ウォーター


詩誌・詩集のコーナー



書評、詩評などを紹介しています。


目次



























石川逸子著『三鷹事件』

『今このとき―九条を』

高良留美子著書

赤旗12月24日『詩壇』

赤旗11月24日『詩壇』

萩ルイ子集成詩集『鬼火』

赤旗10月26日『詩壇』

赤旗9月29日『詩壇』

赤旗8月25日『詩壇』

赤旗7月27日『詩壇』

赤旗6月26日『詩壇』

赤旗5月26日『詩壇』

『ぱくきょんみ詩集』

赤旗4月27日『詩壇』

冨岡悦子詩集『反暴力考』

赤旗3月26日『詩壇』

赤旗2月26日『詩壇』

赤旗1月27日『詩壇』

赤旗12月23日『詩壇』

赤旗11月24日『詩壇』

赤旗10月27日『詩壇』

映画評『82年生まれ、キム・ジヨン』

赤旗9月25日『詩壇』

楠原彰著『野の詩人 真壁仁』

赤旗8月26日『詩壇』

鹿野政直著『八重洋一郎を辿る』

赤旗7月29日『詩壇』

赤旗6月26日『詩壇』

「びーぐる」47号

赤旗5月29日『詩壇』

赤旗4月24日『詩壇』

赤旗3月24日『詩壇』

赤旗2月26日『詩壇』

赤旗1月27日『詩壇』

廣瀬陽一著『金達寿伝』

『林浩治著 在日朝鮮人文学』

「しんぶん赤旗2019.10.1」

『在日総合誌 抗路』6号

『朝鮮に渡った「日本人妻」』

崔真碩詩集『サラム ひと』

坪井兵輔著『歌は分断を越えて』




『金時鐘コレクション』解説・書評などはこちらです。
「詩誌・詩集のコーナー6」 こちらです

甲田四郎詩集、「びーぐる」33号、岡野幸江書、抗路2号、
『京都と憲法』、『朝鮮半島と日本の詩人たち』、『沖縄詩人アンソロジー』、
「アジアの他者を創造的に理解するために」は
「詩誌・詩集のコーナーX」 こちらです

『神奈川大学評論74』、石川逸子詩集、与那覇幹夫詩集、八重洋一郎詩集、
現代生活語詩集2012、若松丈太郎著『福島核災棄民』、季村敏夫詩集、
『地に舟をこげ 7号』、『季村敏夫著 災厄と身体』、瀬崎祐詩集、
『<3・11フクシマ>以後のフェミニズム』、佐々木薫詩集、高畑耕治詩集、
『ひとのあかし What Makes Us』、『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』、
『海を越える100年の記憶』、「千年紀文学」95号、「地に舟をこげ」6号
李承雨著『生の裏面』、開沼博著『「フクシマ」論』、毎日新聞・朝鮮学校被災支援記事、
若松丈太郎著『福島原発難民』、「ヒロシマ・ナガサキを考える」100号、再生文化について、
丁海玉詩集『こくごのきまり』、韓龍茂恋愛詩集『命ある限り』は
「詩誌・詩集のコーナー(4)」 こちら です

水田宗子詩集、伊藤芳博詩集、岡島弘子詩集、渡辺めぐみ詩集
こたきこなみ詩集、李美子詩集、伊藤啓子詩集、詩誌「東国」、
中村不二夫詩集、日原正彦詩集、望月苑巳詩集、龍秀美詩集、
岩瀬正雄詩集、前原正治詩集、川中子義勝詩集、荒川洋治詩集は
「詩誌・詩集のコーナーV」こちらです


以下は 「詩誌・詩集のコーナーU」こちらです
清岳こう詩集,蜂飼耳詩集,荒川洋治著『本を読む前に』『読書の階段』
「詩と思想」9月号特集”アメリカ詩の新発見”,「詩と思想」7月号特集”女性詩とアジア”
なんば・みちこ詩集,新川和江詩集,木島始詩集『流紋の汀で』, 木島始詩集『根の展望』
日英対訳現代詩集・木島始編 『楽しい稲妻・AZIGZ−AGJOY』



石川逸子著『三鷹事件』

『三鷹事件 無実の死刑囚 竹内景助の詩と無念』

石川逸子さんの変わらない盛んな執筆活躍におどろきます。
著書『三鷹事件 無実の死刑囚 竹内景助の詩と無念』は、
忘れられようとしている事件を掘り起こし、えん罪のまま獄死した竹内景助さん
が書き残した詩作品を発掘し、事件の真相とともに人柄を伝えています。

雨の降る日は
貧しさに傾いた家の軒下から
雨に湿った薪をもちこんで
家の隅っこのおへっついで
乏しい夕餉の仕度をする
妻の苦労を想う
(略)
雨が降る日はまた
貧しさに傾いた軒下をとびだして
学校へ出かける五人の子らを想う
雨傘はあるだろうか
幸子にも和二にも
照にも陽子にも
健一郎にも
一本づつ傘があるだろうか
(「雨の降る日より」)

三鷹事件は、1949年に、米軍占領下で連続して起きた
三つの謎の事件、松川事件、下山事件の一つです。
これは遠い過去のようですが、じつは、いまのロシアのウクライナ侵略、
NATOとの関係にもつながる、冷戦構造が底流にあると思われます。
また、占領軍と国家権力によるえん罪は日本でも、世界でも絶えないのです。
三鷹事件は、1948年に朝鮮半島で、南に大韓民国、北に朝鮮民主主義
人民共和国が成立し、1949年10月に中華人民共和国が成立したことが、
重要な背景になっています。日本でも戦後は共産党支持がぐんと増えました。
あせったアメリカ占領軍が、国鉄労働組合運動を弾圧するために画策した
事件ともみられています。
竹内さんの悲劇は、共産党員でなかったのですが、普通のひとで孤立して、
検事のさまざまな脅しと策略に追い込まれ、死刑判決を受け、獄中死してし
まったことです。家族を思い、自分の削られた人生をなげく詩は、痛切です。
自由の大切さを呼びかける詩も今日に意味深いのです。

自由こそ生命
わが兄妹よ 同胞よ
この上とも がんばれ
自由あるうちは苦しみの中にも楽しみがあり
かなしみの中にも 救いがあり
絶望の中にも 希望がある

(梨の木舎 1200円+税)








詩選集『今このとき―九条を』

ロシアのウクライナ軍事侵略にたいし、日本の軍事拡大や
日米同盟の強化が叫ばれています。核共有、核武装論まで
飛び出しています。しかし、世界が軍拡競争をしたら、一層
戦争の危機が高まるのは明らかです。核が拡散する恐ろしさを
知っているからこそ、「核兵器禁止条約」「核不拡散条約」が
結ばれているのです。日本国憲法の第9条の精神こそ世界に
広めてゆくべき思想です。

2022年2月22日に詩選集『今このときー九条を』(九条の会・
詩人の輪/編 雑草出版)が刊行されました。二百人を超える参加で、
鈴木太郎氏の「詩人の輪」年表も付いています。

代表世話人の中原道夫さんは巻頭言「言葉の力で」の中で
「今戦争が起きれば、勝者・敗者はなく、ただ人類が滅亡に
向かうだけなのだから」と書いています。まさにその通りで、
わたしたちは破滅の崖っぷちにぶらさがっていることを思い
知りました。

また、小森陽一さんは序文で「岸田文雄政権における改憲策動を
阻止する草の根運動を」呼びかけています。「私たちは日本が
戦争をする国になるのか否かという、境界線に立たされています」
と述べています。

よびかけ人の野田寿子さん(福岡県・故人)の詩「“なぜ”」のように
問いの原点をかみしめたいものです。

疑うこと 問うこと 知ること
禁断の実のしずくにむせながら
わたしは猪のように焼野原を往き来した
誰も教えてくれなかった“なぜ”が
B29の来ない空をとりもどした日から
一人一人に芽ばえ
光の粒となって日本中に湧きたち
歴史はゆっくりとおもかじをとった

(2000円+税 申込 sijinnowa9@gmail.com)









高良留美子著書

『見出された縄文の母系制と月の文化』
-<縄文の鏡>が照らす未来社会の像-(言叢社)

高良留美子さんが、2021年12月12日に亡くなり、
ほんとうに残念でなりません。
私は、月刊詩誌「詩学」に1982年ごろ投稿をしていて、
投稿欄選者のひとりが高良さんでした。ほかに、伊藤桂一さんや、
嵯峨信之さんもいらっしゃり、6人の豪華メンバーでした。
電話でもよくお話しましたが、最後まで、力を入れられていたのは、
女性の解放と文明の問題です。
最後の著作となった本書は、534ページの大冊で、コロナ後の
未来社会を展望するものです。

特に、注目されるのは、自然と女性の関係をどう考えるかという点
です。エコフェミニズムは、環境破壊との関係で復権されていますが、
性役割を固定させるなど批判も出ています。女性原理は自然、肉体、
感情、本能を表し、男性原理は都市、精神、理性、知性などとして
把握されています。その二項対立を超え、自然と協調しながら、女性
がリーダーにもなりえた「縄文の母系制」を省みることで、未来世界へ
の示唆を得ようとしています。

高良さんが長い間とりくんできた部落差別の解放思想も反映されて
います。「部落差別の原因とされる動物虐殺を穢れとみる観念は、縄
文時代にはなかった。現在なお存在するこの観念を克服するためには、
川元祥一がいうように、神仏習合政治に利用されてきた「不殺生戒」
「殺傷禁断」を思想的・内省的に克服しなければならない」と、
アジア文化の中に潜む諸問題にも考えを巡らせています。

未来の世界に、詩の世界にたくさんの種をまいた高良留美子さんの
思想と詩作の水流は今後ますます広がっていくでしょう。
(言叢社2021年6月1日、3960円)





赤旗12月24日『詩壇』

庶民の民主主義

日本現代詩人会の2022年度の先達詩人に甲
田四郎と谷川俊太郎が決定し、来年顕彰される。
谷川俊太郎の新鮮で豊富な業績は有名だ。甲田四
郎は、和菓子屋を営みながら十二冊の詩集を出し、
「戦争と平和を考える詩の会」の詩誌「いのちの
籠」の編集発行をしてきた。大手企業の進出に抗
して生きる庶民の強さと弱さを笑いにくるんだ表
現は巧みだ。

草倉哲夫詩集『くみちゃんの雲』(朝倉書林)
は、不登校や障がい児教育に携わった教師の思い
やりが深い。「くみちゃんそっくりだった/少年の
私が映っている」。

清野裕子詩集『半分の顔で』(版木舎)は、コ
ロナ禍で演奏会ができない音楽家のつらさを語る。
全身で音の海を感じたいのに、「ひとりで弾くヴィ
オラは/弓の摩擦音が痛い」。

坂田トヨ子詩集『余白』(福岡詩人会議)「沖縄
にはこんな大樹がないんだ/戦争で焼けてしまっ
たからね」に沖縄戦のすさまじさが際立つ。「勝
つ方法はあきらめないこと」の辺野古テント小屋
の言葉に教えられる。

金正勲編訳『ひとつの星を歌おう 朝鮮詩人独
立と抵抗のうた』(風媒社)は、尹東柱、李陸史、
ら代表的詩人6人の詩を日韓語対訳にし、韓国語
学習にも役立ち、解説もわかりやすい好著だ。
「詩人会議」12月号「全国詩誌代表作品集」
の収録の苦労と各誌の継続に敬服する。青木みつ
おの論考では、山岸ヒロ詩集『六頭目の牛』(詩
人会議)に牛飼いの作者ならではの感性を捉える。
22年1月号の芝憲子の「復帰五〇年」、「これか
らは/本土が/沖縄の人たちに/復帰する番だ」
は至言。
多くの良い詩に出会えた「詩壇」担当の二年間
に感謝します。
(佐川亜紀 詩人)



赤旗11月24日『詩壇』

命への贈物

韓国ドラマ「イカゲーム」が世界的に大ヒット
している。子どもの遊びに、負けたら銃殺される
という恐しいルールが加わったゲームに参加する
のは、借金に追われる人々だ。高額の賞金のため
に友情も犠牲にする姿は世界にはびこる金至上主
義を風刺している。

だが、韓国では、人間の親愛を守る文化も続い
ている。『李郷我詩集安否だけうかがいます』
(権宅明訳 土曜美術社出版販売)は、24冊も
の詩集を出し、多くの読者を持つ女性詩人の作品
集だ。「お元気ですか/私たちは出会ったらまず
このことを聞く」「私は私に再び訊く/まことにあ
なたは今元気なのかと/胸に深く食い込む憤りは
ないかと」。李郷我は湖南大学の教授を務めた。

日本でもロボット化する社会に人間の尊厳を回
復しようと詩が書かれている。秋亜綺羅詩集『十
二歳の少年は十七歳になった』(思潮社)は、東日
本大震災に遭い時間が止まった少年に呼びかける。
「動かない時計だって宝物だね/けれどきみがい
ま秒針に指を触れれば/時間はきっと立ち上がる」。

苗村吉昭の評論集『民衆詩派ルネッサンス 実
践版』(土曜美術社出版販売)は、大正時代に民衆
詩を提唱した福田正夫らの思いを受けつぎ、一般
読者とつながろうと新川和江らの実作に学ぶ。

「詩人会議」11月号の特集は「風水害」。みも
と けいこは詩「ニュータウンという名の住宅街」
で開発してはならない場所を開発して土砂災害を
被る私たち自身を問う。熊井三郎「レッドサラマ
ンダー」は戦闘機より災害救助車の配備を訴える。
宇宿一成の「主」は、「樹木を名前で呼ぶ」という
島の伝統を省みる。言葉は命への無償の贈物だ。
(佐川亜紀 詩人)





萩ルイ子集成詩集『鬼火』

書評・愛と政治の迷路を真摯に歩んだ足跡 

佐川亜紀

ああ わが内なる 日本と朝鮮よ
韓国よ 南も北も 近しい隣国に違いない
父の故国は 情け深く 立ちはだかる
母の祖国は 離れがたい 再び
制圧しようとせず 仲良くして
安息のひとときを 与えたまえ
(「わたしの(ナエ)道(ギル)―改作―」

萩ルイ子の「わが内なる 日本と朝鮮よ」は、医師である母が日本人で、
在日朝鮮人の父と結婚し、混血として生まれたという実人生そのものだ。
朝鮮戦争勃発の1950年に出生し、政治的な動きも絡み合い、国家の
対立が心を引き裂き、愛を渇望することが平和を求めることにつながる
ようなリアリティに満ちている。私的なことに社会性が大きく影響する
のは在日朝鮮人の表現者に多々みられるが、萩ルイ子の場合は、日本国
籍であり、朝鮮民主主義人民共和国にも血脈をもつ複雑さが心理の葛藤
と重なり、困難を抱え込んだ。

「ああ十七歳 わたしは鬱(うつ)を発病した/厳格な父が 実は艶福家で妻妾同居
の数年/偉大なる母は耐え抜いた 心の奥で泣きつつ/美しかった医師の
母が終生のライバルだなんて/わたしの容色は母より劣った醜いアヒルの
子/在日朝鮮人の父と 敢然と結婚した日本人の母よ/かあさん 苦労の
連続だった」(「大人はわかってくれない」)。

母親は「戦時中から日本が朝鮮を植民地支配していることに深い負い目を
感じていた」という。当時の開明的な知識人女性としてもまれにみる存在
だろう。父は我が子をかわいがる教育熱心な人だったが、家庭は愛憎が渦
巻き、思春期に鬱病を発症するまで追い込まれ、絶えず寄辺なさが募った。
詩「春を取り戻すために」では、自分の中に虎のように反発する朝鮮と、
鞭で支配する日本とふたつながらいて「わたしの半分ずつの分身なのですよ」
と葛藤を感じながら、それでも「わたしが わたしであるためには/
檻の鍵は 自分で持っていなければならない」と心に誓う。自分の持つ
「檻の鍵」こそは、自己の詩であり、自己表現だ。

この詩集集成『鬼火』は、第一詩集『幼友達』(鳥語社、1987年)、
第二詩集『白磁』(まろうど社 1992年)、第三詩集『わたしの道』
(清風堂書店出版部、2001年)、第四詩集『愛の迷路』(新幹社、
2007年)を改作も交えて収録したものだ。

第一詩集は、恋愛や性を大胆に告白し、「芯は ダイナマイト」という
自己認識から始まるが、男友達との悲痛な記憶がよみがえる。
「記憶のほら貝を吹くと朴庸仁がやっと現れた。彼は日韓混血だ。
人生は厳しい。朴の父は南でわたしの父は北だった。」(「幼友達(2)」)。

第二詩集の詩「白磁」は、「わたしは首まで悲しみが満ちている壺だ」
と表し、朝鮮の伝統へ深く入り込み、朝鮮語を学び詩も翻訳した。
一方で、自由を求める意欲は、日本と朝鮮の関係にとどまらず、
世界の差別への敏感な視線となっている。詩「白い人・黄色い人・
黒い人」では人種格差を鋭くえぐる。

第三詩集では、冒頭に引用した詩「わたしの道」を見出し、
さまざまな不遇のなかでも詩を書き平和を求めようとする。
第四詩集『愛の迷路』において再び内省を強めたのは、日本の
右傾化により朝鮮半島との親交が難しくなったのを反映してい
るのかもしれない。

自分の日朝混血の苦悩を世界の差別や戦争の実態につなげ、
「離れがたい 再び/制圧しようとせず 仲良くして/安息の
ひとときを 与えたまえ」と祈り続けた一筋の光が貫いている
のが伝わる。日本国憲法の改悪や戦争策動にも知的に批判し、
抵抗精神を発揮する。内と外の鬼火をみつめ、穏やかであるこ
とを希求した萩ルイ子の作品は、多様性が増す世界文学の道に
確かな足跡を刻んだことが分かる集成詩集である。

(※『鬼火 萩ルイ子集成詩集』三一書房2200円。
「図書新聞」2021年10月30日掲載)



赤旗10月26日『詩壇』

五賊の大罪


佐藤文夫は、『日本賭博史(概論)』というユ
ニークな詩集を出したが、去年惜しくも亡くなった。
遺稿詩集『『津田沼』以降』を詩人会議出版が刊
行した。詩「五賊の大罪」は、韓国詩人の金芝河が
1970年に発表し投獄された作品「五賊」をふ
まえる。佐藤文夫は、原子力ムラの五賊である政・
官・財・学・報道を痛快に批判した。民謡を研究
した詩心は生き続ける。

中上哲夫もジャズ世代。新詩集『川の名前、その
他の詩篇2011〜2021』(花梨社)では、詩句「
川を讃えよ/だめな川なんてないと」に救われる。
自由な詩の流れが楽しい。

高田真詩集『夜の言葉』(RUE書房)には、愛猫
に「高田瑠希夫」と名付け、護憲署名にも参加し
たと記されている。戦争は猫の命も奪う。「ちい
さな神々の桃色の肉球」を大切にしたい。

小田切敬子詩集『深い呼吸』(詩人会議出版)は、
リズム感に富んだ作品だ。手まりうたにも権力の思
惑が入り込む社会はこわい。「四月とせ 死んで
帰るは 支那の兵/生きて帰るは 日本の兵え」。

上野都訳『朴八陽 麗水詩抄』(ハンマウム出
版)は、解放後に朝鮮民主主義人民共和国で活動
した詩人・朴八陽の日本支配下における青年期の
作品を知らせてくれる。「疲れた民びとの身に/
重くのしかかった耐えがたい夜よ、/いつ明ける
のか?」

「詩人会議」10月号で、佐々木洋一「開拓地」は
「いのちは後方に/ぐんぐん切り開いた地はどん
どん荒野に」なる現代を憂う。柴田三吉「領分」
は、空や海を盗まれ、心も盗まれると洞察する。
照井良平「渡り鳥」は国境のない鳥からみた地球
を描く。詩画人・四國五郎の未発表「戦争詩」の
掲載も重要だ。

(佐川亜紀・詩人)







赤旗9月29日『詩壇』

見えないものを「視る」


「砂は 花々に伝えたろうか/日本国に助けを
求めながらかなわず 殺されていった若者のこと
を」(「イラクの花」)。石川逸子詩集『もっと生き
ていたかった―風の伝言』(一葉社)には、イラク
戦争やガザ攻撃、沖縄やアジアで殺された人々の
悲しみがこもる。イラク戦争にはアメリカ詩人、
韓国詩人も反対し、私も石川逸子らと反戦詩詩選
集を刊行した。

草野信子詩集『母の店』(ジャンクション・ハー
ベスト)では、袖口に牛の血が付いていた「クネ
さん」という客の思い出を書く。屠殺場で働いて
いた人への心の痛みが甦る。詩「すきま」は、日
常生活で「ひとり分の場所」を作る思いやりが温かい。

高階杞一詩集『ひらがなの朝』(澪標)は、柔
らかく優しい作品を書き続けた詩人の根底に幼く
して亡くなった子供や犬たちへの愛情があふれ、切ない。

勝嶋啓太詩集『向こうの空に虹が出ていた』
(アオサギ)は、「長詩かいじゅうとぼく」が
おもしろい。街角に立つ怪獣は、社会から排
除されたものであり、自分かもしれない。怪
獣がさまざまな比喩になっている。

ソンチャンホ詩集『赤い豚たち』(ハンソンレ訳 書肆侃
侃房)は、新鮮な美の発見と深い思考を感じさせ
る。「土は四角形の記憶を持っている」「月明りは何
でも曲げて作る」など題名も個性的だ。

「詩人会議」9月号の特集は「視る」。武田い
ずみは「地球に腰を下ろして」見つめ続けたいと
いう。北島理恵子の詩「既視感」は、原発事故と
コロナ禍の政府の対応に共通性を見出だす。網谷
厚子のエッセイは、辺野古に赴任し、米軍優遇の
実相を見た体験から、情報操作による政治の
危険性を指摘する。

(佐川亜紀・詩人)








赤旗8月25日『詩壇』

生きづらさを原点に


李芳世詩集『彼らが好き』(原題は朝鮮語。ハン
マウム出版)は、朝鮮語と日本語による在日朝鮮
人詩人の作品集だ。
「ウリマルが聞こえた/スーパー銭湯でのこと/
露天風呂でゆったりくつろいでいると/耳に入っ
てきた親子の会話/アボジが言った/ハッキョは
おもしろいか/子どもが答えた/うん。」(「はだか
のウリマル」。ウリマルは朝鮮語、アボジは父、ハ
ッキョは学校を意味する。
朝鮮学校は授業料無償化から除外され続けている。
教育を受ける権利を保障すべきだ。

1982年生まれの山田亮太の詩集『誕生祭』
(七月堂)は、社会や歴史を多面的に鋭く見て、新
鮮な思考を生み出す。作品「もうすぐ十六歳にな
るきみへ」では「その過酷はきみひとりのものだ
から、誰にも明け渡すな。」と生きづらさを自分の原
点とするよう励まし、「いつでも、俺に連絡をくれ。」
と詩的対話を呼びかける。

柴田望詩集『壁/楯/ドライブ/海岸線』(フラ
ジゃイル)は、一ページを斜めに分割した詩の形
で「人/と鬼/感染者/非感染者」など社会の壁
を視覚的に実感させる。

長嶺幸子詩集『Aサインバー』(詩遊社)は、沖
縄の米軍占領時代に米兵が集ったバーの記憶だ。
父が病死し、母は商いをして家族は懸命に生きた。

「詩人会議」8月号の特集は「八月」。野口や
よいの詩「竜宮城」は、「千万の竜が暴れた」戦
を再び起こすまいと美しく表す。田辺修の詩「ト
ラック」は、徴用船に残る遺骨を思う。日本政府
は遺骨収集も怠慢で非道だ。内藤雅義の講演録「
原爆症認定訴訟とビキニ被災事件救済の展望」の
被害の隠蔽と放置は、コロナ禍対応の無策に通じる。
(佐川亜紀・詩人)



はだかのウリマル  李芳世

ウリマルが聞こえた
スーパー銭湯でのこと
露天風呂でゆったりくつろいでいると
耳に入ってきた親子の会話
アボジが言った
ハッキョおもしろいか
子どもが答えた
うん。そやけどヨジャがなまいきや
アボジが笑った
子どもはうつむいた
子どもがアボジに向かって言った
チュック イルボンハッキョに勝ったんやで
アボジがへえと喜んだ
子どもはにっこり笑った
ただそれだけのこと
ほんわか ぽかぽか
裸のウリマルがそこにあった

・初出『彼らが好き』(原題朝鮮語)
(二〇二一年ハンマウム出版)


「ぽかぽか」した言葉で力強く生きる在日朝鮮人の人々を表現してきた
李芳世さん。大阪文芸同で活動してきた同胞への親愛と信頼に満ちた
朝鮮語と日本語の新詩集が刊行されました。ウリマルへの誇りと一世の人生
を大切にする気持ちなどがまっすぐに伝わってきます。
カバーの李美奈さんの「その日が来れば」の統一の喜びを想像した絵も迫力が
あります。(絵は、2017年第46回在日本朝鮮学生美術展 特別金賞)

※李芳世(リ・パンセ) 一九四九年神戸生まれ。詩集『白いチョゴリ』
(一九九二年国際印刷出版)、『こどもになったハンメ』(二〇〇一年
遊タイム出版。第六回三越左千夫少年詩特別賞受賞)、
『彼らが好き』(二〇二一年ハンマウム出版)。










赤旗7月27日『詩壇』

抵抗する世界の詩人


日本は難民問題への理解が乏しい。「いのちの
籠」(戦争と平和を考える詩の会 甲田四郎責任
発行)第48号では、パリ在住のパレスチナ難民
詩人・オリヴィア・エリアスの詩を紹介している。
「すべてが、人生そのものさえ飛び去って、/水
は流れを止め、家も畑も消え去った、/かわりに
壁が地平を覆った」。(川崎康介訳)。
伊藤芳博は、二〇〇三年、〇四年に、
パレスチナへ行った体験をもとに歴史と文化につ
いて心をこめて解説している。イスラエルにはコ
ロナワクチンが早く普及したが、パレスチナは病
院が空爆された。同号では、ミャンマーの民主化
運動弾圧に抗議する詩も多い。

四元康祐のフェイスブック「ミャンマーの抵抗
詩」では、民主化運動に参加して殺されたミャン
マー詩人の作品など胸に迫るたくさんの詩を発信
する。「Z世代の若者たちが/喫茶店にやって来る。
/イヤリングをつけて。/身体中に刺青を入れて。
/汗でびっしょり濡れて。/何人かは足が血塗れだ。
/そして手入れから逃走して/脱げてしまったシュー
ズについて喋る。」(「軽い口調で」コ・インワ作 
三宅勇介訳)。Z世代とは、10〜20歳代のネットを使
いこなす世代を指し、軽やかさが特徴だ。自由を
求めて闘う若者たちを殺傷する軍は残酷すぎる。
「詩人会議」7月号は、短詩特集。都月次郎の詩
「生きていることさえ/忘れそう/わたしはだれ
の/忘れもの。」にユーモアと、神秘的かつ社会的
な問いを感じた。
豊田智慧子の「生理の貧困」を考えた随想にも
注目した。世界的に生理用品を買えないほど女性
の貧困が進んでいる。
(佐川亜紀・詩人)




赤旗6月26日『詩壇』

一篇の詩が一票に


在日詩人の丁章は、東大阪で反動的な公民教科
書採択に反対する運動を行った。田中伸尚著『憲
法を生きる人びと』(緑風出版)では、詩を引用
しながら、平和憲法を生きることの意義を深めて
いる。丁章は国籍を超え、一篇の詩が一票に値する
ような政治参加への可能性を信じている。

ぱくきょんみ詩集『ひとりで行け』(栗売社)
は、1948年の済州島の島民数万人虐殺事件を
逃れて日本に渡った父の人生をたどる。戦争や災
害で故郷を離れ、家族と別れて生きかければなら
ない人々への励ましが個性的なリズムで響く。

葵生川玲著『詩人 黒田三郎近傍』(土曜美術
社出版販売)は、親交が厚かった著者ならではの
理解を知ることができる。黒田三郎は戦争期にイン
ドネシアに行き、戦後、恋愛の名詩集『ひとりの
女に』や子との詩集『小さなユリと』が有名にな
り、表現がみずみずしい。一方で、「小選挙区制に
反対する詩人の会」の発起人になり、詩と実践で
社会に関わった。再評価が望まれる。

田上悦子詩集『ドマネの歌』(詩人会議出版)
では、母の郷里の奄美大島の言葉が生きている。
「ケンムン(妖怪)」の話が好きな母は暴力的
だった父と離婚した。「詩人会議」6月号の
特集は「家族 友」だ。芝憲子の詩「国吉さん
の家」は、沖縄戦の遺品を発掘・保管し続け
た「執念と 予兆」がすさまじい。上野崇之
「引き揚げ≠フ記録から」は、解放を迎え
た朝鮮の人々の誇りと善意が伝わる。高田真
のどんぶりを「瀬戸さん」と呼ぶあたたかさ、
くにさだきみの「ガースー首相」へのユーモ
アが漂う風刺が楽しい。
(佐川亜紀・詩人)



赤旗5月26日『詩壇』

あっぺとっぺの政治


「詩人会議」5月号は五輪を考える特集だ。佐
々木洋一の詩「フダン」は、祭り騒ぎに侵され普
段の生活が戻らず、「あっぺとっぺ」(あべこべ)
な政治に「やめてくれ」と音感豊かに叫ぶ。いい
むらすず「表彰状」は、森喜朗前会長が一言で日
本の女性差別を世界に知らせ賞に値すると皮肉る。

第54回小熊秀雄賞に決まった高岡修詩集『蟻』
(ジャプラン)は、高層ビルの下でうごめく人間
を働きアリにたとえ、悲惨と尊厳を優れた技巧で
造形した。昨年10月27日付の本欄で紹介した冨
岡悦子詩集『反暴力考』も同時受賞した。

第49回壺井繁治賞に輝いた白根厚子詩集『母
のすりばち』(詩人会議出版)は、暮らしの中か
ら戦争の記憶を掘り起こす。鉱山が閉山してシャ
ッター街になった町が母の話とともに印象深い。
同時に受賞した永山絹枝著『魂の教育者 詩人
近藤益雄』(コールサック社)は、綴方教育に
尽力した近藤益雄の生涯と詩を研究した労作だ。
うえじょう晶の新詩集『ハンタ(崖)』(あすら

舎)は、沖縄戦で追い詰められ、崖から身投げし
た女たちの慟哭が響く。29歳で早世した息子への
愛情が痛切だ。

佐々木薫詩集『海に降る雨』(あすら舎)は、沖
縄に移住して基地と闘ってきた作者の怒りは反転
する潮流を呼ぶ。

榊次郎詩集『時と人と風の中で』(蒼穹社)の
詩「海峡を渡る風の道」は木造船の船員の死と北
朝鮮で待つ家族を思う。

光冨幾耶詩集『惑星』(オオカミ編集室)は、
新しい感性で「ちぎった耳のような暦の頁」
に心の傷と光を書く。

若松丈太郎さんが4月21日に逝去し残念だ。
反原発の遺志は続く。
(佐川亜紀・詩人)




『ぱくきょんみ詩集』

『ひとりで行け』書評「生き抜くための言葉」


「ホンジャ カラ/ホンジャ カラゲ//ひとりで行け/ひとりで行くんだ」。こ
の冒頭の詩句は、先の見えない人生を生き抜くための呪文のように響く。民主化闘争
や災害で故郷を出て異郷に行かざるをえない人々への励ましにも聞こえる。

『ひとりで行け』は、ぱくきょんみの第五詩集だ。作者の表現の軌跡は、多彩であ
る。英米モダニズム詩に親しみ、リズムに軽快さと明るさがある。明るさの中に、痛
苦と孤独がこめられている。言葉の語感や身体感覚は、優れて個性的だ。

本書では、韓国済州島出身である父の来歴に向き合っている。済州島において一九
四八年、統一を求める島民たちに対する大弾圧、四・三事件が起こり、数万人の住民
が虐殺された。在日韓国人には、四・三事件ゆえに日本へ渡った人々が多い。「母を
ふり返る。頭の上の荷物を片手で押さえながら、もう一方の手で「行け、行け」と母
は合図する。」子を生かすために、母は、「ひとりで行け」と異郷に送り出した。

一九七八年夏、初めて父と娘一緒に韓国を訪れた時の作品「ハングゲ」は、第一詩
集『すうぷ』にも収録されていて表現が斬新だ。「とても和やか/とても嘘」、「とて
もつらい目/かたらない/しゃべっている口/ばかにしてはいけないよ」。やさしく
簡潔な言葉で、語れない真実を差し出す。

後年の作品「ハングゲ 二〇一七年」は長文をふくみ、声があふれる。「春は 声/
ときに 遅れて届いても/ひとの 根っこを息づかせる」。遅れて届いた声は人間の根
をよみがえらせる。「ここは、生者と死者が等しい重みで、生きているところ」。無数の
傷が残る土地で生者と死者がともに生きる。

詩「一反のオモニ」では、弔いの多い島に暮らした母は、「この世の汚泥になじむ
  一反の麻布」であり、この世とあの世をつなぐ布だとイメージされている。
言葉はモンスターだが、モンスターに挑むのも言葉だと、ぱくきょんみは詩作を続
けてきた。

日本の支配の残滓がもたらした朝鮮半島の南北分断。済州島の過酷な歴史は日本に
多くを問いかける。

ひとりひとりが本質的に自ら考え、行動することが求められている時代に勇気と覚
悟を与えてくれる詩集である。

(栗売社 2000円)(「民団新聞」2021年4月14日)







赤旗4月27日『詩壇』

青い海からの言葉

日本現代詩歌文学館がアンソロジー『東日本大
震災と詩歌』を刊行した。890人の短歌、俳句、
川柳、詩が収録されている。あの日の衝撃、亡き
人への思いは尽きない。

折しも、原発汚染水の海洋放出決定が韓国や
中国から抗議を受け、日本の漁民の方々も
反対している。

岩手県北上市の斎藤彰吾は「われわれ漁師
は許さない//潮流が変ってきた青い海 もう汚
してはならない/流せば魚介類に異変がおきる」
と訴える。

大震災が文明を揺さぶった傷跡は安易な解決で
は済まない。第54回日本詩人クラブ賞(日本詩
人クラブ主催)は武子和幸詩集『モイライの眼差
し』(土曜美術社出版販売)に決まった。原発事
故後を「精神の崩壊したような夕暮れ」と感じ、
世界の悲惨と対峙する言葉を求める。

第31回日本詩人クラブ新人賞は、海東セラ詩集
『ドールハウス』(思潮社)。「ここはあらかじめ
不完全にオープンな部屋です」。ドールハウスとは、
「リカちゃん人形」が住む模型のような家を指す。
現代の家の構造を知的に分析した異色の散文詩作
品集だ。

第21回日本詩人クラブ詩界賞は、昨年8月26日
付の本欄で紹介した河津聖恵著『「毒虫」詩論序説』
が論述の姿勢が評価され受賞した。同賞特別賞に
は、郷土の女性詩人を発掘した西田朋著『鈴木梅
子の詩と生涯』(土曜美術社出版販売)が選ばれた。

中原道夫著の随想『振り返ってみたら、そこに詩が』
(土曜美術社出版販売)は、読者が共感する詩を広めた
90歳になる詩人の足跡だ。中原が主宰した同人誌
は終刊したが、同人に王秀英もいて韓国詩人との交流
が活発だった。

(佐川亜紀・詩人)



冨岡悦子詩集『反暴力考』

書評 暴力を根源的に考える

  冨岡悦子は『パウル・ツェランと石原吉郎』という優れた評
論集を2014年に出版し、第15回日本詩人クラブ詩界賞を受
賞している。ツェランはユダヤ人強制収容所、石原吉郎はシベリ
ア強制収容所と、戦争がもたらした大きな暴力にさらされた体験
を経て、詩を生涯書き続けた。
だが、暴力は、あきらかな戦争状態ではなくとも、現在の日
常のなかに、小さな記事にしかならない事件のうちにも、深い
問いをもって存在しているのを、本詩集は認識させ、暴力につ
いて根源的に考えさせる。

ツェランも石原も抽象度の高い作風であるが、今回の冨岡の
詩集の文体にまず驚かされた。学校でのいじめ、コミュニケー
ションの困難さ、就職活動など、いま「高い崖のうえに 並ん
で立ち いまにも 墜落しそう」な若者たちが抱える生きづら
さから漏れ出すうめきや叫びを作者が巫女のように語る文体に
本書の特徴がある。石原が「急速に復興してゆく戦後の日本に、
ひと筋の影として、すなわちラーゲリの死者の証言者として生
きる」(前記評論集)という決意で詩を求め続けたと同じく、「
ひと筋の影」として現在の暴力の証言者であろうとする。

個々の詩の題はなく、「01」から「31」と区切られながら、複
雑に交響し合う多声によって考察が展開する。作者が大学教授
として若者に日々接する中で受けとめた声も入っているだろう。
多声の交響の場が「私」であり「世界」だという思考は重要だ。
詩は対話であると冨岡はツェランの詩を通して説き、対面の対
話だけではなく、投壜通信のように読者もおぼつかず、苦痛の
さなかに遠くに投げられた発語もある。封殺されたたくさんの
さまざまな声を解き放つことが、反暴力つまり詩への道だろう。
無惨に殺された死者の声を聴き取るように、息を潜めて生きざ
るをえない者の声に耳を澄ますことが必要だ。


弱いと思っているから いけないんだ 強くならなきゃって
  先生よく通る声で言ってたけど 自分に酔っていただけじゃ
ないですか 保護色の 雌の鳥みたいに めだたないよう
に 息をひそめている私には 必要最低限の居場所が 
なぜ ないんですか             (「07」部分)


自分が強くなれという自己責任論を押し付けられ、女性はお
となしく、目立たず、非正規雇用の労働条件にも文句を言わず
に息をひそめているが、コロナ禍で必要最低限の居場所すらな
くなっている。
冨岡は、感染者差別や原発事故や拷問や年号や南スーダン等
の理不尽にも批評を巡らせているが、共感や分析によって解決
に向かうほど簡単だともされない。詩の連の間は、飛躍という
より、崖から崖への跳躍である。個と社会がかかわりながら、
引き裂かれ、矛盾する。次の詩行は衝撃的だ。


暴力とは 私が 私であることに 由来する 私という個が
 なくなれば 私は ようやく 暴力から 罷免される 声を
うしない 重さをなくす けれど そののちになお 揺れる
さみしさを 冬の乾いた空は いつか 受けとめるだろうか
(「29」部分)


戦後詩において「私という個」は、表現の基盤だった。戦中、
個を失って全体主義に没したことが最大の過誤と思われていた。
しかし、冨岡は「暴力とは 私が 私であることに 由来する」
と洞察する。扉の牟礼慶子の引用句も「早く返してください/
ほんとうの私自身をなどと/大きな声をはり上げて言うな」と
個の回復の既成観念への指弾なのだ。もちろん、全体に回帰す
る趣旨ではないのは言うまでもない。個の意識がはらむ暴力性
を敏感に感じているのだ。個の意識の二面性に気づかずには暴
力から逃れることはできないと自覚する。「暴力から 罷免さ
れる」という語も現代を暗示する。「罷免」は、「職務をやめさ
せること」で、暴力の職務化、システム化が進行し、そこから
いかに脱するかは難しい課題だ。

さらに、「覚書」で、「『人間』はつねに加害者のなかから生
まれる。被害者のなかからは生まれない。」という石原吉郎の
有名な言葉を「足もとがぐらつくたびに、抱きしめてきた言葉
だ。」と記す。戦後の日本は、加害への根本的な自覚がないま
ま、経済利益にのみひた走った。コロナ禍においても人命よ
り経済が優先される。だが、そこでは、根底から「人間」が
生まれることはない。

「加害」つまり「罪」の自覚は、既定の「罪」ではなく、
自ら良き未来を創造しようとする想像力によって明らかに
なる「自己の罪」なのである。被害と加害が混在し、瞬時に
入れ替わる現代で、暴力にさらされた者、さらす者を照らし
出す光源に詩がならねばならない。前記評論集で冨岡が述べた
喪失と加害の記憶、「最もよき人びとは帰っては来なかった」、
すなわち神なき時代に詩を待ち望む、言葉を渇望し続ける
現代詩の要請を日本においても成し遂げることが求められている。

ツェランも石原も「決定的に失われたものを悲しみ、そ
れを強いた世界への憤怒を抱きながら、それでもなお呪詛を祈
りへと転化する営為に誠実であった。」現代は、抒情詩の根源で
あった母なる自然にたいしても人間が凶暴な加害者になってい
る。具体的な他者への加害を記録するとともに、人間の危機を
自覚し、人類、生命の普遍的な価値を共に構想することこそ反
暴力であり、現代詩の役割である。それを担う冨岡悦子の誠実
と勇気に深い敬意を抱かずにはいられない。


いまはもう ここにはいない人と いっしょにね 満身で
  一月の光を 味方につけて フラミンゴの 桜鯛の スパ
ンコールドレスの 夕焼けの雲の 薔薇色を いちばんや
さしい力で 抱きしめて うっとりするの (「31」部分)


(「交野が原」第九十号掲載)






赤旗3月26日『詩壇』

ヒロシマ わが愛

  日本現代詩人会主催の第39回現代詩人賞は鈴
木ユリイカ詩集『サイードから風が吹いてくると』
(書肆侃侃房)に決まった。エドワード・W・サ
イードはパレスチナ生まれで植民地問題の思想家
だ。巻頭詩題名にフランス語で「ヒロシマ わが
愛」(同名の映画がある)と記され、被爆した都市
の記憶を呼び起こし、世界を愛で満たそうとする。

鈴木ユリイカは新川和江らが1983年に創刊し
た女性詩誌「ラ・メール」の第1回新人賞受賞者だ。
本詩集も新鮮で豊かな表現力に秀でる。ただ、1
941年に生まれ、幼少期を台湾で過ごしたとい
う経歴と詩集名から、日本のアジア支配への深い
省察を想像したが、その点にやや物足りなさも感じた。

第71回H氏賞受賞の石松佳詩集『針葉樹林』
(思潮社)は雪の結晶のように静かで美しい。
「美濃吉は月明かりの中でまたあの馬を見た。馬の
背中は喪失的にうつくしい作文だった」。

草野信子の新詩集『持ちもの』(ジャンクション・
ハーベスト)は、いのちとことばだけを持って
「生きのびよう」とする意志が人々を励ます。被災
地やハンセン病元患者に心を通わす姿も胸を打つ。
若松丈太郎詩集『夷俘(いふ)の叛逆』(コールサック社)
は、正史には記されることのない反逆の人々に共
感を寄せる。原発に反対し続けた詩人の予言的な
詩は歴史に刻まれる。

「詩人会議」4月号の瀬野としの「新しいノー
ト」は遠い国の木を消費する社会を自省する。
照井良平や前田新らの被災10年の思いは切実だ。
新聞記者である永冨衛の真摯な取組みにも注目。
徐京植は、日本が朝鮮人被爆者に進んで責任を
負わず、植民地支配を否認した歴史を問う。




赤旗2月26日『詩壇』

6名はあなたです

    『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』
(論創社2021年2月20日発行)という本に、
詩人の立場から「6名は あなたであり わたし
なのです」という一文を寄稿した。任命拒否問題
は、軍事研究を進めたい政府の思惑で引き起こさ
れた。憲法改悪をもくろむ菅政権の任命拒否を許
せば、戦中の言論弾圧と同じ道をたどることにな
る。三百十の人文社会系学協会らが抗議声明を発
し、歴史的声明を記録するために緊急出版された。

私が寄稿文で強調したのは、茨木のり子、石川
逸子、高良留美子、堀場清子ら女性詩人たちが、
戦中に口をふさがれた体験に怒り、自由な表現を
求めたことだ。朝鮮の詩人や日本の民主派文学者
も弾圧された。詩人・尹東柱の福岡刑務所での獄
死も忘れてはならない。

歌人は主要二団体が連名で抗議声明を発したが、
詩人は「詩人会議」が2020年12月号で抗議声
明を掲載しただけだ。

「詩人会議」2月号で、長沢美沙子が西サハラ政
治囚について報告し、植民地支配に抗する「怒る
権利」は誇り高い。

同誌3月号の、コロナ特集で、大西はなは、「
コロナ禍で病院を解雇された」ことの悔しさを表
す。23年間勤務したのに、経営難で突然解雇される
のはあまりに無情だ。

宇宿一成の「悲鳴」は誠実に医療に携わる人々
への支援を切に望む。

鈴木文子は、埼玉県のネズミ飼育とペスト菌兵
器を開発した七三一部隊の史実を記す。軍に協力
した医学者が戦後も出世し、恐ろしい。

徐京植は「真の和解のために」、治安維持法で朝
鮮人が多く犠牲になったことなどの歴史について
日本の自省を訴える。
(佐川亜紀・詩人)






赤旗1月27日『詩壇』

私はダイヤモンド

韓国の人気ドラマ「梨泰院クラス」にはヒロイ
ンが詩を朗読する場面が出てくる。料理対決番組
の直前、トランスジェンダーだと漏らされた仲
間を励ますために「私はダイヤモンド」という詩
を伝える。私は石ころだが、焼かれても叩かれて
も輝き、生き残ると力強い内容で、挿入歌にもな
っている。

自分の誇りを失わない姿勢は韓国の元「慰安
婦」裁判でも示された。

1987年生まれの草間小鳥子の詩集『あの日、
水の森で』(土曜美術社出版販売)は繊細な感性
と強い意志の共存が出色だ。「あなたの腹の底の
氷河を踏み割るために/たたかうべき時/迷わず
立ち上がれるように」。

いだ・むつつぎ詩集『美しいみどりの海』(コル
ボ出版)の詩「朝鮮人少年の涙」は、戦争中に日
本各地で芋を作る「陸軍農耕勤務隊」として一万
人以上の朝鮮人少年が連行され、じかに接した記
憶を書いている。「実態調査、謝罪もしていない
日本政府」との注も重い。

昨年、創刊した「指名手配」というおもしろい
名前の詩誌は2号を迎え、新世代の作品を積極的に
発信している。ミカヅキカゲリの詩句「弱者は有
事の際に切り捨てられる典型」などコロナ禍の中
で生きる痛みを率直に表現する。第34回福田正
夫賞を受けた遠藤ヒツジ、若宮明彦、柴田望、吉峯
芙美子、勝嶋啓太、小篠真琴らネットなどでも活
躍する詩人たちが集う。編集発行人の佐相憲一が
意欲的に取り組む。

「詩人会議」1月号新春作品で、渋谷卓男の「う
のはなむら しもささはら」の地名のやさしい
響きに祖母との大切な命のつながりを感じる。







赤旗12月23日『詩壇』

ともに生きる歓び


『韓国文学を旅する60章』(明石書店)は話題
の小説にまつわる街や詩人のゆかりの地を格別の
エピソードを交えて描く親しみやすい文学案内書
だ。波田野節子、斎藤真理子、きむふなが編集し、
直木賞作家の中島京子ら49名が執筆した。私も執
筆者の一人。底辺労働者を書いたパク・ノヘが、
1997年に獄中で発表した「再び/人だけが希
望である」(きむふな訳)は世界の人々を励ます。

中村明美詩集『目覚めたら草を』(版木舎)は
「二階堂さんが咲いた二階堂さんは薔薇である」
というおもしろい詩句で始まる。命の転生と時空
を超える想像が魅力だ。

葵生川玲詩集『マザー・コード』(視点社)は、
鋭い社会批評の中に老齢者と障害者の共同生活の
歓びも込められている。

八重洋一郎詩集『血債の言葉は何度でも甦(よみがえ)る』
(コールサック社)は、歴史問題をごまかす日本
へ怒りが沖縄の石垣島からほとばしる。

呉屋比呂志詩集『流離』(KON)の「沖縄の涙は
/支配を撥ね退ける溶鉱炉」は屈しない志だ。

杉谷昭人詩集『十年ののちに』(鉱脈社)は宮
崎県の家畜が口蹄疫に襲われた無念がしみる。

『谷本勝詩選集』(詩人会議出版)は「塊炭詩
情」など炭鉱労働者の記録として貴重である。

小林その詩集『青い無花果』(文藝出版)は、
大島博光の家族の思い出がほほえましい。

床嶋まちこ詩集『心ほっこり』(詩人会議出版)
の「自分を主語にして話す」は国会でも大切だ。

今年は、コロナ禍で詩の行事が中止になったが、
詩集と詩誌は紹介しきれないほど発行され、イン
ターネットでも発表の場が広がった。来年も多く
の良い詩に出会いたい。
(佐川亜紀・詩人)


赤旗11月24日『詩壇』

子らに寄り添う


『多国籍アンソロジー詩集 地球にステイ!』
(クオン)というコロナ感染に関する詩選集が四
元康祐編で刊行された。四元は海外生活が長く、
世界の詩祭に積極的に参加し、各地に友人がいる。
吉川凪の翻訳で、韓国詩人の作品も収録した。「石
村湖畔の桜の花の下で/腕を伸ばしても届かない
お前に向けて/私は手の代わりに歌を1曲差し出
す」(李三礼「歌」)。

細見和之詩集『ほとぼりが冷めるまで』(澪標)
は、娘が幼かった頃の夫婦生活や父の死などを通
し、生と死をユーモアと苦さを交えて表す。教え
子が祖母の被爆体験を書く様子を追う詩「卒業研
究から」の「人間の心のひとつひとつが小さな原
爆だ」の認識は重い。

高良勉詩集『群島から』(思潮社)は、島々の霊
魂と交感しつつ、琉球弧から日本列島まで豊かな
共生のイメージをつむぐ。「私たちは深々と頭を垂
れ/一年の精霊力を全身にいただく」。

酒木裕次郎詩集『奄美徳之島』(アオサギ)は、
人生に迷う青年を奄美の島唄で生き返らせる。夫
人の坂木昌子も去年、詩集を出し注目された。

東川絹子詩集『ぼくの楽園』(編集工房ノア)
は、炭鉱爆発で父親を失い、悲しみを胸に秘めた
まま成長した子らを思い、未来の楽園を切望する。

青木みつお詩集『下町相談デリバリー』(視点
社)は、児童相談所に勤務し「あの子は自分の時
間を生きている」と、寄り添い続けた記録だ。

「詩人会議」12月号の全国105詩誌代表作品
集の編集と各誌の努力に頭が下がる。今年の「自
由のひろば最優秀作品」は、一九八九年生まれの
雨野小夜美「南スーダン」で、自分の病気と世界の
苦難を重ね、印象深い。
(佐川亜紀・詩人)







赤旗10月27日『詩壇』

暴力にあらがう


小熊秀雄賞は、北海道旭川市の市民実行委員会
が主催しユニークだ。第53回の受賞は、3月24日
付の本欄で紹介した長田典子詩集『ニューヨーク
・ディグ・ダグ』に贈られた。米国留学中に福島
原発事故が起こり、原発が世界から完全に無くな
るように英語でも訴える。現在、「核のごみ」、処理
水放出など問題は増す。

同賞の候補に挙がった宮尾節子詩集『女に聞け』
(響文社)は、男には憲法九条に指一本触れさせ
ないと元気とセンスがよく、広く話題になった。

韓国・釜山市の雑誌「文学都市」で小熊秀雄に
ついて29ページも論じてくれた金哲さんから今年
も詩誌「詩現実」が送られて来て、うれしい。

沢田敏子詩集『一通の配達不能郵便がわたしを
呼んだ』(編集工房ノア)は、中国の民主化運動が
受ける弾圧に「犠牲者の魂たちと交信せよ/魂の
記憶を奪還せよ」と呼びかける。交信を自ら引き
受ける意志が気高い。

冨岡悦子詩集『反暴力考』(響文社)は、居場所
がない若者の心の声を表す。ユダヤ人の詩人・ツ
ェランの研究者である冨岡は暴力の根本を問う。

山田よう詩集『あさやけ ゆうやけ」(版木舎)
は「あさやけ子ども食堂」が温かい。
「詩人会議」11月号で、野口やよい「生きている
  それだけで/喝采されていい」の詩句は若者も
励ます。武田いずみは幼い者を脅かす音に耳を澄
ます。上手宰の「音楽もまた 誰かのものではな
い」に芸術の尊さを思う。

「九条の会詩人の輪通信」第53号は、コロナ禍
で中止になった群馬大会を誌上で開催。堀江泰壽
の「からくりがかっぽする」時代への警鐘が鋭い。
(佐川亜紀・詩人)








映画評『82年生まれ、キム・ジヨン』


再就職のためにベビー・シッターを必死で
さがすヒロインの姿に、日本で2016年に
「保育園落ちた日本死ね」というブログが
大反響を巻き起こしたことを思い出した。一
億総活躍、女性活躍をうたいながら、子ども
を産んでも預ける保育園がなくて働き続けら
れない日本社会に通じる。映画の中では、セ
クハラの研修まで行う先進企業でありながら、
男女とも育休をとると出世街道から外される
実態が明らかになる。職場で盗撮などの性暴
力も発覚する。

また、コロナ禍で、お盆に夫の実家に帰省
しないですんだことを日本でもかえって喜ぶ
声があがったが、韓国でも同じ事情だ。正月
に夫の実家で夫の親族のために料理していた
キム・ジヨンは、ついに、代々ためこまれて
きた女性たちの本音の声をほとばしらせる。
キム・ジヨンが「別人」に「憑依」されたよ
うに話し出す内容は、祖母や母、死んだ女性
の先輩たちが心の底にしまっていた叫びだ。

おしゃれなマンション、最新の家庭電化製
品、あふれるおもちゃ、幼児はタブレットで
動画を見る。経済的には困っていないにもか
かわらず、キム・ジヨンは軟禁されたような
追い詰められた表情をしている。娘とカフェ
に出かけて、コーヒーカップを落とすと、「マ
マ虫」、何もできない虫のような女と、バカに
する言葉を浴びせられる。

日本と変わらない社会空間のなかで、繰り
広げられる具体的な場面のひとつひとつに深
くうなずいてしまう。波乱に富んだドラマで
はなく、むしろ、日常の裂け目からあふれだす声が
過去と現在を行き来する内面の劇になっている。

原作は、韓国ばかりではなく、日本でもベ
ストセラーになった同名の小説だ。生まれた
ときから、「男じゃなかった」とがっかりされ、
何事につけ男性の兄弟が優先され、さまざま
な性被害に遭う、ふつうの女性の人生が細部
にわたって浮き彫りにされ、広く共感を呼ん
だ。女性が自己実現しようとすると次々に立
ちはだかる壁は日韓ともにまだ多い。

小説の方は、わかりやすく、ユーモアも含
む軽妙な日本語翻訳文体も注目された。だが、
終わり方は皮肉がこめられ、厳しい現実がつ
きつけられている。

一方、映画は、閉じ込められた心理から徐
々に抑えた気持ちを言葉に出し、家族の関係
を変えることで、ヒロインの感情が移り変わ
るのを、繊細かつ豊かな表情で演じているの
が魅力的だ。自分の病気を認め、焦らずに、
社会復帰、自己実現の道を見いだそうと努め
る。夫も父も弟も、自らにこびりついた女性
への差別意識に気づき、変わろうとする。常
に味方になってくれる母、教師を続けながら
セクハラと闘う姉、企業を立ち上げた元女性
上司など女性たちの多様な在り方にも励まされる。

映画は、そうした糸のような光がだん
だん束ねられ、キム・ジヨンの顔を明るくし
てゆく。大きな解決があるわけではないが、
キム・ジヨンが、たくさんの女性たちが、自
分の声を表すことで世界の表情を変えうると
思わせてくれる映画だ。

(「しんぶん赤旗」10月6日掲載)






赤旗9月25日『詩壇』

斬新な実験性

第七〇回H氏賞は、塚謙太郎詩集『量』(七
月堂)に決まった。H氏賞は、日本現代詩人会が
主催し、詩壇の芥川賞とも言われる。

『量』は、電話帳のような大判サイズで二五三
ページもある。三段組や横書きなどスタイルもさ
まざまで、斬新な作りの詩集だ。実験性が現代詩
の一つの主流だ。「二で割るとあたらしい/結び目
がみえてくる」。

韓国詩でも多くの注を付けたり、多言語を混ぜ
たりする実験を行う。

中堅詩人に贈られる現代詩人賞は、野村喜和夫
詩集『薄明のサウダージ』(書肆山田)が選ばれた。
野村は、新しい詩に導く旗手として多くの業績を
成した。生の光は薄明、「薄明を遊びつくせ」。
同会の今年の先達詩人として、北海道の詩人・
原子修が顕彰された。原子は縄文文化やアイヌ文
化をもとに生命を復活させる詩劇を多数書き、海
外でも上演されている。

若宮明彦詩論集『波打ち際の詩想を歩く』(ア
オサギ)では、原子修の北方の雄大な叙事詩を論
じた。若宮は岩石の研究者で「奇岩・奇石の詩的
風景」など興味深い。

北海道詩人協会賞が、旭川市の詩人・柴田望の
詩集『顔』(デザインエッグ社)に贈られた。特攻
隊員の祖父から聞いた話などから個性的な作品集
に仕上げた。

「詩人会議」10月号では、洲史の「裕一郎君」は
米軍ジェット機が横浜市の住宅に墜落した事件を蘇らせる。
うえじょう晶「沖(ウチ)縄(ナー)」は、本土の自
分勝手に憤る。宇宿一成の「島の名前」は娘との
会話が美しい。酢山省三の連作詩「ノーモア・ミ
ナマタ」の叫びは環境危機の今に痛烈に響く。
(佐川亜紀)




楠原彰著『野の詩人 真壁仁』

「図書新聞」書評 佐川亜紀  多くの教示をはらむ労作

著者・楠原彰がアフリカ滞在時に真壁仁を再認識したという逸話は、
意味深い。「一九六六年の終わり、ぼくは東アフリカのケニアで、
心身ともに苦しい一人旅をつづけていた。そこへ、刊行されたばかり
の真壁仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)が」送られてきた。
その詩集は〈干天の慈雨〉のように内面に染み込んできたそうだ。
地球的に見れば、中央のヨーロッパに対して、アフリカは「地域」だ。
アフリカも魅力的な伝統文化にあふれているが、大国に侵略され続けた。
真壁仁が「地域」を語るようになった時期は、実は、東北でも都市化が
進行し、地域の暮らしや文化が脅かされていた。民衆詩人の目覚めはア
フリカの覚醒と重なるところがあるだろう。

現代詩において、真壁仁の評価をめぐっては、幾度か変化していると
思う。同じ山形県出身の詩人・黒田喜夫が世界政治に対峙した先鋭性と
下層農民の原点からの批判性で注目されたのにくらべ、意義づけは不
十分だった。

真壁仁が特に取り上げられるようになったのは、本書でもたびたび
触れられている民俗学者・赤坂憲雄が発行人となった『真壁仁研究』
(第一号・二〇〇〇年一二月一日発行)からだろう。赤坂憲雄は
「創刊に寄せて」で以下のように述べている。「二つの「野」が
刻印されてあることで、真壁仁とその仕事が正当に評価されることは、
あまりに稀れであった」。

黒田喜夫は東京に出て京浜工業地帯の労働者と
なり、新しい階級思想の詩が焦点化されたが、イデオロギー論争の
衰退後、真壁仁は、構造主義的、文化人類学的な観点から再浮上した。
本書の題名にある「野」とは、楠原彰も説くように、〈東北・山形で
百姓であり続けた野〉と、〈思想として在野〉の意味をふくんでいる。
しかも、さらに進んで、緻密な調査と分析、全人生の把握により、むし
ろ、野と中央の狭間にいた真壁仁の実存を浮き彫りにしたのが重要な
成果だろう。一九三二年刊行の第一詩集『街の百姓』の表題からすでに
狭間の自己認識が見られる。「「街の百姓」は文化の狭間、思想の狭間、
生産と消費の狭間、「貧しさ」と「豊かさ」の狭間、(略)様々な異質な
ものが交錯し合ったり、対立し合ったりする〈場〉〈境界〉、に生きる
農民である」と楠原は指摘する。詩「街の百姓(一)」では、堆肥の臭い
が「隣人の抗議にふれる」様子が出てくる。当時から山形市でも農業に
格別の矜持を持たなければ続けられないほどの生活と文化の変容が
起こっていた。「おれたちはやめない/豚を飼ひ 堆肥を積み 
人間の糞尿を汲むのを/高い金肥が買へないからだ/土のふところ
に播いて育てる天の理法しか知らないからだ」。戦後も農業は衰退し、
地域は観光地化した。真壁は、詩作を「血みどろなアソビ」とし、
百姓でありつつ詩人である自己の二重性と葛藤した。

副題に「その表現と生活と実践と」と記すように、文学表現を
詳しく広く取り上げ、かつ、人生を綿密にたどり、当時の社会動向や
関与した平和運動や教育実践まで網羅し、文学鑑賞、伝記、社会批評等
の多方面から読みごたえがある。木村迪夫ら優れた詩人を育てた功績も
特記すべきだ。農民芸能の黒川能を復権させた意義も大きい。
詩作だけではなく、全業績として復活させたい熱意がこもる。

ただ、地域の中心となり続けた公人的性格が、戦中の天皇制翼賛や、
戦後の朝鮮民主主義人民共和国の金日成主席賛美にいたる権力的言説に
時として陥る弱点も認めている。詩の特質として、真壁仁の代表作
「稲(オリザ)」に「農のエロス」を受け取る感性に着目した。「この稲の〈不運〉
〈非運〉の表現には、先祖代々稲とともに生きてきた百姓・真壁仁兵衛
の愛着感情〈農のエロス〉」と、「律令国家体制以降の権力への抵抗の
精神が、錯綜しあいながら溶け込んでいるのではなかろうか」という
読解は、示唆に富む。真壁仁の個性は、感情移入やおおらかさにある。
同じ農の詩人の井上俊夫のような即物的な緊迫感より、農作物や農民
文化をいとおしむ抒情性が強い。

だが、また一方で、詩「朝鮮の米について」では植民者としての想像力が
欠落しているとの指摘も見逃してはならない点だ。「かれらの多くもまた
日本本土出自の「優良品種米」を食べることはできず、粟や雑穀を食べる
ほかなかった」。「真壁のアジア認識の曇り〈他者の欠落〉」とは、今の
日本に問われるところである。このように真壁仁の掘り起こすべき豊
かな実りと、蹉跌や錯誤についても率直に明示し、全体像に迫っている
所が貴重だ。

現在のコロナウイルス感染症の世界的蔓延は、自然と人間との関係を
問い直している。農業の大切さが身に染みるが、日本の食料自給率は激減し、
危機をナショナリズムと巨大資本に利用しようとする動きも高まる。真壁
仁が、「野の詩人」として生き、書こうと懸命に格闘した軌跡は多くの教示を
はらむと知らせてくれる労作だ。
(2020年8月29日 図書新聞)





赤旗8月26日『詩壇』

女性の声があふれ出る

   「詩と思想」8月号の特集は、「#MeTooで結
ぶ、韓国と日本」だ。韓国のセクハラ告発運動は
前ソウル市長ら各界の権力者に対しても及んでいる。

小説だけではなく、詩においても鮮烈な表現
が胸に響く。韓成禮が翻訳し紹介した作品には貧苦や死に追い
詰められたうめきが聞こえる。「私は死にながら
見た/私と私の子がこの都市の泥沼の中に、泥沼
の中に限りなく流れて行くのを」
(崔勝子「Yのために」)
植民地支配、男性中心の文明社会で狂気に追いや
られた女性も多い。

企画した中村純は、詩集を200冊以上読み、画期
的な日本女性の詩選集を編んだ。1970年代の
永瀬清子の「ウーマン・リブ」から、若い犬飼愛生の
「ふつーのお母さん問題」まで時代と女性の関係も
おもしろい。

河津聖恵評論集『「毒虫」詩論序説』(ふらん
す堂)は、2015年の安保法案可決後に、自ら
「毒虫」となる運命を引き受け、個の違和感から
創造し、社会に抗う。

詩人の斎藤恵子が著した『九津見房子、声だけ
を残し』(みすず書房)は、1890年岡山県に生
まれ、社会主義のために果敢に行動した女性の貴重な評伝だ。
その斎藤の詩集『熾(おき)火(び)をむなうち
にしずめ』(思潮社)も秘めた意志が伝わる。
「女たちはみな眼を突かれ/厨で火を仕舞いながら/
熾火の呼吸をむなうちにしずめる」。

米田かずみ詩集『私が生まれた日』(東方社)
は、戦災遺児として癒えない傷を記す。

「詩人会議」9月号の特集は「病い」だ。草倉
哲夫の詩「山椒魚」は、病んで閉じ込められた
人々が井伏鱒二の短編に重なる。
名作「黒い雨」も思い出す。

(佐川亜紀 詩人)



鹿野政直著『八重洋一郎を辿る』

―いのちから衝く歴史と文明

   書評 詩業を思想史から照らす  佐川亜紀 
  
「くるひゆく しづけさのほの暗い言葉から」。この詩句は、八重洋一郎の一
九七二年刊の詩集『素描』に収められている。鹿野政直は、「「くるひゆく」ここ
ろを、のたうつままに、のたうつ文字として定着させたのが、この詩集となった」
と読み取る。『素描』は、沖縄の「本土復帰」への「激烈な拒否感」をこめて出
版された。狂気をしいる歴史にのたうつ苦悩と創造の言葉が静かに刻まれた。

鹿野は最初、二〇一五年の「季刊 未来」に発表された八重の論説「南西諸島
防衛構想とは何か―辺境から見た安倍政権の生態」と、日本支配の本質を喝破した
詩集『日毒』(二〇一七年)に強く引かれ、八重の軌跡を尋ね始めたという。
現実と歴史への透徹した視座に留まらず、内面の哲学的彷徨と独創的表現まで熱心
に把握した稀有な論考に胸打たれた。

石垣島の詩人・八重洋一郎は、日本の現代詩の枠組みを超える思想と作品を創
った。批評性を失い、断片化していく今日の風潮の中で、総体的な思想の構築と、
叙事および叙情の両立という困難な課題を求道者のように追求してきた。

そのような八重洋一郎の詩業を初期から丁寧に辿り、作品を繊細に読解し、文
明論、宇宙論にも十二分な理解を示し、全貌を捉えたのが本書である。

鹿野政直は日本近現代思想史家として高名で、多くの業績を重ねられている。
伴侶の堀場清子は屈指の優れた詩人だ。

鹿野は、まず、八重山が置かれた壮絶な歴史、「人頭税・津波・マラリア」
の三大苦難、日本軍の暴虐が強烈な歴史意識を形成したことを知らしめる。
また、八重洋一郎の人間性と人生について幼少期から綿密に調べ、多面的な理
解を広げている。「税金取りの船」であっても「文明のかおり」に憧れる若者の
姿は近代の二面性だ。激しい否定と、逆説的な歓喜的超越の指摘にも注目した。

「悲哀の吐露の中に入りこみ、それを掬いあげるかたちで歴史を超えることを目
ざす心象が結晶」していると述べる。八重の思想の根底には、「いのち」が
息づいている。「宇宙のリズムのなかにある「いのち」へのいとおしさ溢れる想
い」が詩の思想として実現しているのを鹿野は確信する。愛情あふれる伴侶の竹
原恭子と家族に恵まれたいのちの繋がりにも言及する。

沖縄の厳しい歴史と現実を未来世界の全生命の希望に転じたいというひたむき
な志を抱く八重洋一郎の思想史的な重要性が豊かな説得力で伝わる本だ。
(「みらいりん」(洪水企画)6号掲載)




赤旗7月29日『詩壇』

真の繋がりを求めて

   「切れて繋がる」とは、詩人・金時鐘の思想を表
す言葉だ。人間の自立した精神による結びつきを
求める。今、感染症のかげでナショナリズムが強
まっている。朝鮮半島の融和にも、日韓の友好に
も日本は後ろ向きだ。その中で、『金時鐘コレク
ション』(藤原書店)が志の高い刊行を続けている。
第10巻の題名は「真の連帯への問いかけ」だ。
繋がりの根本を問う。

遠藤ヒツジ詩集『しなる川岸に沿って』(アオザ
キ)では、若い世代が、自分の中に朝鮮、日本、
キリスト教とさまざまな文化が響き合っているの
を感じる。朝鮮人の祖父の名前「崔」は、「場外
ホームランのように/そびえる山の向こうへと消
えた名前」。だが、「その一瞬が/見果てぬ先まで
/余韻を響かせる」。

また、東京オリンピックを真正面から批判した
斎藤紘二詩集『東京ラプソディー』(土曜美術社
出版販売)は痛快だ。「福島の状況は統御されて
います」と「フェイクの先達 安倍晋三!」は世
界をあざむいたが、「五輪霧中」をさまよう。

「詩人会議」8月号の特集は、「平和」だ。桜
井国俊の随想から、手洗いの水もない途上国の人
々との協力の大切さを教えられた。小森陽一の随
想で、感染症が海外侵略戦争と共に広げられたと
いう指摘にはっとした。
草野信子の詩「戦争責任」は、国民学校の先生
だった義母が「ひとりの〈戦争責任〉を果たそう
とした」生き方を記す。

芝憲子、坂田トヨ子らの沖縄基地反対に取り組み
続ける詩に励まされる。

詩と写真「3・11「復興」まだ」は胸に迫る。豪雨
被害も深刻で、生活の真の姿に目をこらしたい。
(佐川亜紀・詩人)




赤旗6月26日『詩壇』

超えて生きる言葉

   コロナ禍は人種差別の実態を浮き彫りにした。日本
でも民族・人種差別が根深く、外国人労働者への支
援が乏しい。

在日韓国人の詩人・丁海玉が自らの仕事をつづ
った著書『法廷通訳人』(角川文庫)には、日本語
と韓国語の間で誠実に奮闘する様子が人間味たっ
ぷりに描かれている。

言葉が標準的な国語を超えて生きることは、伊
藤芳博詩集『いのち/こばと』(ふたば工房)で
も創造的に表される。作者は障害者教育に長く携
わり発見と理解が豊かだ。「であいから/とけて/
とぶ/こばと/ふしぎだ」と、出会うことで「こと
ば」が「こばと」に変わる不思議を受け止める柔
らかい心に脱帽する。

介護においても、詩人は想像力を広げる。柴田
三吉詩集『桃源』(ジャンクション・ハーベスト)
の巻頭詩「鳥語」では、「クエ/クエ」と「母は
鳥のことば」を話すようになるが、鳥語から「熱
風のなか腐臭をまとって歩くわたし」と現代人の
本質を掘り下げる。母の「奥の空洞」や桃色の爪
を愛おしく感じている。

「詩人会議」7月号の特集は「短詩」だ。秋村
宏の「闇がみえるのは/ひかりがあるうちだ」は、
コロナ禍で政治の闇が見えてきた今を思う。葵生
川玲の「麻痺」は「妙な棒グラフ」に操られる社
会を皮肉る。伊藤眞司の「ふるさと」の「ほろす
け ほう」の響きは懐かしい。やはぎ かのうは
自由を求めた台湾歌手テレサ・テンをしのぶ。

季刊「びーぐる 詩の海へ」第47号は、香港
詩人の特集だ。民主化運動の死者が詩の芯になっ
ている。死者を未来に生き返らせる文学は死の時
代だからこそ望まれる。






「びーぐる」47号

私たちとは私たちを作る成分そのもの

タミー・ライ−ミン・ホー
四元康祐訳

いつの世にも
涙は流されていた、煙のような
尾をたなびかせて。昨日から
壁は色とりどりの四角に塗られ、通りの
名前は変えられてきた。その時から
詩は意味を持ち始めた、存在し、とどまることが
出来るようになったのだ。二〇一九年六月以来、
この街の人々は互いの目を覗きこむようになった、
数百万の顔が、数百万の思考が、
「水のごとく」行為と掛け声のなかで一つになった。
今この時を境に
もう引き返すことはできない、止まることはできない。
私たちとは、私たちを作る成分そのもの、即ち
絶望と決して諦めることのない意思。
これは公然たる秘密の
終わりのない始まりである。

(原題 We Are What We Are Made Of )

訳注 「壁は色とりどりの四角に塗られ」香港市民は民主化
運動への思いをポスト・イットの付箋に記して、市中の壁に
貼り付けた。
「水のごとく Be water」は香港民主化デモの合言葉。
ブルース・リーの映画のセリフから取られ、中心を持たず、
相手の出方に応じて絶え間なく流動する戦術を言う。


筝に

クリス・ソン 宋子江
四元康祐訳

奴らは君にプリペイドカードを使わせない。演奏もさせない。
代わりに香港地下鉄局の規則を読んできかせる。気をつけて、
改札から離れて!車掌の前では歌っちゃいけない。

なぜなら奴らは君を立たせて、君の縦の
長さを測ろうとするだろうから。一言でも抗議したら
ブラックリストに載せられる。もしも運悪く、

地下鉄に乗ってしまったなら、すぐに隠れて、
本土からの並行輸入業者が担いでいる闇商品の背後に。
裏のルールを身につけるんだ。万が一

捕まっても慌てないこと。筝を燃やして逃げたりしないで。
臨機応変に。夜が明けたら政府の施政報告書を燃やして朝餉を
作る。学校に遅刻したら、信号の故障だったと言えばいい。

教室では辛抱強く、算数と
音楽理論を学ぶこと。いつの日か権力の耳穴に
殺人的な調べを注ぎ込んでやるために

血みどろの料金の値上げはお互いさまさ。
(原題 致古筝)

*訳注では、香港の地下鉄で実際にあった事件に材を取った作品と
解説されています。女子高校生の筝は地下鉄に一緒に乗るにも
厳重な規格審査をされるが、中国本土からの輸入品は規格外
でも持ち込まれるそうです。
日本でも沖縄の米軍との地位協定など似た不条理さがまかり
通っています。香港はより厳しい管理と不条理が布かれる
危険があり、日本も他人事ではありません。
クリス・ソンは別の詩に「人々の抵抗運動が大きな歴史の流れを
変えることが出来ないという悲観的な思いが込められていますが、
同時に芸術には、私たちの経験と、闘うことで私たちが
追い求めた理想を保存する力があるという信念も表明されているのです」
と語っています。
※「びーぐる」47号の特集は「抵抗する抒情詩 詩と現実の新しい
関係性を求めて」です。特集担当は、四元康祐さん。昨年、香港の
詩祭に行き、民主化運動の真っ最中で、巨大な支配に抵抗する詩人
たちに感銘を受けたそうです。
香港の詩人は、欧米の文化に親しみ、知性的で、自由な表現を
しています。中国のモダニズム詩人たち、「今日」の詩人たちに
通じるものを感じます。

ロック・フンさんの詩は、「恋愛関係と政治的な国際関係が絡み」
すごくおもしろいです。「滅びた街が狂気を装う」などは非常に
知的なアイロニーが効いています。
デレック・チュンさんの日本にたいしてのアドバイス「安穏と
した眠りから醒めてください」は、コロナ感染状況に刻々と
露わになる日本の脆弱さとあたふた、外国人労働者や留学生に
冷たい本質など、目覚めるべき点を指していると思います。
ジャッキー・ユエンさんの「教えておくれ」民主化運動で「死者」
が生じるのは不条理なことですが、それがかけがえのない記憶を
形成することを知らしめます。
デレック・チュンさんの「忘れるな」には、純粋な行為の死を
無駄にしない意志とポエジーに高める思いを感じます。
他にも充実したインタビュー、作品、論考がたくさんあり、
四元さんら編集部の切実な問題意識が伝わってきます。

私も「抵抗する抒情詩 ― 韓国詩の多面的展開をふまえながら」を
寄稿させて頂きました。

(澪標 定価1000円)







赤旗5月29日『詩壇』

民衆の闘いをしなやかに

「愛を抱かずしてどうして海に入られようか」
という魅力的な副題が付いた訳詩集『海女たち』
(姜信子 趙倫子訳・新泉社)の著者は、韓国済
州島の詩人、ホ・ヨンソン。一九三二年の海女抗
日闘争などをしなやかな言葉で書く。「死んだと
信じこんでいた希望が歩けばあとからついてく
る」。民衆の闘いの歴史が勇気を与えてくれる。

今年の三好達治賞は、沖縄の二冊の詩集に贈ら
れた。佐藤モニカ『世界は朝の』(新星出版)は、
さわやかな詩だが、ブラジル移民の祖父の人生が
背景にあり、コロナ禍で苦しむ世界の移民を思う。
与那覇幹夫『時空の中洲で』(あすら舎)は、反
戦に尽力したセナガ・カメジロウの魂の軌跡を「
神が引いた直線のように美しい」と称えた。

旺盛に活躍する熊井三郎の詩集『ベンツ 風に
のって』(竹林館)は、人間味あふれるユーモア
と風刺が抜群にうまい。表題詩は、弱者を切り捨
てるときに流される風評の恐ろしさを伝える。

金堀則夫詩集『ひの石まつり」(思潮社)は「弔
う火炎の災いが浄化して消えていく」と伝統の祭
りが人々の心を浄め奮い立たせた役割を省みる。

鈴木太郎詩集『谺する風景』(東方社)は、「誰
かが叫ぶと/誰かが叫んでいるように/谺がかえ
ってくる風景」は、詩が互いに応答する行為だと
平易な表現で知らせる。

今年の壺井繁治賞は、清野裕子詩集『賑やかな
家』(版木舎)で、磨かれた清新な言葉がかけが
えのない日々を深め、光らせている佳品だ。

「詩人会議」六月号の特集は「台所」。北島理
恵子の「あかまんま」小田切敬子のエロチック
な「炊事場」などの詩、随想の食の思い出と子供
食堂が提起する課題など滋味豊かだ。
(佐川亜紀・詩人)







赤旗4月24日『詩壇』

リアリズムの必要性 佐川亜紀

韓国では、文在寅大統領の与党が総選挙で圧勝
した。ドライブスルー検査などの積極的なコロナ
感染対策を世界が認めていると詩人の韓成禮さん
が知らせてくれた。
また、権宅明さんは 銀行員として日本に赴任
した時、テレビで楽しませてくれた志村けんさん
が急逝し悲しいそうだ。
二人とも長く日韓の詩の交流に尽力してきた。
韓国敵視政策をとったせいで有効な感染対策も十
分に共有できていない。
調査の数を抑え、庶民の命を軽んじる傾向は、
旧日本軍から続く体質だ。

大阪の原圭治のエッセイ集『詩の希望、詩の旅』
(竹林館)は、高校生時代から詩を書いて来た著
者が88歳を前にまとめた書で、一途な歩みに頭が
下がる。小野十三郎、金時鐘、井上俊夫、島田陽
子ら重要な詩人たちと親しんだ豊かな軌跡だ。
大阪の詩文化の特徴はリアリズムである。戦時
体制の根底に潜む古い抒情への抵抗だった。
今の日本に必要なのも冷静に現実の本質を見抜
くリアリズムだ。

ところで、1月27日付の本欄で紹介した野口や
よい詩集『天を吸って』が今年の日本詩人クラブ
新人賞に決まった。「詩人会議」5月号で出版記
念会の様子を上手宰が温かく報告している。
同号特集の「戦争体験なし あり」の宮城島正
博の小論「少年と軍歌」は軍歌教育の恐しさを伝
える。体験を受け継ぐ柴田三吉、芝憲子らの作品、
加害を胸に刻む瀬野とし、鈴木文子、近野十志夫ら
の随想にも注目した。

日本詩人クラブ賞は本多寿の美しい詩集『風の
巣』(本多企画)で、本多も韓国の詩人たちと縁
が深い。日本詩人クラブ詩界賞は、野沢啓著『単
独者鮎川信夫』(思潮社)で暗喩の復活を目指す。




赤旗3月24日『詩壇』


詩は社会の体温計  佐川亜紀


   
新型コロナウイルス感染により韓国との往来が
制限され、残念だ。9年前には、鄭浩承さんや高
銀さんらの詩人が日本を励ます詩と文を中央日報
に発表してくれた。

韓国の環境団体である「環境財団」のメールマ
ガジンの今月の暦には、3月11日が「フクシマ原
発事故9周忌」と記されている。新型ウイルスも
気候変化の影響があるのでは、と説く。

日本の詩誌「詩人会議」4月号の特集は「忘れな
い」だ。宮城県の佐々木洋一の詩「わたなべたろ
う」は、「わたなべさんをたずね/カモメがわた
なべさん わたなべさん」と、東日本大震災のす
べての犠牲者にくり返し呼びかけ、心打たれる。
岩手県の照井良平のエッセイの一節「無理やり
にオリンピックと被災者のためになる事業などの
見えない実態のない、言葉だけの復興とを結びつ
けている」の指摘は鋭い。

兵庫県の玉川侑香の作品「震災から二十五年・
小景」とは、阪神淡路大震災からだが、「直線
道路になって」「隠れ家のなくなった まち」
の詩句が情報管理の強化を連想させた。

宮崎県の後藤光治は、昨年の詩集『吹毛井』
(土曜美術社出版販売)で廃れゆく村をいとおし
み、しみじみ表した。
詩誌「いのちの籠」44号で、福島県の詩人、若
松丈太郎は、避難住民の帰還を促して、あったこ
とをなかったことにする国の意図をあばく。

長田典子の詩集『ニューヨーク・ディグ・ダグ』
(思潮社)は、原発事故の時、アメリカに滞在し
ていた体験を書いて話題になった。事故の実態が
隠され続けた日本は世界から見て異様だった。
人権を軽視する政府の姿勢を洞察する詩の言葉
は社会の体温計だ。



赤旗2月26日『詩壇』


命の格差を問う   佐川亜紀


韓国映画「パラサイト 半地下の家族」がアカデ
ミー賞に輝いた。IT産業で急成長した韓国での
すさまじい貧富の格差を笑いと憤りで描き、おも
しろくて怖い傑作だ。

日本でも格差が広がり、生活が不安定になった。
沖縄県糸満市に住む一九九六年生まれの元澤一樹
の詩集『マリンスノーの降り積もる部屋で』(コ
ールサック社)は、情報化社会のなかで命が軽ん
じられ、若者が苦しむ姿を新しい言語感覚で表し
ている。「命だった。それはさっきまで生きて飛
んで動いていたれっきとした命だったんだよ。ゴ
ミ箱に捨てられてしまうくらいの命だったんだよ。
コンビニの駐車場には今夜も車中泊の車が何台か
停まっているからきっと家主のいない深海みたい
な部屋でゴキブリが流しの水垢を舐めて健気に生
き延びている」(「マリンスノーの降り積もる部屋
で」)。元澤は、沖縄国際大学二年次の時に「第十
回琉球大学びぶりお文学賞」を受賞した期待の星
だ。現代世界の非人間性をあばき、自分にも深く
メスを入れ、速いリズムで語りがあふれ出す。

一方、『八重洋一郎を辿る いのちから衝く歴
史と文明』(洪水企画)は歴史学者として高名な
鹿野政直が沖縄石垣島の詩人の全体像を掘り起し
た労作だ。毒のような日本の支配の歴史を記しな
がら、命のつながりを尊ぶ八重洋一郎の詩は重要
で広く知られてほしい。

「詩人会議」三月号で「座談会 もう一度読み
返したい詩」として沖縄の芝憲子「銀色に輝く」、
呉屋比呂志「八重瀬のシーサー」などの作品が挙
がっていた。沖縄戦を逃れて本土に渡った家族史
を書いた呉屋の昨年の詩集『ブーゲンビリアの紅
い花』(OFFICE KON)も記憶に残る。




赤旗1月27日『詩壇』


女性詩人の国際的活躍  佐川亜紀


韓国を代表する女性詩人・文(ムン)貞(ジョン)姫(ヒ)さんに
彼女の詩の一節を紹介した本紙をお送りしたら、
とてもうれしいとメールが来た。
昨年10月1日付で、韓国では小説
だけではなく、詩人にも国際的に活躍する女性文
学の先駆者がいると書いた記事だ。文貞姫は、今
年も、日本、米国、ドイツから招待されている。
日本の知識人たちの声明「韓国は敵じゃない」を
読み、深い知性を感じたという。日本への親しみ
は変わらないそうだ。

日本の詩人・新井高子は、昨年、米国アイオワ
大学国際創作プログラムに参加した体験を個人誌
「ミて」第149号で述べている。日本女性詩人
としては20年ぶりの招待だそうだ。新井は石川
啄木の短歌を東北弁で読み、方言を生かした実験
作を多数発表している。

野口やよい詩集『天を吸って』(版木舎)の中
で、詩「長旅」は、しばし暮らしたケニアでの思
い出が鮮やかによみがえる。「イルカの群れのよ
うな/こどもたち//歓声あげて/白い足裏はね
あげて/わたしのジープを追いかけた」表現は簡
潔だが、ふれあいの濃さを伝えている。詩「特別」
でも「旧日本軍の捕虜だった」「アランさん」との
信頼関係が印象深い。

白井知子詩集『旅を編む』(思潮社)は、イラン
6000キロを巡り、ペルシア文化に魅せられる。

小野ちとせ詩集『微かな吐息につつまれて』
(土曜美術社出版販売)ではアラスカへの旅などを
ふまえ、宇宙に属することを身体で感じるのだ。

「詩人会議」2月号の海外詩特集で水崎野里子
がアイルランドの注目すべき女性詩人を紹介して
いる。私も中国吉林省延辺での詩人交流を書いた。
女性詩人の国際的活躍を今年も期待したい。






廣瀬陽一著『金達寿伝』


金達寿は、在日文学の創始者として有名でありながら、
その業績の全体像がよく知られていませんでした。
<解放>後から一九五一年末までに発表した小説は長短編
あわせて二〇編ほどになり、「後裔の街」など優れた作品を
書き、その後も「玄界灘」「朴達の裁判」などに発展させた
のです。特に、志賀直哉の自然主義リアリズムが私小説に
陥る点を問題としたなど、文学的視点も再考されるべきでしょう。

たいへん丁寧に史実を調査され、社会的背景もよく考慮され、
非常に読みごたえがある伝記です。若い研究者の方がこれだけ深く
理解されていて驚嘆しました。
日本の共産主義運動や総連との政治的な関わりの難しさのなか
で在日朝鮮人文学を確立する元祖の役割を果たした重要な文学者
としてあらためて金達寿を省みる必要を感じました。
多くの人々との関わりの意外性にも目を見張りました。

後年は、「日本の中の朝鮮文化」の歴史家として高名になりました。
「日本固有のものと考えられている古代文化遺跡が実は「渡来人」
による遺物だった」という「皇国史観」を覆す画期的な内容で、
その視点はいまこそ注目すべきでしょう。論じるときに、逆に
「朝鮮民族中心主義」になるのを避け、「日本の学者の説を引用した」
という方法にも鋭い知性を感じます。

金達寿が、後半生、さまざまな事情で創作者としての意欲を失った
のは残念ですが、古代史研究だけでなく「季刊 三千里」など貴重な
在日誌の編集刊行に関わったのも特筆されます。
『日本の中の朝鮮文化』が日本で非常に好意的に迎えられた時代の
謙虚な学びの姿勢を取り戻したいものです。
(クレイン 2300円+税)




『林浩治著 在日朝鮮人文学』
―反定立の文学を越えて


1991年に『在日朝鮮人日本語文学論』(新幹社)を
1997年に『戦後非日文学論』(新幹社)を出されて以来久し振りの刊行です。
在日朝鮮人文学論の先達は磯貝治良さん、川村湊さんですが、
林浩治さんも先駆者で早くから独自の論を展開されていました。
「新日本文学会」で、2003 年5・6月合併号に在日作家・
詩人94人を紹介する特集を編集され、
私もそれから多くの教示を受けたのです。

林さんの問題意識の発端になっているのは中野重治の詩
「雨の降る品川駅」の「日本プロレタリアートの後だて前だて」と
いう一節が「民族エゴイズムのしっぼ」を引きずっているとの
中野自身の自己批判にあります。
本書の「おわりに」で書かれているように「在日朝鮮人文学は
日本文学に対するアンチテーゼではあったが、
文学の価値は比較対象があってのものではない。
在日する朝鮮人による文学は何ものにも左右されず
文学的価値で評価されなければならない」というのが
「反定立の文学を越えて」の意味と思います。


玄月や柳美里や深沢潮ら新しい世代の作家への
期待となっているようにも読めます。
定形的な民族論を超えて、複雑化した社会や自己の在り様を
それぞれの視点から個性的に書く作家が出現しています。

また、黄英治は、韓国に政治犯としてでっちあげ逮捕された父を
助ける救援運動をひろげる家族を描いた小説『あの壁まで』など
社会への告発とともに加害者としての自己認識を持つ作家として
高く評価しています。

しかし、もっとも本書で力を入れて書かれているのが金石範論で、
『火山島』は日本語で書かれていますが、韓国でも傑作として
賛辞を受け、日本でもけたはずれの長編小説です。

視野がたいへん広く、金史良から崔実まで、小説を主に驚くほど
多くの著作を読み込まれています。

本書で「論に終止符を打つ」のではなく、、「文学的価値」の実証を
金石範論等でさらに詳細に繰り広げてほしいと願わずにはいられません。

(新幹社 1500円+税)








「しんぶん赤旗2019.10.1」

日韓の文化交流 新しい関係創る   佐川亜紀


韓国に対してのバッシングが異常なほど強
まっている。日本の若者の間では、Kポップ
や食べ物、化粧品などで韓国に親しみが増し
ているのに、新しいつながりにひびを入れ、
あまりにもひどい。

韓国を敵視する安倍政権の輸出規制に反対
する声明「韓国は『敵』なのか」が和田春樹
東大名誉教授、岡本厚「世界」元編集長らに
よって二〇一九年七月二五日に発表され、私
も呼びかけ人の一人になった。八月三一日に
は、緊急集会が開かれ、ホームページに当日
の登壇者の発言や関連する情報が載っている。
私も詩「私たちは敵じゃない」と文章を載せ
て頂いた。

元徴用工への日本企業の損害賠償を命じた
韓国大法院の判決をめぐる報復が発端だが、
背景には、安倍政権の「大日本帝国」への回
帰政策がある。自民党の憲法改悪の底流には、
韓国の「宗主国」たろうとする戦中意識が満
ちている。それは時代錯誤の妄想でしかない。
三・一独立運動から百年の節目に韓国の人々
が怒るのは当然だろう。アジア発展の気運が
分からず、日本は古い悪夢にしがみついている。

いま、問われているのは、日本の歴史認識
と文化だ。私は、二〇一四年に昌原KC国際
詩文学賞(昌原市後援、金達鎮文学館、詩愛
文化人協議会主催)を受賞した。第一詩集で
は神奈川県相模ダム建設に従事した朝鮮の人
々の強制労働と犠牲者についての連作を書い
た。多数の中国人も苛酷な労働の犠牲となっ
た。神奈川県に住んでいるので身近な所で歴
史を考えたかった。市民の方々が史実を発掘
し、追悼会が行われている。日本の暮らしの
根元に朝鮮の人々の労働と犠牲が埋まってい
る。しかも、徴用工問題は過去のことではな
い。原発でも外国人労働者が被曝量も分から
ず、闇に葬られ、使い捨てられている。

日本は詩、小説ともに個人の感情、または
言語遊戯が主流である。昨今は社会的な詩を
否定する意見さえ堂々と出る。だが、万葉集
の「貧窮問答歌」や近代のプロレタリア詩な
ど社会的な文芸にも立派な文化遺産が豊かに
存在する。それらは現在の批評精神の糧とな
る作品だ。

韓国の若い世代も近年、自由で多様な表現
がふえた。日韓で生活感覚が似て来たことも
あり、女性が人生で受ける差別を書いた小説
『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナム
ジュ著 斎藤真理子訳 筑摩書房)は、日本
でもベストセラーになっている。女性たちが
共感の輪を広げていくことは、大きな希望だ。
文貞姫もフェミニズム詩人として世界的に活
躍している。「あたしのペンはペニスじゃな
い/あたしのペンは血だよ」(「あたしのペン」
文貞姫)。

一方、朝鮮半島の植民地支配と分断は、生
々しい歴史の傷である。解放後も独裁政権で
日本支配の影響が及び続けた。この歴史の記
録をねじ曲げることは、日本の退廃である。
他者の苦痛に対する尊重は、すべての人間に
対する尊重の土台だ。

今まで蓄積した反戦平和の文化活動を未来
につないでいかなければならない。戦争に反
対するだけではなく、侵略支配に抵抗するこ
とが大切だ。沖縄で基地に抵抗する人々こそ
日本の道標だ。歴史が繰り返すなら、最後に
は民主派が勝利する。地球も宇宙も一部の人
間支配者のものではない。多種多様な生命の
共生が求められている。

二〇一七年に光州の居酒屋で親しくマッコ
リの杯を交わした韓国詩人たち。私が韓国の
民主化闘争の詩人たちを称えると、日本の詩
や歌も好きだと言う人もいた。文化体育観光
部長官の都鐘煥さんや、安ドヒョンさんら文在寅
政権を支える詩人は多い。安ドヒョンさんは以前、
支持者として日本のテレビのインタビューに
応えていた。「花軸は/花を咲かせるのがひ
どく苦しくて/自分の体を力いっぱい揺さぶ
る」(「花」安度眩」)朝鮮半島の平和に向かっ
て自分の体を力いっぱい揺さぶって花開こう
とする韓国を踏みにじるような言動を日本は
すべきではない。良識ある日本の人々ととも
に、日韓の文化交流を続け、よりよき関係を
創りたい。







『在日総合誌 抗路』6号

【特集】「在日」の新時代

在日総合誌「抗路」6号の特集は<「在日」の新時代>です。
「新時代」というと何か良い期待を感じさせますが、編集委員会
の巻頭言に見られるように、むしろ、日本と韓国のズレが色濃く
なった時代といえるでしょう。溝とズレを超えて良い展望を開け
るか、日本の問題といえましょう。

「時代は逆流し、”征韓″とか″脱亜″といった、近代日本の
いびつな本音がむき出しになっている」=日本の「後ろ向き」。
かたや、「韓国の市民社会が六五年の日韓条約体制を超えた
日韓関係の新たなつくり直しを求め始めている」=韓国の「前向き」。
この方向性の違いが、現実的な日韓の政策となって現れています。
文京洙さんの「日韓関係、第三の転機か?」の「韓国の市民は、
いまや道義的責任を超えて植民地支配の法的責任を問うところに
まで行きついている」という指摘は、非常に注目すべきことです。
元徴用工に対する韓国大法院判決は、「韓国併合」の「違法性」を
認めています。

『文芸春秋』10月号のヘイト的な特集「日韓断絶」でも、佐藤優は
「日韓条約」の結び直しを予測しています。しかも、それは日朝国交
回復で避けて通れないのです。なぜなら65年の「日韓条約」では、
大韓民国のみを朝鮮半島における唯一の合法的な政府と認めているからです。


「抗路」の座談会(参加者・趙 博、朴苑眞、金村詩恩、姜信子、金時鐘)
で語られているように、日本は「在日」の経験と闘いから学んで、
移民社会になり、多様性を受け入れていかなければ存続も難しいのに
その危機感がまったくなく、むしろ嫌韓ヘイトが日常化しているのは
恐ろしいことです。姜信子さんが言うように「ひとりひとりが自分の
場所で声を上げていくことから始まるんだと強く思っています」の
小さなひとりの声の大切さを思います。それは無力にも感じられますが、
未来はそこから始まるしかないでしょう。

丁章さんの詩「新時代だという年に」は、日本を痛烈に皮肉っています。
「新時代あけましておめでとう?/闇を磨く手付きでのお出ましに/仰ぎ
見て歓喜する奴隷根性丸出しの群れ。/臣民の眠りは深刻なまでに昏倒し」
一方で、朝鮮半島が平和協定で分断国家として固定することへの
危惧も表しています。これは鋭い指摘です。平和協定で、休戦状
態から平和になるのは、すばらしいことです。韓国・文在寅政権も
段階的統一を考え、決して分断のままでよいとは方針を立てていな
いようですが、日本では分断固定化のまましか発想できていません。
「落命した独立志士は想像すらしなかっただろう/光復会報後の
まさかの分断。追い求めたはずの純粋な独立を忘れていないか?」

今号のもう一つの大きなテーマは日本でもベストセラーになっている
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』についてです。
1982年生まれのキム・ジヨンが女性として「韓国社会の矛盾を
一身に体現した形で苦しみ、病み、壊れている」現実を分かりやすい
表現で日常を具体的に描写することによって世界中の共感を呼んでいます。
朴才暎さんの「女性解放の新時代」は、「ろうそく革命」とともに
フェミニズム運動が高まる韓国の熱気を感じさせます。
金村詩恩さんの<「女性の物語」だけにしない>視点も大切です。
つまり、<こうじゃないといけない>、生きるハードルが高い社会から
脱け出すことです。女性も男性もどんな性も生きやすい社会とは?
大きなといかけですね。

改元騒ぎに浮かれ、嫌韓をあおる日本の深層を照らす批評に
あふれた号です。

(発行 抗路舎 発売 クレイン 定価1500円+税)








『朝鮮に渡った「日本人妻」』

林 典子 フォト・ドキュメンタリー
朝鮮に渡った「日本人妻」―60年の記憶


     その肖像写真は静かに語りかける。白髪となり、しわも
深いが、歩んできた人生の喜怒哀楽の厚みと芯のある存在
感をずっしりと伝えている。手には、一九六一年の渡航
直前にチマチョゴリの晴着をまとい、朝鮮人の夫と映った
記念写真を持つ。九州から北朝鮮の元山に渡り、八十九歳
(二〇一六年八月撮影当時)になった井手多喜子さんの姿
の内奥は計り知れない。

本書は、世界的に活躍する若い写真家の林典子さんが、
朝鮮民主主義人民共和国で暮らす「日本人妻」たちに二〇
一三年から一八年一一月まで一一回訪朝し、取材、撮影し
   た記録をまとめたものだ。

敗戦時、日本に二百万人以上の朝鮮人が居た。厄介払い
の思惑も絡んで一九五九年から北朝鮮に送り出す「帰国事
業」が始まり、八四年までにその家族を含む約九万三千人が 海を渡った。

「日本人妻」は、「帰国事業」の時は北朝鮮の「急速な
発展」の宣伝に使われ、拉致問題が起こると「不気味な国」
  の被害者にされ、今は「交渉の材料」とまで言われる。し
かも、日本人の大半が無関心だ。

林典子さんは、「日本人妻」をひとくくりにせず、一人一人
の物語を細やかに聞き取る。長年抱えてきた「心の痛み」
を刺激したかと気遣う。無理な撮影はしない。対等な人格
として向き合う強い信念に打たれる。

平壌で高層アパートに暮らす堀越恵美さんは、「子ども
たちのために、ここに来たんです」と話す。皆川光
子さんは、北海道大学で恋愛し、身重のまま同行し、研究
者の夫を支えた。母の反対を乗り越えて、国交回復を信じた。

植民地だった朝鮮に一人残され、朝鮮人家族に育てられ
た残留日本人・荒井琉璃子さんとの出会いも貴重だ。
各々の望郷の念は尽きない。

もちろん、本書で取り上げられた人たちよりもっと困窮
や差別に追いつめられた人も多いだろう。離縁した人もい
るだろう。

だが、歴史の闇の中にも個々の人間の顔と人生があるこ
とを知らせる著者のたぐいまれな感性と行動力に、敬意を抱
かずにはいられない本だ。

岩波新書 1040円
「東京新聞」2019年8月11日掲載








崔真碩詩集『サラム ひと』>
この二千年来の歴史の中で
朝鮮が日本を侵略したことは一度もない
なのに なぜか この国はさらに怯えながら
最悪を更新しようとしている

過去を克服せず
歴史を語り継いでこなかったこの国は
すでに終わっていたのだろうか
3・12 原発事故でさらに終わったのだと思う

あのとき 日本人は 国家解体の危機に直面しながら
地獄の淵をのぞいてしまった
゛直ちに健康に影響はない=@国家が国民を守らない
棄民の現実 国家の正体を知ってしまった

正気の沙汰ではない 2020東京オリンピック
再起不能のショックから立ち直れないまま
日本人は絶望を先送りしている そして抑圧移譲
さらに弱いものを叩くことで 絶望を誤魔化している

近代日本人の主体化の過程がそうだったように
日本人はいま再び
朝鮮人を貶めることで 主体を立ち上げようとしている
死に体の主体を
(「ウシロカラササレルを越えて」部分)

崔真碩さんは、1973年韓国ソウル生まれで、東京育ち。
韓国詩人・李箱の研究などで知られ、役者でもあります。
待望の第一詩集『サラム ひと』が2018年6月に刊行
されました。「サラム ひと。私は、2011年3月12日の
東京電力福島第一原子力発電所の爆発以降、この言葉を生きて
きた。この言葉に生かされてきた。言葉は力だ。この力があなた
にも届くといい。届け」と「はじめに」で記されています。
日本人の多くは3月12日さえも忘れているのではないでしょうか?
この詩集には、どっさりと日本の課題が盛り込まれているのです。
ヘイトスピーチの渦中立たされても、なお、「サラムとひとは
運命共同体/共生のための名前」と言ってくれているのですが、
それを理解せずに崩壊にむかっているような昨今です。
本書は、詩集として「クオキイラミの言葉」「サラム ひと」
「ウシロカラササレルを越えて」「目を瞑ろう」「国民サルプリ」
「アナキスト ひと」「サラム ひと・人類・アジア」
「サ・サム ひと」の長詩と、散文「近代を脱する―李箱「倦怠」
論」「日本の滅亡について」「私はあなたにこの言葉を伝えたい」
「影の被曝者―ヒロシマ、フクシマ、イカタ」で構成されています。
この詩集の特徴の一つは、リズムです。「4・3、サ・サムは、在日
の歴史だ」1948年の済州島4・3住民虐殺は、在日朝鮮人の源
で、4・3は朝鮮語よみで「サ・サム」。また「サラーム ひと/
サラームはアラビア語で/平和の意。」と共生のリズムを力強く
響かせています。

※ちぇ・じんそく 1973年、韓国ソウル生まれ。東京育ち。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学術博士。
広島大学大学院総合科学研究科准教授。文学者。テント芝居
「野戦之月」訳者。著書『朝鮮人はあなたに呼びかけている
―ヘイトスピーチを越えて』など。編訳書『李箱作品集成』。

(夜光社 1100円+税)










坪井兵輔著『歌は分断を越えて』

在日コリアン二世のソプラノ歌手・金桂仙
歴史の痛み 温かく包み込む

「歌で人々をつなぎたい」とは、人間の源にある当り前
の願いではないだろうか。だが、国家や社会の壁が立ちは
だかる時、なんとすさまじい苦しみをこうむることだろう。
それでもなお夢をあきらめない熱意は、在日だけではなく
歴史の痛みを抱えた人たちを温かく包み込む。

在日コリアン二世のソプラノ歌手・金桂仙さんは、幼い
ころから民族の歌に親しんだ。父母は、在日一世で日本の植
民地支配による離郷の悲しみに耐え、懸命に育てた。金桂
仙さんは朝鮮学校コーラス部から実力が認められて在日の
歌舞団のプロ歌手へと進む。だが、国籍問題で海外公演に
参加できず、歌手への道が閉ざされた。南北分断は在日の
若い心を押しつぶすのだ。

育児のために一旦は歌をやめ、夫を支え、焼肉店の女将
としてがむしゃらに働き、義母の介護も果たした。夫は一
九四八年に約三万人の住民虐殺が起った済州島で生まれ、
家族の味さえ知らなかった。また、桂仙さんは、北朝鮮
に行き、胸を裂かれる現実に涙するが、政治のためには歌
わないと意志を固める。

四八歳にして大阪音楽大学短期大学に入学した前向きな
生き方はまぶしい。歌を学ぶ意欲ばかりではなく、後年、
韓国に住む残留日本人妻たちを慰問したように、歌で共に
人間を回復したいという切望が不屈の活力の元だろう。
金桂仙さんの人格は豊かで、魅力が尽きない。「分断」が
朝鮮半島にも、在日にも、日本社会との間にも存在するの
に心を痛める。すべての人に「心のふるさと」を歌で届け
たい。差別の中でも、日本の歌曲を習い、違う個性を
見出し、世界の歌の真髄を求める。

著者の坪井兵輔さんは、金桂仙さんに尊敬と感動に満ち
た眼差しを注ぎ、十年に及ぶロングインタビューを中心と
した丁寧な取材を行い、人生を濃密に描き出した。背景と
なった在日の歴史と社会を分かりやすく説いている。
歌と人間への信頼を決して失わず、困難を乗り越えて歌
い続ける金桂仙さんの姿が今の時代に一層光って見える。
(さがわ あき・詩人)
(「東京新聞」2019年5月19日掲載)
☆祝!本書は山本美香記念国際ジャーナリスト賞を
二〇二〇年五月に受賞されました。








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