13年越しの宿題〜児童文学あれこれ〜

 昨日,一昨日と出身大学にて10年経験者研修の講座が開かれました。 わたしが選んだのは,「読書のアラカルト」です。 一覧表を見た時に,講師の欄には当時お世話になった先生の名があったので迷わず選択! 希望は無事に通りました。


 1日目はストーリーテリングの紹介。これは,昨年度前任校で行ったものとまったく同じ!使っている本も同じだったのですが,わたしはきちんと講習を受けずに指導していたので,今回改めてポイントを聞くことができてラッキー♪


 2日目は児童文学の講義。いよいよお世話になった先生の登場です。13年ぶりの先生の講義でしたが,テンポ良く進んでいく授業は相変わらず健在という感じがしました。当時,児童文学におけるタブーの崩壊について詳しく学んだのですが,今回はその続きとも言える内容で,13年分の空白が埋まったような気がしました。

 また,受講者全員が1冊ずつ本を持ち寄り,紹介するということも行いました。児童書あり,一般書ありで非常におもしろい内容でした。
 先生も1冊紹介してくださいました。那須正幹『ねんどの神さま』です。これは「反語」の物語という紹介の仕方でした。

 戦後まもなく,オオサコケンイチが作ったねんどの神さまは,戦争はいやだ,武器はいやだ,という思いから作られたもの。けれど,何十年も経った時,この神さまは突然動き出しました。巨大化した怪物のようになり,ケンイチのもとへ向かったのです。ケンイチは,武器を作る会社の社長になっていました。ケンイチの元へ向かう間に,自衛隊はさまざまな兵器を使い,最後には小型核爆弾まで使用します。地域の人たちには何も知らせずに…。大人になったケンイチは神さまに向かって「武器を持っていた方が平和を保てるのだ。」と言い放ちます。結局,この神さまはケンイチのいうことに従い,元のねんど細工に戻り,ケンイチによって踏みつぶされ,この物語は終わるのです。

 那須さんは『屋根裏の遠い旅』『The End of The World』や,絵で読む原爆の話など,戦争にまつわる話も多く書いています。これらは常に社会に対する警鐘となっていると思います。もっと多くの人に知られていいはずの物語が埋もれてしまっているように思えてなりません。

 わたしが紹介したのは,みおちづる『少女海賊ユーリ』です。この講座には小・中・高・養護学校の教員が参加しているので,あまりみんなが持ってこないであろう中級というグレードであり,軽装版であるユーリを紹介してみようと思ったのです。
※軽装版であるからと言って,エンタメ(エンターテイメント)だとは限りません。また,エンタメは子どもに人気があり,わたしも好きで読んでいます。

 以下は,先生とわたしの講義中の会話。受講者全員が聞いています。
先生:「それはエンタメ系ですね。グレードは…。」
わたし:「中級ですね。」
先生:「作者と作品の紹介をしてください。」
わたし:「みおちづるさんの『少女海賊ユーリ』シリーズの1冊です。今のところ9巻まで出版されています。(…以下,作品の概要。)」
先生:「最近は文庫書き下ろしのシリーズが多く出版されています。これもその1つですね。出版社は?」
わたし:「フォア文庫ですが,これは童心社ですね。」
※でも,エンタメかな,ユーリって…。中身はけっこう重いし,かなり子どもに訴えるものがあると思うんだけど。登場人物の成長もしっかりあるしなあと,その時思っていました。


 さて,この会話をいったい受講者の何人が理解していたでしょうか。エンタメ,グレード,フォア文庫で童心社(これは自分の発言だけど)ときたら,かなりマニアックな世界…。
 フォア文庫は4つの出版社から出されている,ちょっと変わった文庫なのです。同じフォア文庫でも,『シェーラひめのぼうけん』『少女海賊ユーリ』は童心社,『妖界ナビ・ルナ』は岩崎書店なのです。すみません,他の受講者の皆様。わたしは,すっかり学生気分に戻っておりました…(汗)。

 こうなってしまうと,もう止まらない! 思いっきり暴走しまくることにしました。さすがに,他の受講者の邪魔をしてはいけませんので,講義終了後に質問攻撃をしました。 もちろん,先生も「今日の講義に関係なくてもいいので,質問があればどうぞ」と仰いましたので,気兼ねなく(笑)させていただきましたとも!

その1:軽装版について
 『日本児童文学』でも特集を組んでいたこの軽装版について,作家のなかでもそうとう意見が分かれて揺れているようですが,どのようにお考えでしょうか。出版社の商業主義にかなり流されているのでしょうか。

その2:荻原規子の作品について
 講義中でも,日本のファンタジー作家として上橋菜穂子,荻原規子をかなり高く評価していらっしゃいましたが,特に荻原作品はどの点を評価していらっしゃるのでしょうか。


その3:あさのあつこの作品について
 北上次郎の書評であっという間に広がった『バッテリー』ですが,どうにもこの主人公には共感できないし,寄り添えませんでした。また,終わり方もどうもすっきりしなかったので,わたしはなぜ評価が高いのかわからないのですが,どのようにお考えですか。

以下,回答です。

その1:軽装版について
 やはり,出版社としては売れなくては意味がないので,どうしても商業主義に走りがちになるであろうとのことでした。でも,子どもはエンタメだけを読むわけではないし,エンタメが取りかかりになって読書が広がっていくことも大いにあるので,あとは読み手の好みによるのではないかとのことでした。

その2:荻原規子の作品について
 荻原さんはかなり高いレベルの書き手で文章も上手であるとのことでした。『空色勾玉』については,出版当時,若さからくる勢いがありよかったという意見がある反面,批判も多く,天皇制に関係した発言まで出たそうです。日本児童文学者協会賞を受賞した『風神秘抄』については,その年度に出された本の中ではやはり一番よかったと思うとのことでした。わたしは,今までの荻原作品の方が文体も内容もおもしろかったと返しました。すると,確かに今回の作品は文体で気になる点があったり,ラストに糸世が現代に飛ばされたところでは必然性が感じられないし,最初の方のくだりは,あの時代に興味のない人が読むとつらいかもしれないと回答されました。男の子を単独で主人公にしたのは初めてだったので,勾玉三部作とは少々印象が異なるという点では,わたしの考えと一致していました。
 『西の善き魔女』はジェンダーを描いているという点で評価されていました。ただ,各巻のサブタイトルや寄宿舎生活は受け付けない人はいるでしょうとのことでした。1,2巻までの雰囲気と,3,4巻目の雰囲気が変わってしまったけれど,5巻目で今までのオチをうまくつけているともおっしゃっていました。
ちなみに,上橋菜穂子さんの第1作『精霊の木』の文章はあまり上手ではなかったとのお話でした。でも,最近新版で出されたものは書き直しをしてあり,とてもよくなっているそうです。読み比べてみるのもおもしろそうです。

その3:あさのあつこの作品について
 『バッテリー』を読んでいて共感しにくいのは,同じ段落の中で視点が変わってしまうことが大きな要因ではないかとのことでした。また,読者が一番好感を持てるであろう青波が,何か鍵を握っているのではないかと思わせながら,結局あまり活躍しなかったのも残念な点としてあげられました。
終わり方については,あさのさん自身の意図があってのことだろうということ,しかし,注目された中で完結を迎えなければならなかったことで,思うように描けない部分もあったのではないかということを仰っていました。
 巧のような,いつまでも変わらないヒーロースタイルの主人公は今までにもいた(長靴下のピッピを例にあげていました)ので,それはそれでもよいと思うとのことでした。
 大人向けの作品については,あまりよい感想をお持ちではないようでした。

 最後に,表題の「13年越しの宿題」についてです。卒業直前の演習で出したレポートのコメントに「『空色勾玉』に出てくる照日王をどのようにお考えですか?」と書かれていたのですが,その答えを今まで伝えられずにいたのです。 今回,よい機会だったので,講義の感想用紙に書いてきました。 まあ,直接質問していたときにも,ちらっと話してしまったのですが。 13年経ってからの解答を,先生はどのように受け取ったのでしょう?…まさか,これだけ経ってから解答が出されるとは思わなかっただろうけれど。(06/08/03)

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