5.6 シナリオベース検証
ODD・シナリオ・パラメータ空間
この回で分かること
- シナリオベース検証 の考え方と、機能・論理・具体の3段階のシナリオを、例とともに説明できる
- パラメータ空間 の組み合わせが爆発的に増えることと、物理の式で境界の見当をつけて試験を集める工夫を計算できる
- 現実の分布から無作為に選んだシナリオの結果から、3の法則で言えることを計算できる
- (発展)全部を試せないとき、直交表やペアワイズ試験で組み合わせを減らす考え方を説明できる
直感で理解する
5.5 で見たように、走行距離だけで安全を示すのはほぼ不可能です。そこで、危険につながりやすい場面(シナリオ)を体系的に選び、条件を変えながら確かめるのが シナリオベース検証 です。偶然出会うのを待つのではなく、確かめたい場面を狙って作ります。
シナリオは、抽象度の違う3つの段階で書きます。
| 段階 | 書き方 | 例 |
|---|---|---|
| 機能シナリオ | ことばで、場面のあらすじを書く | 高速道路で、隣の車線の車が自車の前に割り込む |
| 論理シナリオ | 場面を表すパラメータと、その範囲を決める | 自車の速度 60〜120 km/h、割り込んだときの距離 5〜60 m、近づく速さ 0〜20 m/s、横に動く速さ 0.5〜2 m/s |
| 具体シナリオ | パラメータに具体的な値を入れて、1回の試験にする | 自車の速度 100 km/h、距離 25 m、近づく速さ 10 m/s、横に動く速さ 1.2 m/s |
論理シナリオのパラメータの範囲は、ODD(4.1)と実際の交通のデータから決めます。シナリオの出どころには、事故の記録、実際の運転を記録した 自然運転データ、ハザード分析(5.4)やトリガー条件の分析(5.3)、規則が定める試験シナリオなどがあります。
図は、割り込みの論理シナリオのうち2つのパラメータ(距離と近づく速さ)でできた パラメータ空間 です。近くで速く近づかれるほど危なく、ぶつかるかどうかの境界が見えてきます。境界から遠い場所の結果はほぼ分かりきっているので、境界の近くに試験を集めるのが効率的です。
数式で確かめる
① 組み合わせは、あっという間に増える
論理シナリオのパラメータが k 個で、それぞれを n 段階に分けて全部を試すと、具体シナリオの数は
です。4つのパラメータを10段階に分ければ 10⁴ = 1万通り、6つなら 10⁶ = 100万通りです。1回のシミュレーションに1分かかると、100万通りで約2年かかります。天候や明るさ、周りの車の数などを加えればさらに増えるので、全部を格子状に試すことはできません。無作為に選ぶ、境界の近くに集める、危ないところを重点的に選ぶ(5.8)といった工夫が必要です。
② 境界を物理で見積もる
割り込んだ車が一定の速さで走り続けるとき、自車が反応時間 \(t_r\) のあと減速度 a でブレーキをかけて、ぶつからずに済む最小の距離は、4.5 の車間距離と同じ考え方で
です(Δv は近づく速さ)。\(t_r = 0.5\) 秒、\(a = 4\ \mathrm{m/s^2}\) なら、Δv = 10 m/s で d* = 5 + 12.5 = 17.5 m です。図の境界の線は、この式で描いています。こうした見積もりで、試験を集めるべき場所の見当をつけられます。ただし実際のシステムでは、認知の遅れや誤り、割り込む車の動き方によって境界がずれます。そのずれを確かめることが、試験の目的です。
③ 格子の結果は、そのままでは危険の大きさにならない
図の格子の 30 通りのうち、11 通りでぶつかっています。しかしこれは「割り込みの 37% でぶつかる」という意味ではありません。格子は、それぞれの場面が現実にどれくらい起きるかを反映していないからです。現実の危険を見積もるには、自然運転データなどから得たパラメータの分布に従って、具体シナリオを無作為に選びます。そうして選んだ N 通りでぶつかりが 0 回なら、1.8 の3の法則から、割り込み1回あたりのぶつかる確率は 95% の確かさで
と言えます。N = 3,000 なら 0.1% 以下です。5.5 の③の表のように、割り込みでぶつかる確率が 10⁻⁶ 以下だと示したいなら、N = 300万通りが必要です。これはシミュレーションでなければ難しく(5.7)、さらに危ないところを重点的に選んで効率を上げる方法が要ります(5.8)。
発展:試験の組み合わせを減らす(実験計画法とペアワイズ)
①のとおり、全部の組み合わせは試せません。そこで、どの組み合わせを試すかを計画的に選ぶ方法が 実験計画法 です。調べたいパラメータを 要因、その段階を 水準 と呼びます。ある条件の効果が、ほかの条件の水準によって変わることを 交互作用 と呼び、5.3 の「雨の夜には 85%」がその例です。
代表的な道具が 直交表 です。たとえば、自車の速度・割り込んだときの距離・近づく速さ・横に動く速さの4つを、小・中・大(1・2・3)の3水準ずつにすると、全部の組み合わせは 3⁴ = 81 通りです。次の L9 の直交表なら、9 通りの試験で足ります。
| 試験 | 自車の速度 | 距離 | 近づく速さ | 横に動く速さ |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2 | 1 | 2 | 2 | 2 |
| 3 | 1 | 3 | 3 | 3 |
| 4 | 2 | 1 | 2 | 3 |
| 5 | 2 | 2 | 3 | 1 |
| 6 | 2 | 3 | 1 | 2 |
| 7 | 3 | 1 | 3 | 2 |
| 8 | 3 | 2 | 1 | 3 |
| 9 | 3 | 3 | 2 | 1 |
この表では、どの水準も各列に 3 回ずつ出てきます。また、どの 2 つの列を取っても、水準の組 9 通りが 1 回ずつそろっています。そのため、各パラメータの効果を分けて見積もれ、どの 2 つの条件の組も一度は試せます。
5.3 の ペアワイズ試験 は、「どの 2 つの組も少なくとも 1 回」でよいとするので、直交表より条件がゆるい方法です。そのぶん、条件の数や水準の数が直交表の形に合わなくても、ツールで少ない試験の一覧を作れます。
使うときの注意は4つあります。
- 連続した境界は拾えない:境界(図の曲線)は、組み合わせの表では「近くを通ったか」までしか分かりません。境界は②の見積もりや 5.8 の反例探索で絞り込みます。
- 3 つ以上が重なる問題は見逃す:3 つの組まで試すなら、6 条件×3 水準では 20 × 3³ = 540 組あり、1 回で 20 組を試せるので、少なくとも 27 通りの試験が要ります。
- ODD の外の組み合わせは除く:ODD の中では起きない組み合わせは、あらかじめ除いて計画します。
- 起きやすさは分からない:分かるのは「その組み合わせで問題が起きるか」で、現実での起きやすさではありません。確率は③のように、現実の分布に従う無作為な選び方で見積もります。
流れは、直交表やペアワイズで洗い出す → 境界の近くを探索する(②、5.8)→ 確率を見積もる(③、5.8 の重要度サンプリング)です。
実務との接点
- シナリオの一覧は完成しない:出どころをいくら増やしても、抜けは残ります。見つかった新しい場面を加え続け、未知の危険の見積もり(5.2)とあわせて扱います。→ 5.2、5.11 市場投入後の監視
- 合格の基準を先に決める:「ぶつからない」「最小の衝突余裕時間が 1 秒以上」など、結果を見る前に決めておきます。人でも避けられない場面をどう扱うかも決めておく必要があり、規則の中には、注意深い人の運転者ならどこまで避けられるかのモデルを基準にするものもあります。→ 5.5
- 試す場所を組み合わせる:シミュレーション(数を試せるが、現実との差がある)、テストコース(本物の車で試せるが、数は限られる)、公道(本物だが、稀な場面にはなかなか出会えない)を組み合わせます。→ 5.7 シミュレーションとXiL
- 見た目のばらつきも条件に入れる:同じ論理シナリオでも、服の色、車の形、天候、明るさで認知の結果が変わります。AI の部品を使うなら、見た目もパラメータに含めます。→ 3.8、5.9 AIコンポーネントの安全
- ODD とつなげる:パラメータの範囲が ODD を覆っていること、覆っていない部分は ODD の外として扱うことを示します。→ 4.1
まとめ
- シナリオベース検証は、危険につながりやすい場面を体系的に選び、条件を変えて確かめる方法。機能・論理・具体の3段階で書き、パラメータの範囲は ODD と実際の交通のデータから決める
- パラメータの組み合わせは \(n^k\) で増えるので全部は試せない。物理の式などで境界の見当をつけ、境界の近くに試験を集める
- 格子の結果はそのままでは危険の大きさにならない。現実の分布に従って無作為に選んだ N 通りでぶつかりが 0 回なら、p ≤ 3/N と言える
- (発展)組み合わせは、実験計画法の直交表やペアワイズ試験で減らせる。ただし境界の形や起きやすさは別に調べる
確認クイズ
Q1. 次はそれぞれ、機能・論理・具体のどのシナリオ? (a)高速道路で前方に割り込まれる (b)自車 100 km/h、距離 25 m、近づく速さ 10 m/s (c)自車 60〜120 km/h、距離 5〜60 m、近づく速さ 0〜20 m/s
(a)機能シナリオ、(b)具体シナリオ、(c)論理シナリオです。
Q2. 5つのパラメータをそれぞれ8段階に分けて全部試すと、具体シナリオは何通り?
8⁵ = 32,768 通りです。
Q3. ②の式(\(t_r = 0.5\) 秒、\(a = 4\ \mathrm{m/s^2}\))で、近づく速さ 8 m/s のとき、ぶつからずに済む最小の距離は? 距離 10 m で割り込まれたら?
d* = 8 × 0.5 + 64 ÷ 8 = 4 + 8 = 12 m です。10 m ではそれより近いので、この式の上ではぶつかる側になります。
Q4. 現実の分布に従って無作為に選んだ 30,000 通りの具体シナリオで、ぶつかりが一度もありませんでした。割り込み1回あたりのぶつかる確率について、何が言える?
3 ÷ 30,000 = 10⁻⁴、つまり 95% の確かさで 0.01% 以下と言えます。
Q5.(発展)6つの条件をそれぞれ3段階に分けるとき、どの3つの条件の段階の組も一度ずつ試すには、少なくとも何通りの試験が要る?
3つの条件の段階の組は 20 × 3³ = 540 組で、1回の試験で 20 組を試せるので、540 ÷ 20 = 27、少なくとも 27 通りです。
もっと知りたい人へ
- 次の回:5.7 シミュレーションとXiL
- 関連:5.5 受入れ基準と妥当性確認目標、5.3 機能不十分とトリガー条件、5.4 ハザード分析、4.1 自動運転レベルとODD、4.5 予測と経路計画(車間距離)、1.8 稀な事象の統計(3の法則)
- 用語集:シナリオベース検証、機能・論理・具体シナリオ、自然運転データ、運行設計領域(ODD)、3の法則、実験計画法、直交表、交互作用、ペアワイズ試験
- 解説動画:準備中
- 参考文献(規格の内容はこの回で要約して説明しています。正確な定義や要求は原文を確認してください)
- ISO 34502:2022, “Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Scenario based safety evaluation framework.”
- T. Menzel, G. Bagschik, M. Maurer, “Scenarios for Development, Test and Validation of Automated Vehicles,” IEEE Intelligent Vehicles Symposium, 2018.
- S. Riedmaier ほか, “Survey on Scenario-Based Safety Assessment of Automated Vehicles,” IEEE Access, 2020.