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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−3
 ようやく作業終了を告げられたとき、ケリーは心労でぐったりしていた。こんなにくたびれたこと
は出撃していた時だって無い。水場でぞろぞろと並んで顔を洗っていると、隣の人間が肘でつついて
きた。濡れた顔をあげると、マシューだった。
「あのさ」
 ぶっきらぼうにマシューが言った。「デイジーに、タオル洗って返すからって言っといてくれよ」
「自分で言えよ」
 こちらも負けない口調で言う。「俺がどうしておまえの走り使いしなくちゃならないんだよ?」
 何か言い返すかと思い気や、マシューはなにやら顔を赤らめ、そそくさといなくなった。言い勝っ
たわけでもなさそうで、どうも釈然としない。
「ケリー?」
 水場から離れると、デイジーが飛んできた。「ね、帰ろ。父さん達もあそこで待ってるし」
「うん......」
 生煮えの返事をすると、デイジーはぺこりと頭を下げた。
「お昼の時はごめんね。庇ってくれてたのに」
 唐突に謝られてケリーは慌てた。「そんな、ディー、謝られても」
 見れば、周囲が興味深そうに眺めている。大急ぎで腕をつかんで広場の外れで他の村人と立ち話を
しているヨシュア達のところに戻った。
 ダッチェスと話し込んでいたヨシュアは、2人がやってくるのを見てにやっと笑った。
「若いってのはいいねぇ」
「あ?」
「いや、済まねえな、ケリー」
 ダッチェスがケリーの背中をドンドンと叩く。「うちの伜が喧嘩売ってよ」
「俺はいいけどぉ......」
 ちらっとジェーンとデイジーを見た。「なんかさぁ......」
「あたしのことは気にしなくていいんだよ、ケリー」
 ジェーンはあっけらかんと言った。「まぁ大声でいうことじゃあないけどね。故郷にいたんじゃう
ちの人とも会えなかったし、デイジーだって生まれなかったんだし」
「だってさ、おばさん」
「大丈夫。デイジーはあたしとヨシュアの子供だよ。生んだ本人が言うんだから、間違いないって」
「生ませた本人も保証してやるからよ」
 ヨシュアはにたにたと笑った。
「知ったかぶりのガキどもが何と言おうとな。大人にゃ大人の都合ってもんがある。デイジー、マシ
ューはなんだって?」
「失礼なこと言ったのにタオルありがとうって」
 無邪気に言った。「それでね、友達になろうねって約束してくれたの」
「そりゃあ結構なことだな」
 ダッチェスはヨシュアに頷いてみせた。
「収穫祭の時、うちの馬鹿伜も踊る相手が見つかったってわけだ」
「どうかねえ」
 ジェーンは笑ってケリーにひっついているデイジーを見た。
「この子はまだネンネだからね。ケリーにお守りしてもらうくらいがちょうどいいよ」
「いやいや、ケリーがお守り出来るかは判らんよ。あのモテっぷりでは」
 ダッチェスはトボケ顔で言った。「楽かろ? ええ? ケリー」
「俺、疲れちゃったよ」
 ケリーは溜息をついた。「すげえ緊張した。なんか怖かったよ、今日の昼」
 大人3人は笑いだした。
「まぁ、デイジーと釣り合ってらぁな、うちの甥っ子も」
 ヨシュアはダッチェスに言った。「じゃあな、おつかれさん」
 家族4人で歩きだす。農地のこちら側に家のある家族はほんの数軒で、ほとんどが反対側、村の中
心のほうへ歩いていく。こちらがわの一番外れにあるのがヨシュア達の家だった。
 ジェーンとヨシュアは先を歩き、デイジーと並んだケリーはのんびりと歩いていた。
「貸してもらったタオルさ、同じテーブルの女の子達が褒めてたよ」
 ふと思いだして言う。「刺繍が可愛いってさ」
「ほんと?」
 にっこり笑う。「よかったぁ。下手くそだって笑われたらどうしようって心配だったの」
「俺、マジで困っちゃったよ、昼ご飯の時」
 ケリーは愚痴をこぼした。「ディーがいないとさ、女の子たちが俺を質問攻めにするんだ。食事な
んかちゃんと胃袋に収まったかなんてわかりゃしない。なんでああも五月蝿くしつこいんだろう?」
「ケリーってね、やっぱりハンサムなんだって。だからじゃない?」
 くすくす笑った。「あたしのテーブルでもね、お姉さん達やおばさん達が感心してたわよ。大人に
なったら映画俳優みたいになるんじゃないかって」
「ええ〜? やだよ、俺。俺はあんなちゃらちゃらした鑑賞物じゃないぞ」
 俳優や女優が聞いたら怒髪天を衝くような台詞を吐く。「顔なんて皮膚一枚じゃないか」
「でも、それで人生変わるんだったら、大事なんじゃない?」
「どう変わるんだ?」
「うーんとね、お金持ちになって、きれいな服を着て、宇宙のあちこちに行けるの」
 ケリーは思わず立ち止まった。しげしげとデイジーの顔を見る。
「金持ちになってきれいな服を着てちゃらちゃらしたいのか?」
 デイジーの口からそんな言葉が出るのが信じられない気分で訊ねる。
「ディーはそういう生活がしたいわけ?」
「ケリーはきれいな物は好きじゃないの?」
 きょとんとして聞き返す。「あたし、きれいな物って好きよ。お花とか、レースの服とか、きれい
な絵のたくさん載ってる本とか。男の子ってきれいな物って好きじゃないの?」
「そりゃあ......きれいな物は嫌いじゃないよ。......でも金持ちなんて嫌いだ」
 吐き出すように言った。「あいつらときたら、威張り腐っていて、人を人とも思わないじゃないか」
 ますます翠の瞳が丸くなった。
「そうなの?」
「そうだよ。だってこの国の連中はそうじゃないか」
 胸がむかついた。
「ディー、ディーは知らないかもしれないけど、連中は自分たちのためにウィノアを2つに分けたん
だろ? そのために特殊軍を作ったんだろ? そして、特殊軍が殺し合うのを見て楽しんでいたんだ」
 思いだすだけでも胸が悪くなる。支配者達。『外』から自分たちを『視察』しにやって来てはよく
働く機械を見るように俺たちを眺めていた。蔑みの眼で俺たちを見ていた自衛軍の奴ら。俺たちが血
みどろになって戦うのをゲームか何かのように空から、宇宙から眺めて喜んでいた人でなしども。
「しかも、あいつらは......」
 激昂するケリーの肩を、大きな手がぽんと叩いた。はっとして口をつぐみ、見上げるとヨシュアが
厳しい顔をしていた。
「ケリー」
 静かだが断固とした声だった。
「気持ちは判るがな、そうデイジーに怒鳴り散らすんじゃない。それにな、特殊軍の戦いを遠い場所
での他人事としか見てなかったのは、なにも金持ちの人間だけじゃなく一般市民もだからな」
「あたし、ケリーに怒鳴られてなんかないわ、父さん」
 デイジーはケリーの腕を取ってぎゅっと抱きしめた。
「特殊軍の人のことって、あたしよくわかんないけど。でも、人が殺し合うのを見て楽しむなんて、
いけないことだと思う。いくら人類が映画とかで大昔からやってきたことだからってお話でだってい
けないことよ。そう思わない?」
 生真面目な台詞にケリーが振り向くと、デイジーは頷いてみせた。
「軍人さんは戦争するのはたしかに仕事だけど、でも命懸けだものね。あたしたちは軍人さんに守っ
てもらってるんだもの。見て楽しむなんて失礼よね」
 だがそれでも確認したいことがあった。
「金持ちになりたい?」
「あたし、宇宙に行きたいな」
 楽しそうに言う。
 今度はケリーがきょとんとする番だった。宇宙に行くのと金持ちがどうつながるんだ?
 そんなケリーを置いて、デイジーはスキップしながら母親のところに行った。腕につかまると、ジ
ェーンはそんな娘と腕を組んで歩いていく。なにやら楽しげにお喋りをしている。
「ははあ」
 そんな二人を後ろから見ながらヨシュアはちらりとケリーを見下ろした。
「おまえ、金持ち性悪説だな。間違えるなよ。金持ちが性悪なんじゃなく、性悪な連中がこの星じゃ
あ支配者層と金持ちを兼ねてるんだからな」
「なんで金持ちになりたいんだろう?」
「そりゃおまえ、金が無きゃ宇宙旅行なんてできっこないだろうが」
「《引き網》があるのに?」
 ヨシュアは口許をすぼめた。「ああ、デイジーのやつ《引き網》のことなんか忘れてるんだろうさ。
この星に帰ってきたとき4つかそこらだったし、あいつが合成食料作ってたなんて子供は知らないだ
ろうしな」
「......《ファラウェイ》が可哀想だな」
「そうか?」
「だって、ディーのことをよく覚えてるじゃないか、《ファラウェイ》は。小さい頃の立体映像なん
か後生大事に取ってるし、あいつ」
 ケリーは《ファラウェイ》がストックしているデイジーの小さい頃の立体映像が好きだった。ブラ
ウニーを背中にくくりつけて赤いリボンで髪を結んで船の中で元気にはしゃいでいる姿。ヨシュアの
腕の中で白い寝巻きでうたた寝をしてる姿。ブラウニーとままごとをしている姿。
 ああしているディーは俺たちと変わらない、とケリーは立体映像を静止画や動画で見るたびに思っ
ていた。俺たちは銃や戦斧で戦争ごっこしてたけど、あいつは代わりにままごとをしてたんだ。友達
はぬいぐるみのブラウニーと感応頭脳の《ファラウェイ》だけで。俺の方がよっぽどいい子供時代を
送っている。友達だって仲間だってたくさんいたんだから。
 前を歩くデイジーとジェーンを眺めた。
 2人はよく似ていた。髪の色も瞳の色も。細い身体つきも。大人になったらディーはおばさんみた
いになるのかな。
 ふとお喋りを止めてデイジーが振り向いた。ヨシュアとケリーのところに駆けてくる。
「ねえ、ケリー、今日の晩ご飯、何食べたい?」
「ええ?」
「おれはたまには自分が売りに出してる物を喰いたいねぇ」
 ヨシュアがいう。「ほら、血入りのソーセージがまだ冷凍庫にあったろう?」
「あたし、お米のお粥がいいな。ケリーは? ステーキ? ハム? ソーセージ?」
「ええと、分厚いハムステーキ」
 思わず答えて顔が赤くなった。なんとなく食べてみたかったのだ、以前から。
「じゃあ、今夜のご飯はソーセージとハムステーキとお粥とチシャとトマトのサラダね! あたしお
腹ぺこぺこ!」
 駆け戻ると地所の木戸を開けて待っているジェーンに報告している。
「ヨシュア! ケリー! 家畜小屋と鶏小屋の面倒は頼むよ!」
 野菜畑に飛んでいくデイジーを見送ってジェーンが笑う。「すぐ夕食にするからね」
「おうよ。あんまりソーセージを茹ですぎないでくれよ、ジェーン。あれでビールをぐいっと行くと
いいんだがな」
「わかってるよ。ビールは冷えてるからね」
「さすがはおれの女房だよ! ケリー、明日からは脱穀室で作業だからな。少し水を大目にニワトリ
にやっといてくれ」
 肩を叩く。
「でないと、昼間の暑さで鶏どもがへばっちまう。脱穀室で乾燥させて、脱穀が済めばじきに収穫祭
だ。それまでは朝から日暮れまで今まで以上にぶっ通しで働くからな」
「うん、わかった」
「収穫祭までは夜の勉強はなしだ。ちゃんと身体休めとけよ」
 ヨシュアは牛小屋に歩いていく。ケリーは差し掛け小屋から桶を出すと水を鶏小屋に運んでいった。
 ケリーが来たときにはまだ黄色く小さかったひよこは毛が抜けて羽がはえつつある。白い羽や茶色
の羽、ぶちのある羽。餌をやり、ぼんやりと見つめた。
 ひよこたちを見るたびにデイジーを連想した。ふわふわした小さな生き物がいつも元気にさえずっ
ている。そして寄り集まってさえずっているのは昔の自分と仲間のようだと思ってもいた。
 ひよっこで。オトナになるかならないかで殺されて人間に喰われる鶏達。まるで支配者の目の前で
要らないものとして殺されていった自分たちのようだ。
 ふと不安になった。
 ディーもこのひよこたちのように、いつか殺されてしまうんじゃないだろうか?
 そう思った途端に背筋を悪寒が駆け上がった。
 もしもディーまで殺されたら、俺はどうしたらいいんだろう。失った仲間と同じくらい大切なのに。
ヨシュアやおばさんのように俺のことを知らずに殺されたら。守りたいのに。
 身体が震えるのを止められなかった。しゃがみ込み、頭を抱える。
 ディーがマルゴのように死んだら、俺は耐えられない。あんなふうに俺の腕の中で死んだら。
「ケリー?」
 心臓が止まるほどの衝撃だった。
 振り返るとデイジーがエプロンを締めて立っていた。
「どうしちゃったの? もうご飯よ? ......どうしたの? 気分悪いの? 真っ青よ」
「......なんか、眩暈がしちゃってさ」
 なんとか答える。
 デイジーはケリーを抱えるように立ち上がらせた。
「どうしたの? 働きすぎ? お医者に行く?」
 心配そうに訊ねるのをそのまま抱きしめた。
「ディー。俺の傍から消えないでくれよ」
 震える声で囁く。「俺、怖いんだ。ディーまで仲間みたいに死んじゃったら、俺、気が狂いそうだ」
「どうしちゃったの? ケリー、夢でも見たの?」
 胸の中でデイジーが小さな声で聞く。
「マルゴみたいに死なないでくれよ。お願いだから」
「あたし、どこにも行かない。ケリーがいなくなるほうがずっと怖い」
 見つめあった。指先で頬に触れた。柔らかな頬。
「俺、どこにも行かないよ。ディーを置いてどこにも行かない」
 もっと感じたくて頬ずりする。
「だから、俺を置いていかないでくれよ」
 デイジーは右の小指を差し出した。
「あたし、ケリーのことひとりにしないって約束する。だからケリーもあたしを置いてかないって約
束して。ね? 指切りして」
「指切り?」
「小指どうし結んで約束するの。約束破らないって。破ったら、針を千本飲むの」
 小指を絡めあう。
「針千本? 飲むのも大変だな」
「そう、針千本。約束ね?」
「ああ」
 小指を離すと、デイジーはケリーを軽く睨んだ。
「もう、ケリーったらなかなか来ないから、ご飯冷めちゃったかも」
「ヨシュアは?」
「待ちきれなくて、食べてたわよ。ほら、うちに入ろ?」
 桶を拾い上げて並んで歩きだす。ケリーの掌に小さな手が滑り込んでくる。ひんやりと涼しかった
が、不安で凍えきった心を温めてくれそうなぬくもりだった。



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