1999年12月下旬の日記

いろいろあった1999年も暮れていきました。いろんなことがあったものの、最後は淡々と「なすべきことをなしながら」生活していくペースがつかめたことに、幸せを感じています。29日のハシケンのライヴが楽しかったなあ。(2000年1月1日記)

12月21日(火) 1999年国内発売新録アルバム・ベストテン!
[日記]1999年12月もとうとう下旬に突入しました。というわけで、日記の方も回顧モードです。この時期、各音楽雑誌では「今年のアルバム・ベストテン」などと銘打った企画が掲載されはじめます。それにならって、銀河も恒例(?)のアルバム・ベストテンを発表させていただきます。今日は、国内発売された新録ものの新譜に限定したベストテンです。ではさっそく。
1位 ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン『スワン・ソング』。
2位 グナワ・ディフュジオン『バベル・ウェド・キングストン』。
3位 ノラニーザ・イドリス『ブカバ〜マレイシア音楽への誘い』。
4位 ベック『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』。
5位 アライツ・エタ・マイデル『インシャーラー』。
6位 ソウル・フラワー・ユニオン『ハイ・タイド&ムーンライト・バッシュ』。
7位 山内雄喜&アロハ・フレンズ『ハワイ・ポノイ』。
8位 カフェ・タクーバ『レヴェス・ヨソイ』。
9位 金延幸子『SACHIKO』。
10位 椎名林檎『無罪モラトリアム』。
以下、簡単な説明です。
ダントツの1位、故ヌスラットはパキスタンのイスラム教スーフィズム(神秘主義の一派)の音楽カッワーリー。20世紀音楽最高の歌手のラスト・アルバムにして最高傑作。今年のベストワンというだけでなく、どんなに低く評価してもこの数十年で最強。「魂の音楽」という形容が最もふさわしい音楽作品です。ギターやサックスやキーボードやドラムスといった西洋楽器の導入が大成功で、新たな世紀の到来を告げています(10月8日の日記を参照)。
2位のグナワ・ディフュジオンは在仏アルジェリア人とフランス人の混合グループ。モロッコの強烈な大衆音楽グナーワ(これもスーフィズム系の「神がかり」になるのが目的の音楽)を軸に、アルジェリアのシャービ、ジャマイカのラガマフィンなどの下層階級の大衆音楽をどん欲に吸収し、ヒップホップ感覚でミックス。アグレッシヴでありながら深みのある音楽にしあげています。ライバル視されているオルケストラ・ナシオナル・デ・バルベス(こちらもスゴイけど今年の新作は国内発売されなかった)とともに、今いちばん元気のよいアラブ系音楽シーンの牽引役となっているようです。
3位までは躊躇することなく並べることができました。マレイシア歌謡も今いちばんおもしろい音楽のひとつ。若手ナンバーワンのシティ・ヌールハリザの新作『パンチャワルナ』もよかったんだけど、少ししっとりしすぎているきらいがあったので、楽しくて元気なベテラン(といってもブレイクしたのは最近)のノラニーザの新作の方に軍配をあげました。伝統的ダンス音楽のリズムをうまく取り入れて、祝祭的空間を創出しています(11月9日の日記を参照)。
4位以下はかなり悩みました。ロックをリアルタイムで追いかけなくなって久しいけど、ベックだけは別格。これまでロックが栄養として取り込んできた音楽のすべてがこの作品に詰め込まれています。この魅力は「カラフル」だとか「万華鏡みたい」という言葉で描写できそうです。70年代ロックが好きで、最近のロックは聴かない30代、40代の人にぜひ聴いてもらいたいな(11月24日の日記を参照)。
5位は本当に楽しくて毎日のように聴いているバスク(フランスとスペインにまたがるビスケー湾沿いのバスク語が話されている地域)の2人組ガール・ポップ・グループ(自分たちで曲を作るバスク版パフィー)。跳ねるようなアコーディオンと可愛らしい歌声。こういう楽しくて元気で自然な音楽がいちばん心が和みます(10月23日の日記を参照)。
6位のソウル・フラワー・ユニオンのライヴ盤は、これまでの彼らのベスト。前作までにあった気負いのようなものがすっと抜けて、リラックスしている感じを受けます。まだすこしゴツゴツとしたところが残ってるんだけど、それはむしろ彼らの魅力なんでしょう。4位にしてもよかったかな(12月6日の日記を参照)。
7位の山内雄喜。ハワイにろくなミュージシャンがほとんどいなくなってしまった現状では、世界最高のハワイ音楽演奏家と言ってよいかもしれません。ハワイ音楽と共通の祖(ポルトガル的要素)を持つインドネシア、マレイシア、ブラジルのミュージシャンと共演した本作は、現代のハワイ音楽のあるべき姿(「幻想のハワイ音楽」あるいは「オルタナティヴ・ハワイアン・ミュージック」ですね)を提案した実験作。でも、実験作にありがちな頭でっかちなところがみじんもなく、エンターテインメントとしても魅力あふれる作品にしあがっています(12月7日の日記を参照)。
8位のカフェ・タクーバはメキシコのロック・バンド。ロス・ロボス(メキシコ系アメリカ人のグループ)がブレイクしたのを受け、90年代になって火がついたラテン・アメリカのロック・シーンを代表するバンドの4作目です。メキシコの伝統的大衆音楽(ポルカやボレロ)にパンクやヒップホップの要素を取り入れて現代化したサウンドは、ロス・ロボスよりも硬質でストイック。ラテン・ロックというよりも、モダン・メキシカン・ミュージックといった方がよいかもしれません。
9位の金延幸子。日本のロック黎明期にはっぴいえんどなどとともに活躍。名盤『み空』(大瀧詠一プロデュース)を残して渡米。アメリカのインディーズ・シーンで活動しつづけていた金延幸子の新作からは、30年間ロックしつづけてきた人の持つスゴサが感じられます。久保田真琴プロデュースでワールド・ミュージックの要素を大胆に取り入れていますが、本質はあくまでもロックです(5月5日の日記を参照)。
10位の椎名林檎、ちょっと下駄をはかせてベストテンに入れました(笑)。このアルバムよりも最新シングルの「本能」(11月23日の日記を参照)、さらにはユーミンのカバーアルバムに収録されている「翳りゆく部屋」(9月24日の日記を参照)の方がもっといいと思いますけど。
こうやって選んでみると、銀河が好きなのは、それぞれの文化の伝統的大衆音楽を、ロックやヒップホップの文脈のなかで現代化した音楽だと言えそうですね。
さて、明日の日記では、旧録の新編集盤(昔のミュージシャンの埋もれた作品を発掘して再編集したCDね)のベストファイヴをお届けします。

12月22日(水) 1999年国内発売旧録再編集アルバム・ベストファイヴ!
[日記]昨日の国内発売新録ベストテンに続き、今日は、旧録の新編集盤(昔のミュージシャンの埋もれた作品を発掘して再編集したCDね)のベストファイヴを発表します。
1位 生田恵子『東京バイヨン娘』。
2位 ブラインド・ボーイズ・オヴ・ミシシッピ『ゴスペルの神髄』。
3位 バンド・ダ・ルア『ブラジリアン・ハーモニー』。
4位 レナ・マシャード『ハワイの伝説』。
5位 『フィドラーズ・フィールド アイルランド TO アメリカ』。
以下、簡単な説明です。
1位はこの盤以外には考えられません。
生田恵子さん(1928〜1995)のことを初めて知ったのは『レコード・コレクターズ』誌の95年4月号のインタビュー記事(インタビュアーは音楽評論家の田中勝則氏)。その記事で、1951年という早い時期に、当時のブラジルの超一流ミュージシャン(レジォナール・ド・カニョートというグループ)をバックに日本人歌手がブラジルの曲(当時最高の人気を誇っていた作曲家ルイス・ゴンザーガの「バイヨン」というジャンルの曲)をブラジルで録音したSP盤が出ていたこと、その当の本人が生田恵子さんだということを知りました。記事自体も非常に興味深いものでした(データ的なことだけでなく、生田恵子さんの暖かいお人柄が伝わってくるすばらしいインタビュー記事でした)が、その記事が世に出た直後にご本人が亡くなられたこともあって、生田恵子さんの名前は銀河の心のなかに「伝説の歌姫」として刻み込まれることになりました。銀河と同じ想いを抱いていた方々は多かったようで、所属レコード会社だったビクターにはその録音を復刻してほしいという要望が多数寄せられたそうです。ようやく発売されたこの盤(解説は田中勝則さん)には、その大変貴重なブラジル録音の3曲を含め、生田恵子さんの1949年から1956年までの傑作や佳作が24曲収録されています。生田恵子さんのリズムに乗った軽快な歌いぶりを聴いていると、1950年代の日本の歌謡曲の世界が今以上にインターナショナルだったことを実感させられます。11月3日の日記を参照)。
2位のブラインド・ボーイズ・オヴ・ミシシッピ(正式名称はジ・オリジナル・ファイヴ・ブラインド・ボーイズ・オヴ・ミシシッピ)はゴスペル界最高のコーラス・グループ(アメリカ黒人音楽の最高峰のひとつと言ってもよいでしょう)。長いグループ史のなかでも最も評価の高い、アーチー・ブラウンリー(オーティス・レディングにも匹敵するソウルフルなシンガー)がリードをとるピーコック・レーベルへの録音の復刻です。CD化が待たれていました。この盤を聴いていると、なんだかんだと言ってもアメリカ黒人音楽ってスゴイなって思いますね。企画/監修は中村とうようさん。
3位のバンド・ダ・ルアは、カルメン・ミランダと同時期に活躍したブラジルのモダン派男性コーラス・グループ。後のボッサ・ノーヴァにも大きな影響を与えました。全盛期の録音の初CD化です。ブラジル音楽の旧録の復刻盤はすぐれたものがたくさんリリースされました(『サンビスタス・ジ・ボッサ』、ノエル・ローザ『ヴィラの詩人』、カルメン・ミランダ『ブラジル最高の歌姫』など)が、銀河は個人的にコーラス・グループが大好きなので、それらの代表としてこの盤を選びました。選曲/解説は田中勝則さん。
4位のレナ・マシャードはハワイ音楽史上最高の女性歌手。「ソング・バード」という形容がぴったりの綺麗な歌声が魅力的です。ホントに「聴き惚れ」てしまいます。聴いた回数でいうと、この盤がいちばんかもしれません。選曲/解説は山内雄喜さん(ハワイ音楽演奏家)と田中勝則さん。
5位の
『フィドラーズ・フィールド』はアメリカ大衆音楽に与えたアイルランド音楽の影響を探る好企画盤(銀河的には今いちばん興味のあるテーマです)。アイルランド音楽の伝統の中核をなすフィドル(ヴァイオリン)演奏と、それがアメリカに渡って変容した、ブルーグラス、カントリー、ジャズ、マウンテン・ミュージックなどのフィドル演奏を1枚のCDにまとめています。とにかく楽しい音楽がぎっしり詰まっています。これも、企画/監修は中村とうようさん。
日本は、世界各地の大衆音楽の貴重な旧録の復刻盤が最も充実している国だと言っても過言ではないでしょう。それもこれもすべて、中村とうようさんと田中勝則さんのおかげかもしれませんけどね(笑)。それと、ふと思ったんだけど、旧録の復刻版の方は新録とは違って、アルバム・タイトルを見ただけでどのジャンルの音楽か一目瞭然ですね。

12月23日(木) コンピューターの2000年問題に関するおバカな話。
[日記]12月15日から始まった10連戦(10日間連続休みなしで授業)、今日が9日目。昨日あたりから体がだるくて動くのが億劫になってきた。ビタミン剤が頼り。あと1日だから、なんとか乗り切ることはできると思うけど。そういえば、1月末には12日間連続休みなしで授業という予定が入っている。大丈夫なんだろうか。
ところで、
年明け早々に出講する某校舎から封書が届く。コンピューターの2000年問題に関連して、万一の事態に備えて万全の体勢をとっておきたい。ついては、停電などで印刷機やコピー機が使用できなくなっても大丈夫なように、授業で使用する補助プリント等の印刷は年内に済ませておきたい。よって、補助プリントの原稿を28日までに送ってほしいという内容。いったんはなるほどと思った。でもさ、よく考えてみたら、万一停電なんてことになれば授業自体ができなくなるんじゃないのかな。プリントだけ年内に印刷しててもさ。某校舎に電話して、担当者にその疑問をぶつける。担当者は電話の向こうで絶句したまま。あははは。

12月24日(金) 10連戦が終わり、長*さんとクリスマス・イヴ。
[日記]年内の仕事が今日で終わった。1月2日までお休みだ。予備校講師になって15年以上経つが、年末にこんなにまとまって休みがとれるのは初めて。少子化の影響で生徒数が減少し、去年よりも仕事量が減ってしまったからという厳しい現実はあるのだが、少しは人間らしい年末年始が送れそうなのには素直に喜びを感じる(何年か前までは31日の夜遅くまで授業をして、正月は2日の朝から授業開始だった)。
夜8時過ぎに帰宅し、少し休息をとる。長*さん(銀河の彼氏)に呼ばれて11時に新宿へ。クリスマス・イヴなのに「シエン」(歌舞伎町の深夜喫茶)で待ち合わせというのもなんだけど、長*さんと2人で過ごせるイヴになったのはうれしい。12時半に長*さんが最近行きつけの歌舞伎町のスナック(ふつうのスナック)へ。例によって、2人で朝までウトウトしながら過ごしただけなんだけどね。朝方、長*さんが汗びっしょりになってうなされ始める。びっくりして長*さんの体をゆすって「どうしたの」って声をかける。そしたら長*さん、「トラが風呂に入ってる」だって、まったくもう(笑)。5時過ぎに再び「シエン」に戻って、またウトウトして8時半に帰宅。
[BGM]"ANGKLUNG For Christmas." クリスマス・ソングのCDもたくさんもっているけど、いちばん好きなのがこれ。インドネシア(特にバリ島)の民俗楽器、アンクルン(angklung)によるクリスマス・ソングの演奏集。アンクルンというのは竹筒を組み合わせて作られた楽器。両手で持って横にゆすると(竹筒と竹筒がぶつかって)音が出る。ひとつのアンクルンからはひとつの音しか出ないので、メロディーを演奏するためには、複数のアンクルンが必要。ひとりで複数のアンクルンを演奏するのは非常に困難だから、何人もの人たちが息を合わせて演奏しなければならない(私も演奏した経験があるんだけれどね)。音は涼しげでさわやか。どちらかといえば夏の曲を演奏するとぴったりなんだけど、クリスマス・ソングってのも悪くはない。個人的に賛美歌のなかでいちばん好きな「神の御子は今宵しも」が収録されているのがうれしい。

12月25日(土) 「美穂の旅」っていうのにはまっている。
[日記]10日間連続休みなしで仕事だったため、休みになった途端、爆睡状態。夜8時過ぎに目を覚まして新宿へ。西口のルノアールで長*さんと合流するが、2人とも疲れているせいか、11時半まで2人でルノアールのソファーで眠りこけていただけだった。
ところでいま「美穂の旅」っていうのにはまっている。TEGLET travel
というWebサイトで登録すると、自分の分身が世界中を旅行して、旅先からメールや写真を送ってくれるという趣向。どこに旅行するかは自分では選べないんだけど、旅行先で知り合った他の登録者の分身と意気投合して旅を共にするということもあるらしい。11月に始まったばかりの無料サービスだ。いま登録すると、2000年の年明けをお祝いするメールを(時差を利用して)世界の何ヵ所からか送ってくれるみたいだよ。銀河の分身はいまサンフランシスコにいる。ケーブル・カーとゴールデン・ゲイト・ブリッジの写真を送ってきた。旅先で日本人の男性(の分身)と知り合ったんだけど、彼はこれからひとりでアラスカへ行くというので、合流することはできなかった。残念。
[BGM]"DEGUNG For Christmas." 西ジャワのガムラン・ドゥグン(小編成のガムランによる室内器楽)によるクリスマス・ソング集。竹笛のスリンがメロディーを担当し、ガムランがその伴奏をつとめる。ペンタトニック音階のガムランで西洋音楽(「きよしこの夜」とか「サンタが町にやってくる」とか「ホワイト・クリスマス」とか)を演奏するわけだから、奇妙なことこの上ないんだけど、意外に面白くてクセになる。
[読書記録]性の問題研究会『図解性転換マニュアル カウンセリング、ホルモン療法から各種手術、戸籍の変更まで』(同文書院)。発行されたばかりの本書を、昨日たまたま書店で見かけた。タイトルや装丁はいかにもキワモノ風なんだけど、読んでみるとかなりしっかり取材した上で書かれていることがうかがえるし、内容も正確。当事者にとって目新しい内容はなにもないけど、この問題に関心のある人がとりあえずひととおりの知識を得るのには便利。松崎有子、粥川準二、石井政之の3人のフリー・ライターによる共著。

12月26日(日) 食あたりで寝込む。
[日記]午前2時ごろから急に体の調子がおかしくなってきた。ひどく寒気がする。風邪を引きかけたのかなって思って風邪薬を飲むが、一向に改善されるきざしもない。うちのベッドはウォーター・ベッドなんだけど、水の温度を最高レベルにあげて羽毛布団にくるまっても、寒気は増すばかり。そのうちひどい吐き気と腹痛に襲われて気がついた。これは風邪ではなくて食あたりだ。原因ははっきりとは思い当たらないけど、疲れて抵抗力が弱まっているから、いつもならまったく平気なものが食あたりを引き起こしたのだろう。明け方までベッドとトイレを何回も往復して、10回近く吐く。最後には吐くものがなくなってしまって、胃液ばかり。それでも「ガジュツ錠」(長*さんの会社の主力製品。屋久島産の薬草ガジュツの粉を錠剤にした胃薬)を大量に飲んで夕方までずっとベッドのなかでぐったりしてたら、少しずつ体調が快復していく。
どうやら普通に動きまわれるようになったので、夜8時ごろ起き出して、新宿へ。長*さんと落ち合う。居酒屋でちょっとだけおつまみをつまんで、久しぶりにホテルへ。朝まで寝ているだけだったけど。
[BGM]"Marc Ribot Y Los Cubanos Postizos." 12月21日の日記で発表した今年のベストテン・アルバムに椎名林檎を押し込んだため、はみ出てしまったのがこのアルバム。国内盤タイトルは『キューバとの絆〜アルセニオ・ロドリゲスに捧ぐ』。でも『マーク・リボーと偽のキューバ人たち』っていう原題からもわかる通り、演奏しているのはニューヨークを中心に活躍するジャズ系のミュージシャンたち。リーダー格のマーク・リボーは革新的なジャズ・バンド、ラウンジ・リザーズの出身で、トム・ウェイツやエルヴィス・コステロやマリアンヌ・フェイスフルのアルバムでおなじみのギタリスト。このアルバムでは、キューバ音楽の巨匠アルセニオ・ロドリゲス(トレースと呼ばれる6弦ギターの名手)にちなむ楽曲を演奏しているが、トレスの音をみごとにエレクトリック・ギターで置き換え、アルセニオ風のフィーリングを損なうことなしに、現在のどのキューバのミュージシャンにも負けない「キューバ音楽」を作り上げている。その根底にあるのは無論、アルセニオに対するリスペクト以外のなにものでもない。聴いていて非常にさわやかだ。
[読書記録]橋本克彦『オリンピックに奪われた命 円谷幸吉、三十年目の新証言』(小学館文庫)。円谷幸吉が東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得したのが1964年10月(私が小学校2年生のとき)。自ら命を絶ったのがメキシコ・オリンピックを控えた1968年1月(私が小学校5年生のとき)。子供のころの私が、人生だとか死だとかを初めて身近なものとして深く考えるきっかけになったできごとだった(実際のところ、現在に至るまで円谷の銅メダルほど感動したできごとはないし、円谷の死ほど衝撃を受けたできごともない)。後に川端康成や三島由紀夫(この2人も自殺した)といった文学者に絶賛されることになった円谷の遺書(名文だ)は、いまでもそのほとんどを暗唱することができる。大宅壮一賞受賞者による本書は、円谷の身近な人たちの証言を元に、事実を淡々と積み上げていき、円谷を死に追いやったものに迫っていく(ここでは結論は伏せておこう)。ジョン・レノンの死やカート・コバーンの死については雄弁に語れても、円谷の死を語るだけの力は、いまの私にはない。

12月27日(月) パスするとかしないとか、どうでもよくなってきた。
[日記]体の芯にたまっている疲労がなかなか抜けない。長*さんと夕食をいただくとき以外は、家でぐったりしながらときどき本を読んだり、CDを聴いたり。
ところでこの1ヵ月ほど、パスする(用語についてを参照)とかリードされる(用語についてを参照)ってことが、なんだかどうでもよくなってきた。10月ごろまでは確かに、まわりから自分が女性と見られているかどうかをかなり気にしていた。でも、ここのところあまり気にならなくなってきたんだよね。私は男性的な面もたくさん持っている女性だから、ときには男性と間違えられることもあるだろう(「バレる」とか「リードされる」じゃなくて、「間違われる」んだ)。そのくらいに思っていればこんなに気楽なことはない。それにね、パスするもしないも、フルタイムで女性として生活している(生活できている)んだから、関係ないよ、たぶん。TS(用語についてを参照)として幸せに生きていくためにいちばん必要なのは(たとえパスしていなくてもパスしていると言い張れるだけの)図々しさじゃないかなって以前から思ってたりするんだけど、たぶん銀河も、幸せになれるだけの図々しさが身についたんだと思うよ(笑)。
[BGM]Curtis Mayfield&The Impressions,"The Anthology 1961-1977." 12月26日、カーティス・メイフィールドが亡くなった。57歳。死因は不明だそうだ。ゴスペル畑出身のカーティスは、50年代後半から60年代にかけてソウル・コーラス・グループ、ジ・インプレッションズのリーダーとしてヒット曲を連発(「ジプシー・ウーマン」や「ピープル・ゲット・レディー」など)。70年代からはソロ歌手およびプロデューサーとして活躍。数々の名盤(『スーパーフライ』や『ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ』など)を世に送り出した。ジ・インプレッションズ時代から当時の黒人公民権運動と連動したメッセージ・ソングをうたったりしていたが、ソロに転じてからは現代アメリカの抱える諸問題を積極的に自作曲のテーマに取り上げ、また音楽面でもジャズやロックの要素を大胆に取り入れて独自の世界を築く。ストリート感覚にあふれるその音楽は(ディスコ・ミュージック全盛の時代に)ニュー・ソウルと呼ばれ支持を集めた。カーティス以後の米国黒人音楽は間違いなく彼の影響を強く受けており、カーティスがいなければPファンクもプリンスもヒップホップも今のような形では存在しえなかったと言っても過言ではないだろう。個人的には、カーティスは米国黒人音楽史の5大アーティストのひとりに数えられると思っている(あとの4人は、オーティス・レディング、ロバート・ジョンソン、チャーリー・パーカー、それにジェームス・ブラウンってところかな)。90年にニューヨークのコンサート会場で落下した巨大な照明装置の下敷きになり、脊髄を損傷。首から下が完全にマヒ状態になり再起不能と伝えられていたが、96年に感動的な新作アルバムで以前と変わらない魅力的な歌声を聞かせてくれていた。それだけに残念だ。
[読書記録]立花隆『サイエンス・ミレニアム』(中央公論社)。『中央公論』に連載の「立花隆のスーパー好奇心」の単行本化。立花隆の(特にサイエンス関係の)著作はわりと購入して読んでいる方なのだが、最先端の科学者たちとの対談集である本書を買ったのは、原科孝雄氏(埼玉医科大学総合医療センター形成外科教授)との「性転換最前線を行く」と題された対談が掲載されていたから。一般向けには非常にわかりやすくてよいとは思うけど、当事者としてはどこかで何回も聞いたり読んだりしたのと同じ内容。むしろ個人的に興味深かったのは、戸塚洋二氏(東京大学宇宙線研究所長)との対談「宇宙の謎を解く素粒子 ニュートリノの正体」と、堀田凱樹氏(国立遺伝学研究所長)との対談「遺伝子でさぐる脳形成の謎」の2編。基本的にお勉強本だから、感想なんてないんだけど、一般向けの解説書がまだ出ていない最先端の科学研究をこれだけわかりやすく紹介してくれる立花氏の一連の著作には素直に感謝したい。

12月28日(火) 長*さんにしてあげられることはなんだろう。
[日記]長*さん、お仕事(お薬の会社の経営)が慢性的にきびしい状況で、精神的に疲れ切っている。今日は午前中に電話がかかってきて、会いたいから今すぐ来てくれって言われる。もちろん、飛んでいく。仕事をする気になれないという長*さんにつきあって、新宿の高層ビルの上の方の階にあるコーヒーショップからぼんやりと東京の風景を眺めたり、西新宿のビルの谷間を散歩したり。長*さんのふさぎ込んだ顔を見ていると、心が締めつけられる思いがする。一緒にいてあげる以上のことができない自分がもどかしいし、一緒にいても長*さんのつらさの芯のところを癒してあげられない自分が情けない。トランスセクシュアル(用語についてを参照)である銀河を一生のパートナーとして選んでくれた長*さんに対して、銀河はただただ感謝するだけで終わっているのではないか。果たしてそれ以上のことを返せているのだろうか。
[BGM]RIKKI『miss you amami』。奄美出身のRIKKI(中野律紀)にはもっと売れる歌手になってほしい。歌唱力は抜群。透き通った声質はそれだけで大きな武器だし、なによりも人を惹きつけるだけの存在感がある。ルックスも悪くない。足りないのは戦略を持ったスタッフだけじゃないのかな。メジャーを離れ、インディーズからの再出発となったこのアルバム(田中勝則プロデュース)。マレイシアやブラジルのミュージシャンの助けを借りて、RIKKIの抒情性を活かしたすばらしい出来になっている(自作曲もそうだが、「イムジン河」や喜納昌吉の「東崎」が感動的)。あとはなんとしても売れてほしい。「知る人ぞ知る」の状態に甘んじるにはあまりにも惜しい大器だと思うからだ。
[読書記録]大野晋『日本語練習帳』(岩波新書)。超ベストセラーを今ごろ読んだ。で、とても感心した。書評などでは一種の「文章読本」(つまり文章に熟達するための教科書)的なとらえ方をしているものが多いけど、違うね。これは言語学(特に意味論)の方法論の実践的入門書だ。言語学がどういう手順で言語現象を解明しようとしているのかについて、これほどわかりやすい教科書はない。

12月29日(水) ハシケンのライヴを初体験。楽しかった。
[日記]お友だちの洋美さん(Web上ではさすけさん。ネイティヴの女性でハシケンのホームページの主宰者)に誘われて、ハシケン(橋本兼一)のライヴへ行ってきた(ハシケン情報が得られるホームページとしてはこっちも貴重)。場所は高円寺の「抱瓶(だちびん)」。ここは沖縄料理屋さん兼ライヴハウスという珍しい形態のお店。銀河は初めてだったけれど、かなり有名なお店らしい。本格的な沖縄料理がリーズナブルな値段で楽しめるので、ライヴ(週1回のペース)のない日にゆっくりくつろぐための居酒屋さんとして利用するのも悪くなさそう(そのうち長*さんとふたりで行こうっと)。ちなみに「抱瓶(だちびん)」というのは沖縄で使われている三日月形のとっくりの名称だ(抱瓶の実物の写真はここを参照)。
ハシケンは埼玉出身なんだけど、デビュー前に沖縄で島唄の師匠について修行した経験があり、ロックとフォークと島唄が入り交じったような不思議なオリジナル曲を演奏する。以前にテレビ朝日で放映されていた「えびす温泉」のアマチュア・バンド・コンテストで番組史上最高の評価を得て(鈴木慶一やOTOに絶賛された)、96年にメジャー・デビュー。今日に至る。
銀河はメジャー・デビュー後の2枚のCD(『Hashiken』『感謝』)を愛聴していたものの、ライヴは初体験。久々に期待感でワクワクするという体験をした。最初はハシケンひとりでの弾き語りからスタート。途中から
ソウル・フラワー・ユニオンにドラマーとして参加している永原元さんがジャンベ(DJEMBE)(西アフリカ諸国で広く演奏されている太鼓。ワイングラス型のボディーに山羊の皮が張られている)で加わり、さらにアルト・サックスとバリトン・サックスが加わって、次第に音が分厚くなっていく。ハシケンは曲によってギターとウクレレと三線を持ち替える。生のハシケンは期待していた以上。バラードっぽいスローの曲は聴き手の心を慰撫するような力を持つし、アップテンポの曲では会場全体に祝祭空間を作り上げていく。オリジナル曲ももちろんよかったけれど、特に心に残ったのはネーネーズの持ち歌として知られる「テーゲー」(作詞:上原直彦、作曲:知名定男)。リフレインを一緒に歌いながら涙がこぼれそうになった。
8時から始まったライヴ。アンコールを何回もくり返し、終わったのは11時近く。余韻に酔いしれてぼーっとしていると、楽屋へ行っていた洋美さんが、なんと永原元さんを連れて戻ってくる。永原さんは銀河たちのテーブルにつくと、洋美さんが差し入れたにごり酒を飲み始めた。まわりを取り囲んだファンたちとまるで友達同士のような会話を交わしている。永原さんってミュージシャンずれしていない素直なお人柄。銀河もほんの少しだけおしゃべりができて感激した。終電の時間が迫ってきたので、後ろ髪を引かれるような思いを振り切り、11時40分頃に帰宅の途についた。

12月30日(木) 神戸のさいこさんとくじら料理を食べに行った。
[日記]23日から東京に遊びに来ていらっしゃる神戸のさいこさと、さいこさんの東京滞在の最後の日になってようやくお会いすることができた。4時過ぎに渋谷の駅前に新しくできたばかりのQFRONTの5階にあるMacコーナーで待ち合わせ。しばらく2人でApple Cinema Displayに見とれてしまう。さいこさんのお友達の池田百合子さんもご一緒だったんだけど、所用ですぐに帰宅される。長*さんが来るのを待つためにさいこさんと2人で喫茶店へ。10月初旬に長*さんと2人で大阪に遊びに行ったときに、さいこさんがわざわざ会いに来てくださったので(10月10日の日記を参照)、そのお礼をするために長*さんも駆けつけることになったのだ。6時過ぎに佐藤潮音さんも合流。4人そろったところで109の隣にある「くじらや」(とても美味しい鯨料理の専門店)へ移動。さいこさんの東京での体験談に耳を傾けながら、くじらの唐揚げだとかジンギスカンだとか鯨鍋だとかをたらふく食べる。
食後はさいこさん、潮音さんと別れ、新宿の長*さんの事務所へ。長*さんの会社がお得意さまに出す年賀状に漏れがないかどうかをチェックする。作業を終え、しばらく2人でウトウトした後で、ゴールデン街の「たかみ」(いわゆる女装スナック)へ。ママの村田高美さんにこれまでいろいろと気を遣っていただいたことに対して、お礼の気持ちを伝えるのが目的(でも店内が超混雑状態で高美さんとあまりお話ができなかったのが残念)。お友達のみっくんと久しぶりに遭遇しておしゃべりできたのはうれしかったけど、他のお客さんや店全体の雰囲気とはまったく波長が合わなくて、かなりつらい気持ちになった(もっぱら睡眠をとることに専念)。
閉店後は「シエン」(歌舞伎町の深夜喫茶)へ。久美ちゃんみどり子ちゃんが真剣な目つきでゲーム機に向かっていた。この2人のこんなに真剣な顔は初めて見た(笑)。
[BGM]ハシケン『感謝』。昨日の余韻に浸りながら、ハシケン。いま簡単に入手できるアルバムは98年発表のこのソロ・アルバムくらいかもしれない。世界的なハワイ音楽演奏家の山内雄喜、ソウル・フラワー・ユニオンにも参加しているヴァイオリン奏者の太田恵資といった強力なミュージシャンもバックアップ。オリジナルもいいけど(「グランドライフ」「感謝」「月の河」といった名曲ぞろい)、カヴァー曲で見せるセンスは抜群。沖縄や奄美の島唄(ネーネーズの「テーゲー」も)、ジョセフ・スペンス(バハマの作曲家兼シンガー)の曲などを完全に自分のものにしている。

12月31日(金) 目が覚めたら2000年になっていた。
[日記]今年も今日で終わり。昼過ぎから長*さんの事務所の片づけを手伝い、一緒にご飯をいただく。1月1日に長*さんの自宅にお呼ばれしていることもあり(そのまま2日まで泊まってくる予定)、今日は早めに別れて自宅に戻る。
2000年問題の影響を回避するために、午後10時過ぎにインターネットの接続を切り、なんとなくベッドのなかに入る。天童荒太『永遠の仔』を読んでいるうちに(まだ上巻の半分くらい)どうもそのまま眠りに落ちてしまったようで、目が覚めるともう午前3時過ぎ。いつのまにか2000年を迎えていた。眠っているうちに年明けを迎えるのなんて、小学校4年生のとき以来だ(笑)。96年の秋にトランス(用語についてを参照)を開始して以来、毎年12月31日から1月1日にかけては新宿のトランス系の飲み屋さんで過ごしていたので、自宅で年を越すのも久しぶり。新しい年もとりたててトランスセクシュアル(TS)(用語についてを参照)であることを意識することなく、淡々となすべきことをなしながら生活していきたいものだ。
銀河の日記を愛読してくださっているみなさま。いつもありがとうございます。いただいたメールのお返事がなかなか書けず、ものすごく遅れてしまっていてごめんなさい。このホームページをいつまで続けることができるかはわかりませんが、これからも自分の感じたこと、体験したことをできるだけ正直に書きつづっていきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。
[BGM]渋さ知らズ『渋龍』。12月21日の日記で発表した今年のベストテン・アルバムからはみ出した1枚。世界最高のジャズ・オーケストラと言っても決して過言ではない渋さ知らズの最新ライヴ盤(98年録音、99年発売)。個々のメンバーの技量ももちろんだが、リーダーの不破大輔(ベース)を中心に総勢20人以上(場合によっては30人以上になることも)のミュージシャンたちのアンサンブルが見事。ジャズに関してはそう熱心な聴き手ではない私が渋さ知らズを買うのは、彼らの根元にあるのがある意味で「パンク・スピリット」と言えるものだからだし、音楽は非日常のものであるということを本当によくわかっているミュージシャンたちだからだ。彼らのライヴ、実はまだ未体験なのが残念。来年こそは絶対にライヴを体験したい。


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One of the most time-consuming things is to have enemies.