日光 下界から天空
2010年5月〜2011年3月
「日光がフィールドになったこと」
私が最初の社会人になった時、
宇都宮でカメラのレンズを作る工場の製品技術として
宇都宮に一人で住むようになりました。
どうしてその仕事を選んだかと言うと
その会社のカメラを持っていて、そのカメラが好きだったからです。
(そんな理由で仕事を選ぶと、ろくなことにはなりません。)
私は自動車が嫌いなのですが、通勤上どうしても必要となり
中古車を買いました。
そうすると暇な時写真を撮りに日光へ行くようになり
日光が私の撮影フィールドになりました。
通常、東照宮の周辺を日光、いろはを登ると奥日光と言いますが
私は風景写真を好きで撮っていたため
いろはを登ると日光、東照宮周辺を下界と呼んでいました。
私が日光で最も好きな季節は新緑の頃です。
秋の紅葉は枯れの豪華さで、
どんなに絢爛でもどこかしらに寂しさが漂います。
それに対して、本当に若い新緑は
緑と言うよりも黄色や赤を多く含んでいます。
その若々しい活動的な色彩に
まさしく山が萌える状態になります。
元来「萌え」は若芽の色彩を対象に使われ
けして、異性に対するこだわった感情に
使われる言葉ではなかったはずです。
ちなみにゴールデンウイークに
新緑を見に日光へ行った方はご愁傷様です。
下界の新緑の美しさに、期待を膨らませながら
渋滞の苦しみを超えていろはを登って見た景色は
雪はなかった冬枯れの景色のはずです。
(努力すれば柳系の花に早春を見つけられたかもしれません。)
ちなみに普通は日光の新緑の季節は6月の初旬です。
陽気により若干変化しますので
ネットなどで調べてから出かけることをお勧めします。
「日光のお土産」
日光でお土産を買う時はできるだけ下界で買うようにしましょう。
と言いつつ、最近は高速、有料からいろはを登ってしまうため
なかなか、東照宮の周辺に行くことはありません。
その為、日光に行ってもお土産を買うことがほとんどありません。
私が東照宮周辺に行ったとき必ず買うものが2つあります。
一つは「ひしや」の羊羹です。
初めに購入してた時は、笹の葉にくるまれていたのですが
最近は通常の羊羹と同じような銀紙にくるまれているようです。
商品を売る気のない、目立たない門構えと
午後に行ったらほとんど売り切れている希少性から
購入できた時の喜びは格別です。
もう一つは「金谷ベーカリー」のクッキーです。
黒(ココア)と白(バニラ)の2種類が入っているもので
初めに購入した時は、チープな、Theお土産のような袋詰めでした。
今は紙のケースにこじんまりと入っているようです。
「金谷ベーカリー」のパンやケーキは良くガイドブックに紹介されますが
クッキーはあまり有名ではありません。
でも、金谷ホテルのお茶受けとして出されている逸品のようです。
(金谷ホテルなんて高級なホテルには
1回も泊ったことはないのですが…)
二つとも飛びぬけておいしいというものではありません。
ただ、良い材料を使い、丁寧に作ったことがわかるような味です。
作る者の誠意が感じられる商品です。
お土産には絶対のお勧めです。
ただ、本当に最近は東照宮周辺に寄っていないので
現在も残っているかどうかは全く不明です。
役に立たない情報でしたらお詫び申し上げます。
2つとも歴史のあるものなので大丈夫だとは思いますが…
「日光 開山堂〜滝野神社」
日光と言えば「二社一寺」です。
まったく異なる宗教形式である二荒山神社、東照宮、輪王寺が
一つの神聖な地域に並列に存在する姿は圧巻です。
ただ、何を語ってもガイドブックにはかなわないので、
今回は開山堂から滝野神社に続く道について書きたく思います。
ちょうど、東照宮の裏手あたりになるのでしょうか?
勝道上人の霊廟と呼ばれる開山堂があります。
車の擦れ違いがかなり困難な
細い自動車道が滝野神社に続いているので
歩くのがつらい人はその2か所を車で行くことができます。
でもそれほど長い距離では無いので
ぜひ東照宮の駐車場に車を置いて、
石畳の道を歩くことをお勧めします。
何の霊感の無い私でも、神聖な気を強く感じることができる
喧騒から離れた静かな世界を感じることができると思います。
まず、開山堂近くにある香車堂に驚かされます。
大小さまざまな将棋の香車の駒が奉納されています。
それは、安産を願う人が、奉納されている一つの駒を持ち帰り
無事に香車のように安産で子供が生まれた時は
持ち帰った駒と、
さらに大きな香車の駒を奉納するためと聞いています。
でも実際に将棋の駒が増えている感じは見られないので
背景に色々あるのかもしれません。
ふつうは寄り道はせず、
香車堂から石畳の道を滝野神社に向かうのですが
少し寄り道して、
若干、東照宮側に戻ると二つの小さな石がたっています。
「陰陽石」と呼ばれているようですが、
どちらの石が陰か陽かわかっていないようです。
あるいは二つあることがミスリードのためで
日のあたっているところが陽、そのかげが陰なのかもしれません。
または男女の秘め事を象徴しているのかもしれません。
(形は特徴的ではないのですが・・・)
しばらくは哲学的な思考に浸ってしまいそうです。
道は小さな祠や石仏などがあり、静かで深い自然に圧倒されます。
修験道のイントロダクションと言ったところでしょうか?
実際の山岳信仰の対象が現在の男体山や女峰山なのでしょうから
いろは坂の無い時代は、どれだけ大変な修業だったか
想像することもできません。
ただ、すぐそばに二社一寺の雑踏があることを思うと
より静けさが神聖なものに感じてしまいます。
一度、しとしと雨の時に歩いたことがあるのですが
濡れた苔むした石畳や杉の深遠な世界が強調され
さらに神聖な気を感じたことを今思い出しています。
しばらく歩くと滝の音が聞こえてきます。
左手側に見えてくる滝が「白糸の滝」です。
私がよく行っていた時は滝壺まで入れたのですが今はわかりません。
そして、滝のすぐそばに滝野神社の入口があります。
実は滝野神社を何と呼ぶのかよくわかりません。
ついそのまま「たきのじんじゃ」と呼んでしまいますが
「たきのう」と正式には呼ぶと聞いたことがあります。
また、正確な記憶では無いのですが、
二荒山神社が男体山をご神体にしているため、女性が立入れなく、
女峰山をご神体にしている
滝野神社に女性は参拝したという話を聞いたことがあります。
それが理由かどうかはわかりませんが
「縁結びの笹」「運だめしの鳥居」など女性好みのスポットがあります。
ただ、「縁結びの笹」はほとんどすべて結ばれていますし、
「運だめしの鳥居」は行くたびに挑戦しますが、
成功したためしがありません。
この年まで結婚できない私においては、
自己嫌悪以外の何物にもつながりません。
それでも、国の重文指定の建物などが管理者のいない状態で
(実際はが二荒山神社管理しているようですが…)
たたずむ雰囲気が大好きで
二社一寺を訪ねた時には必ず訪れてしまします。
最近下界の観光をしないので
現在と少し異なっているかもしれません。
その場合はどうかご容赦ください。
でもこの道は
古代から、近代までの時間的に連続した混合の宗教を
今流行りのパワースポット的な要因を含めて
素人でも感じることのできる魅力的な道です。
少人数の旅の際はぜひ訪れていただきたい道です。
「上りのいろは坂」
馬返しから明智平までの一方通行の上り坂を
第2いろは坂と呼び、下界から天上界にいざなってくれます。
私の場合、馬返しの駐車場で車を必ず止めトイレ休憩をします。
日光の公衆トイレは、いつ頃からかは忘れましたが
大変清潔できれいで手入れが行き届いています。
また、トイレの横から聖なる河「大谷川」の川辺に降りれます。
日光の旅の出発点と言う感じが楽しめます。
いろは坂は、少し前までは道幅に余裕のある1車線の道路だったので
運転の下手な私でも
急カーブも勾配もそれほど意識なく登れたのですが
現在は2車線になっています。
車線を守ると急カーブも勾配も意識をしてしまいます。
基本的に右車線は追い越し車線なのですが
カーブ箇所での追い越しは絶対にやめるべきと思います。
また走り屋の車は自分のことしか考えていないので
カーブでも平気で追い抜いていきます。
危険そうな車が近付いた場合は
ウインカーを付けて左により
できるだけ直線の真ん中付近で追い抜かれるようにしましょう。
かなりいろはを登ると
「日本の道百選」の石碑のある小さな駐車場があります。
もうじき明智平なのであまり止まる車は無いのですが
この駐車場は東面に展望が開けています。
日の出に間に合うのでしたら、ぜひ立ち寄ってください。
特に、冬の低い太陽と澄んだ空気が織りなす
夜の紫から日の出の荘厳な金色のグラデーションは
低地に暮らす我々にとって
見たことのない感動を感じることができると思います。
私は明智平に関してはあまり詳しくありません。
だいたいロープウェーの始発時間より前に通過してしまうため
単なる通過地点になってしまうからです。
ただ、去年の梅雨、下界が雨の時、少し遅れて出かけたので
ロープウェーの動いている時間に来られたので
久しぶりに展望台まで登りました。
ちょうど低い梅雨雲の頂上部にあたっていたようで
華厳の滝越しに望む中禅寺湖の有名な絶景が
沸き立つ雲に見え隠れする風景を堪能することができました。
実にラッキーでいい思いをしました。
ここから半月山のほうへハイキングコースがあるようですが
私は使ったことがありません。
どうも利用している人が少ないように思えます。
道が荒れている可能性があるのでご注意ください。
最後にいろはの渋滞について書きたいと思います。
観光最盛期のいろは渋滞は尋常ではありません。
そう言う時に私は、夜にいろはを登り、
午前中にいろはを下るようにしています。
基本的に性格の悪い私は
帰りしな渋滞を見てはひそかに喜んでいます。
以前、今市まで伸びている渋滞を見たことがあります。
もし観光最盛期に日光へ向かい
遅い朝に少し渋滞の予感を感じた場合
真剣に行き先の変更を検討することをお勧めします。
「立木観音周辺」
いろはを登って道路標識に従い右に曲がると
中禅寺立木観音があります。
立木観音は日光山の開祖勝道上人が
男体山登頂後に建立したようです。
本堂には、桂の木を根がついたままの
立木の状態で彫った十一面千手観音菩薩像があります。
観光地日光として、ともすれば忘れがちですが
日光が日本でも有数の山岳信仰の聖地であることに
つくづく思い知らされます、
湖岸は無料の歌ケ浜駐車場となっています。
かなり大きい駐車場ですし、遊覧船の船着き場もあります。
もし観光でこの近辺に来た時は
ぜひ足をのばして
「イタリア大使館別荘記念公園」へ行ってみてください。
湖畔に沿った道を20分ぐらい歩くことになりますが
観光地の喧騒から掛離れた世界を見ることができます。
イタリア大使館別荘は
実際に1928年(昭和3)〜1997年(平成9)まで使われ
かなり傷んでいた建物を、栃木県が数百万円で買い
数億円かけて改修整備したようです。
建物はイタリアの有名な建築家が設計して
寺社建築に腕を持った宮大工が建てたもののようです。
基本洋館の体をなしていますが
部屋の角や隅に、
組木などの日本独特の様式美がちりばめてあります。
また、中禅寺湖を前景にする男体山は
人工物のほとんど見えない優しい景色を見せてくれます。
手延べの透明なガラス越しにその景色を見れば
昭和初期の優雅なイタリアの外交官の避暑の様子が目に浮かび
少しうらやましく感じます。
1階執務室の重厚なデスクに座れば
少しはイタリアの外交官の気持に浸れるかもしれません。
できればうるさい子ども連れや団体客をスルーして
静かな中で楽しみたい場所です。
私が訪れた時は、基本入館無料をうたいながら
きっちり200円を徴収され、入館券の半券までもらいました。
現在どうなっているのか不明ですが
栃木県の公共公園ですので、ぼったくられることは無いと思います。
たしかこの周辺に中禅寺湖の湖水浴場があったと思います。
今はどうなのか定かではありませんが、
夏に訪れても今まで湖水浴客にあったことがありません。
実際は、死ぬほど冷たい中禅寺湖の水温と
8月も後半になれば風邪をひくほど寒くなる気温を考えれば
夏でも湖水浴より温泉を選んでしまうのかもしれません。
「半月山周辺」
歌ヶ浜の駐車場からぐんぐんと高度を稼ぐ山岳道路があります。
以前は中禅寺湖スカイラインと呼ばれ有料の道路と記憶していますが
今は県道として無料の道路となっています。
短い距離の道路ですが、充分山岳ドライブを楽しめます。
視界が少し開けてきて、しばらく運転すると
第1駐車場と呼ばれる場所に来ます。
昔はドライブインがあったようですが
今は危険な廃墟として残っています。
ここからの眺望は素晴らしくあまりにも有名です。
八丁出島の半島越しの中禅寺湖と男体山
その背後に広がる女峰山から白根山に続く峰々
よく秋の紅葉中継でテレビに現れるパノラマ風景です。
半月山の山頂を右側に巻いて、道路はさらに奥へ続きます。
行き止まりが第2駐車場と呼ばれている場所です。
ここからは明るい日光の風景とは異なる
足尾周辺の深い森と山並みを楽しむことができます。
真下に望む、飲み込まれそうな深い谷の森を前景に
庚申山や皇海山などの山並みが楽しめます。
その中で、草木は生えず山地むき出しの異質な風景が見られます。
足尾銅山の銅害により自然破壊された風景だそうです。
以前この風景を「日本のグランドキャニオン」と呼んで
観光地化しようとしていたのですが
どうやら定着はしなかったようです。
地球規模の歴史で川や風の浸食でできた景色と
人間が一瞬で破壊した自然の景色を、
同一視できないのは当然と思います。
この周辺はとびきりの眺望を楽しめるのにもかかわらず
あまり人は訪れません。
観光地として取り残されているイメージです。
私にとってはお気に入りの場所で
静かな旅を楽しめるのはうれしいことなのですが
中禅寺湖畔や湯川沿いの観光地の
混雑と、木道や遊歩道、トイレなどの整備状態を思うと
私の最も不思議な日光の謎です。
「日光のお昼ご飯」
日光は「いろは」を登るとコンビニが無いことで有名です。
実際に「いろは」より上は、
通常の生活臭い建物はほとんどありません。
ほとんどがお土産屋さんと食堂と旅館と観光施設です。
この町でおいしい昼飯にありつくことは
実は結構難しいこととなります。
基本的に味、メニュー、値段が横並びになるからです。
全てがそうだとは言いませんが
私の経験上9割が横並びと言って過言ではないと思います。
定価800円のそばやカレーがあまりおいしくないと
「松屋」か「吉野家」の
1軒くらいあってもいいだろうと思ってしまいます。
ただ、そう言うお店を町ぐるみで作らせない事が
安定した観光立町の礎になっているのかもしれません。
実は、あまり知られていない
おいしい昼飯にありつく方法があります。
それは有名なホテルのラウンジを利用するという方法です。
一般食堂の定価が高めに横並びの為
少し高いホテルラウンジ価格もそれほど気になりません。
味はそれぞれのホテルのシェフが工夫をしているのでしょう
充分満足できる内容だと思います。
(メニューが少ないのは若干難点ですが…)
何といってもすいているのが一番の魅力です。
高い敷居でも超えるべきです。
ただ、ホテルのラウンジを利用する場合、一つ注意点があります。
我々客に対してラウンジの給仕は
正式なマナーで対応してくるからです。
ここでありがちの失敗例を紹介します。
女性と2人で向かい合うように席につきます。
レディーファーストですから給仕は彼女から先にコップに水を注ぎます。
私は給仕が自分の分の水を注ぎやすいようにと
左にあった空のコップを右にもっていきます。
普通の食堂なら「ありがとうございます。」と言って
水を注いてくれるでしょが…
ラウンジの給仕は少し困った顔をして
彼女の水を注ぎ終わった後、私の左側に来ます。
私はあわてて元あった場所にコップを戻しました。
その時私は、給仕は左側から受けるものだという
食事の基本マナーを思い出しました。
普通の食堂で、
注ぎやすい、かたづけやすい状態にしようなどと考えてしまうのは
一般庶民である私にとって行動思考の癖となっているので
仕方ないと思ってはいますが
いらぬ恥をかいてしまいました。
今ではこういう場面では心に誓っていることがあります。
基本的に自分から行動を起こさない。
わからない事があったら聞く。
場違いに身を置いたときの、意外に役立つ心得だと思います。
まあ、給仕は私に対するサービスをしているにすぎないのだから
堅苦しいことは考えず、楽しめばよいことなのですが…
「日光市道1002号に沿って(1)小田代ヶ原」
日光市道1002号は赤沼茶屋から中禅寺湖西岸千手ヶ浜を結ぶ
車幅の狭い道です。
つい最近まで、マイカーで自由に行き来ができていたのですが
15年くらい前からでしょうか?
マイカーの乗り入れが禁止になってしまいました。
その時は私はいつもこの周辺で写真を写していたので
マイカーの乗り入れが禁止をきっかけに
写真をあまり写さなくなりました。
ただ、マイカーの乗り入れ禁止以降、目を見張るほど急激に
周辺の自然の復活と再生が見られたことを考えると
人間が自然の中に入っていくアプローチでさえ
自分が自然の破壊に関与していたことを感じ
自己嫌悪に陥ってしまいます。
現在は赤沼茶屋から発車する低公害のハイブリッドバスに乗り
この道沿いのポイントへ観光することとなります。
バスの最初に開けた場所が「小田代ヶ原」という原っぱです。
ここは写真家によって有名になった場所です。
特に初夏の日の出とともに朝霧が流れてゆくさまや
秋の草紅葉のグラデーション
真冬の朝、曙光に輝く霧氷など、
自然を堪能する被写体にあふれていました。
現在は真冬はバスが運行されていないので
簡単には撮影できなくなったのが残念です。
ここに日光で最も有名な1本の白樺の木があります。
私が最初にこの地に来た時は
柵などほとんど壊れていて、木の下まで道ができていて
そこまで歩いて行けた記憶があります。
それが、徐々に人が(写真家が)増え始め
写真家により原っぱの植物が踏み荒らされ
テレビでそのことが放映され
さらに写真家が増えることになってしまい、
新しい柵と立ち入り禁止の看板が立ったのを記憶しています。
そのころはかなり植物の生えない土の場所が多かったのですが
現在は野草の種をまいたりしているらしく
完全に復活しています。
この原っぱを前景に1本の白樺の木が立ち
その背後にカラマツ林を配し
一番後ろに美しい山並みと空がある、
日光で最もまとまった景色と思います。
この1本の白樺の木は現在「貴婦人」と呼ばれています。
私が写真の為にこの地をよく訪れていた時は
そのような名前は付いていなかったと思います。
写真を写す仲間内では、小田代の白樺または一本白樺の木
と呼んでいました。
少なくとも日光の厳しい自然を知っているものには
この白樺は、困難に一人で立ち向かう
崇高で孤高なイメージを持っているものと思っていました。
優雅な女性である「貴婦人」という呼び名は
何回聞いてもしっくりしません。
でも、真冬の早朝に
この地に訪れることが困難になった今、
私の思考のほうが間違っているのかもしれません。
「日光市道1002号に沿って(2)千手ヶ浜」
日光市道1002号は赤沼茶屋から中禅寺湖西岸千手ヶ浜を結ぶ
車幅の狭い道です。
私が日光で一番好きな風景が「千手ヶ浜」だったので
15年くらい前からマイカーの乗り入れが禁止になったのをきっかけに
私はあまり写真を写さなくなりました。
千手ヶ浜の冬の朝の風景は、胸が痛くなるほど美しいです。
中禅寺湖の西岸に位置するこの浜は
湖で東側が開けていますので
対岸から昇る朝日を拝むことができます。
冬は日が低い為、空は深いグラデーションに輝きます。
対岸に男体山を仰ぎ、前景に湖に伸びる桟橋があります。
氷点下で人気(ひとけ)のない凛とした静寂の暗闇の中、
朝日が昇る瞬間、一瞬に辺りの空気が暖かく優しくなり
湖から靄が昇る情景は
神秘としか言いようがありません。
今では容易に、冬の朝の千手ヶ浜に行く方法が無く
私にとっては幻の風景となっています。
ただ、1002号のマイカーの進入禁止と
昔あった、千手ヶ浜キャンプ場の廃止、
自然復活の公共事業の甲斐があってか
周辺の深い自然の復活は目を見張るものがあります。
人の欲望の為に作られた施設やシステムを廃止することは
深い自然を復活させる必須条件なのかもしれません。
あまり知られていませんが(私も5年くらい前に知りました。)
千手ヶ浜と西ノ湖を結ぶハイキングコースがあります。
日光のハイキングと言ったら、明るさと喧騒は付いて回りますが
このコースは日光の自然の深さと静寂を楽しむことができます。
また森、滝、川など変化に富んで
一味違った楽しいハイキングができます。
ただし、人気(ひとけ)と言うよりも
人の干渉や存在を感じない不安感と
何よりも人より熊に会う確率のほうが高そうな恐怖感は
同時に感じるかもしれません。
あと、国立公園内なので携帯用のトイレもあると便利です。
また、帰りのバスの時間を計算しないと
1002号をてくてくと歩くことになるかもしれないのでご注意ください。
バスは停留所でなくても止まってくれるのでご安心ください。
日光市道1002号のマイカー規制によって
写真を媒介とする私と日光の距離は間違いなくひらきました。
ただ、この付近の自然が年々深く正常になっていることは
どうも間違いが無いようです。
この文章を書いていて、
私も過去に自然破壊の一端を担っていたことに気づき
少し自己嫌悪に陥っています。
日光 戦場ヶ原
私が最初に写真の為に日光を訪れたのは
学生時代の写真部の夏合宿でした。
その時泊まった宿は、今は公共の足湯になってしまいましたが
その時の撮影会で訪れたのが戦場ヶ原です。
今でこそ、日光へは年1程度しか行きませんが
宇都宮で社会人をしていたころは
月2ぐらいで日光へ通い、写真を写していました。
そのたびに必ず、戦場ヶ原の自然観察路は訪れていましたので
戦場ヶ原へ数百回行ったことがあると言っても過言で無いと思います。
今回は戦場ヶ原の自然観察路について書き綴ります。
一般的に戦場ヶ原の入口は赤沼と思われていますが
私はいつも、湯ノ湖に車を止めて湯滝側から下りてゆきます。
単純に湯ノ湖の駐車場が無料で止めやすいからなのですが
森から抜けると戦場ヶ原が現れるシチュエーションが味わえることと
赤沼で引き返すか、龍頭の滝までいくか選択肢があるので
湯ノ湖側から下りるのが正しいチョイスだと思っています。
道はかなり高い品位で整備されているので
比較的どなたでもハイキングを楽しめると思います。
ただ湯滝を降りる際は、かなり急な昔からの石段を降りるので
足に自信の無い方は、
駐車場が有料ですが
湯滝レストハウスから出発するのをお勧めします。
通常、戦場ヶ原の自然観察路は湯滝の展望台から続きます。
川から見る湯滝もなかなかの景観ですが、
対岸に渡ると小滝まで単調な道となります。
実は展望台と反対側、レストハウスの駐車場側の金網の塀に
「ここ、ほんとに開けてもいいのかな?」と思う扉が付いています。
その扉から続く道が、対岸に渡らないで戦場ヶ原へ続く道です。
こちらのほうが距離が短いし、
森も深い、川の近い風景を見せてくれます。
ご利用の際は試していただければと思います。
小滝から川沿いをしばらく歩くと、泉門池があります。
美しく透明な水をたたえた池で底から水が湧いているようです。
たくさんのベンチやテーブルが整備されて
大体ここでみんな小休止するようです。
以前はここに人になついた鴨が住んでいて
餌を請求するために近寄ってきました。
あの、悪行の日光のサルが有名になったころ
餌付け禁止が徹底されて、今では鴨を見ないようになりました。
それから水質が圧倒的に改善され
現在美しい水をたたえる池となっています。
ちなみにこの水は湯川に流れ、
ここから湯川を望むと
男体山と川と倒木による美しい景色を楽しめます。
泉門池から徐々に森が開けてゆきます。
立派な橋を渡り少し歩くと、一気に空が開け
広大な戦場ヶ原と対面することとなります。
ここの明るさやさわやかさは格別ですので
木道を踏み外さないように、充分に楽しんでください。
ただ、戦場ヶ原の植物においての厳しい自然条件で
大きく植物が生長できない事が
明るさやさわやかさに繋がっていることは
人間として少し意識しなくてはいけないのかもしれません。
ちなみに正面は男体山の美しい裾野の風景ですが
後ろを向くと白根山の荒涼とした山並みを楽しめます。
後ろを振り返るのを忘れないでください。
戦場ヶ原を越えると赤沼茶屋に行く道とぶつかります。
まっすぐ行くと龍頭の滝に出られますが
私にとっては龍頭の滝までの道は単調に思えてしまうため
最近は赤沼茶屋から湯ノ湖にバスで戻ってしまいます。
ただ、つつじの季節は、龍頭の滝独自の美しさに覆われますので
訪ねて行くのがよいと思います。
戦場ヶ原を歩くのは季節が重要となります。
お勧めは新緑と紅葉の季節ですが
紅葉は、想像を絶する混み方をしますので
一番は新緑の頃と思います。
前にも書きましたが日光の新緑は6月初めごろですので
間違ってゴールデンウイークには出かけないでください。
夏はさわやかですが、林間学校の子供が多いので
静かな旅を望むのでしたら控えたほうがよいと思います。
冬は霜や雪、氷の覆われた不思議な風景を楽しめますが
天候の変化が厳しく、下界が晴れていても普通にふぶきますので
かなり注意がいると思います。
雪に完全に覆われた場合は
その道のプロの同行が必要となります。
最近戦場ヶ原の国道付近まで、普通にシカが現れます。
私は見たことが無いのですが、熊も人里まで現れるようです。
以前は人の領域に野生の動物が現れることはまれだったのですが
人の領域と野生の領域との境が無くなってきたのかもしれません。
日光は明らかに以前より自然が深くなっています。
日光は一大観光地でありながら
自然への回帰を成功させた、まれなケースなのかもしれません。
少なくとも人間は日光を訪れる際は、
ルールを超えた自分の欲望を抑える必要があるのかもしれません。
少なくとも国立公園内で
自分の子供に補虫網と虫かごをもたせるのはやめさせてください。
「日光 湯元」
日光の最奥に当たるのが湯元です。
これより先は白根山の領域となります。
日光は中禅寺湖温泉などたくさん温泉がありますが
いろはの上の温泉は、基本的に湯元を源泉としています。
泉質は硫黄系のお湯で
最初は緑がかった透明なのですが、
空気に触れると徐々に白濁していきます。
湯元の温泉宿は、お湯が新鮮なためか、
あまり強い白濁はしていません。
良く源泉かけ流しと言いますが、
ここの温泉は温度が高い為、水で薄めないと入れません。
こう言う場合は、
源泉かけ流しと言って良いものか悪いものかわかりません。
ただ、天下逸品のお湯であることは間違いないと思います。
温泉街はほとんど温泉宿だけです。
前は「はるにれの湯」という立寄り湯が温泉寺の近くにあったのですが
この前行った時は壊していましたので、今は無いかもしれません。
今はどこかの旅館系の立寄り湯が、
温泉神社の近くにあったと思います。
ちなみに、今無料の足湯の施設は
たしか「ファミテックイン奥日光」という旅館の跡地に建っています。
お土産屋さんと言ったら
塩羊羹屋さんが1軒あって
午後には売り切れてしまう場合があるようです。
あとは、バス停と駐車場、ガソリンスタンド
ビジターセンターと言う環境庁の施設があるぐらいです。
一般の娯楽施設はほとんどないと思って良いです。
そこが私の大好きなところなのですが・・・・
最近、少しだけですが、
旅館側の湯ノ湖の岸に木道が整備されました。
車椅子の通行を意識した道のようで
大変歩きやすい道となっています。
その木道沿いで国道側の湯ノ湖に温泉が少し湧いている場所の
ちょっと先側で夏の3時から4時ごろ湖面を覗くと
太陽光線の具合で、岸の湖底まで見えるようになります。
すると、思ったよりも大きく、
思ったよりもたくさんの魚を見ることができます。
(たぶんニジマスだと思います。)
普通見過ごす景色ですから、見つけると少し得した気持ちになります。
木道の反対側(ビジターセンター側)は
大変変化に富んだ、歩きやすい遊歩道となっています。
以前は駐車場やキャンプ場だったところが、
自然豊かな林に整備されました。
湖に流れる川があり、適度な高低差があり、東屋もあります。
この周辺に立派な白樺の木々があるのですが
それは、高原の雰囲気を出すため人が植えた木のようです。
「ダケカンバ」と言う木があります。
白樺とダケカンバは植物学的にはほとんど同じ植物のようです。
(実際は葉の分かれ方や樹皮の模様などが異なるようです。)
基本的には標高により棲み分けがされているようなのですが
湯元ではダケカンバの領域だったようです。
ただ、私が知っているもっとも古い湯元の記憶でも
湯元に白樺はあったので真偽のほどは確かではありません。
現在白樺は普通に育っていますので
湯元が丁度、白樺とダケカンバの境の標高と思って良いと思います。
きっと湯元より高い所で白樺のような木を見つけたら
それは「ダケカンバ」と言って間違えは無いと思います。
これで私の日光篇は終わりとなります。
次から何を書いてよいのか解らず困っています。
あまり変化のある人生を歩んでいないので
早々書くネタのあろうはずは無いのですが
まあ、1カ月あればなんとかなると思っています。
期待しないで次をお待ちください。
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