乳幼児における経絡治療U
          対症療法としての小児におけるナソ治療の症例

症例

患者
 M.K(3歳4ヶ月 ♂)

主訴
 喘息発作による呼吸困難

現病歴
生後3ヶ月 アトピー性皮膚炎
生後8ヶ月 卵アレルギーで全身に発疹
1歳4ヶ月 喘息様気管支炎(S市共済病院入院治療)
1歳6ヶ月 ゼラチンアレルギーによる喘息様気管支炎(S市共済病院入院治療)

初診
1996.10.19(1歳7ヶ月)退院直後に当院を受診、 以後週2回のペースで継続的に加療中

今回の症例
1998.9.12

主訴
昨晩より喘息発作が起った。これほど強い発作は1年ぶりである。 咳も強く出ておりなかなか止まらない。

望診
色は艶なく黒地に黄味がかっている
気道の狭窄の為、肩で呼吸をしている
胸郭の膨大があり閉塞性であることを示している

聞診
聴診
強い喘鳴が左右共に認められる
痰の分泌も多い

切診
腹診 艶なく力なく全体的に虚軟でやや陷凹
脉診
   脉状診 浮数虚ショク
 比較脉診 左が右に比べて陰陽の差が大きい
切経
 肩井穴周囲がやや膨隆しパーンと張って硬い
 体 温 37.8℃
 下肢は比較的まだ温かい

証の弁別
 肌の色黒は腎、黄は脾
 呼気困難は肺心
 痰が多いは腎
 咳は肺腎
 左右の脉を比較して肝か腎の虚

証決定 腎虚証

適応側 左

本治法

左下腿内側腎経(太谿穴から復溜穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
左前腕橈側肺経(尺沢穴から太淵穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
右前腕橈側大腸経(偏歴穴付近)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)
右下腿前脛骨部胃経(飛陽穴から足三里穴)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)

標治法

前胸部胸骨肋間のキョロ補鍼(撫で摩る補法)
肩背部ナソに補鍼(撫で摩る補法)
腰部志室穴付近に補鍼(撫で摩る補法)
ねりもぐさ 大椎穴 肺兪 腎兪

1998.913(午前10時)

主訴
発作はおさまったが、嘔吐して水も摂れないでいる。既に30時間以上満足 に水分を摂っていない。

望診
色は更に艶なく黒地に黄味がかっている
普段じっとしていない活発な子供だがぐったりとして目も空ろ

聞診
 聴診
 喘鳴は消失しているが、痰の分泌は多い。咳は時々する。

切診
 腹診
艶なく力なく全体的に虚軟でやや陷凹し、昨日と異なるのは腹部 の皮を摘まむと軽い脱水症状が認められること。
脉診
 脉状診 浮数虚濡細
 比較脉診 左が右に比べて陰陽の差が大きい
ナソ 肩井穴周囲がまだやや膨隆しパーンと張って硬い
体温 36.8℃
下肢は比較的温かい

証の弁別
肌の色黒は腎、黄は脾
痰が多いは腎
咳は肺腎
嘔吐は肝
左右の脉を比較して肝か腎の虚

証決定 腎虚証

適応側 左

本治法
左下腿内側腎経(太谿穴から復溜穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
左前腕橈側肺経(尺沢穴から太淵穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
右前腕橈側大腸経(偏歴穴付近)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)
右下腿前脛骨部胃経(飛陽穴から足三里穴)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)

標治法
前胸部胸骨肋間のキョロ補鍼(撫で摩る補法)(銀2号8分)
肩背部ナソに補鍼(銀2号8分)
腰部志室穴付近に補鍼(撫で摩る補法)
ねりもぐさ 身柱穴、腎兪、照海−列欠 

インフォームドコンセント

脱水症状が現われ始めているので非常に危険である。 術後も水分の摂取ができなければ、躊躇せず点滴による補液が必要である から時機を逸しないように病院へ連れて行くこと。もし水分摂取ができる ようになったら今日中にもう一回治療をした方が良い。

1998.9.13(本日2回目 午後5時)
主訴
 術後100cc水を摂取したが嘔吐しなかった。以後数回に分けて水分補給。 重湯を1回与えた。嘔吐は止まったがまだ食欲が無い。

望診  色は艶なく黒地に黄味がかっているが午前中よりも生気を感じる まだぐったりとしている

聞診  聴診
 喘鳴は消失しているが、痰の分泌は多い。咳は時々する。

切診
 腹診
艶なく力なく全体的に虚軟でやや陷凹していたものが随分はりが出てきた 腹部の皮を摘まんでも脱水の兆候は見られなくなった
 脉診
 脉状診 浮数虚
 比較脉診 左右差が僅かで判別がつきにくい
ナソ 肩井穴周囲はやや硬いが前回までとは違い艶が出てきた

証の弁別
肌の色黒は腎、黄は脾
痰が多いは腎
咳は肺腎
食欲が無いは脾
左右の脉を比較して肝か腎の虚

証決定 脾虚腎虚証

適応側 左

本治法

左下腿内側脾経(三陰交穴から陰陵泉穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
左上肢掌側心包経(太陵穴付近)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
右下腿内側腎経(復溜穴から陰谷穴)を経に従って撫で摩る補法(銀2号8分)
左下腿外側胆経(光明穴付近)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)
右下腿前脛骨部胃経(飛陽穴から足三里穴)を経に逆らって撫で摩る瀉法(銀2号8分)

標治法
前胸部胸骨肋間のキョロ補鍼(撫で摩る補法)(銀2号8分)
肩背部ナソに補鍼(銀2号8分)
背部脊際付近に補鍼(撫で摩る補法)
ねりもぐさ 身柱穴、腎兪

1998.9.14
主訴 食欲も出て元気になってきた
証決定 腎虚証

1998.9.16
主訴 特に無し、元気になった
証決定 腎虚証(肝実)

考察
薬からの離脱を試み始めて6ヶ月頃のことで、ここを乗り切らないとまた振り出し に戻るところであった。今回の発作の原因は明らかに保育園での運動会の過酷な 練習によるのは明白である。虚弱な乳幼児たちにとって運動会やお遊戯会の稽古 ほど過酷なものはない。1回目の治療で喘息発作が治まったものの嘔吐が治まら ず脱水症状が強く出た。これは本来は証を他の証(例えば脾虚腎虚証)とすべき だったからかもしれない。しかしこの男児の場合経験的にこういう場合腎を中心 にコントロールした方が無難なことが多くその後の対処もしやすい。2回目は脾虚 本証も考えたが、問題は嘔吐だけであるので対症的にナソの処置を工夫すること で様子を見ることにした。この場合工夫とは撫で摩る方法から実際に刺入する方 法へ換えてみることにした結果今回は功を奏したようである。
ナソ治療におけるポイントを挙げてみると

1. 病症または証によってどの部位を選ぶかは、経絡的に選ぶ、阿是穴的に選ぶ 解剖学的に選ぶなどが考えられる。痛みの治療の場合はこの3つが同時に満たされ る方がもっとも理想的であろうが、少なくとも阿是穴的(言い換えれば圧痛点) な選択に加え他の何れかが満たされていれば効を奏することが多いのではないか と考えられる。他の病症に関しては経絡的に選択される場合が最も望ましいと考 えられる。

2. 刺鍼法の選択
ナソの硬結、軟弱によって鍼の種類(材質、長さ、太さ)刺鍼法(補、瀉、補注 の瀉、和、置鍼)刺入の深さを工夫することが重要である。

 古賀 信一 1998.12

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はじめに
コラム

(1)理論
1.1陰陽五行
1.2生理
1.3脉状
1.4病症
1.5六十九難
1.6奇経
1.7子午

(2)診察法
2.1脉診
2.2簡易脉診法
2.3腹診

(3)治療法
3.1プロセス
3.2上達のコツ

(4)実技研修
4.1取穴
4.2刺鍼法
4.3小里方式

(5)その他
5.1参考文献
5.2リンク
5.3Memo
5.4その他

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