北欧神話と伝説
「もしわたしが、あなたのものならですって?神のような落ち着きが、わたしの中で
荒々しさに変わっていく。
純潔の光も狂熱へと燃え上がり、天上の知恵が風に吹き飛んでいく。
喜ばしい愛が全てを追い払ってしまったのです。
もしわたしが、あなたのものならですって?ジークフリート!ジークフリート!わからないの?
わたしの目があなたを見て輝くとき、あなたは目がくらまなかったの?
わたしの腕が抱きしめるとき、あなたは火と燃えなかったの?
駆けめぐる血の熱さに気がつかなかったの?
さあ、ジークフリート、この狂おしい情熱の乙女に恐れを感じないの?」
ブリュンヒルドの告白―
リヒャルト・ワグナー「ニーベルンゲンの指輪 第三部・ジークフリート」より
ゲルマン語族系の人々の習慣、世界観および体系は彼らの現住地であったスカンジナヴィア及び中欧の、ローマの影響やキリスト教の洗礼を比較的後まで受けなかった地域に多く残存している。今日、ローマ帝国末期の民族移住によって影響を受けなかったヨーロッパ地域は数少なく、彼らの「文明破壊」によって地中海の枠が破られ、新たな文明の発展が始められたことは、多くの欧歴史学者にとって特色ある研究の対象とされてきた。
彼らの「先住民」であったケルトやラテン系の文化との比較と社会構造の違いはずっと時代を下っても大きくヨーロッパ文化の多様性を彩る局面の一つとして有効でありつづけた。そして彼らが行った征服や植民などの事業を通して彼らの神話伝説もそれらの地方の特色を吸収して独自の発展を遂げたわけである。
オーディンとユング(そしてナチス)
カール・グスタフ・ユング、フロイト左派の心理学者にして神秘学の研究者は、ナチスの台頭とその征服、侵略を「まるでヴォータン(ドイツにおける北欧の主神オーディンの異名)の復活のようだ」と称しました。彼の学説がケレーニイやキャンベルなど、多くの学徒に影響を与え、その考え方が幻想を紡いで世過ぎの術とする人々の教祖にすらなる中で、この言葉は非常に「無情な」(あるいは「無常な」)意味を持つもののように思えます。
産業革命と「人道」の発見前には、世界中で目立った人口爆発が見られなかったことは出生率や死亡率の増減が(ほとんど特定の時期を除いて)起こらなかったことを示しています。小世界にこもった人々は他の共同体の人々を間引きするのに躊躇ありませんでしたし、そのような行為に反対を唱える者は宗教者だけでした。
今日ではその逆の形になっています。先祖帰りを起こした「ドイツの民衆」がユダヤ人やジプシーや「エホバの証人」を、日本人がアイヌ人や中国人や韓国人を大虐殺したことが、過去の背景において、それほどの被害を引き起こさなくても、現代においてはそうではありませんでした。人体実験、拷問、ゆがんだ欲望の充足、あらゆる人間の恐怖が人間その者の顔を持って現れたのです。我々が幻想を扱う時、我々は危険な道をも選択する可能性があることを忘れてはならないことをもユングは教えています。
シグルドSigurd(ジークフリートSiegfried)とニーベルングの伝説Legend of Niebelungen
北欧神話の最大の英雄であるといって良い龍殺しの英雄の伝説は古スカンディナヴィアの神話伝説集であるエッダそしてヴォルズンガ・サガにも断片的に姿を現している。彼の功業と悲劇的な死の物語はさまざまな異型があり、基本的に古代異教世界を去り、中世騎士的なドイツの伝説中に移植されても、彼の巨大な影が中世最大の「ニーベルンゲンの歌」に結実して、新たな美を生み出した。リヒャルト・ワーグナーはこの物語をいわば原型に戻すことできわめて独創的な彼の大作「指輪」を天恵として得たのである。
彼の物語のサイクルはさまざまな異なる物語においても基本的に「捨てられた幼年時代」、「成人と龍殺し、自我の確立」、「火の輪を越える」、「身内の者の裏切りによる死」と典型的な英雄の類型をたどる。古代神話においては彼の幼年時代と悲劇的な死について語り、「歌」においては彼の恋人たちの欲望と復讐、葬礼について語る。「指輪」はジークフリートを「自縄自縛からの解放」ととらえており、彼の裏切られた妻は彼の死を願うことで彼の英雄性を(きわめて残酷な意味で)昇華する。
「ヴェルズングのサーガ」や「ワルキューレ」、「ニーベルンゲンの宝」、「妖精王アルベリッヒ(シェイクスピアのオベロンの原型)」などの構成要素は、さまざまな特性をもって登場するが、共通するモチーフ、欲望の充足に伴う呪いや、栄光に続く悲劇的な最期という要素を盛り込むことによって成功している。
ブリュンヒルドやクリームヒルトの「恐るべき女(ダーム・テリブル)」の要素もまた、実在の歴史上の女王の事績をとりいれているらしい。(ブリュンヒルドは西ゴート王国の王女であり、長じてアウストリエンとブルグントの女王となった同名の人物を原型としているという説が有力である。詳しくは古代―中世のドイツ・フランスの王室史を調べること。)
ディートリッヒ・フォン・ベルン(ヴェロナのディートリッヒ)
イタリア、ヴェロナのディートリッヒは実在の人物テオドリックTheodoric王をモデルとして書かれたとされる。幼時は東ローマ帝国の人質として育ち、ひいては成人した後に西ローマ帝国の破壊者オドアケルを討って東ゴート王国の王(在位493-526)となり、東ローマの代官及びコンスルとしてイタリア半島を統治した。彼は後に現れるフランク人たちと違ってアリウス派だったので必然的に歴史に逐われる勢力に属していたが、彼の治世は騒乱の時代において手腕により比較的平和を保つことができた。(エドワード・ギボン「ローマ帝国衰亡史」による)
「ニーベルンゲンの歌」は伝説なのでもちろん史実には応じていないし、その登場人物がフン族の王アトリ(アッティラ)に仕えるなどという話はニーベルンゲンの歌における中世風の舞台背景を割り引いても荒唐無稽な話であることは明らかであるが、ここでベルンというのがドイツの都市で、ディートリッヒが同名の別の人物を指し示しているのならば話は別である。
ゲルマン人神話伝説の系統の末になるヨーロッパ各地の伝説・物語(とりあえずは有名どころだけ)
(アイスランド)エッダ(神話)、アイスランドサガ(エギルのサガなど)
(ノルウェー&スウェーデン)ヴォルズンガサガ、グレディルのサガ、ニャールのサガ
(デンマーク)オジール
(ドイツ&イタリア)ベルンのディートリッヒ(ゴート族)、ニーベルングの歌&ジークフリートのヴォルズンガサガ(エッダに類似あり)、鍛治師ウェイランド、オルトニート(ランゴバルト族)
(フランス)シャルルマーニュと十二騎士
(イングランド)ベーオウルフ
(スペイン)ゴールのアマディス、エル・シドの歌
リンク
英語
Medieval Sourcebook Introduction
http://www.fordham.edu/halsall/sbook.html
The Germanic Heritage
http://www.anglo-saxon.demon.co.uk/lyfja/ghp/germanic.html
Online Medieval & Classic Library
http://sunsite.berkeley.edu/OMACL/
Folklore & Mythology
http://www.pitt.edu/~dash/folktexts.html
Regia Anglorum
http://www.regia.org/
Celt & Saxons Homepage
http://www.primenet.com/~lconley/index.html
The Story of Burnt Njal
http://sunsite.berkeley.edu/OMACL/Njal/
日本語
世界帝王辞典
http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/index.html
ルーン文字とヴァイキング
http://www.runsten.info/
無限空間
http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/index.htm
Repository of Mythos and Poesy
http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
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