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Part 1 · 確率・統計

1.7 仮説検定

「差がある」と言ってよい条件

読了目安 10分前提:1.6 推定と信頼区間▶ 動画(約5分)

この回で分かること

  • 仮説検定の考え方(「差がない」と仮定して、結果が偶然で説明できるかを調べる)を説明できる
  • p値 と 有意水準 の意味を説明し、割合の簡単な検定ができる
  • 「有意差なし」が「差がない」の証明にならない理由を、2種類の誤りと 検出力 から説明できる

直感で理解する

歩行者を検出する認識モデルを更新しました。旧版の検出率は、長い試験の実績から 90% と分かっています。新版を 100回 試験したら 94回 検出できました。「4ポイント良くなった」と言ってよいでしょうか。

1.5 と 1.6 で見たように、試験の結果はばらつきます。本当の検出率が90%のままでも、100回の試験なら94回くらいはたまたま出ることがあります。問題は、今回の結果を「たまたま」で片づけられるかどうかです。

そこで仮説検定では、あえて 「新版は何も変わっていない(本当は90%のまま)」と仮定 します。そのうえで、今回のような結果がどれくらい起こりやすいかを計算します。とても起こりにくいなら、仮定のほうが間違っていたと考えて「差がある」と判断します。十分に起こりうるなら、「差がある」とは言えません。

裁判の「疑わしきは罰せず」に似ています。無罪(差がない)を前提にして、それをくつがえすだけの強い証拠がそろったときだけ、有罪(差がある)とします。

100回中94回(標準誤差 3%) p ≈ 18%:偶然でもよく起きる 94%(観測) 84% 87% 90% 93% 96% 400回中376回(標準誤差 1.5%) p ≈ 0.8%:偶然とは考えにくい 94%(観測) 84% 87% 90% 93% 96% 新版の検出率(試験の結果)
「新版は何も変わっていない(本当は90%のまま)」と仮定したときの、試験結果の出方(正規分布で近似)。赤い部分は、差がなくても両端を合わせて5%しか出ない「起きにくい」領域。100回の試験では94%はふつうに出る範囲にあるが、400回では山が細くなり、94%は赤い領域に入る。

100回中94回の場合、何も変わっていなくても「90%から4ポイント以上ずれる結果」が出る確率は約18%です。5回に1回くらいは偶然で起きるので、「良くなった」とは言えません。一方、同じ94%でも 400回中376回 なら、その確率は約0.8%まで下がります。偶然では説明しにくいので、「差がある」と判断します。同じ「94%」でも、試験の回数によって言えることが変わる のは、1.6 の信頼区間と同じです。

数式で確かめる

① 帰無仮説と対立仮説

「差がない」という仮定を 帰無仮説 \(H_0\)、「差がある」を 対立仮説 \(H_1\) と呼びます(記号表)。「帰無」は、否定される(無に帰す)ことを期待して立てる仮説、という意味です。旧版の検出率を \(p_0 = 0.90\) とすると、次のように書きます。

$$H_0:\ p = 0.90 \qquad H_1:\ p \ne 0.90$$

ここでは、良くなった方向と悪くなった方向の両方を「差」として扱います(両側検定)。

② 標準誤差の何個分ずれたか:z

帰無仮説が正しいときの標準誤差(1.5)を物差しにして、観測値 \(\hat{p}\) が仮定した値 \(p_0\) から何個分離れているかを測ります。

$$z = \frac{\hat{p} - p_0}{\sqrt{p_0(1-p_0)/n}}$$

100回中94回なら \(z = (0.94 - 0.90)/\sqrt{0.9 \times 0.1/100} = 0.04/0.03 \approx 1.33\)、400回中376回なら \(z = 0.04/0.015 \approx 2.67\) です。平均(例:停止位置)を比べるときも同じ形で、分母が \(s/\sqrt{n}\) になります。データが少なければ、1.6 と同じく t分布の値を使います(t検定)。

③ p値と有意水準

p値 は、帰無仮説が正しいと仮定したとき、観測された結果と同じか、それよりも極端な結果が出る確率です。1.3 の正規分布を使うと、z から次のように求まります。

|z|1.01.331.962.673.0
p値(両側)32%18%5%0.8%0.3%

p値が、前もって決めておいた基準である 有意水準 α(ふつうは5%)より小さければ、帰無仮説を捨てて「統計的に有意な差がある」と判断します。|z| がおよそ2(正確には1.96)を超えるのと同じことです。今回は、100回の試験(p ≈ 18%)では有意でなく、400回の試験(p ≈ 0.8%)では有意です。なお、この表は正規分布による近似で、回数が少ないと二項分布で正確に計算した値とは少しずれます。

注意したいのは、p値は「差がない確率」ではない ことです。「差がないとしたら、こんな結果はどれくらい珍しいか」を表す数です。仮説そのものが正しい確率を考えたいときは、1.2 のベイズの考え方が必要になります。

④ 信頼区間との関係

95%信頼区間(1.6)に仮定した値(90%)が入っていないことは、有意水準5%で有意であることと、おおむね対応します。

  • 100回中94回:94% ± 4.7% → 89.3%〜98.7%(90%を含む → 有意でない)
  • 400回中376回:94% ± 2.4% → 91.6%〜96.4%(90%を含まない → 有意)

検定の答えは「差がある」か「差があるとは言えない」かの2択ですが、信頼区間は 差がどれくらいか まで教えてくれます。結果を報告するときは、p値だけでなく区間も添えましょう。

旧版の90%も試験で測った値なら、そちらの誤差も加わります。差の標準誤差は2つを合わせた \(\sqrt{\mathrm{SE}_1^2 + \mathrm{SE}_2^2}\) になります。旧版も400回中360回(90%)だった場合、z は2.67から約2.1(p ≈ 4%)に下がり、ぎりぎりの有意になります。

⑤ 2種類の誤りと検出力

検定の判断は、次の2通りの形で間違えることがあります。

本当は差がない本当は差がある
「差がある」と判断第1種の誤り(あわてんぼう)
確率 α
正しい
この確率が 検出力 1 − β
「差があるとは言えない」と判断正しい第2種の誤り(見逃し)
確率 β

有意水準5%とは、第1種の誤りを5%までに抑えるという約束です。一方、第2種の誤りの起きやすさは、試験の回数で大きく変わります。本当に新版が94%に良くなっていたとき、有意水準5%で「差がある」と判断できる確率(検出力)は次のとおりです。

試験の回数50100200400600
検出力1割未満2〜3割約5割約8割約95%

100回の試験では、本当に良くなっていても7割以上の確率で「有意差なし」になります。「有意差なし」は「差がない」の証明ではありません。 試験を計画するときは、見逃したくない差の大きさを先に決め、検出力が8割以上になる回数を選ぶのが一般的です。

自動運転との接点

  • 「悪くなっていない」を示したいとき:ソフト更新後の回帰試験で「有意差なし」だったからといって、悪化していない証拠にはなりません。回数が少ないと、本当の悪化も見逃します。「悪化は最大でも1ポイント以内」のように許せる幅を先に決め、差の信頼区間がその内側に収まることを示します(非劣性の考え方)。
  • 「有意」と「安全上意味がある」は別:大量の走行ログを使うと、ごく小さな差でも有意になります。見るべきは p値の小ささではなく、差の大きさ(信頼区間)が安全上意味のある大きさかどうかです。
  • たくさん比べると、偶然の「有意」が混ざる:差がまったくなくても、1回の比較で5%は有意になります。100種類のシナリオで新旧を比べれば、平均5つは偶然「有意」になります(多重比較)。比べる指標を事前に決めておく、基準を比較の数で割って厳しくする(ボンフェローニ補正)といった対策があります。
  • 条件をそろえて比べる:新版だけ晴れの日に試験した、といった偏りは検定では取り除けません。同じシナリオ・同じデータで新旧を比べると、条件の違いによる差を減らせます。→ 5.6 シナリオベース検証
  • 「人間より安全」も検定の問題:自動運転車と人間のドライバーの事故率を比べるのも、仮説検定の一種です。事故は稀なので、必要な走行距離が膨大になります(1.8)。

まとめ

  • 仮説検定は、「差がない」(帰無仮説)と仮定して、結果が偶然で説明できるかを調べる方法
  • z =(観測値 − 仮定した値)÷ 標準誤差。p値が有意水準(ふつう5%)より小さい、つまり |z| がおよそ2を超えれば「有意な差がある」。これは95%信頼区間が仮定した値を含まないことにおおむね対応する
  • 有意差なし ≠ 差がない(回数が少ないと検出力が低い)。有意 ≠ 大きな差。たくさん比べると偶然の「有意」が混ざる

確認クイズ

Q1. 旧版の検出率は90%。新版を900回試験したら837回(93%)検出できました。有意水準5%で差があると言える?

言えます。標準誤差は \(\sqrt{0.9 \times 0.1 / 900} = 0.01\)、z = (0.93 − 0.90) ÷ 0.01 = 3.0 で、p値は約0.3%。5%より小さいので有意です。

Q2. 検定の結果、p値は3%でした。正しい説明は?(a)新版と旧版に差がない確率は3%(b)差がないと仮定すると、今回と同じか、それより極端な結果が出る確率は3%

(b)です。p値は仮説が正しい確率ではなく、「差がないとしたら、この結果はどれくらい珍しいか」を表します。

Q3. ソフト更新後に50回試験したら「有意差なし」だったので、「新版は悪くなっていない」と報告しました。何が問題?

50回では標準誤差が約4.2%あり、±8ポイント程度の差は偶然のばらつきに埋もれてしまいます(検出力が低い)。「有意差なし」は「差がない」の証明ではありません。悪化していないと言うには、許せる幅を決めて、差の信頼区間がその内側に収まるだけの回数を試験します。

Q4. 40種類のシナリオで新旧を比べたら、2つのシナリオで「有意に悪化」と出ました。本当は差がまったくないとしても、有意水準5%で有意になるシナリオは平均いくつ出る?

40 × 0.05 = 2つ。今回の結果は偶然でも説明できます。ただし安全に関わるので「偶然だろう」と片づけず、その2つのシナリオを追加で試験して確かめるのが安全側の対応です。

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