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カメラのレンズ


2011年9月〜2012年5月

「一眼レフカメラのレンズ 古い知識ですが・・・」
 今から二十数年前、私はカメラのレンズを作る工場で
 電機系の技術者として働いていました。
 技術と言うものは日進月歩で
 いまさら二十数年前の技術を書いても仕方が無いと、
 今までずっと思っていました。

 最近電気屋さんによく行くようになり
 偶然今のデジタル一眼レフカメラに目がいきました。
 今のカメラはレンズが2本付いているセットがあり
 レンズの1本はカメラに付き
 もう1本はマウント部がむき出しのまま展示されていました。
 何気にレンズのマウント部を見たとき、私は驚きました。
 「えっ!。まだ絞りの駆動レバーが付いている。」
 それで、全てのメーカーの一眼レフのマウント部を確認したら
 私が働いていたメーカーを除く全てのメーカーに
 絞りの連動レバーが付いていました。

 私がレンズ会社に勤めていた時は
 オートフォーカスのレンズをボディー側から駆動して
 レンズの出っ張り部分をなくしたものが主流でした。
 レンズ内駆動にこだわっていたのは
 私の働いていた会社だけだったと記憶しています。
 そして、ボディー側から駆動したレンズを最初に作った機種は
 一世を風靡して一眼レフ業界に革命を起こしたのです。

 しかし、私が全く知らないうちに
 現在の一眼レフはレンズ内駆動になっていました。
 ボディー側から駆動したレンズを最初に作った会社は
 カメラの名前だけ残って、大きな会社に吸収されてしまったようです。

 ボディー駆動にはきわめて大きな欠点があります。
 それは動かすレンズの位置や重さが制限される事です。
 超望遠レンズや明るい口径の大きい標準レンズなど
 極端に重いレンズを動かしたい時、
 ボディーに組み込まれたモーターで動かせる範囲のレンズしか作れず
 ボディーから届く範囲のレンズしか動かすことができないのです。
 また、システム的にも新しい技術が開発された時
 ボディーとレンズの相関性を持たせなくてはならず
 情報のやり取りだけのレンズ駆動と異なり
 ボディー駆動はシステムを全体的に直さない限り、
 新しい技術を導入できない状態となるわけです。
 そして、コスト的にも
 メカ的に精度の高い加工や組み立ては
 モーター1個より普通は高額になるはずです。

 実は重さの関係を除いて
 絞りのボディー駆動も同じ問題があるはずなのです。
 どうして、二十数年前に技術が確立しているのに
 絞りをレンズ駆動にしないのか不思議でありません。
 私の知らない何らかの理由があるのでしょうが
 もし技術者の怠慢なら
 一眼レフの業界の未来は暗いものとなるのでしょう。

 それはともかく
 二十数年前の技術の事を書いても
 最先端とは言わないまでも
 今でも通じる内容になるのではないかと思い
 何回かにわたって書いていこうと考えました。
 理科系の話になりますが、しばらくの間お付き合いください。

「ミラーレス一眼?」
 私がカメラレンズの技術者として働いていたころから
 既に20年以上たっています。
 各カメラ会社が新しく展開しているシステムに
 「ミラーレス一眼」があります。
 古いカメラに携わった人間として
 何か少し不安を感じるところがあります。
 それについて今回は書きたいと思います。
 
 今、携帯電話にカメラが必ず付いている時代です。
 その為、液晶のような画面から被写体を見て
 写真を撮影することに何の不審も感じない世代の時代です。
 現に安価なカメラは、既にファインダーというものが無くなり
 携帯電話のように写真を写す時代が来ています。
 それを交換レンズが可能のようにシステム化されたカメラを
 「ミラーレス一眼」と呼んでいるようです。

 ただ、私のように古い人間には
 ファインダーを覗いて写真を写す形が身に付いているため
 画面で被写体を見てカメラをホールディングするのに、
 何かしっくりきません。
 私にとってはファインダーをのぞくという行為は
 手以上に、体全体でカメラを固定する機能を持っているのです。
 安いカメラの場合は、レンズが軽いので
 手だけのホールディングで、苦も無く撮影できますが
 交換レンズのシステムとなると話は別です。
 もし、「ミラーレス一眼」の購入の予定の方は
 カメラ屋さんに付いている標準系のレンズだけでなく
 望遠系のレンズを付けてもらい
 ホールディング感を確認したほうがよいと思います。

 「ミラーレス一眼」において絞りはレンズ側で駆動しているようです。
 おそらく一眼レフと異なりレンズを小型化する必要があるため
 メカ的なレバーを入れる個所が無かったものと思います。
 その為かどうかはわかりませんが
 「ミラーレス一眼」はボディーとレンズの接点である端子が
 異常に多くなっています。
 現在レンズの技術から遠ざかっている私には
 正確な事はわかりませんが
 レンズ駆動の信号と絞り駆動の信号が別々な端子から
 別々な経路で
 ボディーからレンズに伝わっている可能性が高いと思います。
 私はやはり電機系の技術者でしたので
 端子が多いとそれだけで不具合の要因が多くなると思ってしまいます。
 またシステム上もレンズに判断できる機能があるほうが
 数段優れていると思います。
 一眼レフである程度のシステムを作っているメーカーは
 一眼レフのレンズも「ミラーレス一眼」に使える装置を作っていますが
 メカ的に絞りを動かすレンズを
 電気的に絞りを動かすボディーに付けるシステムになりますので
 なんとなく付け焼刃のような気がします。
 何よりもレンズとボディーのバランスはかなり悪いと思いますので
 あまりお勧めできないシステムではないかと思います。

 このように私から見ると、「ミラーレス一眼」というシステムは
 どうも、機能的にも構造的にもシステム的にも
 劣っているものに見えます。
 私には、安価な韓国のカメラ群が増加してきたものに対して
 高額な商品を売りたい日本のメーカー側のエゴとしか見えません。
 ただそれは、私が古いカメラ業界の関係者の為
 古い物の考えしかできないことが要因しているかもしれません。
 若い世代、新しいユーザーには
 画期的なシステムなのかもしれません。
 本気で各メーカーが
 「ミラーレス一眼」を恒久のシステムにする意思があるなら
 今後のシステム展開を注意深く見守る必要があると思います。
 最低でも交換レンズ20本くらいは作ってもらいたいものです。

「超音波モーター」
 大昔、良いカメラレンズの評価は
 ボケの味やフレアの入り方など
 漠然な内容で語られてきました。
 もちろん、投影の解像力など数値化された評価もあるのですが
 それは工場の現場などの話で、ユーザーにはあまり知られていません。
 しかし、今はオートフォーカスの時代になっているので
 良いレンズの評価は1点に絞られます。
 それは、カメラが測った被写体までの距離に
 フォーカスのレンズをいかに早く、正確に止められるかと言う事です。
 これがかなり困難な技術を要します。

 通常のモーターを使うと
 極めて正確な制御を行うことを妨げる2つの問題があります。
 一つはコギングと呼ばれるモーターの磁石に伴う問題
 一つはバックラッシュというギアに伴う問題です。

 モーターは基本的に固定された永久磁石の磁界の中で
 電磁石の付いた軸が回る構造となっています。
 モーターの軸が1回転するのに
 その固定された永久磁石の影響で
 止まる個所が決められてしまうのです。
 これをコギングの影響とよび
 精度の高い制御を妨げるわけです。

 モーター単体のトルクが小さく
 カメラのフォーカスレンズを動かす大きなトルクが必要なため
 何段階かのギアをかませます。
 ギアは歯車をかみ合わせるわけですが
 ギアの歯がかみ合った状態から抜ける為に
 設計上の隙間が必要になります。
 その隙間はギアの数だけ大きくなり
 バックラッシュと呼ばれ、精度の高い制御を妨げるわけです。

 もちろんモーター単体やギアを詰めてから動かす制御など
 最大の努力を行ってピントを合わせているのですが
 カメラのピントを合わせるという
 極めて精度の高い制御を行うことは困難です。
 その為カメラは数回にわたって動かし
 正確なピントを合わせているのです。

 ところがこの世の中には
 超音波モーターと呼ばれているものがあります。
 これは磁石を使わないし、ギアも必要としません。
 現在最もフォーカスレンズを動かすのに適したモーターと思われます。
 超音波モーターを大雑把に説明すると
 板を振動させ進行波を作り、
 その上を波乗りのように動かすというものです。

 この世の中に圧電素子なるものがあります。
 聞きなれない言葉ですが、
 実は火打石タイプではない
 一般的な百円ライターの中に入っています。
 ライターで火をつける時、圧電素子をたたくことによって
 電気を生じさせ、ガスに火をつけているのです。
 たたけば電気が生じる圧電素子ですから
 圧電素子に電気を加えれば、
 圧電素子そのものが伸びたり縮んだりします。
 その圧電素子を並べて、うまいタイミングで電気を加えれば
 板を振動させ進行波を作り、
 その上を波乗りのように動かすという
 超音波モーターが完成するわけです。
 モーターと言っても、
 今ままでのフレミングの世界において駆動するモーターと異なり
 コギングのない、ギアレスのバックラッシュの心配の無い
 レンズ駆動に極めて適したモーターとなるわけです。

 ちなみに、超音波モーターは鏡筒に固定され、
 フォーカスレンズの鏡筒は超音波モーターに密着しているため
 オートフォーカス時は問題無いのですが
 マニュアルで手でピントを合わせる時、
 フォーカスレンズをモーターから切り離す構造が困難なため
 超音波モーターはマニュアル駆動に適していません。
 一部のレンズなどはマニュアル時に
 手で動かした量だけ、レンズ内のコンピュータが読み取り
 手で動かした量だけ、モーターを動かしているものもあります。

 本当に完璧なまでの制御を見せる超音波モーターですが
 既に20年前の技術です。
 その間あまり一般的には話題にもならなかったと記憶しています。
 そのあまりに高い超音波モーターの制御力も
 少しぎこちない通常モーターの制御力も
 コンマ数秒の間隔の違いですし、
 ピントも被写体深度
 (数値的に定義されたピントが合ってると言われる幅)
 の1/2に入るか、3/4に入るか程度の差ですので
 ユーザーにはあまり大きな差では無かったのかもしれません。
 ただ、超音波モーターは本当にすごい制御力を持っています。
 一発でピントが合う快感は覚えると癖になりますので
 一度試していただければ、とてもうれしいです。

「電池が早く無くなるレンズ」
 本当にまれな話なのですが
 オートフォーカスの一眼レフでレンズを交換すると
 電池が早く無くなる場合があります。
 なぜまれな話かと言うと
 なかなか誰も気がつかないからです。

 実は今の家電製品など
 コンピューターの入った電気製品は
 電気を切った状態でも
 微量の電気が流れる場合があります。
 ただ、コンセントから電気を受ける場合は
 誰も微量な漏れている電流に気がつかないし
 電池で動く製品も
 他のものと比較をすることが無いので
 問題になることはありません。
 ただ、メインスイッチをオフにして
 1ヶ月くらい放置していたら
 電池が無くなったという経験はあると思います。
 交換レンズの場合
 通常標準系のレンズが付いているのですが
 偶然別のレンズをつけたまま放置して
 電池が無くなってしまい
 注意深い人が、
 いつも付けているレンズと電池の無くなり方が違う事に気付き
 はじめて疑問に思う程度です。
 もちろん何らかの不具合で電気が漏れている場合がありますが
 不具合が無くても電気は微妙に漏れているものです。
 今回はその電流の漏れるシステムからお話ししようと思います。

 現在のほとんどの電子機器は
 各スイッチやセンサーの情報を
 コンピューターの素子(CPU)が受け
 その情報に添ってモーターを駆動したり
 液晶を表示したりしています。
 センサーやスイッチは
 情報的には0と1のデジタルの世界ですが
 実際には電気が流れないか、流れるかの違いです。
 デジタルだけで世の中が動いていれば問題は無いのですが
 実は信号が1から0になる時、電気はONからOFFになりますが
 電気が切れる瞬間、電流が流れていた方向に磁界が生じ
 瞬間膨大な電気が流れる現象があります。
 「逆起電力」といってフレミングの法則と同じ時期に
 学校で教えてもらっているはずの現象です。

 つまり、スイッチやセンサーがONからOFFになる瞬間
 膨大な電気がコンピューター素子(CPU)に流れるわけで
 間違いなくコンピューター素子(CPU)の
 誤動作や破壊につながる要因となります。

 その為、スイッチやセンサーとコンピューター素子(CPU)の間に
 わき道を作り、逆起電力を逃がす回路になっています。
 わき道にはコンデンサーを入れます。
 コンデンサーは
 交流の電気は流し、直流の電気は流さない性質を持っているので
 瞬間的に触れる逆起電力は通し、信号である電気は通さないので
 コンピューター素子(CPU)に負荷がかからず、
 正常動作するわけです。

 実はそのコンデンサーは理由は良くわからないのですが
 製造過程上でほんの少しだけ
 直流電流を流してしまうバラツキが発生します。
 それは、スイッチやセンサーがたくさん付いていれば
 その分だけ電気が漏れていることになるわけです。

 もちろん、コンデンサーの漏れ電流はものすごく小さな電気なので
 簡単に測定をできるレベルではなく
 コンデンサー屋さんの言った規格を信じ設計されているわけです。

 20年以上前の話になりますが
 (今ではそんなことは無いと信じているのですが…)
 ポツリポツリと早く電池の無くなるレンズのクレームが出てきました。
 よくよく調べると、
 使っているチップコンデンサーの漏れ電流が
 規格の2倍、3倍の量があることがわかりました。
 とはいっても測るのに困難な微量な電気ですので
 通常のレンズでは市場では問題にならず
 スイッチやセンサーの状態や量が多い、高機能なレンズに
 通常のレンズより早く電池が無くなるものが発生したわけです。
 悪いコンデンサーを作っていたメーカーは
 選別して納品すると寝ぼけた事を言っていたので
 当然コンデンサー屋さんを変えました。
 それだけで問題は解決しました。
 悪いコンデンサーのその後はわかりませんが
 既に改善されていると信じたいものです。

 そのコンデンサー屋さんは家電も作っていて
 つい最近まで、そこの家電製品は絶対買わないと誓っていました。
 ある時そのメーカーの家電の中身を見る機会があり
 なんと!別メーカーのコンデンサーを使っているのを見て
 自社製品より安くて良いものは、自社製品があっても利用するのかと
 感動してしまいました。

 それ以来、そのメーカーの家電も不安なく購入できるようになりました。

「交換レンズのひねくれた買い方」
 ミラーレス一眼にしても一眼レフにしても
 レンズを交換できるシステムのカメラを買った場合
 やはり、画角の違う新しいレンズを買うことが
 そのシステムの醍醐味といっても過言ではないでしょうか。

 その際は、まず、カメラ屋さんに
 レンズを箱や袋から出してもらいましょう。
 そしておもむろに
 「覗いて良いですか?」と聞きましょう。
 この工程を踏まないと
 気に入らないレンズの場合も
 無理やり、お店に買わされる可能性があります。
 そして、そのやり取りにおいて
 カメラ屋さんの品格が大体わかるものです。
 品格の無いカメラ屋さんは
 箱を開けることすら対応してくれないはずです。

 まずレンズを受け取ることができたなら
 光源(お店の照明など)を斜めにして覗いてください。
 するとレンズと鏡筒の付け根部分が
 キラッと光が反射するのが確認できます。
 それがいわゆる、ゴーストやフレアーです。
 基本的に、メーカーはその反射が届かないように
 壁のようなものを作ったり
 反射が分散するように、
 表面処理や塗装を鏡筒に加工しているものです。
 ただ、いい加減な設計のレンズや
 あるいは組立時に鏡筒に傷をつけてしまったレンズは
 その反射を見れば一発でわかります。
 そして何よりも
 カメラ屋さんに「こいつ只者ではないな!」と
 思わせることができます。

 もし電動(モーター)の絞りの付いたレンズなら
 カメラ屋さんにレンズを返して
 何でも良いのでカメラに取り付けてもらい
 絞りを何回か動かしてもらいましょう。
 そしてもう一度覗いてみてください。
 今度はレンズの中に埃が入っていないか確認します。

 実はモーター駆動のレンズは、
 レバーで動くレンズより切れの良い動きをするため
 絞りに隠れていた埃が、レンズ側に出てくる可能性があるのです。
 組み立て工程でも埃が入ってしまう場合がありますが、
 通常は厳重な検査工程を通っていますので
 ほぼ組立上の埃は市場に出ないはずなのですが
 絞りに隠れている埃は結構盲点です。

 よく、購入時チェックした時、埃がなかったのに
 使用している最中、埃に気が付くことがあります。
 その時はどこで埃が入ったか判らず、クレームを言いにくいのですが
 実際は使用の最中にレンズに埃が入ることはありません。
 安心してカメラ屋さんに文句を言いましょう。
 ただし、実際の写真にはほとんど影響はありません。

 ただ、このチェックは
 本気でレンズを買う時に使ってください。
 冷やかしで、このチェックをすることは
 カメラ屋さんに対しての嫌がらせになってしまいます。
 その代わりに
 カメラ屋さんにとって只者では無いお客として
 運が良ければ更なる値下げの交渉ができるかもしれません。

「1つのレンズにたくさんのレンズが使われるわけ」
 皆さんは不思議に思ったことはないでしょうか?
 どうしてカメラのレンズは複数のレンズの組み合わせで
 1本のレンズとして使われるのか?
 ズームレンズなら、
 焦点距離を変更するために必要なのはわかりますが
 単焦点のレンズは
 その1枚レンズがあれば理論上事足りるのではないかと…
 人間の瞳などは
 1つの水晶体でまかなっているのですから…

 その答えは、カメラにどうしてレンズが使われるのか
 それを考えれば自ずとわかります。
 小学校で習った理論である「光を1点に集める」レンズの性質は
 太陽の光で黒い紙を燃やす実験をした記憶を甦らせます。
 その性質を利用してカメラはフィルム面に像を結ばせるわけです。
 それは別の物質を通った光が曲がる性質を利用したのですが
 その性質は「屈折」といいます。

 ところがもう一つ、子供の時、必ず行った実験で
 太陽光をプリズムに通すと7色の光が現れることを思い出してください。
 色など意識していない太陽光は
 実はたくさんの色の光が混じっているものであり
 たくさんの色の光はそれぞれ独自の周波数を持ち
 その周波数ごとに屈折が異なるため
 7色の光が現れるわけです。
 (実際7色というわけではないのですが…)
 その性質を「分散」といいます。

 つまり、カメラはレンズに光を1点に集める性能を必要とするのに
 太陽光はレンズを通ると7色の光に分散してしまい
 1点に集めることが物理的にできないわけです。
 これを難しい言葉で「色収差」と呼びます。

 その他にも、単レンズではフィルムの平面に像を結べない「球面収差」
 レンズの軸に対して、水平と垂直方向に入る光の
 像の結ぶ位置が異なる「非点収差」など
 光というものは、単レンズではカメラに都合がよいように
 簡単に像を結んではくれないわけです。
 そのため、難しい光学の計算を駆使して
 カメラの理想に最も近いレンズを
 複数枚の屈折と分散の異なるレンズを合わせることにより
 作り出すわけです。

 最初に色収差の話をしたので
 どのようにカメラの理想に近づけるかお話しします。
 元来この色収差の話は
 1600年代という古い話、かのニュートンが見つけたもののようです。
 ニュートンの場合は、色収差があるため、
 レンズで望遠鏡を作るのをあきらめ
 鏡を使った反射望遠鏡を作ったというのは
 光学に興味のある人にとっては常識のようです。
 (私は、カメラ会社に勤めるまで知りませんでした。)

 さて、レンズを作るガラスというのは
 一般的には光を曲げる度合いの強い(屈折率の高い)レンズほど
 光の分散が強くなる傾向にあります。
 これは焦点距離の長い望遠レンズをできるだけ小さくしようと
 屈折率の高いレンズを利用すると
 色収差が大きくなって使い物にならないことを意味します。

 ここで少し想像力を使います。
 屈折率の高い凸レンズの後ろに
 屈折率が低く、分散は前のレンズと同じ性質を持つ
 凹レンズを配置できたと考えます。
 すると単純に凸レンズで発生した分散が
 凹レンズで反対の方向に分散するため
 色収差がなくなることを想像することができます。

 ただし、一般的なガラスは
 屈折率が高くなるほど分散も高くなるため
 想像した通りに色収差を消すのは困難であります。

 色収差をなくすためには一般ガラスと異なる
 少しひねくれた性質のガラスが必要となります。

 よくカタログで高級望遠レンズに
 蛍石、ED、UD、LD、SDガラスとうたわれていますが
 こいつらはひねくれガラスの名前で
 これにより、通常のレンズより色収差を抑えているわけです。

 少しややこしい話をしてきましたが
 最近ふと考えることがあります。
 現在のカメラはほとんどデジタル機器となっています。
 プリズムを使った光学式のファインダーは
 徐々に有機ELのディスプレイに取って代わられつつあります。
 収差だって、ソフト上で処理できる時代が来るのではないか…
 カメラに光学の知識不要の時代が来るのではないか…
 それはそれで少しさびしく感じてしまいます。
 こんな変なことを考えているのは
 年寄と呼ばれる年齢になってしまったからかもしれません。

「写真家は超能力者」
 学生時代、「写真とは?」という命題に
 夜通し語り合った仲間がいます。
 文科系の学生はキャッチーな言葉を使って
 いろいろ表現していたのを思い出します。
 理系の学生だった私は
 「うまいことを言うもんだ」と感動していたのですが
 今、その言葉は不思議なことに思い浮かびません。
 その当時、今でも思い出すのは
 スポーツ写真を撮っていたやつの言葉です。

 彼は高校の時にラグビー部に入っていたようです。
 定期的に行われる写真の批評会の時
 よく、学生ラグビーのスポーツ写真を持ってきました。
 後輩が彼に質問をしました。
 「どうして、その瞬間を写したのですか?」
 彼はその答えに
 その試合の全体の流れと、その写真の直前の状態を説明して
 「だからこの瞬間を写したのだ。」
 と返しました。
 ただ、私はその時
 「スポーツ写真とはそういうものなんだなぁ。」と思っただけでした。
 でも、私の頭の中ではかなり引っかかっていたようです。

 ある女の子が写真の文集の中でこんなことを書いていました。
 「自分が写したいと思った瞬間がシャッターチャンスだ」
 これはテレビコマーシャルで篠山紀信が言ったことの引用のようです。
 その時私は
 「それは正しいけど、私は違うぞ。」と気が付きました。
 そして、私の場合は写真を写そうと思ったら
 何を写したいのか考えてから
 写真を写していることに気が付きました。

 ふつう、写真を写したいと思った瞬間、シャッターは切れません。
 どう考えても
 頭の中の感動と指先の動作の間には
 ある程度のタイムラグがあるはずです。
 なのになぜ良い作品は
 その瞬間を写真にとらえることができるのでしょうか?

 それを考えた時、ラグビーの写真のこととリンクしました。
 彼が言いたかったのは
 「写したい写真は、写す前にその瞬間がわかるものなんだ!」
 ということだったのだと。

 ポートレートにしてもスナップにしても
 ましてや報道や記録的な写真にしても
 決定的なシャッターチャンスをとらえた作品は
 写真家はその瞬間を予測して撮影したに違いないのです。
 まさしく、予知能力そのものではないのでしょうか。
 そしてその超能力を得るために
 同じような場面を何回も経験して
 反射神経として、経験的に備えられた力なのではないでしょうか。
 一流の写真家は予知能力の超能力者なのです。

 私は風景写真を中心の作品を撮ってきました。
 あまりシャッターチャンスということを意識したことはありません。
 だから瞬間の予知能力はありません。
 ただそんな私でも、
 美しい風景に出会えた時、
 春夏秋冬における変化、太陽の向き、周辺の自然環境
 などを勝手に想像して
 その素晴らしい風景を妄想することがあります。
 その妄想が強い場合は、その妄想したタイミングに合わせて
 あらためて写真を写しに来ます。
 そして、その妄想に近い写真が撮れたときが
 「ああ、写真をやっていてよかったなぁ」と思う瞬間です。

 つまり出来上がった写真作品にはリンクしていないのですが
 妄想した瞬間が、私の予知能力を発揮したタイミングで
 作品はその証明なのかもしれません。

 以前、私が作品を写せなくなったこと書きましたが
 私がいつも妄想する風景は
 たいてい冬の日の出の世界ですので
 妄想はできても、再度訪れる強い意志が
 完全に衰弱してしまったようです。
 年は取りたくないものだなぁとつくづく思います。
 でも、デジタル1眼レフが結構安くなった現在
 もう一度真剣に写真と向い合いたいと思う今日この頃です。

 今回で私のカメラや写真の話は終わりです。
 次は何を書いたら良いのか今から悩んでいます。
 期待をしないでお待ちいただければ幸いです。


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