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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


V.《禍乱》−5

 雪靴を差しかけ小屋にきちんと片づけると、ケリーは家に入った。
「ただいま」
 声を掛けるが返事がない。
「?」
 台所はストーブの燠が燻っているが誰もいない。
「おーい、ディー?」
 階段を上がりながらよばわると、部屋からデイジーがひょっこり顔を出した。
「ヨシュアとおばさんは?」
「あのね、ケリーが散歩に行ってすぐに、呼ばれたの。村長さん、また具合が悪いんだって」
 デイジーの表情は曇っていた。「大丈夫かなあ。村長さん、お爺さんだもんね」
 そういえば、村長が風邪を引いたとかなんとか聞いた覚えがある。
「医者は?」
 たしかひとり居たはずだ。縁がないから1、2度挨拶をしたきりだが。
「付きっ切りだって。でもお薬が効かなくて村じゃあみんなお祈りしてるんだって」
 赤いセーターを着たデイジーは心配そうだった。ふと瞬きする。
「ケリー、そんな格好じゃケリーも風邪引いちゃうわよ」
「歩いてて、すっかり暑くなったんだ」
 シャツ1枚の格好で肩をすくめた。「汗だらけになったら、却って風邪引きそうだろ?」
「でもぉ........」
「家に入ったら寒くなってきたな。これ着るかな」
 持っていたフェルト地の上着を着る。
「やっぱり、家の中だとこれくらいでいいな。お茶、飲まないか?」
「うん」
 連れ立って階段を降りる。ストーブの燠を掻き立て、紙と雑木の木っ端を入れた。魔法瓶のお湯を
ヤカンに入れて温めなおす。熱湯で入れた香茶をマグに入れ、両手を温めつつふうふう息を吹きかけ
ながら飲む。
「林檎、食べる?」
「うん」
 デイジーがむいてくれた林檎はしゃりっとして甘酸っぱくて、香茶といい取り合わせだと思った。
「どこまで散歩に行ったの?」
「あの見晴らし岩」
 夏のあのハイキングで連れていかれた岩山がケリーのお気に入りの場所だった。
「遠くないの?」
 林檎をむく手を止めて不思議そうにデイジーは訊いた。「それにがちがちに凍ってるんじゃない?」
「うん、でも歩いたって感じがするよ。でさ、途中でちっちゃな穴を見つけたんだ。ずうっと木立の
中に続いててさ」
「ウサギの足跡かも?」
 嬉しそうに行った。「ねえ、ウサギがいたんじゃない?」
「ウサギかあ」
 食卓に肘をついた。「シチューがいいな」
「ケリーの食いしん坊!」
 デイジーはくすくす笑った。「お腹空いてるの?」
「林檎で満腹さ。でも、ヨシュアが銃を貸してくれるなら、晩御飯になるなあ」
「銃で撃つなんて可哀相、ウサギ」
「でもさ、わかんないうちに1発で殺してきれいに食べてあげれば狐も狼も俺たちも同じだよ」
 ナイフと林檎を取り上げた。「そういう意味では鶏もウサギも同じさ」
「うん」
 しょんぼりと頷くデイジーを見やり、8つに割った林檎を器用に剥いて差し出した。
「ほら、ウサギになった」
「わあ、可愛い。ありがとう、ケリー」
 赤い耳のウサギににっこり笑う少女を嬉しく思う。
「ただいま」
 オーバーにショールを巻き付けたジェーンが入ってきた。
「おかえんなさい。父さんは?」
「集会に出てるよ。ああ、ケリー、有り難う」
 オーバーを脱ぐとケリーの差し出したマグを手に椅子に腰掛けた。ためいきをつく。
「村長さん、悪いの?」
「そうだねえ、80は過ぎてるしねえ」
 言うと傍に立つ娘の手を取った。
「大丈夫だよ。最後になれば入院も考えるって先生も言ってるからね」
「ディーはなんでそんなに村長のことを気にするわけ?」
 隣に腰掛けるデイジーに訊く。「親類でもないんだろ?」
「あのね、村に来たばっかりの頃、あたしといつもお話してくれたの」
 懐しそうにデイジーは言った。「お髭が長いのねって言ったら、サンタクロースの格好のためだよ
って言って、クリスマスの集まりの時はいつも最初にプレセントくれてたの。そのうち行かなくなっ
たけど」
「サンタクロース? クリスマス?」
 きょとんとすると、デイジーもきょとんとした。
「ケリーはクリスマスの贈り物とか貰ったことないの?」
「そういうのって知らないよ。何がある日?」
「イエスさまの生まれた日よ。イエスさまって、人間なんだけど神様の子供なんだって」
 面喰らった。「はあ?」
「ここの宗教の開祖の人が生まれた日だよ」
 ジェーンが笑いながら言った。
「父さんが出ないと決めて、生誕祭のミサに出なくなってずいぶん経つから、うちじゃあ縁も無くな
ったけどね。子供のころは友達作りにいいかと思って参加させてたんだよ」
「それで贈りもの貰うわけ?」
「いいことをしたご褒美だとかでね。父さんは餌で釣るような真似が気に入らないのさ」
「ふうん」
 よく判らなかったが追及する気も起きなかった。
「父さんは今日は帰らないかもしれないからね」
 ジェーンは子供たちに笑顔を見せながら言った。「あんたたちの好きなもの作ろうね」
「ケリーがね、ウサギのシチュー食べたいなんていうのよ」
 デイジーは口を尖らせていった。「ウサギ、可愛いのに」
「材料獲ってきたら考えるよ、ケリー」
 片目をつぶってみせられ、ケリーは頭を掻いた。
「ヨシュアに銃を借りなきゃな。罠なんて作れないし」
「まだ鶏が残ってたからそれでシチュー作ろうかね。デイジー、おまえは何もないの?」
「焼き林檎食べたいな」
 にっこりする。「バターで焼いてお砂糖ふりかけたのがきれいでしょう?」
「じゃあ、晩ご飯前に家畜達の面倒見て来ておくれ」
「うん」「はあい」
 2人は立ち上がるとオーバーを取りに部屋に上がっていった。


 ヨシュアがむっつりした顔で帰宅したとき、1階にはケリーだけが残っていた。
「お帰り」
 台所のストーブから熱々の石を取りだしながら声を掛けた。「みんな寝たよ」
「ああ」
 行火代わりの石を厚手の布袋に入れていたが、ふと振り返った。「村長は?」
「死んだよ」
 ぶっきらぼうにヨシュアは言った。「困ったもんだ」
「次の村長が決まらないのか?」
「殆ど決まったようなもんだが、それで困ってるのさ」
「へえ?」
 眉をひそめた。「そんなにまずいやつがなるのか?」
「ガルノーの爺さんはがちがちだからな」
 ヨシュアは舌打ちをした。「おれが村の産物を外に売ろうと言ったときに、自給自足でいいと頑固
に言ってくれてな。最初のころはぶつくさ言っていたんだ。現金収入の良さがわかってきて村の連中
がおれのやり方を納得したんで、何も言わなくなったが」
「それで何が悪いって?」
「恐らく、堕落するとか思ってるんだろうさ。足を引っ張られるかもしれん」
 頭を一振りすると椅子から立ちあがった。
「決まっちまったもんは仕方ない。おいおい対処しよう。デイジーには言うなよ、この話」
「ああ」
 ヨシュアの後ろから階段を上がる。「ヨシュア」
「なんだ?」
「今度、銃を貸してくれよ」
「銃?」
 振りかえった。「なにすんだ?」
「ウサギでも獲ってきて食事の足しにしようかと思ってさ」
 顎を撫でた。「しばらくはやって貰いたかねえなぁ」
「ガルノーってどんな爺さんだっけ?」
「丸顔で小太りの長老だ」
 ケリーも思い当たってげんなりした。「あの小言爺ィか」
「わかっただろう?」
「ああ、大人しくしておくよ」
 部屋に戻ると石をベッドの足許に突っ込んだ。上着だけ脱いで大急ぎでベッドに潜り込む。
 掛け布団の奥深くに潜ると暖かい塊に触れた。雪の降る前に板と漆喰でやや厚くしてくれたとはい
え、それでも軍の施設のようには部屋は温かくない。
 あの爺さん死んだのか、と思った。
 ヨシュアに拾われて挨拶に行ったときは気に食わない年寄りだと思ったが、正体はどうであれ、表
向きはよそ者のケリーに特に悪意は持たず、寧ろ彼の立場を考慮してくれていたようだった。よその
町の人間が村長を特にけなしもせず「常識人だ」と評していたのもまだわかる。
 それに対して、新しい村長に選ばれたのがケリーの知っている年寄りだとなると、ヨシュアでなく
ても気は滅入ってくる。
 ガルノー老人は教会長老としては次席だった。筆頭はもちろん村長だったから、今では老ガルノー
が筆頭ということになる。
 宗派の教えを頑迷に守り、上下関係を重んじ、礼儀正しさを要求する。そして何よりも信徒として
教会に通うことを村人に求めていた。
「ここは信徒であることを基本にしている村じゃ」
 いつだったか教会に連れていこうとしてケリーに抵抗されたときに、老ガルノーはじろりと睨みつ
けて言った。
「おまえさんの保護者は不信心なのをひけらかせておるがの。村の中にいらん混乱をもたらそうとい
うに等しい行為じゃ」
 いいじゃないか、そんなもの信じなくたって、と思う。神なんて見たことも無い。俺が知ってるの
は生きることと戦うことと死ぬことと死体だけだ。それでも困らずに生きている。祈らなけりゃ届か
ない? いいさ、向こうも忙しいんだろ、祈る奴らのお願いとやらを聞くのにさ。

 翌日、ヨシュアは家族全員を連れて村長の家を訪れた。
「まぁ、世話にはなったしな」
 ヨシュアはケリーの視線に肩をすくめていいわけじみた言い方をした。「借りは返さないとな」
「おばあちゃん!」
 デイジーは村長の女房に会うなり泣き出した。
「あたし、村長さんがそんなに悪いだなんて知らなかったの。知ってたら絶対お見舞いに来てたのに。
ごめんなさい、あんなに優しくしてもらってたのに......」
「いいんだよ、子供に心配かけないようにって黙っていたんだからね、デイジー」
 看病疲れでやつれた顔の村長の女房はデイジーを抱き寄せた。
「それにね、充分長生きしたし、苦しまなかったし、神様のおかげだよ。あんたがそんな風に泣いて
くれただけでいいんだよ」
 一家はぞろぞろと客間に通された。礼服を着込んで棺にきちんと寝かせられ、帽子とステッキを入
れてある村長の遺体というのは、ケリーにしてみれば久しぶりの丁寧に扱われた死体だった。
 村長の女房はハンカチで涙を拭くジェーンに頷き、ヨシュアに目を向けた。
「あんたが来てくれるとは思ってませんでしたよ、ミスタ・マクニール」
「そりゃねえでしょう、奥さん」
 ヨシュアは苦い顔をした。「うちの一家を受け入れてくれたんだ。恩義は感じてますぜ?」
「あんたの主義主張はわからないでもないけど、少しは説を曲げたほうが暮らしやすいよ」
 未亡人となった女はため息をついた。「ガルノーさんはそういうことには喧しいからねえ」
「葬儀の邪魔にならないところに居ようと思ったんですがね」
 女房はちょっと考えると「待ってておくれ」と断って部屋を出ていった。
「父さん、父さんが教会に行くの?」
 不思議そうに見上げる娘にヨシュアは苦い表情を向けた。
「郷に入れば郷に従えだ。神様が居なくても葬式は出来るもんだがな」
 女房はピット夫人とダッチェスの女房を連れて戻ってきた。
「まぁ、ヨシュア!」
 ピット夫人はしかめ面をしたそうだったが顔はほころんでいた。
「そうかい、そうだよねえ、葬儀には来なくちゃいけないよ。たしか一番後ろの列が空いてたはずだ
から、そこで葬儀に参列するといいよ」
 ダッチェスの女房にも言ってみせると、女は頷いた。
「あすこなら空いてますもんねえ。周りの真似をするにはちょうどいいし。うちが連絡しますよ」
「子供たちに何を着せてやればいいんでしょうね?」
 おずおずとジェーンが訊いた。「2人ともまだ喪服なんて作ってやってないし」
「黒っぽい服ならいいよ。あとはグレーとかね」
 てきぱきとピット夫人は返事をした。「派手でなければ大丈夫」
 ちょっと待ってくれよ、俺も出るのか? ケリーは愕然とした。「ヨ、ヨシュア?」
 じろりと睨みつけるヨシュアの視線に首をすくめる。どうやら抗議の余地は無いらしい。
「じゃあ、よろしくお願いしますわ」
 頭を下げるとヨシュアは村長の家を辞した。
 雪靴を履いてぞろぞろと歩いていたが、ケリーはヨシュアの脇についた。
「なんで俺まで出なくちゃいけないんだ?」
「付き合いだと言っただろう」
 穏やかな声で返事が返ってきた。
「あんたとおばさんだけじゃ駄目なのか?」
「奥さんの台詞じゃないが、しがらみってのは面倒なもんだ。だから全員で出る」
「どうしてだよ!」
 慌てて抗議する。「俺、なんにも知らないぞ、教会のことなんて」
「おまえはあんまり感じてなかったかもしれんが、おれとしては、やっぱり村長に恩義を感じてるの
さ」
 ヨシュアは淡々と言った。
「この土地に落ち着くまで大変だったんだ。思い出したくもないくらいにな。それにな」
 ちらりと後ろを見て相変わらずジェーンとデイジーが声の届かない距離にいるのを確かめた。
「他のことはともかく、葬式にも出なかったら、うちはとたんに村から爪弾きだ。生きて行けんわ」
 あっけに取られた。「なんだって?」
「ガルノーの爺さんが相手では、最初はしおらしく振舞ってなきゃならん。うっかり共用地を使うな
なんて言われてみろ。干上がっちまう。顧客への運搬だってあれはあれでおれにとっていろいろとメ
リットはある。おまえにだって村の外に出る口実だ。そうだろう?」
「人質取られてる気分だ」
 ぼやくケリーに、肩をすくめて賛同する。
「まぁ、そう言うな。あんまりおまえにゃ迷惑かけんようにするからな」
 いつもに似合わない弱気な台詞にヨシュアを見直したケリーの背中に、ボトンと何かが当たった。
振り返ると、ジェーンが笑い崩れ、デイジーがミトンをはめた両手を叩いて嬉しがっている。
「ケリーに当てちゃった!」
 デイジーは雪をすくい上げながら笑った。「やぁね! 2人で内緒話してて!」
「ディー?」
 両手で雪玉を作ると、ケリーにむけて投げてくる。とっさによけると脇の木の幹に当たって崩れた。
「あん、よけちゃ駄目よ!」
 立ち止まっているケリーに近づいてくると、至近距離で投げてくる。ふんわりと作られた雪玉がケ
リーの顔面を直撃した。
「うへえ」
 冷たさに思わず身震いし、顔の雪を払う。「やったなあ」
 あははと笑うデイジーにむけて、雪を下から浴びせかける。「お返しだ!」
「やん、冷たーい」
 頭から雪だらけになったデイジーはケリーの脇を駆け抜けてヨシュアの身体を盾にした。
「鬼さん、こちら」
「おいおい、父さんを壁にするなよ」
 ぐいと娘の体を引っ張り出す。「サシの決闘にしておいてくれ」
「よぉし、ディーを真っ白にしてやるからな」
 にんまりと笑うとケリーはしゃがみ込んで雪玉を握りだした。デイジーは一目散に逃げ出す。
「逃げたって無駄だよ!」
 笑いながら怒鳴ると雪玉を投げ付けて何発も背中に当てる。真っ白になったデイジーはやがて両手
を挙げた。
「降参?」
「こ......っ、こ、う、.......さん.......っ」
 息を切らせながらしゃがみ込むデイジーに手を伸ばした。「ほら」
 ミトンの手を引っ張り上げると背中の雪を払ってやる。
「ああ、面白かった」
 腕の中でくすくすとデイジーは笑った。「ケリーったらしかめ面してるんだもん」
 はっとして見つめると、デイジーは微笑した。「大丈夫」
「......なにが?」
「教会に行くの、気が重いんでしょう? 大丈夫。賛美歌歌うくらいよ」
 なにも知らないことから生じた誤解。
 それでもデイジーが励まそうと、不安を取り除こうとしてくれることが嬉しかった。
「うん」
 ミトンの手を握るとケリーは歩き出した。



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