4.2 システムの全体像
認知・判断・操作
この回で分かること
- 自動運転システムを「センサ → 認知 → 判断 → 操作」の流れと、それを見張るしくみで説明できる
- 処理の 遅れ(レイテンシ)が、止まるまでの距離にどう効くかを計算できる
- 部品の誤りが後ろの段階に伝わることや、予測の誤差が先の時刻ほど広がることを簡単な式で見積もり、安全の要求を部品に割り当てる考え方を説明できる
直感で理解する
人が車を運転するときは、目や耳で周りの様子をとらえ(認知)、どう動くかを決め(判断)、ハンドルやペダルを動かします(操作)。自動運転システムも、基本は同じ流れです。違うのは、目の代わりにカメラやレーダーなどの センサ を使うことと、この流れを1秒間に10回から数十回という速さで、休まずくり返すことです。
それぞれの段階の役割と、中で使われる主な技術は次のとおりです。
| 段階 | 役割 | 主な技術 | 詳しくは |
|---|---|---|---|
| センサ | 周りと自車の状態を測る | カメラ、LiDAR、レーダー、GNSS(衛星測位)、IMU(加速度と回転の計測)、車輪の回転 | 4.3 センサとフュージョン |
| 認知 | 何がどこにあり、どう動いているかを知る。自分がどこにいるかを知る | 物体検出・セグメンテーション、追跡、センサフュージョン、自己位置推定と地図 | 3.4、4.4 自己位置推定と地図 |
| 判断 | 周りの動きを予測し、どう走るかを決める | 周りの車や歩行者の動きの予測、行動の決定(止まる・車線を変える)、経路と速度の計画 | 4.5 予測と経路計画 |
| 操作 | 決めた経路と速度のとおりに車を動かす | 加減速とハンドルの制御、電気信号でブレーキやハンドルを動かすしくみ(バイワイヤ) | 0.2(制動距離) |
| 見張り | 全体が正しく動いているか、ODD の中にいるかを見張る | 故障の検知、ODD の監視、運転者の状態の監視、フォールバック | 4.1、4.7 安全の3本柱 |
段階と段階の間では、決まった形の情報を受け渡します。認知からは「物体のリスト(種類・位置・速度・大きさ・確からしさ)」と「走れる場所」が、判断からは「これから数秒間の軌道(各時刻の位置と速度)」が渡されます。受け渡しの形(インターフェース)がはっきりしているので、段階ごとに作り、試験し、性能を確かめることができます。このように部品に分けて作る方式を モジュール型 と呼びます。全体を1つの大きな AI で学習する End-to-End 型 との違いは、4.6 で扱います。
機械学習が主に使われるのは、条件が無数にある認知と予測です。一方、操作の部分は、車の動きの物理モデルにもとづく制御が中心で、動きを計算で確かめやすい部分です。1台のシステムの中に、性質の違う部品が並んでいることになります。
数式で確かめる
① 遅れは止まるまでの距離をのばす
センサが様子をとらえてから、ブレーキが実際に効き始めるまでには、各段階の処理の時間がかかります。これを 遅れ(レイテンシ)と呼びます。たとえば次のような内訳です(説明用の例)。
| 段階 | 遅れ |
|---|---|
| センサ(撮影して送る) | 50 ms |
| 認知 | 80 ms |
| 判断 | 50 ms |
| 操作(指令を出してから、ブレーキが効き始めるまで) | 120 ms |
| 合計 | 300 ms(0.3 秒) |
1 ms(ミリ秒)は1000分の1秒です。遅れの間も車は同じ速度で進み続けるので、止まるまでの距離は、0.2 の制動距離に「遅れの間に進む距離」を足したものになります。
時速 100 km(秒速 約27.8 m)、減速度 \(a = 5\ \mathrm{m/s^2}\) なら、制動距離は 27.8² ÷ 10 ≈ 77 m。遅れ 0.3 秒の間に進む約 8 m を足して、約 86 m です。人が気づいてからブレーキを踏むまでには、ふつう1秒前後かかり、同じ計算で約 105 m になります。システムの遅れは人より短いものの、ゼロではありません。遅れが 0.1 秒増えるごとに、止まるまでの距離は約 2.8 m のびます。
また、認知を 0.1 秒ごと(10 Hz)に動かしているなら、飛び出しがちょうど処理の直後に起きると、次の処理まで最大 0.1 秒待つことになります。処理の周期も遅れに加わります。
② 誤りは直列に重なる
認知・予測・計画・制御のどれか1つでも誤ると、車は正しく動けません。ある場面で各段階が誤る確率を \(p_1, p_2, \ldots\) とし、互いに独立とすると、全体が正しく動く確率は 1.1 の掛け算で
です。p がどれも小さいときは、右のように誤りの確率をほぼ足し算で見積もれます。認知 0.1%、予測 0.2%、計画 0.05%、制御 0.01% なら、全体の誤りは約 0.36%(掛け算で計算しても 0.36%)。全体の誤りの大部分は予測と認知から来ていて、制御をいくら良くしてもほとんど変わりません。どの段階に力を入れるべきかが、この計算から見えてきます。
ただし、豪雨のように認知と予測を同時に悪くする原因(1.1 の共通原因)があると、誤りは特定の場面に集中して起こります。平均の数字は小さくても、雨の日だけを見ると、いくつもの段階が同時に誤りやすくなります。場面ごと(ODD の条件ごと)に分けて見積もることが必要です。また、後ろの段階は、前の段階が見逃した物の存在を知りようがありません。認知の見逃しは、判断や操作ではほとんど取り返せないのです。
③ 予測の誤差は先の時刻ほど広がる
判断では、周りの車が数秒後にどこにいるかを予測します。いちばん簡単な予測は「今の位置 + 速度 × 時間」です。認知が測った位置に誤差(標準偏差 \(\sigma_p\))、速度に誤差(\(\sigma_v\))があり、2つが独立なら、t 秒後の位置の予測の誤差は
になります。独立な誤差は、そのまま足すのではなく、2乗して足してから根号をとります。1.7 で、2つの標準誤差を合わせたときと同じ形です。\(\sigma_p = 0.3\) m、\(\sigma_v = 0.5\) m/s とすると、次のようになります。
| 何秒後 | 0 | 1 | 2 | 3 |
|---|---|---|---|---|
| 予測の誤差 σ(t) | 0.30 m | 0.58 m | 1.04 m | 1.53 m |
3秒後には σ ≈ 1.5 m で、±2σ(約95%の範囲)は ±3 m と、車線の幅(約 3.5 m)に近くなります。先の時刻ほど予測はあいまいになるので、判断は先のことほど大きな余裕をとり、新しい測定が入るたびに計画を立て直します。認知が誤差の大きさも一緒に渡してくれれば、判断はその分だけ余裕を調整できます(3.7 の不確実性)。実際には、周りの車が曲がったり止まったりすることも考えるため、誤差はさらに大きくなります。→ 4.5 予測と経路計画
SOTIF・安全との接点
- 全体の要求を部品に割り当てる:「歩行者の手前で止まる」という全体の目標を、認知(何 m 先の歩行者を、どれくらいの確率で見つけるか)、判断(いつ止まると決めるか)、操作(何秒でブレーキを効かせるか)の要求に分けて割り当てます。①の遅れの内訳も、このような「予算」として段階ごとに配分します。→ 4.7 安全の3本柱、5.5 受入れ基準と妥当性確認目標
- 認知の見逃しは後ろで取り返せない:見逃した歩行者は、判断や操作からは見えません。複数のセンサを組み合わせたり(冗長化)、数フレームにわたって追跡したりして、認知の段階で見逃しを減らします。→ 3.4、4.3 センサとフュージョン
- トリガー条件は複数の段階に同時に効く:豪雨や逆光は、センサ・認知・自己位置推定を同時に弱らせることがあります。SOTIF でトリガー条件を探すときは、1つの部品だけでなく、流れ全体への影響を見ます。→ 5.3 機能不十分とトリガー条件
- 不確かさを後ろに渡す:認知が「どれくらい確かか」も一緒に渡せば、判断は確かでないときに速度を落とすなど、慎重に振る舞えます。そのためには、確信度がキャリブレーションされていることが前提です。→ 3.7
- 見張りは別のしくみで:故障や ODD の外を見張る部分は、主の処理と同じ原因で一緒に止まらないよう、別の計算機や単純なルールで作ることがよくあります。→ 4.1、4.7 安全の3本柱
- AI の部品と、そうでない部品:認知・予測は機械学習、操作は物理モデルにもとづく制御と、部品ごとに安全の示し方が変わります。全体を1つの AI で学習すると、この分け方ができなくなります。→ 4.6 モジュール型とEnd-to-End型、5.9 AIコンポーネントの安全
まとめ
- 自動運転システムは、センサで測り、認知で周りと自分の位置を知り、判断で予測して走り方を決め、操作で車を動かす。この流れを1秒間に何回もくり返し、見張りのしくみが全体を監視する
- 各段階の遅れは積み重なり、遅れの間も車は進む(止まるまでの距離 = 速度 × 遅れ + 制動距離)。部品の誤りは直列に重なり、全体の誤りはおよそ各段階の誤りの足し算になる
- 予測の誤差は先の時刻ほど広がる(独立な誤差は2乗して足す)。全体の安全の要求を部品に割り当て、不確かさも後ろの段階に渡すことが大切
確認クイズ
Q1. 「前の車が急に減速したので、ブレーキを強めた」。これを認知・判断・操作に分けると?
認知:前の車の位置と速度を測り、速度が急に下がったことを知る。判断:このままでは近づきすぎると予測し、どれだけ減速するかを決める。操作:決めた減速度になるようにブレーキを効かせる。
Q2. 全体の遅れが 0.3 秒から 0.5 秒に増えると、時速 100 km で止まるまでの距離は何 m のびる?
遅れが 0.2 秒増えるので、27.8 × 0.2 ≈ 5.6 m のびます(約 86 m → 約 91 m)。
Q3. 本文の例(σ_p = 0.3 m、σ_v = 0.5 m/s)で、速度の測り方を良くして σ_v を 0.25 m/s にすると、3秒後の予測の誤差は?
\(\sqrt{0.3^2 + (0.25 \times 3)^2} = \sqrt{0.09 + 0.5625} \approx 0.81\) m で、1.53 m からほぼ半分になります。先の時刻の予測では、速度の誤差の影響が大きいことが分かります。
Q4. 本文②の例で全体の誤りを減らしたいとき、制御の誤り(0.01%)を10分の1にするのと、予測の誤り(0.2%)を半分にするのでは、どちらが効く?
予測を半分にするほうです。全体の誤りは約 0.36% から、制御を良くすると約 0.351%、予測を半分にすると約 0.26% になります。いちばん大きな誤りの段階から手をつけるのが効果的です。
もっと知りたい人へ
- 次の回:4.3 センサとフュージョン
- 関連:4.1 自動運転レベルとODD(見張りとフォールバック)、3.4 物体検出とセグメンテーション、3.7 不確実性とキャリブレーション、1.1 確率とは何か(掛け算と共通原因)、1.7 仮説検定(誤差を2乗して足す)、0.2 数式の読み方(制動距離)
- 用語集:認知・判断・操作、遅れ(レイテンシ)、追跡(トラッキング)、バイワイヤ、End-to-End 型
- 解説動画:YouTube(約5分)(静止画のスライドと音声で要点を説明。英語版の記事には英語の動画があります)
- 参考文献
- S. Thrun ほか, “Stanley: The Robot that Won the DARPA Grand Challenge,” Journal of Field Robotics, 2006.
- B. Paden ほか, “A Survey of Motion Planning and Control Techniques for Self-Driving Urban Vehicles,” IEEE Transactions on Intelligent Vehicles, 2016.
- E. Yurtsever ほか, “A Survey of Autonomous Driving: Common Practices and Emerging Technologies,” IEEE Access, 2020.