騎士達の宴会場
Banquet Hall


燃え立つ水星の魔術に護られた晩餐会には、数多くの騎士達が参加する。

クロザリングの宮殿の貴賓席、高いバルコニーで大広間を見下ろすテーブルにおいてもっとも上座に座るのは、言わずと知れたアーサー王だが、隣には、シャルルマーニュ、エッツェル王、グロリアナ女王等、名のある騎士達に剣を捧げられた君主達がいて、もっとも美味しい料理と葡萄酒を手元に置いて、眼下の騎士達の宴会を愛しげに見ている。

大広間に横たえられた長い卓の左側には、いまだ夢と現が無分割な頃の騎士達がいて、蛮族の冷たい無骨な鋼を腰の鞘の中に潜ませているが挙動はあくまで優雅である。これらの数多い騎士は、ほとんどがアーサーの円卓騎士団ゆかりの者だが、そうでないものも堂々と振る舞っている。眼光鋭いヴェロナのディートリッヒ卿を始めとして、礼儀正しいランスロット卿、父のパルジファル卿と息子のローエングリーン、甘やかな声のトリスタン卿、勇壮なローラン卿、アマディス卿、高貴なエル・シド卿等、錚々たる面々が杯を交わし合い、召し使い達が牛の肩肉を切り分けている横で談笑している。

右側の席には、ブラダマンテ姫を筆頭に、奇抜な色合いの衣装と歌うような話し振り、そして立ち昇る虹色の香りが彼らの完全なる幻想の産物であることを暗示する。この館の持ち主であるダーハ卿、ブラスコ卿、アストルフォ卿、ロジェロ卿、ブリトマート姫、アーティガル卿などが香辛料の利いた食物を細長い手の指で掬い取って口に運んでいる。

壁の側にはむっつりとした顔をして杖を持っている老人達がいる。筆頭がマーリン卿でこの人だけはにこにこ笑って入っては出てくる客ににこやかにお辞儀を返している。その他のブレイズ、ブリーセン、セフォラ達は職業病の憂鬱症に悩まされた顔を隠すようにして、用が終わるとそそくさと影に寄ろうとする。ふとマーリンに気づいた一人の若者が、半ば満たされた杯を持ったまま彼に近寄る。

「マーリン様、御久しぶりです。」

マーリンはその若者の顔を思い出せなかったけれども、それでもにこやかに答礼を返し、

「久しぶりだね。この前に会ったのは確か」

「木星です」

「木星か、騎士ではない君がここで何をしているのかな」

「私はメルギゼル(仮名)です。ここで騎士達の助けを得られると聞いたので」


「まあ、そうだな」

横からブリーセンが口を挟む

「暇なのが騎士の特権というものですからね。」

マーリンが睨むとたちまち魔女は小さくなり、カーテンの後ろに隠れる。気を取り直して、メルギゼルは続ける。

「そうみたいですが、私が会いたい人はこちらにいないみたいです。ジークフリート卿は、どちらにいらっしゃるのですか」

マーリンは微笑んで、

「彼はここにはいないよ。それはな、ここは騎士だけが招かれる場所だから、彼のような古の匂いをあまりにも染みつかせた男はここの枠にははまらないんだよ。いくら礼儀作法を身につけてもね。他の騎士に頼んでみたらどうかね」

「そうですか、じゃあ」

言葉を続けようとして、ふと入り口の方を見ると、宴会場の中に入ろうとして召し使い達に差し止められている男がいて、彼らともみ合っている。その男は真っ黒な、時々鞘の中から唸りを上げている長い剣を佩いていて、まだ若いのに白髪、目はウサギのようである。とうとう諦めて帰っていった。メルギゼルは静かに、

「彼もだめなのですか?」

マーリンは悲しげに、

「ああ、そうだな、著作権の問題があるからだよ。昔は良かった。なにしろ勝手に人のものを使っても咎められはしなかったからな。今では少しでも人のものまねを無意識にでもしていたら、気を遣わなくちゃいけない。」


(騎士道物語とはどのようなものか?また、それらの源となったギリシャ神話について、知りたい方はこちらを、日本ではいまだあまり紹介されていないケルト神話はこちら、最後に、刹那的で無情かつ好戦的な北欧神話はこちらをどうぞ
「はあ、キリスト教にもそういう箍を嵌めるところがありませんか?」

「まあ、それが独特の美を作り出すんだよ。しかしねえ、近代社会のしがらみにそれと同じように情緒なぞを期待するのが間違っている。だから、皆こんな水星くんだりまでやって来て宴会をしているというわけだよ。」

二人が話していると、不意に階上から澄んだ鐘の音が鳴り響き、人々はしばし話を止めてその音に聞き入った。鳴り止むと再びざわめきが復活する。

「なんの音ですか?お昼ご飯?」

「君は腹が減っているのかね。ここは宴会場だよ、いつも食い物は用意されている。これからね、三つの騎士達の聖なる宝物が披露されるのだよ。」

南の扉が開いて、しずしずと入ってくる礼服を着た小姓達が、何が長いものを横にして、運んで来る。その長いものは良く見ると、信じられないほど長い刀身の剣で、金の糸と雲母で飾られた鞘に納まっていた。銘には「天下第一の騎士の宝剣」と記してある。

「ううん、しかし、あんなもの振り回すにも長すぎるでしょう?ひっかかったり、突き刺さったりして抜けなくなったら別の敵が来た時どうするのですか」

マーリンはメルキゼルの無邪気な顔に顔をほころばせながら、

「そうかもしれん、しかしそれは問題ではないのだよ。長いのだけ持つのよりローマ人のように短い剣を持った方が実戦向きには違いない。しかし、なんというか、何しろ騎士は男しかなれないからな」

「そんな事はないでしょう。ブラダマンテ姫やブリトマート嬢は」

「変わり種だよ。つまりいわゆる例外というわけで、普通ということだ」

西の扉が開くと、緑色のドレスを着た乙女達が巨大な盆の上に台ごと美しい額縁に嵌め込まれた鏡を載せて入ってきた。縁の銘には

「最も心の美しい婦人のみ美しく写しましょう」

と書かれている。

「これはひどいですよ。エリスの林檎よりなおひどい」

「そうかね、顔ではなくて心なんだから良いんじゃないかな。それにねえ、この鏡は心にあわせてうつし身の顔を輝かせるのだよ。ありとあらゆる桎梏を超えた愛というものを発明したのは、中世の騎士物語がはじめてだからね。」

最後に、東の扉が開くと、えもいわれぬ芳香があたりにたちこめて、その中に立つ白い翼を生やした金髪の天使達が黄金の螺鈿飾りの大盃を捧げ持っていて、その中から香しい気が立ち昇っていた。

「これが、聖杯」

「そうだよ。とてもとても古いものだ。」

二人はしばらく黙って、その側に集まって行く騎士達を吟味していたが、やがてマーリンはぼんやりと、

「さて、何でもいいから喋らなくてはならん。そうしないと神様に怒られる」

メルギゼルもぼんやりと、

「はい」

「君は救い主を探しに来たんだな?」

「聖杯は、いいえ。ここで聖杯を見ることが出来るとは思えませんでした。」

「騎士の三つの宝、剣と、婦人への愛と、神秘、君はそれを三つながら見たわけだ。」


「ガーウェイン卿の物語」はこちら)

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