トランスセクシュアル関連の用語について

言葉はコミュニケーションの道具であるだけでなく、思考の道具でもあります。言葉に縛られてしまうのは無論よいことではありませんが、言葉の助けによってこれまでぼんやりとしていたものがはっきりとした形をとりはじめるというのも動かしがたい事実です。ここでは、このサイトで頻繁に使われるトランスセクシュアル関連用語の説明を試みます。できるだけ正確な記述を試みたつもりですが、もちろん、あくまでも私流の理解でしかないことは言うまでもありません。不適切な箇所もあるでしょう。気がついたことがおありでしたら、ぜひお教えください。(1999年9月3日記)

セックス(sex)
生物学的な性別のこと。性染色体、性腺、内性器、外性器などによって決定され、典型的には「男性」と「女性」に二分される。しかしながら、日本では約2000人に1人と推定されるインターセックス(いわゆる半陰陽)の人々のように、これらを「男性型」と「女性型」のどちらかに分けることが困難な場合も多い。

ジェンダー(gender)
生物学的な性別を指すセックスに対して、社会的・文化的な性別を表す。
もともとは文法用語の「性」のこと。例えばフランス語の名詞には「男性名詞」と「女性名詞」の区別があるし、ドイツ語の名詞には「男性名詞」「女性名詞」「中性名詞」の区別がある。フランス語では「鉛筆」は男性名詞で「消しゴム」は女性名詞だが、もちろんそのカテゴリー分けに何らかの論理的必然性があるわけではなく、単なる約束事に過ぎない。さらに、フランス語では「太陽」が男性名詞で「月」が女性名詞だが、ドイツ語では「太陽」が女性名詞で「月」が男性名詞。この例でわかるようにジェンダーの約束事は言語ごとに異なっている。
このジェンダーという用語が社会学において、ある社会・文化圏で成員に共有の了解事項となっている「性別」を表すために転用された。文法用語のジェンダーの場合と同じで、「男性」と「女性」の違いはあくまでも約束事でしかなく、なにが「男性」的でなにが「女性」的かという基準は社会・文化圏ごとに違う。インドのヒジュラの例などが有名だが、「中性」とでもいうべきカテゴリーが設定される場合もある。
ところで、ジェンダーという用語が時として誤解と混乱を招くのは、人によってジェンダーという用語を「
性自認」や「性役割」の意味で使う場合があるからだ。例えばジェンダーを心の性だとか性別の自己認識と定義する人の場合は「性自認」の意味で使っていることになるし、フェミニズムの文脈のなかでは「性役割」を指すのがふつうだ。従って、どういう文脈で使われているのかに注意が必要。

セクシュアリティー(sexuality)
フロイト(『セクシュアリティーに関する三試論』)は、セックスは生物学、ジェンダーは社会学、セクシュアリティーは精神分析が取り扱うべき領域だと言う。つまり、生物学的根拠によって決定されるセックス(肉体の性)や、社会のなかで他者からどう見られるかを決定するジェンダー(社会的・文化的な性)に対して、個人の意識のなかにあるのがセクシュアリティー(心の性)だと区別することができる。しかしながら現在は「性的指向性」と同じ意味で使われることが多く、混乱を招いている。

性自認(gender identity)
「自分は男性である」とか「自分は女性である」という自己認識のこと。この自己認識は生物学的な性別(セックス)や社会的・文化的な性別(ジェンダー)と一致する場合もあるし、一致しない場合もある。性自認は先天的に決まっていて後天的には変更がきかないという説が、現在では有力らしい。

性役割(gender role)
ある社会・文化圏のなかで、「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という具合に性別によって割り振られた役割。典型的な「男性」や典型的な「女性」のあり方の指針としての性役割は、あって悪いものではないだろう(例えば、そのおかげでトランスセクシュアルパスするための目安を立てることができる)。問題なのは、本来は相対的なものである性役割を普遍的なものだと誤解し、それを固定化しようとして、典型から逸脱するものを認めようとしない社会・文化圏のありようの方だ。

性的指向性(sexual orientation)
性欲や恋愛感情の対象としてどの性を選ぶのかということ。異性を選ぶのがヘテロセクシュアル(heterosexual)、同性を選ぶのがホモセクシュアル(homosexual)、どちらも選択の対象になりうるのがバイセクシュアル(bisexual)、どちらも選ばない(あるいは性欲自体がない)のがアセクシュアル(asexual)。性自認と性的指向性とはまったくの別物であることは言うまでもない。一般にMTFの性欲や恋愛感情は人によって男性に向けられることも女性に向けられることもあるが、FTMの多くは女性に向けられると言う。またここで言う同性・異性という概念も実はかなりあやふやで、例えばMTFが恋愛対象に男性を選ぶのは果たしてホモセクシュアルなのかヘテロセクシュアルなのかということになれば、意見は分かれるだろう(個人的な意見としてはヘテロセクシュアルだと思うが)。

性別違和(gender disphoria)
生物学的な性別(セックス)や社会的・文化的な性別(ジェンダー)と性自認が一致していない場合に抱く、違和感・不快感のこと。

性同一性障害(略称GID)(gender identity disorder)
精神医学における疾患単位名。性同一性障害治療の日本国内で唯一のガイドラインとなっている『性同一性障害に関する答申と提言』(日本精神神経学会)から引用しておく。

性同一性障害とは「生物学的には完全に正常であり、しかも自分の肉体がどちらの性に所属しているかをはっきり認知していながら、その反面で、人格的には自分が別の性に属していると確信している状態」と定義される。すなわち、男(女)性の肉体を持ちながらも本来自分は女(男)であって、男(女)性に生れてきたのはなにかの間違いであると考え、こうした確信に基づいて、日常生活においても女(男)性の装身具類を身につけたり、女(男)性の性別役割を実行する。さらにこのようなことだけで安心せず、本物の女(男)性になりたいという変性願望や性転換願望を持ち、ホルモン投与や性転換術までも行おうとする場合もある。

疾患単位名である以上、精神科医でないものが「性同一性障害」の判断を下すことはできない(自己診断で「性同一性障害」を自称することはできないということ)。

トランスセクシュアル(略称TS)(transsexual)
精神医学上の用語。WHO(世界保健機構)の国際疾病分類改定第10版(ICD-10)における定義を引用しておく。

異性の一員として暮らし、受け入れられたいという願望であり、通常、自分の解剖学上の性について不快感や不適当であるという意識、およびホルモン療法や外科的治療を受けて、自分の身体を自分の好む性と可能な限り一致させようとする願望を伴っている。このような性転換的な性同一性が少なくとも2年間持続している。

自分の肉体に対する違和感・不快感を抱き、ホルモン投与をしたり
性別再判定手術を望んだりすること、及びそういう者のことをトランスセクシュアル(略称TS)と呼ぶのだと考えればよいだろう。

トランスヴェスティズム(略称TV)(transvestism)
精神医学上の用語。「両性役割服装倒錯症」(dual-role transvestism)と「フェティシズム的服装倒錯症」(fetishistic transvestism)に分けられる。WHO(世界保健機構)の国際疾病分類改定第10版(ICD-10)における定義を引用しておく。

「両性役割服装倒錯症」(dual-role transvestism)
異性の一員であるという一時的な体験を享受するために、生活の一部で異性の衣服を着用しているが、より永続的な性転換あるいはそれに関連する外科的な変化を欲することは決してないもの。本障害は、服装を交換するにさいして性的興奮をともなっておらず、フェティシズム的服装倒錯症と区別されなければならない。

「フェティシズム的服装倒錯症」(fetishistic transvestism)
主に性的興奮を得るために異性の衣服を着用すること。これは,フェティシズムの対象となる物品や衣服を単に着用するというだけでなく、異性としての外観をつくり出すために着用するという点で、単なるフェティシズムから区別される。通常一点以上の物を着用し、しばしばかつらや化粧品を加え完全な装いをする。フェティシズム的服装倒錯症は、性的喚起と明らかに結びついていることと、いったんオルガスムが起こり性的喚起が止めば、衣服を脱いでしまいたいという強い欲望が起こることによって、性転換願望症の服装倒錯とは区別される。

いわゆる異性装(女装・男装)のことだと考えておけばよいだろう。またこのような異性装者のことをトランスヴェスタイト(略称TV)(transvestite)と呼んでいる。

トランスジェンダー(略称TG)(transgender)
これは精神医学上の用語ではない。元来は、典型的なTVにも典型的なTSにも分類しがたい境界領域、あるいは境界領域にある者を指す言葉(例えば自分の生物学的な性別とは異なる性の一員として生活したいが、外科的治療は望まない者を指す言葉)として考案されたが(狭義のTG)、現在ではTV/狭義のTG/TSの総称として使われることも多い(広義のTG)。従って、どういう文脈で使われているのかに注意が必要。
個人的には、このようにかなりあやふやな言葉であり、場合によって勘違いしたTVや政治的な意図を持ったTVに恣意的に利用される恐れもないとは言えないので、あまり積極的には使いたくない。

クロスドレッシング(crossdressing)
トランスヴェスティズム
の言い換え。接頭辞trans-を同義のcrossで、語幹vestismを同義のdressingで置き換えたもの。トランスヴェスタイトの言い換えはクロスドレッサー(crossdresser)。精神医学用語で呼ばれるのを好まないアメリカの異性装者が使い始めた言葉。

MTF(male to female)
男から女へという意味。MtFとかM2Fと表記されることもある。通例、TV/TG/TSという用語と組み合わせて用いる。例えば、生物学的には男性として生まれたが、性自認は女性であり、女性として生活しようとしている者なら、MTFTSということになる。

FTM(female to male)
女から男へという意味。FtMとかF2Mと表記されることもある。例えば、生物学的には女性として生まれたが、性自認は男性であり、男性として生活しようとしている者なら、FTMTSということになる。

ホルモン療法(hormone therapy)
性同一性障害
の当事者に対して、肉体的な違和感・不快感を取り除くために行われる療法。女性性を望む場合には女性ホルモン(エストロゲン)を、男性性を望む場合には男性ホルモン(テストステロン)を投与する。ガイドライン(『性同一性障害に関する答申と提言』)によれば、精神療法をおこない、1年以上のリアルライフテスト(望みの性で実際に生活してみること)を経たうえで、ホルモン療法に移行するとされている。

性別再判定手術(略称SRS)(sex reassignment surgery)
一般的には性転換手術という俗称で知られている。内性器・外性器の形状を望みの性のものに変える手術。性自認と食い違う間違った肉体を正しい状態に修正し「性別」の割り当てを新たにやり直すという意味合いの名称。gender reassignment surgeryとも言う。

プレオペ(pre-op, pre-operation)
性別再判定手術を望んでいるTSが、まだ性別再判定手術を受けていない状態を表す形容詞。自分をアイデンティファイするときに「私はプレオペのMTFTSです」といった言い方をする。

ポストオペ(post-op, post-operation)
性別再判定手術を望んでいたTSが、すでに性別再判定手術を受けた状態を表す形容詞。自分をアイデンティファイするときに「私はポストオペのFTMTSです」といった言い方をする。

パスする(to pass)
望みの性で日常的に通用すること。MTFなら他人から女性と見られること。FTMなら他人から男性と見られること。肉体的違和感の解消のためにおこなわれるのがホルモン療法や性別再判定手術であり、パスするためにおこなわれるのがさまざまな整形手術やヴォイストレーニング。

リードされる(to be read)
望みの性で日常的に通用しないこと。MTFなら女装している男性と見られること。FTMなら男装している女性と見られること。

トランスする
これは和製英語。肉体的にも生活上も、MTFTG/TSが男性から女性へ、FTMTG/TSが女性から男性へ変化していくことを、日本国内の当事者たちがこう呼ぶ。またTG/TS(場合によってはTVも)を総称してトランスの人たちと言うこともある。


次の方々の作成された用語解説もぜひ参照してください。

性同一性障害、トランスセクシュアル、トランスジェンダーに関する用語集
「TSとTGを支える人々の会」のホームページに所収)

T's用語概説
EON/Wのホームページに所収)

とらんすなてくにかるたーむひとこと解説集
いずみさんのホームページに所収)

お父さんのための『性同一性障害』講座
Gender Identity Indexのホームページに所収)

裏トランス用語集
窪田理恵子さんのホームページに所収)


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