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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−6


 夕食時になってデイジーはやっと部屋から降りてきた。食事が終わると全員で家の外のベンチに腰
掛けて夕涼みをする。
「勉強は進んだかい、おチビさん」ヨシュアがからかう。
「うん。でもレポート出すのもたいへん」
 マグカップの香茶をすすりながら溜息をついた。
「ケリーみたいにあたしも早く勉強終わらせたいなあ。ケリーって頭いいよね、いいなあ」
 施設の培養槽で刷り込み学習だから、とは言えずにケリーは肩をすくめた。彼から見ればデイジー
の学習能力はそう悪くはない。基礎教育はとっくに終えて、中等クラスに居るのだから。
「よくなんかないよ。俺なんか、常識無いってみんなに笑われてるし」
 実際、彼としてはもう少し一般常識の知識を擦り込んでおいてもらいたかった。無論、今になって
のんびりとデイジーから本を借りて読むという生活も悪くはない。それにしても軍務に関係ない部分
をこれだけ差し引かれると、村で普通の人間と暮らすには不便なこと夥しい。
「来週はお祭りだねえ」
 ジェーンはヨモギの蚊やりに火を付けながら言った。
「お祭りに出すお菓子もそろそろ焼かなきゃねえ、デイジー」
「うん。フルーツケーキと生姜パンは焼かなきゃね」
 楽しそうにいう。
「干しぶどうとクルミもいっぱいあるし。干し杏子もあるしね。あのね、花火を打ち上げたりお姉さ
ん達がダンスしてるのとか見てて楽しいのよ」後半はケリーに向かって言う。
「......ダンス?」
「うん。あとね、くじ引いて当たりが出るとね、ミラーさんのお店でキャンデーを貰えたりするの。
一昨年はキャンデーとチョコレートとハンカチの詰め合わせが当たったのよ、あたし」
「......へえ」
 それじゃあキャンデーとかハンカチは排除だ、と頭の中でメモに書きつける。どうしよう。だんだ
ん選択範囲が狭まってくるぞ。
「そう言えばな、羊を一頭出さなきゃならん」
 ヨシュアが言った。「屋台に出す当番だったよ、今年」
「あらまあ」
 ジェーンは顔に手を当てた。「丁度いいのがいたっけねえ?」
「ちょっと大きめのがよかろうよ。ミサに出すのは小羊だからな。その分こっちでバランスとらにゃ
あなるまいて」
「ね、凄いでしょ」
 うきうきしている口調でデイジーが言った。
「きっとケリーも楽しいわよ。ゲームもあるのよ。男の子達はパチンコで的当てするの」
「ふーん」
 パチンコかあ、と気のない返事をする。パチンコなんて4つかそこらで卒業したぞ。やっぱりナイ
フ投げかせめてダーツで無いとな。
「ケリー、おまえ、射撃は得意か」
 さりげなくヨシュアが訊く。
「得意だよ」
「じゃあ、おまえ、クレー射撃に出るといいさ。パチンコよりは景品がいいぞ」
 いったいこのおっさんはどこまで地獄耳なんだろう、とケリーはヨシュアの涼しい横顔を眺めた。
俺はヨシュアにプレゼントの話はしてないし、おばさんもヨシュアに話す暇なんて俺の見てる限りは
なかったのに。
「すごぉい。ケリーって射撃もできるの?」
 デイジーは目を丸くした。「まるで大人みたい」
「まあね」
 誉められてちょっと嬉しくなった。「俺、百発百中だよ」
「そういうことを言うとな、冬の狼狩りに駆り出されるぞ」
 ヨシュアはにやりと笑った。「つまり、おれの助手はやれないってことだ」
「俺はヨシュアのボディガードだろ」
 負けじと言い返す。「ついていって強盗だって狼だって追っ払ってやるよ」
「おんや。強気でいらっしゃいやすね、若旦那」
 ヨシュアはケリーの額を小突いた。「ナマイキ言ってくれるぜ」
 えへへとケリーは笑った。いいよなぁ。ふと思う。こういうムードっていいよな。
「俺さあ、ものすっごく幸せな気分」
 笑いながら言う。「うん、きっとこういうのが幸せっていうんだよね?」
 ヨシュアとジェーンは顔を見合わせたが何も言わなかった。
「どういうのが幸せなの?」
「うん、家のみんなと一緒に食事してさ、こんなふうに冗談言いあったりして楽しくてたまらないっ
て感じがさ」
 食事の時に残した黒パンの皮を齧る。堅くて酸っぱいけれど、それでもたったひとりで携帯食料を
味気なく齧るよりはずっといい。
 顔を上げるとデイジーと視線が合い、にっこりと微笑まれた。その口許に目が行ってどぎまぎする。
キスしたのは3週間前。でもまだ覚えている。ディーとのキスの甘さは。ディーは俺みたいにどぎま
ぎしないのかな? それとも俺とキスしたことなんか忘れちゃった? 
「ディー、あのさ、俺」
 無意識のうちに口走ってしまう。慌てて口をつぐんだ。
「なあに?」
 マグを持つ手を止めて訊く。「どうしたの? ケリーってば途中まで言いかけちゃって」
「あの.....さ......」
 何を話したらいいのか判らなかった。
「ディーって......あの......何色が好きなんだ?」
 きょとんとしたが、小首をかしげた。
「うーんとね、あんまり嫌いな色って無いの。どうして?」
「えと、あのさ、......俺、ディーとずっと一緒にいるのに、あんまりディーのこと判ってないなっ
て気が......したから」
 しどろもどろながら何とか答えるとデイジーは壁に身体をもたせ掛けた。
「あたしもケリーのことそんなに知ってるわけじゃないけど、でもケリーってまだうちに来てからほ
んのちょっとしか経ってないのよ」
 夕暮れの空を見上げ、首を巡らす。
「大丈夫よ。そんなに大急ぎでなくたって。あたしなんか、毎日ケリーのことだんだん判ってきて、
とっても楽しいもん」
「だんだん?」
「うん。髪の毛が黒いのかと思ってたら、ホントはちょっと紫っぽいとか、かけっこが早いとか木登
りがうまくてまるで猫みたいだとか」
「猫? 猫って?」
「そういう動物がね、いるんだって。大昔の地球にはいっぱいいて、ねずみを獲ったりして人間を助
けてくれたんだって」
「ディーは見たことある?」
「動物図鑑で見たけど、とっても子猫が可愛いの!」
 猫なんて動物よりもディーのほうが絶対に可愛い。ケリーは心の中で断言した。
「猫って言うよりはおまえはもっとでかい猫属だろう」
 香茶からビールに切り替えたヨシュアが酒臭い息を吐きながら割り込んできた。
「そうだな、豹とかピューマとかに似てるだろうよ。黒豹だな」
「父さん、父さんは、その豹とかって見たことあるの?」
 目を輝かせながらデイジーが訊く。
「そりゃおまえ。父さんは他所の星だって歩いてきたからそのくらいは知ってるぞ」
 威張って言う。
「ウィノアには無いがな、他所の星には動物園ってのがあってな。その星に住んでいる動物を飼育し
たり、絶滅した動物の剥製を置いたり、他所の星と交換しあった動物を展示したりしてるんだ。豹っ
てのはな、そうだなあ、1メートル半てんだから、ケリーよりもちょいと大きいくらいか。でな、す
ばしっこくて牛とかを襲って1頭丸ごとぺろりと喰っちまうんだとさ」
 デイジーはケリーをしげしげと眺めて父親を疑わしそうに見上げた。
「お腹壊さないの? そんなに食べて」
「野生の動物はな、食いだめが出来るんだよ。毎日3回きちんとメシを喰うわけじゃないのさ」
「俺、犬は知ってるよ」
 ヨシュアに負けじとデイジーに向かって言う。「そう言えば、犬って村にいたっけ?」
「池の方のサディさん家にね、こぉんなに鼻のとんがってきれいな犬はいるわよ。羊の番してるんだ
って」
「俺が知ってるのはさ、シェパードって種類で軍用犬なんだ。基地でいっぱい飼ってたよ。匂いに敏
感でさ」
 ごほんとヨシュアが咳き込んだ。立て続けに咳をする。「ああ、なんか喉つまりしたぞ」
 はっとして慌てて口をつぐむ。
「基地って? 軍用犬てどんなの?」
 デイジーが興味津々で訊いてくる。
「あと、えと......」
 蒼ざめる。
「基地ってのは、坑道に入るための基地だよ」
 ジェーンが穏やかに割り込んだ。
「犬はね、事故が起きたときに使うのさ。猫よりは犬の方が鼻がいいからね。人命救助には必要なん
だよ、土に埋まってる人を探すにはね」
 助け船でケリーはなんとか生き永らえた。
「ふうん。ねえねえ、シェパードってどんな犬?」
「ええと、茶色だけど鼻と耳の端が黒っぽいんだ。しっぽの先も黒っぽくてさ。こんなもんかな」
 大きさを両手を広げて示す。
「食堂の残飯やる当番が楽しくってさ」
 そう言えば、あの犬たちもあの時死んだんだろうか。あれから3カ月だから飢死したんだろうか。
「猫の野生で豹がいるのなら、犬の野生は狼だねえ」
 ジェーンは笑った。「山犬とかもチャレスカにはいたよ。狼も山犬も餌が無くなると群れを作って
人里まで降りてきたから、大変だったねえ」
「そりゃたいへんだろうな」
 ヨシュアが相づちを打つ。「連中ときたら、人間も餌と思ってやがるからな」
「人も食べる?!」
 子供たちの驚きの声に親達は笑った。
「そうだよ。一度、人間を襲って食べると味を覚えてね。人食いって言われて、そりゃあ恐れられた
ものさ」
 ジェーンはしみじみと言った。
「あたしが幾つの時だったかねえ。隣村で猟師が逆にやられてね。近隣の猟師が集まって山狩りした
よ。ここの狼は早くに人間様が逆に狩り出したから、怯えちまってるけどね」
「あれはよかったよな」
 ヨシュアが頷いた。「なにせ、連中のテリトリーのところに、お仲間の死体をぶら下げて見せしめ
にしたからな」
「そういえば、なんで狼狩りをするんだ? やっぱり村を襲うから?」
「違う違う」
 手を振って笑う。
「あれはな、毛皮にするんだよ。狼でも毛皮なら温かいからな。首都の連中に高く売りつけるんだ。
それを冬のコートにして町の連中が着たり、毛皮のままで他所の星にコートの材料に売る。絶滅する
まえに、クローニングするのかねえ、やっぱり」
 最後はジェーンに言う。
「クローニング養殖の狼なんて、狼じゃあないよ」
 笑って返事をする。「狼ってからは野生でなくちゃね」
「犬属なんだから、飼いならそうって奴も出るかもな」
 デイジーは欠伸をした。「あたし、眠くなっちゃった」
「そろそろ寝るか」
 それを合図にぞろぞろと立ち上がる。ケリーが蚊やりに水をかけて火を消していると、ヨシュアが
後ろから尻をつねり上げた。
「いてっ」
「アホ」
 怒ってるのではなく、呆れた口調で言う。「墓穴掘りやがって」
「うん......まあね」
 つねり上げられた尻を撫でる。「危なかった」
「おまえってやつは、デイジーには警戒心てものを持ち合わせてないらしいな」
「俺とディーの話してるところにあんたがしゃしゃり出てくるからだよ」
 むくれて言う。「せっかく楽しんでたのに」
「おまえだって、おれの話を喜んで聞いてたじゃねえかよ」
 ビールの小瓶をらっぱ飲みにする。「それとも、デートしてたつもりか?」
「デート?」
「ああもう、おまえ、首から字引でもぶら下げてろ。七面倒なやつだ」
「俺、ディーにはカッコイイって思ってもらいたくてさ」
 ぶっ、とヨシュアはビールを吹き出した。
「なんだよ、汚いなあ!」
 大声で非難する。「そんなところでビール吹くなよな!」
 ヨシュアはげほごほと咳き込んだ。
「おまえ、ナニを考えとるんだ」
「いいじゃないか、そんなの。前向きになれって言ったのはあんただろ」
「そりゃま、言いましたがね、若旦那。それにしてもまあ」
 ちろりと目をすがめて見下ろしてくるのを睨み返した。
「なにか文句あるのかよ」
「いーえ、ござんせんよ。あんまり口にバターを塗って滑らかにするなよ、あれ相手でもな」
 いやはや参ったねこりゃ、などと呟きながらヨシュアはさっさと居なくなった。
「なんだよ、もう」
 両手を腰に当ててぶつぶつ言った。「こう言えばああ言うし」
 それでもヨシュアの忠告はわかった。溜息をつく。
 悔しいが自分はウィノアの国家としての汚点をいまやひとりで背負って歩く存在だ。デイジーを巻
き込みたくなければ気をつけるしかない。
 桶を差し掛け小屋に片づけると、デイジーの花壇に足を向ける。
 夕暮れの中、青や赤や橙やピンクの花が風に吹かれて揺れている。しゃがみこんだ。
「どんな花がいいのかなあ」
 呟く。ディーはきれいなものが好きだと言ってるけど、きっと一番に花が好きだから。だから花を
あげたいんだ。
 谷や野にはどんな花が咲いていただろう。この間連れていって貰った場所のあの花じゃ駄目だし。
この頃は歩いていても全然気にしなかったからなあ。
 もう一度溜息をつくとゆっくりと立ち上がった。
「実際に見なきゃ判んないな」
 ぽりぽりと頭を掻きながらきびすを返す。一眠りして訓練の時にちゃんと見てみよう。



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