◇子午治療の価値

 鍼灸師が集まると一発で治した話を得意になってする者がいるが、そんな話、臨床 を10年くらいやっていれば鍼灸師なら誰だってひとつやふたつは持っているもので ある。そんなものなんの自慢にもならない。
 鍼と言うのは時に自分が名人にでもなったのかと勘違いするほどよく効くときがある。 しかしそれと同じ結果を繰り返して得られるかと言うとこれがなかなかそうはいかな い。名人か天才でない限りそうそう一発で治せるものではない。平凡な臨床家の仕事 は地道な継続治療によって良い結果をもたらす事の方が圧倒的に多い。だから一発で 治した話を人前でする鍼灸師の話というのは聞くに値しない事の方が多い。
 しかしながら、もし高い確率でそれを得られる方法があるとしたらその一つには子午治療が挙げら れるだろう。子午治療は臨床家にとって患者の信頼をたった一本の鍼で得る可能性の ある手段のひとつだ。
 この治療はいわゆる遠隔療法であり病症とかけ離れた場所へ一本の鍼によって症状を軽減したり消失したりできる方法である。これこそ鍼灸術の不思議であり患者 に対するインパクトは大きい。一度この効果を体験した患者の鍼灸術に対する信頼は 信仰心にも近いものになる事もある。
 但しその為にはいくつかの条件を患者の病症が満たしている必要がある。印象とし ては適応する症例は全症例の数%にすぎないと思っている。しかしその適応症に出会 った時は患者を経絡治療の信奉者へ導くビッグチャンスのひとつであることは間違い ない。次にその条件を挙げてみる。

◇どんな病症に有効?

1:急性症ではっきりした病症を認めるもの
2:病症が主に痛みやそれに類するものに有効
3:病症の発現が1または2経に限って特徴的に現われるもの

◇子午治療とは(理論)

子午関係は一言で言えば、上に挙げた図のとおりである。出典は素問天元紀大論篇第 六十六、五運行大論篇第六十七、六微旨大論篇第六十八、気交変大論第六十九、五常 政大論第七十、六元正紀大論第七十一、至真要大論第七十四による。この七篇を「運気 七篇」という。この「運気七篇」中の子午関係の理論を臨床に応用したのが子午治療 である。
 簡単に言うと十二経絡を十二支に配当し時刻と経絡の関係を明かにし更に対角の干 支を関係づけて(例えば子と午の関係)臨床に応用しようとしたもの。
 具体的にはある経に病症が限局した場合治療穴をその経と子午関係にある経に治療 穴を求めて施術する治療法である。治療穴は病症と反対側(健康側)で主に絡穴に求 める。但し治療点は強い圧痛が認められなければならない。

 旧くは治療において時刻と病症が子午理論に適合しなければならないであるとか 煩雑で治療法としては実際的でなく活用しにくい方法であった。 しかし臨床上、時刻の影響を考察しなければならないような症例はほとんど見当たら ず、適合していない時刻に子午治療を加えた結果誤治を招いてしまったなどという事 はまずない。精々あって子午をやってみたが効果が得られなかったということぐらい である。以下に子午と経絡の関係を示す。

<子午と経絡>

胆経(子)−心経(午)
肝経(丑)−小腸経(未)
肺経(寅)−膀胱経(申)
大腸経(卯)−腎経(酉)
胃経(辰)−心包経(戌)
脾経(巳)−三焦経(亥)

<治療点>

病症発現経
(患側)

治療経
(健側)

治療穴
(圧痛点)

胆経

心経

陰ゲキ

通里

肝経

小腸経

支正

養老

肺経

膀胱経

飛陽

金門

大腸経

腎経

太鐘

水泉

胃経

心包経

内関

ゲキ門

脾経

三焦経

外関

会宗

心経

胆経

光明

外丘

小腸経

肝経

蠡溝

中都

膀胱経

肺経

列欠

孔最

腎経

大腸経

偏歴

温溜

心包経

胃経

豊隆

梁丘

三焦経

脾経

公孫

地機

◇実 技

<治療点> 症状が認められる経と子午関係にある経で健側にとる。圧痛が顕著であ る事が大切。一般に絡穴またはゲキ穴に認める事が多いがその他の経穴であっても 反応が顕著であれば治療穴として選んでみる価値はある。

補足) 圧痛点を指で強く按圧していると症状は減弱するので、これを取穴の目安にしたり 応急の手当てに活用することができる。

<手技> 鍼は一般に金30番を用いる。基本的に痛みを与えないようにする事。 無理に刺入する必要はない。ただし取穴は正確に行うこと。鍼尖を穴所に正確に当て 押手で鍼体がぐらつかないように保持しながら、刺手の示指と拇指で鍼体を挟んで 鍼尖の方へ滑らす。これを何回か繰り返しているうちにあたかも鍼尖が皮膚を斬って 滑り入ったように抵抗の減弱を感じる。ここで患者に病症の変化を尋ねてみると 適応していれば症状の減弱消失を確認できるはずである。このとき得気は原則として 必要ない。

◇症 例

話が古いが有名なところでは、東洋はり医学会前会長の故福島弘道先生が江利チエミや 宝田明を子午治療で治した話がある。(経絡治療要綱 福島弘道著)
子午治療をマスターしている経絡治療家であれば、自慢にもならない話だが 参考までに以下に筆者の1症例をあげておくことにする。

患者  T.H  (♂) 歯科医

主訴  朝起きたら頚(右)が痛くて回せなかった。痛くて仕事ができない。 痛みは肩甲部にひびく痛みで少し動かしただけでもビリッと痛む。

切経  右頚部の痛みの範囲は乳突筋後縁天窓穴付近から天宗穴までの小腸経に 限局している。子午治療の適応が考えられるので左の肝経の切経を行うと蠡溝穴に 強い圧痛。患者は飛びあがるほど痛いという。

脉状  ヤヤショク、ヤヤ濡、革

決定証  肺虚肝実

治療  左蠡溝穴に金30番鍼の鍼先を痛みのないように丁寧に当て押手によって 鍼がぐらつかないようにしっかり支えながら鍼体を刺手の示指と拇指で挟むようにし ながら鍼尖の方へ滑らす。これを何回も繰り返しているうちにあたかも鍼尖が皮膚を 斬って滑り入ったように抵抗の減弱を感じる。この時患者に頚部の運動をさせてみる と、術前は痛みが走って殆ど動かせなかったものが自由に動かせるようになっている。 患者はキツネに抓まれたみたいに「あ、動く。痛くないです。」と何遍も頚を動かし ている。更にペインスケールをとってみると痛みは20%程残っているようなので本 治法に移る。痛みが右であり患者は男性であるので適応側を左にとって行う。 左太淵穴、左太白穴に銀2番8分鍼で補法。右太衝穴にステンレス2番1寸鍼で軽め の瀉法。残っている痛みの部位が胆経にまたがっていることと左関上胆経の脉状が 枯の脉状を示しているのでその手法によって補中の瀉。標治法は頚肩部に軽い散鍼を 瀉的に行う。患者はこの回の治療により全治。

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新着情報
はじめに
コラム

(1)理論
1.1陰陽五行
1.2生理
1.3脉状
1.4病症
1.5六十九難
1.6奇経
1.7子午

(2)診察法
2.1脉診
2.2簡易脉診法
2.3腹診

(3)治療法
3.1プロセス
3.2上達のコツ

(4)実技研修
4.1取穴
4.2刺鍼法
4.3小里方式

(5)その他
5.1参考文献
5.2リンク
5.3Memo
5.4その他

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