1.5 大数の法則と中心極限定理
たくさん試すと安定する理由
この回で分かること
- 大数の法則:試行を増やすほど、平均や割合が本当の値に近づくことを説明できる
- 平均のばらつき(標準誤差 σ/√n)を計算し、「精度を2倍にするには試験を4倍」の理由が分かる
- 中心極限定理:平均が正規分布に近づくことと、それが信頼区間(1.6)の土台になることを説明できる
直感で理解する
1.3 では、検出率90%の検出器でも、10回の試験では結果が大きくばらつくことを見ました。では、試験の回数を増やすとどうなるでしょうか。観測される検出率が約95%の確率で入る範囲を、回数ごとに並べてみます。
回数を増やすほど、観測される検出率は本当の値(90%)の近くに集まっていきます。これが 大数の法則 です。1.4 で「6回のデータでは少なすぎる」と書いたのは、このためです。
ただし、範囲の縮み方はゆっくりです。100回から1万回へと100倍に増やしても、幅は ±6% から ±0.6% と1/10にしかなりません。精度は回数の平方根(√)でしか良くならない のです。
数式で確かめる
① 大数の法則:平均は本当の値に近づく
同じ条件で、互いに無関係な試行を n 回くり返し、その結果 \(X_1, \dots, X_n\) の平均を \(\bar{X}_n\) とします。n を大きくすると、平均は本当の平均(期待値)\(\mu\) に近づきます。
検出の成功を1、失敗を0とすれば、平均はそのまま「検出率」になります。
② 標準誤差:平均のばらつきは √n で小さくなる
1回ごとの結果のばらつき(標準偏差)を \(\sigma\) とすると、n 回の平均のばらつきは次の式で表せます。これを 標準誤差(SE)と呼びます。
成功か失敗かの試行では \(\sigma = \sqrt{p(1-p)}\) なので、検出率の標準誤差は \(\sqrt{p(1-p)/n}\) です。真の検出率 p = 0.9 の検出器を100回試験すると、
つまり 3% です。1.3 の目安(平均 ±2σ に約95%)を当てはめると、観測される検出率の約95%は 90% ± 6% に入ります。図の「100回」の帯はこの計算です。分母が \(\sqrt{n}\) なので、標準誤差を半分にするには n を4倍に、1/10 にするには100倍にしなければなりません。
③ 中心極限定理:平均は正規分布に近づく
さらに、多くの試行の平均は、元の分布がどんな形であっても(ばらつきが極端に大きい分布を除けば)、n が大きくなると正規分布に近づきます。これが 中心極限定理 です。
サイコロで確かめてみましょう。1個の目は1〜6が同じ確率の「平ら」な分布ですが、何個かの目の平均をとると、形が変わっていきます。
中心極限定理のおかげで、元の分布がよく分からなくても「平均 ± 2SE に約95%」という目安が使えます。これが次の回で扱う 信頼区間 の土台になります。
自動運転との接点
- 試験回数を決める:検出率を「±1%(約95%の範囲)」の精度で知りたいなら、真の検出率が90%前後のとき \(2\sqrt{0.9 \times 0.1 / n} \le 0.01\) から、約3,600回の試験が必要です。精度を2倍にすれば、試験は4倍に増えます。
- シミュレーションの回数も同じ:コンピュータ上で何度も試して確率を見積もる方法(モンテカルロ法)でも、精度は回数の平方根でしか良くなりません。→ 5.7 シミュレーションとXiL
- 稀な事象は「起きた回数」がものを言う:確率 p の事象を n 回の試行で見積もるときの相対誤差はおよそ \(1/\sqrt{np}\) で、np は「起きる回数」の見込みです。相対誤差を10%にするには事象が約100回起きる必要があり、100万回に1回の事象なら約1億回の試行が要ります。→ 1.8、5.8 未知の危険を探す
- 前提は「同じ条件で、互いに無関係」:大数の法則が効くのは、同じ分布からの試行を増やしたときだけです。晴れた昼の同じ交差点を1万回走っても、雨の夜や別の道路での性能は分かりません。ODD のさまざまな条件を網羅するには、試験の中身の設計が必要です。→ 4.1 自動運転レベルとODD、5.6 シナリオベース検証
- 正規分布の近似は「真ん中」が得意、「裾」は苦手:中心極限定理による近似は平均の近くではよく当たりますが、めったに起きない極端な値(裾)の確率を見積もるのには向きません。安全評価で大事なのは、まさにその裾です。→ 1.9 極値と裾の重い分布
まとめ
- 試行を増やすほど、平均や割合は本当の値に近づく(大数の法則)
- 平均のばらつきは標準誤差 σ/√n。精度を2倍にするには回数を4倍にする必要がある
- 多くの試行の平均は正規分布に近づく(中心極限定理)。これが信頼区間の土台。ただし稀な事象や分布の裾には、別の工夫が要る
確認クイズ
Q1. 真の検出率90%の検出器を400回試験します。観測される検出率の標準誤差と、約95%が入る範囲は?
標準誤差は \(\sqrt{0.9 \times 0.1 / 400} = 0.015\)、つまり1.5%です。範囲は 90% ± 3%、およそ87%〜93%です。
Q2. 標準誤差を今の1/3にするには、試験回数を何倍にすればよい?
9倍です。標準誤差は \(1/\sqrt{n}\) に比例するので、\(\sqrt{9} = 3\) で1/3になります。
Q3. 1回あたり100万分の1の確率で起きる事象の確率を、相対誤差10%程度で見積もりたい。およそ何回の試行が必要?
約1億回です。相対誤差 \(1/\sqrt{np}\) を0.1にするには np ≈ 100、つまり事象が約100回起きる必要があり、n ≈ 100 ÷ 0.000001 = 1億回になります。
Q4. 中心極限定理で「正規分布に近づく」のは次のどちら?(a)1回ごとの測定値(b)たくさんの測定値の平均
(b)です。1回ごとの値の分布は、元の形(サイコロなら平ら)のままです。正規分布に近づくのは、多くの値の平均の分布です。
もっと知りたい人へ
- 次の回:1.6 推定と信頼区間
- 関連:1.3 確率分布、1.4 期待値と分散、1.8 稀な事象の統計
- 用語集:大数の法則・中心極限定理、標準誤差、モンテカルロ法
- 解説動画:YouTube(約4分)(静止画のスライドと音声で要点を説明。英語版の記事には英語の動画があります)