臨床経絡
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突発性難聴(腎経の病症にどうアプローチする?)


先月(6月)29日、突発性難聴の61歳の女性。

右耳が全く聞こえない。

17日の朝、突然右耳からグワ〜っと耳鳴りが起こったと思ったら全く聞こえなくなってしまった。
丸一日様子をみたが全く改善しなかったので、19日近所の耳鼻科を受診し突発性難聴と診断され、翌20日市総合病院に入院した。26日まで入院治療したが結局全く聴力は戻らなかった。

突発性難聴は鍼灸の適応だがヘルペスと同様で発症時から如何に時間を置かずに治療を開始するかが予後に大きく影響する。
この患者さん発症からおよそ2週間経ってしまっていて全く改善の兆しもなかったのだからそんなに簡単に安請け合いできないが・・・器質性難聴と機能性難聴の比率がどのくらいなのか・・・機能性が占める割合が大きければチャンスはあるが・・・

「時間が経っていて入院治療したのに少しも変化がないのはあまり期待が持てません。でも今日治療してみて何か少しでも変化を感じたら少しは望みがあるかもしれないから、その時はあなたの判断で何回か気の済むまで治療をしてみてください。ピンとこなかったら治療を無理強いすることはしません。少しでも機能が残っていれば今日の治療で何か変化を感じられるはずですから」と言い訳みたいだが説明して治療にかかった。

さて、どうする。難聴が主に腎の病症なのは判っている。

腎経と関わる経を挙げてみよう。

1) 腎経(自経)
2) 膀胱経(陰陽の対極)
3) 肺経(五行の相生)
4) 肝経(五行の相生)
5) 脾経(五行の相剋)
6) 心経(五行の相剋)
7) 大腸経(子午)

大雑把に列挙しても7経これらの陰陽を合わせれば14経・・・結局全部じゃんと言われそうだが・・・
そう、東洋医学の理論はどこか一部を切り離して考えられない。
どこから攻めるかは臨床家のセンス・・・かな・・・経験則とか色々踏まえて幾つかに絞り込む作業が必要だ。

自分はセンスがあるとは思わないがこの作業がとても面白く楽しい。患者さんの不安や苦しみと共感している回路とはまた別の回路が僕の頭の中にあって苦しんでいる患者さんを前に面白いだの楽しいだの不謹慎で怒られそうだが他に言い様がないのでお許しを・・・

まず1)の自経で選んだのは照海。これは奇経八脈の陰キョウ脈の宗穴でもあり3)の肺経に絡められる。肺経に絡められると言うのは肺経の列缺が奇経八脈の任脈の宗穴であり照海穴と治療において対をなすことが多いからだ。四総穴の「頭項は列缺」でもある。

ここまで考えると照海‐列缺の組み合わせがまずは第一選択肢として決まった。次に最近好んで使うアプローチとしてイマイチ絞込みが甘く確信がもてない時にやる方法をとった。
つまり「裏表」から挟み込んでみようと思った。

「裏表」も色々あるがこの場合の裏表は腎経の裏表と陰キョウ脈の裏表を使ってみた。

申脈‐後谿

陽キョウ脈の宗穴の申脈は2)の膀胱経でもある。また督脈の宗穴の後谿は6)の心経の対極の小腸経で耳に流注する。また督脈は百会で4)の肝経につながる。

もう一経、腎経の子午関係7)の大腸経も採っておきたかったので後谿とよく対で使うことの多い合谷を選んだ。

以上この五穴と患部も少しいじりたかったので聴宮と竅陰と加えて腎兪(左右)に刺鍼した。計九鍼。
これでほぼ全方位から腎経に向けて治療を施すことが出来る。
術後自宅で「ねりもぐさ」を施灸してもらうために最初の五穴に点を下ろした。

これらの関係に効果を相殺するような作用があるかどうか頓着しないで良いところが経穴ゲートスイッチ理論の都合の良いところだ。人体の自動調整機能を信じているとそういう小さいことに拘らなくなった。経絡治療を本気で勉強していない臨床家からすれば「何をそんなに細かいこと言ってるんだ。効きそうなツボ全部使えばいいじゃないか!」と言われそうだが経穴ゲートスイッチ理論を思いつくまではこのハードルが結構高かったのだ。判るひとにしか判らない。まあ、やり方さえ飲み込めば無理して判る必要もないけれど。

結果は良好で術後直後は変化はなかったが翌日昼ごろ突然ポコッと聞こえ始めて左と比べて半分くらい聞こえるようになったらしい。治療開始が遅かったので自信はなかったが思ったよりも機能が残されていたので幸いした。完全治癒は難しいかもしれないが半分でも聴力が戻ってきてよかった。

それにしても人体の持つ自動調整機能の可能性には驚かされるしそれをどこを使えばそのスイッチが入るかを発見した先人の観察力にはいつものことながら驚かされるばかりだ。



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