Sorry, this page is Japanese Charset=Shift_JIS Version.
after Netscape Navigator4.04ja


スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−5


「ケリー!」
 呼ばれてふと顔を上げた。とたんにハンダ鏝の先が滑って指先に触れる。
「ちちち」
 慌てて指先をくわえながら、ベッド脇の窓を開けて外に顔を突きだす。
「なんだい、ヨシュア!」
「ちょいとな、手伝ってくれ。暇だろう?」
 金づちを片手にヨシュアが手招きする。
「暇ってわけじゃあないけど、いいよ」
 笑って顔を引っ込める。鏝のスイッチを切ると階段を降りた。
 裏庭ではヨシュアが工具箱を片手に待ち構えていた。
「悪いがな、屋根に上って釘打ってくれ。おれじゃあ屋根を破っちまう」
 豚小屋を指さすのに快諾する。
「お安い御用さ。どこ?」
「5番目の柱のところにな、屋根板を打ち付けたいんだ。板はおまえが上がったら渡すよ」
「へいへい」
 身軽くよじ登る。屋根枠を伝って言われた場所に立つと、たしかに板が古びている。板を受け取る
とズボンの後ろに差し込んだ金づちを取りだし、釘を数本口にくわえて打ち付ける。
「ほかに御用は、旦那」
 地面に降りたケリーが訊くと
「あるのさ」
 ヨシュアは声を潜めてちらりと2階を眺めた。
「悪いがな、村に行ってミラーんところから荷物を受け取ってきて欲しいんだ。あいつにゃ内緒でな」
 指さす先はデイジーの部屋。
「へ?」
 怪訝な声を出すとしぃっと口に人さし指を当てる。
「明後日があいつの誕生日なんだよ。誕生日のプレゼントが来てるはずなんだ」
 頷いた。「いいよ。でも内緒ならどこに隠しておくんだよ?」
「おれたちの部屋のベッドの下にでも放り込んでおいてくれ。ミラーの内儀さんにな、金はツケにし
といてくれって言っといてくれ」
「了解」
 村に出るのは久しぶりだった。広場はきれいに掃き清められ、テントの支柱があちこちに積み上げ
られている。
「おや、ケリー、いらっしゃい」                      よろずや  ベルをカランと鳴らしながらドアを開けると万屋のミラーのお内儀が奥から顔を出した。
「頼まれたんだけど、荷物取りにって。ツケてくれってさ」
「ああ、デイジーのあれだね。ほら、軽いけどかさばるからね」
 紙箱を手渡される。たしかに軽いが大きい。
「なにこれ?」
「ドレスだよ。来週は収穫祭だからね、お祭りの一張羅だろうさ」
「へえ」
 目を瞠った。「祭りだとそういう服があるんだ?」
「面白いこという子だねえ」
 ミラーのお内儀は笑いだした。
「お祭りだもの、みんなお洒落するに決まってるよ。普段着じゃみっともないじゃないの」
「誕生日のプレゼントってヨシュアは言ってたけど?」
「だから、お祭りの衣装を作ってやったんだろう?」
 呆れたように言う。「生誕祭や万聖節のミサに出てこないから、なかなか着る機会なんて無いだろ
うけどさ。収穫祭と冬至祭と夏至祭くらいかねえ。それでもいい仕立物だったよ、ジェーンのお古っ
て割には」
「は?」
「だから、ジェーンのお古のドレスをデイジーの服に仕立て直したんだよ。鈍い子だねえ。この調子
じゃあ、あんたはデイジーに何も用意してないだろう?」
「えええ?!」
 肝を潰した。「祭りだと、なにか贈らなくちゃいけないわけ?!」
「なにを寝とぼけてるんだい」
 うんざりした口調でたしなめる。
「誕生日にだよ。あんなにあんたのことを世話焼いてるんだからね。日頃のお礼になにかプレゼント
するのが筋ってもんじゃないの。ほら、ついでだから店の物見てってごらん」
「......はぁ」
 ぐるりと見渡す。キャンデーやクッキー、チョコレート。ぬいぐるみ。ノートに鉛筆。マグカップ
に様々な模様の皿。リボン。歯ブラシに練り歯磨き。石鹸。店の奥の棚には布がくるくると巻かれて
積み上げられている。
「なにあげればいいのかなあ」
 途方に暮れて勘定台に振り返ると、お内儀は額に手を当てて溜息をついた。
「ケリー。もしかしたら、あんたって今まで誰かに物をあげたりしたことってないのかい」
「食料とか水くらいはわけたことあるけど?」
「いったい、どういう暮らしをしてたんだい、あんたんところは」
 思わず詰まった。「......どうだっていいじゃないか」
「まあねえ。いいかい、あんた、お金は持ってるだろう? いくらある?」
「ええと......50ディナールくらいかな」
 ジェズで地図を買って以来、ケリーには現金収入はない。
 お内儀は舌打ちをした。
「それじゃあ、なにも買えやしないじゃないの。なにに使ったんだい」
「ジェズで地図買ったからさ」
 思わず首を竦めていうと、お内儀は呆れ果てたという顔をした。
「それじゃあ、駄菓子程度しか買えないよ。後は、そう、リボンくらいかねぇ」
 指差す先を見る。赤やピンクや水色、茶色。縞模様、格子柄、水玉模様。
「これってなににするのさ」
「なにって......髪を結んだり包みにかけたりするに決まってるじゃないか」
 お内儀のじろりとした視線にケリーはたじろいだ。あまりにも知らなすぎるというのも不審を買う
らしい。近寄ってとっくりと見る。
 そういえばディーの子供時代の写真だ、と思い出す。デイジーが髪を結んでいたのは赤いリボンだ
った。赤いリボンというのはよく使われるのか、いろいろな種類がある。幅広、幅細、真紅に黒っぽ
い赤、朱がかった赤、ピンクがかった赤。薄い生地、厚い生地、毛羽立った生地、つやのある生地。
「リボンてプレゼントになる?」
「なるけど、デイジーには無理だよ」
 矛盾した言葉に振りかえる。「どうしてさ?」
「ドレスは青いし、共の布で髪につけるリボンを作ってあるからね。この時期だと収穫祭に使えるも
のが良くないかねえ」
 勘定台から出てきてやはり店を見渡す。
「そうも言ってられないかねえ。50ディナールだと花の種か花の一本くらいしか買えないし」
「花?」
「一番安い花束だって、祭りのときじゃあ800ディナールはするよ。デイジーにありきたりの花壇
の花はやれないだろう? あの子は花を育てるのがうまいんだから。赤ん坊ならキャンディーでもご
まかせるだろうけど」
「あ、あのさ」
 唾を飲み込んだ。「花ってそういうときプレゼントになる?」
「そりゃなるけど......あんたお金無いんだろう?」
「無いけどさ。贈り物になる?」
「町じゃあ、値段の高いきれいな花をご婦人方に贈るんだよ。でも、村じゃあねぇ」
 肩をすくめた。「畑のキャベツをちょいと手土産にやるのと、大差は無いよ」
「そうか」
 がっくりと肩を落とした。「困ったなあ」
「そうだねえ。あんたは手先が器用だから、なんか作ってあげるのもいいだろうよ」
 うなだれるケリーを励ますようにぽんぽんと肩を叩いた。
「......わかった。じゃあ」
 紙箱を抱えると店を出てとぼとぼと歩き出した。
 ヨシュアがもうちょっと早くに言ってくれれば、なにかディーにやれたのになぁ。おばさんが言っ
てくれれば、俺、青いリボンでも買ったのに。
 家に入ると足音を消し、気配も消してヨシュアとジェーンの寝室に滑り込む。言われたとおりにベ
ッド下に紙箱を滑り込ませると部屋を出て階下に降りた。
 調理台のそばに座ってジェーンはジャガイモの皮を剥いていた。
「あれ、置いて来たよ」
「そうかい、ありがとうよ、ケリー」
 脇の丸椅子に座って手許を見ているとジェーンは顔を上げた。
「元気無いねえ」
「俺、ディーになにも贈る物が無くて」
 ジェーンはくすりと笑った。「無理に贈らなくたっていいんだよ」
「贈りたいのに時間が無いんだ。明後日じゃ、なにも準備できないよ」
「その気持ちだけで良くないのかい?」
「ミラーのおばさんに、贈るべきだって言われたんだ。ディーに親切にしてもらってるからって」
「あの子は別にプレゼントをあてにしてあんたに優しくしてるわけじゃないよ?」
 ジェーンは膝にかけていた布を寄せた。
「あの子が親切にしたいから親切にしてるのさ。それをあんたが重荷に思うことは無いよ」
「ジェズで地図なんか買わなけりゃよかった」
 呟いた。「そうしたら、花束でも買えたのに」
「花束?」
「ミラーのおばさんがさ、町の人間は高い花を贈り物にするって言ってたんだ。ディーは花が好きだ
から、そしたら買ってやれたのに。収穫祭のとき」
 ジェーンは笑い出した。「あんたって子はまあ」
「だって、やりたいんだよ、俺!」
 憤然として言う。「なにか贈ってやりたいんだ。ディーが喜びそうなきれいなものをさ!」
「まったく、男ってのは誰でも同じことを言うんだねえ」
 笑いながらジェーンは涙を拭いた。「ああ、おかしいったらありゃしない」
「なにがさ」
「うちの人だよ。あたしに惚れたとか言ってねえ、いろんなものをくれたんだよ、知り合ったばかり
の頃。たしかにきれいだけど良くわからないものとかいっぱいね。だからおんなじだと思ってさ」
 ケリーは膨れっ面を引っ込めた。「ヨシュアがぁ?」
「それこそ花からはじまって、ネックレスとかイヤリングとかね。今になって考えてみれば、あれは
海賊稼業とやらで誰かから失敬したものじゃなかったかねえ。あと、イミテーションの宝石とかドレ
スとかね」
「はぁ」
 あの腹の出てきた楽しいタヌキ親父がそんなことするのか?
 ケリーが腕組みして考え込むと、ジェーンはさらに楽しげに笑った。それがあまりにもきれいな声
だったので驚いて顔を上げる。
「おばさん」
「なんだい」
 笑う声で訊き返すジェーンをケリーはしげしげと見つめた。
「おばさんて、昔、ディーに良く似たものすごい美人だった?」
「デイジーはあたしの死んだ母親に似てるよ。あたしは言うほど美人じゃないよ」
「どこがよくてヨシュアはおばさんに惚れたわけ?」
「そんなこと、あんたになんか教えないよ」
 ジェーンは悪戯っぽく言った。「あんたはデイジーのどこが気に入ったんだい?」
「優しくて可愛いところ」
 即答するのにまた笑いだす。
「そんなに笑うことないじゃないか」
 むくれるケリーの髪を撫でた。
「ケリー、じゃあ、いいことをおしえてあげようね。人ってのはね、子供でも大人でも、優しくして
もらったらそりゃ嬉しいものだよ。あんたでなくてもね。デイジーだって、一生懸命考えてくれたプ
レゼントなら喜んで貰うよ。それがあんたからなら尚更ね」
「そうかな?」
「そうさ。だから一生懸命頭を捻ってみてごらん。まだ時間はあるよ」
「判った。そうだ、ついでにやることあるなら手伝うよ」
「おや、それじゃあそこの雄鳥の羽をむしっとくれ」
 ストーブの脇にぐったり転がっている鶏を指さす。「お祝いの御馳走だからね」
「しまったぁ」
 立ち上がると笑いながら鶏の脚を掴んで持ち上げる。
「そうか、おまえがメインディッシュになるのか」
 紙袋を1つ広げると、その中に鶏を入れて器用に羽をむしり始める。ジェーンはジャガイモを入れ
た鍋をコンロにかけると繕い物を始めた。
 アオイフク、とケリーは心で呟きながら羽をむしっていた。ア、オイ、フク。青いドレス。青って
言ってもいろんな色あるしな。どんな服だろう? しまった、どうせならこっそり見てもよかったか
な。でも、ディーへの贈り物を俺が勝手に見るわけにもいかないし。ア(と羽をつかみ)、オイ(と
引っこ抜き)、フク(と袋の中に羽を捨て)、と。
 ヨシュアが疲れたと言いながら入ってきた。
「やれやれ。保冷コンテナのガスが抜けてやがる。ケリー、おまえ明日テルノンにつきあわないか」
「俺、ちょっと忙しい」
 手をぱたぱた振って羽を払い落としながら返事をする。「ちょっと大事な用事があってさ」
「は?」
 ヨシュアは意外だという表情をした。
「そうか? 銃の手入れとかエネルギーチューブの補充とかするんだが」
「行きたいのは山々だけど、物ごとには順序ってもんがあってさ」
「へえぇぇ。明日は槍の雨でも降るかもしれんな」
 呆れたように言うとヨシュアは風呂場に歩いていった。



次頁へ行く 前頁へ行く I.《亡霊》に戻る II.《生者》に戻る III.《怨敵》に戻る IV.《寧日》に戻る


【小説目次】へ戻る 小説感想をどうぞ!【novelBBS】 トップページへ戻る


此処のURLはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~magiaです