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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


IV.《寧日》−2
 やがて村は本格的な収穫作業に入った。
 春小麦の収穫は終わり、畑の土をひっくり返して次の年への準備を始める。豆は2度目の収穫を迎
え、蕎麦も刈り取られた。
 春に生まれた子牛は親とともに放牧場に昼夜いるようになった。羊も毛を刈り取られ、夏の暑さの
なかで涼しげに草を食む。
 ケリーも村人に混じって忙しかった。
 農作業は慣れていないが機械の操作はできるということで、刈り入れ機や耕作機械での作業を割り
当てられた。刈り取り方や土をどうひっくり返せば畑にいいのかの説明をされれば、あとはケリーに
とっては簡単なことだった。
 農作業ができるくらいの子供達も駆り出された。玉蜀黍をもぎ、油菜を鎌で刈り取る。ケリーが刈
り取った小麦や大麦やカラスムギを脱穀場に大人に混じって運び、何日もかけて乾燥させ、脱穀し、
干し藁にするために積み上げ、一部は冬場の家畜の餌のために発酵させる。
 ケリーが見るところではデイジーは他の子供達に混じって楽しそうに働いていた。同じ年頃の少年
少女たちとお喋りをしながら苛められることもなく、ちゃんと仲間に入れてもらっているようだった。
 昼食の時間になるとデイジーと合流し、子供は子供でまとめて食事を取る。ケリーは同じ年頃の子
供の中では一番背が高かった。太った子供もいたが、集団に混じるとケリーはなぜか目立った。背の
高さなのか。それとも容貌がどこか違うのか。皮膚の色もそう変わらず、髪と瞳がちょっと色が違う
だけなのに、集団から浮き上がる。そして村の女の子からやたらと声を掛けられるのがケリーには少
々鬱陶しかった。
 LEFT
 それについてこぼすと、ヨシュアとジェーンは笑いだした。
「そりゃあ、子供の中じゃああんたは目立ってるよ、ケリー」
 ジェーンは香草のお茶を注ぎながら笑った。
「ムードがね、村の子供たちと違うのさ。もっと大人びてて一人前に働くだろう? だから目立つし
頼り甲斐もありそうで、憧れる女の子も多いのさ。それにあんたはハンサムだからねえ」
「そうかな」
 真っ黒に日焼けした顔を撫でる。「俺ってそんなに目立つ顔?」
「まぁ、農夫の顔じゃあないのはたしかだな」
 ヨシュアもにやにやと笑った。「兵隊とか、そうさな、船乗りにある顔じゃねえか?」
「ああ、そうかもねえ。たしかに船乗りのムードかもねえ」
 なぜかジェーンは懐かしそうに言った。
「ヨシュアの若い頃だって、ここまで船乗りっぽくはなかったね」
「それって、ケリーは船乗り向きってこと?」
 大人しく聞いていたデイジーが首をかしげる。「デイビーとかボブとかとはたしかに感じ違うけど」
「百姓よりはずっとシャープな感じだろ。行動ももっさりしてもいないし」
 マグのお茶をすすると娘の頭を撫でる。「おまえが百姓の娘らしくないのと同じだな」
「あたし、畑仕事好きよ?」
「おまえは母さんそっくりだからな。母さんは坑夫の娘だから農夫の娘とはちぃっとムードが違う」
「あたし、ちっちゃい頃の母さん覚えてるけど、とってもきれいだったなあ」
 うっとりしながら言う。「きれいな服着てて、きれいにお化粧して、いい匂いしてて」
 しかしジェーンは顔をしかめた。「あたしは今の生活のほうがいいよ。地に足が着いてるからね」
「そぉお?」
「そうだよ。あの頃はおまえを父さんに預けっぱなしで離れて暮らしてただろう? ウィノアに来て
なにがよかったって、家族で一緒に暮らせるってことだもの」
 ケリーは何とも言えない心地で3人を眺めていた。この家族の昔話を聞くのは初めてだったがそれ
なりに深い事情がありそうだった。それでも質問するのを憚る気分だったのは、自分の過去にあえて
触れないでくれているという暗黙の約束に応えるつもりだった。
 家での話はそれきりだったが、ケリーは逆に村の子供たちを観察するようになった。
 たしかにケリーから見ても、村の少年たちは頼りなかった。仕事をしているようでふざけているし、
刃物を持っている割には無頓着すぎる。少女達も手よりも口の方が回っている。その中でデイジーは
時にはお喋りをするにしてもせっせと働いていた。しかも小さい子供たちの面倒も見ている。小さい
子供たちも、ケリー達なら訓練していっぱしの兵士として鍛えられているだろう年齢なのに、甘った
れでデイジーのズボンにまとわりついて離れない。なんだかデイジーが一人貧乏くじを引いているよ
うで、見てて苛立ちを覚えた。
 苛立ちが怒りのレベルまで達したのは、5日後の昼のことだった。
 村の共同作業も終わりに近づいたこともあって、その日はのんびりと作業は進んでいた。
 昼近く、ケリーは麦畑の最後の1区画の刈り取りをしていた。子供たちが総出でそれを集めて背負
っては脱穀場に運んでいる。半分ほど畝を処理しかけたとき、わあんと泣き声が上がった。振り返る
とチビ助の一人が転んだのか、刈り取った後の地面でひっくり返って泣いている。
「うるせえぞ、ピーター!」
 傍に立つケリーと同い年らしい少年が怒鳴りつけた。「ぴーぴー泣くんじゃねえよ!」
「お、おにいちゃんがキャラメル取ったぁ!」
 5つぐらいの子供がさらに大きな声で泣きだした。「お、おにいちゃんのいじわるぅぅぅ」
「キャラメルくらいで泣くんじゃねえよ、もう!」
 ぴしゃりと叩くと泣き声が大きくなった。
「よしなさいよ、マシュー」
 デイジーがすかさずピーターとかいう子供を抱き起こしながら言うのをケリーは操縦席の上から眺
めていた。
「ほぉら、ピーター、新しい飴を上げるから泣かないの。ほら、お口あけて」
「余計なことするなよ、デイジー」
 飴を入れてやるのを、少年が遮った。「おれの弟に余計なお節介、するなよな」
「だって、ピーター泣きやまないわよ?」
「おれと弟のけんかに女のくせに口挟まないでくれよ。他人なんだしよ」
「そう? でもあたしはピーターがこんなことで泣くのは嫌なのよ。泣かないでいて欲しいからあた
しとしては抑止力行使させてもらうわ」
 ぴしゃりと言い返すと、デイジーはちゃんと飴を口にいれてやった。
「ピーター、あんたも赤ちゃんじゃないんだから、もう泣いちゃ駄目よ?」
 もぐもぐと飴を頬張りながら、ピーターは頷いた。
「じゃあ、いっしょに脱穀場行こうね?」
 差し出された手を握るピーターを連れて、デイジーはさっさと立ち去った。ケリーはデイジーの意
外な側面を見たような気分だった。元気でよく笑って優しくてそのくせ泣き虫で、と思っていたら、
さらには気の強いところもあるらしい。世話好きなのは判っていたが、ああも強い出方をするのを見
たことが無かったので、珍しいものを見た気分だった。
「なんだよ、あいつ。なっまいきぃ」
 取り残された少年はぶつぶつと文句を言った。まわりの少年たちにつつかれて、ケリーに気がつい
たのか、そっぽを向いた。
 ケリーは一人、肩をすくめた。デイジーがやったことはさしあたり正しいことのように思えたから
だ。泣きわめく子供なんてのは作業の邪魔にしかならない。兄弟喧嘩で泣かれてこちらの効率が落ち
るのは面倒この上ない。それを「生意気」だの「でしゃばり」だのと言われたら身も蓋も無い。
 大人が呼びに来て昼食時間になったとき、デイジーとケリーの間には子供達が一塊いた。
 というか、刈り取り機から降りたとたん、ケリーは女の子に取り囲まれてしまったのだ。連日のこ
ととは言えいいかげんうんざりする。やたらと世話を焼きたがる、という表現をするとデイジーも他
の女の子たちも変らないようだが、デイジーは「わからないことある?」と聞いてあとはわからない
ことが無い限り放っておいてくれたのが、この女の子たちと来たら文字通り手取り足取りというか上
げ膳据え膳と言うか、「ねえ、一緒に食べない?」と誘ってきて頷いたら最後、席を勧めるやら食事
の盆を持ってきてくれるやら、こちらをそれこそ赤ん坊扱いしないと気が済まないらしい。それでも
お誘いをお断りしないのは、あくまでもデイジーのためだとケリーが決めているからだった。
「ディー!」
 薄茶色の見なれた頭に呼びかける。「俺、こっちだよ。こっちに来て一緒にいれて貰えよ!」
「あたし、今日はチビちゃん達と一緒なの!」
 くすぐったそうな顔で返事をしてきた。「じゃあ、あとでね!」
 げっと思ったが時すでに遅し。ケリーに向かって手を振ると、デイジーは「わーい、ディーおねー
ちゃんと一緒だぁ」という小さい子たちの声に囲まれて離れていった。あとには「今日もあたしたち
と一緒ね、ケリー!」と黄色い歓声に囲まれたケリーが一人取り残された。
 昼食は、おかげで味などわからない状態だった。
 いつもはデイジーが一緒にいるせいか、女の子たちはケリーに少々控えめに話しかける。それでも
1度に10人もの女の子など相手にしたことは戦闘でだって未経験なケリーにとってはなかなか気疲
れする状態だった。それが、今日は防波堤のデイジーがいない。どうやら誰がケリーの関心を引くか
で競争にでもなったのか、そのテーブルでは殺気立っていた。
 チャレスカのなんという村から来たのか。兄弟はいたのか。デイジーの一家とどういう関係なのか。
どうして村の学校に来ないのか、どうして教会にも来ないのか。あげくには「この間、ジェズまで行
ったんですってね。何か面白いことあった?」などとまで質問攻めにされる。大人達の暗黙の了解な
ど好奇心というものの前では見事に吹っ飛んだらしい。午前中のピーターとかいう小僧が諸悪の根源、
コトの元凶だとケリーはひそかに呪った。
「そういえば、デイジーとは遊ばないんだって?」
 隣の少女にひょいと聞くと、少女は「メリーアンて呼んで頂戴」とうっとりとケリーを見つめた。
 名前を呼ぶのかと鋭い視線が周囲から突き刺さったのが痛くて、ケリーはその台詞を無視すること
にした。
「どうして遊ばないんだよ? 同じ年頃だろ?」
 メリーアンとやらは「あらあ」とか呟いて身をくねらせた。
「だって、デイジーはあたし達と生活が違うでしょ? あたしたちは午後になると学校が終わるけど、
デイジーはその頃まだ通信教育で授業受けてるし。あの子は朝は農作業してるけど、あたしたちは学
校に行ってるから時間がずれるのよ。農作業しててあんまり遊ぶ時間てないんでしょう?」
 なるほどと思った。「そういえば、のんびりしてるのは夕食が終わって暗くなるまでの間だな」
「デイジーが働かないんなら遊ぶ時間もあるんでしょうけど」
 向かい側の少女が口を出す。「あの子、やたらと働くのよね。ほら、引っ越してきた頃から本読ん
でるか裁縫してるか畑にいるか家畜の世話をしてるかじゃない。働き者なんて誉められたいのかもし
れないけど」
「ジェーンおばさんて、昔は男の人とお付き合いする仕事についてたんですって?」
 別の少女がケリーに訊いた。「だからお裁縫とかあんまり知らなくて、ピットのおばさんにお針の
会にデイジーを行かせてくださいって頼んだんですってよ」
「なによ、そのお付き合いする仕事って」
 その隣の少女がつつく。「お付き合いって仕事じゃないわよ」
「マグダラのマリアさ」
 ケリーの後ろで声がした。振り向くと先ほどのマシューとかいう少年がにやにや笑っていた。隣の
テーブルについていたらしい。
「罪深き人間ってわけさ、デイジーのお袋さんて」
「おい」
 罪深いという言葉に引っかかってケリーは向き直った。「どう言う意味だよ」
「だからマグダラのマリアだっつってるだろ」
 マシューはまだにやにや笑っていた。「まぁヨシュアおじさんも人がいいからさ。ほんとにデイジ
ーってヨシュアおじさんの子供かよ? よその男の子供じゃないのかぁ?」
「やめなさいよ、マシュー」
 慌てたようにメリーアンが言った。「ケリーはおばさんの身内なんだし」
「どうせよそ者だろ」
 ふんと鼻を鳴らした。「酒場勤めなんて、要は娼婦ってことだろ?」
「ディーとジェーンおばさんを侮辱する気か?」
 マシューの言いたいことを察して一歩踏み出すと、マシューは肩をそびやかした。
「おれはデイジーを気の毒だと思ってるんだぜ? ヨシュアおじさんもな。実の親子かどうかわから
ないなんて------」
 次の瞬間、マシューはとなりのテーブルに背中から突っ込んだ。少女達の悲鳴が上がる。
 昼食は広い納屋を開放して村中総出で取っていたが、そのざわめきがぴたりと止んだ。
「もう一度言ってみろ」
 ケリーは低い姿勢で拳を握りなおしながら低い声で言った。
「ディーとヨシュアとおばさんがなんだって? ええ?」
「な、な、何度でも言ってやるさ。ジェーンおばさんは若い頃、よその星の酒場で------」
 にらみ合い、マシューが言いかけた瞬間、「お黙り!」という声とともに冷水が二人に浴びせ掛け
られた。また金切り声が上がる。
「人の家のことでごちゃごちゃデマを流さないで頂戴!」
 デイジーは空の水差しを下げながらぴしゃりと言った。
「それにね、今はゆっくりとお昼を食べる時であって、殴り合いとか取っ組み合いとかする時じゃな
いのよ! 他人の迷惑も考えて頂戴!」
「ディー......」
 髪から水を滴らせ、気勢をそがれたケリーはデイジーを見下ろした
「あんたもね、ケリー。村に来てトラブルばかり起こさないで!」
 そんなことを言われたら、デイジーには甘いと自覚のあるケリーもむっとする。「俺がいつ------」
「今、喧嘩始めようとしたのは誰?」
 語気鋭く遮った。「いい? この村は隣人を愛するっていうがモットーなの。あたしは誰とでも仲
良くしていきたいのよ。それだけは憶えててちょうだい」
「なにを騒いどるんだ、おまえらは」
 ぐいとマシューを引き起こしながらダッチェスが咎める口調で言った。
「デイジーの言う通り、今は昼飯どきだぞ。マシュー、おまえ、弟を泣かしたのをデイジーに咎めら
れたからって逆恨みするんじゃない」
「お、親父ぃ......」
 情けない声を出したマシューの頬をつねりあげる。
「ロクでもないのはこの口か。12にもなって小さい子の菓子を取り上げるな。人の悪口は言うな。
おまえの人品が疑われる。さっさと席に戻って飯を食え。ケリー、おまえもな」
「あら、いけない。あたしお水を取りに来たんだった」
 デイジーは呟くとエプロンのポケットから小さなタオルを出してケリーとマシューにそれぞれ押し
付けた。
「ほら。ちゃんと顔を拭きなさいよ。夕方顔を洗うまで使ってていいから」
 きれいに縁かがりされ、さらには丁寧に刺繍までしてあるタオルなぞ渡されたら、いくらなんでも
喧嘩を続けるわけにはいかなかった。
 お互いそっぽを向き、顔をぬぐう。ケリーが見ていると、水差しに樽から水を汲むとデイジーは向
こう端のテーブルに戻っていった。そこは若い母親たちが子供たちと一緒に座っており、デイジーが
水差しを誰かに渡すとどっと笑い声が上がる。小さい子供の「おねえちゃあん」と甘える声も。
「ケリー、びしょ濡れよ」
 メリーアンとは反対側に座った少女が言う。「もう、デイジーったら乱暴なんだから」
「いや、おかげで頭冷えたから」
 ふと気がついてそのタオルを差し出す。「もしかして、水掛かった?」
「あと、ええっと、うん、ちょっとね」
 受け取り、濡れてもいなそうな服を拭く。「あら、かわいい刺繍」
 その言葉でタオルはぐるりとテーブルを一周し、ケリーの手元に戻ってきたのは、食事が終わって
皆が立ち上がったころだった。
 午後の作業に入ったが、デイジーはやって来ない。なにやら背筋がもぞもぞするのを感じてケリー
は落ち着かなかった。見ると、マシューもなにやら落ち着かなげな様子だった。そのうち、刈り取っ
た束を担いでマシューは脱穀場に行き、やがてそそくさと戻ってきた。なにやら仲間の少年達につつ
かれ、冷やかされている。自分は機械に張り付いていなければならず、再度腹が立ってきた。
「なんだって俺がこんな気分にならなきゃいけないんだよ」
 運転しながらぶつぶつ言う。午後一杯を刈り取りに費やし、その後もなかなか脱穀場に行くことも
出来ない。仕事を放り出して様子を見に行きたいとは思っても、衆人環視のなかでデイジーと顔を合
わせて何を言ったらいいのかも見当がつかず、ケリーはじりじりしながら今日の分の作業終了を待つ
羽目になった。




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