奇 経
奇経八脉は十二正経以外の流注であり正経のいわゆるシャントの役割を担っている。
正経において気血満溢するときこのシャントにより正経の大過不及の調整をしている。
これを積極的に治療に応用したのが奇経治療である。
本治法の補助療法としてPM鍼やPM粒、マグレイン粒、灸を使う方法の他、急性症
の対症療法また養生法としての奇経灸などがある。
奇経治療の根拠は難経の以下の段に述べられている。
「難経二十七」(生 理)
二十七の難に曰く、脉に奇経八脉と云うもの有って十二経に拘らざるは何ぞや。
然るなり、陽維有り、陰維有り、陽キョウ(*1)有り、陰キョウ有り、衝有り、督有り、任有り、
帯の脉有り、凡そ此の八脉皆経に拘らず、故に奇経八脉と曰う。
経に十二有り、絡に十五有り、凡て二十七気相随って上下す、何んぞ独り経に
拘らざるや。然るなり、聖人溝渠を図り設け、水道を通利して以って不然に備う、
雨降下すれば溝渠も溢満す、此の時に当ってホウ(*2)霈妄りに作る、聖人も復た図ること
能わず。此の絡脉満溢すれば諸経も復た拘ること能わざるなり。
<解説>
奇経には次の八脉があり、この八脉を四つのグループに組み合わせて治療に適用する。
衝脉−陰維脉
帯脉−陽維脉
督脉−陽キョウ脉
任脉−陰キョウ脉
「難経二十八」(流 注)
二十八の難に曰く其の奇経八脉のもの既に十二経に拘らずんば、皆何くに起り、
何くに継ぐぞや。然るなり、督脉は下極の兪に起り、脊裏に並んで上り、風府に
至り、入って脳に属す。任脉は中極の下に起り、以って毛際に上り、腹裏を循り、
関元に上り、喉咽に至る。衝脉は気衝に起り、足の陽明の経に並んで臍を夾みて
上行して胸中に至って散ず。帯脉は季脇に起り、身を廻ること一周す。陽キョウの
脉は跟中に起り外踝を循り、上行して風池に入る。陰キョウ脉は亦跟中に起り、内踝を
循り上行して咽喉に至り衝脉に交り貫く。陽維、陰維は身を維絡す、溢畜諸経に還流
灌漑すること能わざる者なり。故に陽維は諸陽の会に起る。陰維は諸陰の交に起る。
聖人溝渠を図り設く、溝渠満溢して深湖に流る、故に聖人も拘り通ずること能わざる
に比す。而して人の脉隆盛なれば、八脉に入って還流せず、故に十二経も亦、之を拘る
こと能わず。其れ邪気を受けて畜るときは腫熱す、ヘン(*3)(石鍼のこと)にて之を射す。
<解説>
奇経八脉流注上の要穴は以下のとおり
奇 経 |
流 注 |
流注上の要穴 |
衝脉 |
下腹の女子胞(子宮)に起り、鼡径部の気衝に出て
腹部腎経の諸穴を経て肋下に達しダン中に至って散るように終わる。 別経として鼡径部気衝穴より別れた枝は足の内側を下って第1中足骨内側の公孫穴に 至る。 |
気衝、横骨、大赫、気穴、四満、中注、 肓兪、商曲、石関、陰都、通谷、幽門、腹の通谷 |
帯脉 |
下肋部の章門穴に起り、臍をはさんで腹部中央を帯 の如く一周する。 |
章門、帯脉、五枢、維道 |
督脉 |
会陰部に起り、後、正中を臀部、腰部と脊柱上を 上り、肩、項、後頭を過ぎて百会に至り、前頭部より鼻尖を過ぎ、人中を経て上唇 内面の粘膜に終わる。2つの別枝があり、その1つは身柱穴より分かれて左右に行き 風門穴を循り第1胸椎の陶道穴に至る。他の1つは風府穴より頭蓋骨内に入り脳髄 を絡い、百会に出て本経と合す。 |
長強、腰兪、腰の陽関、命門、懸枢、脊中、筋縮、至陽、霊台、神道、 身柱、陶道、大椎、ア門、風府、脳戸、強間、後頂、百会、前頂、シン会、上星、神庭、 素リョウ、水溝、兌端、齦交 |
任脉 |
会陰部から起り、生殖器に帰属し、鼡径部から腹部 、胸部の正中線を上り、咽喉を循り口唇に至って督脉と合す。次に口唇から下眼窩 に至り承泣穴にて胃経と合す |
会陰、曲骨、中極、関元、石門、気海、陰交、神闕、水分、下カン、 建里、中カン、上カン、巨闕、鳩尾、中庭、ダン中、玉堂、紫宮、華蓋、センキ、天突、廉泉、 承漿 |
陰維脉 |
下腿の築賓穴に起り足では腎経、腹、胸では脾経 に随って循環る。府舎、大横、腹哀、期門の諸穴を経て胸に上り天突、廉泉穴の所で 咽喉を絡い頤の下に終わる | 築賓、府舎、大横、腹哀、期門、天突、廉泉 |
陽維脉 |
金門穴より起り、外果を経て足の外側を胆経に沿って 上り股関節外側から側腹部を経て棘下部の小腸経に至る。上膊部の大腸経、三焦経を 循り肩上部に至り頭の胆経に入り後頭部下際の風池穴に終わる | 金門、陽交、居リョウ、臂臑、臑会、天リョウ、 肩井、臑兪、風池、脳空、承霊、正営、目窓、頭の臨泣、 陽白、本神 |
陽キョウ脉 |
僕参穴に起り膀胱経に沿って外果より足の後側を 上り、臀部に至り、側胸部より肩甲部の小腸経、大腸経を循り側頸部を経て地倉穴 より胃経に入り上って眼の下部を循り内眥の睛明穴より膀胱経に入り、これより 上行して前額髪際に入り更に進んで後頭部の風池穴に終わる | 申脉、僕参、フ陽、臑兪、肩グウ、 巨骨、地倉、巨リョウ、承泣、睛明、風池 |
陰キョウ脉 |
足の踵骨より起り、内果より足の内側腎経を上り 陰部に入り更に腹部、胸部を経て鎖骨上窩の欠盆穴を循り、頸動脈拍動部に出て循り、 頬骨内側より内眥の睛明穴に終わる | 然谷、照海、欠盆、睛明 |
「難経二十九」 (病 症)
二十九の難に曰く、奇経の病たること何如ん。然るなり、陽維は陽を維し、陰維は
陰を維す。陰陽自ら相維すること能わざるときは、悵然として志を失し、溶々として
自ら収持すること能わず。陽維の病たること寒熱を苦しむ、陰維の病たること心痛
を苦しむ、陰キョウの病たること陽緩くして陰急、陽キョウの病たること陰緩くして陽急なり
、衝の病たること逆気して裏急す、督の病たる背強りて厥す、任の病たること其の内
、結を苦しむ、男子は七疝となし、女子はカ(*4)聚をなす、帯の病たること腹満し腰溶々
として水中に坐するが若し、此れ奇経八脉の病を為すなり。
奇経八脉の病症は以下のとおり
奇 経 |
病 症 |
衝脉 |
「衝脉公孫穴主治歌」
九種の心疼で病が寧らかならざるもの |
陰維脉 |
「陰維内関穴主治歌」
中満、心胸に痞脹多きもの |
帯脉 |
「帯脉臨泣穴主治歌」
中風で手足の挙動が難きもの |
陽維脉 |
「陽維外関穴主治歌」
肢節の腫痛、膝の冷え |
督脉 |
「督脉後谿穴主治歌」
手足の拘攣と戦掉(ふるえ)、眩 |
陽キョウ脉 |
「陽キョウ申脈穴主治歌」
腰背脊強、足踝風(足関節内外踝の発赤腫脹。リウマチの類) |
任脉 |
「任脉列欠穴主治歌」
痔瘡で肛が腫れ、泄痢が纏わるもの(慢性化したもの)
吐紅(血痰)溺血(にょうけつ)、嗽咳痰 |
陰キョウ脉 |
「陰キョウ照海穴主治歌」
喉閉、淋渋(小便難)と胸腫 |
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