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スカーレット・ウィザード番外編


【The Ghost】


I.《亡霊》

 その晩、夜食を持っていこうとしていたイザドーはメイドが速達郵便物を受け取ったのを見た。
「イザドーさん、旦那様になんですけれど」
 若いメイドは途方に暮れたように小さな包みを持っていた。
「こんな時間にお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「今からお茶ですのでお渡ししましょう」
 廊下を居間に向かって歩く。
「どちらからですか、その小包は」
「ジゴバって消印があります。ずいぶん軽いですわ」
 見ると、「取り扱い注意・壊れ物」のタグが貼ってある。
 ケリーはジャスミンとともに居間にいた。プリスも同席していたところを見ると、明日の会議の打ち合わせでもしていたらしい。
「旦那様。小包がまいりました」
 ケリーは怪訝な顔をした。「なんだって?」
「軽いものですわ。壊れ物だそうです」
 メイドから手渡されるとケリーの顔はますます怪訝な顔になった。
 メイドとお茶を淹れたイザドーが下がるとケリーはそれを膝の上に載せた。
「本当に軽いな。誰だ、送り主は」
 包みの上書きを眺めていたが、怪訝な顔が眉をひそめたものになる。
「なんだと?」
 慌てたように包みをほどきだす。ジャスミンはカップの縁から目を上げた。
「どうした、海賊」
「どうしたもこうしたも、こっちが聞きたいくらいだ」
 包みの中身は古ぼけたプラスチックのケースだった。
「おい。爆発物じゃないだろうな?」
 ジャスミンは夫の態度に呆れて言った。
「そんなものを送ってくるやつじゃない」
 知り合いか、と口の中で呟くとジャスミンは箱の蓋を開けた夫の手許を覗き込んだ。良く見えないが茶色のものが見える。ごそごそとケリーは中身をとりだした。
「あら、可愛い!」
 プリスが声を上げた。「テディベアですね。でもずいぶん古そうですね」
 たしかに擦り切れた子熊のぬいぐるみだった。首に巻かれた赤いリボンはよれよれになっており、腕のところには小さな紙が挟んであった。
 ケリーは素早くそれをつまむと一読し、うなり声を上げた。
「どうした」
「俺宛だが、俺にじゃない。ダニエルにだ」
 突きだしてきた。読めということらしい。ジャスミンは受け取ると紙を見下ろした。プリスもそれを覗き込む。
『貴殿の御子息の満一才の誕生日を祝して。御子息の健康と幸せを祈る。J.M』
 書かれた文字は手書きで、震え、力なく書かれていた。そう言えば来週はダニエルの誕生日だった。
「おまえの知り合いで、こういうものを送ってくる親切なやつが居るのか」
 古ぼけた物を送ってくるのを親切というかどうかはさておき、だがケリーはそれに返事をせずに腕組みをして考え込んでいた。やがてぬいぐるみを掴んでなぜか鼻先に持っていったが首を傾げ、プリスをちらりと見た。
「プリス」
「はい?」
「これは何の匂いだろうな? 香草らしいんだが」
 ぬいぐるみを受け取ると、プリスも鼻先に近づけた。埃の臭いは殆どしない。柔らかな微香が鼻をくすぐった。
「多分、ラヴェンダー、だと思います。それもかなり上等の。匂いはだいぶ飛んでますね」
「上等? おそらく野生だぞ?」
「野生の方が今じゃ上等なんですよ。野生のラヴェンダーなんて希少ですわ」
 ぬいぐるみを返したが、ケリーはややしばし、弄んでいた。
「このままダニエルに渡しちまっても大丈夫かな?」
「お誕生日のプレゼントなんですから、お誕生日に差し上げればよろしいじゃないですか」
「そういうもんか? まぁどうせだから後でもいいか。ところで、悪いが俺はちょっと出掛けてくる。そう、1週間ばかりな」
 ジャスミンは呆れて夫を見た。
「おい、明後日の会議はどうするつもりだ?」
「あんたが代わりに出てくれ」
「馬鹿者。わたしの代わりにおまえが出る会議だぞ、そもそも」
「じゃあ、延期だ」
「無茶をおっしゃらないでください! ミスタ・クーア!」
 プリスは悲鳴を上げた。「やっと予定を繰り合わせたんですよ?!」
「俺は女王に今まで以上にこき使われて過労でぶっ倒れた。だから1週間休みをとる。医務長に診断書書いてもらえ」
 プリスは困り果ててジャスミンを見た。
「海賊。今でないと拙いのか? その会議が終わってからじゃ拙いのか?」
「判らん。だが早く行ったほうがいい気がする。あいつはこんなものを何でもないときに送り付けてくる奴じゃない。手紙の筆跡もな」
 言われてジャスミンは手の中の紙を再度見直した。歪み、震えが止まらないような筆跡。
「わかった。ごまかしておこう。ただしさっさと戻ってこいよ」
「ああ。ダニエルの写真を貸してくれ。礼に見せろとか言われるとかなわん」
 プリスに向かって言う。なにせジャスミンは写真など撮らないし、貰っても整理をするわけでもない。ケリーはそんなことをする権利などないと思ってるから尚更だ。となると、必然的に成長の記録を撮って整理するのはジャスミンの女性スタッフ達だった。
「おい。それをもとに誘拐とかする奴じゃないだろうな?」
「俺が信用してる男だ。そんなこたぁしやしねえよ」
 ケリーはきっぱりと言った。「あいつはそんなことするくらいなら首でも括ったほうがマシだと思う奴だ」
「わかった」
 ジャスミンが目で促すと、プリスは慌てて部屋を出ていった。
「で、訊いても構わないか? 送り主が誰か」
 ケリーは頷いた。
「送ってきた意味が判らないが、おそらく知り合いの情報屋だろう。ずいぶん世話になったんだが、いい年齢トシ)のはずだ」
「キャプテン・シェンブラックといい、その情報屋といい、年寄りに知り合いが多いんだな?」
「というかな」
 ケリーはなぜかくすぐったそうに笑った。
「あの爺さんを紹介してくれたのが、その情報屋なのさ」
「ほう」
「それだけじゃない。あの気障男もそいつの引きで会ったのが最初だ」
 ジャスミンはややしばし考え込み、上目遣いで夫を見た。
「それなりに凄腕なんだろうな?」
「なにがだ?」
「《中央銀河の覇者》と知りあいとなるとそうなるだろう?」
 ケリーは返事をしなかった。部屋に戻ってきたプリスから写真を受け取ると「じゃあな」と言って出ていった。


 エアカーを飛ばして宙港に行くと、ダイアナはケリーを待っていた。無論、車から連絡をしておいたからだ。
「で、どこにいるかわかったか」
「いつものところに連絡したけど、なぜか解約しちゃったみたいなのよねぇ」
 内線画面でダイアナは首を傾げた。「となると、《集積所》かしら?」
「往復で1週間と断ってきたが、そうすると難しいか?」
「ぎりぎりってところね。《門》と《門》の間は全速力で飛ばなくちゃならないけど」
 操縦席に着くと、ケリーは《パラス・アテナ》を発進させた。《アドミラル太陽広場駅》から出発すると、あとはいつも通り、ケリーしか知らない《門》を飛ぶだけだ。
「それで何を送ってきたんですって? 彼」
「ぬいぐるみだよ、茶色の熊の」
 ケリーがいうと、ダイアナは少し考え込み、「ああ、あれね」と言った。
「あの、彼の奥さんが昔、娘さんに作ってあげたとかいう、あの子熊さんね」
「ブラウニー、とか呼んでいたっけな」
 誰が、とはケリーは言わなかった。言わなくてもダイアナは知っているし無論ケリーも知っている。
「……あいつにとっちゃ、あれはそれこそ宝物だった」
 ケリーはぽつりと言った。
「なにがあってもあれだけは手許から離したくなかったはずだ。それをなんで俺のところに送る気になったのか」
「ダニエルに渡したくなったんじゃない? おじいちゃんとして」
 ダイアナはからかうように言った。「そういうものらしいわよ」 「あいつはたしかにお節介焼きだが、そういうことをしたがる(やつ)でもないだろう」
 首を振った。
「何を考えているのやら」
 そう呟くとケリーは操縦席の背もたれに身体を預け、頬杖をついてメインスクリーンに目をやった。

 その頃、ジャスミンは珍しい人物から通信を貰っていた。
「これは、ミズ。お久しぶりです」
 自称天才音楽家はにこやかに挨拶した。「お元気そうですね」
「わたしは忙しいんだがな、ミスタ・クライスト」
 ジャスミンは不機嫌に言った。ケリーが居なくなったおかげで処理する書類の分量が増えたのだ。
「ところで、御主人はいらっしゃいますか」
「あいつは病気で寝込んでいる」
 表向きの言い訳を述べると、クライストは目を瞠った。
「おやおや。あの頑丈なキングがですか。風邪ですか?」
「過労だ」
 苦虫を噛みつぶした表情でジャスミンは言った。誰がこき使っているというのだ、あの阿呆は!
「それはやっぱり虫の知らせというやつですかね」
「虫の知らせ?」
 ジャスミンはクライストの顔をまじまじと見た。「なんのことだ?」
「いえ、わたしの知り合いが亡くなったそうで、形見が送られてきたんですよ。で、旧知の間柄のキングにも当然連絡が行ってるだろうと思いましてね」
「海賊か」
 シェンブラック老を思いだしながら言うとクライストは「いいえ」といった。
「情報屋ですよ。御存知ではありませんか? 《ジョッシュ・ザ・ゴースト》というのですが」
 ジャスミンは眉をひそめた。
「《ジョッシュ・ザ・ゴースト》? あの?」
 《ジョッシュ・ザ・ゴースト》と言えば、連邦軍と連邦警察と《ゼウス》とその管理者にとっては悪魔にも等しい相手だった。通称、《亡霊》(ザ・ゴースト)。鉄壁のガードを誇る《ゼウス》の防御網を何度も破り、重要な情報をかすめ取ってはいつも完全に逃げおおせている。情報ネットワークを幽霊のように徘徊し、幻影のように捕まえることが出来ない。連邦を構成する諸国家においてはなす術すらない。海賊達の間で「キング」といえばケリーを指すのと同じように、裏の世界で生きる者たちが「ザ・ゴースト」と言えばそれはすなわち《ジョッシュ・ザ・ゴースト》のことだった。
「わたしのところには、わたしが最初に出した音楽集の初版を送ってきたんですよ。しかも初回プレスのシリアル番号付きでわたしがサインしたものを。わたしですら持ってないものを形見として贈ってくれるとは」
 クライストは音楽家としての感激を感じているらしい。
「ああいうものが好きなら、もっと言ってくれればいくらでも渡したんですが。最新の曲も……」
「良く判らないが、あいつなら出掛けた」
「は?」
 熱烈に何かを喋っていたクライストは聞き返した。「今、なんと? ミズ」
「あいつなら出掛けた。訳の判らん荷物なら来た」
「訳の判らない荷物?」
「ずいぶん古い、熊のぬいぐるみだ。ただし、ダニエル宛だが」
 クライストは黙り込んだ。いささか顔色が悪かった。
「ミズ」
「なんだ」
「実は、今、思いだしたんですが」
「だからなんだ」
「《ジョッシュ・ザ・ゴースト》はウィノア出身者です」
「なんだと!」
 鉄面皮を誇るジャスミンの顔色が変わった。クライストは画面越しなのを感謝したに違いないが、それでも顔が引き攣った。
「ただ! ただですよ! 《ジョッシュ・ザ・ゴースト》はウィノアを嫌っていたんです。彼はウィノア崩壊事件以前からウィノアの外にいて、それを公言していました。有名な話です」
 ジャスミンが椅子に座り直すとクライストは安心したように息を吐いてみせた。
「本当に呪っていたと言ってもいい。だから海賊たちは彼を《亡霊》と呼ぶんですよ。彼の呪い通りにウィノアは滅び、そのとき彼はいたくご機嫌だったそうですからね。ウィノアに対する憎み方からウィノア特殊軍の生き残りではないかとまで言われていたほどです」
 がちゃん、ばさばさと何かが崩れる音がした。
 振り返るとプリスが足許にファイルの山を作って真っ青になって立ちすくんでいた。
「クライスト」
 敬称を付けずにジャスミンはクライストを睨め付けた。瞳は金色になっていた。
「《ジョッシュ・ザ・ゴースト》はどこにいる?」
「彼の居場所は誰も知りません。向こうが勝手に接触してくるんです。それこそ彼を捜しているとき幽霊か背後霊のように」
 慌てたようにクライストは付け加えた。
「しかも、形見の品が贈られてきたからには確実に死んでいると……」
「誰が『死んだ』と確認したんだ?」
 ぴしゃりとジャスミンは言った。「誰がその荷物を送った?」
「た……たとえばもぐりの運び屋とか」
「なんでも口の堅い、信用のおける情報屋だそうだな。そいつがそんな危ない橋を渡るか?」
 口の堅い情報屋が、表でも知名度の高さを誇る裏の大物にそんな手段で何かを送ると思うのか?と詰め寄られてクライストはたじろいだ。
 冷や汗を流し黙り込んだクライストに構わず、ジャスミンは後ろを振り向いた。
「プリス。《クーア・キングダム》に出港準備をさせろ。この馬鹿を直接締め上げてやる」
「ミズ! ミズ、それは御勘弁を!」
 クライストは半泣きの声で言った。
「わかりました、言いますよ。彼の連絡先はジゴバのレンタル駐機場にある宇宙船用のメールボックスです! 船名は《引き網》です」
「感応頭脳の名前は?」
「そ、そんなことまで言わせる気ですか?!」
 クライストはぶるぶると首を横に振った。「そんなことをしたら、わたしはキングに確実に殺されます!」
 ジャスミンは眉をひそめた。
「なんであいつが出てくる」
「《引き網》はキングの代替船でもあるんですよ!」
 悲鳴だった。
「時々、キングはダイアナから降りて《引き網》に乗るんです! かなり古い船のはずですが、ダイアナがチューンアップして性能は抜群です! それを知っているから裏の世界の人間は《引き網》にだって手出しをしないんですよ?」
 キング・オブ・パイレーツ。その名を持つケリーの船に手出しをする。それは文字通り自殺に等しい行為だった。
 ジャスミンは不敵に笑った。
「わたしはあいつの妻だからな。夫の命が掛かってるかもと思えば何でもやるぞ。まぁ、いい。ではご機嫌よう、ミスタ・クライスト」
 通信端末のスイッチを叩き切った。
 くるりと椅子を回転させると、プリスはすでに《クーア・キングダム》に連絡をしていた。
 いつも通りにダニエルを筆頭に屋敷中の人間を引き連れて《クーア・キングダム》に乗り込むと、ジャスミンはプリスと2人がかりで惑星ジゴバにあるはずの《引き網》と、情報屋《ジョッシュ・ザ・ゴースト》について情報を集めだした。
「ジャスミン、《引き網》は今はジゴバにいないそうです」
 向かい側の端末からプリスは顔を上げた。
「2ヶ月前にオーナーが来て契約を解除していったそうです」
「オーナー? なんて奴だ?」
「レオニード・アッシュ、という70過ぎの老人だそうです。息子さんが廃船にしろと五月蝿いので息子さんの住んでいる場所で解体するとか」
「どこに住んでいると?」
「それが……アドミラルだそうです」
 プリスは途方に暮れたように言った。
「本人はチャレスカに住んでいるそうです」
 ジャスミンは眉をひそめた。「チャレスカと言うと、あのチャレスカか?」
 有望鉱脈の多いことで知られる、鉱山業の惑星だった。そして、船の登録件数では《連邦》で1,2位を争う場所でもあった。
「どうしますか、ジャスミン」
 プリスは途方に暮れていた。「いったん、アドミラルに戻りますか?」
「いや。そのチャレスカの国民台帳とアドミラルの息子とやらを当たってみよう。息子の名前はわかるか?」
「ええと、連絡先にあります。カルヴィン・アッシュだそうです。……でも、アドミラルに住人登録はありません」
 呼び出した画面を見て首を傾げた。「アッシュ、という姓の人は男女ともいませんし、カルヴィンという名前の人物もいません、ジャスミン」
「今、チャレスカの国民台帳に当たっているが……」
 ジャスミンは唐突に口をつぐんだ。
「……なんだ、これは」
「どうしたんですか?」
 デスクを回ってジャスミンの端末を覗き込んだプリスは呆気にとられた。
「ジャスミン、これ、もしかして」
 どこかで見たことのある個体情報の羅列だった。この網膜様式といい、DNA型といい、まさしくそれは……。
「ミスタ・クーア?」
 プリスは呆然と呟いた。そこにはレオニードとキャサリンのアッシュ夫妻の長男として登録してある男の記録が載っていた。



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