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◎欧州ストリート尺八行脚 7 ◎

フライエ・シュトラーセ(バーゼル)

 八月とは言へ、はや秋色の近きを思はするバーゼルの街頭は、天候により時として晩秋にも近き寒さにして、道行く人のレザーコートを着せるも多し。ここフライエ・シュトラーセは市中一の目抜き通りにして、さほど広くもあらぬ石畳の舗道の両側に高級店・レストラン等が軒を並ぶ。夕暮れとともにいづこよりとも知らず集まり来たる楽人等の、通りのそこここにおのがじし場を定め、楽を奏づる姿あり。或ひはバイオリンを提げ、或ひはアコーディオンを抱へてその楽の音を秋風の弄するに任せ、また、己が糊口すべき投げ銭を通行人の意に任せつつかすかなる流しの業を営むらし。

 とあるレストランの屋外に並べたる椅子に席を占め、ワイングラスを口に運ぶ余が眼前には、四人のコントラバス奏者の路上「カルテット」ありて、世に知られたる泰西の名曲を次々に奏でつつ、通行人の意を迎へんとす。三々五々シュトラーセを過ぎ行く人々の中には、およそ一顧だになく行き過ぐる者あり、微笑みて顧み行く者あり、立ち止まり聞き入りて曲終はれば拍手にて賞賛する者あり、中には連れ同士互ひに手を取り合ひて踊り出す者もあり。およそこは欧羅巴の街角に於いて常に見らるる情景なるべし。

 されど我が身は一人故国を離れ、遥か欧州の地に漂泊の身を任せり。この地の人々にとりては慰藉たるべき楽曲の数々も、かへりて我が旅愁を募らす。嗚呼、そを如何ともする能はざりき。

 曇天のフライエ・シュトラーセに夕暮れが迫ってきた。時刻はちょうど七時である。今回は、この町では尺八を演奏しても構わないことが調べてあるので気が楽である。旅行者であっても、その土地の法令を犯すというのはそもそもいけないことだし、犯しているかもしれないと思いながら音楽を演奏するのは気が咎めるものだ。私が演奏を始めると、この土地では明らかに反応がブダペストとは違う。道行く人の中に、好意的な表情で通り過ぎる人が多い。また、立ち止まって聞く人も多い。そして、立ち止まる人は必ずと言ってよいほど金を置いて行く。尺八を吹きながら、金を置いて行く人の顔を見ると、笑顔で、ありがとうという表情でこちらを見ながら置いている。こちらも気分がよいので、吹きながらお辞儀をする。それだけで十分親密な心の交流が成り立つようである。スイスは生活水準が高い上に、バーゼルはどちらかというと観光都市ではない落ち着いた町なので、人々の心も落ち着いていて、尺八の音にもごく自然に耳を傾けるのだろう。

 八時まで、一時間吹いているうちに二、三人の人と話したが、一番面白かったのは、「ありがとうございました」と日本語で話しかけてきた若者である。その若者は、日本語は「ありがとうございました」以外は忘れたが、日本に一年ほどいて、尺八を習ったことがあると言った。先生の名前も、習った曲の名前も忘れたが、尺八と楽譜は持っていると言った。私はお世辞のつもりで、「それでは、明日ここで合奏しましょうか。私は明日もここで七時から八時の間演奏をします」と言うと、その時間に来ると言う。私は、それも面白いだろうと思った。この日はちょうど一時間、たいへん気分よく演奏して、集まった金は39.7スイスフラン(約3500円)。ずいぶん多いようだが、実はそうでもない。スイスは生活水準も高いが物価も高いので、ちょっとレストランで飲み食いすると、このくらいの金はすぐ使ってしまう。

 一九九八年八月二十八日(金)。今日も午前と午後は町を見物して歩き、夕方七時から昨日と同じ場所で演奏を始めた。昨日の若者と会う約束があるし、それに昨夜私から辻立ちの話を聞いたカティヤさんが、面白がって、様子を見に来ると言う。また昨日と同じくらいのよい反応があるだろうと、張り切って演奏を始めた。ところが、どうしたことか、今日は何故か反応が少ない。時刻は昨日とまったく同じ。場所も同じ。天気は昨日よりむしろよい。それなのに何故だろうと思ってよく観察すると、昨日大勢の人が通っていたこのフライエ通りに、今日はなぜか通行人がほとんどないのである。昨日に比べると、森閑とした感じさえする。理由といっても、よそ者の私には皆目分からない。近くのレストランのボーイに聞いてみると、この町の大きな教会の何周年かの記念式典があるとか、この程度の人出の少なさはよくあることだとか言って、いっこうに要領を得ない。いくらこの町が小さいからと言って、教会の記念式典があるくらいで、目抜き通りの人出が減るものだろうか。

 私は場所を変えようと思ったが、若者との約束があるので変えるわけにいかない。人が少ないとは言っても、全然いないわけではない。何人かの人が、昨日と同じように話し掛けてきたり、聞き入ったりして行く。七時半を過ぎた頃、私の隣でじっと立って聞いている人がいるので、振り向くと、それはカティヤさんだった。彼女も、私の尺八を聞く人が昨夜の私の話と違って全然少ないので拍子抜けしたようだった。そして、今日は金曜日なので、若者はディスコに行き、普通の人は家に帰って食事をするのだとか、よく理解出来ないことを言って、旦那さんの世話があるらしく、帰って行った。約束した若者は現われず、八時になったので、別の場所でもう一回ということも考えたが、疲れたので止めた。ところが、この日の収入を数えてみると、不思議なことに31.1スイスフランもある。なにしろ、不確定な要素があまりにも多い仕事である。

巨大な海水浴場(ニース)

 八月二十九日(土)。夜、ニースに着く。この町は、私の予想した高級で優雅な保養地というイメージとはまったく違っていた。この季節のこの町に来て驚いたのは、おびただしい数の若者の群れと、騒音と、落ち着きのない雰囲気である。一言で言うと、ここはヨーロッパ全体から集まる客のためのとてつもなく大きな海水浴場だ。駅の南側の一帯は、海水浴場とレストラン、みやげ物店などが、地中海の海岸沿いにどこまでもどこまでも続いている。そこを歩く人たちは、圧倒的に若者が多い。しかしその海水浴場も、静かな砂浜というわけではない。海岸に沿って国道が走り、ひっきりなしに車やオートバイが行き来する。国道の南側は海水浴場である。皆、ヨーロッパの短い夏をこの南フランスの太陽で補おうというのか、心は浮かれっぱなしに浮かれている感じである。人々は海岸で遊び、飲み、食い、おしゃべりしつつ歩き回っている。

 私は一時間ほど雑踏の中を歩くうちに、人がアイスクリームを地面に落とす場面を2回も見た。一回はアイスクリームを客が店員から受け取る時、別のことに気を取られて、受け取りそこなったのだろう。しかし、もう一回は、店員が客にアイスクリームを渡しそこなって落としたのだ。店員も夏だけの学生アルバイトが多いのだろう。日本の軽井沢や湘南の規模を大幅に拡大して、そこにものすごい数の多国籍の若者を集めたようなものだから、この喧燥は致し方ないとしても、私は前もって抱いていたイメージとは大いに違っているので閉口した。

 さて、このような所に来てしまって、そもそも尺八の路上演奏などというものが可能だろうか。私は路上ミュージシャンはいないかと捜したら、二晩のうちに一人だけ見つけることが出来た。その人はギターでスペインの名曲を演奏していたが、雑踏の中でも音が通るように、アンプで音量を増幅していた。そうでもしなければ、誰もギターの音に気づかないのだろう。それだけではない。その人は普通の服装ではなく、顔に銀色の仮面をつけ、服も全部銀色で、プラモデルのキャラクターのようなとでも言おうか、銀色づくめの奇妙きてれつな格好をしていたのである。そうでもしなければ浮かれている若者の目を引くことが出来ないのだろう。昔の虚無僧は天蓋で顔を隠していたが、これとは大分意味が違うようだ。私は旅行するうちに、町の中で路上ミュージシャンがいそうな所はどこかということについてある程度勘が働くようになっていたので言えるのだが、おそらくこの日ニースの町で路上演奏していたのは、この人一人だろう。それほどこの町は落ち着きがなかったのだ。カーステレオを大きな音で鳴らしながら走る車は多かったが、路上で立ち止まって音楽に聞き入ると言う気分にはならない雰囲気だったのである。この日の尺八演奏の実績は、一時間。夜、ようやく人がまばらになり、静かになった海岸で吹いた。途中、一人だけ話し掛けてきた。「エクスキューズ・ミー。君がリュックを置いている椅子を、私のガールフレンドが使いたいので貸してくれないか」という話だった。

金持ちのための国(モナコ)

 八月三十日(日)。今日はモナコに行く。昨日、ニースの飲み屋で店の主人に「どうもこの町は若者ばかりで落ち着きがなく、私の好みに合わない。どこか、もっと金持ちが住んでいる落ち着いた雰囲気の町はないか」と聞いてみたところ、「ここに行くとよい」と私の差し出した地図に印をつけてくれた。それは、モナコ・サントロペ・ヒエレス・トゥーロンだった。そこで、ここニースから一番近く、しかも有名なモナコに行ってみることにしたのだ。しかし、結論から言うとこれは外れだった。私はモナコで、ただ一人の路上演奏家も見かけなかった。モナコは観光で成り立っている国で、王宮前広場にしてもモンテカルロにしても、国全体が高級ムードを感じさせるように隅々にまで気を配っている。国が金持ちというより、金持ちのための国という感じである。路上演奏や路上パフォーマンスは町の雰囲気を壊すなどの理由で禁止されているのだろう。夜、ニースに帰る。

 今朝、たまたま同宿のイギリス人から、近くにインターネットカフェーがあるという話を聞いたので、自分当てのE-mailが受信出来ると思い、行ってみたが、日曜日で休みだったので、ニースにもう一泊することにした。

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