小さな気付き 其の壱
2014年12月〜2015年11月
「義について」
高倉健さんがお亡くなりになりました。
私にとって健さんの代表作は
数々の任侠映画です。
そのカッコよさは、他に類を見ないものです。
でもその頃は子供だったため
何がかっこよかったのかは、よくわかっていなかったと思います。
その健さんを東映が切り捨てた映画が「仁義なき戦い」だとしたら
「義」とはいったい何だったのだろうと、ふと考えてしまいました。
「義」と言えば、季節がら忠臣蔵を思い出してしまいます。
見事恨みを晴らした47人のことを義士と呼んでいます。
でも、よくよく考えてみると
吉良は浅野を虐めてはいたけれど、手を出してはいない。
若い藩主は怒りできれて、江戸城で刀を抜いてしまう。
その罪として切腹を言い渡したのは幕府
その罪として藩をつぶしたのも幕府
それに対して、47人の義士が仇討ちをしたのが吉良
それによって、義士は幕府の命により、全員切腹をするという物語です。
つまり、この物語の「義」は
藩主の死や、藩が無くなったことに対するものではなく
藩主が虐められたことに対する復讐なのです。
そしてその「義」がなされた後、義士は責任を持って死んでいくのです。
こんなことを考えると
どうも「義」と言うのは、ルールとか規則には縛られていないようです。
そしてどうも、これを「義」と判断したのは
事件が起こった後の江戸の市民だったようです。
時代は元禄時代
封建社会にもかかわらず、町民文化が花開く時代です。
支配階級である武士に対して、武士はこうでなくてはならないという
漠然とした市民の思いがあったのかもしれません。
藩主の恨みを部下である武士が晴らすのは「義」
その義の為にルールを破り、責任として自ら死を選ぶのも「義」
といった具合です。
おそらくは市民から見た武士と言う括り(くくり)の
「義」だったのだと思います。
この武士に対する「義」は江戸市民の「義」ではないと思います。
おそらく江戸時代でも市民の「義」は
「どんなに深い恨みでも、人を殺してはいけない」だと思います。
つまり「義」は
その立場、見方によって異なり
それぞれ個人に対して
複数の「義」を持ち合わせているものではないかと思います。
話は少し変わります。
子供のころ仮面ライダーやウルトラマンなど
正義の味方のヒーローに影響されていたようで
「正義」とは命がけで守るものだと思っていました。
ところがいい歳をとってしまうと
「正義」を語る人間の言葉には
どうしても眉に唾を付けないと聞けないようになっています。
それは私の中でさえ、正しい「義」が複数あり
たぶん他の人にはほかの「義」が複数あるわけですから
だから正義を語るには
その括りを正確にはっきりさせないといけないのかもしれません。
少し遠い親戚の結婚式や法事に出かけるとき
とても面倒に思いますが
絶対に行かなくてはいけないのかもしれません。
まさしく「義理で行く」状態です。
それは「義」の「理(ことわり)」なのですから・・・
結局、何が言いたいかと言うと
高倉健と言う方は「映画の義に殉じた」方だったんだな。
つくづく感じてしまったと言う事です。
この文章を書いている時に
菅原文太さんの訃報を聞きました。
お二人の亡くなられた時期の偶然に
深く胸を打たれながら
お二人のご冥福を心からお祈り申し上げます。
「神様と仏様」
お正月も三箇日は、体がアルコールとテレビ漬けになっています。
早く仕事モードになるように、この文章を書いています。
毎年、このコーナーでは初詣について書いているような気がします。
まあ、去年のことを書くには気が引けるし、
今年はまだ数日しかたっていないので
それは仕方がないとあきらめていただければ幸いです。
私が子供のころ
親に「神様」と「仏様」の違いについて聞いたことが
微かな記憶に残っています。
たしか、神社の前で柏手をたたくのが神様で
合掌するのが仏様という回答だったと思います。
今思うと回答にはなっていませんが、
それでも子供のころはごっちゃになり
お寺で柏手を打っていたことを思い出します。
一般的に日本人は仏教徒だといわれています。
しかし私はそれを深く意識したことはありません。
むしろ日常は、神様に頼ってしまいます。
年末に宝くじが当たりますようにと祈るのは神様ですし、
今年もつつがなく生活できるように初詣で祈るのも神様です。
お正月そのものが歳神様を祭る行事ですし、
突発的に問題が発生した時、祈るのも神様です。
それでいながら、父が亡くなってから
毎日仏壇で礼拝は行っています。
ただそれは、神聖な礼拝ではなく
毎日の習慣の一つとなってしまっているようです。
最近この年になって気付いたことなのですが
神様は人の心の中にあり、
仏様は空気のような存在のような気がします。
それは、神様を信じることによって
その信じる人のみを助ける神様と
仏様を信じない人たちに対しても
世界を昇華させなくてはいけない仏様の違いのような気がします。
ここから述べるのは私の勝手な宗教観ですので
正当な宗教知識ではないことを前置きしておきます。
でも仏様は方便を使って、私たちにお言葉を残しているので
私だけの解釈として許してください。
仏様が人の世界で説いているのは
絶対的な苦しみや悲しみからの脱却だと思います。
それはお釈迦様が王子様の時に
人の病気や老い、死と直面して仏の道を目指した事より
そんな気になっているのですが・・・
そして、その方法は煩悩を捨て去ることに尽きると思っています。
でも私は人間である限り、
煩悩を捨て去ることはできないと思っています。
お金持ちになりたい、恋人がほしい、いつも幸せでいたいなどは
間違えなく煩悩と言ってよいと思いますが
世界平和や人の為に良かれと思うことも
突き詰めれば煩悩と言っても過言ではありません。
その点、神様は人間の煩悩に対して
概ね味方をしてくれます。
だから、生ある限りは神様に頼ってしまうようです。
そんな、こんなで無事に2015年も歳神様を迎えることができました。
今年1年も無事に過ごせればよいと思っています。
皆様に対しても良い年でありますように心よりお祈り申し上げます。
「クロネコメール便の廃止について」
こまどり屋では現在、発送に佐川急便を利用しているので
特に大きな問題ではないのですが
ついに、クロネコメール便が廃止となりました。
噂では、メール便で信書を送ってしまった方が
受取人から訴えられて、
罪になってしまったことが原因と言われていますが
実際はそこまで踏み込んだ報道がされていないため
どうだかはわかりません。
信書とは
「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」のことで、
いわゆる、手紙や書類、帳票類の類(たぐい)です。
この手のものは、他人に開封されて見られないことを前提に
差出人から受取人まで、開封されないことを保証するルートで
送られなくてはならないので
国家が保証した方法以外では送ってはいけないという法律があり
それを破ると罰せられてしまうのです。
逆を言えば、宅急便などは
発送途中で開封する必要があれば、開封しても良い発送方法と
言ってよいのかもしれません。
よく信書関係の法律は郵便事業を守るためと言われていますが
本質は、利用者の利益を守る法律なのです。
ただ、法律作成時に考えもつかなかった宅急便の発達に
信書の定義があいまいになり、
灰色の部分が大きくなっていったのです。
私が通信販売的な商売を始めたのが十数年前です。
その時に信書に関してじっくり調べ
商品を発送するとき、帳票類を同梱することは
郵便法に違反すると判断しました。
その当時はゆうパックで商品を送っていたのですが
郵便局の判断も信書の同梱は不可でした。
5年くらい前にもヤフーのルール改正によって
信書に関していろいろ調べました。
やはり、商品を発送するとき、帳票類を同梱することは
郵便法に違反すると判断しました。
実は、信書を宅急便に同梱する際
一つの抜け穴的法律がありました。
「添え状、送り状」は、
信書に該当しても宅急便に同梱できるというものです。
ただ、その時のお役所の説明は
(1)信書は宅急便に同梱できない。
(2)信書とは手紙、領収書…などのことである。
(3)ただし、「添え状、送り状」は、信書に該当しても宅急便に同梱できる。
といった順番に説明されていたので
(2)に明記された信書は同梱できないものと思っていました。
郵便局でも同等な判断をしていました。
ところが去年の春頃
「添え状、送り状」の灰色の部分を
総務省が、その白黒をはっきりつけてしまいました。
なんと、宅急便で送る内容物に関係する信書は
ほとんど、「添え状、送り状」にして良いと判断したのです。
私はこれには全く気が付きませんでした。
まあ、それもそのはず
その判断は総務省のホームページの
「信書に該当する文書に関する指針」Q&A集のところに
具体例が記載されているだけなのです。
思わず、関東綜合通信局というお役所に
確認の電話を入れてしまいました。
今まで黒に近い灰色が
ほとんど白になってしまった思いです。
今まで灰色だったことに白黒が付いてしまうと
灰色の部分で商売しているものがプチパニックになります。
まぁ、今回の変更はほとんど白側に寄ったので
それほど大きな問題にはなっていませんが、
唯一黒側にいたのが「クロネコメール便」と言う事になるのでしょうか…
今あらあためて思い返せば
手紙や領収書、請求書的な物がそこそこの大企業から
メール便を利用して届いていたのを思い出します。
総務省がそのまま信書を灰色のままにしていたら
信書そのものの存在が無くなり
「クロネコメール便」の廃止は無かったのかもしれません。
なかなか法律とは罪なものです。
あと、私の気になる法律上の灰色は
NHKの受信料にかかわる法律です。
もし総務省がその灰色に白黒をつけたなら
NHKはつぶれると思っています。
まぁ、そんなことは起こらないと思いますが…
結局何が言いたいかと言うと
ほとんどの当店の関わる信書が
「添え状、送り状」にあたることがわかったので
落札品を送るときは納品書を添付します。
領収書のご依頼があった場合
今までこっそり同梱していたのですが
堂々と同梱いたします。
つまり…
単なる業務連絡でした。
「カメラを買ってしまった話」
ついにデジタル一眼レフカメラを買ってしまいました。
長い間お店の前で指をくわえて眺めていたのですが
衝動買いに近い形で買ってしまいました。
それで、今回は久しぶりにカメラの話を書いています。
きっかけは、この春
あるカメラメーカが新製品を大量に投入する予定を知ってからです。
その新製品がすごすぎる。
まずカメラの撮像素子の解像力がすごいんです。
35mmフルサイズで5060万画素
APS-Cサイズで2420万画素
次にオートフォーカスは位相式で
縦横クロスの測距点19点を持つ怪物です。
簡単に言えば
小さいカメラで35mmフルサイズクラスの解像力を持ち
35mmフルサイズで大判カメラ並みの解像力を持つ。
距離はボケの状態から正確な距離を測り
一発でピントを合わせてしまうという
現行カメラと比較対象できないほどの性能です。
(現行の最新のフォーカスは
位相差で距離を測りある程度まで動かした後
コントラストを測り、
微調整をしてピントを合わせるというシステムです。)
またそれを低価格帯のシリーズにも組み入れることで
デジタルカメラの世代が変わると言っても
過言ではない出来事と思っています。
他社のメーカを贔屓にするユーザーや評論家は
妬みを込めてそのメーカーを
「後出し、じゃんけん」と比喩しています。
まさしく今回の新商品は
他社からはそのように言われてしまうと思います。
しかし実際は「後出し、じゃんけん」ではありません。
20年以上前の話ですが
オートフォーカス一眼のカメラの世界で
革命的な出来事がありました。
それまでのオートフォーカス一眼カメラと言えば
レンズに大きなモーターを組み込み
写すのにそれほど邪魔にはならないまでも
かなりいびつなレンズを使用していました。
そのカッコの悪さが一般的普及を妨げていました。
そんな折、画期的なカメラが出現しました。
フォーカスのモータをカメラに組み込み
レンズにはギアしか入れないことにより
スッキリとしたフォルムのシステムを作り上げたのです。
そのシステムは好評を受け
オートフォーカス一眼が市場に受け入れられたのです。
カメラの業界では「α(アルファー)ショック」と呼ばれ
他社は次々にそのメーカーに追随し
自らのシステムを捨てて、
ボディー駆動のシステムを構築していったのです。
ところが1社だけ、レンズ駆動にこだわっていた会社がありました。
聞こえはいいですが、
かっこ悪いレンズを作り続けていたのです。
実はその会社はαショックの頃
10年先の未来のカメラシステムを考えていたのです。
未来のシステムには
レンズ内モーターは必要不可欠な要因だったのです。
そこでその会社の取った行動は
10年先のカメラを3〜4年で作ろうというものでした。
その為、会社の組織、社員の勤務なども
かなり無理をしていたのです。
簡単に言えば、開発をしながら生産準備をするという
とんでもない作業をしていたのです。
まぁ、そんな感じで新しいシステムのカメラやレンズを作りながら
一方ではかっこの悪いレンズのシステムを作っているわけですから
そして、新しいシステムが販売されたら
古いシステムを使っている人は切り捨てられるのですから
技術革新とはなかなか残酷なものです。
そんなこんなで、ボディー駆動のオートフォーカス主流の中で
唯一最後に過去のユーザーを切り捨てて
全く新しいレンズ駆動のシステムを作り上げたので
そのころから「後出し、じゃんけん」と呼ばれているようです。
まぁ、後出しには違いは無いのですが
他社がグーやパーやチョキを出していようがいまいが
全く関係が無いのです。
結局のところオートフォーカス一眼レフとして
レンズ駆動、ボディー駆動関係なく
新しい一眼レフ市場を開拓したのですが
ボディー駆動を選択したメーカーは
新たな技術開発をすることができず
いつの間にか、なくなっています。
時代の寵児とはやされたαは
巨大企業に吸収され、カメラの名称としてのみのこっています。
今回私が胸を躍らせた、新しいカメラ群は
それと同じくらい他社の追随を許さない技術の塊として
制作されたものと思っています。
早くいじりまわしたいと思って、発売を心待ちにしています。
ということで
私の買ったカメラは新しいカメラ群が出れば
すぐに一時代前のカメラとなってしまう機種です。
おかげでとんでもない投げ売り状態の値段で買いました。
カメラを買いたいきっかけは
技術革新の波を感じたからですが
買ったきっかけは値段が爆安だったからと言う
情けないおちです。
でもね。
1年後に古い過去のカメラとなっても
私には十分な性能なんです。
「桜」
神保町で本をあさるついでに
千鳥ヶ淵の桜を眺めに行きました。
まだ三分咲き程度で
人は混み合っていましたが
満開時のすし詰め状態ではありませんでした。
実はこの時期、神保町では
「春の古本まつり」が行われていて
靖国通り沿いにワゴンが並べられ
秋よりものんびりとした形で
安い本を探す喜びがあるのですが
今年は、あまり良い本を見つけることができませんでした。
神保町の交差点、岩波広場では
無料の甘酒がふるまわれ
のんびりとそれを飲むのも自分の恒例となってきました。
少し花粉症気味ですが
春はつくづく気持ちの良い陽気です。
その浮かれ気分を象徴するのが「桜」なのかもしれません。
よくもまぁ、桜見物で人並みの激しい土手で
ビニールシートをひきながら飲み食いができるものです。
桜が咲いていなければ完全な社会悪です。
でも不思議なもので
桜見物でそぞら歩いているものは(私も含めて)
周りのどんちゃん騒ぎも一つの風景に見えているのです。
桜と喧騒は
とてもよく似合っている組み合わせなのかもしれません。
今年のどんちゃん騒ぎをしている花見客で
外人の方が多いのが少し驚きました。
千代田区と言うお国柄だから
もしかしたら日本人の接待と言う事もあるかもしれませんが、
もし、外人さんが積極的にお花見に参加しているのでしたら
そのバイタリティーはさすがだと言わざろうえないです。
さて、私が出かけた時期は満開には少し早く
千鳥ヶ淵では3分咲き程度の桜でしたので
完全に華やかな桜を楽しめたわけではありません。
でも、そんな時の裏ワザとして
国立劇場まで足を延ばすことをお勧めします。
国立劇場の桜は管理が行き届いていて
千鳥ヶ淵の染井吉野より少し早く満開になります。
背も低いところで花を楽しめるように管理されているので
とても楽しく花を愛でることができます。
そのかわり、国立劇場の敷地内で飲食はできないので
ご注意いただければ幸いです。
ところで、桜の木と言うのは不思議なものです。
桜の木は空間が広がっている方に枝を伸ばしていきます。
川沿いの桜は川側に枝を広げ
道沿いの桜は道側に枝を広げ
公園のふちに植えられた桜は
公園の内側へと枝を広げていきます。
たまに植物にも意志や感情があるという人がいますが
桜も意志や感情を持っているのではないか…
少なくとも空間を認識しているのではないか…
などと考えてしまいます。
それによって
広場に枝が伸び、どんちゃん騒ぎができたり
舟遊びで花筏を越えて、水面まで伸びた花を愛でたり
桜と人の雅で素敵な関係が持てるのは
嬉しいものです。
(間違って、桜を街路樹にしてしまった場合は、
後々厄介になりますが…)
もしかしたら
広い広場の中心に桜の大樹があったなら
どんなに素敵な世界になるのだろうかと
ふと想像してしまう自分がいます。
「庚申講」
私は埼玉県の川口という街に住んでいます。
川口は広重の江戸百景と言う
シリーズ化された浮世絵に描かれていますので
江戸の外れと言いたいのはやまやまですが
荒川を渡った向こう側ですので
江戸の外れと言ったら、おくがましいことです。
やはり埼玉県の南の端と言ったところです。
現在の川口の基本は、
東京のすぐれたベッドタウンと言ったところでしょうか…
日々の生活には便利なのですが
目立った特徴と言うか、独自の文化と言うか、
著名な歴史と言うか…
そういうものとは縁遠いものと、この年になるまで思っていました。
ところが意外と面白いものが、この街にあることを
いろいろ知ることになってきました。
この前の健康検査で少し脂肪肝気味であることがわかったので
最近近所を歩くようにしているのですが
子供の時は全く気が付かなかったことが
大人の知識を持ってみると、新しい発見がいろいろありました。
その一つが庚申塔です。
実は昔、子供のころはお地蔵様だと思っていたものが
そのほとんどが庚申塔だったのです。
庚申と言うのは
中国の道教をはじめとする信仰のようです。
陰陽五行説では
十干の庚は陽の金、十二支の申は陽の金となり
二つの陽の金が重なることは
人にとってはあまりよくない状態の日になるようです。
言い伝えでは、人の中には3匹の虫がいて
庚申の夜に人が眠ると
3匹の虫は天にのぼり天帝に会い
その人の悪行を天帝に伝え
その人が早く死ぬように仕向けるらしいです。
その為、庚申の日には寝てはいけない。
仲間を集めて、お互いを見張り、その日は完徹をする。
これが庚申講と言うもののようです。
ウソかホントかはわかりませんが、
平安時代には庚申の信仰が伝わっていて
現代にいたっているようです。
ストーリーとしては
なんと不気味なファンタジーでしょうか…
それが江戸時代に民間信仰の名の元、
日本中で流行ったようです。
神社系では「猿田彦」が
お寺系では「青面金剛」が信仰の対象となり
広く民間に広がったようです。
しかし、よくよく考えてみると
仲間が集まって完徹をするということは
夜通しどんちゃん騒ぎをするということに繋がり
その信仰の内容とは反対に
めちゃくちゃ楽しい庚申の日だったのかもしれません。
川口の言う街は江戸時代
宿場があり、鋳物などの最新工業が発達し
その地域には人がたくさん集まっていたようです。
ただ、多くの土地は農地だったようです。
そのため、目立った特徴、独自の文化、著名な歴史は
縁が遠いものだと思っていました。
でも、あらためて振り返れば
水利があり、土地が肥え、江戸と言う大消費地を持った
川口の農民は
結構安定して、裕福だったのかもしれません。
そして、庚申の日に、
夜を徹してのどんちゃん騒ぎを行い
そのどんちゃん騒ぎの証拠として
現在たくさんの庚申塔が残っていると考えると
なんとなく、誇らしい気持ちになってしまいます。
結局何が言いたいかと言うと
クリスマスやバレンタインデー、ハロウィンなども
庚申講と同じなのではないかと…
もし、百年、千年と時代が過ぎ
クリスマスやバレンタインデー、ハロウィンなども
民間信仰と呼ばれる時、
日本の宗教から離れたお祭り騒ぎは
いったいどんなファンタジーになっているのか
タイムマシンがあったら
是非、知りたいものです。
「堅川(1)」
私は京浜東北線の蕨と言う駅を利用しています。
高層団地が近くにある
東京の代表的ベットタウンとして有名な駅です。
その駅の近くを最上流とする川があります。
まあ、最上流付近は暗渠になっているのですが
駅から10分くらいで川が表に現れ
そこから芝川と言う川と合流して
大河荒川にそそぐ河川があります。
その川の名前を「堅川」と言います。
私が子供の頃「堅川」は完全などぶ川でした。
住宅街の家庭用排水のすべてが
道端のどぶに流され
その水を集めて流す川だったのです。
その後、下水道が完備され
川に家庭用排水が流されないようになってきましたが、
それでもやはり「堅川」はどぶ川でした。
どっちにしても住宅街を流れる川なんて
多かれ少なかれ、当時はそんなものでした。
更に大雨が降ったとき
2回くらい川の水があふれたことがあります。
その為だと思いますが
川の幅を広げ、深くする工事が行われました。
それにより、川があふれることはありませんでした。
ただ、コンクリートや鉄板で岸や底を固めてしまったため、
より、どぶ川になっていったのです。
街に流れる緩やかな川は
深く広くなるほど、水は滞るようで
子供のころ、この川で生物を見たことがありません。
いたとしてもボウフラとかそんなもので
ろくなものではないはずです。
それがある時期から
春に鯉が大量に上ってくるようになりました。
自然とか生命とかとは全く無縁などぶ川に
どうして急にそんなことになったかは全くわかりませんでした。
でも、
最近、もしかしたらと言う事が思い浮かびました。
ここからは、私の何の根拠のない推理の話となります。
嘘八百の可能性もあります。
この前、私は「堅川」の最下流まで歩いてきました。
知らなかったのですが、「堅川」の最下流は
そこそこの川幅のある大河でした。
その大河が水門を介して芝川へと流れるのですが
ほぼ同じ場所に「旧芝川」と言う川があるのです。
「旧芝川」は名前の通り古い芝川で
新しい芝川ができたので、
取り残された川になってしまった歴史を持っているようです。
実際、川としての流れを保つため
水門で「堅川」の水を取り入れ
荒川に直接排水しているようです。
…なるほど「堅川」と「旧芝川」はつながっていたのか!
2006年頃、テレビ朝日系のテレビ番組で
「素敵な宇宙船地球号」と言う番組があり、
「旧芝川」を清流にしようという企画がありました。
テレビ的には旧芝川は清流となり
大団円となったのですが
どうも「堅川」に鯉が上ってきたのが
その時期とリンクしているような気がするのです。
もしかしたら、鯉が清流を嫌って「堅川」に逃げてきたのか?
もしかしたら、水がきれいなった「旧芝川」で鯉が増えたのか?
そんなことが予想されるのですが…
本当にもしかしたら…
「堅川」の水を大量に「旧芝川」に流したのではないか?
その為、「旧芝川」に住んでいた鯉が
「堅川」に大量に上ってきたのではないかと
つまり、
テレビと住民が懸命に清流化の細かい作業をしている時
こっそりと大量の水を「旧芝川」に流し
水の入れ替えを図っていたのではないかと
はっきり言えば、テレビでは放映していない裏工作で
清流化成功の大団円を迎えたのではないかと…
それはひねくれ者のうがったものの考え方なのですが、
現在おそらく
「堅川」の方が「旧芝川」より
水質がよく、自然が深くなっているのを考えると
少しは可能性があるのかな?と思っています。
実は、「堅川」に鯉が上ってくるようになってから
「堅川」上流部に自然回帰の工事が入り
劇的な変化があるのですが…
それは次の機会にまとめたいと思います。
実は「堅川」沿は私の毎日の散歩道となっていて
小さな発見がたくさんある場所なのです。
で…何回かに分けて
「堅川」について書いていきたいと思っています。
「堅川(2)」
京浜東北線の蕨付近から街の中を通り
芝川と言う川と合流して大河荒川にそそぐ河川が
「堅川」と言います。
「素敵な宇宙船地球号」と言う番組で
「旧芝川」と言う川を清流にしようという番組のおかげで
「堅川」に鯉が登ってきたという話を前回はまとめました。
今回はその後の「堅川」について話したいと思います。
「素敵な宇宙船地球号」と言う番組で行われた
「旧芝川」清流化は
実はテレビ番組から県の事業に引き継がれました。
その当時埼玉県が始めようとしていた河川の清流化計画に
強引に組み込まれたのです。
その時たぶん、
「旧芝川」に水を供給する「堅川」の水をきれいにしないと
「旧芝川」はきれいにならないと判断したのでしょう。
埼玉県が本腰を入れて、「堅川」清流化を目指したのです。
実は「堅川」は荒川水系の川として
第1級河川として埼玉県が管理している川なのです。
その為、清流化対策する前は
市が市民の声を比較的容易に聞ける2級河川とことなり
行政に見捨てられたどぶ川だったのです。
その頃の水の汚さや匂いはひどいものだったのですが
私たちはそれを生活の一部としてあまり気にも留めなかったのです。
現在でも上流部は暗渠で、暗渠から出たとしても
狭い街並みを這うように流れているので
やはり、まだ、どぶ川の枠を越えてはいません。
(間違えて登りすぎた鯉が住み着いているおかげか
暗渠の手前までは少し水質は良くなっているようです。)
運が良い事に「堅川」の中流箇所は
片側に、ほとんど車の通らない太い道があったため
大胆な川岸の工事が行われました。
それはU字溝に岸を作り、底上げするというものでした。
その為、上流部は関のようなものが作られ
その上澄みだけが中流部に流れるようにしたのです。
おそらく県にとっては、芝川(荒川)に流れる水がきれいなら
上流部の水質は汚くても良かったのでしょう。
まあ、暗渠や川岸ぎりぎりまで家の立っている場所には
工事などを行うことはできなかったのでしょうが…
中流箇所において簡単に言えば、
今まで大量の水のあった川を
ちょろちょろ流れる川にしたわけです。
それによって、圧倒的な水質の改善と自然回帰が起こったのです。
とは言っても、ちょっとした雨が降ると
川岸だったところが川底になるわけですから
川岸の自然環境はかなり厳しく
それに対応できる生物しか生き残れない厳しさがあります。
しかしそれは
鳥たちが餌場としては利用できるが鳥が巣を作ることは無いという
周辺住民には最も適した自然環境になっているのです。
やはり水量の多いどぶ川は
水が停滞して澱みを生み劣悪な環境を作ってしまうようです。
水量を少なくすることでこそ、常に流れが発生するのです。
水が流れない事には、川が自然に戻ることは無いのかもしれません。
またその岸は基本的には人が入れないように柵が有り、
入り口には鍵がかけられています。
基本的にはU字溝の底の岸ですから
両側は川の側面の壁になるわけで
人が入るにはかなり危険のある場所です。
たまに自分勝手に入る子供やお父さんがいますが
ほとんどの人が、あからさまに人を入れないようにしている箇所に
無理に入ろうという方は少ないようです。
その為、その川岸は
より自然に近い空間が形成されているのです。
ただ、年に2回程度、雑草の草刈りが入ります。
数キロにわたる岸辺の雑草をきれいに刈り上げます。
おそらくは、住宅街にある自然深い場所と言うのは
古い自然をほっておくと、
人にとっての環境が悪くなってしまうのかもしれません。
下流はちょっとした大河となっています。
水量が多く、とうとうと流れています。
その水は水門を通して芝川に流れています。
大量の水が滞り無く流れるのは
下流の水の流れを水門によって管理しているからのようです。
結局何が言いたいかと言うと
人口密集地でも、狭い場所でも、人間が深く関わり管理することで
深い自然を手に入れることができると言う事。
そして、人間が深く関わり管理をしても、
関与はしてはいけないと言う事。
結構大切な真理だと思います。
おかげで、春、亀が冬眠から覚める事、鯉が遡上産卵を始め、
春から秋にかけて大量の鯉の稚魚が泳ぎ回り、
夏は牛蛙がよく響く声で鳴き、ギンヤンマがさっそうと飛び、
秋、寒さで鯉の稚魚の動きが鈍くなると
それを狙って水鳥たちがやってきて
冬には渡り鳥たちの餌場となる川になりました。
雑草刈りをした後は、隠れ家を失った蟹たちが大量に現れ、
蛇なんかも出てきます。
めったにいないのですが年に3〜4回
カワセミまで見ることができます。
そこそこの大都市の数キロの狭い場所で
このような深い自然を甘受できるのは
間違えなく埼玉県のおかげです。
河川の清流化計画のまれにみる成功例ですから
県は、どうか「堅川」を見捨てないでください。
たぶん、県の予算が下りなくなったと同時に
深い自然はあっという間に死んでいくものと思います。
「日々是好日」
辞世の言葉を尋ねられた時。私はいつもこの言葉を用意しています。
「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」
本来の意味は
「毎日が良い日になるように努力する」と言う禅からくる言葉のようです。
しかし、受動的な私にとって
自ら良い日にするように自分から努力をするようなことはありません。
言うなれば私はこの言葉の解釈を勝手に変えているのです。
禅の世界では昔の中国の高僧の
「これからの十五日以後の心境を一言でのべなさい。」
という問いの答えが
「日々是好日」なのだそうです。
つまり、自分の最も近い未来に対して
素晴らしい一日になるように日々精進しろと言う事なのです。
でも、毎日毎日高い向上心を持つと言う事は
人にとってはかなり難しいことで
私においては100%無理な話です。
だから私は「日々是好日」を
禅のありがたい言葉として解釈していません。
私の図々しい、一方的な解釈はこうです。
私の「日々」は未来ではなく過去の積み重ねた日々を指しています。
私にだって、苦しいこと、悲しいこと、つらいことを感じることがあります。
そんなことの繰り返しで毎日が過ぎています。
でも、過去の苦しいこと、悲しいこと、つらいことも
過ぎてしまった時間の中では大したことのないできごとです。
そういう経験をもとに一日一日が過ぎていくわけで
苦しみが苦しみで無くなり
悲しみが悲しみで無くなり
つらさがつらさで無くなり
平穏に過ごせる1日が好日なのです。
毎日毎日平穏であることが
私にとっての「日々是好日」なのです。
もちろん、嬉しい事、楽しい事、歓喜に震えるような事もあります。
そんな時、
もっと嬉しい事、もっと楽しい事、もっと歓喜に震えたいと思うこと
どうもそんな風に考えられないようです。
結局どんなに素晴らしい1日であったとしても
次の一日は平凡であってほしいと考えてしまいます。
それも私にとっての「日々是好日」なのです。
実は姪っ子が近々結婚するそうで、
いい年をして結婚できないで、
結婚をあきらめている私のような人間にとって
姪っ子のように結婚できる人や
あるいは結婚している方々は
明らかに私より高次元の人生を歩んでいくわけで
少しの嫉妬と、大半の尊敬を持って見ています。
「日々是好日」の解釈は
その人の立場や環境によって大きく変わるものと思います。
私にとっては過去からたどった「日々是好日」も
姪っ子を含めてすべての結婚している人たちにとっては
禅の問いの答えのように
未来に対する「日々是好日」であってほしいと
心の底から感じています。
かなり身勝手な願いです。
「アウトドア(outdoor)」
私の最も嫌いな言葉の一つが「アウトドア(outdoor)」です。
私にとっては、その言葉にはどうしても違和感が付きまといます。
今回は少し私の思い込みを綴りたいと思います。
最近テレビのワイドショーなどで
「BBQ(バーベキュー)」の楽しさを紹介する番組が増えました。
確かに、たくさんの友人と野外で飲食をするのは楽しい事です。
裕福な家の広い庭や、
「BBQ(バーベキュー)」をすることを前提に整備された商用地などで
手軽にその喜びを楽しむのはとても良い事です。
ただそれが、アウトドアブームと相まって
川岸やキャンプ場まで広がりを見せています。
もちろん公園化が進んで環境の整った川岸や
街で過ごすのとほとんど遜色のない設備の整ったキャンプ場なら
何ら問題は無いのですが、
普通の川岸や自然の深い環境のキャンプ場などでは
「BBQ(バーベキュー)」の後始末は
まさに自然破壊そのものとなるのです。
さらに問題なのは
「BBQ(バーベキュー)」を楽しんだ自然破壊者は
その自然破壊の自覚を持つことは全く無く
むしろ
自分は自然を愛してやまない自然愛護者だと勘違いをすることです。
以前いろはの上の日光で
大規模な自然回帰が起こっていることを書きましたが
実はその大きな要因の一つが
歴史あるたくさんのキャンプ場を
行政がほとんど廃止したことに寄ることは
まぎれもない事実であると思います。
今回は「BBQ(バーベキュー)」を例にしましたが
ハイキングや山登り、カヌーや四駆の車
トレイルランニングやトレイルバイク
釣りや私の趣味でもある風景を写す写真なども
「アウトドア(outdoor)」の名の元に
自分は自然愛護者だと勘違いをしながら
平気で自然を破壊しているかもしれません。
「アウトドア(outdoor)」と言う言葉は
直訳すればドアの外と言う意味です。
私たちはいつもドアの中では全く無意識の中で
電気による快適な環境、ガスによる火力
蛇口をひねれば出てくる上水
流せば勝手に浄化してくれる下水など
快適な空間にいます。
ドアの外に出るとそれを全て失うことになります。
ところが「アウトドア(outdoor)」と言う言葉は
快適な空間を失う意味ではありません。
逆にドアの外でもドアの中と同じように
準備をすれば快適に過ごせるという甘い言葉で
我々を自然に誘っているのです。
実に人間の弱点を突いた商用用語です。
「アウトドア(outdoor)」を楽しんでいる人の全てが
自然を破壊する自然愛護者とは言いませんが
かなりの確率で
勘違いをしている人が多いと思います。
だからもし、自然の深淵の淵まで入り込んでしまったら
どうか「アウトドア(outdoor)」の意識をはずしてください。
あなたはすでに
「in nature」の世界に入り込んでいるのですから!
とは言いながら
年を取ってきた私にとっては
ドライブ、レストラン、旅館、温泉の世界を
越える旅をできなくなってきています。
私の最近の旅は「アウトドア(outdoor)」になっているのかもしれません。
「鬼怒川の堤防決壊について」
2015年9月10日13時15分ごろ、
茨城県常総市三板町地区で鬼怒川の堤防が決壊しました。
たくさんの方がその被害を受けたこと
深くお悔やみ申し上げます。
心からの復興をお祈り申し上げます。
私がサラリーマンだったころ、宇都宮に住んでいて
通勤時にいつも鬼怒川を渡って通っていました。
そして、気持の良い緑の深いその周辺で
結構、癒されていたので
今回の災害はとても胸が痛くなりました。
鬼怒川と言ったら大河です。
中流部でありながら、
宇都宮で最も大きな川と言っても過言ではないでしょう。
上流部はたくさんの温泉があったのでよく行ったのですが、
極めて深い谷を持った河川です。
穏やかな鬼怒川しか知らなかったので、
その時は気が付かなかったのですが
その深い谷も、広い川幅も
大量の雨量を受けて、大量の雨水を流す
そんな役割を歴史上持っていたのかもしれません。
詳しいことはわかりませんが…
大雨の最中、鬼怒川の土手に対して
越水した箇所が多数あったと聞いています。
色々なワイドショーが原因と犯人探しをしていますが
土手目いっぱいの水量があって
更にそれより水かさが増えていけば
自ずとどこかが決壊するのは
自然の摂理だったのかもしれません。
素人考えでは、もう少し余裕をもって
利根川に水を流すことができたら
もう少し土手もがんばれたのではないかと思います。
このような事故が起こると
どうしても私は他人事に考えることができません。
それは、私の住んでいる土地も
水害の脅威をいつも感じているからです。
私の住まいは埼玉県の川口と言うところです。
土地の名前からもわかるように
埼玉県を代表する川である荒川の最河口部にあたる街です。
川の名前からも歴史上数々の氾濫が有ったことは予想できます。
徳川幕府と近代日本の国家が寄ってたかって川の流れを変え
どうにか平和を保っている川ですが
川口市のハザードマップによると
荒川の土手が決壊したら1m位の水が押し寄せる
そんなところに住んでいるわけです。
私の家のすぐ近くに堅川と言う川が流れています。
前にも書きましたが
少し太いどぶ川ですが、荒川水系の1級河川です。
堅川は芝川に流れ、芝川は荒川に流れていきます。
堅川から荒川まで1級河川として埼玉県が管理しているので
私の個人的な考えですが
荒川の土手が決壊する前に芝川の土手が決壊してしまい
芝川の土手が決壊する前に堅川の水が溢れ出すと思っています。
つまり、本流を守るために
最悪の場合支流から決壊していくのが
正しい計算のような気がします。
もしかしたら、そんな計算が鬼怒川にもあったかもしれません。
鬼怒川を芝川クラスの支流と考えるのは
あまりにも大河すぎるのですが…
実は堅川の右岸と左岸では高さが若干違っているようです。
幹線道路と平行に並んだ川なのですが
幹線道路側は若干高く、住宅地側は若干低くなっているようです。
つまり、実際に川の水が溢れるときは
幹線道路側に流れず、住宅地側に流れていくと思います。
自分の家は幹線道路を渡った側にあるので
このことに気が付いても声を大にすることはありませんが
もしかして、河川に最悪の状態が発生した時
何処に被害が発生するか計算づくで
その水系を管理しているのかもしれません。
もちろんそんなことを市民に伝えるわけがありません。
でも、そんな悪魔的思考も
水系の被害を避けるためには必要なことなのかもしれません。
このことが鬼怒川にリンクしているとは考えてはいませんが、
工事の優先順位と言うのはあるのかもしれません。
今日は阿蘇山が噴火したようです。
天変地異の激しさが目につきますが
ものすごく利己的に、
自分の周囲がつつがないことを深く祈っています。
そんなこんなで今日
ジャスコでおこなっていた鬼怒川の復興募金に
少しですが、私としては珍しく、参加をしました…
「フォルクスワーゲンがついた嘘」
あまり、自動車の技術について詳しくないので、
もしかしたら、間違って理解している可能性もありますが
今回の「フォルクスワーゲンがついた嘘」は
昔、工場の技術者をしていた私にとっては
あまりにも悲しすぎる事態だったため
今回のお題として書いてみたいと思います。
2015年9月19日
アメリカが発表したフォルクスワーゲンの不正は
世界を震撼させました。
内容と言えば
検査の時は排ガスを空気清浄機に通してきれいに排出して
実際走行するときは直接汚い排ガスを出すという内容を
製品としてソフト上で行っていたというものです。
簡単に言えば、品質不良や動作不良、設計不良ではなく
企業として、堂々と(意識的に)詐欺行為を行っているというわけです。
でも、ひねくれた目で見てみると
米環境保護局が言う事には
2008年以降のクリーンディーゼルエンジンの製品すべてが
詐欺自動車だと言う事なので
よくもまあ7年程度、嘘がばれたかったものだと
アメリカ人の大らかさに驚いてしまいます。
日本はというと、ドイツ人の言う事には
「日本の灯油はできが良くないので
ドイツのクリーンディーゼルエンジンの車は役に立ちません。」
ということで
日本では売らなかったと言う噂があります。
でも、日本でクリーンディーゼルエンジンの車を作っている会社は
あまりにも優れたデーターを持つ
フォルクスワーゲンのエンジンを徹底的に調べているはずですので
もしかしたら、その人たちは知っていたのかもしれません。
まぁ、ひどい話で、
私としては、ドイツのカメラに深い尊敬を持っていたので
詐欺的商品を売るドイツ企業に対して
深い落胆と軽蔑を感じざろうえないのですが
粉塵排ガスを垂れ流しながら、エコを気取っている人たちにも
それがたとえ詐欺的行為の結果だとしても
自業自得だと思ってしまいます。
私が怒りに感じるのはそのあと
2015年9月22日
フォルクスワーゲンのウィンターコルン会長の
ホームページ上でビデオ声明です。
彼は一通り謝った後にこんなことを言い出すのです。
「ほんの数人の過ちによって、60万人の全従業員の懸命かつ
誠実な仕事ぶりが疑われるようなことはあってはならない」と・・・
これは、組織ぐるみの不正ではなく、
あくまで一部の従業員によるものだと強調したいのでしょうが
ある意味で、このような回答ができると言う事は
詐欺的行為の原因や背景、犯人やそのルートを
完全に把握していなくては、言えない事なのです。
ところが現在でも詐欺の詳細は闇、霧の中です。
おそらく会長は自分に都合の良いように嘘を言っているか、
未確認情報を自分に都合の良いように解釈したかのどちらかでしょう。
どちらにしても、この悪意ある詐欺行為を
会社自身の行為ではなく
技術者や作業者のせいにすることは
業種違いだとは言っても、昔工場の技術者だった私にとっては
恐怖すら感じる悪魔的な会社だと感じてしまいます。
できればもろもろのマスコミの流した会長のコメントが
日本語訳の間違いであることを望みます。
(私はドイツ語はわかりませんので…)
実は以前このコーナーで
某大企業のチップコンデンサーのリーク電流が
極めて高い不良品を
不良品と知りながら販売されたことを書きました。
買い手に不良がわからなければ
どんどん売ってしまおうという会社は少なくないのかもしれません。
だからかもしれませんが
フォルクスワーゲンの詐欺的行為に関しては
落胆と軽蔑を感じますが、怒りには感じていません。
(まぁ、自分が被害を受けていないからなのでしょうが…)
ただ、それを企業が個人に責任を押し付ける行為に関しては
はらわたが煮えくり返るくらい怒っています。
おそらく町で走っているワーゲンを見ただけで
永遠にぶり返す怒りだと思います。
どうかフォルクスワーゲンにおいて
原因や背景まで含めて、すべての詐欺行為のあらましを
世界中に発信してほしいと思っています。
でも、おそらく
ドイツ国家やヨーロッパの金持の都合で
本質はうやむやに処理されるんだろうと思ってもいます。
「旭化成建材がついた嘘」
前回フォルクスワーゲンの不正について書きましたが
旭化成建材によるくい打ち施工のデータ偽装問題が発生して
マスコミが騒いでいるのを見ていると
マスコミの発表に何か違和感を感じるので
今回はその件について書いていこうと思います。
事件の発端は横浜市都筑区のマンション傾斜に気付き
調べていくと52本打った杭の内の6本または8本が
支持層(硬い岩盤の地層)に到達していなかったと言う事のようです。
その杭を打った会社が「旭化成建材」で
打った杭のデータは偽装されていたわけです。
それで「旭化成建材」の打った杭の上に立っている建物を調べたら
北海道で新たな偽装が見つかったというのが現状です。
そんなこんなで、
マスコミはこぞって「旭化成建材」を非難しているわけです。
ただ、ひねくれ者の私としては
マスコミを含めて、関係しているすべての会社が
真実を隠すためのミスリードの為のお芝居のような気がしています。
まず私が最初に違和感を感じたのは
問題が発生して、比較的早い時期に
杭のが支持層に到達していなかったと言う事を発表したことです。
私はその時、地中深く打ち込まれた杭を
どのように測ったのかと言う事に疑問を持ちました。
それを詳細に教えてくれる報道は
私の知る範囲ではなかったと思います。
今考えると杭は到達しなかったのではなく
データ偽装があっただけなのだと思っています。
次に違和感を感じたのは
北海道庁の人が鬼の首を取ったがごとく発表した
偽装データのグラフです。
いったいそのデータが何を表しているのかはわかりませんでしたが
かなりノイズの影響を受けているデータでした。
発表されたデータが杭が支持層の到達したデータなら
偽装にまで使われているわけですから
あのノイズまみれのグラフが理想的な波形のわけです。
と言う事は
実際現場でデータから杭の適性を判断するのは
比較的難しい作業なのかもしれません。
それはともかく
マスコミはそのデータを発表して数日のうちに
何処が言ったのかはわかりませんが
「偽装はあったが建物の安全性は問題が無い」という
何の根拠もないどこかの見解を発表しました。
そしてその報道を否定する報道はまだ見たことがありません。
今考えると
データ偽装と杭が、支持層に至らない事は
イコールではないのかもしれません。
まあ、これらのことは
なんとなく、漠然と違和感を感じていただけなのですが
「旭化成建材」の記者会見で感じた違和感は
もしかして、自分はマスコミにミスリードされているのではないか
と感じさることになりました。
ここから先の文章は私の一方的な妄想となりますので
戯言として読んでいただければ幸いです。
「旭化成建材」の記者会見で最も違和感を感じたのは
一つは技術的回答のできる人が出てこなかったこと。
もう一つは「旭化成建材」の親会社「旭化成」の偉い人が出ていたことです。
普通なら問題を弁明して、自分のできることを発表するべきところ、
偽装を認め、グループを挙げて責任を取るという記者会見になりました。
これは自分にとってはとても気持ちの悪い会見でした。
幸せなサラリーマンは知らないでしょうが…
仕事を与える側の会社の責任を、仕事を受ける側が取るのは
暗黙の企業常識なのです。
私が以前勤めてきたカメラレンズ工場で
似たようなことがあって、工場判断ではなく全社規模の判断で
相手側責任の不具合対策として、
仕事を受けた側の我々が、相手の会社に行って
全数手直しをしたという苦い記憶を思い出します。
(あまりにもひどい話で、詳しい内容は書けません。)
まあ、世間の評判よりも
仕事をくれる会社に恩を売る方を取ることは仕方のない事です。
どうも、杭打ちのデータ偽装は日常に起っていると言う噂は
ネット上に飛び交っています。
もしかしたら、
データが杭打ちの成功を示しているのではないかもしれません。
お役所はそのことを知っていてお役所仕事しているのかもしれません。
マンションの傾きをデータ偽装のせいにして
「旭化成建材」に全責任を押し付けているのかもしれません。
少なくとも
支持層の深さを図ったデーター
杭の設計データー
杭の長さのデーター
は発表しなくてはいけないような気がします。
たぶん本当の責任は、そこら辺にあると思います。
このまま、マスコミや北海道庁などの都道府県が
終息の方向に進むのならば
たぶん、公やマスコミぐるみで
杭打ち業者のみの責任ということで治まるのでしょう。
たぶん、本質的危険は残したままになります。
まあ、重量の重い高層マンションなどは
我々の想像を超えるリスクが存在すると言う事ぐらいは
頭の隅に残しておいた方が良いのかもしれません。
最近、高いビルを下から見上げると
なんとなく歪んで恐ろしく見えてしまいます。
目の錯覚であることはわかっているのですが…
P.S.本文章は2015年11月12日以前に書きました
2015年11月12日のニュースによると
杭が支持層に到達していないことを測った方法は
かなり信頼性の無い測定方法だったようです。
「旭化成建材」はボーリング調査を希望しているようです。
もしかしたら、大どんでん返しがあるのかもしれません。
「2015年の最後に」
今回は棚卸の片手間の文章になります。
毎年、出品より仕入れの量が多くなって
年末になると仕入れを控えようと思うのですが
棚卸が終わってしまうと、元の木阿弥状態となります。
やはり、古本漁りは売るよりも買う方が楽しいようです。
でも、仕入れ額は徐々にですが減っていますし
そこそこ古本屋家業の要領は良くなっているようです。
来年こそは在庫の量を減らして
棚卸が少しでも楽になればよいと思っています。
どうも隣では鬼が笑っているようです。
早いもので今年ももうすぐ終わりになります。
世界の情勢はかなり厳しいものになっていますが
私の周りでは平穏に時が流れています。
私がいつも思っていることなのですが
幸せなんて言うものは
量では無く傾きなのではないかと…
傾きが0でさえあれば
それが幸せだと思ってよいのではないかと…
平凡を幸せと言っても良いのではないかと…
でも、自分が平静で、中庸であると言う事は
現代ではそこそこの苦労や努力と忍耐が必要であることは
最近少しづつわかってきたような気がします。
だから来年も努力をしようと思っています。
どうも隣では鬼が笑っているようです。
こまどり通信はこれが今年最後の発信となります。
皆様のおかげで、どうにか
今年も無事に終われそうです。
来年もよろしくお願いいたします。
もちろん、隣では鬼が笑っています。
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