壁の側にはむっつりとした顔をして杖を持っている老人達がいる。筆頭がマーリン卿でこの人だけはにこにこ笑って入っては出てくる客ににこやかにお辞儀を返している。その他のブレイズ、ブリーセン、セフォラ達は職業病の憂鬱症に悩まされた顔を隠すようにして、用が終わるとそそくさと影に寄ろうとする。ふとマーリンに気づいた一人の若者が、半ば満たされた杯を持ったまま彼に近寄る。
「マーリン様、御久しぶりです。」
マーリンはその若者の顔を思い出せなかったけれども、それでもにこやかに答礼を返し、
「久しぶりだね。この前に会ったのは確か」
「木星です」
「木星か、騎士ではない君がここで何をしているのかな」
「私はメルギゼル(仮名)です。ここで騎士達の助けを得られると聞いたので」
「まあ、そうだな」
横からブリーセンが口を挟む
「暇なのが騎士の特権というものですからね。」
マーリンが睨むとたちまち魔女は小さくなり、カーテンの後ろに隠れる。気を取り直して、メルギゼルは続ける。
「そうみたいですが、私が会いたい人はこちらにいないみたいです。ジークフリート卿は、どちらにいらっしゃるのですか」
マーリンは微笑んで、
「彼はここにはいないよ。それはな、ここは騎士だけが招かれる場所だから、彼のような古の匂いをあまりにも染みつかせた男はここの枠にははまらないんだよ。いくら礼儀作法を身につけてもね。他の騎士に頼んでみたらどうかね」
「そうですか、じゃあ」
言葉を続けようとして、ふと入り口の方を見ると、宴会場の中に入ろうとして召し使い達に差し止められている男がいて、彼らともみ合っている。その男は真っ黒な、時々鞘の中から唸りを上げている長い剣を佩いていて、まだ若いのに白髪、目はウサギのようである。とうとう諦めて帰っていった。メルギゼルは静かに、
「彼もだめなのですか?」
マーリンは悲しげに、
「ああ、そうだな、著作権の問題があるからだよ。昔は良かった。なにしろ勝手に人のものを使っても咎められはしなかったからな。今では少しでも人のものまねを無意識にでもしていたら、気を遣わなくちゃいけない。」
マーリンはメルキゼルの無邪気な顔に顔をほころばせながら、
「そうかもしれん、しかしそれは問題ではないのだよ。長いのだけ持つのよりローマ人のように短い剣を持った方が実戦向きには違いない。しかし、なんというか、何しろ騎士は男しかなれないからな」
「そんな事はないでしょう。ブラダマンテ姫やブリトマート嬢は」
「変わり種だよ。つまりいわゆる例外というわけで、普通ということだ」
西の扉が開くと、緑色のドレスを着た乙女達が巨大な盆の上に台ごと美しい額縁に嵌め込まれた鏡を載せて入ってきた。縁の銘には
「最も心の美しい婦人のみ美しく写しましょう」
と書かれている。
「これはひどいですよ。エリスの林檎よりなおひどい」
「そうかね、顔ではなくて心なんだから良いんじゃないかな。それにねえ、この鏡は心にあわせてうつし身の顔を輝かせるのだよ。ありとあらゆる桎梏を超えた愛というものを発明したのは、中世の騎士物語がはじめてだからね。」
最後に、東の扉が開くと、えもいわれぬ芳香があたりにたちこめて、その中に立つ白い翼を生やした金髪の天使達が黄金の螺鈿飾りの大盃を捧げ持っていて、その中から香しい気が立ち昇っていた。
「これが、聖杯」
「そうだよ。とてもとても古いものだ。」
二人はしばらく黙って、その側に集まって行く騎士達を吟味していたが、やがてマーリンはぼんやりと、
「さて、何でもいいから喋らなくてはならん。そうしないと神様に怒られる」
メルギゼルもぼんやりと、
「はい」
「君は救い主を探しに来たんだな?」
「聖杯は、いいえ。ここで聖杯を見ることが出来るとは思えませんでした。」
「騎士の三つの宝、剣と、婦人への愛と、神秘、君はそれを三つながら見たわけだ。」