乳幼児における経絡治療T

はじめに

 乳幼児の診断および治療は成人のそれと決して同じようにはいかない。因みに 鍼灸治療についての文献を紐解くと成人の鍼灸治療に比べ乳幼児については診断治 療どちらをとっても具体性に欠ける記述が多い。まして経絡治療について具体的に 記述してあるものとなるとごく限られた文献の中に簡単に記述してあるにすぎない。 「小児針法」(米山博久・森秀太郎共著)が小児針に関して最も詳しい文献である が残念ながら経絡治療の記述は無い。また鍼灸重宝記にも「小児の料(ちごのりや うじ)」の項があり詳しいが主に診察法に留まっている。また鍼灸病症学(本間祥 白著)、杉山三部書においても同じである。経絡治療においては「経絡治療要綱」 (福島弘道著)に詳しく述べられているが充分経験を踏まえた臨床家でない限りは 直ぐに臨床を始められるほどには治療の手技については具体的ではない。経験豊か な臨床家であればいざ知らず、経験の浅いものが目の前の症例を取り合えず無難 にこなせるほど簡単ではない。しかし、96年9月東洋はり医学会本部研究部会の 柳下登志夫先生の特別講演「小児鍼について」では診断法についても治療法につい ても更に詳しく述べられている。このなかでは小児鍼における診断法について殆ど のことが述べられてしまっているので、ついては今更経験の浅い私が何をもの申す かと言うところだが、未熟であるからこそ気づくことや疑問や工夫を挙げて、初め て乳幼児における経絡治療を手がけようとする経絡治療家にとっていくらかでも臨 床の指針となるようにまとめてみたいと思う。ただし診察法に関しては先に挙げた 種々の文献によるところが多いのでその部分で共通する部分は割愛して治療の際の手技についてできるだけ具体的に述べてみたいと思う。割愛している部分に関して は参考文献に詳しいのでそちらを考察していただきたい。

各 論

 診察治療において乳幼児は基本的にじっとしていないと言うことを念頭において 手法を組み立てていく必要がある。なぜなら乳幼児の経絡治療はほとんどの場合体質 改善が最終目的となるから、病が重篤な場合のようにぐったりしている時ばかり治療 するわけではない。元気な時も定期的に治療を施していく必要がある。だいたい乳幼 児に限らず小児においても少々の発熱があってもぐったりすることはない。そういう 時はかなり悪い状態に陥っているときである。普段はこどもと言うのはじっとしては いないし、また押さえつけて治療をするには限度があるので治療家はこどもが不意に 動いても大丈夫なように対処する必要がある。診察においては手を握るのを嫌がり手 を振り解くので脉診が充分できないこともある。そういう理由で乳幼児に脉診をする 事は手に鍼をすることよりも難しいことが多い。そういう時は脉診に頼らず診断を下 さなければならないので他からの情報収集が殊に重要となってくる。以下に診察治療 のそれぞれの各論を述べてみることにする。

1) 診 察

 乳幼児は経絡が未分化であるので、難経などで言われるような相生相克の関係など 五臓六腑それぞれの相互関係は未発達と考えて良いと思う。ただ診断においては一応 難経六十九難を踏まえて弁別していく方が間違いが少ないように思われる。何故なら 乳児は刻一刻日々成長発達しているので、今現在どこまでが分化してどこまでが未分 化であるかを認識するのはなかなか難しいので前提として先ずは成人と同じ要領で弁 別してみる。

a) 望 診

  望診ではからだ全体の色相と顔の色相をまず診る。患者本来の固有の色相は患者の親 に確認することによって判断できることもある。つまり患者がまだ健康であった時に はどのような体色をしていたかを聞くことによって病の変遷を窺い知ることができる。 例えば元々色白だったこどもが喘息を発病して西洋医学的な治療を続けていくうちに なかなか治らず段々とくすんだ色黒になっていくことがある。この場合などは恐らく 固有の体色は白であるから確かに呼吸器に病邪が進入し易い体質ではあるのかもしれ ない。しかしこういうこどもは、元々先天の元気の源である腎が通常より弱いので西 洋医学の手法で治療を続けると薬物によって腎肝に多大の負担をかけ、それが腎に影 響を及ぼした場合は、薬物の症状を抑える効よりも生命力を損なっていくことの弊害 のほうが強く現れてきて結局治癒力を失いかけてくる。その結果、体色も生気のないくすんだ黒を呈するようになるのである。また同じように色白のこどもの体色が黄ば んでくるのは脾に多大の負担をかけることで後天の元気を損ない体色が艶のない黄ば んだ色を呈することになる。これはどちらも薬の過剰投与による弊害である。次に顔 色であるが鍼灸重宝記には面部の外侯、虎口の説によってのみ正しい診断が得られる ように書かれているが自分としては未だにこれらを活用しきれずにいる。ただ面部の 外侯の説とは見解が異なるが顔面の中央、印堂穴から鼻の両側、口唇の周りは元々乳 幼児は青みがかったものが多いが特に肝の変動が見られる時には青色が強く出たり艶 なくくすんでしまったりするのを観察することが往々にしてある。これは肝経の流注 が目に開竅していることと無関係ではないと思っている。

b) 聞 診

  こどもが泣いている時はその泣き声を聞く、めそめそ泣くのか狂ったように泣くのか などを弁別してみる。例えばめそめそ泣くのは五行の五志(怒喜思悲恐)では脾か 肺、狂ったように泣くのは肝か腎と考えられるだろう。ただし術者がこどもに恐怖心 を与えてしまっている時は本来の七情の影響は解りづらいかもしれない。 咳をしている時はその咳がどの深さから出ているか、乾燥している咳か、湿潤な咳か を聞き分ける。特に咳の深さは治療の回を重ねていく時快方に向かっているのか悪化 しているのかを判断するのに重要である。咳が段々と浅くなっている時は概ね予後は 良い。元気にしているようでも咳がだんだん深くなっている時は慎重に治療を進めな ければならない。このような咳症状のときは病状を正確に把握するためには聴診器を 使うと良い。聴診する大きな理由のひとつは患者が自分で症状を訴える事ができない という事がある。成人であればかなり正確に自分の症状について術者に訴えられるし 術者も症状を問診によって具体的に聞き出す事ができるが、乳幼児においてはそれが できないからである。聴診すれば痰による咳か、乾燥によるものか、気道の狭窄によ るものか、肺炎等をおこしていないかなどが正確に判る。咳が乾燥している場合は肺 に熱があるか腎の滋潤作用が円滑にいっていないかだろう、また痰が多い咳の場合は これも腎の滋潤作用の不調和によると考えられる。聴診して呼気の時に喘鳴が聞こえ たり呼気がし辛いと訴える時は肺心の病症である。また吸気の時に喘鳴が聞こえたり 吸気がし辛いと訴える時は腎肝の病症である(難経第四難)。気道の狭窄が浮腫に よって起っている場合と攣縮によって起っているかということでも関係してくる経絡 は違うのであろうがこのことに関してはまだはっきりとした印象を得ていない。聴診 器は若い世代の西医が古いとして軽視しがちな道具ではあるが、西医よりはるかに患 者を直接触れる事の多い我々東医としては経絡治療家として使える範囲でまた素難医 学を深めるためにも問診のできない乳幼児の診断において大いに活用していきたいと 思っている。

c) 問 診

 乳幼児は当然のことながらまだ喋れなかったり、又仮に喋れるようになっていても 自分の病状を正確に自己表現できないので問診と言っても本人から聴取する事はなか なか難しい。結果として付添の家族を問診する事になる。この場合正確に聴取するに は問診を受ける付添は普段患者と一番長く接している者のほうが良い。問診の項目は 発熱の具合などの病状、食欲、大小便、睡眠、起きている時の活動の様子、機嫌やき きわけが良いか、そのほか付添の者が気づいたことがあればそれも聞き出す。実はこ の付添の者からの問診がこどもの治療の時は非常に重要な要素の一つとなる場合が多 い。付添は多くは母親であるが、往々にして間違った医療観や健康観を持っている場 合があるので、問診と言う会話の中で彼らの間違った医療観や健康観を正していく事 が必須である。

d) 切 診

 腹部及び四肢を診る。この項は1996年9月東洋はり医学会本部研究部会の柳下 登志夫先生の特別講演「小児鍼について」に詳しいので参照のこと。 脉診は脉状診が主である。六部定位脉診は難しい。しかし左右を比べ左が虚していれ ば肝腎、右が虚していれば肺脾の変動有りと捉えることぐらいはできる。脉状は成人 に比べやや浮やや数は順として捉えて良いと思う。主にいわゆる陽経の脉状を診るこ とで治療の良否や予後の判定をしている。大やショクまたは堅が取れ艶がでれば良しとす る。脉診は示指と中指で診る。

2) 治 療

 治療は軽度の患者であれば体幹だけに鍼を施術しただけでもどうにかなるものだが、 経絡治療の門を叩く患者は往々にして難しい患者が多いので体幹だけでは間に合わな いことも多い。そうなると保護者に子供を抱いてもらったとしても、手足に関しては じっと鍼をさせてくれるとは限らないのでそのことを考慮しながら手技を組み立てる ようにする。

a) 鍼

(補法)

 鍼は毫鍼を以下の方法で使う。その理由はこの方法だと片手で手技を行えるので、 残った手でこどもを抱いたり手を握ってばたつくのを制したりするのに都合が良いか らである。授乳期のこどもなどは「鍼をする側の手」に術者の「鍼を持っていない方」 の指を握らせると反射的に握ってきてしばらく手を動かすのを止める。これは生後し ばらくある乳児の反射を利用するもので、これは脉診にも応用できる。  鍼の長さは術者の手に合ったものであればなんでも良いと思うが鍼が短ければ短い ほど鍼の太さはなるべく細いほうが良いと思う。自分は銀1寸か8分1号を使ってい る。鍼の刺し方だが原則として補瀉とも鍼は刺さない。いわゆる接触鍼によって施術 する。1寸や8分の長さであれば鍼柄と鍼体の境のあたりを刺し手の母指と中指で摘む ようにしてその上から示指を鍼体に被せるようにする。このとき鍼尖の上側が示指の 指腹に軽くあたるようにする。皮膚に鍼をあてるときは示指と鍼と皮膚がおおよそ平 行になるようにあてる。皮膚にあてる圧力いわゆる下圧はほとんどかけないようにす る。触れてはいるが押さえてはいないと言う加減が大切である。その加減を変えない ようにしながら静かに経に従って撫でる。撫でる幅は患者の成長度やそのときの状況 によって変える。乳児の場合は手関節前後から肘関節付近までを軽く撫でることの方 が多いが、成長とともに五行穴をある程度意識して限られた範囲で撫でるようになる。 さらに成長すれば七歳前後からは成人と同じ手法を徐々に組み入れる。これは瀉法に おいても同じである。

(瀉法)

 鍼はやはり銀1寸か8分1号を使うことが多い。補法と違うところは経に逆らって 撫でるということ。また鍼尖は補法の時よりもやや出して、鍼尖は指腹から僅かに離 れるように持つ。補法と同じ様に指腹を軽く経にあてるがこの時補法よりもやや指を 立て気味にしたままやや下圧を意識しながら撫でると、鍼尖は補法の時と違って指腹 によって覆われてはいない状態となる。この捌き方に脉状を考慮しながら強弱遅速や 幅を加減して施術する。発熱が激しく指間に瀉法を加えたいときなどは、刺し手の示 指を煙草の灰を落とすときの要領で軽くトントントンと上下させ寝かせた鍼尖を皮膚 に数回あてる。

(標治法)

 標治法においては補瀉の手法を応用する。この項は96年9月本部研究部会の柳下 登志夫先生の特別講演「小児鍼について」に詳しいので参照のこと。付け加えるなら ば背部の補瀉の見極めはまず補法の手捌きでやってみてこどもがじっとしていればそ のまま進めて良い、もしこどもが鍼をするのに合わせて躰をひねったりするようであ れば瀉法の手捌きで少し早めに手を動かすと良い。  アレルギー疾患の患者には胸腺が免疫機構と深く関わっていることを考慮して、前 胸部の胸骨面を補瀉する。こういうやり方は本来の経絡治療の手法からするととても 安直な発想ではあるが、生体が未成熟であるので遠隔的な手段が採りづらい反面、直 接的な手段が功を奏すことも多いということに期待してのことである

(ドーゼ)

 ドーゼの目安は主に皮膚の変化や顔色によって判断する。補法においてはひとつの 目安として、示指腹に触れる皮膚の抵抗を最初の段階でよく感知したうえで撫でてい るとある時点で抵抗の変化を感じる。この時これを度とする。具体的に言うと撫でて いる皮膚面に発汗を来したりするとやや抵抗が増したように感じる。逆に抵抗が失わ れてすべすべした感じになることもある。また例えば肝経を処置している時などは顔 色の変化によって度を知ることもある。顔の中心のくすんだ青色が澄んだ青色に変わ るのを認めればその手技は概ね良好であると考えてよい。これはかなり早い変化であ るので顔色を観察しながら鍼をするとよい。治療全体の流れの中でのドーゼの一番確 実な判定基準は脉状診である。脉状から?や大が取り除かれ艶が出ればそれを度とす る。しかし乳幼児の場合脉診ができないほど手や躰を動かす者も多いので他の要素に よって度をはかる術も知っておく必要がある。例えば四肢特に下肢の冷感が取れ温も ってきたらそれも目安となる。大腹と小腹の温もりの変化も目安となる。成人と同じ で小腹が大腹よりやや温かい状態が良い。また皮膚全体に艶が現れてくることも目安 となる。更に皮膚の色がくすんだ色から澄んだ色に変わることも目安となる。この場 合皮膚の色は体質によって五色に分けられるがいずれの色であっても患者の固有の体 色とみられる色が澄んで艶を帯びればそれを目安としてよいと思う。恐らくそれらの すべてがほぼ同時期に発現し始めることが多いはずであるが、すべてが発現していな くても何れかひとつでも変化を確認した時は治療終了の目安として間違いないと思う。 経験的に言えばドーゼ過小によってもたらされる病状の悪化よりもドーゼ過多に よって引き起こされる病状の悪化のほうがより重篤な場合が多いように思われるので 結果としてドーゼを超えないようにする事が大きな失敗をしないで済むことにつなが ると思う。

b)灸

 ねりもぐさを使うことによって安全かつ確実に灸治療を施すことができる。大椎穴 や身柱穴の多壯灸など灸すべてにおいて無瘢痕で十分な効果を得る事ができる。 3)生活指導

 生活指導において多くの場合まず薬物からの離脱を指導しなければならないのは勿 論だが、薬からの脱却には正しい薬物への知識をもって指導しなければならない。闇 雲に薬の害を説くと、患者によっては急に薬の服用を止めてしまいそのことによって 重篤なリバウンドを経験し場合によっては生命の危険をもきたしてしまう結果に陥っ てしまうことがある。
その他の指導では具体的に言えば、風邪またはその前兆のある場合には入浴や洗髪は 禁忌、事情が許せば保育園、幼稚園は休園させる。これは入浴などによって体温調節 が益々できなくなってしまう結果になるからである。次に原則として冷たいものは与 えない。
また喘息患者で夜間就寝中に発作が起り易い者には寝室の温度の管理を徹底させる。 喘息患者は気温の変化に敏感でその変化によって発作を誘発しやすくなるからである。 なるべく室温が変化しないように管理する

4)補 足

 この項で前項までに延べきれなかった事項について補足する。治療においてはどの ような年齢でも同じではあるが特に乳幼児は予後の判定を迅速に正確におこなう必要 がある。それは乳幼児の場合、病の転機が突然であり予兆を見極めることが難しく、 往々にして手遅れをきたす場合があるからである。どの時期で西医に手渡すかは私た ちにとって大きな問題であるが、理想としては西医に手渡した患者がまたいずれ私た ちのもとに戻ってくるような信頼関係を築き上げたうえで西医に一時的に預けると言 う形になるのが望ましいと思う。それを築くには「病に対しての展望」としての 「予後の判定」や「術後の変化」に対しての「予後の判定」を迅速且つ的確に患者側 に伝えなければならない。特に「術後の変化」が術者の言のとおりになっていけば信 頼はより深まっていく。勿論説明も何も無しでも患者がどんどん元気になっていけば 患者側からの信頼は大きくなっていくのは当たり前だが、私のように平凡な術者の場 合は幾つもの転機を乗り越えながらこつこつと緩快治癒に結び付けていくしかないの で予後の判定を正しく伝えていくと言うことは経絡治療を間違いなく進めることと同 等に重要だと考えている。例えば患者の病状が急変し治療を希望された場合について 言えば、もしそれが電話であればこと細かく問診をしてもし病状の変化にまだ余裕が あるようなら先ずは受診させるべきである。西医に送るのはそれからでも遅くない。 ただし予後不良の兆しのある者は直接西医へ向かわせるか、受診させた場合でも診察 はしても治療を施さないで西医へ送った方が後で誤解を招かなくて済む。これらの事 を的確に対処していけば患者側からの信頼はますます大きくなり、結果として西医を 受診する前に経絡治療家のもとへ相談にくるようになる。そうなれば例えば薬物から の依存の離脱を指導する場合もスムーズに運んでいく事が多くなる。
次に診察についての補足であるが、望診に関しては視力を必要とするが仮に術者が視 力障害者であっても何ら問題はない。この場合助手が居れば助手にひとつひとつ確認 させていけば良い。助手が居ない場合は患者の付添にその役を委ねる。私の経験では 付添が母親である場合なら助手に確認させるよりも母親に確認させる方がより良いと 思う。確かに手慣れた助手に確認させれば間違いは少ないのであるが、こどもの健康 を願って一生懸命になっている母親と言うのは専門家以上に観察に熱心であるから2. 3回術中にアドバイスして望診の要領を覚えるとそのうちこちらが聞かなくても患者 の様子を正確に伝えるようになる。そうなると術中の体色の変化も判るようになるの で経絡治療の効果を病状の変化以外でも理解できるようになり益々経絡治療家に信頼 をおくようになる。
次に道具であるが一般には小児まではテイ鍼を使う方が多いようだが、私は患者が3歳 になる頃まではなるべく刺鍼を片手で行いたいので刺し手だけでできる方法として毫 鍼を使っている。その大きな理由は残った手でこどもを抱く事もできるし不意に手足 を動かすのを防ぐにも都合が良いからである。
次にこれも道具であるが聴診器はできるだけ性能の良いものが良い。安価なものは 聴診器が拾う雑音に悩まされる事は必須でより正確に聴診をするためには安価なもの は避けた方が良い。 症例 症例(1)患者
K.M男児(1歳7ヶ月)

初診
1996年10月19日

主訴
喘息とアレルギー性皮膚炎が度々出てその度に入院している。これから 先このままではますます喘息がひどくなっていきそうで西洋医学だけの治療に不安 を持っているとして、退院直後に来院。

現病歴
生後3ヶ月
アトピー性皮膚炎(S市共済病院)

生後8ヶ月
卵アレルギーで全身アトピー性皮膚炎が悪化した

1歳4ヶ月
喘息様気管支炎と診断、1ヶ月入院治療(S市共済病院)

1歳6ヶ月
喘息様気管支炎にて再入院1ヶ月ゼラチンアレルギーを併発

望診
2度の長期入院によって薬物を大量に投与されされたため、本来色白 であった体色が黒くくすんでしまっている。顔の中心はこれもまた青黒く特に青みが 強いが艶はない。行動は活発で臆するところが無く良く喋る。我が強いようだ。

聞診
外から聞く限りでは喘鳴は聞こえないが、聴診してみると右肺に軽い喘鳴 がある。低くぶぶぶと痰が切れずに震えるような音が呼気時に起る。ただし気管の 狭窄はないようだ。

問診
薬はインタール、メプチン、テオドールを服用中。退院してきたばかり で食欲が無い。活動的で元気はある。


皮膚は枯燥している。大腹と小腹を比べると小腹が大腹よりも冷たい。 腹部全体がやや力無い。下肢が触ってみると冷たい。上肢は下肢ほどではない。じっ としていないのでなかなか診にくいが脉状は浮ショク。脉の左右差は左の脉の方が陰陽の 差が大きい。

予後の判定
身体状態を診れば薬物の大量投与によってかなり疲弊しているが病歴自 体はまだ短いので薬物にさらされた期間も短い。このことと私の技量を考慮すれば1 ・2年の間には入院するような症状が起る事はなくなると思う。ただし風邪を一切ひ かなくなると言うような事はなく繰り返しひく事になるだろうが、その度に西医の世 話になる事はなくなるし治癒する事も早くなると思う。恐らく小学校に上がるころに は健康な普通の子供たちと同じくらいにはなると思う。
 今日現在の事でいえば、症状ははっきり出ていないがいつ風邪症状が表に出てきてもおかしくない。
 治療の間隔は現在とりあえず病状が安定しているので週2回の治療とすることにした。

証決定
体色の黒いは腎、顔の中心の艶無く青黒いは肝腎、小腹の冷えは肝腎、下肢 の冷えは肝腎脾の何れかの虚、恐らく腎の虚であろう。痰が切れにくく呼気に音がす るのは肺。また大量に薬物を使用した経緯から推察して肝腎脾は恐らく虚損している はずである。以上のことを考慮してまず初回の治療は肝虚証として行ってみることに する。ただし乳幼児の顔色はもともと青みをおびている者も多いので腎虚証と診るこ ともできる。このことは2回目以降に順次考察していくことにする。

生活指導
 食べ物は偏らないように。アイスクリームやジュースなど冷たいものは与 えない。甘いものもやりすぎないように。ちょっとでもおかしい時の入浴は避ける。 症状がある時は早めに保育園は休ませる。

治 療

本治法
左の足背から足関節の上辺りまでの肝経の流注を経に従って補 法、次に左内踝後面からアキレス腱前縁の辺りまでの腎経の流注を経に従って補法を おこなった。検脉すると左の陽経の脉状の浮?が顕著になったので、左の外踝の上縁 から腓骨に沿って胆経の流注を経に逆らって瀉法の手技でさっさと2?3回捌く。 脉状が幾分落ち着いたので本治法はここまでとする。

標治法
背部は督脉上を軽く補うように上から下に撫で下ろす。次に腰部の膀胱 経上を同じように撫で下ろす。前胸部は胸骨部を軽く撫でておく。灸はねりもぐさで大椎穴に7壮

10月23日(2回目)

主訴
今朝から風邪をひいたみたいで、熱が出てきた。咳と鼻水が出ている。

望診
表面的には初回とあまり変化は診られない。母親は鼻水が出ていると訴え ているが良く診ると現在は詰まっていて呼吸時に鼻腔で雑音がする。

聞診
咳は外から聞く限りはまだ浅いところから出ている。音はやや乾燥気味の 音。聴診してみると右肺の気管に痰がへばりついたような音がする。音は呼気に強い。 心音は正常。

問診
前回の治療後は特によくも無く悪くも無くと言う感じだったが今朝になっ て咳と熱が出てきた。相変わらず食欲が無い。今朝体温は37.8度。大小便に異常 はない。

切診
手で触れてみると躰全体に熱感がある。四肢も熱っぽい。皮膚は枯燥。 背部がパンと張った感じ。脉状は浮数やや大ショク。

予後の判定
風邪のひきかかりで旨くすれば今晩中にはかなり症状は落ち着くと思 うが、もしもう少し風邪が深く入ってしまえば1週間ほどは症状が続くはずだ。しか し西医に頼らず経絡治療で対処していけば今もし劇的に改善しなくても、薬物によっ て内臓を傷める事も無いので体力の消耗が少なくて済み結果として早く緩快治癒に向 かうはずである。そしてそういうことの繰り返しの中で失われた自然治癒力が増して くる事になる。

証決定
今回と前回の違いは発熱していると言う事が大きな違いであるが、基本的 にそれほどの違いはない。それでいて病状がやや進展していると見るのが妥当であろ うから前回の証決定で迷ったところを今回試してみる事にした。つまり肝虚証ではな く腎虚証として治療してみる事にした。

治療
腎経、肺経と補法を加えて望診してみると顔の中心がやたら青筋が立っ たようになった。六十九難には外れるが、まだ五臓六腑が十分分化していない時期な ので試しに肝経をちょっと瀉すことにした。背部は瀉法の手捌きの方がおとなしくな るのでそれで督脉上を処した。灸はねりもぐさで身柱に多壮灸、左右の腎兪に各5壮。

10月24日(3回目)

主訴
先日の術後、帰宅したころには熱が下がっていた。咳も今朝はほとんど 出なかったがこんなことは今までに始めてのことで驚いている。

望診
前回と比べると全体的に皮膚に艶が現れているようだ。しかし大局的に 診ればまだまだではある。

聞診
確かに外見からは咳は少なくなった。しかし聴診してみるとやはり右肺 に喘鳴は聞こえる。程度は先日と比べるとかなり軽くなっている7割軽減と言うとこ ろ。

問診
食欲が少し出てきた。他は変化無し。

切診
皮膚の枯燥は依然としてあるが、先日ほどではない。

予後の判定
前日の治療が功を奏したのは間違いないようだ。しかし依然として右肺 に雑音がしており予断は許さない。引き続き注意して観察治療が必要である。

証決定
前日と同じ観点で大丈夫のようなので、腎虚証とした。

治療
ほぼ前日同様に行ったがそれに加えて肺兪腎兪の辺りを1cmくらいの幅 で丁寧に補った。

考察
これ以降現在に至るまで治療を継続している。安定期には週2回増悪期に は毎日治療を行う。当初は月に1回のペースで風邪をひいていたが幸い入院する事は 無かった。病院も最初のころは風邪症状が出るたびに行っていたが最近は定期検診以 外ではほとんど受診する事はなくなったみたいだ。薬も漸次減量しもう一息のところ まできている。証の変遷について言えば安定期には肺虚証や肺虚肝実証が現れる事が 多い。風邪をひくと肺虚証もあるが腎虚証のことが往々にしてある。治療経過として は概ね良好であると判断している。

症 例(2) 中耳炎

患 者
A.N女児(1歳11ヶ月)

初 診
1996年11月18日

主 訴
風邪をひいたのか、昨晩から熱が高い。具合が悪いからか一晩泣いてよ く眠っていない。

現病歴
特になし

望 診
本来の体色は黒だと思うが全体に黄ばんでいる。顔の中心は青みが強い。 現在はくたびれてしまっているのかおとなしい。

聞 診
聴診は呼吸音も心音も特に異常なし。

問 診
食欲が無い。大便がやや硬い。

切 診
躰に触れてみると焼けるように熱い。体温は39.6度。腹部がこども にしては張って堅く感じる。皮膚は手に張り付くようなべったとした感じ。耳介の下 から顎下にかけて触擦してみると右側が強い熱感と硬い腫脹が診られる。脉状診では浮数虚大ショク。

予後の判定
右の耳下腺が炎症している事、発熱が40度近い事などから耳下腺炎 か中耳炎と考えられる。いずれにしても鍼灸の適応であるから適切に処置すれば良い 結果をもたらすものと期待される。

証決定
決定的な証決定の材料は揃っていないが体色や食欲が無いことから脾虚 証としてみる事にする。

治 療
右内踝前下方から脛骨面を脾経の経に従って補う。次に右前腕の手関 節部から前腕の半ばまで心包経に従って補う。改めて望診してみると皮膚の黄ばみは やや薄らいだが顔の青みが強く感じる。くすんだ感じはまだ強い。肝の虚もあるとみて左の足背太衝穴の辺りを経に従って幅狭く補ってみる。検脉すると益々浮ショク大が顕 著になっている。ここで手足の指間にちょんちょんと瀉的に処してみる。大の脉状は 幾分落ち着いた。これに加えて耳下腺の腫脹した周りを同じ手法で処した。灸はねり もぐさで大椎穴に多壮灸。右孔最7壮左照海3壮の奇経灸。

古賀信一 1997.8

参考文献
素問
難経
杉山三部書 鍼灸重宝記(本郷正豊著)
鍼灸病症学(本間祥白著)
経絡治療鍼灸臨床入門(小野文恵著)
小児鍼法(米山博久・森秀太郎共著)
経絡治療要綱(福島弘道著)
CDによる聴診トレーニング(呼吸音編)(石原恒夫監修)
呼吸音「聴取法と診断法」(金澤實著)
CDによる心臓聴診トレーニング(沢山俊民著)

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新着情報
はじめに
コラム

(1)理論
1.1陰陽五行
1.2生理
1.3脉状
1.4病症
1.5六十九難
1.6奇経
1.7子午

(2)診察法
2.1脉診
2.2簡易脉診法
2.3腹診

(3)治療法
3.1プロセス
3.2上達のコツ

(4)実技研修
4.1取穴
4.2刺鍼法
4.3小里方式

(5)その他
5.1参考文献
5.2リンク
5.3Memo
5.4その他

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