正月小説 うさぎと亀

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ウサギと亀


むかしむかし、ある所にウサギと亀がいました。
ウサギの名前はベジータといい、Mっパゲで口がものすごく悪いのですが、小さな体に意思の強そうな瞳を持った、とても可愛らしいウサギでした。また、愛くるしい見た目に似合わずベジータはとても強いウサギでした。誇り高き王子でもあるベジータはプライドが高く、自分の強さをいつも自慢していました。一方、亀の名前はカカロットと言い、見た目は人間の青年そっくりですが、武術のお師匠様の言いつけで常に重い亀の甲羅を背負って修行しておりました。身分の低い下級戦士のカカロットは明るく朗らかな気質で、皆に人気がありました。ウサギのベジータはそんなカカロットの事が大好きでいつも気になっていたのですが、正直な気持ちを口にするのは恥ずかしくてたまりません。その結果ベジータはカカロットの周りをウロついては、いつも挑発するような言動を繰り返していました。そうです、ウサギのベジータは大層なツンデレだったのです。


さて、とある春のうららかな日、ベジータは今日もカカロットの気を惹こうと、彼を挑発していました。
「フン、キサマ今日も役に立たんトレーニングが、精の出る事だなカカロットさんよ。だがな、キサマのような下級戦士のクズがいくら鍛えても、誇り高きエリートであるこのオレを超える事は出来んのだ!」
「なんだベジータ、またおめえか」
ベジータに罵られても、精神修行で平常心を保つ事のできるカカロットは実に涼しい顔です。
「おめえは本当に暇人だよな、オラは修行で忙しいんだから邪魔すんなよ」
カカロットは基本とても良い子でしたが、亀らしくとてもマイペースな一面も持っていました。何気なく口にしたKYな言葉に、他人をイラ立たせてしまう事があるのが玉に傷でした。
「なっ……なんだと?!」
ウサギのベジータは挑発するつもりが逆に挑発されて、顔を真っ赤にして怒りだしました。
「いいかカカロット、今日こそ誰が一番かはっきりさせてやる!キサマ、このオレとスピード勝負しろ!!先に地球を百周してこの場所に戻ってきた方の勝ちだ、良いな!」
「ダメだって、今オラは修行中だって言ったろ」
亀のカカロットが呆れたように腰に手を当ててベジータを見下ろしても、ベジータは聞く耳を持ちません。
「ダメだ!このオレが競争すると言ったら競争するんだ!」
「だからオラは今忙しいって……」
「よし、では行くぞ!よーい、ドン!」
困った顔をするカカロットの事などお構い無しに、ベジータは勝手にスタートの合図を出したかと思うと、たちまち風よりも早くその場を飛び立ちました。
「ははは、あばよカカロットーーー!!」
「おい、ベジータ!だからダメだって……!ちえっ、まったくしょうがねえなあ、アイツは」
高笑いをしながら飛び去るベジータを見遣り、カカロットは困ったように暫く頭を掻きながら、それでもベジータの自分勝手な競争に付き合ってやるため後を追ってその場を飛び立ちました。


重い亀の甲羅を背負ったカカロットに比べてベジータの飛ぶスピードはとても早く、たちまちベジータは地球を九十九周し、残すはあと一周となりました。
「ふはははっ!今度こそオレの勝ちだなカカロット!」
あと少し飛べば遂にゴールです。ベジータは勝ち誇った笑いを浮かべて後ろを振り返りました。しかしカカロットの姿はどこにもありません。
「…ふん、カカロットのヤツめ。ノロノロ飛びやがって。オレとの差がすっかり開いちまったようだな…」
そんな事を呟きながら、いつもカカロットに負けてばかりのベジータは今日こそカカロットの悔しがる顔が見られると思い、ワクワクしながらカカロットの姿が遠い空に現れるのを待ちました。しかしいくら待ってもカカロットが現れる様子はありません。
「――オレとの差が開きすぎてしまったようだな。実力差がありすぎる相手に勝ってもつまらんからな、仕方ねえ、少しだけヤツを待ってやるか」
ベジータはぶつぶつと独り言をつぶやきながら、カカロットが現れるのを暫く待つ事にしました。しかし空の天辺にあったお日様が傾き始めるまで待ってみましたが、カカロットは一向に現れません。ベジータはだんだん不安になってきました。……カカロットのヤツ、オレとの勝負を忘れてどこをほっつき歩いてやがる…
「……これだけ離れていれば、少し休んでも大丈夫だろう……」
もう一度ベジータは独り言をつぶやいて地上に降り立ち、それから木の根元にペタリと座り込みました。
ベジータはカカロットに勝ちたくて堪らないのに、カカロットはベジータとの勝負なんかどうでも良いと思っているのでしょうか。ベジータの不安はますます強くなり、次第に暮れていく空を見ていると今度は悲しくなってきました。目の奥がツンと痛むのを感じながら、ベジータは木の根元にころりと丸くなってうずくまりました。それからしばらくの間、小さく震えながら泣いていましたが、そのうち泣き疲れて眠ってしまいました。




「―――やべえやべえ、すっかり遅くなっちまった」
お日様が茜色になり、山の端にかかる頃になって、ようやくカカロットが西の空の彼方から現れました。カカロットはベジータとのスピード勝負を決して忘れていた訳では無かったのですが、途中で地球を滅ぼそうとする悪い宇宙人を見つけ、倒すのに手間取ったために思ったよりも時間がかかってしまったのでした。
「ベジータのヤツ、もう地球を百周して帰っちまったかな……っとと、あれ?ベジータ?」
ふと何気なく上空から足元の森を見下ろしたカカロットは驚きました。てっきり百周勝負をとっくに終えたとばかり思ったベジータが、木の根元に小さく丸くなって眠っているのです。
「おーいベジータ、こんな場所で寝てたら風邪ひいちまうぞ?」
風のように飛んでいたカカロットは、たちまち方向を変えて眠るベジータの隣りに舞い降りました。
「ベジータ、おい、ベジータ」
カカロットが声を掛けてもベジータが目を覚ます様子はありません。丸くなって眠ったまま、小さく震えています。寒いのでしょうか、それとも嫌な夢でも見ているのでしょうか。
「おい、ベジータって……」
もう一度、カカロットがベジータを揺すって起こそうと手を伸ばしたその時。
「…………」
ベジータがむにゃむにゃと何かを呟きました。寝言でしょうか、微かに涙ぐみながら呟いた言葉を聞いたカカロットは、思わず目を丸くしました。



どのくらい休んだでしょうか?ウサギのベジータが目を覚ますと、辺りはすっかり暮れて薄暗くなっていました。
「……カカロットのヤツはどうせどっかに行っちまったんだろうな。さて帰るとするか」
乾いた涙でへばり付いてしまった目をこすりながらベジータが身を起そうとすると、不思議な事に気がつきました。体が何かにがっちりと拘束されて、起き上がれないのです。ベジータは驚きましたが、しかし体に撒き付いている何かはとても温かくて心地良いものでした。
「よう、ベジータ。目ぇ覚めたか?」
ぴんと立ったベジータのウサギ耳の傍で、良く聞きなれた甘い声が届きます。
「………!!」
「おめえが寝ながら寒そうにしてたからさ、オラがくっついていっしょに寝てたんだ」
思わず顔を上げたベジータを腕の中に閉じ込めながら、カカロットがベジータの目の前でにこりと笑っていました。
カカロットに抱きすくめられて眠っていた事に気がついたベジータは、たちまち茹でたように真っ赤になります。
「きっキサマ何しやがる!!離せ、離しやがれ!!」
「おめえ、寝ながらオラの名前呼んでたな。オラの夢見てたのか?」
カカロットの言葉にベジータはますます真っ赤になります・
「おっオレがキサマの名を呼んだだと?!ふざけた事をぬかすな、第一キサマ、オレとの勝負はどうした!!こんな場所で休んでないでさっさとゴールしやがれってんだクソッタレ!!」
ジタバタと暴れるベジータを抱きすくめながら、しかしカカロットは涼しい顔です。
「勝負?ああ、そうだったな。けどよベジータ、もう日が暮れちまったぞ。夜に動き回ると危ねえからな、勝負はまた今度にして今夜はここで野宿だ」
「野宿だと?!ふざけるなっ、オレとの勝負から逃げようったってそうはいかんぞ…」
ジタバタと暴れながら喚きちらしていたベジータの言葉が、唐突に止みました。ベジータの唇は、カカロットのそれで塞がれていたのでした。ベジータの目は驚きに見開かれ、それからゆっくりと閉じられました。
「――いいからいいから、な?」
暫く無言で唇をふれ合わせた後、カカロットは再び甘い笑顔で腕の中のベジータを見下ろしました。
「……仕方ねえからつきやってやる…」
そんなカカロットを見上げながら、ベジータは顔を真っ赤にして相手の胸にしがみ付きました。


こうして、ウサギと亀は、一晩仲良く共にに野宿しました。寒さを凌ぐためだとベジータはカカロットにぴったりとしがみ付き、カカロットはベジータをたくさん可愛がってくれました。朝になる頃にはベジータは可愛がられすぎてくたくたになり、勝負の事などすっかり忘れてしまいました。
二人の勝負は次回への持ち越しとなり、カカロットとベジータはそれからも仲良く勝負を続けましたとさ。めでたしめでたし。





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