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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VII.《嵐》−6


 収穫作業は結局4週間かかった。
 ヨシュアが言ったとおり2週間経った時点で雨と寒暖入り乱れた天気は持ちなおした。天気が回復
するとケリーはせかされるままに機械で残った分を刈り取り、さらに大人たちに混じって乾燥室の作
業や脱穀作業にもついた。
 村では小麦の刈り取りと同時に畑を鋤き返し、去年の倍以上の蕎麦を蒔いた。ヨシュアもケリーと
デイジーを助手に、今まで手付かずだった地所のあちこちにまで蕎麦畑を作った。
「麦が去年の7割の収穫だからな。まったくひでえもんだ」
 猛烈な勢いで肥料を撒きながらヨシュアは首を振った。「牧草向きじゃないが、こいつも刈り取っ
た後に飼い葉くらいにはなるだろう」
 ジェーンははかばかしくなかった。じめじめとした天候が続く中、微熱が続き、空咳をし、急速に
やせ衰えて体力の衰えかベッドから起き上がることもままならぬ有り様だった。ここ数日は一日の大
半をうつらうつらと眠り、しかもデイジーやケリーが部屋に入ることを頑として受けつけなかった。
部屋の中を覗くことも許されず、デイジーはしょげきっていた。
「母さん、スープもあんまり食べてくれないし、これで身体がほんとに保つの?」
 あまりに残すのでだんだんよそう食器が小さくなり、ついに小さな椀になったとき、さすがに父親
に言った。「先生もなんにも言ってきてくれないし」
「寝てばっかりだから、腹が空かないんだよ。栄養剤は打ってる」
「起きられないの? 起きあがってるだけでも駄目?」
「枕とクッションで背もたれ作ってるが、それでも起きるだけでもしんどいんだと」
 消毒薬の臭いをさせながらヨシュアは食卓の椅子に座った。
「ああ、あとでキムの家におつかいに行ってくれな、お花ちゃん。母さんの床ずれ円座を何枚か貸し
てもらうように頼んで欲しいんだ」
「うん」
 昼食後にデイジーが隣人のキム家に出掛けると、ヨシュアはため息をついた。
「で?」
 椅子にまたがり、背もたれの上に腕を組んで顎を載せた姿勢でケリーは訊いた。「どうなんだ?」
「麻薬の痛み止めと抗菌剤と栄養剤でかろうじて生きてるって具合だな。まったく、この天気でジャ
ングルの親類みたいな夏になっちまって」
 愚痴めいた口調の彼自身も疲れきっているのがありありとわかる姿だった。
「ディーじゃないけど、医者はなんにも言って来ないなぁ」
「言わんでいいわ」
 不機嫌な台詞だった。「ああ、ケリー、ちょっと手伝ってくれんか」
「うん、何だ?」
「《引き網》に行ってな、カプセルを運び出す準備をして欲しいんだ。小型のやつだし《ファラウェ
イ》に言えばわかる」
「運び出す準備?」
 目を丸くした。「俺が担いでくるわけ?」
「《ファラウェイ》がパーツをばらして運びやすく改造したから、扱いやすくはなってるだろう。パ
ーツの小さいのから運んでくれや」
「了解。で、それどうするんだ?」
「ジェーンの隔離カプセルだ。準備しておかんとな」
 ケリーは背筋を伸ばした格好で硬直した。「......そんな」
「そういうことだな」
 ケリーから見ると信じられないほど落ち着いた様子でヨシュアは呟いた。
「なにが起きるかわからんからな。用心に越したこたぁない」
「......」
「なんて顔をしてやがる。わかってたことだ」
 ヨシュアは視線を逸らし、台所のほうを眺めた。「そうよ。病気がわかった時から覚悟してたこと
さ。こういう時が来るってのはな」
 押し殺した声だった。「だから、俺はおまえやデイジーを守らにゃならん」
 何から? 病気から?
 確認したかったが、ヨシュアの肩がかすかに震えているのを見てはっとした。
「......俺、《引き網》に行ってくる」
 なんとか立ちあがった。「見てくるよ、そのカプセルって奴」
 外に出るとこの間までの蒸し暑い空気はどこにもなく、爽やかな風と晩夏の日差しだけだった。足
取りも重く崖に向かう。デイジーはまだ一縷の希望を持っているのだろうか。

 ケリーが《引き網》から目立たないように部品を納屋に運びおわっても、デイジーはまだ帰ってい
なかった。
「キムの家に行きゃあ、久しぶりに仲よしのアリシアに会うんだ。そうは戻らんだろう」
 ヨシュアは別に怒りもしなかった。「それで、どうだ?」
「本当の密閉部分はばらせないから大きいよ。《ファラウェイ》は俺とあんたで運ばないと無理だっ
て言ってるけど同感だな」
「重いか?」
「そんなこと無かったよ」首を振った。「中身をごっそり外したから見た目より軽いし」
「よし。デイジーが寝たら運ぶか」
 夕食後間もなく、デイジーは欠伸をしだした。
「疲れたんだな。ほら、寝ちまえ」
「どしてかなあ。キムさん家でも疲れた顔してるねって言われたけど」
 両手を頬に当てる。「そんな顔してる?」
「寝ると元気になるよ、ディー」
 脇から口を添える。「あの熱いジュース、作ろうか?」
「そうだな。それでぐっすり寝るといい」
 かなり甘口に作ったそれを飲むとさらに目をこすり出した。
「それじゃあ、あたし寝るね。おやすみなさい」
 部屋の扉が閉まると、ケリーはヨシュアを眺めた。「......ディーの皿になに仕込んだ?」
「お約束の眠り薬ってやつだ」
 平然と頷いた。「ワインで効果倍増だな」
「じゃあ......」
 腰をあげかけたケリーに片手を振る。
「その前におまえのベッドをいじって、念の為ダミーを作ってこい。その間におれも準備する」
 毛布やシーツや着替えでなんとか寝姿らしくベッドを作って降りると、ヨシュアはヘッドライトや
ロープを抱えていた。
 薄暗い中を歩き、《引き網》からカプセルを崖上に運び上げる。輸送用の自動機械を使うわけに行
かないので、ふたりがかりでもなかなかの重労働だった。
「それにしても、なんでこんなところに《引き網》置いたんだ?」
 ヨシュアを前に立て、もっこ担ぎの要領でカプセルを後ろから支えながらケリーは訊いた。
「隠すにしたって、見つかりやすいんじゃないか?」
「そうでもねえよ。基本的にここの村の連中はボーっとしてるからな。なにかって時には便利だから
手放したくなかったし、遠くに隠したらこういう作業だって楽じゃなかったろうさ」
 家の中にどうやってこの大きなものを運び込むのかとケリーは危惧したが、ヨシュアは寝室の窓を
あけて、軒下にある滑車を使ってカプセルをひっぱりあげた。
「おまえは部屋に入らんでいい」
 カプセルを組みたてようと工具を取ってきたケリーをヨシュアは入り口で押しとどめた。
「なんでだよ? 《ファラウェイ》がばらすの、俺が見てたんだから、俺がやったほうが早いよ」
「胞子が危ねえんだよ」
「あんただって危ないだろ」
「おれはいまさらだが、おまえになんかあったら......」
「あのなあ」
 ケリーは男を睨みつけた。「あんたにだってなんかあったら、たいへんなんだ。第一、生きてる間
は胞子は大丈夫だって、《ファラウェイ》も言ってたじゃないかよ」
 ヨシュアはしばし見下ろしていたが、溜息をついた。
「わかった。でもな、見てショック受けるなよ?」
 久しぶりに入った部屋には、ベッドのあったはずの場所には見慣れない白い布に覆われたスペース
があった。ヨシュアの身長よりもやや高い支柱が組みあがってる。なぜか電子音がするのに辺りを見
まわすと、白い布の下から何色にも色分けされたケーブルの束が延びており、波形のグラフを表示す
る機械に繋がっていた。
 ごくりと唾を飲み込んだがまずはカプセルの組み立てに無理矢理意識を向ける。
 ヨシュアのいう「隔離カプセル」というのは、早い話が緊急脱出用のカプセルから推進機関を外し
たものだった。《ファラウェイ》がケリーに語ったところによると、「医療用カプセルよりも気密性
と耐熱性を重視したもの」だった。
「どんな具合だ?」
「ここ、持っててくれよ」
 《ファラウェイ》から渡された図面で確認しながら、宇宙船の密閉用シーリング剤を充填する手許
を男の手が支える。組み上げて部屋の片隅にカプセルを寄せると、2人は息を吐いた。
「......で、あれ、何の真似だよ」
 白布を指差すとヨシュアは肩をすくめてみせたが立ちあがって歩き出したケリーの腕をつかんだ。
「なに」
「布ごしに見るだけだ。めくるんじゃねえぞ」
「......?」
 そばに寄ってみると布は透けるような薄さではなく、布と布の隙間から覗くとやせ衰えたジェーン
が目を閉じて横たわっていた。と、目が開く。
「......ヨシュ.....」
「あ、お、俺だよ、おばさん。ケリーだよ」
 視線がさまよい、微かに頭が動く。
「ああ......ケリー......」
 微かな、かすれ声だった。「......なに.....してるの」
「う、うん、ちょっとね」
「夢見ててね......あの子が小さい時の。可愛くてねえ......。あたしの人差し指をしっかり握って
離さないんだよ。......会うたびに大きくなって......よちよち歩いて。お店のみんなに可愛がって
もらって......」
 消え入るような声で話していたが、ふと声が途切れた。どうしたのかといぶかしんでいると、やが
て微かに寝息が聞こえた。
「ほれ、もういいだろ。こっちへ来い」
 囁きとともにヨシュアがベッドの傍から引き剥がす。
「......おばさん、寝ぼけてるのか?」
「鎮痛剤が効いてて夢現なんだよ。それでも目を覚ますとは珍しいもんだ」
「薬に慣れちゃったんじゃないのか? 俺なんかそうだし」
 久しぶりにジェーンと話せてなんとなく嬉しかったが、ヨシュアはちょっと顔をしかめただけだっ
た。
「ほら、消毒液でしっかり拭けよ。手も顔もな。服も上からぬぐえよ」
「は?」
 渡された濡れタオルを掴んだまま訳もわからず立っていると、ヨシュアは舌打ちをしてタオルを取
り上げた。
「しょうがねえな。ほら、ちゃんと立ってろ」
 髪や顔、手に服の上からと順番に拭かれ、扉前に引っぱられて床上に置かれた消毒液の入った盥の
前に立たされた。
「この中に足を突っ込め。そうだよ、靴ごとな」
 そこを通過して廊下に出されると、ヨシュアも続いて部屋を出た。
「......ヨシュア?」
「しっ! 静かにしろ! 声がでけぇよ」
 慌てて口をつぐむと、ヨシュアは頷いた。「ありがとよ。おかげで助かった。もう寝な」
「あ、うん......ああ」
 追いたてられるように部屋にあがると、ヨシュアが階段を降りていく軋み音が聞こえた。ベッドに
入ると、さっきのジェーンの言葉を思い出す。
「よちよち歩く赤ん坊のディーかあ.....。可愛かったろうなあ」
 ふと思った。もしかしたら、おばさんは治るかもしれない。あんなにちゃんと喋れたんだし。


 それから4日ほど経った深夜に、ケリーは慌しい気配で目がさめた。
「ケリー!?」
「起きてるよ。......ディー?」
 置きあがるのと同時にドアが開けられた。
「父さんが、ケリーを起こせって......母さんが変なの!」
 ベッドから滑り降りるとそのまま階段を駆け下りる。「ヨシュア?!」
 廊下には誰も居らず、見渡すとヨシュアが寝室のドアを開けた。
「そこの防護服着てこい。デイジーは入るんじゃないぞ!」そのままドアがバタンと閉まる。
 ゆびさされた床を見ると、白いものがビニール袋に入って置いてあった。ビニール袋を破って広げ
ると、たしかに医療用の防護服だった。
「あたしの分は? どうしてないの?」
 寝巻きのまま、そばでおろおろとしながらデイジーがべそをかいた。
「うわ、でっけえ」
 もぞもぞと着込みながらケリーは裾を踏みつけそうになった。「ぶかぶかだよ」
「ケリー、あたしは入っちゃ駄目なの? 母さんに会わないと!」
「ちょっと待ってて。ヨシュアがなにしてるのかもわかんないしな」
 出来るだけ薄く開けて滑り込むと背中でドアを閉めた。「ヨシュア?」
「おう、手伝ってくれ。思ったより面倒なんでな」
 白い布がベッドから取り払われ、ベッドの上にかがみこむ姿勢で白い防護服が居た。
「なんだよ、これ」
「いいから。カプセルのところまでジェーンを運ばにゃならん」
 ベッドの傍に寄ってケリーは立ちすくんだ。
 信じられない物体が横たわっていた。
 最後に会った時、ジェーンは土気色の顔色で痩せ衰えた姿だったが、ベッドに今横たわっているの
は異常に丸々とした、そのくせ妙にのっぺりした顔の人間だった。
「そっちの肩の下のシーツと下敷きごと持ち上げてくれ。それから、腰の下に手を当ててな」
 言われるままに持ち上げると、その勢いを借りてヨシュアはその人間を持ち上げた。
「くっそぅ、重いぜ......」
 呟きながら向きを変えるのを、慌ててベッドを回って手伝いに行く。
「よし、足のほうをシーツごと持ってくれ。......そうそう、それでカプセルに入れるからな。そうっ
とだぞ、そうっと」
 カプセルはすでに開けられ、なかには別の白い布が敷き詰められていた。その中にジェーンのはず
の人間は納められ、ヨシュアがその頭の下に枕を押しこんだ。それでもかなりカプセルの中はゆとり
が残っていた。その隙間に、ベッドマットレスの中に詰めこんであった藁を出来るだけ押しこむよう
に指示し、2人はせっせと詰めこんで(驚くべきことに)全部隙間に押しこんでしまった。
「一度蓋をするからな。で、部屋ごと消毒しちまおう」
 蓋をすると、ヨシュアはタンクを引っ張り出し、窓や壁に霧状の水を吹きつけだした。ベッドの枠
にも、みすぼらしい家具にも消毒液を噴霧し床にも丁寧に消毒液をかける。
「ほれ、おまえの防護服にもかけるからな」
 ぶかぶかの防護服ごしにシャワーを浴びる気分だったが、それが終わるとヨシュアはケリーに、交
替して自分にもかけるように指示した。
「こんなもんかなあ。いやいや、まだ防護服を脱ぐんじゃないぞ」
 しばし腕組をして考えていたが、頷いた。
「まあこんなもんかな。よし、防護服を脱いでデイジーをいれてやろう」
 防護服を脱ぐと、消毒液のきつい臭いが襲ってきた。大きな密閉袋に2人分の防護服を押しこんで
密封すると、ヨシュアはドアを開けた。
「父さん、母さんは?」
 ヨシュアの背中ごしに見えるデイジーは真っ青だった。
「デイジー、母さんにお別れをいいな」
「.......うそ!」
 父親を押しのけるようにデイジーは部屋に入り、ベッドに目を向けて空っぽなのにギョッとしたよ
うだった。
「父さん、母さんは? 何処? どこに隠しちゃったの?!」
 ヨシュアがカプセルを指差すと、デイジーは駆け寄り......へたへたと座り込んだ。
「......うそ......母さんじゃない......?」
「母さんは、すっかり内臓がやられて浮腫んじまったんだ」
「どうして? どうしてこんな狭い......棺桶みたいなところに押し込んでるの? 母さん、まだ死
んでないんでしょ? ねえ、父さん、どうして?!」
「いや、母さんは死んだんだ。ここから出ることはないんだよ。母さんは、機械で無理矢理延命させ
られるくらいなら死んだほうがいいと言ってたしな」
「いや! 母さん! 母さん!」
 デイジーはカプセルの蓋を叩いた。「目を開けてよ! あたしよ! デイジーよ! 母さん!」
「デイジー、これに母さんを入れたのは、それでもおまえが母さんの顔を見たいだろうと思ったから
なんだ」
 振り仰いだデイジーは半泣きだった。
「父さん! 母さん、ほんとに意識無いの?! ほんとに死んじゃったの?!」
「そうだ。死んだんだよ」
「ひどい......父さん、ひどい! あたしが母さんに会いたいの知ってたくせに! どうして母さんが
意識あるうちに会わせてくれなかったの?! あたし、母さんにいっぱい話したいことあったのに!」
 泣き声を上げてデイジーはヨシュアの足にむしゃぶりついた。
「花もいっぱい摘んで、きれいなのを見せてあげたかったのに! 母さんに......母さんに頭を撫で
てもらって、母さんにキスしてあげたかったのに!」
「じゃあ、そうしてやんな」
 疲れた声でヨシュアがいうのを、ケリーはぎょっとして振り返った。
「もう母さんの意識はない。心臓も止まってる。母さんは最後まで浮腫んだ姿を見せたくないって言
ってたが、それでもおまえもケリーも別れを言いたいだろうと思ったから見せたんだ」
 カプセルの脇にヨシュアはしゃがみこんだ。
「おまえが母さんにキスしてやりたいって思うんだったら、このスイッチでカプセルの蓋も開く」
 指差された大きなボタンを、デイジーは恐ろしそうに眺め、振りかえるとケリーを見上げた。
「ケリー.....」
「な、なに?」
 すがりつくような視線で見つめられ、ケリーは唾を飲み込んだ。
「デイジー、ケリーを共同責任に引っ張り込むな」
 ヨシュアが厳しい声で言った。
「おまえが母さんにキスしたいって言うのはおまえの気持ちで、ケリーは別の存在なんだ。おまえの
やることにおまえが責任を持つんだ」
 俯くと、デイジーは身震いをして蓋ごしにジェーンを見つめ、ボタンに手を伸ばした。
 カチリ、という音とともに蓋のロックが外れ、デイジーは蓋の縁に手をかけた。ゆっくりと蓋が開
ききるとジェーンの顔を食い入るように眺め、こわごわと手を伸ばして頬に触れた。一瞬触れ、すぐ
に手が引っ込んだが、じっと見つめるともう一度そっと顔を撫でた。額の生え際の髪を直すとじっと
していたがそのまま立ちあがった。
「まだ蓋しないで! 母さんにお花摘んでくる!」
 かすれ声で叫ぶと部屋から飛び出していった。
「摘むって.......おい! ディー!」
 カプセルとヨシュアの両方を見やり、大急ぎで部屋を出る。居間の戸棚の奥から非常用の懐中電灯
を取り出すと開けっぱなしのドアから外に出た。
「ディー!」
 懐中電灯を周囲に巡らすと、花壇に白い姿が見えた。気の早い秋桜が咲き出しているのを鋏で切る
姿にほっとしてそばに寄った。
「どっかに飛んでったかと思ったよ」
 声をかけた瞬間、ケリーは後悔した。デイジーは顔をくしゃくしゃにして泣きながらありったけの
花を摘もうとやっきになっていた。
 花壇中のめぼしい花を切り取ると、デイジーはケリーを振りかえりもせずにまた家に全速力で走っ
ていった。
 拭いもしないで泥だらけの足のままカプセルの脇に座りこむと、デイジーは抱え込んでいた花を1
本1本丁寧に花束に整え、重ねられたジェーンの手に供えてやった。
「ああ、母さんも嬉しいだろうよ。うちの庭の花を持っていけるんだから。......もういいな?」
 デイジーは黙ってジェーンの顔を見ていたが、やがて頷いた。ヨシュアはケリーの顔をちらりと見
上げ、ケリーが頷くのを確認するとカプセルの蓋を閉めた。
 暫くの間、部屋を沈黙が支配したが、やがてヨシュアが大きく息を吐いた。
「......まあな。母さんはそれでもおまえたちのことを心配してたよ。まだおまえたちが育ちきらな
いうちに離れちまうってな。うわ言ででもおまえたちの名前を呼んでた。父さんのことなんぞ、ひと
っことも言ってなかったぞ。それだけおまえらのことを愛してたんだなあ」
 わっとデイジーは泣き出した。ヨシュアはカプセルを回りこむとデイジーをしっかりと抱きしめた。
「なあ、お花ちゃん。おまえの名前は母さんがつけたんだ。おまえは母さんの血を引いてる。母さん
は父さんのことは放っぽりだしてもおまえのことを大事にしてた。生まれる前からおまえは母さんの
宝物だったんだ。よかったな、うん?」
 泣きじゃくりながら頷くデイジーを見ているうちに、ケリーの身体の中で熱いものが溢れ出してき
た。ヨシュアがデイジーの肩を抱えながら立ちあがり、ケリーの肩も包み込むように抱きしめてきた。
そのシャツに顔を押し付けながら、ケリーは自分が涙を流していることに初めて気がついていた。



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