1.7 仮説検定
「差がある」と言ってよい条件
この回で分かること
- 仮説検定の考え方(「差がない」と仮定して、結果が偶然で説明できるかを調べる)を説明できる
- p値 と 有意水準 の意味を説明し、割合の簡単な検定ができる
- 「有意差なし」が「差がない」の証明にならない理由を、2種類の誤りと 検出力 から説明できる
直感で理解する
歩行者を検出する認識モデルを更新しました。旧版の検出率は、長い試験の実績から 90% と分かっています。新版を 100回 試験したら 94回 検出できました。「4ポイント良くなった」と言ってよいでしょうか。
1.5 と 1.6 で見たように、試験の結果はばらつきます。本当の検出率が90%のままでも、100回の試験なら94回くらいはたまたま出ることがあります。問題は、今回の結果を「たまたま」で片づけられるかどうかです。
そこで仮説検定では、あえて 「新版は何も変わっていない(本当は90%のまま)」と仮定 します。そのうえで、今回のような結果がどれくらい起こりやすいかを計算します。とても起こりにくいなら、仮定のほうが間違っていたと考えて「差がある」と判断します。十分に起こりうるなら、「差がある」とは言えません。
裁判の「疑わしきは罰せず」に似ています。無罪(差がない)を前提にして、それをくつがえすだけの強い証拠がそろったときだけ、有罪(差がある)とします。
100回中94回の場合、何も変わっていなくても「90%から4ポイント以上ずれる結果」が出る確率は約18%です。5回に1回くらいは偶然で起きるので、「良くなった」とは言えません。一方、同じ94%でも 400回中376回 なら、その確率は約0.8%まで下がります。偶然では説明しにくいので、「差がある」と判断します。同じ「94%」でも、試験の回数によって言えることが変わる のは、1.6 の信頼区間と同じです。
数式で確かめる
① 帰無仮説と対立仮説
「差がない」という仮定を 帰無仮説 \(H_0\)、「差がある」を 対立仮説 \(H_1\) と呼びます(記号表)。「帰無」は、否定される(無に帰す)ことを期待して立てる仮説、という意味です。旧版の検出率を \(p_0 = 0.90\) とすると、次のように書きます。
ここでは、良くなった方向と悪くなった方向の両方を「差」として扱います(両側検定)。
② 標準誤差の何個分ずれたか:z
帰無仮説が正しいときの標準誤差(1.5)を物差しにして、観測値 \(\hat{p}\) が仮定した値 \(p_0\) から何個分離れているかを測ります。
100回中94回なら \(z = (0.94 - 0.90)/\sqrt{0.9 \times 0.1/100} = 0.04/0.03 \approx 1.33\)、400回中376回なら \(z = 0.04/0.015 \approx 2.67\) です。平均(例:停止位置)を比べるときも同じ形で、分母が \(s/\sqrt{n}\) になります。データが少なければ、1.6 と同じく t分布の値を使います(t検定)。
③ p値と有意水準
p値 は、帰無仮説が正しいと仮定したとき、観測された結果と同じか、それよりも極端な結果が出る確率です。1.3 の正規分布を使うと、z から次のように求まります。
| |z| | 1.0 | 1.33 | 1.96 | 2.67 | 3.0 |
|---|---|---|---|---|---|
| p値(両側) | 32% | 18% | 5% | 0.8% | 0.3% |
p値が、前もって決めておいた基準である 有意水準 α(ふつうは5%)より小さければ、帰無仮説を捨てて「統計的に有意な差がある」と判断します。|z| がおよそ2(正確には1.96)を超えるのと同じことです。今回は、100回の試験(p ≈ 18%)では有意でなく、400回の試験(p ≈ 0.8%)では有意です。なお、この表は正規分布による近似で、回数が少ないと二項分布で正確に計算した値とは少しずれます。
注意したいのは、p値は「差がない確率」ではない ことです。「差がないとしたら、こんな結果はどれくらい珍しいか」を表す数です。仮説そのものが正しい確率を考えたいときは、1.2 のベイズの考え方が必要になります。
④ 信頼区間との関係
95%信頼区間(1.6)に仮定した値(90%)が入っていないことは、有意水準5%で有意であることと、おおむね対応します。
- 100回中94回:94% ± 4.7% → 89.3%〜98.7%(90%を含む → 有意でない)
- 400回中376回:94% ± 2.4% → 91.6%〜96.4%(90%を含まない → 有意)
検定の答えは「差がある」か「差があるとは言えない」かの2択ですが、信頼区間は 差がどれくらいか まで教えてくれます。結果を報告するときは、p値だけでなく区間も添えましょう。
旧版の90%も試験で測った値なら、そちらの誤差も加わります。差の標準誤差は2つを合わせた \(\sqrt{\mathrm{SE}_1^2 + \mathrm{SE}_2^2}\) になります。旧版も400回中360回(90%)だった場合、z は2.67から約2.1(p ≈ 4%)に下がり、ぎりぎりの有意になります。
⑤ 2種類の誤りと検出力
検定の判断は、次の2通りの形で間違えることがあります。
| 本当は差がない | 本当は差がある | |
|---|---|---|
| 「差がある」と判断 | 第1種の誤り(あわてんぼう) 確率 α | 正しい この確率が 検出力 1 − β |
| 「差があるとは言えない」と判断 | 正しい | 第2種の誤り(見逃し) 確率 β |
有意水準5%とは、第1種の誤りを5%までに抑えるという約束です。一方、第2種の誤りの起きやすさは、試験の回数で大きく変わります。本当に新版が94%に良くなっていたとき、有意水準5%で「差がある」と判断できる確率(検出力)は次のとおりです。
| 試験の回数 | 50 | 100 | 200 | 400 | 600 |
|---|---|---|---|---|---|
| 検出力 | 1割未満 | 2〜3割 | 約5割 | 約8割 | 約95% |
100回の試験では、本当に良くなっていても7割以上の確率で「有意差なし」になります。「有意差なし」は「差がない」の証明ではありません。 試験を計画するときは、見逃したくない差の大きさを先に決め、検出力が8割以上になる回数を選ぶのが一般的です。
自動運転との接点
- 「悪くなっていない」を示したいとき:ソフト更新後の回帰試験で「有意差なし」だったからといって、悪化していない証拠にはなりません。回数が少ないと、本当の悪化も見逃します。「悪化は最大でも1ポイント以内」のように許せる幅を先に決め、差の信頼区間がその内側に収まることを示します(非劣性の考え方)。
- 「有意」と「安全上意味がある」は別:大量の走行ログを使うと、ごく小さな差でも有意になります。見るべきは p値の小ささではなく、差の大きさ(信頼区間)が安全上意味のある大きさかどうかです。
- たくさん比べると、偶然の「有意」が混ざる:差がまったくなくても、1回の比較で5%は有意になります。100種類のシナリオで新旧を比べれば、平均5つは偶然「有意」になります(多重比較)。比べる指標を事前に決めておく、基準を比較の数で割って厳しくする(ボンフェローニ補正)といった対策があります。
- 条件をそろえて比べる:新版だけ晴れの日に試験した、といった偏りは検定では取り除けません。同じシナリオ・同じデータで新旧を比べると、条件の違いによる差を減らせます。→ 5.6 シナリオベース検証
- 「人間より安全」も検定の問題:自動運転車と人間のドライバーの事故率を比べるのも、仮説検定の一種です。事故は稀なので、必要な走行距離が膨大になります(1.8)。
まとめ
- 仮説検定は、「差がない」(帰無仮説)と仮定して、結果が偶然で説明できるかを調べる方法
- z =(観測値 − 仮定した値)÷ 標準誤差。p値が有意水準(ふつう5%)より小さい、つまり |z| がおよそ2を超えれば「有意な差がある」。これは95%信頼区間が仮定した値を含まないことにおおむね対応する
- 有意差なし ≠ 差がない(回数が少ないと検出力が低い)。有意 ≠ 大きな差。たくさん比べると偶然の「有意」が混ざる
確認クイズ
Q1. 旧版の検出率は90%。新版を900回試験したら837回(93%)検出できました。有意水準5%で差があると言える?
言えます。標準誤差は \(\sqrt{0.9 \times 0.1 / 900} = 0.01\)、z = (0.93 − 0.90) ÷ 0.01 = 3.0 で、p値は約0.3%。5%より小さいので有意です。
Q2. 検定の結果、p値は3%でした。正しい説明は?(a)新版と旧版に差がない確率は3%(b)差がないと仮定すると、今回と同じか、それより極端な結果が出る確率は3%
(b)です。p値は仮説が正しい確率ではなく、「差がないとしたら、この結果はどれくらい珍しいか」を表します。
Q3. ソフト更新後に50回試験したら「有意差なし」だったので、「新版は悪くなっていない」と報告しました。何が問題?
50回では標準誤差が約4.2%あり、±8ポイント程度の差は偶然のばらつきに埋もれてしまいます(検出力が低い)。「有意差なし」は「差がない」の証明ではありません。悪化していないと言うには、許せる幅を決めて、差の信頼区間がその内側に収まるだけの回数を試験します。
Q4. 40種類のシナリオで新旧を比べたら、2つのシナリオで「有意に悪化」と出ました。本当は差がまったくないとしても、有意水準5%で有意になるシナリオは平均いくつ出る?
40 × 0.05 = 2つ。今回の結果は偶然でも説明できます。ただし安全に関わるので「偶然だろう」と片づけず、その2つのシナリオを追加で試験して確かめるのが安全側の対応です。
もっと知りたい人へ
- 次の回:1.8 稀な事象の統計
- 関連:1.2 条件付き確率とベイズの定理、1.5 大数の法則と中心極限定理、1.6 推定と信頼区間
- 用語集:仮説検定、p値・有意水準、第1種の誤り・第2種の誤り・検出力、多重比較
- 解説動画:YouTube(約5分)(静止画のスライドと音声で要点を説明。英語版の記事には英語の動画があります)