため
機能を停止します。120秒後に半径2キロの範囲で施設は破壊されます。各人退避・してください』
 俺もここで死んでもいいかもしれない。
 マルゴの頭を膝に載せて、ケリーは座り込んだ。
 俺たちは不要品なんだ。処分されるモノなんだ。俺たちは存在する意味がない。
 心臓の音を感じる。
 120回鼓動が打てば、俺は死ぬ。マルゴやみんなのところにいける。
 
 目を閉じた。地響きがする。マルゴの上に覆い被さった。


 目を開けた。
「俺.....どうして死なない?」
 振り向いて愕然とした。建物は見事に破壊されていた。
 だが、それだけだった。クレーターのように敷地全体を吹き飛ばす爆破消去ではなく、ただ、建物
だけが。見事な破壊処理だった。
「は......」
 胸の内から笑いがこみあげてきた。無意味な笑い。
 俺は死ねないのか。たったひとり、生き残り、取り残されて。
「あはははははははは......」
 涙がこぼれる。それでも笑いは止まらない。
「なんて冗談だ」
 笑いながら呟く。「こんなひどい冗談なんてあるのかよ」
 笑いは止まらない。それはやがて嗚咽に変わる。
「ひでえ」
 頭を抱えてマルゴの上に突っ伏した。
「マルゴ。俺、死ねないんだ。どうして置いてきぼりなんだよ......」
 自殺すれば? 一瞬考えたが拒絶した。
 自殺なんて負け犬のすることだ。俺は誰に負けた? まだ負けていない。俺はまだ生き残っている。
西ウィノア特殊軍は全滅していない。俺が生き残っているのだから。
「裏切り者は殺す」
 身体をおこした。
「俺たちは祖国のために戦ってきたのに、俺たちは裏切られた。殺してやる」
 誰を? 俺たちを裏切った者全てを。俺たちを切り捨てた者全てを。
 誰も見るものはいない。
 だが、ケリーの琥珀の目は冷たい復讐の意思に燃えていた。


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