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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


V.《禍乱》−3

前・西ウィノア特殊軍総司令官邸宅間取り図





 ショッピングセンターのファーストフードエリアでチキンの骨付きモモ肉を齧りながら、ケリーは
トレイの敷き紙の裏側に忍び込んだ家の間取りを簡単に描いて考え込んでいた。
 あの家は少なくとも4階建てではあった。だから使用人たちは夜は上の階で休むに違いない。1階
の裏口から侵入するのは簡単だろう。
 問題は、あの家で総司令官の寝室前に配置された副官と中年男の寝室だ。そして殺害方法。逃げる
ことも考えれば音を立てないようにするしかない。声も出させない。できれば朝まで誰も気がつかな
いのが望ましい。強盗に見せかけるか。それとも自殺に? 
 本当ならば自分の正体を教えて恐怖の中で殺してやりたかった。だがそれはヨシュアに禁じられて
いる。
  ブレインシェーカー 「《脳味噌揺すり》という機械がある」
 或る時、《引き網》の一室でヨシュアが言った。
「人間の脳味噌は記憶や知識が詰まっている。それを共有する一番オーソドックスなやり方は、互い
に教えあうと言う事だ。だが、それが無理な場合がある。そうだな。たとえば殺人事件で犯人の手が
かりが無い場合、死人の記憶を脳味噌をひっくり返して吸い出すとか、凶悪犯人の自白証拠の代わり
に使うとかいう場合だな。そういうときにブレイン・シェーカーは使われる」
「拷問なのか?」
 戸惑って訊くと、ヨシュアは首を振った。
「痛みは無いって言うな。そうだな、夢を無理やり見せるみたいな感じらしい。記憶をあらいざらい
ぶちまけさせるようなもんだ。自分が見せたくない記憶もむりやり引っ張り出させるんで、《連邦》
では一般には使用が禁止されている。人権侵害というやつだな」
「ふうん」
「だが、この星なら強権発動で怪しい奴から順番にやる。少なくとも今まではそうだ」
 ケリーはいやな予感に眉をひそめた。「すると、うっかり俺がつかまったら......?」
「一発でシェーカーマシン行きだな」
 ヨシュアは肩をすくめた。
「となると、俺たちも一網打尽というわけだ。それとな、殺すときに顔や姿を見られたり声を知られ
たりしても駄目だ。記憶を回収されたらそれで国中を調べ出すだろうからな」
 顔も見せず、声も出さず、ただ殺して回るのかとケリーは気落ちした。
「それじゃあ、復讐の意味が無いじゃないか」
「幽霊に殺される気分ってのもよかろう?」
 とぼけた言い方をヨシュアはした。
「おまえはいわば亡霊みたいなもんだ。表向きは死んでるんだから。それにな、生き残りが殺して回
っているってのよりは、亡霊に殺されたほうが不気味さを醸し出していいんだぞ。特殊軍を見下して
いた市民もそりゃあ怯えるだろうよ」
「怯えたらいいのか?」
 ケリーは首をひねった。「それって意味があるかなあ?」
「少なくとも、おまえの今後の人生のためにはいいさ」
 ヨシュアはあっさりと言った。
「生きて二本脚で歩いているおまえが殺すよりは、死んだ奴らに殺されるほうがな。おまえは気に入
らないかもしれないが、ともかくおまえは生き残り代表で人生をまっとうするのが義務だ。死んだお
仲間にそういうところで手伝ってもらえ」
 
 ケリーはため息をついた。つまり、限りなく不審死に見せかけろとヨシュアは言っていた訳だ。銃
で撃ち殺せばじつにすっきりといい気分になれるだろうに。出来るなら泣き喚き命乞いをする連中を
笑いながら銃を乱射してぶち殺したい気分なのに、こっそり暗殺するというは気が重かった。
 ポケットにあった小銭を使って夕食を取り、さらには夜食を調達するとケリーは再度邸宅街に戻る
ことにした。とにかく斥候もなにもかも自分でするのだから忙しい。
 官庁街を通りぬけて郊外に向かう地下鉄はほどほどに混んでいた。官庁街を中心に市のあらゆる方
面から人間が集中している。だが、官庁街で降りたのはケリーのほか数人で、それらの人間たちは駅
員と全員が顔見知りのようだった。他は大半が無人駅なのにここは有人駅なのだ。
「坊主、今日はよく会うな」
 切符を渡すときに出札口にいる駅員に言われてケリーは愕然とした。「え?」
「これで今日は2往復めだろう、この駅に降りるのは」
 人の良さそうな駅員はにこにこと笑いながら言った。
「おまえさんの年恰好だと忘れ物を取りに国立図書館にでも行くんだろ? 早くしないと閉館だぞ」
 ケリーは血の気が引くのを感じた。「そ、そうだっけ?」
「そうだぞ。まぁ、あと30分はあるから、走れば間に合うさ」
 理由は違うのだがケリーは唾を呑み込み、頷いた。出札口の階段を駆け上がり、全速力で走りだす。
 なんてこった。なんてこった! なんてこった!!
 まさか顔を覚えられているとは思わなかったのだ。これじゃあ殺した後の警察の調べでケリーがこ
のあたりをうろついていたことがいっぺんにばれてしまう。
「なんで俺の顔を覚えるんだ」
 自動走路でケリーは呻いた。そんなに特徴のある顔か? そうかもしれない。ハンサムだと村でも
口を揃えて言われているし、ヨシュアなどは「よお! 色男!」などとケリーをからかいもする。
 だが、それだけで済む問題ではない。ヨシュアの危惧はケリーにとってはあまりにも大きな現実的
リスクだった。

 邸宅街のあちこちではいかにも高そうなリムジンやスポーツカーが行き交っている。黒塗りのリム
ジンから降りる優雅な紳士淑女。銀色のリムジンから降りて黒いお仕着せを着たメイドに導かれる可
愛いドレスの少女たちやスーツを着た少年たち。セクシーなスタイルの服に身を包んだ若いカップル
たち。まるで今日がお祭りかパーティーのような着飾り方をしている。ダウンタウンでだって、地下
鉄の中でだってそんな格好の人間たちは居なかった。
 はっとして立ち止まった。四ツ辻の向こう側に立つ少女の姿に見覚えがあるような気がしたのだ。
夕暮れの中、濃い艶のある栗色の髪。銀色のすその長いドレスに包まれた姿。
「マルゴ......マァルゴ!?」
 四ツ辻を思わず突っ切り、車から降りて石段をあがりかけた腕を掴む。「マルゴ!」
「あ、あなた、誰?!」
 振り向いた娘は顔を引きつらせた。「だ、誰? 離してよ! 汚らしい!」
 どん、と突き飛ばされ、ケリーは歩道から半分車道に転がり落ちた。その脇をクラクションを鳴ら
して車が通過する。
「エリザベート?! どうした?!」
「パパ! 変な子があたしに触ったの! どうしよう、服が汚れちゃった!」
 玄関から出てきた男は少女の言葉を聞くと娘を庇うように抱き寄せた。
「どこの浮浪児だ、おまえ!」
 ようやく起き上がったケリーに向かって口汚く罵る。
「マルゴじゃない......?」
 振り向いた少女はマルゴとは似てもにつかぬ顔立ちだった。
「なによ! どうしてくれるのよ! 下ろしたてのドレスが汚れちゃったじゃない!」
 呆然と見上げるケリーに向かって泣き喚く。「あっちに行って! 乞食!」
「ロバート! 警察を呼べ! 浮浪児にうちの娘が襲われたんだ!」
 男が怒鳴る声にはっとして立ちあがる。背嚢のヒモをしっかり掴んで駆け出した。浮浪児だと? 
俺のどこが浮浪児なんだ? 俺は、俺は......!
 何ブロックも駆け抜け、息が切れてようやく立ち止まった。
「畜生!」
 石壁に額を押し付けた。
 マルゴはやっぱり死んだんだ。隊長も。ランディも。ザックスも。こんな連中がぬくぬくと暮らす
ために。やつらが殺したんだ。ヨシュアの言うことはやっぱり正しいんだろうか。ディーやヨシュア
やおばさん以外は俺に優しくないんだろうか。
 ため息をつくと、とぼとぼと歩き出した。
 日は落ち、あたりは暗くなり、街頭が瞬いて黄色い灯りを歩道に落としてくる。春といってもまだ
早い。寒さを覚えてケリーは震えた。角に来て通りの名前を確認し、地図を広げて総司令官の屋敷と
の位置を確認する。
 総司令官の屋敷は正面の門扉には明かりが煌々とついていた。鉄柵の上の石壁と、窓に降りた鎧戸
のせいで、中の気配は伺えない。
「つまりこっちにも有利に働くってことだな」
 監視カメラには引っかからないように立ちながらケリーは呟いた。そのまま裏口に向かう。中庭の
どこからも明かりの届かない暗がりの隅に立つと裏廊下を下から順番に見上げていく。
 1階の裏廊下ではメイド達がなにやら押しながら往復しているのが見える。ワゴンに夕食の皿でも
載せているのだろう。2階では小太りのメイドが例の中年男と話している。見ていると、やがて中年
男は頷いて裏階段を降りて1階の廊下からメイドたちに紛れて奥のドアを開けて入っていく。3階で
もメイドが洗濯物かなにか抱えて歩いているのが見える。
「廊下は要するに丸見えか」
 窓越しに自分の姿が見えないようにしなくちゃいけない。
 車のエンジンの音に振り返り、さらに後ずさりした。リムジンが1台裏庭に停まり、シェーファー
があたふたと降りてドアに鍵をかけて勝手口に入っていく。それをぼんやりと見送っていたケリーの
耳になにやら軋む音が聞こえた。
 音のするほうに目を向けて、血の凍る思いがした。
 いつの間にか裏口が閉まっている。慌てて鉄柵造りの門に手を伸ばしたが、その瞬間、ライトが点
灯した。飛びすさる。
 ライトはしばし点いていたがすうっと消えた。
 おそるおそる後ろを振り返るが、メイドたちはだれも廊下に立ち止まってもいない。
 なんだ?
 身動きが取れなかった。なぜいきなりライトがついたんだ?
 しばらく考え込み、センサーがついている可能性に気がついた。裏口からの侵入者を防ぐために、
日が暮れると自動的に門扉を閉めて近寄ったものを強力なライトで照らし出す。敷地防御の基本じゃ
ないか。
 舌打ちした。さすがは総司令官の屋敷の裏口だ。これだけのことをしても近所は寧ろ泥棒よけにな
ると歓迎したに違いない。
 こういう時はどうするんだっけ? まずセンサーを潰す。でも警報と繋がっている可能性はある。
すると、ライトを潰す? 出来るかな。電球ならばなんとか壊してしまえばいい。門扉っていったい
どう閉まったんだろう? 上から降りてきたのかな。いや、待てよ、たしか昼間見たとき、脇に鉄柵
のドアがあったような?
 考え込んでいると通りからこつこつと靴音が聞こえてきた。複数の靴音だった。顔をあげると、靴
音がこちらに近づくのがわかる。ここの入り口前で一瞬立ち止まった。近づいてくる。
 ケリーは暗がりにさらに身を潜めた。パッとライトがつく。誰かが伺っているのがわかる。
「どうだ? 異常ないか?」
 革の手袋をはめた手が鉄門を揺さぶる。
「ああ、特に異常はなさそうだ」
 そのまま靴音は遠ざかっていく。ケリーは息を吐いた。見回りの兵士か警官かがいるらしい。
 どうしよう。また巡視に来るんだろうか。
「寒いな」
 ぶるっと震えて上着のファスナーを閉めた。春とは言え、まだ夜は冷える。背嚢の中に薄い毛布は
入っている。トラックで移動しているときにも使った、軍で採用しているのと同じものだ。
 でも。どうしよう。このライトを相手にしてさっさとここから出るか。それとも一晩ここにいるか。
 回りを見渡す。この裏庭は何軒かの邸宅の共通の裏口だった。ここ数日配達に回ったところでも似
たような造りの建物は見ているので判っている。ただこの地区では裏庭で一晩過ごして見つかったら
ややこしいかもしれない。逃げ出すか? いいや、どうせ寒さと緊張で眠れやしない。閉じ込められ
たのを幸い、徹夜して斥候に徹しよう。
 背嚢から薄い毛布を出して身体に巻きつけ、石畳に座った。吐く息が白いのが夜目にもわかる。
 周囲の建物ではあちこちでメイドが急ぎ足だったりと忙しそうだ。今ごろゆっくりと晩餐をとるの
だろう。いい匂いが時々流れてくる。

 毛布の下で身体を縮こませた。
 あの夜を思いだした。生まれて初めてひとりで過ごした夜。ヨシュアと初めて出会った夜。あれは
夏だった。あれから半年近く経つ。
 日々の暮らしが傷を癒していくのがわかった。
 いつもそばに仲間がいるのが普通の生活が、誰もいなくなった。寝ても覚めてもひとりで、でも後
ろを振り返ると、ディーがちょっと離れたところにいて。「ただいま」というとヨシュアとおばさん
が「お帰り」と返事をしてくれる。
 軍にいるときは、そこらに生えているのが草だとしか思わなかった。地雷や敵の塹壕が無いかにば
かり気を取られていた。
 でも、今は道端に生えている草にキレイな花がついていたら、それを摘んで見せてやりたいと思う
相手がいる。あげた花ににっこり笑って、「これ、テーブルに飾ろうね。ごはんの時にみんなで見て
あげられるものね」と大切に持って帰ってくれるディーがいる。時にはディーが小さな花を摘んでボ
タン穴に挿してくれて、そうするとまるで勲章をもらったような気分になれる。
「でも、復讐は別だ」
 ケリーは声に出して呟いた。
「これは俺の仲間に対する弔いなんだよ、おばさん」  家を出発するときに心配そうに見つめていたジェーンの顔を思いだして首を振った。かじかんでき
た手に息を吹きかける。
 空を見上げた。夜の空が屋根の形に回りを切り取られて白っぽい。見たことも無い星の位置。視線
を下げ、総司令官の屋敷を眺め、周囲の家をも見やる。いつの間にか、周囲の家の灯も消え、総司令
官の屋敷も廊下に人通りは絶えている。裏階段の辺りにだけ灯がつき、4階の廊下を数人が歩き、地
面すれすれの位置にあかりがついた。
「?」
 ケリーは首をかしげた。あんなところに部屋か何かがあったのか。もしかすると使用人の別の部屋
か共同のバスルームでもあるのかもしれない。
「あそこから潜り込めるといいかもな」
 腕時計を見た。もうすぐ真夜中になる。もしかしたらそろそろさっきの警備の連中が来るかな。ほ
ら、足音が聞こえてきた。
 ライトが点く。ケリーの目にもそれが強力なワット数の電球であることが見て取れた。そしてその
門扉がケリーほどの子供ならすりぬけられるほどの隙間を裏口の石造りの天井との間に持っているこ
とも。
 ラッキーだ。
 ケリーは微かに笑った。警備の連中さえやりすごせば、静かに的確に行動さえすれば成功する。ふ
と思った。みんなだ。みんなが俺のやろうとすることを助けてくれている。
 襟元を掻きあわせ、正面の屋敷を見つめた。やり遂げてやる。絶対に。



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