秋葉原から近代美術館
2009年7月〜2010年4月
「秋葉原」
当店ではアニメやグッズなどの
仕入れや情報収集に秋葉原を利用します。
実は「あきはばら」という地名はありません。
「あきはばら」は駅の名前以外の何物でもありません。
実際は昔、秋葉神社のある、海へと続く広い原っぱがあったことより
「あきばがはら」と呼ばれていたそうです。
だから、実際は「あきばはら」と読んだほうが正しいのかもしれません。
そして、「アキバ」と軽々しく呼ぶと、神罰が当たるかもしれません。
ちなみに現在秋葉神社は、
柳森神社の境内にある小さな祠として残っています。
柳森神社も不思議な場所ですが・・・それは次の機会に
「秋葉原-柳森神社」
秋葉原の駅から5分ぐらいの距離にその神社はあります。
神田川を渡るので一般的な秋葉原と呼ばれている地域とは
言えないかも知れませんが
小さな境内に、
江戸時代の不思議がおもちゃ箱のように詰まったところです。
秋葉原の語源となる秋葉神社の小さな祠もあります。
他を抜くということで、
狸を祭った女性の出世や競争に御利益がある小さな祠もあります。
江戸時代の力自慢が奉納した石や
富士山を模した浅間神社も境内の中にあります。
この周辺は江戸時代、
古道具屋さんがたくさんあった地域と聞いたので
古物を扱う私にとって、大事な神様となっています。
また周辺には、震災や戦災を免れた、
大正のたたずまいを残す建物も少しあります。
秋葉原中心部のキャピキャピした喧騒を離れて
歴史を散策するのにお勧めの神社です。
「秋葉原-自動販売機」
かなり前の話になりますが、
秋葉原に飲食店はほとんどありませんでした。
そこで、その当時に秋葉原をそぞろ歩いていた輩(やから)は、
それぞれにお気に入りの自動販売機を持っていました。
私のお気に入りは、愛媛飲料前の自動販売機です。
いわずと知れた、ポンジュースで有名な会社です。
大昔は青果市場があったせいなのか、
愛媛飲料の東京の支店が
秋葉原にあるのはあまり知られていないと思います。
昔は60円ぐらいで100%みかんジュースが飲めたのですが
現在は100円になっています。
みかんと関係ない小さな缶ジュースは
今でも60円くらいで提供されています。
秋葉原による際、御興味があったらさがしてみてはいかがでしょうか。
住所は確か外神田4丁目13番地、
秋葉原と呼ばれている地域のかなり果てにあります。
「神田明神」
秋葉原からむかうと「男坂」の階段を登ることとなります。
水道橋からむかうと
甘酒屋(麹屋)の前の大鳥居をくぐることとなります。
東京で指折りのパワースポット「神田明神」へのアプローチは
コンパクトにまとまりながらも、相応の形を見せています。
その中で、あまり知られてはいませんが、
「裏参道」という参道があります。
ビルとビルの間の狭い谷間に伸びる階段、
見上げると小ぢんまりとした鳥居、
私はいつも異次元の入口ではないかと思ってしまうほど、
不思議な気持ちに陥ります。
「神田明神」に隣接する宮本公園も、
現実社会とは異質な不思議な気配があります。
「神田明神」と宮本公園を結ぶ門があるのですが、
いつも厳重に鍵がかかっています。
どのような時にこの門が使われるか。いつも不思議に思っています。
「聖橋」
私が東京で大好きな風景のひとつです。
御茶ノ水駅の秋葉原側、神田川に架かっている橋で
神田川に架かっている橋の中では一番高い橋だそうです。
そのため、江戸時代は赤壁と呼ばれていたそうです。
赤壁ほどのスケールは無いだろうと思いながら
御茶ノ水駅から望むと、
背景の東京医科歯科大学の赤茶色の巨塔が
赤壁のごとく聳えています。
湯島聖堂やニコライ堂など独特な景観の中
圧巻は、橋の上から秋葉原方向を見た景色です。
神田川沿いの古びた雑居ビルの後に電気街、更に近代的ビル群
秋葉原と東京に分かれる、立体的に交差するJR
たまに水運として船の行き交う神田川。
箱庭のような景色に酔いしれてしまいます。
そういえば、いつの間にか消えてしまった東芝本社のビル
あんなに大きな建物をどのように撤去したのか
不思議でたまりません。
「神保町」
秋葉原から始まった私の紀行的文章は
私が神保町へ本をあさりに行く際のコースを綴ったものです。
とうとう神保町まで来てしまいました。
実は、数年前から、神保町の街全体を図書館化しようという試みが
周辺の大学の学生たちにより挑戦されていたようです。
最近そのスローガンを聞かなくなったので
あきらめたものと安心しています。
私は、本を読むことが好きなことと、本を愛することが
まったく別なものと思っています。
通常は前者のために本を利用する方がほとんどだと思います。
ただ、神保町は後者の人間が集まる珍しい町です。
本を所有する喜びがあることを、
学生が理解するのは難しいのかもしれません。
ちなみに本を愛することの異常性は
R.O.A(リードオアアライブ)という漫画や小説の
ヒロイン、読子リードマンに描かれています。
私にとっては大変共感できる作品です。
また、図書館であれば国会図書館や
千代田区立の展望の最高な図書館がありますので
神保町の図書館化など考えずに
お近くの日本最高水準の図書館を
利用してくれれば良いと思います。
「東京国立近代美術館(1)」
神保町から歩いて15分くらいでしょうか
竹橋に日本屈指の近代美術館があります。
明治初期から、大正、昭和と、日本の芸術の息吹が
誕生し、他文化の影響を受けながら、精錬されていく様子が
絵画や彫刻などで追いかけることができます。
最初はこの商売をするにあたり、版画などを扱うことが増え
少しは芸術もわからなくてはいけないと思い
神保町から最も近いこの場所に通うようになりました。
とはいっても芸術などわかるはずもなく
ただ、絵や彫刻の前を通り抜けるだけでした。
ある日、神保町でめぼしい本がなく、少し早く美術館に着き、
ちょうどその時、ガイドスタッフによる作品観賞会が始まるところで
偶然ですが参加をしました。
内容は抽象的な作品3点を1時間位かけて見るもので
抽象絵画にあまり興味のない私は、
ただなんとなく参加しているつもりでした。
ところが家に帰ってから2〜3日、
その3点の作品が脳裏に焼き付いているのです。
それは初めての経験で、まさしくカルチャーショックでした。
今では常設展示の年間フリーパスを購入して
定期的足繁く通っています。
自分なりの芸術の見方もできてきたので
こののち数回にわたって書いていきたいと思います。
ちなみに、4階の休憩室から見る本丸公園の風景は秀逸です。
「東京国立近代美術館(2)洋画の見方」
これは、私が絵を見るときの見方であって
消して一般的な見方ではないこと
あらかじめお断りしておきます。
洋画は大抵、絵を描いた作者の気持ちがテーマで
作品に描かれた題材は、
作者の思いを導くための題材のひとつにほかありません。
つまり、人が描かれようが、風景が描かれようが
そこから作者の思いを考えることが
洋画を見る醍醐味だと思います。
私は最初、絵によって描かれたものだけ見て
何が描いているのかを考えるだけで見てきました。
最初から、
描かれているもの以外わかるはずがないと諦めていたのです。
でも、東京国立近代美術館に足繁く通うようになり
私のような素人でも、なんとなく作者の考えがわかるようになり
けしてそれがあまりずれていないこともわかるようになりました。
考えてみれば、作者は自分の思いを伝えたくて、伝えたくて
キャンパスの前で絵筆をふるっているのであり、当然なのですが・・・
まず私が洋画を見るときは、最初に第一印象をはっきりとさせます。
たとえば「美しい」「優しい」「怖い」「不気味」などです。
次に、どうしてそんな印象を持ったかを考えながら
何が、どのように描かれているのかを見ます。
そうすると、自分の印象を肯定するにしても否定するにしても
具体的な違和感を見つけやすくなります。
その違和感の積み重ねこそが、おそらく作者の気持と思います。
最後に絵の題名を読み、、題名に沿って違和感をまとめると
具体的な作者の気持ちを自分的に判断できると思います。
たまに、絵の題名にラテン語やギリシャ語を使う画家がいますが
その場合は、近くにいる学芸員さんに質問しましょう。
「違和感」とは、よく杉下右京や、江戸川コナンが
事件を解決に導く過程によく使う言葉ですが
1枚の洋画から一つの回答が導けた時
その快感は、上質なミステリーの謎解きと同じものと感じています。
「東京国立近代美術館(3)日本画の見方」
これは、私が絵を見るときの見方であって
消して一般的な見方ではないこと
あらかじめお断りしておきます。
東京国立近代美術館は
日本画と洋画が区別なく展示されています。
自己主張の強い洋画に囲まれると
つい日本画に注意が向かなくなる場合があります。
それは洋画が作者の感情を表現する手段とされるのに対し
日本画は描いたもの表現しているからだと思います。
よく日本画は陰影が無い為、写実的では無いと言う人がいますが
私はきわめて写実的芸術だと思います。
少し矛盾した話ですが
「デフォルメされた写実」ではないかと思っています。
「デフォルメされた写実」のため、
時間や空間にひずみのある作品を多く見られます。
・1つの作品に欠けている月と満月が描かれているもの
・1つの作品に右から左に事象が順番に連続しているもの
・奥行きがあるのに同じ大きさの花や小鳥
・透視図を無視した、視点の異なる向きのもの
・お湯に入っているのに屈折して見えない体
などなど、上げていったらきりがありません。
あと、日本画はすべての作品が何となく似ているように見えます。
それはたぶん人や風景、花鳥風月など書き方が決まっている、
つまり、記号や技術として
長い歴史の中で構築されているからだと思います。
私は、日本の漫画が世界に名だたる文化になったのは
日本画が、
日本人のDNAの中に既に構築されているからではないかと思います。
もしかして漫画も、表現を突き詰めたら
日本画と全く同じ行き先にたどりつくのかもしれません。
「東京という町」
私は埼玉県という土地で生まれて育ちました。
埼玉県は江戸時代、江戸という巨大都市に
物資を供給するための土地として
今の東京都と合わせて、「武蔵」という土地だったようです。
その為、廃藩置県からかなり時がたつのに
埼玉県の中心都市というものはありません。
埼玉県のすべての道は、今も東京につながっているからです。
東京とは不思議な町です。
コンクリートジャングルのイメージがありますが
深い緑を多く抱えています。
保存すべき古い建物を除いて
常に古い町は壊され新しくなります。
ただし古い歴史は、新しい街並みに必ず残ります。
常に歴史が町の背景に存在しています。
東京は埋め立てた土地を除いて平らな土地はほとんどありません。
建物に埋まっていますが、山や谷、窪地や崖など
普通にさりげなくどこにも存在します。
坂を抱えた町の風景とは、まるで異次元の空間のように
不思議な感覚に陥ります。
タモリさんが東京の坂を愛していることは
別の視点かもしれませんが、なんとなくわかる気がします。
長々と東京へのラブレターを綴ってきましたが
こまどり通信で東京のことを書くのは一先ず終わりにします。
次回は日光について書いていこうと思っています。
期待しないでお待ちください。
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