Sorry, this page is Japanese Charset=Shift_JIS Version.
after Netscape Navigator4.04ja


スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VI.《疾風》−4

「......ケリー」
 小さくデイジーが囁いた。「あのね、大事な秘密があるの」
「特殊軍がモンスターじゃないってことだろ?」
「ううん。もっと大事なこと」
 デイジーはひとつ深呼吸をした。
「......あのね、とってもナイショの話してもいい?」
「内緒話?」
「うん、父さんはちょっとは知ってるかもしれないけど、母さんは全然知らないの。誰にも話してな
いことで、誰にもホントは話しちゃいけないんだけど」
 瞬きした。「なんか重大なこと?」
 デイジーは用心するように辺りを見まわした。ケリーに顔を寄せる。
「ケリー、今まで誓ったことってある?」
「誓ったこと? うん、まぁある......かな」
 歯切れ悪く答えた。仲間に復讐を誓ったけれど、先行きは非常にあやふやだった。
「じゃあ、誓ってくれる?」
「なにに?」
 驚いて訊き返した。「どういうことについて?」
「絶対秘密だって。誰にも一生話さないって」
「ディーは何かに誓ったのか?」
 重々しく頷いた。
「うん。ブラウニーに誓ったの。もしあたしがうっかり話しちゃったらブラウニーが二度といい夢見
せてくれなくてもいいって」
 吹き出した。「ディー、それって誓うのと違うよ」
「だって」
 しょんぼりとした。「おじさんたちと約束したんだもん。父さんもおじさんたちのこと知ってるけ
ど、そのあとの事はあたしの責任なの」
「ディー、なんだよ。話してみろよ」
「だめなの。おじさんたちが死ぬ前に約束したことなの」
 死ぬ、という言葉に眉をひそめた。デイジーが死者と交わした約束?
「誓ってよ、ケリー」
 ケリーは腕組みをして考え込んだ。「......なにに?」
「ケリーの一番大事なもの。......あ、でも命じゃなくてもいいの」
 慌てて言うのを見つめていた。
「......わかった。俺の死んだ仲間達に誓ってもいいか?」
 目を丸くした。「いいの?」
「ああ」
 頷いた。
「死んだ人間との約束なら死んだ人間に誓うのがいいさ。バランス取れてるだろ?」
 こっくりと頷いた。
「で、なに?」
 デイジーは立ち上がった。「来て」
 ついて行くと、地所を出て谷に向かう。川沿いにどんどん歩いていくのに着いて行きながら、ケリ
ーは慌てた。
「ディー、どこ行くんだよ?」
「もうちょっと向こうよ」
 立ち止まるといきなり斜面を登り出す。それについて行きながら斜面の上をすかし見る。
 登りきったところは岩の多い台地の一角だった。ずっと向こうにいつもの「見晴台」が見える。
「ケリー、こっちよ」
 振りかえるとデイジーは変わった形の岩の脇で手招きしていた。近寄ってみると、岩ではなく、石
を積み上げて小山にしたものだった。
「なんだ? これ?」
 足許を見ると、きれいにならされ耕されている。枯れた草の間から新しい芽を出している物もある。
「なに? 畑?」
「花壇作ろうと思ったけど、なかなか上手くいかなくて」
 寂しそうに言いながら、しゃがみこんだ。
「むこうのお花畑は遠くてなかなか行けないでしょう? ここならすぐ来れるから寂しくないかなっ
て思ったの」
 小山の石を1つどけると、すっぽりと穴があいた。そこから小さな木箱を取り出す。
「いつかきれいになったらちゃんと埋めてあげるつもりなの。それまでここで回りの景色見てて貰お
うと思って」
 大事そうに箱を撫でると、蓋を開く。
「これね、とっても大事な物なの。おじさんたちから預かって、ウィノアに埋めてあげるって約束し
たの。ずっとどこに埋めてあげたらいいかわかんなかったんだけど、ここをきれいに出来たらいいか
なあって思って。お花でもいいし、畑でもいいんだけど、緑いっぱいにしてあげたいの」
 デイジーが取り出したのは写真が数枚に薄い布で作った小袋だった。
 写真を見てケリーは眉をひそめた。包帯を身体や頭に巻いた男たちが写っていた。その膝に乗った
り抱き上げられているのは、どう見ても幼いデイジーだった。そう、3つかそこら?
「誰?」
「知らないの」
 首を振った。「あのね、あたし憶えてないの。ただね、大きいおじさんたちがあたしのこと高い高
いしてくれたことくらいは憶えてるの」
 ケリーはもう一度写真をよくよく見なおした。兵士、だった。どう見てもどう考えても結論は恐ろ
しいことに1つ。ウィノアの特殊軍兵士だった。そこに写っているのはまさしくケリーと「同類」の
者たちだった。
 布袋の中身を掌にあけて、ケリーは血の気が引くのを感じた。3枚の葉の上に3粒の木の実の意匠
の徽章。金と銀をあしらったそれは5つほどあったが2通りのデザインに別れていた。金の実に銀の
葉。銀の実に金の葉。そう、まさしく東西ウィノア特殊軍の物だった。そして東ウィノア軍の認識票
があった。
「これ......どう......して......?」
 かすれ声しか出なかった。
「父さんが......」
 うつむいた。「父さんがね、助けたおじさん達なんだって。宇宙船が壊れて漂流してたところを助
けたんだって。ただ、みんな怪我が酷くて死んじゃって。カプセルで宇宙葬にしたんだけど、このバ
ッチと名札を埋めてあげるっておじさんたちと約束したの。宇宙も好きでウィノアも大好きだから、
そうして欲しいって言われたのは憶えてるの。ただね、おじさんたちが言ったの。これは誰にも見せ
ちゃいけないよ、見せたらきっと取り上げられるからって」
 取り上げられるどころか、逮捕されるだろう。
 ケリーは認識票に目を落とした。サム・ミラー准尉。イーザー・スミス准尉。マリオン・パーカー
大尉。エニイ・レイク中尉。エブリィ・フォレスト少佐。
 エブリワン、エニワン、イージーサム、ライク マリオネッツ  どうなったっていいような人形のような存在。
 残酷すぎる特殊軍兵士達の運命。
 ふと写真をひっくり返すとそのうちの1枚に文字が書いてあった。しかも只の文字ではなく、西ウ
ィノア特殊軍の暗号電文の形式を取っている。
『我らの小さな娘へ。おまえが大人になるまでに東と西の間に平和が訪れることを祈ろう。西ウィノ
ア、ミカエル・ロジャース。東ウィノア、エブリィ・フォレスト』
 見直すと、写真の片方の男は右腕を失っていた。もう片方は頭にぐるぐると包帯を巻いていたが、
そこには血が滲んでいた。どちらも血の気のない、蒼ざめた顔色だった。
 ケリーの手から取ると、デイジーは徽章と認識票を小袋にいれて写真とともに木箱に戻した。箱を
小山にいれなおすと石で塞ぐ。
「おじさんたち、ケリーには話したけど、いいでしょう?」
 小さな声で話しかけるのをケリーは呆然としながら聞いた。
「ケリーはね、よその星から来たの。戦争も終わったの。おじさんたちのお友達はみんな死んじゃっ
たけど、だけどおじさんたちのこと大好きだったから。誰かに知って欲しかったの」
 ようやっと衝撃からケリーは這い上がった。ヨシュアが助けたという特殊軍の兵士達。兵士という
よりは士官なのだが、そこまで生き延びて昇官出来るというのは相当の遣い手だったに違いない。そ
の彼らは瀕死の重傷を負ったところでヨシュアに助けられ、《引き網》の中で東西も無く語り合った
のかもしれない。
 もしかすると、ヨシュアから自分達がどれだけの道化役を背負わされていたかも教えられ、絶望の
中で何も知らぬデイジーがなつくのが唯一の慰めだったのだろう。他人の娘を『我らの小さな娘』と
呼び、その未来に希望を託した。......託すにはあまりにも残酷な結末だったが。
「ケリー?」
 気がつくと、デイジーは真面目な顔で顔を見上げていた。それに頷く。
「ああ。俺も誰にも話さないよ。とっても大事なことを打ち明けてくれたんだもの」
「ひどいよね」
 涙がデイジーの瞳に浮かんだ。「あたしよりもちっちゃな男の子や女の子まで戦争に連れていかれ
たなんて。きっと恐くて泣いたんだわ。あたしの兄弟なのに」
 ケリーはギョッとした。「兄弟?!」
 まさかこの子は特殊軍の兵士なのか? ヨシュアが研究所に忍び込んで......。
「兄弟よ。だって、だって、父さんの遺伝子使ったんでしょう?」
 すすり泣いた。「父さんが16歳になってお役所に出した遺伝子使ったら、みんなあたしの兄弟よ。
そうでしょう? ケリー。あたしは戦争に行かないで済んだの。父さんと母さんの子供だから。なの
に特殊軍の男の子や女の子は......」
 抱きしめた。「ディー、言わなくていい」
 デイジーの話を聞いて合点が行った。デイジーは自分たちを同胞だと、血の繋がった兄弟姉妹だと
思っているのだ。だから化け物呼ばわりしたマシューの言葉に傷つき、忘れたらいいと言われた言葉
に打ちひしがれていたのだろう。
「父さんから教えてもらった時、恐かったの。あたしも戦争行くのかもって。でもあたしの代わりに
行ってくれた人のこと、どうしてみんなで悪く言うの? あたしが神様信じてないから?」
「ディーはとってもいい子だよ。優しくて......誓いを守ってくれるいい子だよ」
 言いたかった。俺も特殊軍の兵士だと。だから泣かなくていいんだと。けれど迷いがあった。ここ
でデイジーを危険にさらしたくなかった。
 こんなに優しい子がいるんだ。俺達のためにこれだけ泣いてくれる子がいるんだ。親もない俺たち
を兄弟だと思ってくれる『外』の子がいるんだ。
「大好きだよ、ディー」
 囁いた。
「俺、ディーみたいに優しい子に会えてよかった。ディーは俺の誇りだよ」
 あたたかな気持ちがケリーの中で大きくなる。マルゴにはヨシュアの遺伝子が入っていたのかもし
れないと思う。この子はマルゴじゃない。でもこの子は仲間なんだ。戦えないけど大切な仲間なんだ。
「誰よりも大好きだよ。俺、ディーのことずっと守るよ」
 囁きながら身を屈め、頬にキスをした。間近に見つめるとデイジーは恥ずかしそうに目を閉じる。
その唇に優しくキスをした。
 嬉しかった。こんな妹がいて。従妹ではなくて妹に会えて。自分にヨシュアの遺伝子が入っている
か知らないけれど、でもこんな妹のためだったら絶対にみんな頑張って戦っただろう。
「ディー。俺も......俺にも秘密があるんだ」
 思いきって言う。デイジーは腕の中で不思議そうに見上げた。
「ケリーにも?」
「うん。まだ誰にも言えないけど」
 息を吸い込んで一気に言う。
「でも、いつかきっと言える日が来る。ディーには打ち明けられる日が来ると思うんだ。だから、そ
れまで待っててくれる?」
 覗きこんだ翠の瞳が瞬いた。
「うん。ケリーのこと、待ってればいいのね?」
「何年かかるかわからないけど。大人になるまで掛かるかもしれないけど、いつか絶対に話すから」
 復讐を終えたら。そうしたらディーに話そう。それまでは言えない。ディーを守るためにも。
 肩を抱いて額にキスした。「ごめんな。今言えなくて」
「ううん。大丈夫、ちゃんと待ってるから」
 顔を見合わせて笑いあう。ふと思いついた。
「俺たち、同志だな」
「同志?」
「そうさ。大事な秘密を守る同志」
「ねえ、『同志』ってわくわくする言葉ね」
 目を輝かせていうのに笑いだした。「スパイ小説みたい?」
「うん!」
「じゃあ、俺がスパイ1号でディーが2号な」
 手を差し出すと、小さな手が滑りこんできた。それを握り、来た道を引き返す。
 家が見えてきたとき、木陰でふとケリーは立ち止まった。
「どうしたの?」
 不思議そうに振りかえったデイジーの顔を見、ケリーはちょっと照れ笑いをした。
「......あのさ」
「なあに?」
「もう一度、......キスしてもいいかな」
 とたんにデイジーは真っ赤になった。
「ほ、ほんとはさっ」
 恥ずかしくなって早口で言う。
「16までするもんじゃないって思ってたんだ。でも、ディーとキスしたいなってさ......」
 くちごもり、尻切れとんぼになったケリーは傍で棒を飲んだように固まったデイジーをきまり悪く
見つめた。おずおずと顔をあげ、直立不動で堅く目を閉じたデイジーの肩を抱き寄せる。
 小さな花みたいだな。
 ピンク色の唇を見つめてふと思う。たしか同じ色の花が花壇にあったっけ。指でそっと触れるとほ
のかな吐息を感じた。
 唾を飲みこみ、こちらも緊張しておずおずとくちづける。柔らかくて甘い味がした。
 ......ゆっくりと唇を離したとき、デイジーはまだ身体を強張らせていた。そのまま肩を抱いてい
ると身じろぎをした。
「......ごめんよ」
 呟くように言うと、かすかに頭をふり、ケリーの胸に顔をうずめた。
「......怒った?」
 また頭は横に振られ、ケリーはほっとした。
「よかった。俺、ディーに嫌われたくない」
「......大好き」
 消えそうな声でデイジーは言った。「......ケリー、大好き」



次頁へ行く 前頁へ行く I.《亡霊》に戻る II.《生者》に戻る III.《怨敵》に戻る IV.《寧日》に戻る V.《禍乱》に戻る VI.《疾風》に戻る


【小説目次】へ戻る 小説感想をどうぞ!【小説BBS】 トップページへ戻る


此処のURLはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~magiaです