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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】



II.《生者》−2

 西ウィノア国、ヴァレンツ地区。
 そこは荒野に続く土地だった。2千キロほど向こうは戦闘地域になっている。
 そんなところに植民する酔狂な者がいるとは誰も思わないだろうが、実際のところ住み着いている
小さな集団があった。
 キリスト教の1宗派で昔ながらの暮らしを続けることで神に近づけると信じる人々。
 彼らは都市に生きる者たちを「快楽主義者」と呼んで軽蔑していたが、そこから抜け出て移住を希
望してくる者たちは快く歓迎した。
 村長のパーシェヴェは、夜遅くにやってきた男に葡萄酒を勧めた。
「いやいや、おれはすぐ出掛けるんで、村長」
「どこにだね?」
「今朝、あっちのほうで」
 客は荒野を指さした。「なにやらひでえことが起きたらしいんでね。ちょっくら見てこようと思う
んでさ」
「なにかあったかの?」
 客は肩をすくめた。「明け方、特殊軍が皆殺しになったらしい。毒ガスだそうで、まぁ酷いもんで
さぁね」
「それはそれは」
 パーシェヴェは十字を切った。特殊軍のことは承知していた。神のごとき振る舞いを人類がおこな
った結果生まれた、生まれながらに人殺しをすることを定められた、罪深き哀れな存在。
「まぁ、墓のひとつも建ててやって、ついでに風の具合でこっちに被害があっても困りますしな。探
知器でもって見て来まさあ」
 客はわざわざそれを事前に報告しに来たらしい。
「もし、おれが軍の連中に取っ捕まったら、そこんところよろしく頼みませすぜ」
「よかろうよ」
 長くのばした髭をしごいて笑った。
「おまえさんがそういう役割をこなすのは、この村の取り決めということでな」
 そのまま客が出ていくのを窓越しに見送る。
 その男は若いころ宇宙を放浪していたらしいが、他所の星で女房を娶り、故郷のこの星に帰ってき
た。だが外の世界を見てきて、街には馴染めないと感じたらしい。
「百姓でもやりたい」とこの土地に移ってきて7年経つ。女房も達者で働き者だし、幼子だった娘も
すくすくと育っていい働き手になりつつある。
 まぁ、裏の谷間でなにやら怪しいこともしているようだが、彼の農地は村の中でも一番外れだし、
堅いことを言うまいとパーシェヴェは考えていた。神は信仰の他に行為をもってその心を試されるも
のだ。

 ヨシュアは村長の家を出ると、ホバーと四輪の機能を併せ持つバギーに乗って出発した。
 簡易宇宙服は着込んである。ヘルメットは脇に置いてあるしガス感知器は作動中だ。昨日の夜、谷
に下りて船の通信機で軍の無線を傍受していて、今朝のことを知った。
 馬鹿馬鹿しいことだ、と内心で呟く。
 実験体の特殊軍を虐殺するとは、無謀なことをしでかしたものだ。そんなことまでして処分する必
要があるのか?
「要らないからってなぁ」
 独り言を言う。「連中を保護してやればいいじゃねえか。そう気の悪い連中でもねえんだしよ」
 ヨシュアは17年前まで海賊だった。中央銀河の大きな海賊団の下っ端をやっていた。ウィノアの
交戦宙域での特殊軍の戦闘は知っている。そこから漂流した、死にかかった特殊軍の兵士を拾ったこ
ともある。
 なぜなら、連中の強さは知っていたからだ。死にかかった連中を介抱した後スカウトして海賊団に
連れていけば、大きな戦力になる。
 そう思って拾ってみたが、連中はごくごく普通の素直で無邪気な人間だった。政府を信じていた。
海賊団の仲間の方が精神的にひねこびていて、却って人工臓器や義手などでよっぽど化け物じみていた。
 その現実を知っていた。なのに、政府の連中ときたらなにをとち狂ったのか。
「正規軍に組み入れて、《連邦》にでも貸してやりゃあ、恩も売れるだろうによ」
 わざわざ裏切る真似をしなくたってなあ。純粋な連中ほど、真実知ったら恨むだろうぜ。
 バギーに取り付けたレーダーを見ながら頭に赤外線スコープをつける。
 今朝、頭上を自衛軍の飛行隊が飛来し、戻って3時間ほどで荒野のあちこちで爆発があったのを、
家にこっそりつけたレーダーは捉えていた。
 連邦軍仕様のものだから、大気圏内の障害が若干あっても受信範囲は大きい。3千キロは取れる。
戦闘区域でなにか立て続けに爆発したらしい。
「誰か生き残りがいるかもしれねえしな」
 アクセルをさらに踏み込む。
 村長に言ったのは嘘ではない。だが、それ以外にもヨシュアには思惑があった。
 もし生き残りがいれば、宇宙に逃がしてしまえばいい。海賊にでもなれば連中の適性にあっている
だろうし、性に合わなければそこからどこか別の田舎の星に移り住んでこっそり生きていけばいい。
戸籍など金をつめばいくらでも偽造出来るし、そのくらいは彼だってやってのける。
 女房のジェーンは「酔狂だねえ」と眉をひそめながら送りだしてくれたが、彼は特殊軍の兵士達の
方が街の連中よりはまともだと感じていた。特殊軍の連中は無知なだけだ。だから戦いに意味がある
と思って殺し合っている。知らなければ、教えてやればいい。
 それで生き方を選択させれば、それだけのことだ。
 6時間走った。
 軍の連中はガスをまいただけでさっさと引き上げたらしい。今は暫定政府があるとはいえ、《連邦》
の役人とそれにくっついてきたマスコミがウィノアにいる。うかつなことはやらないだろう。
 バギーを停めてガス探知器を見る。特に毒ガスは感知していない。スコープを遠視に切り替える。
 この先3キロほど行くと、戦闘区域に入る。たしか軍の管理脳にハッキングをかけて調べたことに
は、検問所があるはずだ。
「だれもいねえな。引き上げたか?」
 レーダーに写る施設と地図を引き比べる。用心しながら検問所に近寄り、バギーを停めた。無反動
ライフルを片手に、静かに降りる。
 検問所は機能していた。念のため、裏にまわって電源供給システムを壊しておく。
 壁に貼ってある地図によると、ここからさらに北東に50キロ行ったところに前線基地があるらし
い。だが、そこは今朝がたレーダーで感知した爆発地点の1つでもある。
「どうするかな」
 顎を撫でた。
 あと2時間で夜が明ける。明けてから行くか?
「行くか」
 呟いて検問所を出る。夜が明けてからだと軍事衛星にこちらが見つかる可能性もある。闇の中とは
言え、たかだか50キロだ。10分もあれば行けるだろう。
 エンジンをかけてスタートしたが、地面にぼんやりと見えたものに慌ててブレーキを踏む。
 兵士の死体が転がっていた。2人。ライトペンで照らすと、ひとりは額のど真ん中を撃ち抜かれ、
もうひとりは恐怖と苦痛に顔を歪めていた。腹に1発、こめかみに1発。ただし、顔に殴られた跡が
ある。
「いい腕だねえ」
 思わず口笛を吹く。
「さすがは特殊軍だな。となると、脱走したやつがいるのか?」
 地面を照らす。轍がある。タイヤの具合から見てバイクなのだろう。Uターンしている。
「まぁ、ババを掴んでもいいとするか」
 バギーに乗り込んでアクセルを踏む。

 

 ケリーはふと目を覚ました。
 向こうから何かがやって来るのを地響きで感じたのだ。
「なんだ?」
 地上をこっちに走ってくる物。
「敵か?」
 次の瞬間、皮肉な思いに捕らわれた。「敵」とは何だ。東ウィノアの連中のことか。それとも西ウ
ィノアの連中のことか? 
 深く掘った穴のなかで燻っている固形燃料に土を掛けた。銃を掴み、暗視スコープを覗く。遠いの
か、まだ見えない。
 地面に耳を当てる。そんなに遠いはずはないのだが?
 装備を確認する。銃のエネルギーよし。レーザーナイフ5本よし。セラミックナイフも5本ある。
食料と銃の交換用エネルギーチューブは背嚢にいれてある。
 くらりと目が回る。右目は痛くはないが、どことなく身体がだるい。防毒マスクの中で汗をかいて
いる。
 思わず地面に手を突いたが、なにかの音が聞こえたような気がした。
「?」
 耳を澄ます。なぜかクラクションの音がしたような?
「おーい」
 熱でも出たんだろうか? 誰かの声がする。
「だれか生きているのかあ」
 どうも幻聴では無いらしい。しかし、どこの馬鹿だ? こんな場所で声を張り上げるとは。のんき
な『外』の連中か?
「助けに来たぞぉ」
 助け? 何のことだろう。もしかして、他の部隊で生き残りがいたんだろうか? それとも罠だろ
うか?
 がたがたとなにかがやって来る。もう一度暗視スコープで眺めると見えた。見慣れない型の車だ。
「そこの奴、無事かあ」
 ヘッドライトもつけないで走ってくるとは、しかしなにか変だ。そう思った瞬間、パッシングされ
た。眩しくて顔を背ける。
 クラクションを鳴らしながら、誰かがやってきた。少し離れた場所で止まる。
「やれやれ」
 中年の男の声がした。「見つけたと思ったら、まだ子供じゃないか」
 顔を上げると、見慣れない服を着た男がバギーから降りるところだった。
「坊主、ひとりか?」
 男は近寄りかけたが、ケリーの銃を見て、両手を上げた。
「ああ、撃たんでくれよ。助けに来たんだがな。おまえさん、ひとりかい?」
 声も出さずに頷いた。
「あっちの基地の子かな?」
 ケリー達の宿舎の方向を示す。頷いた。
「誰か、他に生き残りは?」
 首を振った。と、眩暈がした。
「おい!」
 がっちりと支えられる。「大丈夫か? ガス吸って具合が悪いのか?」
 そのまま担がれてバギーに乗せられる。脇に背嚢がどさりと置かれる。
「毒ガスは無いからな、安心してマスク外しな」
 たしかに男は顔に何も付けてはいない。防毒マスクを外すと、男はのけ反った。
「おい! ひでえ怪我してるじゃねえか! よくもまぁ、こんな傷で」
 荷台をごそごそ探っていたが、箱を持ってくる。
「両手だしな」
 手袋を外され、なにか冷たいスプレーを吹きかけられる。
「ほら、これもってな」
 タオルを渡された。
「いいか、しみるからな、ちょっと我慢しろよ」
 悲鳴を上げた。右目が焼けつくように痛い。
「ほら、タオルで押さえてろ。消毒しただけだからな」
 手早く包帯でタオルごと巻かれる。
「よぉし。いい子だ」
 背嚢を頭の下において横にされる。毛布が掛けられた。
「さて、ひとまず帰るとするか」
 男は前の運転席に座ると、車を発進させた。
「寝てていいぞ、坊主」
 振り向きもせずに声を掛けてくる。
「どうせな、5時間かそこらは掛かるんだ。いささか揺れるかもしれんが、身体を休ませておけよ」
 変な浮遊感がある。そのまま加速が掛かるのが判った。
 

 ヨシュアは呆れていた。
 噂には聞いていたが、少々上背があるとはいえ、顔から見てまだ12かそこらの子供が一人前の兵
隊の格好をしている。いくら7つから戦場に出ているとは言え、無茶にもほどがある。
「デイジーと同じ年頃だってのになあ」
 娘は毎日家畜や鶏の世話をして平和に生きているというのに。こっちじゃ見せ物になっているとも
知らずに殺し合いをしている。
「ロクデナシ共め!」
 思わず40年も内戦をやっていた政治屋どもを口の中で罵る。
 特殊軍の兵士達は、自分たちの身内でもあるのだ。精子と卵子の供出は相変わらず義務づけられて
いるのだから。どうミックスされようが、どこかでは血の繋がりがあるはずなのに。
 アクセルを思いきり踏み込む。
 あと1時間ちょっとで夜が明ける。とにかくさっさと戦闘区域から出て村に帰ることにしよう。こ
の子の身の振り方も考えなくてはならない。もう少し大きければ宇宙に逃がしてやって「おやっさん」
に預けてもいいかもしれないが。12や13で海賊稼業に入るのは、いくらなんでも、ちと難しいだ
ろう。しかし、ウィノアで戸籍をでっちあげるのはもっと難しい。あの生殖細胞の供出制度があるか
ぎり、一発で特殊軍だと判ってしまうだろう。となると、入国記録を改竄してよそから来たことにす
るか? ジェーンの故郷はどこだったかな? そうだ、チャレスカだったな。あいつに適当に甥っ子
でも作らせて、ごまかすしかないだろうか? 
「うーむ」
 唸りながら境界線を越える。
 それにしても、右目を潰されて、よくもまあショックでひっくり返らなかったものだ。こういうタ
フさが特殊軍兵士の特徴なんだろうか? レーザーだからあれで済んだようなもんだろう。実弾だっ
たら、七転八倒の苦しみだし、頭がい骨まで弾が行ったかどうか調べなくちゃならん。
「義眼だなあ」
 船の医療装備に義眼のストックなんてあっただろうか? 村の医者なら持っているだろうが、政府
に筒抜けにならないか?
 バックミラーに昇りだした太陽がぎらぎらと写る。往き以上のスピードを出してバギーは荒野を走
り続けた。



 苦しかった。
 息ができない。さっきから酸素ボンベが限界だとエラーが鳴っている。
 だが、交換のボンベなどありはしない。これが最後の一本だった。
『俺、死ぬのかな......』
 目の前が暗くなる。そのまま荒野に倒れ込んだ。
『死ぬのかな......』
 ぼんやりと地平線を眺める。
 白い衣が戦場をふらふらと舞っている。時々、そこから真っ黒い男が出てくる。
『何なのかな、あれ』
 半濁した意識で考えていると、誰かの気配がした。
『何をしている』
 黒い男が覗き込んでいた。変なやつ。ケリーはおかしくなった。タールより黒くて髪が白い。瞳は
ケリーと同じような......黄色だった。
『ボンベの空気がないんだ』
『ふむ。死にたいのか』
『わかんないや』
 笑いがこみあげてくる。『だってさ、もう誰もいないんだ。でも、あんなふうに死にたくない』
 涙が左目から流れる。
『負けるはずなかったのに。あんなふうにみんなを殺したやつをぶっ殺してやる』
 昏い瞳が見下ろした。
『息がつけないなら地を満たす大気を吸えばよかろう』
 男はゆうらりと立ち上がった。
『そのような棺のようなものに入っておらずにな』
 優雅に歩き去っていく足を見送り、目を閉じた。右手がヘルメットのロックボタンにかかる。ため
らい、迷う。
 あの男は幻覚だったに違いない。こんな戦場のど真ん中をどうやって歩いていられる?
 だが、このままでは窒息するのは目に見えていた。
 喉も渇いていた。空腹だった。そして何よりも疲れ果てていた。
『いやだ』
 つぶやき、ロックボタンを解除する。
『こんなふうに死にたくない』
 しゅうしゅうと外気の侵入してくる音がする。かぐわしい香り。これが毒ガスの匂いなら、それも
構わなかった。目を閉じて息をついた。



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