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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−7


 夜明け前にいつもと同じようにケリーは背嚢を背負って部屋の窓から滑り降りた。谷を降りて川の
流れに沿って歩いていく。谷は暗い。
 やがて沼地のいつもの場所に出る。腕時計に目を落として確認すると、だいぶ歩くペースが速くな
っているのがわかる。そこから回れ右をしてもと来た道を戻り始めた。ただし、歩みは出来るだけ早
くだが視線はそこら辺をさまよっている。空が白んでまわりも明るくなってきている。
「花、花、花っと」きょろきょろと見回す。
「意外と花ってないもんだなあ」
 がっかりして呟いた。「どうしよう。もっと遠くにならあるかなあ」
 デイジーが見つけたイエローリリーの群生はたしかに珍しいのかもしれない。でもこのあたりはあ
まり日は差さないし、日のあたる場所まで行けば。朝の仕事が終わったら出直そう。

 再度谷に下りると考えた。滝壷の上に上がったほうが日は当たるし土地はなだらかだ。ただし、畑
が広がっている。ここはやはり川下に行くべきだろう。
 沼地を渡らずに流れに沿って下ると少し開けた場所に出た。断崖絶壁、というほどではない斜面に
生えた痩せた木の枝にはぽつぽつと花がついているがあまりにも心許ない。もう少しと思って歩くと、
うまい具合に日の差す辺りに出た。流れの曲がり具合らしい。足許に視線を走らせ、ゆっくりと見上
げていったが、止まった。
「あった」
 口の中で呟く。赤っぽい何かが草むらの中から頭を覗かせている。同じものはあるだろうか。視線
をさまよわせると流れの向かい側の草むらにも同じようなものがあちこちに見える。ほっとして手近
の赤いものに近寄って覗きこむ。
「イエローリリーに似てるな」
 ちょっとがっかりしながら呟いた。てっぺんにいくつか房咲きになっている。葉らしきものはわか
らない。朱色と橙の間くらいの色だろうか。もう少し別の花は?
 見まわしたが、しかし他の花は見当たらない。もう少し足を伸ばしても同じだった。試しに匂いを
嗅いでみると、甘い香りがする。これならきっと大丈夫だ。最初の花の脇に座って考える。どんなふ
うに贈ればいいんだろう。摘んで、それで?
「そっか、リボンだ」
 立ちあがるとポケットから小銭を取り出す。最後の50ディナール。確認してポケットに押し込む。
「よし」
 大急ぎで駆け出す。斜面を駆け上がり、谷の崖をよじ登り、家を横目に万屋に向かう。
「こんにちわっ」
 店に飛び込むと誰かの背中にぶつかった。店はごった返している。
「おや、ヨシュアんところの居候じゃないか」
 ぶつかった相手が振りかえる。村長の次男だ。
「お使いか、ケリー」
「えと、いや買い物に」
「なんにしても、結構待つぜ」
 顎をしゃくって見せる。勘定台の前は長蛇の列だった。
「収穫祭で彼女に贈り物しようって男どもが山を為してるからな」
 妻子持ちの次男は肩をすくめた。「おれは女房に頼まれたんだが、こりゃ出直した方がよさそうだ」
 そのままケリーの脇をすり抜けて店を出ていった。
 訳も分からずに人の列を眺める。たしかに村の若い男達ばかりが集まっている。ミラーやお内儀と
大声で怒鳴りあい、なにやら包みを次々と受け取ったり包んでもらったりしている。
 その隙間をかいくぐり、たしかリボンの置いてあった場所に行ってみると、リボンはどこにもない。
焦って見まわすと、カウンターの上で包みを巻くのにどんどん使われている。腹の底から冷えてきそ
うだった。こんなにお客がいたら、リボンなんて無くなるんじゃないのか?
「おばさんっ」
 帳場にかじりつくと、ぐいと首根っこを引っ張られた。
「おまえ、割り込むなよ!」
 怒鳴られ、小突かれる。「おい、後ろに並べよ!」
「うるさいな! ちょっとだけだよ!」
 怒鳴り返すと大声でお内儀を呼ぶ。「ミラーのおばさんっ」
「ああ、ケリー、ごめんよ。今は戦争中でね。2000ディナールだよ!」ケリーの頭越しに怒鳴る。
「リボン、無くならない?!」
「大丈夫だよ、また後でおいで!」
 それだけ聞くと安心して店を出る。
 よかった。これでディーに誕生日のプレゼントを渡せる。あとは情報端末を早く組み上げなくちゃ
な。これなら収穫祭のときに村のみんなに見せることが出来そうだ。
 
 翌朝、ケリーは仕事を終えると万屋に飛んでいった。
 さすがに若い男達はいない中でためすすがめつしてリボンを選ぶ。
「何にしたんだい?」
「花を見つけたんだ」
 うきうきと答える。「赤っぽいようなオレンジっぽいような色しててさ。見たことない花なんだ」
「へええ。どこで見つけたの」
「谷を降りてさ、ずうっと下って沼になったあたりかな」
 お内儀は呆れたように首を振った。
「よくもまあ、遠くまで探しに行ったもんだねえ」
 赤いリボンを手に考え込んだ。「どのくらいの幅のがいいかなあ?」
「これが普通の幅だから、一番安くて長く買えるよ」
 伸ばしてみせる。「花の大きさにもよりけりだけどね」
「ふうん。こう花がついてたよ」
 包みの裏紙に鉛筆で簡単に描いて見せる。それを見て、お内儀はちょっと首を傾げた。
「そうだねえ。ちょいとお待ち」
 屈みこんで銀色の紙を取りだす。
「いいかい、これをこう折って、こう包んでリボンで縛る」
 新聞紙で手本を示す。
「根元を湿らせておけば、花は弱らないからね。こうすれば花びらも落ちないし。リボンは普通幅で
大丈夫だから、お金は間に合うよ」
「うん」
「花はね、ぎりぎりの時間を逆算して切ってこないと弱るからね?」
「うん。ありがとう」
 リボンと銀紙を後生大事に抱えて店を出る。明日がいよいよ誕生日だからな。念のため早めに一度
見てこよう。
 家に入るとデイジーに見つかりそうだった。差し掛け小屋の棚の隅に包みを隠して谷に下りる。沼
の草むらまでやってきた時、ケリーはショックのために立ち尽くした。
 花はしおれ、しなびていた。
 つい昨日はちゃんと咲いていたのに、どの花も色あせ、しおれていた。
「そんな....」
 そのあたりの草むらを覗きこみ、どれか無事なものはないかと探し回るがどこにも無い。
「困ったなあ」
 ため息をついた。振り出しに戻ったのに時間だけが無い。ともかく、別の花を探さなくちゃ。
 淵の脇を辿り、デイジーの見せてくれた花畑までもなんとか足を伸ばしたが贈れるような花はどこ
にも見つからない。
「ああもう、嫌になるなあ」
 座り込み、頭を抱えたのは太陽が天頂をとうに越え、午後もだいぶ過ぎてからだった。そろそろ戻
らないと夕食の時間に遅れてしまう。
「仕方ない、食事終わってからもう一度探すか」
 たぶん、食事が終わってからもまだ明るさは空に残っているだろう。しぶしぶながら引き返す。そ
の途中も花を探すがやはりどこにも無い。
「ただいま」
 扉をあけるといい匂いがした。見ると食卓の上には彼が羽をむしった鶏がこんがりと焼けて鎮座し
ている。
「遅かったな」
 調理場からヨシュアが顔を覗かせた。「どこほっつき歩いてたんだ? こっちはご馳走作るのにジ
ェーン一人でてんてこまいだったんだぞ」
 ケリーは何も返事ができなかった。ただまじまじと食卓のローストチキンを見つめ、ヨシュアの顔
を穴のあくほど見つめる。
「どうした?」
 サラダボウルを食卓に下ろすとヨシュアはケリーの目の前で手を振ってみせた。
「おい、小僧さん?」
「.......なんでだ?」
 かすれ声で言うのがやっとだった。「......どうして......ご馳走?」
「は?」
「明日だろ、誕生日......」
「こういうのは前の晩から祝うのが普通だろ? 昔ながらのやり方だろう、日暮れで1日の区切りな
んだから」
 そんなことは聞いたことも無かった。
「じゃあ、......贈り物は?」
「ああ? 無論、今夜渡すのさ。どうした、ケリー? おまえ、真っ青で赤くまだらだぞ、顔」
 ケリーはのろのろときびすを返した。
「おい、食事だぞ、もう」
「俺、探してこなくちゃ」
 肩を掴まれたのを振り払いながら呟いた。「ディーに......やるって決めたんだから」
「なにを」
「プレゼントだよ!」
 かっとなって怒鳴る。「探してたんだ! ずっとずっと、ディーに! ディーにあげる......」
 喉の奥が熱いもので塞がれる。
「大丈夫だ」
 ヨシュアは両肩を力強く掴むと優しく言った。
「なにも絶対に今夜やらなきゃいけないもんじゃあない。明日でも間に合うからな。な、ケリー。も
う食事だからジェーンを手伝ってくれ。おまえが食事を放り出してプレゼントを探しに行っても、デ
イジーは悲しいだろうし寂しいだろうさ。贈り物なんかよりはいっしょに祝ってもらうことが嬉しい
もんだよ」
 力無くため息をつくと、とぼとぼと調理場に行く。
「......おばさん、なにを手伝えばいい?」
 ジェーンはスープ鍋から手を離すと抱き寄せてケリーのこめかみにキスをした。
「そう気に病まなくていいんだよ。さ、そこの付け合せを持っていって、チキンの周りに置いとくれ。
あたしはスープを分けるからね」
 言われたとおりに付け合せを入れたボウルをテーブルに運んでいく。ヨシュアが階段を上がってデ
イジーを呼びに行くのが聞こえた。
「いい匂い! 嬉しいな!」
 階段を降りてきたデイジーはシャワーを浴びたのかさっぱりとして普段よりもちょっと小奇麗な格
好をしていた。いつもはズボンなのに女の子らしくブラウスにスカートをはいている。
「さっき、ケリーはなに大きな声出してたの?」
 ヨシュアに椅子を引いてもらい、座りながら尋ねる。
「大きな声? ああ、くしゃみしたのさ」
 ヨシュアはとぼけた返事をすると背中のクッションを直してやった。デイジーのいつも座る椅子に
腰掛けるヨシュアの陰に隠れるように、ケリーは大人しく席についた。
「さて、うちのちっちゃなお天道さまはこれで12になるんだな。おめでとう」
 ジェーンが持ってきた林檎酒をほんのちょっぴりデイジーのグラスに注いでやる。ジェーンのグラ
スと自分のグラスにはたっぷりと。そしてケリーのグラスにはこれまたちょっぴりと。グラスを持ち
上げながら、ヨシュアはケリーのわき腹を肘でつついた。促されてケリーものろのろとグラスを持ち
上げる。カチン、カチンとグラスが触れ合う。
「ありがと」
 にこにことデイジーは笑い、林檎酒を舐めた。「うわぁ、ほんとのお酒?」
「子供だからそれきりだぞ?」「うん!」
 ジェーンがナイフを渡すとヨシュアは鶏を器用に切り分けた。一番いい部分をたっぷりとデイジー
の皿に置く。
「あたし、そんなに食べられないもの。ケリー、ねえ、少し取って?」
 甘えるように言うデイジーの声でもケリーは顔を上げられなかった。
「......いや、俺、そんなに腹減ってないから」
 もごもごと言う。実際、胸がいっぱいだった。
「だってお昼も帰ってこなかったのに」
「ピットさんところでお茶につかまったんだそうだよ」
 不思議そうに言うデイジーにジェーンが言った。「ピットの奥さんに胸焼けするほど食べさせられ
たんだって」
「だから元気無いのね」
 気の毒そうな口ぶりで言った。「おばさんのおしゃべりってあたしには面白いけど、ケリーには大
変かもね」
 ショックと恥ずかしさでケリーはほとんど食事が喉を通らなかった。なんて馬鹿なんだろう。そう
さ、昨日からおばさんは一生懸命ご馳走の下ごしらえをしてたじゃないか。なのに俺はなにも気がつ
かなくて。
 スープを飲んでチキンを一切れかそこら食べるのがやっとだった。それだって味もわからない。砂
を噛んでいるようだった。
 やっと食事が終わったと思ったらケリーが腰をあげるよりも早く、ジェーンが台所からケーキをさ
さげ持ってきた。
「おまえの好きなケーキ作ったからね。ケリー、向こうからポット持ってきておくれ」
 ケーキとお茶を並べた時に、ヨシュアが紙箱をもって現れた。
「デイジー、改めておめでとう。これが今年のプレゼントだよ。おまえがこの1年幸せであるように」
 紙箱をあけてデイジーは目を丸くした。ケリーは惨めさが頂点に達して顔を背けた。
「きれいねぇ!」
 うっとりというデイジーの声が聞こえた。
「こんな素敵な服、初めてよ! ありがと、父さん、母さん、ケリー」
 慌てて顔を上げるとデイジーは立ち上がって青い服を身体にあてていた。白い大きな三角の襟のつ
いたワンピースを嬉しそうに見つめている。
「来週のお祭りに着られるよ」
 ジェーンは優しく言った。「ケリーが一緒に行ってくれるから、きっと去年よりも楽しいだろうし
ね。そうだろう、ケリー?」
「う、うん」
 ぎくしゃくと頷いたケリーの脇にデイジーが回ってきた。
「ね、ケリー、似合う?」
 にこにこと笑うデイジーを見つめてケリーは弱々しく笑って頷いた。
「うん、とっても似合ってるよ」
 こんなに嬉しがってるのに、俺はディーに何も贈れなかった。ディーは俺もこの服に一役かってる
と思ってるんだ。
「首都のお金持ちのお姫さまみたい! 母さん、ありがと!」
 紙箱に丁寧にしまうとデイジーは母親の首に抱きついた。
「あたし覚えてる。これって母さんの大事にしてた服でしょう?」
 ジェーンは微笑した。「あらまあ、おまえおぼえてたの?」
「だって、父さんが見せてくれてた写真の母さんが着てた服だもの。......よかったの?」
 不安そうに、寂しそうに訊ねる娘の背中をジェーンは撫でた。
「いいんだよ。あたしではもう似合わないし、おまえに着せてやれるんだもの。もちろん、おまえは
あっという間に大きくなってしまうだろうけどね。でも、あたしもおまえくらいの年の頃にきれいな
服に憧れてたからね」
 デイジーはジェーンのたてじわのある頬にキスをした。「あたし、大切に着るね」
 そのまま席に戻るとケーキを一切れもらって嬉しそうに笑った。自分も一切れ受け取りながらケリ
ーはふと孤独感を覚えた。
 ディーは両親にこれ以上なく愛されている。血のつながった家族に。俺には誰もいない。生まれた
時から、いや、生まれる前から一緒だった仲間達はもういない。
「ケリー?」
 細い声がすぐ脇から聞こえてケリーは我に返った。デイジーが椅子の傍に、テーブルに手をかけて
しゃがみこんでいる。
「どうしたの? もしかして、ケリーもお父さんやお母さんのこと思いだして寂しいの?」
 小さな手がケリーの手を握り締める。
 どうして判ったんだろう。不思議に思いながらケリーは微笑した。
「そんなことないよ」
「ほんと? ごめんね、ケリーも父さんや母さんに会いたいのにね。あたし、ケリーの本当の家族く
らいに、ケリーのことうーんと大好きだから。ほんとよ」
「うん。ありがとう、ディー」
 デイジーは立ち上がるとケリーのあたまに軽くキスをしてにっこり笑った。少し元気になったよう
な気がしてケリーは頷いた。
「デイジー、母さんとケリーにはキスして父さんには何にも無しか?」
 ヨシュアが哀れっぽく言って両手を差し出すと、デイジーは首に抱きついた。
「あたし、父さんだってとっても大好きよ。父さんがウィノアから出て船乗りになったから母さんと
会えてあたしが生まれたんだもの。ええと、父さんてあたしの命の恩人っていうのよね?」
 娘を膝に乗せてヨシュアは笑った。
「ちと意味が違うがね。まぁそういうことにしておこうか、うちの小さなお花ちゃんがそう思いたい
のならな」
 デイジーは父親の頬にもキスをすると膝から滑り降りてまた椅子に戻った。
「すごいだろう、この人のデイジーの甘やかしっぷりは」
 ジェーンはくすくす笑いながらケリーに言った。
「とにかく、デイジー相手には糖蜜よりも甘いんだからね」
「へえ。父親ってそういうもんじゃないの?」
「そうだぞ、父親ってのは娘には甘いもんだ」
 香茶をすすりながらヨシュアは反論した。「ついでに言えばおれくらい女房孝行な亭主がいるか?」
「そうねえ、いないってことにしておこうかしらね」
 ジェーンはケリーに片目をつぶって見せた。「念願の息子も出来たし」
「へ?」
 きょとんとしたケリーの首にヨシュアの太い腕が回りこむ。
「そうだぞ、甥だろうがなんだろうが、息子だからな、こいつは」
 ヨシュアを見上げ、ジェーンを振り返り、これまたきょとんとしているデイジーを見つめ、やがて
ケリーは真っ赤になったのだった。


 いつもよりも早い、まだ星がまたたくうちに。
 ケリーはいつもと同じように慣れた手順で窓から滑り降りた。
 違うのは、背負っている背嚢の中身だった。暗視装置のついたバイザーとナイフを入れてある。差
し掛け小屋からこっそりと隠してあった包みを取り出すと、谷に向かった。
 どんなに小さな花でもいい。ただデイジーを喜ばせたかった。養い親たちの贈り物に便乗するので
はなく、彼が自分で考えて選んだものを贈りたかった。
 月明かりの中、谷に下りる前にバイザーを装着して暗視装置のスイッチを入れた。ぼんやりと赤く
明るい中で呼吸をしている木々が白く光っている。がさがさと草を踏み分け、石だらけの斜面を歩く。
 時々、足許を野ネズミが走る。蛇が枝からぶら下がってくる。そんな中で時々立ち止まり、花の匂
いがしないかと息を吸う。
「うわっ、とっ」
 足許の石が転がり、滑りかけて慌てて傍の薮につかまるとケリーは息をついた。
「危ない危ない。ここで落ちたら川の底まで一発だ」
 足を踏ん張り直したケリーの目の前、薮の小枝に見たことも無い花がふわりと揺れた。ケリーは目
を瞠った。こんなところに花があるなんて。
 用心して腰を下ろすと、背嚢からペンライトを取りだして明かりをつけた。バイザーを外して薮を
見直す。
 闇に慣れた目には眩しかったが、ピンク色の小花が葉の中に埋もれるようについていた。とっくり
と眺めると、かなり花がついているのが判った。
「これならいいかなあ」
 鼻を近づけるが匂いはしない。ちょっとがっかりしたが、あのワンピースでこの花で作った花束を
持ったらきっと可愛いだろうと想像した。ペンライトを口にくわえてナイフを取りだし、足許に注意
を払いながら、枝を切りだす。

 

 家族で一番に目を覚ますのはヨシュアだった。
 海賊稼業からこっち、気配に敏感なせいもある。ケリーが毎朝夜明け前に外壁を下りて行く気配も
気がついていた。というか、ケリーの気配でいつも目を覚ましていた。
 その彼が、珍しくジェーンに揺り動かされて目を覚ました。       した 「ヨシュア、階下に誰か居るみたいだよ」
 ひそひそとジェーンが言う。
「誰かだぁ?」
 欠伸をする。「ケリーのやつがトイレにでも起きたんじゃねえのか?」
「だって、階段を降りる音だってしなかったのに」
 ジェーンは枕もとの明かりをつけた。「それにまだ夜が明けるまでずいぶんあるよ」
「おまえはなんで目がさめたんだよ」
 眩しくて、枕に顔をうずめた。「いつもなら目も覚まさないのに」
「夢を見て目が覚めたら、台所でごとごと音がするんだもの」
 それも夢の続きだったんだろ、と言いかけてヨシュアは表情を変えた。
「ヨシュア?」「しっ」
 ベッドからおりると足音を忍ばせ壁に近寄って羽目板の隙間から覗く。やがて緊張していた背中が
脱力するのが、ジェーンから見ててもわかった。ベッドに戻ってくると、シーツを引っ張りあげる。
「どうしたの」
「ケリーがな、でっかい花束抱えてたよ。プロポーズするみたいにがちがちに緊張してよ」
 親指で娘の部屋のほうを指し示した。
「まったく、頑固野郎だ。夜中にプレゼント探しに行ったのか」
「まるでサンタクロースだねえ」
 夫婦は忍び笑いをした。耳を澄ますとしばらく静かだったが2人がしびれを切らし始めたころ、ド
アの蝶番が軋んで、今度は階段をこっそり上がっていく気配がした。
「やれやれ、これで一騒動終わりか」
 ジェーンの身体を引き寄せながら、ヨシュアはくつくつと笑った。
「あいつの頑固さときたらまぁ、いったんこうと決めたら梃子でも動きやしねえな」
「あの頑固さでほんとに仇討ちするつもりなのかねえ」
 ジェーンは吐息を漏らした。「せっかく助かったんだから無事に幸せになって貰いたいのに」
「まぁな。だがひとりで幸せにはなりたくないんだろうよ。律義なやつさ」
 ジェーンの体をまさぐる。「ま、あれがあいつのいいところでもあるんだろうさ」



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