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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


V.《禍乱》−1


 ケリーは素早く自動走路を渡ると目的地の建物の裏口に飛び込み、エレベーターの呼び出しボタン
を押した。ドアが開くと同時に飛び込むと扉のボタンを押す。
 外の景色はまったく見えない。薄汚れた箱はそれでも滑らかに上昇してケリーを運んでいく。28
階まではあっという間だ。それでも肩に担いだ木箱が食い込んで来て、彼は顔をしかめた。
 目的の家では仏頂面のメイドが裏口を開けた。
「ひどいお天気ですね」
 ヨシュアに教えられた通り、笑顔で挨拶する。「さっきからまた雨が降ってきましたよ」
「ああ、そう」
 相変わらずの仏頂面でメイドはつっけんどんな返事を寄越した。木箱を開ける。
「相変わらず、七面鳥をけちってるわねえ」
 ぶつくさと文句を垂れる。
「あんたのお父さんに言っておいて頂戴。これからは東からも物が入ってくるんだから、少しはサー
ビスして欲しいって」
「俺の父親じゃなくて、おじですけど」
 かちんときたので言い返す。「それに、東のものなんかよりも美味しいと思いますよ」
「そう?」
 伝票を突き出す。「受け取りのサインください。これが請求書」
 サインをもらうとさっさと裏口から出た。
「ありがとうございましたっ」
 なおざりの言葉をぶつけるようにしてドアを閉める。
「なんてお客だよ」
 トラックに戻ると運転席のヨシュアにぶつぶつと言った。
「自分で安いものを注文しときながらケチだってこっちに文句言いやがる」
「なぁに、使用人におこぼれが回るくらいの七面鳥を頼まない主人一家に言えない代わりだろうさ」
 ヨシュアは書類をチェックしながら笑った。
「あげくに、東からも物が入ってくるからサービスしろだとさ」
「なるほどなあ」
 ケリーの憤りをよそに、ヨシュアはボールペンでこめかみを掻いた。
「たしかにそれは言えるな。東の連中がどういう物を食ってるかは研究せにゃならん。人間、食欲を
無くしたら終わりだからな」
「あんたなあ」
 ケリーはあきれながらヨシュアの隣に座り込んだ。両膝をひきよせる。
「怒らないのか? 自分たちが作ってるものを馬鹿にされたのに」
「こういうものはな、競争なのさ。自信があろうとなかろうと、それを判断するのはお客だ」
「そうなのか?」
「そうさ。戦争だって同じだろう。いくら強力な軍だと自信を持っていても、相手がそれ以上の戦力
を持っていれば負ける」
 ひらひらと手を振ってみせるのを嫌そうにケリーは見た。視線をはずしてトラックの外を眺める。
 かつての西ウィノアの首都、西ウィノア市。
 東ウィノアの首都がそもそも分裂前の首都でもあったために、統合後はウィノア第2の都市となっ
た。高層ビルの立ち並ぶ自動化された堂々たる都市だ。
 村からこの西ウィノア市に来て3日が経っていた。

                          フェリー  ケリーはヨシュアに連れられ、ジェズからトラックごと輸送機に乗り、他の大勢の乗客とともにこ
の大都会にやってきた。
 ジェズでさえも大きな町だと思っていたケリーにとって、西ウィノア市は想像を絶する都市だった。
 村が丸ごと入りそうな巨大な空港兼宇宙港。天まで聳え立つような超高層のビルの群。あらゆる場
所に張り巡らせられたエアカー専用のハイウェイ。地下や空中にまで自動走路が走り、そこに群れ集
い津波のように押し寄せる人の波。
 輸送機の窓から見たときも果てしなく広がる都市の大きさに驚いたが、初めてこの街に入ったとき、
ケリーは人混みで眩暈を起こしそうになった。
「ここは2千万の人間が暮らしてる街だ」
 ハイウェイの渋滞の中でヨシュアはのんびりと言った。
「ついこの間まではウィノア人民市なんて言ってたが、統合で旧国名から西ウィノアって看板をかけ
直してな。まぁよその地域の人間は首都だ首都だと言ってたから、首都じゃなく市名で呼ぶことにな
ったのが面倒臭いくらいだな。半径30キロの円の中に都市の中核部分があって、さらにその外側半
径70キロ圏内を含めて、西ウィノア市域と呼ばれている」
 半径100キロの街?!
「俺たちの戦闘区域は子午線挟んで200キロだったのに?」
 呻くように言うケリーを見下ろして、ヨシュアは笑った。
「いいか、この市域の人口は東西特殊軍の200倍はあるんだぞ。狭苦しい場所に住んでいたら、大
変じゃねえか」
「200キロが狭苦しい? そりゃエアカーで動けばあっという間だろうけど、俺たちは半日はかか
ったんだぞ、移動するのに」
 まるでちまちまと暮らしていたようじゃないか。
 ふくれっつらをするケリーの背中をヨシュアはどやしつけた。
「つまりだ。交通手段と社会的インフラが非常に重要なのさ。考えてもみろ、いつまでもバギーで地
面を走ってたって、よその惑星には行けないだろ」
「そりゃまあね」
「そういうことでは宇宙船だけじゃなく、感応頭脳とKSと《門》が開発されたってのは大きい意義
を持つのさ。スペンサー博士とマックス・クーアに乾杯!ってこったな」
「誰さ、それ?」
 呆れたようにヨシュアは頭を振った。
「おまえ、軍ではあの2人がなにをやったのか教わらなかったのか? 感応頭脳のことは知ってたろ
う?」
「知らなかったけど? 《ファラウェイ》に会うまで」
 ぽかんとした顔で返事をするのを聞いて、ヨシュアは溜息をついた。
「しょうがねえなあ。晩飯のときに教えてやるよ」


 書類ボードを天井のサックに押し込みハンドルを握ると、ヨシュアはトラックを発進させた。
 ケリーの視界を窓ガラスにあたる雨の雫がさえぎっていく。
 ここは村とは全く違っていた。そして基地とも。環境も。季節も。時間の流れさえ。
 人工的に整備された緑があふれ、夜遅くまでネオンが瞬き、人がざわめく街。村ではもう冬がやっ
てくるはずなのに、ここはまだ春だ。否、ここはすでに春なのに、村はまだこれから冬を迎える。
 そしてここは人工的に美しく、華やかで安楽な都市だった。荒野に放り出され、敵襲に緊張し続け
た基地とはまるきり逆に。
 なんてぬるま湯に浸かりきった都市。俺たちの犠牲の上に存在する人間達。ここに来るとわかる。
なぜヴァレンツの村人が都市の人間を軽蔑するのか。なぜヨシュアが俺を助けたのか。
「ディーやおばさんはどうしてるかなあ」
 ヨシュアはケリーをちらりと見たが返事をしなかった。
 ヨシュアはこれから市域の得意先を回る。そして空になったトラックに村で必要な物を積んで帰る。
それまでの1週間、ケリーはこの西ウィノア市全域を下見する手はずになっていた。行政府。軍施設。
「奴ら」の住んでいる場所。出来るだけの物を見て潜入の準備をする。
 いつ決行できるかはわからない。だれがそこにいるときに暗殺出来るかもわからない。それでも、
チャンスを作って仲間達の復讐をする。その想いだけがケリーを動かしていた。
 
 2人が泊まっているのは、同じ郡の出身者がやっているとかいう商人宿だった。
 コンテナのメンテナンスにも設備は整っているし、商売人同士で情報交換が出来る。銃を持ってい
ても奇異な目で見られることもない。
 今日一日の配達を終えて宿に帰ると二人はそそくさと食事を終えて部屋に戻った。ベッドの上に胡
座をかいて市域の地図を広げる。
「だいぶ中心の地理は掴めたか」
「ああ」
 ケリーは注意深く指でなぞった。ここが旧政府機関と統合政府の出先機関の集中している地区。そ
の周辺が富裕階層の集まっている地区。そしてハイウェイをあっちに行くと巨大な軍施設がある。
「なあ、ヨシュア」
「なんだ」
「軍の施設って俺みたいなのが潜り込むのにはどうしたらいいかな」
 親指の爪を齧りながら考え込む。
「ジェズでは宿舎のエリアに入り込んだけどさ」
「軍官僚ってのは軍事施設だけに居ついてるわけじゃないだろう」
 缶ビールのプルトップを引っ張りながら答える。
「連邦の連中と軍事演習とかの打ち合わせもするだろうし、他の国とも交流する。官舎に住むにして
もこの街なら市街地に官舎の敷地もある」
「うん」
「それに、もうすぐ建国祭だな」
 ぐいとビールをあおった。
「建国祭?」
「つまり、移民記念日というやつだ。今までは毎年軍事パレードしてたが、今年はどうなるのかな」
 ケリーは瞬きした。
「パレード?」
「40年も戦争してみろ。いいかげんみんながうんざりする。お楽しみの映像があったって、税金は
高いんだからな。そこをデカイ武器を出して見せるのさ。戦車とか戦闘機とかな。戦意高揚と言うや
つだ。もっぱら自衛軍の武器だが」
 ケリーの表情が変わったが、ヨシュアは手を振ってみせた。
「奪い取るなんて考えるなよ。おれの見たところ、狙撃するのがせいぜいだろう。まぁ、毎年その頃
になるとここの警備もきつくなるがな。今まで西と東で政府要人の暗殺をしなかったのは、上は上で
それなりにうまい汁を吸ってたからだろうよ。戦争で儲けるのは上の連中の関係者だからな」
「ふうん」
 よくわからなかったがケリーは頷くにとどめておいた。
「建国祭ってのは村でも祝うのか?」
「そりゃまあな。ただし、今年はちと趣向を変えようとダッチェスや村長に言ってるんだが」
「趣向を変える?」
「村は冬だしな、特にやることも無い。だからこの街の建国祭でも見物しに来るかとか」
 何でも無いような口調でヨシュアは続けた。
「せっかく戦争も終わったし、まぁ今年は最初だから男だけ数人、希望者が上京してな。その評判ぐ
あいによっては徐々に人数を増やすとか、統一首都におのぼりさんよろしく見物に行くとか」
 目と口を丸くして顔を紅潮させたケリーにヨシュアはにやっと笑って見せた。
「だから、ちゃんと見ておけよ。おまえが見てどうかってのも、けっこう重要なポイントだからな」
 興奮のあまり口の利けないままに、ケリーはこくこくと頷いた。
「そういえば、おまえデイジーとなにやら約束してるそうじゃないか」
 酒のつまみのピクルスをつまみながら言う。
「なんだ? 忘れてない約束って」
「......いいだろ、なんだって」
 なんとか返答する。「ディーと俺だけがわかってりゃいい約束なんだから」
「おまえ、あいつの誕生日以来、えらく強気だねえ」
 ヨシュアは口元の笑みを深くした。「そんなにあれが気に入ってるとはな」
「そういう言い方、やめてくれないか」
 むっとして言う。
「ディーはさ、俺にとってはこの国のいいところのシンボルみたいなもんなんだから」
「はあ?」
「ディーみたいな人間がいっぱいいると思えば、特殊......俺たちがいた意味ってのもあるだろ」
 ヨシュアは肩をすくめた。
「親のおれが言うのもなんだが、ありゃウィノアじゃ珍品の希少種だからな」
「いいから、放っておいてくれよ」
 乱暴に地図を畳む。「俺、先に風呂使うよ」
「ああ」
 シャワーのお湯の中で舌打ちした。ヨシュアはいい人間だが時々こっちの肝を冷やすようなことを
突っ込んでくる。
 風呂からあがってくるとヨシュアはさっさと自分の分のベッドにひっくり返って鼾を掻いていた。
狸寝入りでないことを確認すると、ベッドの隅に置いた自分の背嚢のポケットを探って写真を取りだ
した。

 青いワンピースのデイジーと並んで自分が写っている写真というのも不思議な気分だった。
 そんなにくたびれていないシャツとズボンをジェーンがきれいに洗濯して丁寧に糊付けし、デイジ
ーがアイロンをかけてくれた。後ろにはきれいに髪を結ってよそ行きの服のジェーンとこれまた洗濯
したてのシャツを着込んだヨシュアが立っている。
 もし軍服の礼装があればきっとディーと釣り合ったのに、とため息をついた。白い大きな飾り襟を
つけた青いワンピースを着て花結びをした青いリボンを髪に飾ったデイジーは、ケリーから見ると村
で一番可愛い少女だった。少なからぬ少年たちも似たような感想だったらしく、ケリーが護衛してい
る間もデイジーに声をかけようと周囲をうろつきまわっていた。そう、あの収穫作業のときに喧嘩を
したマシューとかいう少年もだ。無論、ケリーは矜持にかけて全員視線だけで追い払ったが。
 もちろん、収穫祭は楽しかった。上等のソーセージを焼き立てのワッフルにはさんだホットドッグ
や口の中で溶ける雲みたいな綿菓子。甘くてレモンと炭酸の効いた冷えたレモネード。射撃では少々
手を抜いて、それでも30人中4位になった。
 初めて体験した、普通の子供たちの遊び。目隠しをしてウォーターメロンを叩き割るというのは単
純だけれど結構難しかった。サッカーも、ペタングも初めてだった。振り返るといつもディーが手を
振ってくれた。
 スペリング競争はよくわからなかったけど、でもディーが2番になったときはおばさんとヨシュア
と3人で大喜びしたっけ。
 ディーはどうしてるだろう。おばさんと二人きりで寂しがってやいないだろうか。
 そこまで考えて、ケリーは溜息をついて枕に顔を埋めた。
 駄目だ。今はディーのことを考えちゃ駄目なんだ。今は死んでしまった仲間のことを想う時だ。マ
ルゴや隊長やランディやみんなのことを。
 大事に背嚢に写真をしまう。これはお守りだから。みんなの復讐を成功させるためのお守り。ディ
ーを守るためにも俺は完璧に正体を知られずに復讐をやり遂げなくちゃいけない。
「狙撃」
 口の中で呟く。爆破、薬物、刺殺、絞殺、撲殺。やり方は全て習得している。あとは順番を決めて
材料を集めて準備する。
「せめてひとりくらいは片づけて帰りたいな」
 部屋の灯を落として目を閉じる。思い出せ。あの日の光景を。あの日の悲しみを。俺という存在の
意味が足許から崩れ去ったあの日のあの怒りを。



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