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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−4


  農作業はケリーにとっては珍しいこと続きだった。
 たしかに麦でもトウモロコシでも栽培されているのは知っている。けれどどうやってどういう形で
収穫し、それがどういう過程を経て粉になり、パンになったりドライコーンになったりするのか知る
のが面白くて、ケリーにとっては新鮮な毎日だった。
 ケリーや大人たちが刈り取った収穫は硝子天井から降り注ぐ天日と太陽電池で動く送風機とで丁寧
に乾かされ、脱穀された。物納税として決められた分量は地方政府と惑星政府に収め、残りを自由裁
量分として各世帯で作付面積に合わせて分け合い、そこから商品として売るのも自家消費分として使
うのも自由だった。むろん、次の種籾とする分は必要だが。
 麦やトウモロコシの収穫が終われば次はジャガイモやタマネギ、人参などの根菜類の収穫。そして
それが終わるころになると大人たちが放牧場に集まり、秋になってどの牛を潰すかを相談し、どの家
から順番に肥え太った豚を屠殺していくかを決める。
「さあ、おまえたちの手伝いも終わりだぞ」
 ある晩、夕食後のお茶をすすりながらヨシュアはケリーとデイジーに宣言した。
「今までご苦労さんだったな。今までさぼっていた勉強も始めろよ、デイジー」
「俺たち、牛とか豚を屠殺するのにいらないのか?」
 ケリーはきょとんとした。「てっきり手伝うんだと思ってたよ」
「おまえの手に負えるようなもんじゃあないのさ」
 肩をすくめた。
「半分以上は売り物だからな。ベテランで作らなきゃならん。味を落とすわけには行かないからな。
その代わり、届ける仕事はおまえに手伝ってもらうつもりだよ」
「えー、父さん、あたしも手伝いたぁい」
 甘え声を出すデイジーに片目をつぶってみせる。
「そりゃあ、おまえで間に合うところはな。でもケリーの方が遠距離で出掛けるときには便利なのさ」
 ケリーははっとしてヨシュアを見た。
「どうして?」
 デイジーは膨れっ面をした。「あたし連れてってくれるって約束なのに」
「まず、ケリーはトラックの運転が出来そうだ。それに体力がおまえなんかよりある」
 指折り数える。
「第一、おまえみたいな可愛い娘じゃあ、あっという間に悪い奴にかどわかされて他所の星に売られ
ちまうよ。大事な娘をあぶない目には合わせたくないなぁ、父さんとしては」
「やぁだ、父さんてば!」
 デイジーは真っ赤になった。「そんなことであたし、お留守番?」
「そんなことって言うがな、統合政府が出来てもごたごたしてるんだよ、世の中は。もうちっと落ち
着いたらあちこち連れていってやれるかもしれんがなあ」
「むー」
「その代わり、なにか土産を買ってきてやるよ。本でもディスクでも、そうだな、服でもいいぞ」
「あたし、他所の町を見たかったのにぃ」
 拗ねる。「本だってディスクだって、センターから借りれちゃうもん。あたしも連れてってよぉ」
「デイジー、遊びじゃないんだよ?」
 ジェーンが娘をたしなめた。「父さんは、仕事のついででおまえを連れていくか、仕事の助手とし
てケリーを連れていくか選ぶ必要があるんだよ。そしたらケリーを選ぶのは当然じゃないの」
「どうして大事なことだといっつもケリーなの?」
 泣き声になった。「あたしだって父さんの手伝いしたいのにっ。あたしが女の子だから?」
「そうだ」
 ヨシュアは厳しい声で言った。「ケリーは1人でこの星まで来れるくらいしっかりした子だ。勝手
にバギーを持ちだしてもちゃんと知らないジェズの町まで行けるくらいにな。これは村を代表して行
く仕事なんだ」
 顔を歪めてがたんとデイジーは立ち上がった。
「ディー」
 慌ててケリーも立ち上がる。「ごめんよ。でもヨシュアの言うことも、俺、わかるし」
 伸ばした手を払いのけた。
「なによ、ケリーなんて大っ嫌い! それならあたしの代わりにケリーがうちの子になればいいんだ
わ! あたしは要らない子なんでしょ!」
『デイジー!』
 両親が怒りの声を上げるのと、デイジーが身を翻して階段を駆け上がっていくのはほぼ同時だった。
わあんという泣き声とバタンと乱暴に閉まるドアの音。
「ディー!」
「慰めに行かんでいいぞ、ケリー!」
 ヨシュアの声は厳しかった。
「言うに事欠いて、なんだあれは! おまえに向かって一番言っちゃあならん台詞だ!」
「だって、ディーは知らないんだぞ?!」
 抗議する。「約束してたんだろ、連れていくって。それを取り消して俺を連れていくって言ったら
そりゃ怒るの当たり前だよ!」
「いいか、ケリー」
 ヨシュアは椅子の背もたれに左肘を置いてケリーを見た。
「そろそろおまえを目的地に連れていって下見をさせる時期だと思っている。だから遠い町や大きい
町にはおまえを連れていこうというんだ。デイジーを連れていったらどうなる?」
「下見?」
「俺があちこちの町を回っている間にたとえばおまえを首都に置いておく。日数があればじっくり下
見できるだろう? それにはデイジーは邪魔だ」
「でも......」
「デイジーにはおまえの素性を明かすわけにはいかん。それにはまだあいつは子供だし、危険が大き
すぎる。なにか疑われてサツにでもあいつまでつかまったら、知っていることが危険を呼ぶ」
「わかってる」
 唇を噛みしめた。
「それを抜いてもね、あんたに言っちゃいけないことは言ったんだから」
 ジェーンはがっかりしたように言った。
「なんだって、要らない子だなんて言ったのかねえ」
「俺、ディーの居場所を取っちゃったのかな」
 呟いた。「ディーをあんなふうに傷つけるつもりなんかこれっぽっちも無いのに」
「あれは我儘だよ。気にしなくていいよ、ケリー」
 ジェーンはケリーの拳を手に取った。
「あたしたちも少々、あの娘を甘やかしてたからね。世の中には妥協ってもんがあることは知らなく
ちゃいけないんだし、我慢させなくちゃね」
「済まなかったな、ケリー」
 ヨシュアは頭を下げた。「おまえが一番気にしてることだろうに」
 ケリーは笑って首を横に振った。
「俺、ディーが大好きだよ。ディーのおかげでずいぶん楽になってる。あの子と一緒に居ると、とっ
ても心が温まるんだ」
「あんたにはちゃんと謝らせるからね。悪かったね、ケリー」
「気にしてないよ。じゃあ、お休み」
 落ち着いた足取りで部屋に上がる。机の前に座ると、ここ数週間投げ出していた工作作業を眺めた。
 それは旧式の情報端末を寄せ集めて組立て直す作業だった。ケリーのために新しい情報端末を買う
余裕はヨシュア一家には無い。それで村の各家で使わなくなった、もしくは壊れた卓上型の情報端末
をもらい受けて使える部品を使って何とかしようという試みだった。
 ケリーの機械いじりの腕前は村中が知っていたから、皆が面白がって機械をくれた。出来上がった
ら御披露目をすることになっている。デイジーが探してくれた組み立て手順書のハードコピーを数ペ
ージ読み、工具を手に取ったが、溜息をついて机に置いた。
 気が乗らないときにやっても失敗するだけだ。
 「大嫌い」と言われたのがこたえているらしいと自己分析してケリーは苦笑した。「要らない子」
と言われたことをヨシュアとジェーンは気にしたようだが、そんなことは判りきっている。廃棄処分
されるところを生き延びているのだから。自分は。
「鉛の兵隊だからな、俺は」
 つい一昨日にデイジーから借りて読んだ童話集を思いだして苦く笑う。使い古され、飽きられた玩
具は無造作に暖炉に放り込まれて溶けて消え去る。もしくはゴミに出されて棄てられる。
 ------それこそ鉛の塊を呑み込んだように胸が重かった。
「どうしてこんなに苦しいんだろう?」
 呟く。ディーを失うからだ。でも別に死ぬわけじゃない。嫌われるだけだ。
 何故、嫌われるというだけでこんなに苦しいんだろう。覚悟してたじゃないか。俺はディーに秘密
を持っている。その内容でも、持っていること自体でも、普通なら嫌われそうなのに。
 ぶるっと震えた。
 なにか考えついてはいけないようなことを考えつきそうだった。
 寝ようと決心して顔を洗うためにベッド脇の水差しを取り上げて舌打ちした。空っぽだ。そう言え
ば、今朝は時間がなくて水差しに水を酌む暇が無かったのだ。けれど身体が埃っぽいし、そのまま寝
るのは気持ち悪い。
 替えの下着と寝巻きを持ってそっとドアを開けた。階段の灯は常夜灯になっている。1階も真っ暗
だから、あれからヨシュア達も寝たのだろう。気配を殺して風呂場に降りる。水音がするかもしれな
いが、シャワーをちょっとだけ浴びよう。
 夜中の冷気のせいか、水は冷たくて気持ち良かった。そんなに勢いは無いが、それでもこの家に来
たころに比べればずいぶんと水圧も上げたしその分シャワーの出もいい。ジェーンお手製の石鹸で軽
く身体と髪を洗う。
 ふと気配に気がついてシャワーを止めた。誰かが1階にいる。泥棒か? 濡れたタオルを手にそっ
と風呂場から滑り出した。調理場の隅に手許灯を持って誰かがいる。ぴしゃりと水音がする。
 すばやく背後に近づくと濡れタオルで首と思われる場所を締め上げる。乾いたタオルとは段違いな
武器だ。
 カランと金属が落ちる音、そしてがたんと硬いものが床に落ちた音がした。灯りが足許に転がる。
崩れ落ちる身体を受け止めてケリーはギョッとした。
「ディー?!」
 灯りを拾い上げ、見るとデイジーがぐったりとしている。慌ててタオルを喉から外す。水を飲みに
降りてきたところだったらしい。
 しまったと思って息を確認する。止まっていた。当たり前だ。これをやったら大の大人だって息を
詰まらせて失神する。
 うろたえた。早くしないと息を吹き返さなくなる。
 抱き上げ、居間のスペースに連れていく。古ぼけたソファからクッションを取ると首の下において
気管を開かせ、胸の上に手を当てて鼓動を確かめながら人工呼吸を施す。10回ほどやっていると、
微かに身じろぎをした。
「ディー。ディー、目を覚ましてくれよ」
 耳元で囁きながらさらに息を吹き込んでいると、呻いた。細い指が腕に触れるのをほっとして握る。
「あ......?」
 かすれ声を上げるのをぼんやりとした明るさの中で見つめた。
「ごめん。泥棒かと思ったんだ。喉、大丈夫かい?」
 意識がはっきりしないのか、返事をしないのを抱き起こす。
「ケリー......?」
「気分悪いか? 頭痛とかする?」
 細い腕が首に巻きつく。「ケリー......」
「うん、ごめんよ。こわかったろう? 急に喉を締められて。大丈夫かい?」
 抱き寄せるとしゃくりあげた。「ごめんね、ケリー。ひどいこと言って」
「いいんだよ。ディーが先にしてた約束なのに」
 咳き込むデイジーの背中を撫でる。「大丈夫かい?」
「あたし......?」
「泥棒かと思って、喉を締めちゃったんだ。人工呼吸でも息を吹き返さなかったらどうしようかと」
 びくっと身体が腕の中で震えた。
「じんこう......こきゅ......う?」
「うん、マウス・トゥ・マウ......」
 硬直した。 マウス・トゥ・マウス  口移しの呼吸。それってもしかして......。
 気がつけば、自分は濡れたままの裸だった。デイジーは薄い寝巻きで。そして自分は彼女を腕に抱
いている。甘い吐息が頬をかすめる。
 二人は動かなかった。
 動けない、とケリーは思った。動いたらすべてが壊れそうだった。でもこのまま抱きしめていても
いいんだろうか。どうしたらいいんだろう。
 ずっと抱いていると、甘い香りがした。香草ではなくてバニラエッセンスの香り。デイジーが一番
好きだと言う香り。動悸が身体の中で響く。
 そっと手を滑らせた。背中を撫でてやると震えるのがわかった。
「ディー......」
 自分の声ではないようなかすれ声。「......キス......?」
 自分がなにを言いたいのかすらわからない中でデイジーの息が止まるのがわかった。そっと身体が
離れる。うつむく頬に指で触れる。柔らかい、マシュマロのような頬。持ち上げて小さな唇を見つめ、
唇を重ねた。
 薄いはずの唇は柔らかくてあたたかかった。何度でもキスしたい衝動に駆られたが、なんとか抑え
こむ。そっと唇を離した。
 夜の闇の中で2人は抱き合っていた。
 涼しくて柔らかくて温かい身体だった。甘い香りにうっとりとする。まるでお菓子の妖精のようだ
と思う。甘すぎるお菓子はケリーは苦手だったが、デイジーがジェーンと作るのを見たり、出来上が
ったお菓子をきれいに飾って嬉しそうに見せてくれるのは好きだった。
「ディー」
「ケリー」
 2人は同時に呼び合い、一瞬黙り込んだ後、吹き出した。
「なんだい、ディー」
「ううん、ケリーから言って」
 首から腕を離し、ちゃんと身体を離すとデイジーは小さく微笑んだ。「なあに?」
「あのさ」
 真面目な顔をする。
「俺、やっぱりヨシュアが言うことが正しいと思うんだ。ジェズでもけっこう変な人がいっぱい居た
し。だから、遠くの町には俺がついていくよ」
 寂しそうな顔をするのに、慌てて付け加える。
「その代わりさ、俺、一生懸命見て来て、ディーに教えてあげるよ。町がどんなふうな景色なのか。
面白いこととか怖いこととか、珍しいもののこととか。そうだ、ディーが見たら喜びそうなお菓子と
かあったら、ちゃんと観察してきて教えてあげるよ」
「......うん」
 小さく頷いた。
「......あのね、あたしもそれを言おうと思ったの。ケリーは男の子だからきっと父さんも心強いと
思うの。......あたしが男の子だったらよかったんだけど」がっかりしたように付け加える。
「ディーが男だったら、嫌だな、俺」
 つい言うと、デイジーは首を傾げた。「そぉお? どうして?」
「だって、そしたらディーとこんなふうに仲良しになれなかった様な気がするから。いつも喧嘩ばっ
かりしててさ。ディーがディーでなかったら、すごくつまらなかったと思う」
 デイジーは恥ずかしそうに俯いた。「......うん」
 ほっとしたら気が緩んでくしゃみをした。
「ケリー、そういえばパジャマ着てないの?」
「ああ、うん、シャワー浴びてる真っ最中だったんだ」
 デイジーは慌てて視線を逸らした。
「......あんまりじろじろ見ちゃ悪いのね」
 言われて羞恥心で身体が熱くなった。「ええと......うん、ディーの寝巻き、濡らしちゃった?」
「ううん......乾いちゃったみたい」
 消え入るような声で答える。「......じゃあ、......お休みなさい。......風邪引かないでね」
「大丈夫だよ」
 立ち上がる白い寝巻きを見上げ、ふと腕を取った。「ディー?」
「なあに?」
 そのまま立ち上がった。
「あのさ......俺......」口ごもった。「......いや、いいんだ。お休み」
 薄闇の中で白い寝巻き姿と裸足の足音が遠ざかり、気配が階段を上がって部屋に消えると、詰めて
いた息を吐きだして風呂場に戻る。冷水を浴びると歯の根からがちがちと震えたが、我慢して浴びる。
 もう一度キスさせてくれなんて、図々しすぎるよな、俺。
 水を止めると髪から水を滴らせながら足許を見つめた。さっきキスしたデイジーの唇の感触を思い
だす。柔らかくて甘くて、思い出すだけで顔が熱くなった。
 初めてのキスをこんなふうにするとは思わなかったけどさ。ジャイだって他の小隊の女の子とはよ
く隠れて付き合ってたみたいだけど、キスはまだしてないって言ってたもんな。
 そういえば生まれて初めてキスしてくれたのもディーだっけ。頬にだったけど。
 そう思うとなんとなくくすぐったい気分になった。
 バスタオルの中でまたくしゃみをした。
 寝巻きを着たら今日はもうベッドに潜り込もう。ディーの前ではもう少しカッコイイ男でいたいな。
明日から時間を見つけてはまた訓練を始めよう。仲間のためだけじゃなく、ディーを守れるカッコイ
イ男になれるように。



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