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スカーレット・ウィザード番外編


【The Ghost】



II.《生者》−3

 食欲をそそる香り。
 涼しく柔らかい寝床。
 空腹感で目を覚ました。
 黄色い明かりがぼんやりと部屋を照らしている。鎧戸を閉めた部屋の中。天窓からは薄暗い空が切
り取られたように見える。どこだろう。
 見知らぬ男に車に乗せられたのは覚えている。いつの間にか眠ったらしい。
 たしか5時間ほど走るとか行っていたが、するとそれ以上に眠っていたのだろうか?
「白い衣」
 ふと呟いた。なんだっけ? 夢でなにかを見たような? 
 かたんと音がした。軽い音。とんとんと続いてこちらに近づいてくる。
 身体をまさぐって、ぎょっとした。
 下着だけで装備は何もない。寝たふりをして油断させて、ここはどこか聞き出して......。
 ぱたんと扉が開いた。逆光でよく見えないが、細くて小柄な姿が浮かび上がる。足許に身をかがめ、
水音がする。なにかを絞る気配。額に温かいタオルが触れて、そっと顔を拭かれる。その手首をつか
んで引き倒した。
「きゃっ」
 悲鳴を上げて、その人間はケリーの腕の中に転げてきた。
 女の子だった。その声にはっとする。
「マルゴ?!」
 覗き込んだ顔は別人だった。
 マルゴは髪は少年のように短かった。軍服の上からでも体つきは丸みを帯びていた。
 目の前にいる少女は髪を肩までのばして胸当てのついたエプロンを締めていた。手首はマルゴより
もずっと細くて華奢だった。顔は良く見えないが甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「びっくりしたぁ。目が覚めてたのね?」
 マルゴの声と似ているようだったが、もっと柔らかくて優しい言い回しだった。
「誰だ?」
「だれって、デイジーよ、イトコさん」
 ケリーは意味が判らず、あっけに取られた。
 デイジーよ、イトコさん? 何だ、それは?
「デーイジー!」
 遠くで誰かが呼ばわる。「なにどたばたやってるんだい! 病人なんだよ!」
「はあい、母さん! あのね、目が覚めたみたいよ!」
 大声で返事をすると、ケリーに振り向いて、ぺろっと舌を出した。
「えへへ、失敗しちゃった」
「全く、おまえときたらそそっかしいんだからねぇ」
 だれかが上がってくるらしい。「ほら。台所で父さんに食事を出しておくれ。ここはあたしがやる
から」
「はあい」
 立ち上がりかけて、ケリーがしっかり握っている手首をしげしげと見つめた。
「あのね、離して貰える?」
 慌てて離すと少女は立ち上がり、エプロンとスカートをぱたぱたとはたく。
「しばらくここにいるんでしょ?」
 明るい声で少女は話し掛けてきた。「嬉しいな。仲良しになってね?」
「デイジー!」
 女の声がさっきより近くでした。
「はあい。じゃあまたね」
 ひらひらと手を振ると、少女は軽やかに身を翻した。入れ替わるように女が入ってくる。ぱたぱた
と駆け降りる音が消えるまで、女は戸口に立っていた。
 沈黙が部屋を満たしたが、女はためいきをつくと動きだした。扉を閉める。スイッチを捻ったのか
明かりが強くなりケリーは眩しくて目を手で庇った。
「さて、と」
 半身を起こしたケリーのまくら元の小卓になにやら置くと、少し離れた場所から椅子を引き寄せて
座った。
 中肉中背の中年の女だった。きついながらも華のある顔立ちが日に焼けているらしい。
「お若いの。気分はどうだい?」
「ここは?」
 逆に聞き返した。
「西ウィノアのヴァレンツってところだよ。あたしの亭主が戦闘区域であんたを拾ってきたんだよ」
 小卓を指さした。「お腹は空いてないかい? 今日の夕食なんだけどね」
 ぐるぐると胃袋が音を立てた。女の顔を見ると、女は頷いた。
「ああ、ゆっくりでいいからお食べよ」
 起き上がったケリーに盆ごと渡す。美味そうなシチューだった。ひと匙すくって用心しながら食べ
る。予想以上に美味しかった。がつがつと食べだす。
「なにから聞きたいかね? 特殊軍の兵隊さん」
 女の声に顔を上げる。口の中のものを呑み込んだ。
「あんた、俺のことを」
「そりゃ、うちの人がわざわざ拾ってきたんだからね。ああ、うちの娘のデイジーには話してないか
ら。......たいへんだったみたいだね」
 女は深いため息をついた。
「まぁねえ。ウィノアに来るまで世の中こんなことがあるなんて、夢にも思いもしなかったよ。政府
の御都合だけで戦争するのはどこの国でもやってるけどね。わざわざそのために人間造って、いらな
くなったら捨てるだなんて。あげくにそれが娯楽だなんてね」
 エプロンをくるくると裾から巻いてはほどきだす。
「うちの人は、なんだかあんたたちに肩入れしててね。昔、宇宙の方では何人か逃亡の手助けしてや
ろうとしたみたいだけど、みんな途中で死んじまったんだとさ。まぁ、今回はあんたひとりでも助け
てやろうって頑張ってるみたいだけどね」
「助ける?」
「特殊軍は、全員死んだことになってるんだよ。東西で相討ちになったってね。他に生き残りがいて
も、そうそう助けられるもんじゃないし。だから、若いあんただけでも安全な宇宙に逃がしてやろう
って」
 わけがわからなかったが、わかる言葉に反応した。
「どうして逃げなきゃならないんだ?」
「そりゃ生きていると判ったら、掴まって殺されるかモルモットにされるかだからじゃないのかい?」
 女はうんざりしたように言った。
「軍隊なんて、そんなもんさ。まったくねえ。もっと早く《連邦》に加盟してくれたらこの国から堂
々と出ていってもう少しマシな国に移れるんだけど」
 ケリーは料理を見下ろした。
「俺は俺たちを裏切った奴らを、仲間を殺した奴らを許さない」
「許さないって、どうするんだい」
「殺してやる」
 女はあっけに取られたようだった。「ちょいと。あんたみたいな子供が」
「俺はもう5年も実戦に出てる。大人になんか負けるもんか」
 女は絶句した。
「......そんなことして、自分を貶めるこたぁないじゃないか」
「おとしめる?」
「復讐なんて言って、人殺しをするのかい?」
「俺は今までだって戦場で東の人間を殺してきた。この間だって」
 肩をすくめた。
「自衛軍のやつらを殺した。やられたらやり返す。それが戦いじゃないか」
「まったくだな」
 男の声がした。「ジェーン。降りてな。おれが坊主に話があるから」
 戸口を見ると、がっちりとした体格のやや背の低い男がいた。声からすると例の男らしい。
「おまえさん、この子を止めとくれよ。人殺しだなんて」
「いいから降りてろ」
 女はしぶしぶ立ち上がって部屋を出ていった。
 男は替わりに椅子に腰掛けた。
「まぁ、人生いろいろあらぁなさ」
 呟くようにいうと、肩をすくめて見せた。
「自己紹介がまだだったな。おれはヨシュア・マクニール。このヴァレンツで百姓をやっている。今
のが、女房のジェーンで、あとは娘のデイジーだ。うちは3人家族だ。あとは牛とか羊とか豚とか鶏
とかだな」
「ケリー・エヴァンズ。西ウィノア特殊軍第8基地第5大隊、ハロルド・エヴァンズ小隊所属。階級
は3等軍曹」
「ふむ」
 胸ポケットから薄いプレートを出した。
「たしかにそうらしいな。認識票にもそうある」
 胸ポケットにしまい直す。「ちょっと預かっておくぞ」
 ケリーは黙って男------ヨシュアを見つめた。     かかあ 「うちの嬶が言ってたようだが、おれはおまえさんのお仲間が好きでね」
 ヨシュアは笑った。
「素直で無邪気でまっすぐな気性の、いい連中ばかりだ。政府の連中とは大違いだな。今回の大虐殺
だって、なんでそんなことをする気になったのか、さっぱり判らん。今までのことをとにかく謝って
普通に市民として平和に戦わんで済むように暮らしていけるようにすればよかったんじゃないかと思
うんだがね」
 ケリーは身じろぎもしない。
「おれはちょっとばかし特技があってな。20年ほどウィノアの外で生きてた間に習得したんだが、
身分証の偽造とか、コンピュータのハッキングとかだ。だから、おまえさんが生き残ってもごくごく
普通の市民として暮らせるように、どこかに戸籍をでっち上げてやってもいいと思っている」
「なんのために?」
「ん?」
「なんのために生きるんだ?」
「せっかく生き残ったんだぞ。生きてりゃいいこともあるだろうさ」
「たとえば?」
「好きな女が出来るとか」
「俺が好きだったマルゴは死んだよ」
 うつむいて呟いた。「気が強くて、でもとってもきれいだった」
 ヨシュアは困ったように視線を逸らし、こめかみを掻いた。
「そうさなあ。......おれもこうだとは言えないんだが。ただな、時々思うんだよ。ああ、おれは生
きていた。生き残れた。よかった、ってな」
「......俺たちは、祖国の存亡と誇りのために生まれたんだ」
 ケリーは言った。「それを否定されたんだ。祖国から」
 ヨシュアは首を振った。
「人間生きてるかぎり、国なんて滅びんさ。いや、国なんてなくたって、人間生きていけるもんさ。
自分の国がよその国に飲み込まれてもな。政治家と官僚どもは失職するだろうが」
 皮肉っぽい笑みだった。「生きる場所さえありゃあ、なんとでもなる。」
「生きる場所? 祖国だろ?」
「いいや違う」
 首を振った。「たとえば宇宙。たとえばここの農場。たとえばどこか別の星。どこでもいい。自分
がそこで暮らしたいと思って受け入れてもらえる場所が、生きる場所さ」
 ケリーは返事をしなかった。
 ヨシュアもそれ以上、何も言わなかった。
 ケリーはまたシチューを食べだした。先程よりは冷めてはいたが、まだ美味しかった。
「坊主」
 ヨシュアは身体を屈めて言った。
「ま、それは兎も角だ。差し当たり、おまえさんはうちの嬶の甥ってことにしておく。特殊軍の生き
残りだなんて口が裂けても言えねえからな。おまえさんは、身寄りが死んじまって、さしあたりの身
の振り方を考えるためにチャレスカって星から来たことにする。右目は身寄りを亡くした事故で無く
したんだ。だから、ここで義眼を調達して入れてやる」
「......事故?」
 ジャガイモを呑み込んだ。「どういう?」
「さて。そうだな、まぁ考えとく。でな、いささか時間調整のために1週間ばかし別のところに隠れ
ていて欲しいんだ」
「隠れる?」
「ああ。おれが戦闘区域に行ったのは村中に知られちまってるからな。そのとたんにおめえさんが居
たんじゃ、正体バレバレだ。今夜、別の場所に移動するから了解しといてくれ」
「わかった」
 シチューを平らげると添えてあったコップの水を飲み干し、盆ごと皿を差し出した。
「美味しかった。ありがとう」
「そりゃ、御丁寧に」
 ヨシュアは受け取るとにやっと笑った。「おまえさん、躾が行き届いてるな」
「ああ」
 頷いた。「『外』から視察に来る奴らに失礼があっちゃいけないってさ」
「は! お貴族様は下々の礼儀に五月蝿くってしょうがねえや」
 馬鹿にしたように言い放った。「お高くとまっちまってる連中さ」
 立ち上がった。「じゃあな。真夜中に来るからな」
「あのさ」
「ん?」
「『オイ』とか『イトコ』ってなんだ?」
 ヨシュアは笑いだした。
「ああ。甥ってのはな、自分の兄弟姉妹の息子のことだよ。娘は姪っていうんだ。イトコってのは甥
や姪同士の血縁関係をそう呼ぶのさ」
「へえ」
 ケリーは素直に感心した。「いろんな言葉があるんだ」
「そうさ。じゃあな」
 ヨシュアが部屋を出ると、ケリーはベッドに横になった。
 よく判らないことだらけだった。ただ、シチューが美味しくて、あの男とその周りにいる人間が優
しいと思った。なぜかそのことが嬉しかった。




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