1.4 期待値と分散
「平均」と「ばらつき」——平均が同じでも、安全とは限らない
この回で分かること
- 期待値 を「確率で重みづけした平均」として計算できる
- 分散・標準偏差 で「ばらつきの大きさ」を数字で表せる
- 平均が同じでも、ばらつきが違えば安全性の評価が変わることを説明できる
直感で理解する
2台の自動運転車 A と B に、停止線の手前で止まる試験をそれぞれ6回ずつ行いました。停止した位置(停止線の何 m 手前か)は次のとおりです。マイナスは停止線を越えたことを表します。
| 1回目 | 2回目 | 3回目 | 4回目 | 5回目 | 6回目 | 平均 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 車両A | 1.1 | 0.9 | 1.0 | 1.0 | 1.1 | 0.9 | 1.0 m |
| 車両B | 1.8 | 0.2 | 1.5 | −0.3 | 1.2 | 1.6 | 1.0 m |
平均だけを見ると、A と B はどちらも「停止線の 1.0 m 手前」で同じ成績です。しかし B は6回に1回、停止線を越えています。安全性を語るには、平均に加えて ばらつき を数字で表す必要があります。
数式で確かめる
① 期待値:確率で重みづけした平均
確率分布(1.3)に従う量 \(X\) の「平均的な値」を 期待値 \(E[X]\) と呼びます。とりうる値それぞれに、その確率を掛けて足し合わせたものです。
例:ある区間を走るときのドライバー介入の回数 \(X\) が、0回(50%)、1回(30%)、2回(20%)だとすると、
データの平均 \(\bar{x}\)(0.2)は、この期待値をデータから見積もったものです。上の表の平均 1.0 m も同じ考え方です。
② 分散と標準偏差:ばらつきの大きさ
ばらつきは「平均からのずれ」で測ります。ただ、ずれはプラスとマイナスで打ち消し合ってしまうので、2乗してから平均します。これが 分散 です。分散は単位も2乗(m²)になるため、平方根をとって元の単位に戻したものを 標準偏差 \(\sigma\) と呼びます。
ここで \(\mu = E[X]\)(平均)です。上の表のデータで計算してみます。A のずれは 0.1、−0.1、0、0、0.1、−0.1 なので、
B のずれは 0.8、−0.8、0.5、−1.3、0.2、0.6 なので、
B のばらつきは A の約10倍です。なお、手元のデータから「本当のばらつき」を推定するときは、6 ではなく 6 − 1 = 5 で割ることがあります。その理由は 1.6 で扱います。
③ 1.3 の分布の期待値と分散
| 分布 | 期待値 | 分散 | 1.3 の例では |
|---|---|---|---|
| 二項分布(n, p) | \(np\) | \(np(1-p)\) | n = 10, p = 0.9 → 期待値 9回、σ ≈ 0.95回 |
| ポアソン分布(m) | \(m\) | \(m\) | m = 2 → 期待値 2回、σ ≈ 1.41回 |
| 正規分布(μ, σ) | \(\mu\) | \(\sigma^2\) | μ と σ がそのまま平均とばらつき |
④ ばらつきを見込んで「余裕」を決める
停止位置が正規分布に従うと仮定すると、1.3 の目安(平均 ± 3σ に約99.7%)が使えます。
- 車両A:平均 − 3σ = 1.0 − 3 × 0.08 ≈ 0.76 m。ほぼ確実に停止線の手前で止まる
- 車両B:平均 − 3σ = 1.0 − 3 × 0.78 ≈ −1.3 m。停止線を越える確率は約10% と見積もれる
B で「停止線を越える確率を 0.1% 以下」にしたいなら、平均を 3.1σ ≈ 2.4 m 以上手前にとるか、ばらつき σ そのものを小さくする必要があります。安全設計では、余裕(マージン)を増やす か ばらつきを減らす かの二択を、この計算で比べます。ただし、6回のデータで σ を決めるのは本来は少なすぎます。見積もりの確かさは 1.6 で扱います。
発展:条件ごとの率を、遭遇頻度で重みづける
①の期待値は「値 × 確率」を足したものでした。安全の見積もりでも、同じ形がよく出てきます。事故率が条件(天候、道路、時間帯など)ごとに違うとき、ODD 全体の事故率は、条件ごとの率 \(\lambda_i\) を「その条件に出会う割合」\(w_i\)(遭遇頻度)で重みづけした期待値です。
例:走行の 90% が晴れ、10% が雨で、雨の事故率が晴れの 10 倍だとします。晴れの率を 1(相対値)とすると、全体は 0.9 × 1 + 0.1 × 10 = 1.9 で、晴れだけを測った値の約 2 倍です。しかも全体の事故の半分以上(1.0 ÷ 1.9 ≈ 53%)が、走行の 1 割しかない雨で起きています。雨の割合が 20% に増えれば 2.8 になり、逆に雨を ODD から外せば(雨では機能を使わない)1 に戻ります。
この式が教えてくれることは3つあります。(1) 全部まとめた平均は、少数の厳しい条件に引きずられる。(2) 試験の条件の割合が実際の遭遇頻度と違えば(晴れの日ばかり試験する)、見積もりはずれる。(3) 条件ごとの率 \(\lambda_i\) と遭遇頻度 \(w_i\) の両方を測る必要がある。ODD の条件を表にして試験の網羅性を確かめること(5.6、5.9)も、未知の危険の見積もりを条件ごとに足し合わせること(5.2)も、この形の計算です。ODD の決め方は 4.1 で扱います。
自動運転との接点
- 性能は「平均 ± ばらつき」で語る:検出距離、停止位置、反応時間など、自動運転の性能は平均だけでなく標準偏差とセットで評価します。平均が良くても、ばらつきが大きければ一定の割合で危険側に外れます。
- マージンの根拠になる:「平均 − 3σ でも安全側」のように、ばらつきを見込んで余裕を決めます。ただし実際の分布が正規分布より裾が重いと、3σ でも足りないことがあります。→ 1.9
- 期待値だけでは足りない:「軽い事故がときどき」と「重大な事故がごく稀に」は、被害の期待値が同じでも受け止め方がまったく違います。ISO 26262 や SOTIF のハザード評価では、重大度・発生頻度(遭遇頻度)・回避のしやすさなどを分けて評価します。→ 5.4
- ばらつきは条件ごとに見る:晴れと雨で停止位置のばらつきが違うなら、全データをまとめた σ では雨の日の危険が薄まって見えます。ODD の条件ごとに分けて評価することが大切です。→ 4.1、5.6
まとめ
- 期待値は「値 × 確率」の合計。データの平均はその見積もり
- 分散は「平均からのずれの2乗の平均」、標準偏差はその平方根(元の単位に戻したもの)
- 平均が同じでも、ばらつきが大きいと危険側に外れやすい。安全マージンは σ を見込んで決める
確認クイズ
Q1. 介入回数が 0回(60%)、1回(30%)、3回(10%)のとき、期待値は?
0.6回。0 × 0.6 + 1 × 0.3 + 3 × 0.1 = 0.6 です。
Q2. データ 2、4、6 の分散と標準偏差は?(個数 3 で割る)
分散 約2.67、標準偏差 約1.63。平均は 4、ずれは −2、0、2 なので、2乗の平均は (4 + 0 + 4) ÷ 3 ≈ 2.67。その平方根が約1.63 です。
Q3. 停止位置の平均が停止線の 2.0 m 手前、標準偏差が 1.0 m(正規分布と仮定)のとき、停止線を越える確率はおよそ?
約2.5%(正確には約2.3%)。停止線は平均から 2σ 下にあたります。±2σ の外側は約5% で、そのうち停止線を越える側は半分なので約2.5% です。
もっと知りたい人へ
- 次の回:1.5 大数の法則と中心極限定理
- 関連:1.3 確率分布、1.6 推定と信頼区間(n − 1 で割る理由)、1.9 極値と裾の重い分布
- 解説動画:YouTube(約4分)(静止画のスライドと音声で要点を説明。英語版の記事には英語の動画があります)