ウォーター


詩誌・詩集のコーナー



いろいろな本・雑誌を紹介しています。


目次


























『在日総合誌 抗路』4号

『高良留美子詩集 その声はいまも』

『河津聖恵詩集 夏の花』

『八重洋一郎詩集 日毒』

『高良留美子評論集 女性・戦争・アジア』

『うら いちら詩集 日々割れ』

『岡 隆夫詩集 馬ぁ出せぃ』

『細見和之著 石原吉郎』

『在日総合誌 抗路』3号

『甲田四郎詩集』解説

「びーぐる」33号黒田喜夫特集

『岡野幸江著 平林たい子』

『在日総合誌 抗路』2号

中村純編著『憲法と京都』

卞宰洙著『朝鮮半島と日本の詩人たち』

『沖縄詩人アンソロジー 潮境』

『尾花仙朔詩集 晩鐘』

沖縄ゼミナールから

アジアの他者を創造的に理解するために

こたきこなみエッセイ集

河津聖恵著『パルレシア』

『女たちの在日』

『丁海玉著 法廷通訳人』

『田原詩集 夢の蛇』

『在日総合誌 抗路』

『細田傳造詩集 水たまり』

『木島始詩集 復刻版』

『崔華国特集』

『高良留美子詩集 場所』

『八重洋一郎詩集 木洩陽日蝕』

『原田勇男著 東日本大震災以後の海辺を歩く』

『金時鐘著 朝鮮と日本に生きる』

『若松丈太郎詩集 わが大地よ、ああ』

『河津聖恵著 闇より黒い光のうたを』

細田傳造詩集『ぴーたーらびっと』

柴田三吉詩集『角度』

ぱくきょんみ詩集『何処何様如何草紙』

『石川逸子著 日本軍「慰安婦」にされた少女たち』

『中村純エッセイ集 いのちの源流』

『八覚正大著『「シェルター」発』書評』

「秘密保護法」についての声明

『原田勇男詩集 かけがえのない魂の声を』

『水田宗子詩集 アムステルダムの結婚式』

『齋藤貢詩集 汝は、塵なれば』

『中村純詩集 はだかんぼ』

『甲田四郎詩集 送信』

『金堀則夫詩集 畦放(あはなち)』

『水島英己詩集 小さなものの眠り』

『青い花』

『ベトナム独立・自由・鎮魂詩集175篇』




『神奈川大学評論74』、石川逸子詩集、与那覇幹夫詩集、八重洋一郎詩集、
現代生活語詩集2012、若松丈太郎著『福島核災棄民』、季村敏夫詩集、
『地に舟をこげ 7号』、『季村敏夫著 災厄と身体』、瀬崎祐詩集、
『<3・11フクシマ>以後のフェミニズム』、佐々木薫詩集、高畑耕治詩集、
『ひとのあかし What Makes Us』、『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』、
『海を越える100年の記憶』、「千年紀文学」95号、「地に舟をこげ」6号
李承雨著『生の裏面』、開沼博著『「フクシマ」論』、毎日新聞・朝鮮学校被災支援記事、
若松丈太郎著『福島原発難民』、「ヒロシマ・ナガサキを考える」100号、再生文化について、
丁海玉詩集『こくごのきまり』、韓龍茂恋愛詩集『命ある限り』は
「詩誌・詩集のコーナー(4)」 こちら です

水田宗子詩集、伊藤芳博詩集、岡島弘子詩集、渡辺めぐみ詩集
こたきこなみ詩集、李美子詩集、伊藤啓子詩集、詩誌「東国」、
中村不二夫詩集、日原正彦詩集、望月苑巳詩集、龍秀美詩集、
岩瀬正雄詩集、前原正治詩集、川中子義勝詩集、荒川洋治詩集は
「詩誌・詩集のコーナーV」こちらです


以下は 「詩誌・詩集のコーナーU」こちらです
清岳こう詩集,蜂飼耳詩集,荒川洋治著『本を読む前に』『読書の階段』
「詩と思想」9月号特集”アメリカ詩の新発見”,「詩と思想」7月号特集”女性詩とアジア”
なんば・みちこ詩集,新川和江詩集,木島始詩集『流紋の汀で』, 木島始詩集『根の展望』
日英対訳現代詩集・木島始編 『楽しい稲妻・AZIGZ−AGJOY』



『在日総合誌 抗路』4号

特集は<「在日>のクニ>です。クニとカタカナで記した所に意味があります
「在日」は朝鮮が日本によって「韓国併合」されたことに由来し、
解放後も朝鮮半島が二つの国に引き裂かれ、
国家の不条理を現在も生活の端々にまで被っています。
しかし、この特集では既成の国家観に囚われずに自由な発想を試みています。

「クニとカタカナにしたのは、既存の国家とその体制、あるいは
既成概念としての国家にとらわれずに自由な発想をしてみたいと
いう願いからだ」と編集委員の趙博さんは述べ以下の可能性を考えます。
「クニ」の「仮定・夢想」には様々あることを気付かされます。

「一、南北朝鮮が統一して、我々「在日」は、その統一国家の国民となる。
二、日本が民主化され、我々「在日」も、その主権者となる。
三、沖縄(琉球)が独立し、我々「在日」にも、その国籍選択権が与えられる。
四、アイヌモシリが復活し、我々「在日」にも、その優先的居住権が与えられる。
五、日本が解体し、我々「在日」は、自治居住区(nation)を確立する。」
琉球の独立やアイヌモシリの復活まで思いを巡らせているのは卓見です。
スコットランドなど世界の動きを見れば夢想とは言い切れません。

岡本朝也さんの「国境線のこちら側で」に、移民反対論を最近展開する上野千鶴子氏
への批判が書かれています。移民は必然です。というか、移民に来てくれる?と
心配すべきなのが現実ではないでしょうか?
在米韓国人、在加韓国人が急速にふえているのが事実です。
地震、原発事故、経済の将来性低下、米国の傭兵国家の
日本にやすやすと人が来てくれる とは思えません。
韓国に行って以前「円」を使えた所で、今は使えません。
「ウォン」か 「ドル」か「元」です。
日本の地位の低下をひしひしと感じます。

それに、インターネットと金融資本主義、タックスヘイブンによる国家を
超越した富の集中保有と非常に不平等な分配が
行われているのですから、 世界的に国家が変わっていくでしょう。
その隠蔽でナショナリズムが強化 されているのかもしれません。

一方、内海愛子さんの<戦後日本の「平和主義」と朝鮮>の
論考のように日本が植民地支配の責任を取らず、
敗戦後に在日を排除した歴史的な調査と記録も大切です。

尹健次さんの<「在日」にとって普遍性とは何か>は
重要な問いかけです。戦後の日本の「平和主義」「普遍主義」に
欠落していたものが今議論になっています。
「在日」や女性の問題提起を受けて「民主主義」も豊かになる
必要性がある、これは1990年代から言われて来ましたが、
上記の上野千鶴子氏のような言説も出て、さらに議論を深めるべきでしょう。

朴銀姫さんの「ミサイルとサードの狭間 尹東柱とその後裔たち」
では、「目下危機に瀕した朝鮮族が生き残る」には、
「中国では、朝鮮族研究者や文学者が尹東柱の詩を
もっぱら抵抗詩として、甚だしくは愛国詩として
読まなければならない」という報告に驚きます。
柳時京さんの「詩人尹東柱の100歳を記憶する」の
キリスト者として、世界の詩人として読む姿勢を思い合わせます。
柳さんや楊原泰子さんたちの「立教の会」は2017年11月23日
立教大学で、記念のシンポジウムや朗読、演劇を盛大に行いました。
現在の立教大生が積極的に取り組んでいたのは素晴らしいことです。
上野都さんの「翻訳余話」は、詩集翻訳に真摯に向かい、
尹東柱の心を追い求めた気持ちが伝わります。


巻頭の金時鐘先生の詩「ゆらめいて八月」「うすれる日々」に
深く共感します。日本の八月の願いや祈りはゆらめき、
うすれていくばかりです。戦争を体験したこの記憶こそ
「クニ」を構想するときの基軸になるはずでした。


八月の夢、とどろいた歌、
こぞる思いもつのるまま
氷晶をかかえた黒雲になり
にわかに下界を誌の篠突(しのつ)かせては
またも蒸れてぎらついて
悲嘆も喊声も気化した日々も
白い日差しのかげろうになり、
物のあわいでゆらめきたぎって
願いも祈りもつかえた言葉も
からから乾いたかげろうになり、
(「ゆらめいて八月」部分)



丁章さんの詩「このクニのかたち」の日本国憲法の改悪は
人類の祈りへの背信という指摘も鋭いです。

このクニの平和の条に自衛隊を加えるとき
このクニはふたたび歴史への罪を犯す
すべての人類から託された祈りへの背信!

このクニのかたちは
コクミンのためだけのものではないのに
このクニのかたちはまだ
サラムのゆるせるものからは遠い
(「このクニのかたち」部分)


石川逸子さんの詩「風がきいた」は隠蔽された
この国の歴史を知らしめます。


知っていますか 風がきいた 昼の月に
一九一九年三月一日
国旗をもって「独立万歳」叫んだ朝鮮人少女が
右手 左手 を 次々 切り落とされ
なお 万歳を連呼して 日本兵に殺されたことを
(「風がきいた」部分)


ほかにも、刺激的な文章がいっぱいあります。
安易なナショナリズムに流されそうな今日、<「在日」のクニ>
を考えることは、日本が排除し喪失したものを想起し、
未来への想像力を高めることになると思いました。
(クレイン・2017年11月10日/1500円+税)










『高良留美子詩集 その声はいまも』


失われた声を、今もその人が生きているように聞き、語りたいという難しい願いを
詩人は抱く。願いは詩の源から発し、詩人は生命の循環する光を受け取り、
言葉を体で共鳴させる。

本書は、高良留美子の十冊目の詩集で、作者の人生や社会歴史の重要な場面が
登場するが、単なる過去の記録ではなく、夢や幻想が生き生きとしたイメージと
して出現している。「あとがき」で「ことばが体のなかを回流して
脳髄に達するように、夢や幻想は岩石という体をめぐって麓に達する」
と述べ、現在の「思考する体、感じる体、働く体」を通しているため、
新鮮で、臨場感が伝わるのだ。

表題作「その声はいまも」は、二〇一一年三月一一日に南三陸町役場で
避難を呼び掛け続けて自らは津波に呑み込まれてしまった女性の記憶を
深めている。自然の人智を超えた大きさを思い知り、最後まで人々
のために尽力した女性を抱き取り、死がいのちの甦りに転ずるよう切望する。
高良の体には彼女を呑み込んだ海が満ちている。
だから「いまもその声は/わたしの底に響いている」のだ。

「希望という名の」という作品は、戦後まもなく「広島の原爆を意識的契機として、
かつて河本英三が創刊した若者の文化運動誌」である「希望(エスポワール)」の
最初の編集会議の様子を記しているが、説明ではなく、風が
吹き抜けていく気配がし、場面が交錯している。過去、現在、未来が
論理ではなく、イメージの自由な混合できらめき合い、迫って来る。
こんなに戦後の「希望」は輝かしかったのだと驚く。

共に文学活動をした亡き夫についても、詩「物語の真ん中」など自分の感情より、
長編作家であった彼の本質を浮き彫りにしている。
「幾本もの電線のように、レールのように、物語の筋が伸びている」。
茨木のり子が亡き夫への慕情を綴った詩集『歳月』は、
茨木が抒情詩人であったことを示すが、
高良はやはり良い意味でモダニストだ。
客観的な物質で他者の本質を明確にする方法
がモダニストを超えたモダニストである。
作品「月女神を探せ」は、男性支配の文明によって殺された
月女神の復活を祈る。「月への信仰とともに、死と再生の思想が
深く根づいていました」という日本の深層から現代文明の出口を探る。
詩「海の色の眼をしたひとへ」など女性解放のためにた
たかった女友達への追悼詩も心打たれる。
「戦争のなかで生まれて」の終連の言葉は透徹した知性による問いが鋭い。
「それとも二つの戦争のあいだの、束の間の平和
に過ぎなかったのだろうか。」

また、詩「Yデーの記録」は、昭和天皇の死が近い日々の自粛と
緊張の様子を記し、「清浄な原稿」まで要求する抑圧は恐い。
巻末の詩「おびんずる様」は幼い頃から作者に葛藤と反抗心を
かき立てた「母」が生の支えともなっていたことを理解させ、
幾千の葉が重なる樹のごとく人生の意味が
豊かに感じられる詩集である。

(「神奈川大学評論」掲載。)
(思潮社刊。2500円)







『河津聖恵詩集 夏の花』


月下美人(一)


闇の奥で眼窩たちは息を呑む
一輪の花がいまひらきはじめる
なおも咲くのか
なぜ咲くか
無数の黒い穴は問いもだえる
死ぬことも生きることも滅んだのに
宇宙の一点をいま花の気配が叛乱する
穴はいっしんに嫉妬する
月下美人
幻想の名の匂やかな花芯が
死者たちの無を乳のように吸いよせる
ゲッカビジン
重い鈴のような音の裏側で
死んだ子どもたちが
飛沫のような声をあげる

花のうつくしさに恐れつつこがれ
ついに誰が撃ったのか
太陽は草はらに墜落し
世界はきりきり昼夜をねじらせ落ちた
たった一輪の花のもとへ供犠し、かがやき、
太陽の眼窩から
古代の月光がこぼれ夜の葉脈を伝い降りていく
蕾を締める死の紐はゆるみ
闇の真芯は軋み
たった一輪の内奥から
夜の深みを引き裂き立ちあらわれる氷の純白
はばたこうと蠢く蕊の黄金
歓喜だろうか
あるいは苦悩だとしてもそれは
すでに陶然と立ち尽くす私のものだ

自らの外で蝙蝠の瞳をつぶらに輝かせ
花の閃きを浴び 花の蝕に呑み込まれてしまいたい
一輪の花がひらく大いなる夜に
命を生きられるために


※「あとがき」で河津さんは「本詩集は原発事故後書きついだ、
花をモチーフとする詩をまとめています」と記しています。
「花ならばなぜ原発の根元に咲いたのか―――。希望とも
絶望とも言えない不思議な光景でした」とも語っています。
原発事故後に予感したすべての人間、動物、植物も滅亡する
風景。「夏の花」は原民喜の小説の題名であり、花の死と生は、
原爆投下後の世界でもあるでしょう。「なおも咲くのか」
「なぜ咲くか」を問わずにはいられない、アウシュビッツ後
の詩への問い「なおも書くのか」「なぜ書くか」を連想します。
韓国の写真家鄭周河さんの被災地を撮影した写真集『奪われた
野にも春は来るか』にも触発されたと述べ、奪い奪われた土地
に「死ぬことも生きることも滅んだのに/宇宙の一点をいま花
の気配が叛乱する」詩の可能性を問うのです。
朝鮮の詩人・尹東柱の故郷を訪ねた作品「詩人の故郷」
では「まだ魂があるというひとすじの希望」を手繰り寄せるように
「詩人の魂の中へ歩み入る」のです。闇を落ちながら「新たな詩の
力を考え感じる」一輪の花の内奥から発せられた詩集です。
(思潮社2300円。2017年5月1日刊)







『八重洋一郎詩集 日毒』

日毒


ある小さなグループでひそかにささやかれていた 言葉
たった一言で全てを表象する物凄い言葉
ひとはせっぱつまれば いや 己れの意志を確実に
相手に伝えようと思えば
思いがけなく いやいや身体のずっとずっと深くから
そのものズバリである言葉を吐き出す
「日毒」
己れの位置を正確に測り対象の正体を底まで見破り一語で表す
これぞ シンボル
慶長の薩摩の侵入時にはさすがになかったが 明治の
琉球処分の前後からは確実にひそかにひそかに
ささやかれていた
言葉 私は
高祖父の書簡でそれを発見する そして
曽祖父の書簡でまたそれを発見する
大東亜戦争 太平洋戦争
三百万の日本人を死に追いやり
二千万のアジア人をなぶり殺し それを
みな忘れるという
意志 意識的記憶喪失
そのおぞましさ えげつなさ そのどす黒い
狂気の恐怖 そして私は
確認する
まさしくこれこそ今の日本の闇黒をまるごと表象する一語
「日毒」


※八重洋一郎さんが2016年2月の「日本現代詩人会
西日本ゼミナールIN沖縄」の講演で「日毒」という言葉を
述べられて、衝撃を受けました。
まさに「己れの位置を正確に測り対象の正体を底まで見破り一語で表す」
強烈な言葉です。
明治の「琉球処分」から日本支配の毒は急激に強まりました。
琉球王国を滅亡させ、日本に併合し、収奪を厳しくし、
アジアの戦争に突き進む基地とし、沖縄戦の残酷をもたらしたのです。
今も、過剰な基地負担が覆いかぶさるばかりでなく、辺野古に新設されようと
しています。抗議した平和運動家を不当に逮捕長期拘束し、
国連から国際人権法上問題があると指摘されました。

「日毒」が恐ろしいのは、民衆にもだんだん染み入ることです。
国家の横暴にも、毒が回ると、鈍感になって慣れてしまいます。
それどころか、国家に同調することに快感を得て、共依存になります。
ほんとうに中毒症状を現在呈しています。
戦争の惨たらしさや加害被害の歴史も意識的に消去しています。
アジアの近代は、基本的人権などの権利がないまま開発独裁に
陥りがちですが、日本も開発独裁である己れの位置を見るべきです。

長詩「山桜」では、日本を操るアメリカの毒も露にしています。
日本と中国の貧乏人階級を戦わせて兵器を大量に買わせて
利益をもくろむ軍事ビジネスマン。北朝鮮の脅威を煽って
使い物にならないオスプレイや迎撃システムを購入させ、
沖縄を軍事的標的にする魂胆です。
こんな意図も分からず、小さなミサイル実験で騒ぐ日本民衆は
アメリカの笑いものとなっています。
今の真髄を見るにぜひ読みたい一冊です。
(コールサック社 1500円+税)







『高良留美子評論集 女性・戦争・アジア』

隠蔽された現代詩のテーマを追究した評論の集大成


高良留美子は、初期から女性・戦争・アジアのテーマ
を一貫して意識し、詩の本質的課題として実作と批評を
展開してきた。自選評論集は一九九二〜九三年に既に刊
行しているが、一九五九年から現在の書き下ろしに至る
評論と発言の中心分を発展させたのが本書である。これ
らの主題は、極めて重要であり相互に関連しているが、
敗戦後の日本の詩、日本社会では決して主流にならず、
むしろ排除と隠蔽が繰返されてきた。高良が世界に目を
開き、粘り強く詩の運動にも労力を注ぎ、知性と感性を
駆使し優れた批評を重ねてきた稀有の業績に驚嘆する。

「T 女性詩人」では、石垣りんの女性の老いを書い
た先見性と家への嫌悪、茨木のり子の生を捉えるみずみ
ずしさ、新川和江の幻想と日常の二重性の恋歌、滝口雅
子の朝鮮体験と他者性の発見などが新鮮だ。在日女性詩
人のさきがけの宗秋月の詩のリズムと渾身の賛歌を称え
ている。女性学の先駆者である水田宗子の著書もふまえ
フェミニズム批評の多層を感じた。高良が「あとがき」
で書いた「女性詩の時間スパンの長さと生命や自然との
関わりの深さ」について今後一層評価されるべきだ。

「U 追悼」では、茨木のり子が吉本隆明に『戦後詩
史論』で「最近小言ばあさんになってきた」と評された
ことに怒り、傷ついていたことを明かしている。

「V アジア、戦争、植民地支配」は現代詩史の論点
として最も注目した。敗戦後の現代詩の主流は、「荒地」
の鮎川信夫、吉本隆明の詩論にもとづいた道を歩んでき
た。〔鮎川信夫「サイゴンにて」からベトナム戦争へ〕
の項で詳しく分析されているように、「アジアの民衆へ
の共感の弱さ、自由主義国家の理想化、そして社会主義
陣営の全体主義への嫌悪」は、長く詩壇のテーゼとなっ
てきた。〔清岡卓行と『アカシヤの大連』――日本のモ
ダニズムの精神的態度としての<白紙還元(タブラ・ラーサ)〕 の項では、
<白紙還元(タブラ・ラーサ)>が文学でも現実でも政治でも過去忘却の役割
をいかに果たしてきたかを喝破している。植民地に対し
て望郷に浸る主人公に読者は共感する。侵略の反省を迫
られることなく、ただ美的情緒に包まれたいとの願望が
読者共同体を形成していった。吉本隆明は、敗戦後は詩
人の戦争責任問題を突いたが、後に大衆迎合に陥った。
昨今は商業資本によって「大衆」も「読者共同体」も偽
造される時代で、自省が必要だ。また、金時鐘の長編詩集
『新潟』を一九七一年に早くも本格的に論考し、「死者た
ちさえもが語る」と理解し卓見である。〔『辻詩集』への
道〕は詩人にとって今日の問題で、以倉紘平の故郷と国家
を同一視した作品への疑問は鋭い。永瀬清子の『辻詩集』
収録詩の分裂は軍国主義一元化への移行の実例だ。

「W 人ともの」では、「荒地」と並ぶ戦後詩誌「列
島」の方法を物質性に置き、自らも物質性を重視してき
たと述べている。抒情を物に仮託するのではなく、物そ
のものから語るのは日本文化では困難な課題だった。さ
らに、ポストモダンの金融資本主義時代は言語が物から
遊離し、金融のように自己増殖する詩が流行っている。

「X 詩と会い、世界と出会う旅」では、度々触れ
られるタゴールの詩の豊かさ、東欧、アラブ世界、ソ連・
ロシア、アフリカ、韓国、アジアなど、地球的つながり
に目を見張る。これほど積極的に世界を巡り、詩人と交
流し、詩の紹介に努めた軌跡は、日本の詩の宝物だ。

「Y 詩誌と詩人会、詩運動へ参加」は、「詩組織」
「現代詩の会」「詩と思想」など、苦労と心痛を負うこ
ともたくさん起きたのに責任感に敬意を抱く。

「[ 現代詩の地平」の詩壇時評では、もてはやされ
た女性差別詩をきちんと批判した勇気は尊い。

本書中の「この前の戦争のときは詩から崩れた」との
花田清輝の言葉は恐ろしい記憶であり予言だ。隠蔽され
た真の主題について高良留美子が取り組んだ貴重な仕事
は時代に対峙し、実に多くの光線を発している。
(「週刊 読書人」2017年3月24日掲載。
土曜美術社出版販売 2700円+税)





『うら いちら詩集 日々割れ』


私たちの日常は今深くひび割れている。しかし、支配層はひ
た隠し、巧妙に分裂を利用し対立させ、国家主義の幻想で埋め
尽くそうとしている。

うら いちらの新詩集『日々割れ』は、優しい言葉でユーモ
アもこめて現実の割れ目を鋭く表し、批評と抒情が心に響く。
Tは、エジプトでの体験を「眼」「血」「足」「髪の毛」「手」
と肉体を通して描いたのに注目した。魚の眼だけ凍らせて鮮度
を偽装するしたたかさ、ほふられた牛の血、砂漠を生き抜く蟻
の足の長さ、女子学生のスカーフに押し込められた髪などから、
生身のエジプト人と生活の苦しさが伝わる。人を押しのけず軽
く触る握手は異文化ではあるが、共感を抱かせる風習だ。

Uは、東日本大震災と福島原発事故、熊本地震について書き、
危機意識が乏しくなる現在、重要な作品群だ。「波に/浚われ
たくない」「失いたくない/家族の/快楽を」と、家族を失っ
た人々の無念に感情移入して胸を打つ。だが、「関東地域特産
の芋」を送られながら「そこ」の空間線量が怖くて残りの甘藷
を捨て、罪悪感にかられる姿も率直に記す。被害者同士の裂け
目は一番難しい問題だ。
「地球のお腹のマントル」「ゲップも出る」と、地球も体と
して想像するのはおもしろい。

Vでは、脅威に軍事面からさらに迫る。詩「鼻」では「玄海
で原爆を仕込み/有明基地でひと儲け」という企みを暴く。
Wでは、家族への慈しみを情愛ゆたかに語っている。母の凝
りを揉みほぐそうとする詩「マッサージ」は感動的だ。「その
痛みの中心/生き永らえさせたその凝りの中心」と、凝りは生
の芯だろう。痛みは「九十年の苦労」の証である。
うら氏が、家族の「絆」ではなく、「家族の/快楽」と表現
する詩句に、国家的な家族ではなく、生命の喜びとしての人の
つながりを思うのだ。沖縄の「命どぅ宝」は現在の文明社会に
一番必要な言葉である。地球も体だ。日々の体と心のひび割れ
を命の中心から感じる大切さを本詩集は知らせてくれる。
(「琉球新報」2017年3月5日掲載)
(あすら舎 1500円+税)



『岡 隆夫詩集 馬ぁ出せぃ』

馬ぁ出せぃ


「馬ぁ出せぃ 馬だ 鉄馬だ この厩(うまや)なら五頭出せぃ!」*1
主は駿馬十頭ひきいて 裏木戸よりそっと消える
<ご勘弁くだせぃ 兵隊(へいてい)さん 馬ぁ人より大事ですけぇ>

「ほんなら じゃがいも 南京 南京豆 出せぃ」
<兵隊さん そりゃぁ酷です 穀類芋類 命の糧です>
「じゃ 豚ぁ出せぃ 豚だ ブタ 親豚九匹出せぃ」

<コムギ粉 砂糖 小豆なら さし上げますけぇ
トウモロコシの粉 高粱(こうりゃん)の粉も さし上げますけぇ
豚ぁご勘弁くだせぃ 豚ぁ真珠より 貴重ですけぇ>

「おゝ 砂糖三十貫徴発でけた 在る所にゃ在るもんじゃ
コムギ粉ねって 善哉(ぜんざい)こせーたら そりゃうまかった――
<ヤイ 乳房出せぃ>とは言わん 乳牛(ちちうし)三頭特牛(こってい)五頭出せぃ」

<牛ゃぁ 田畑ぁ鋤かにゃいけんし 乳もくれますけぇ
代わりに 甘藍 干瓢 大根(でーこん)も さし上げますけぇ
牛ゃぁ ご勘弁くだせぃ 牛ゃぁ あっしの魂ですけぇ>

「つべこべ放(こ)くな この頓馬 あひると鶏 百羽出せぃ
アヒルの卵と鶏卵五百個じゃ 出さんとみなゴロシじゃ
いつか天罰受けようが 今は神馬だ 神馬五頭出せぃ!」
<ご勘弁くだせぃ 兵隊さん おらが馬ぁ 龍神ですけぇ>

*1 英仏、十八、九世紀のこの詩型ヴィラネルvillanelleは、各連3行、
終連4行の、19行二韻詩。各連末は、第1行と第3行が交互に
くりかえされる(著者注)

岡 隆夫詩集は、叙事を定型詩で表すという独自の方法が成功し、
重量感をもって迫ってくる優れた詩集だ。叙事は散文的になり
がちだが、あえて英仏の古風な詩型を用い、韻律も重視した。
「ひとつのテーマをふたつの強力なイメージで補強する、といった
構造」と作者は解説していて、韻律だけではなくイメージの二層化
も意図している。
地方の言葉も生かし、詩集名は権力者があらゆる命を軍事化の
ために収奪する現在の暗喩だと思った。
「一 馬ぁ出せぃ」は、アジアに対する侵略の歴史に対して人々の
実際の生活や戦争の現場から発した声をすくい上げリアリティを
感じさせる。
「二 夏日千秋」は、「ナンブコムギをまく」など農業に携った
体験から、生命の伝承と危機の現在を豊かに興味深く表す。
「三 三春の夕べ」は、老いの体や人生について深い味わいがある。


広い博識と知性を持ちながら、地に足のついた視点からの表現が
力のこもった作品を産みだしています。
2017年の「日本詩人クラブ賞」に決定。
私も選考委員でした。









『細見和之著 石原吉郎』

神話化されがちな石原吉郎の詩と人生を綿密に探究し、資料を広く集め、
作品を本質的に感受し、出色の評論となっている。

石原吉郎の詩を<シベリア体験から切り離して作品を理解する>とともに、
<詩の根源をシベリア体験に置く>という「二重の手続き」を要する読み方は、
体験と詩の本質的関係について考えさせる。石原の詩をすべてシベリア体験の
反映として解釈する素朴な反映論では、石原の詩が限定され、広い普遍性に
思いを巡らすことができないことを教えてくれる。

石原の詩は抽象度が高く、難解である。それゆえかえってシベリア体験で
読み解こうとする傾向が出てくるのも当然かもしれない。しかし、詩を
読むとは一つの体験や思想にのみ還元できないことである。
詩は有機物のように、様々な体験、文学体験、時代の要素、言語感性などいろいろ
なものが混合し、作者の意図も超えて生まれるのである。
だが、「キリスト教体験とシベリア体験という二筋の傷――。どちらがより深く
石原の肉体=精神に食い入っていたか、必ずしも断定することのできない二筋の
傷――。おそらく私たちがいま石原吉郎を読む場合、この二筋の傷を軸に据えな
ければならないだろう。」という細見和之の指摘は石原の詩が日本の枠を超える
ためにも必要だろう。

石原の詩が「言葉の独特の図像として自らを提示している」し、
読み手の鏡となっているとの指摘は鋭い。
<「条件」「納得」「事実」といったそっけないタイトルを付された石原の代表作は、
このような記憶としての言葉の、ほとんど無意識的(非意図的)な内在
的展開>で保存されたとは卓見だ。つまり、石原にとって記憶とは、例えば鳴海英吉
のような他者と「共有した」外部ではなく、外部が内部に喰い込んだ歯型、
切り刻んだ爪痕、変形させた指痕のようなものなのだろうか。私が石原吉郎の
詩から感じるのは、権力の刃触り、人間の条件の過酷さだ。

再発見したのは、石原吉郎がシベリア体験を戦争(満洲侵略も含めて)の償いと考え、
「いずれは誰かが背負わされる順番になっていた<戦争の責任>をとも角も自分
が背負ったのだという意識でした」と自らを被害者ばかりではなく加害者と
考えていた点だ。
私は以前にも「肉親にあてた手紙」を読んでいた。けれど、
なぜかシベリア帰りが<赤>とされた部分が強烈に印象づけられた。
石原の肉親にも受け入れられない孤絶に驚いた。
その後の「学生の集会」での質問がシベリア体験をつづるきっかけに
なっていくように、石原の詩が全共闘の後の時代の文脈で
読まれていったのは確かだ。
石原吉郎の抽象の鏡に一体なにを映したいと読者が望んだのか、
「断念」「条件」「納得」「事実」に何を重ねたかったのかは
振り返るべきことだ。

「告発しない意志」とは、シベリアでは被害者だが、アジアでは加害者なら
二重の意味になるはずだ。フランクルの本には告発と人間肯定が
あるのに対し、石原は告発もしないし人間肯定もしない。
満洲体験への言及がなぜ少ないのか。鹿野を「最後には開拓農民団に役立ったと
いう慰めを付与し」たが、開拓農民それじたいには十分洞察が及ばないのはなぜか。
他者性や満洲体験への考察不足が、のちの日本美意識への傾斜に
つながっていったのだろうか。

鹿野武一の実像に迫ったところも衝撃だった。石原のシベリア生活における
倫理性の根拠とも考えられた「ひとつの象徴」を
妹や妻の視点から見ると「不可解なヒロイズム」と感じざるを
えない矛盾に打たれ、そこまで踏み込んだ細見の多面的追究が
この本の厚みにもたらしている。


安西冬衛のモダニズムが中国から始まったように、ソ連やエスペラントという体験も
石原の詩に画期的なモダニズム的要素をもたらしたように見えるのは、
実にふしぎなことだ。
強い緊張感と明るい歌が絶妙に混合している初期の詩には奇蹟を感じる。
自身が優れた詩人ならではの、内部への幾層もの思考、詩作品への鋭い感受性、
外部への綿密な調査が合体した貴重な労作である。
また、細見和之の批評の新鮮さと創造性は、テキストを重視しながらも、
体験性と社会歴史性をも考えていくところにあると思う。

さらに、世代の若さを感じるのは「自転車にのるクラリモンド」を好み、
「世間の常識」について観念的に批判しないで醒めて見ていることだ。

テキスト主義と社会歴史性をいか合体させていくかは、
現在の世界的な批評の 課題と重なっていると思う。

(中央公論新社 2800円+税)








『在日総合誌 抗路』3号

特集は<「在日」の記憶>です。巻頭の文京洙さんの論「埋もれた記憶を辿る」では
「私たち在日朝鮮人は、いま、記憶をめぐる戦争ともいうべき時代を生きている」
と書き始めています。2000年ぐらいまでは日本経済も余力が残っていたせいで、
反省と共生をめざそうという姿勢が見られ、細川、村山談話、河野談話などが発せら
れたのですが、3・11、民主党の失政と第二次安倍政権以降、急激に戦中回帰が
強まりました。記憶の隠蔽と歪曲がまかり通り、世界的に排他主義と極右が台頭する
なかで、在日朝鮮人は記憶の戦争の<前線に立たされている>という認識は、ヘイト
スピーチや人権弾圧や支援の打ち切りが起る生活に密着した切実な実感でしょう。

しかも、さらに、抵抗する側のナショナリズムを自問し、「男性中心、主流派中心の
権威主義的な組織論や人間観に根ざす抑圧や差別を免れていたわけではないし、
“抵抗”のそれだからといって無条件に善だとするような論理の破綻が明らかに
なって久しいといえる」とまで言い及んでいます。大変誠実な自己切開であり、特に
女性の歴史を知る事、活動と発言の尊重はとても大切だと思います。
けれども、新自由主義の経済と価値観に支配されている現在は、他者の解放をともに
担おうとする女性が主流とはいえず、在日女性の困難は増しています。
「モラルやコードから外れた女性たちの声や思いがあらためて
掘り起こされ共有されねばならない」のは今後の課題です。

鄭暎恵さんの「意見書 李信恵裁判に関わって」は、「エスニック・マイノリティ
女性への差別」は民族差別とジェンダー差別の両者が合体することで「差別の質量
ともに別次元のものとなり、その被害の深刻度も増大する複合差別となる」と
指摘しています。
ヘイトスピーチは、複合的差別に耐え、非人間的労働でも奮闘してきた
在日女性を「全部台無しにするような破壊力をもっている」。
そのうえ韓国朝鮮と日本にルーツを持つ若い人は、帰属感も不安定で
心身共に緊張恐怖を強いられ、「ある程度生活できるようになった
三世だからこそ、自殺率が高くなった」という報告まで出ています。
日本と朝鮮半島の架橋になるという未来志向がまったく逆の方向に
行き、エスニック・マイノリティーを追い詰める社会に変貌しているのです。
多様化を存在の豊かさにつなげるのではなく、複雑化し、分断する
システムにしようと恐ろしい力が働いています。
これは、世界的な問題として考えるべきことです。

姜信子さん、高遠菜穂子さん、北原みのりさん、辛淑玉さんの
座談会「記憶は弱者に残る」は、済州島四・三事件にまつわる
暴力と犠牲の問題を女性たちの視点で語り鋭い洞察に満ちています。

金時鐘さんの講演をまとめた「戦前回帰の時代に抗う詩人の魂」は
いきなり「北朝鮮の核問題」から始まっていて驚きますが、
詩人こそ「炭鉱のカナリヤ」であり、真実を見抜く存在だと思う
からこその質問でしょう。金時鐘さんは北朝鮮と米国が
「休戦協定」を「平和協定」に締結し直せば核装備の理由は
なくなると考えています。米国、日本、韓国が軍事同盟を強化
している事実を見逃してはならないのです。詩人は、「大勢が
雪崩れるところで一人ソッポを向いている」存在でなければ
ならない、という教示は今いっそうかみしめたいです。

金水善さんの詩「ハンプリ(恨を解く)」は、従軍慰安婦の女性が
二度「別世界をさ迷った」ことを表しています。
一度目は従軍慰安婦にさせられ、地獄に落とされ、
二度目は、従軍慰安婦だったと公表し蔑視されたときです。
この恨みを解くには日本国の総理大臣が直接対面して
謝罪しなければなりません。国の責任を明確にしてほしいのです。
丁章さんの詩「平和の条」は、憲法第九条の普遍的な意義に
ついて語っています。「すべての国が/平和の条でキラキラ
と輝くのはイツカ?」日本は世界でまれにみる第九条の精神を
実現していくことが列島で暮らす人々が生き延びる道です。

他にも多数の充実し、興味深く知り、考えさせてくれる
論や作品がいっぱい掲載されています。
(クレイン 1500円+税)









『甲田四郎詩集』解説

庶民としての共感と批評 
     

甲田四郎は、生活の詩の名手として知られているが、
現代詩において批評を交えながら日常的な暮らしを書き
続けるのは肝が据わった詩精神が要ることだ。近現代詩
は西欧近代詩の導入から始まり、高村光太郎の詩「根付
の国」のように日本の市井の文化を軽視し西洋的な知性
と感性と方法を移植してきたからだ。

民主的な文学も例外ではなく、マルクス主義の観念と
理想が先走り、ともすると生煮えの思想の言葉が盛られ、
理論と現実、政治と文学の矛盾と乖離についての論争は
一九二〇年代や一九四五年以後一九六〇年を挟み、七〇
年代まではげしく行なわれたことがあったが、しばしば
抽象に傾き過ぎた論争と実作だった。甲田四郎は、派手
な論争や華々しい抵抗運動が下火になったときに、地味
だがしっかりした目と姿勢で登場した観がある。

吉本隆明は、六〇年反安保闘争のあと七〇年代から「
大衆」を思想の基礎に置き、民俗的部分を強調するよう
になった。しかし、「大衆」はバブル経済の下、大手資
本に自ら進んで呑み込まれ、原爆を忘れ、原発に期待し、
アジアを蔑視して追い抜かれ、保守化にやすやすと乗る
者たちだった。その意味で甲田四郎の呈示した「庶民」
は考えさせるさまざまな要素をはらんでいる。

詩史的には、詩集『大手が来る』で受けた小熊秀雄賞
の小熊秀雄のように社会派、プロレタリア詩人の系譜に
つながるだろうが、それにとどまらない人間的な幅広さ
を感じさせる。小熊秀雄については詩「冬の薄日の怒り
うどん」で「思えば怒り憎しみを〈陽気な〉詩の力にし
たのは小熊秀雄ただ一人だった」と述べている。

甲田四郎は、ユーモアを醸し出す日常語で記す描写力
に定評があるが、一方でしたたかな意志と生き生きした
リズムが詩を成り立たせている。詩は散文的な日常を題
材としても、背後に日常を超えた光源を持っている。混
沌とした暮らしをどう見て、どう表すかに作者の視角が
浮き上がる。甲田四郎の詩も、視座を庶民の位置に置き、
ありふれた生活を元にしているものの、背後に批評性、
抗いを強く抱いている。それがなくては、大企業の進出
に抵抗したり、「戦争と平和を考える詩の会」の同人誌
「いのちの籠」を多忙の中で苦労しながら編集発行し続
けたりすることはできない。

二〇一六年七月現在、戦後七一年経って、平和憲法が
改悪されようとしている。日本の民主主義はどれだけ生
活の中に、男女の間に、庶民の内面に根づいたかが問わ
れている。鎗田清太郎は、前の現代詩文庫『甲田四郎詩
集』の解説で能狂言に通じると分析したが、私は落語を
連想した。落語は江戸期の風刺とユーモアと人情噺がメ
インで、庶民が芸能の前面に出て来たことは民主主義が
欧米の移入ばかりではなく、すでに胎動が起っていたこ
とを知らせてくれる。「ベトナムに平和を!市民連合」で
活躍した作家の小田実は、「人間みなチョボチョボや」が
思想の芯だったが、甲田四郎も似た平等の感性だ。

小野十三郎賞を受けた『陣場金次郎洋品店の夏』の表
題詩には、個性がよく現れていると思う。「陣場金次郎
洋品店」は零細自営業者であった。ほとんどの零細自営
業者は大手チェーンスーパーに潰され、コンビニに消費
者を奪われ没落していく。それは中流階級がなくなり、
大資本と非正規雇用の超格差社会が到来するのと並行し
ている。二宮金次郎という勤勉と勤労の象徴がもはや通
用しない金融資本主義の到来を明示しているのだ。
甲田四郎の反権力性が非常に説得力を持つのは、自ら
が実際に零細自営業者として日々暮らしを脅かされ、そ
れに立ち向かっていく気概を実践し、詩の土台にして書
いているからだ。上から目線ではなく同じ高さの目線で
社会的弱者を見ている。

表現では、的確な描写と熱い叫びのリズムが共存して
いる。「金次郎二世店主が奥の商品の陰から/顔を半分
出してこちらを見ていた、/試合中のプロ野球の監督の
ようだが/部下も客もいなくてかれ一人である、/親子
二代六十五年のあいだやっていた店である、」と野球監
督にたとえるユーモアを交えながら人物を丁寧に描写し
ている。行動、様子、経歴の特色ある場面を切り取って
印象深いものにしている。
「陣場金次郎洋品店のネズミ色のシャッターが降りた/
そこに閉店ご挨拶のビラが貼ってなかった/ご挨拶とい
うものは客に向かってするものだ、/その客がいなかっ
た、どこにもだ/私の店はまだ閉めないまいにち天気を
心配する、/今日は晴自分の頭の上だけ晴、/すると日
差しにパラパラ雨が落ちてきた/狐の嫁入りだ」厳しい
現実を直視して率直に即物的に表現している。事柄の本
質を無駄なく乾いた筆致で切り取る技は秀でている。
一方、「バンザイバンザイバンザイと赤い短冊が」「赤
い短冊の文句を我慢我慢我慢と変えて」など、甲田四郎
のリズムは詩において大事な働きをしており、繰り返し
や重ねが主だが、それは共感であるとともに批評になっ
ている。(後略)

新・現代詩文庫『甲田四郎詩集』(土曜美術社出版販売)
1400円+税







「びーぐる」33号黒田喜夫特集

「びーぐる」(高階杞一、細見和之、山田兼士、四元康祐編集)33号で
「黒田喜夫の世界性を問いなおす」という特集が組まれ、私もアンケート
を寄稿しました。黒田喜夫は戦後詩人の中でも重要な存在だったのに、
急速に忘れられて行きました。それは、彼が1984年のバブル景気が
来る時に58歳の若さで亡くなったことも一因でしょう。晩年まで
カンボジアのポルポト政権の虐殺について考え、社会主義に望みを託しな
がらも左翼の悪の面も抉り出し、共産党に除名された特異な立場は困難な
道を歩まずにはいられませんでした。
黒田喜夫は右(農村出身者。保守的)としての自分も撃ち、
左(革命主体だが独裁的)としての自分も撃つという二重の否定をし、しかも、
身体性として右を捨てきれず、理念として左を捨てきれないという負けがあ
らかじめ決まっている闘いを孤独にするのですから、バブルで湧き立つ世の
中がそんなめんどくさいことを尊重するわけがありません。吉本隆明のよう
に自己否定より自己肯定にさっさと乗り換えたほうが利口でしょう。
バブルが崩壊し、中流大衆が消失し、全世界が数十人の領主と数十億人の奴隷
になりつつある今読み返されています。

今回の特集は、細見和之さんの黒田再評価の意向が大きいと思いますが、
新井高子さん、河津聖恵さんら若い世代、この特集には参加していないが、
山下洪文さんなども詩論で取り上げ、現在の世界の危機と飢餓を鋭敏に
感じている詩人たちが読み直していると思います。
細見和之さんは「黒田喜夫のアクチュアリティ」と題し、代表作「ハンガ
リアの笑い」と「毒虫飼育」が1950年代後半にすでに書かれていた先
見性に注目し、「ハンガリアの笑い」でスターリニズムを批判したにもか
かわらず、革命の夢を捨てなかった黒田に対し、「結局のところスターリ
ニズム的なものを残してしまったという批評がいまでは一種の定型になっ
ているかのようだ。しかし、そんな小器用な批判で黒田喜夫の五〇年代の
詩的な認識をはたして超えたことになるのだろうか?」と問いかけます。
新井高子さんは、黒田の表現として「変幻」に着目し、「ファンタジーでは
毛頭なく、時の支配権力、社会構造によって餓死、犠牲死した者たちのな
れの果ての姿」であり、それを人間に還そうとしたと考えています。
河津聖恵さんは、すべてが解体されていく現在にあって「「欠除」と「根源」
がスパークする痛覚の閃光に共振し、ふたたびこの詩人を読むならば、私
たちは世界の解体に裂け目を作り、解体を解体する「武器」をたしかに手に
するに違いない」と世界性を持つ詩人として読解しています。

以下は私のアンケート寄稿文
黒田喜夫の自己と他者        佐川亜紀

黒田喜夫に対する親近感は、私の父が山形県生まれの
次男で耕す田畑の分け前がなく東京に出て来たという共
通性から始まっている。幻の土地を求めて帝国主義的侵
略をし、難民となり、棄民される。都会で高度経済成長
のときは、中流大衆という幻想のもろい盛土の借地に住
んでいた。「七十年生きて失くした一反歩の桑畑にまだ
憑かれてるこれは何だ/白髪に包まれた小さな頭蓋のな
かに開かれている土地は本当に幻か」(「毒虫飼育」)都
市の毒虫を悪い糸をつなげ張り巡らすように懐深く飼う。
黒田喜夫は土地私有に焦がれる貧相な小作人のいじまし
さを身に染みて知っている。それは日本人の素の顔で、
自らを傷めつける毒に酔う表情だ。だからこそ共有への
切望も捨てなかったのだ。私は<だからこそ>と書いた
が、ここに「戦後詩」の論争点があろう。「私有」に憑
かれるのが「生活」だから、「共有」など絵空事で崩壊し
たというのが主流である。しかし、ごく一部の「私有」
にますます利するシステムで、「共有」を考えなければ
大衆の生存権すらない。私有と共有、自己と他者の相剋
と矛盾のなかに黒田喜夫の詩がある。梁石日との対話で
「他者との存立と共同的に人間の平和を保持していくの
が自然なのか」(『アジア的身体』)と問い、黒田の詩には
自己の欲望と他者性の葛藤、原郷への愛憎があり、それ
が詩の動的エネルギーや創造的グロテスクとなっている。
高良勉は、沖縄の宮古歌謡の感性の力で天皇制的ヤマ
ト感性を撃つ黒田の提起に賛同している。(『言振り』)
世界的に国家や王室回帰の風潮のなか、「原点破壊」の
鬼っ児を産む勇気を取り戻したい。鬼っ児が生きられる
場所はますます困難になっているとしても。「子供の乞
食ではなく子供が乞食した」(「遠くの夏」)
さらに、私が検討したいのは吉本隆明が黒田に向けた
『追悼私記』に表されたようなスターリニスト擁護とす
る断罪と「倫理が痩せ細らせた」という評言だ。飢餓と
貧困が世界にはびこる中で黒田喜夫を再読したい。



『岡野幸江著 平林たい子』

書評 岡野幸江著『平林たい子 
―交錯する性(ジェンダー)・階級(クラス)・民族(レイス)』
現代を抉る平林たい子の複眼を再発見した注目の研究書  佐川亜紀


平林たい子は、一九二七年に発表した小説「施療室にて」でプロレタリア作家として認
められ、以後も非凡な力量を示した作品を多く書いたが、宮本百合子や佐多稲子とくらべ
先鋭な左翼女性作家としての印象は薄かった。
自伝的作品が有名で、戦後に保守的色彩を濃くしたことが、
積極的な評価をにぶらせたの かもしれない。

しかし、岡野幸江は、平林たい子の知られざる作品まで丁寧に深く読み込むことにより、
性、階級、民族の三つの面を意識化し、複雑に交錯する実態を見透し、優れた小説に仕上
げた作家として本書で再評価している。

プロレタリア文学では、階級問題が中心になった。それだけでも画期的ではあるが、し
ばしば観念的な理論のままで、すべてが階級構造に還元されがちで、男女間では因習的関
係を繰り返し、他民族への支配・差別について鈍感だった。
平林たい子は、青春期のアナーキスト時代に旧道徳に抵抗して奔放な性愛に生きた。本
書の「T <性>規範への挑戦」では左翼文学理論に対する平林の挑戦的作品として「プロ
レタリヤの星―悲しき愛情」などを取り上げ、ハウスキーパー問題にも果敢に取り組んだ功
績を明らかにしている。

また、製糸業の盛んな信州に生まれ、製糸所の倒産で没落した家庭に育ったことから階
級や資本主義経済への鋭い知性を培った。「U 照射される<階級>概念」では、「夜風」
や「植林主義」で資本や政府に圧迫される農村の人々を、「蛹と一緒に」などは悲惨な労
働環境で働く女性労働者たちを描いた平林の社会認識力の高さを詳らかにしている。

特に注目したのは、「V 帝国を撃つ<民族>の視点」における作品発掘と読解だ。平
林の「国家と民族の枠組みを相対化する思考」を具体的に挙げている。「一 植民地朝鮮へ
の眼差し」では、関東大震災後の朝鮮人や社会主義者虐殺を細やかに描いた作品「森の中」
を再発見している。平林が朝鮮にわたったのは一九二三年で、一九年の三・一独立運動後
に民族弾圧が強化された時だった。「ある朝鮮人」では「朝鮮人と日本人という対立と同時
に、金のない者と金のある者という階級的視点、そして男よりなお貧しい女子どもという
ジェンダー的な視点をももち込み、宗主国の人間による植民地蔑視、そして植民地内部の
階級対立、しかもそれが男と子連れの女であるという幾重もの対立や差別の構造が伏在す
ることを浮き彫りにしていくのである」と評価し、内部対立や差別の重層性まで凝視して
いるのは平林たい子の特長と価値づけている所に同感した。

さらに、平林は一九二四年に満州・大連に渡航している。「二 満洲という最前線」では、
作品「敷設列車」の先見性を、満洲鉄道の侵略的意図と中国民族抑圧策、技術革新と能率
主義など政治・経済的な事情を綿密に調べて実証している。満鉄という支配装置が形成する
日本人の内面的権力も照射しているという指摘も卓見だ。「三 中国人強制連行の闇」では、
「盲中国兵」は天皇制存続論議と強制連行の記憶、無関心な大衆を鮮やかに形象化した問題
作で、発表日付から日本の加害責任とともに言論統制をしたアメリカの加害責任まで作品に
込められているという洞察を導き出し、目を見張った。

今の時代をも抉る重要な三つの視点をあわせもつ読み返すべき作家であることを知らし
める説得力に富んだ研究書だ。

(「週刊読書人」2016年8月26日号掲載)








『在日総合誌 抗路』2号

第2号の特集は、<「在日」の多様性>です。この題名には、
「在日」の二世以降が日本社会の抑圧の中でも多様な生き方になってきたという面と、
「在日」の存在が日本社会に多様性をもたらすという意味を感じます。
イギリスがEUから離脱することが決まり、世界が一国主義に傾いています。
移民難民問題を目先の経済や不安から見て、長い歴史や入り組んだ原因をよく
考えなくなって、どこもかしこも自分こそ<ファースト>と唱えています。
余裕がなくなっているからこそ、他者を排除していくのです。

趙博さんの<在日の「文化的多様性」とは>で、特集の意味は「在日する我々の
今日における文化的多様性を示唆している。在日(の)文化は「韓国」「朝鮮」の
枠に収まらない、かつ「日本」にも収容されない多様性(diversity)を有すると
言いたいのだ」。しかも、ユニークなのは、「在日文化」に拘泥するのは「陳腐で
滑稽なものを対置することによって高尚なモデルを転覆させ」たいという企みだと
いう点です。敗戦後、北朝鮮出身の力道山がアメリカ人レスラーを倒す姿に熱狂し、
自尊心を回復した仕掛けは、日本社会の欺瞞とフェイクさをあぶりだしています。
今も、国家は「正統で高尚なモデル」ですが、実は、多民族のフェイクとギミックに
よってこそ成り立っているのです。この視点はおもしろく、大切と思います。

「在日青年座談会」にも注目しました。安保関連法にも
「憲法まもれ」「国民なめんな」と積極的に発信しています。
本質は戦争法案、侵略法案なので、植民地支配のかつての
道と同じと危機感を抱くのです。しかし、日本社会の若い世代は
そこまで行かない。むしろ、なんで今苦しいのに戦後補償なのか
という気持ちになる。今まで解決しなかった日本の上の世代の
責任は大きいです。在日の選挙権の問題も切実に問われています。

ぱくきょんみさんの詩「アンニョン」<ぷっちょんさーじゃのり>
ひらがなで表わしたり、擬音語、擬態語を多用した
リズムがあり、やわらかい詩です。

丁章さんの詩「南の領事館へ」<南北両国が、私のように国籍選択を
保留し、無国籍の立場でいる在日同胞にも観光旅行の道を開くことに
なれば、それが南北分断の国家的論理を超えた、私たち全同胞の
民族的悲願である祖国統一への道を開く一歩となるのではない
でしょうか>。日本の植民地支配によってもたらされた「朝鮮」籍と
いう「無国籍」を祖国統一への一歩と積極的に考えています。

鄭仁さんの詩を久し振りに読めるのも見所です。
「まるいベンチ 小さなせかい」
<北側がぼくの指定席><飢餓は 遠い>
自分の位置を確かめ、冷静に物で描写しています。

高柳俊男さんの「自分がそこにいる歴史を綴る使命と責任」は
尹健次著『「在日」の精神史』についての丁寧な書評です。
精神史論としてだけではなく<歴史の渦中にいた自らの足跡を
振り返りながら>、タブーとなってきたことまでさらし踏み込んで
書かれた尹氏の使命と責任感の強さに打たれます。

黒古一夫さんの「<在日>文学の現在とその行方」は、
磯貝治良さんの論「変容と継承ー<在日>文学の七十年」に
ふれ、作家・詩人における「変容と継承」を詳しく見ています。
ルーツと朝鮮語へのこだわりを「継承」とするとき、
新世代、とくに若い作家はさまざまな「変容」をしています。
それをどう考えるかは、文学の根本にかかわる問いです。

鼎談 「人は国より大きい 国は人より小さい」朴慶南・井筒和幸・佐高信
「北朝鮮に帰った人々の匿されし生と死」石丸次郎
「大阪・補助金裁判の現状と課題」丹羽雅雄 
崔真碩さんの、大学教員として慰安婦問題映画を上映し、
産経新聞で批判され、、ヘイトスピーチにさらされた体験を
書いた「私はあなたにこの言葉を伝えたい」にも心打たれます。
ヘイトにさらされても<魂を失わないこと。私自身が殺られないこと>、
<サラム ひと>共に日本の滅亡を生き抜く言葉に教えられます。
などなど
現在のテーマに鋭く迫り、ユニークな生き方に痛快さも感じる号です。

(発売・クレイン 本体1500円+税)







中村純編著『憲法と京都』


中村純さんは、東日本大震災の原発事故後に3歳のお子さんと京都に避難しました。
原発事故中に幼児を育てる不安ばかりではなく、2013年秘密保護法、2014年
集団的自衛権、2015年安保法制と次々に強行可決され、憲法が空洞化し、脅かさ
れる事態になりました。京都府は「ポケット憲法」を配布した民主的な土地柄で、
そこで生活するユニークな姿勢と言葉を持つ人々と対話した本書は、
生きた憲法を知るうえで多くの新鮮な視座と深い示唆を与えてくれます。
詩人であり、クオーターであり、韓国詩人とも交流している中村さんならではの
質問、応答も見られます。

「第一章 女性たちは世界を変える」
安保関連法に反対するママの会発起人の西郷南海子さんは、
国境を超えて「だれの子どももころさせない」という意志を
「無名」のママが自分の言葉で語ることを目指しています。
米軍Xバンドレーダー基地反対京都連絡会の水谷麻里子キャロライン
さんは、兄弟3人とも別々の国で育ちました。複数のルーツを持つ人は、
ルーツ同士が戦争をしたら死活問題で、戦争のない国でこそ
安心して子育てができるそうです。

「第二章 学問と平和と表現の自由のために」
<自由と平和のための京大有志の会>の藤原辰史さんは、
「自衛隊員の生命を危険にさらして生命を軽視することと、
労働力を安く買い叩くことは同一線上にあります」と指摘します。
歌人の永田和宏さんの短歌<権力にはきつと容易く屈するだらう
弱きわれゆえ(原本は旧かな)いま発言す>は自粛が容易く
まかり通ってしまう昨今の中で共感します。
論楽社の虫賀宗博さんは、アメリカとともに作った「戦争経済」
の歪みがますます日本に圧し掛かる状態になっていて、
「本当にみじめでさみしいひとりであることから思考」しよう
と呼びかけています。強い国や美しい国という幻想の言葉に
惑わされず、「本当にみじめでさみしいひとり」と自己認識する
ことは非常に大切と私も思います。

「第三章 市民活動の現場から」
弁護士の金杉美和さんは「私たち一人ひとりが、坂道を転げ
落ちていく日本の立憲主義を食い止め」ようと訴えます。

「第四章 いのちを歌え」
僧侶でシンガーソングライターの鈴木君代さんは
「兵丈無用(ひょうがむよう) 武器も兵隊もいらない」と歌い、
風景の一つ一つを大切に思うことが非戦につながると語ります。
障がい者施設代表の川口真由美さんは戦争と福祉は
コインの裏表で、命が大切にされる世界を歌います。

「第五章 言葉と教育 憲法水脈」
同志社大学寮・寮母の蒔田直子さんは、在日コリアン女性
たちの識字教室「オモニ学校」に関わり<朝鮮半島と日本の
歴史を、生きているオモニたちの深い愛を注がれながら
教わる場>と感じ、<オモニたちの言葉>が人権を守る
憲法の言葉に思えると語ります。

他にも、憲法の内実を豊かにする知恵と感性を蓄積された方々が
登場する今読みたい本です。

(かもがわ出版・1200円+税)






卞宰洙著『朝鮮半島と日本の詩人たち』


多彩な作品を丁寧に解説、画期的な大冊
卞宰洙著『朝鮮半島と日本の詩人たち』(スペース伽耶)書評
     佐川亜紀

日本の詩人や歌人が朝鮮の歴史や風物について書いた作品は一定
の文学者以外はあまり知られていない。石川啄木の「韓国併合」を
批判した短歌さえ普及版作品集に収められていないのは、日本と朝
鮮の歴史を隠し、過酷な体験を認めようとしない近年の政治的動き
と通じるものがあるだろう。

そんな中、卞宰洙著『朝鮮半島と日本の詩人たち』は、九〇人の
日本の詩歌人の朝鮮にまつわる作品を挙げ、解説し、作者の経歴と
参考文献を添え、朝鮮学校の日本語教科書への採用作品まで付記し
た画期的な大冊で、文学史的資料としても充実している。
特に興味深いのは、社会派だけではなく抒情詩人・歌人の朝鮮を
テーマにした作品を発掘し、多彩で幅広い視野になっている所だ。

萩原朔太郎は、代表的近代詩人として有名だが、関東大震災翌年に
「朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視(み)
る、何の惨虐(ざんぎゃく)ぞ」という詩「近日所感」を発表した行為は注目すべき
だ。卞宰洙氏が指摘するように「朝鮮人」という言葉自体が当時とし
ては差別と蔑視の意識が少ないことを示し、「われ怒りて視(み)る、何の
惨虐(ざんぎゃく)ぞ」という憤りと自責の念を表した詩句は極めてまれである。
「この三行詩は日本文学における極めて貴重な文学遺産だと言って
も、過言ではない」と解説された通りで、「単行本詩集のどれにも収
録されていない」欠落はよく考えなければならない。
植民地支配のただなかで、本質や実態を見抜くには日本の文学者
の認識が不足し、与謝野鉄幹のように歌で伊藤博文の悪に触れつつ
も、侵略政策に積極的に加担していった経緯も今また省みたい。

全体的に見ると、収録された詩人は次のように分けられるだろう。
1 小熊秀雄や壺井繁治や槇村浩など社会派。木島始や関根弘など
戦後の詩誌「列島」に参加した人。2 中原中也・新川和江など抒
情詩人として高名な人。3 郡山弘史などほとんど無名の作者の特
記すべき作品。4 河津聖恵やなべくらますみ等、活動や翻訳もし
て積極的に交流してきた詩人たちなど、よく目配りされている。

本書は様々なテーマ別にまとめられていて分かりやすい。「第一 
章 プロレタリア詩」中野重治、新井徹など。「第二章 自然・歴
史・文化・風俗」草野心平、高良留美子、吉野弘など。「第三章 
植民地下の受難」石川逸子の従軍慰安婦への鎮魂歌など。「第四章
在日朝鮮人・朝日親善」辻井喬、中野鈴子、森崎和江、荒川洋治な
ど。「第五章 朝鮮戦争」小野十三郎、井上光晴、浜田知章など。
「第六章 韓国民主化闘争・韓国訪問・南北統一」大岡信、茨木の
り子など。「第七章 抗日抵抗志向」丸山薫、長谷川龍生など。「第
八章 朝鮮民主主義人民共和国」近藤芳美、村松武司、真壁仁など、
各自個性的な作品で朝鮮に寄せる思いを表している。

元々は「朝鮮新報」に連載した一四一人を取り上げたエッセイ「
朝鮮と日本の詩人」からの抜粋だが、一四一人でも作品数は多いと
は言えないだろう。日本近代詩が欧米詩の学習と模倣から始まり、
帝国主義的支配も欧米の模倣の面があり、アジア蔑視は日本近現代
の自己矛盾として現在も歪みを生じている。

また、解説では、作品の技法について詳しく分析しているのも新
鮮である。リズム、対比的比喩、リフレーンなど細部の工夫にも丁
寧に言及している。「若い読者には、詩の読み方について、多少と
も示唆するところがあるものと、ひそかに自負するものである」と
「あとがき」に書かれたように若い人にもぜひ読んでもらいたいし、
得ることが豊富な労作である。

(「朝鮮新報」2016年4月27日掲載)
(スペース伽耶発行 星雲社発売 3000円+税)




『沖縄詩人アンソロジー 潮境』
心打つ根源からの洞察

佐川亜紀

現代詩から批判性が失われている今、沖縄の詩人たちの根源から
洞 察する言葉に心打たれる。

 「沖縄詩人アンソロジー 潮境」が五五人の参加で二月一五日に発
刊された。先達詩人から若い書き手までそろった詩選集は沖縄の詩の
現在を映し、方法やテーマが多様化したこともあらためて印象付けた。

 沖縄戦や基地問題など歴史社会を表す個性が光る。高良勉「ガマ
(洞窟)」、網谷厚子「魂魄風(まぶいかじ)」、うえじょう晶「記憶の
切り岸」、久貝清次「明日へ」、芝憲子「大浦湾」。かわかみまさと
〈「くに」は苦根〉は至言。

 また、「慰安婦」問題や東北福島にも視野が及んでいる。川満信一
「慰安婦」、うらいちら「家族写真」、西銘郁和「遠野物語に描かれ
た幽霊の記録」。

 島言葉の美しさ、豊かさ、秘められた過酷さも際立つ。伊良波盛男
「夜の口(ユイヌフツ)」、上原紀善「ゴホウラ貝」、田中眞人「たはべ
ゆん」、中里友豪「キッチャキ4」、星雅彦「混迷の耳」、ムイ・フユキ
「遥拝(ちむとーし)の丘」など。新城兵一「言葉の受難」の〈狂暴な
鬼〉が現代詩に必要だ。

 内面を風景やイメージで濃密に描いた作品も優れている。佐々木薫
「十月、運河」、下地ヒロユキ「寺向こう」、仲本瑩「ガーブ川・水譜」。
与那覇幹夫「ブラックホール」は青空の下の獄房が鮮烈だ。
 市原千佳子「ひとりの千年」、仲村渠芳江「胃カメラ妄想録」は身体
性とエロスに引かれる。

八重洋一郎の「詩表現自戒十戒」は詩人の矜持と責任感を学んだ。

 若い世代になると歴史より人間関係として普遍化し、感性も繊細だ。
トーマ・ヒロコ「やんわり断る」、キュウリユキコ「哀悼」、伊波泰志
「デラシネさん」、西原裕美「色がつく」、松永朋哉「風はとどまる」、
宮城信大朗「言葉を編むひとびと」。宮城隆尋「協定(2)」は日本社
会を寓話化した秀作だ。
 本土に迫る詩の大波、世界への詩の潮先として一層期待したい。

(「沖縄タイムス」2016年4月2日掲載)






『尾花仙朔詩集 晩鐘』

罪なき人々を犠牲にして


アラブの春が嵐になり
イスラーム!イスラーム!イスラーム!
おお 神への帰依を意味するその国々で
貧困と差別と抑圧の桎梏に民族・宗派の相剋が錯綜する
血の自由の戦いが限りなく連鎖する最中(さなか)
神の子が十字架を背負ってあるいたかの聖地で
迫害に抗(あらが)う自爆のテロルがあり
亦その報復で罪なき人々が災禍に遭った
読誦(コーラン)と旧約(トーラー)の神の大義を誤った この
干戈の絶えない星に住み
≪むなしい≫と呟けば
≪むなしい≫と心の虚(うろ)に谺する
生きて在ることの拠(よりどころ)なきこの夕べ
静寂のなかに佇めば
わが周りに悍(おぞま)しい気配にわかに立ち籠めて
口の裂けた鬼面の群れや悪霊あまた跳梁し
火の玉がおどろしく飛び交って
わが身を脅し嘲り取り囲む
ああ このいまわしい光景は
戦国の世も今の世も変わらぬ相(さが)よと瞑目し
五うん*皆空 非有非空とひたすら誦ずれば
悍しい鬼面の群れや火の玉が雲散霧消し
いつしか闇に掻き消えて
寂寞としたこの夕べ
罪なき人々を犠牲にして
水惑星の一隅に今日も平穏に生き長らえ
なす術もなく生き長らえ
おまえは何をしているのか?
おまえに何かできるのか?
と世界の闇に耳開き
心の虚に言問えば
罪人の罪ひとつ噛むに似た ほろ苦い
心の悔いを夕べのそらに映すよう
宙に吊られたほおづきいろ(原詩は漢字)の月がでる

*うん・・・草かんむり+糸へん+温のつくりに似た字


2016年の現代詩人賞に決まった尾花仙朔さんの詩集『晩鐘』。
「詩人とは/言葉の在り処をひたすら探し求めてゆく/
孤独な漕役囚なのかもしれない」という詩句にも表現されて
いるように現代世界の苦難と絶望をみつめながら、
孤独の中で詩を探しています。
20ページに及ぶ長詩「百鬼夜行の世界の闇に冥府の雨が
降っている―国家論詩説鈔録」は圧巻の作品。
パレスチナ、イスラエル、中国、中東、ヨーロッパと
非常に幅広く、現代歴史と向き合いながら、
「国家とは何か」を問いかけています。
個人の内部の感性や感覚をもっぱらとする今の現代詩に
あって、歴史政治を正面からテーマとすることは
稀少なことです。
ただ叙事詩として表すだけではなく、
「おまえは何をしているのか?」
「おまえに何かできるのか?」と
自問し続けることは、その無力さの自覚とともに
詩の核心となるのです。

(思潮社・2800円+税)





沖縄ゼミナールから

2016年2月20日(土)那覇市で「日本現代詩人会 西日本ゼミナール
in沖縄」が開催され、私も参加しました。約160名が集まり熱気ある会でした。
講演と朗読は日本・本土の現状に対する批判性に富み、時代に対峙していました。

平敷武蕉氏の講演「時代と向き合う文学」では、現在はどのような時代かと問い、
ファシズムが完成しようとしていて、階級矛盾の激化に対し、労働・学生運動が解体され、
危機的状況になっている、と述べました。沖縄では大城立裕氏が「普天間よ」を書き、
県民大会の呼びかけ人となり、目取真俊や又吉栄喜などの小説家も基地反対運動に積極的
にかかわっている。しかし、自粛=表現規制の動きは沖縄でも生じているそうだ。
「もっと怖いのは弾圧を恐れて弾圧があるわけでもないのに、表現者が自己規制し、萎縮し、
果ては権力に媚びる作品を発表するに至ることである。
戦前、日本の文学者は(ほぼ)全員、戦争に協力する作品を書いた。
その禍根を忘れるべきではない。」と警鐘を鳴らされました。
与勝高校3年の知念捷さんが2015年沖縄全戦没者追悼式で読んだ自作品
「みるく世(ゆ)がやゆら」は現代詩の新たな可能性を提示した。タイトルの意味は
「今はほんとに穏やかで平和な世の中と言えるでしょか」と問いかけていて、
ウチナーグチ(沖縄口)を用いていると評価しました。

八重洋一郎氏の講演「詩の方法と詩の未来」では、
現代はかつてない武器、核兵器に囲まれ、人類滅亡の危機が
常に具体的に感じられるようになっている。
このような事態に詩はいかに対応するか。
A、歴史、自然へのやわらかい感受性、他者への想像力、
B,対象の構造解析力と自己省察力。
C,感受性や解析によって促される意志の形成とその実践力。
が求められ、
「それを書くことによって自己に責任が生ずるような詩を書くこと」
「我々の眼前に出来する様々な問題に己れの全感覚、
全言語能力を挙げて詩を書き、その問題の多様さと深刻さによって
明晰な発狂状態にまで至ること」と語りました。
八重氏の詩「人々」には、
「光緒二年(明治九年・西暦一八七六年)さよう
日国 明治政府が軍隊何百人かを派遣して琉球国を
劫奪しようとしていた」とき、書かれた
「只いま島の役人が 君民日毒に遭い困窮の様を目撃」の
<日毒>の歴史的重さに言及し、会場からも反響がありました。
日本帝国主義の毒、軍事的制圧と支配政策の暴力性を
如実に表現した言葉です。琉球処分後の韓国併合も<日毒>に
遭った歴史です。

詩の朗読は、高良勉氏「老樹騒乱」、
トーマ・ヒロコ氏「パスタを巻く」「わたしたちの10年」
伊良波盛男氏「何もない島の話」
中里友豪氏「カラス」が読まれました。

エイサー(沖縄高専エイサー同好会)
おもろ詠唱 おもろ謡きゅる保存会
古典音楽独唱 沖縄県立芸大音楽学部
古典女踊り 高嶺久枝
雑踊り 高嶺美和子 伊波瑠依 仲宗根杏樹
などの鑑賞も意義深く行なわれました。





アジアの他者を創造的に理解するために

「往復書簡 2014.2.3 〜2.19 金時鐘 北川透 細見和之」
から戦後詩批評を考える

逆転のダイナミズム

二〇一四年は詩人たちの国際交流において心揺さぶられる
ことが多かった。一〇月一一日は日本詩人クラブ主催で「国
際交流カリブ2014―エドワード・ボゥ博士を迎えて 文
化の復興力―その逆転のダイナミズム」と題し、クレオール
文化やレゲエ音楽で知られるカリブ海諸国の詩について講演
と朗読、演奏によりじかに触れることができた貴重な体験だ
った。フランス、イギリスの過酷な支配の歴史に対し逆転し
て噴出する詩の飛沫に打たれたのだった。何よりもクレオー
ル文化として詩と音楽が発信されたことにあらためて驚異を
覚えたのだった。福島の詩人、斎藤貢氏の被災被曝後の生活
と創作を試練として乗り越えようとする話も胸に迫った。
また、九月二〇日には韓国から高炯烈氏を招いて講演を受
けた。「詩評」というアジアの各国の詩を掲載した詩誌を一
三年間に渡って続け、講演の中でも日本の中国文学者・竹内
好の研究を日韓中の三カ国共同で行うことの意義を述べた。
この時、通訳で一緒に来日された詩人の権宅明氏は、私も翻
訳の指導を長く頂いている方だが、父親が日本兵として戦争
に遣られ、米軍の捕虜になって解放後も帰還が遅れたと初め
て明かされた。それで韓国外換銀行の東京支店に勤めること
になった際も気がすすまなかったそうだ。長年、日韓現代詩
交流に献身的に尽力し、超多忙な仕事の傍ら日韓詩の翻訳や
監修をいつも快く引き受けて下さる姿からは思いやること
のできなかった私の不明に愕然とした。大変な衝撃だった。
日本の責任であるのに日本人が知らないで来た朝鮮半島の
歴史の襞の深みを思った。

理解と批評

アジアの他者をよく知ろうともせず理解もしない思考は戦
後詩批評においても見られることだ。
「現代詩手帖」二〇一四年一一月号に「往復書簡 金時鐘
 北川透 細見和之」が掲載されている。細見和之氏の著書
『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』(岩波書店)が第三
回鮎川信夫賞の評論部門の最終候補に挙がり(受賞は別の本
)、賞贈呈式で北川透氏が述べた選考経過報告をめぐって交
わされた往復書簡だが、批評として重大な問題を孕んでいる
と思う。私は、細見氏の本は、斬新な比較検討を行い、細部の
読み取りまで歴史背景を踏まえ丁寧な解釈が行き届いた画期的
な著書だと感じた。
私は、細見和之氏の北川透氏への二回目の質問文「私の金
時鐘論の余白に」の中の「冷戦的思考という枠を超えて」を
文芸研究誌「論調」《金時鐘特集》第六号(二〇一四年一月
二〇日発行)で読んでいた。けれど、細見氏と浅見洋子氏ら
が携わったこの特集の充実した誌面に感嘆したものの、細
見氏の北川氏へ向けて書いた質問に対しての反応は鈍かった。
北川透氏の主張、少しでも北朝鮮や社会主義を擁護した者に
対して排除的に批判するのはよくあったことなので殊更驚か
なかった。私は往復書簡論争の根元には戦後批評の問題が
よこたわっていると考え、今回のことに局限して述べてい
るわけではない。加藤典洋氏の『敗戦後論』の言葉〈わた
しの理解をいえば、他者が先か、自己が先か、という問いが
日本で生きられたのは、この「政治と文学」という問題枠組
みにおいてにほかならない〉を思い出した。細見和之氏は、
こうした冷戦的な二項対立を超えて新しい領域を切り開こう
とし、金時鐘氏の詩業にはその力があると著作で展開してい
るわけだが、北川透氏のあまりの無理解に愕然としたようだ。
分断され緊張関係が続く朝鮮半島と在日の中で、さらにい
ろいろな面で在日を追い詰める日本において、金時鐘氏につ
いての誤った規定が流布されるのは非常に危険であり、金時
鐘氏の文学存在を毀損することになる。日本と朝鮮半島にお
ける詩人、言論人として大きな業績を評価され、未来に向け
さまざまな提言と働きをなしてきた意義は今後もっと創造的
に研究されるべきであって、不当な断定により貶められるべ
きではない。いかなる詩であろうとも批評は存在するが、詩
人を論じる時、前提に、詩人に対する十分な理解が必要であ
り、その認識がなければ本質を誤解させるような断定的な文
言を控えるのが当然だろう。
問題になっている第三回鮎川信夫賞の贈呈式での選考経過
報告では、北川透氏は金時鐘氏を評価している箇所もあるの
で、当該部分を引用しよう。(「現代詩手帖」二〇一二年八月号)

詩論集のほうに入ります。まず細見和之さんの『ディアス
ポラを生きる詩人 金時鐘』(岩波書店)。これを支持する
選考委員がいなかった。これはなぜなのか。ぼくはこの本
を手にとったとき、今回はこの詩論集が受賞するかな、と
思ったんです。金時鐘という一人の在日朝鮮人の存在。日
本の戦後詩を考えるときに、在日朝鮮人の詩が占める位置、
韓国語という自国語と日本語という外国語のあり方が、在
日の詩人のなかで逆転しているという、言語の暴力性のよ
うなもの、これをどう評価してとらえていくのか、そうい
う問題を孕んでいます。ただ、これはそう簡単ではないで
すね。金時鐘さんはついこの前まで、北朝鮮を評価してい
ました。ここで細見さんが取り上げている『新潟』という
詩集は、社会主義リアリズムの典型を書いた、と本人が言
っている詩集です。金時鐘さんは、詩人ですけれど、同時
に影響力の大きい詩人ですね。その場合の思想の責任。こ
れは北朝鮮で抑圧されている人びとに対する責任、という
問題まで含むわけです。一人の在日の、非常に困難な思想
の歩みを強いられた詩人が、そこで過ちを犯す、矛盾した
ことを書く、十分に説得力のない発言をするということは、
ある意味で当然のことです。その当然のことを在日の詩人
の困難として直視することが大事なのではないか、むしろ、
マイナスを汲み上げるところに、問題性の大きさがある。
ところが、残念ながら、細見さんは金時鐘という詩人をあ
まりに美化しすぎて、批判的な問題を突きだすような書き
方がなされていない。それではかえって問題の切実さが見
失われてしまうんじゃないか、ということでした。

これに対して金時鐘氏が発した最初の書簡の主要点の一つ
は、北川氏の文言「細見さんが取り上げている『新潟』とい
う詩集は、社会主義リアリズムの典型を書いた、と本人が言
っている詩集です」について、金時鐘氏自身はそのようなこ
とは言っていないと訂正を求めている点だ。「新潟」が「社
会主義リアリズムの典型」ではないことは作品を読めば、現
代詩人なら理解できる。しかも「社会主義リアリズムの典型」
とは何かは、考えるべき問題であるし、むしろ金時鐘氏は典
型を批判的に乗り越えてきたのが本来であるし、細見氏も批
判的超越として読解しているし、例え本人がそう謳っていて
も優れた詩ならば多方面から評価すべきだ。宮沢賢治が手帳
に「法華文学ノ創作」と書いていたからといって法華経の観
点に限定するわけではなく、もっと多彩な解釈がされている。
レッテルで詩を評価することはあってはならないことだ。〈ぼ
くは船腹に呑まれて/日本へ釣り上げられた。/病魔にあえ
ぐ/故郷が/いたたまれずにもどした/嘔吐物の一つとして/
日本の砂に/もぐりこんだ。/ぼくは/この地を知らない。/
しかし/ぼくは/この国にはぐくまれた/みみずだ。〉(「新潟」
部分)細見氏が分析解釈したように「ぼく」が変身し、分身が
登場し、記憶の層が重ねられる高度な実験性に富んだ、まれに
見る密度の濃い長編詩だ。
また、二つ目は「金時鐘さんはついこの前まで、北朝鮮を評
価していました」という文言については、金時鐘氏は「今の
『大韓民国』がつくられる当初の、反共の暴圧を身をもって
知っている私には、朝鮮戦争を経るまでの北朝鮮はまぎれもな
く、絶対正義の国であったことも事実です。それも休戦協定が
成り立つまでのことでして、朴憲永が処刑されてからは金日
成神格化の独裁政治に体を張って、在日朝鮮人として反対し
てきました。ために民族反逆者とまで言われて朝鮮総連から
延々と政治的組織的制裁を受けてきました。私への貴方の規
定まがいの発言は、私の自己存在への侵害であり、私の人格
をも中傷するものです」と抗議した。北川透氏は「金時鐘と
いう一人の在日朝鮮人の存在」の重要性を認識してはいるだ
ろう。が、とても一言で言い表せない内実と軌跡を受け止めて
はいない。文学は苦悩と葛藤の軌跡でもあるから、安易にそう
した生きた過程を切り捨てるべきではない。しかも、朝鮮半島
と在日の人生には日本が密接に関与し続けているのだ。金時鐘
氏があえて「ぼくこそ/まぎれもない/北の直系だ!」(「新
潟」)だと書くのは、北朝鮮の困難、朝鮮半島の苦難を自ら
引き受けるために言っているのだ。この逆説的な表現が分か
らなければ金時鐘文学を理解することはできないだろう。北
川透氏の報告の引用部分後半の「過ちを犯す」「マイナス」
などの文言は北の共和国や社会主義を全面的に徹底的に批判
しなかったということに読める。往復書簡でも北川氏は「金
さんが、なぜ、ふっ切れないかというと、社会主義への幻想
があるからだ、と思います」と述べている。
往復書簡は、社会主義論争が大きなテーマになっている
観がある。金時鐘氏が往復書簡で福祉社会的な社会主義への
支持を語っているが、〈共生への模索〉は人類、生命にとっ
て普遍的な価値である。地球自体が〈共生への模索〉なくし
ては即刻自滅する危機に陥っている。ポストコロニアルや二
〇世紀の帝国主義の侵略を問い直す異議申し立ては世界各地
で現在沸騰している。金時鐘氏の詩業や主張は「古臭い」どこ
ろか、今の焦点に即している。

創造的な批評と交流

細見和之氏の本は、在日文学研究としても優れて新しい領域
を切り開いている。在日文学研究は、おおまかに言って、次の
ような経過をたどって来た。1、民族性・政治性への評価 2、
日本語文学の中の独自的領域としての評価 3、世界的な被植
民地文学としての評価。細見和之の著作は題名の「ディアスポ
ラを生きる」という言葉から分かるように、また文中でツエラ
ンやハイネと比較研究しているように、世界文学の観点から金
時鐘を論じる意識が高い。日本だけではなくアメリカやドイツ
など世界の研究者が在日文学を取り上げている。さらに細見氏
の著作は、浅見洋子氏らの尽力によって復元された作品を論ず
ることによって知見を広げている。
金時鐘氏は「はざまを生きる」として、「日本語の美意識
になじまない日本語」を打ち出し、日本の閉鎖性を打ち破ろ
うとしてきた。それを日本文学が、日本語文学の内側ではな
く、新しい創造文学としてどこまで把握できたか疑わしい。
ところで、私は思いがけず二〇一四年一一月一日に、韓国
の昌原KC国際詩文学賞を頂いた。微々たる力ながら日本と
朝鮮半島の歴史等を考え作品化し、韓国詩を地道に紹介して
きたことが認められ大変うれしかった。本誌「詩と思想」でも
何回か韓国詩を特集させて頂いた。日韓関係が悪化している中
で、あえて日本人に授与した韓国の人々の知性と温かさに感銘
を受けた。その昌原市は合併される前は、馬山市といい、かつ
て日本の企業が押し寄せ労働争議が起ったことで有名な輸出自
由地域だった。さらに辿ると港に近く、日本軍が支配し、日本
人町もあり、皇国臣民化のための神社の鳥居も残っていた。そ
の歴史を踏まえての創造的交流の大切さを考えたのだった。
(「詩と思想」2015年1・2月号)







こたきこなみエッセイ集

『岩肌と人肌のあいだ 詩論・エッセイ集』

こたきこなみさんは、小熊秀雄賞や更科源蔵賞を受賞し、小気味よい風刺が効いた
知性すぐれた社会派詩人として知られています。この度初めて詩論・エッセイをまとめた、
おもしろい題名の本が刊行されました。題名は鎗田清太郎詩集への書評から取られています。
「諾い難い現実と人々との間に存在して、人間性の表現を示すのが詩人というものではある
まいか」「私などの世代、きびしい世界の岩肌が人間の柔肌にこすれてくる不安と恐怖
の越し方だったが、それでもこの間に一枚の柔らかい肌着で包まれていた気がした。」
「現実派、社会派は事柄に忠実でありたいのでそれに引き摺られがちだ。客観的な正しさ、
真理を求めるあまり、個人としての内心の偽らざる実感よりも一般の通念につい敏感に
なる」。つまり、きびしい現実世界の岩肌と、生身の人肌の間にこそ詩が存在するという
詩論で、「肌」の感触で表現したところが独特で、読者によく伝わってきます。
また、「世界はいつも新しい傷で痛んでいるが、私には為す術がない。
そういう自分の 心を鎮めるためのせめてもの精神安定剤が、
いつしか社会、現実、文明批判詩となった。
悪天に向ける紙ヒコーキの頼りなさだが、思い切り滑稽化して笑い捨てるしかない
批判方法である」。日本では批判的ユーモアがなかなか通じない所もあるようですが、
思い切りよく言い切って爽快です。

「慈愛と理知の詩精神―佐川亜紀小論」として韓国詩誌に寄稿して下さった文章も収められ、
恐縮します。私の作品を「1 自らの女性性からの感性による社会意識 2 韓国などアジア
から世界への視点 3 言葉への愛」の観点から読解して頂きました。
詩論では「諷刺という粋な反骨」「飢餓と比喩」、評文では「エスプリとグローバル思想の
人―辻井 喬氏 追悼」、原子修詩集、尾花仙朔詩集、辺見庸詩集、
丸地守詩集、嶋岡晨詩集、吉原幸子論、新川和江詩集など豪華で多彩な対象が並んでいます。
どの文章も切れ味が見事なうえに、対象への愛情と尊敬がこめられていることが引き込まれる
美点です。岩肌で研いだ刀と、人肌で温めた手がともに成した味わい深い本だと思いました。
(土曜美術社出版販売 2300円+税)





河津聖恵著『パルレシア』

副題に「震災以後、詩とは何か」と付けられているように、東日本大震災以後の
日本社会と詩の現状に深いまなざしを注ぎながら、詩の可能性をめぐって熱く
語りかけている本です。
「パルレシア」とは、辺見庸氏のエッセイ「おいしい水」(『水の透視画法』所収)
から取られています。<古代ギリシャにおいて、自由という単語には二通りの表現
があった。まず一つは身体の自由である「エレウテリア」。そしてもう一つは思想・
表現の自由である「パルレシア」。樽の中に住んだ等の奇行で知られる哲学者ディ
オゲネスは、「世の中で最も素晴らしいものは何か」と問われ、「それはパルレシ
アだ」と答えたという。パルレシア、何についてでも率直に真実を語ること。
脅迫をも、迫害をも、殺されることをも恐れず、自由に語ること>。

現在は、政治的にも、社会的にも<率直に真実を語ること>はたいへん困難になって
いるでしょう。外部から抑圧があると同時に、ネットや情報技術の発達により<真実>
が開示されつつ歪曲され、さらに錯綜する事実を話者がどう選択評価するか相対化
せざるをえないからです。著者もその困難を十分受け止めています。

<現実に向き合えばそれは、様々に翳らされていく。透明だと信じる真実も、じつは
汚れた虚像かもしれない。汚れた虚像を糾弾する自分もまた、十分汚れているはずだ。
耳を澄ませばふたたび、自分のものか他人のものか分からない声が聞こえる>

しかし、河津さんは<詩の無力>論議を批判し、
詩の比喩の持つ<突き抜ける非現実的な力>を渇望します。
<今、新しい比喩こそが待たれている。一気に別な現実の輝きに触れることで、
水の濁りを突き抜け、他者との共感の通路を創造しうる比喩が。
その結果、この汚れていくばかりの絶望的な現実が、
別の意味合いを帯びてくるような神話的な、宇宙的な比喩が。>

この<新しい比喩>とは、現代詩で特に詩誌「荒地」で重要な方法だった「暗喩」の
発展とも言えるのではと考えます。もちろん、従来の暗喩を超えた「宇宙的」でもあ
る比喩が想像されています。<比喩>は、詩の根幹的方法ですが、ポストモダンの
多様な混合の方法では、<比喩>のもとになる経験性や意志性は脱色されていたと
思います。特に<暗喩>では、共同体験、人類の普遍的な体験が根底に必要でしょう。
東日本大震災や原発事故、格差社会とテロなど、危機の時代こそ暗喩が求められて
いるのかもしれません。
『尹東柱評伝』(愛沢革訳)、『再訳 朝鮮詩集』(金時鐘訳)などアジアの詩への
関心も広く、旺盛です。
吉本隆明に対する評言「時代に抗うリアリティ」には私は違和感を抱きますが、
停滞しがちな詩の世界にエネルギーを吹き込む一冊でしょう。
(思潮社 2400円+税)






『女たちの在日』
「鳳仙花」22年間の珠玉文集 
呉文子・趙栄順 編

<同人誌「鳳仙花」創刊は1991年の早春でした。(略)文字を持たない一世の
オモニたちのハン(恨)多い人生を、その背中を見て育った娘たちの文章が誌面を
飾り、読者からの熱いエールが寄せられ、どんなに励まされ力を得たことか>と
編者の呉文子さんは振り返っています。1991年から2013年27号まで
発刊した「鳳仙花」の中から選んだ珠玉の40編をまとめたのが本書です。

韓流ブームがさかんだった時期を挟んだせいもあり、また二世、三世もふえ、
国際的な視野も広がる中、生き生きと活動している女性たちの姿が印象的です。
一世オモニの辛い人生について触れた貴重な文章もありますが、次の世代が
積極的に大学で学んだり、障害児教育に携わったり、しっかり各自の生き方で
歩んでいて感心します。子育てをしながら学業や仕事に取り組む様子に
共感します。
留学や民族学習を通して韓国語、民族文化と触れ合うなかで、自己の誇りを
取り戻し、さらに在米韓国人や在ロシア韓国人の歴史を知り地球規模で考え
ています。韓国留学でのとまどいや違和感を率直に表現し、自分が「日本人化」
している面も正直に捉えています。

結婚も日本人との結婚が10組中7組にのぼるなか、「ダブル」1+1=2の
意識が、ナショナリズムの既成観念まで変えるようで積極的に響きます。
しかし、ニューカマーも増加するなかで、単なる国際結婚や「外国人」では
なく「かつて日本臣民とされた朝鮮人」という歴史を忘れたくないという思い
も述べています。
「従軍慰安婦」「韓国女子挺身隊問題」「BC級戦犯だった義父」
「少女の見た済州島四・三事件」「許すまじ原爆を」などの証言は
在日女性が受け取ってきた大変重い歴史です。
けれども、差別や社会的な困難について日本人を一方的に糾弾するのではなく、
実際に生きて来て感じたところから自分の言葉で語っていて胸を打ちます。
編者の趙栄順さんは<人生を振り返り ペンを持つ人/親子 きょうだい
夫婦 友人/大切な人に思いを届けたいと 原稿用紙に向かう人
新しい体験や知識を知って欲しいと キーをたたく人//誰もが愚直なまでに
真剣である/悲しいほどに切実である//世に名をなした人ではない/平凡な
妻であり 母であり 娘である女たちの声/読む人の心に小さな足跡を残す/
時代をあぶり出す/我らが朝鮮半島は 今なお 深い傷を抱えたまま/
朝鮮半島と日本は 近くて遠いまま//だが 私たちはあきらめない/
女の手仕事は根気が要る/からまった糸をほぐすように/わたしたちは言葉を
つむぐ>と詩で書いています。
新鮮な証言と充実した22年間の軌跡が詰まった本です。
(新幹社 1600円+税)




『丁海玉著 法廷通訳人』

<言葉には、それを使う人の人となりや個人史、生き様が反映される。
日本語であれ韓国語であれ、放たれる言葉によってその人の〈生〉が鮮やかに
浮かび上がることがある。もちろん法廷通訳人の仕事も例外ではありえない。
裁判所という公開の場で、自分をさらけだす場に立つ覚悟を試されながら、
私はふたつの言葉のあいだを行き来している。>

法廷通訳人とは、裁判所の法廷で通訳する人です。丁海玉さんは韓国語の
通訳に携わっています。法廷では誤訳が許されず、正確さが一番に求められます。
丁さんは裁判の資料を丁寧に読み込み、被告人や証人らの言葉を一言ももらさず
通訳する作業に取り組んでおられ、心身のさまざまな苦労は想像に余りあります。
たいへん誠実で自分の仕事に厳しい凛とした人柄が伝わってきます。
彼女は詩人でもあり、表現が見事で、それぞれの被告の人生の片鱗や
心理も細やかに描写し、言葉への思いも深くしています。
<語感、という、目には見えない壁がちらつく。/
ざらざらした言葉の手触りは、それを触る人によって変わってくる。
<そこ>の土地で、<そこ>の水と空気を吸って育っていく、
生きている言葉。どんなに立派な辞書をたくさんそろえても、
おさまりきらない言葉たちは辞書から外の世界へぽんぽん飛んでいく。
その先へ、私はたどりつけるのだろうか。>

土木工事現場で創られた韓国語と日本語が混合した言葉、
名前の漢字の読みかたが中国語・韓国語・日本語で異なる
不思議さなど、海を越えながら生活する言葉は興味深く、
人々の来し方も如実に表しています。

また、法廷通訳人になった動機が父が大阪で法廷通訳の先駆者だった
こととともに、韓国に留学していた時代は軍事政権下で学生運動や
スパイ事件により学生が理不尽に逮捕されるさまを身近に感じた
体験にも関係するそうです。

通訳が被告人の人生にも影響を及ぼすのではないか、
法廷通訳人とは何かいう真摯な自省を繰り返しながら
仕事に励む著者に向って
被告人がつぶやいた「カムサハムニダ」(ありがとう)の言葉は
役割の大切さと意義を知らせてくれます。

(「港の人」刊 1800円+税 )




『田原詩集 夢の蛇』

呪術

私は二つの呪術のあいだで成長した
一つは世間の呪術 合法のもので
全国が一斉に靡いた
一つは家の中の呪術 違法なもので
秘密の漏れるのを恐れた

お婆さんは呪術師だった
私が小さい頃 彼女はよくドアを閉めきって神になり
当時の迷信打破の運動に挑戦して
病人の身体に取り付いた悪霊を追い払った

世間の呪術師はまるで俗世間に下った神
彼のバッヂは人民の胸元に付けられ
国を挙げて万歳の掛け声で気合いを入れた

彼の威力は限りがなく
一言でソ連アメリカに追いつき追い越し
手の一振りで山を押しのけ海をひっくり返した
逆らう者は地獄へ突き落とされるか断頭台へ送られた
従順な者は急に偉くなるか法の制裁からすり抜けた

彼に比べたら お婆さんは芥子粒ほどにも小さかった
纏足の小さな足で 簡単な文字も知らず
呪術師だということは親戚近所の者しか知らなかった
世間の呪術は千万単位で数えられる人を殺害した
お婆さんの呪術は数人の病人を治療しただけ


※優れた翻訳者でもある中国詩人・田原さんの3冊目の詩集
『夢の蛇』が刊行されました。漢語はもちろん日本語にもあり、
田原さんの日本語詩はひらがなとのバランスもよく表現されて
いますが、同じ「呪術」でも中国の長い歴史を背景に感じ、
独特の美とリズムを形作っていると思います。
詩「呪術」は批評と皮肉とユーモアに優れていて、対句のような
リズムがしまった印象を与えます。
現状から考えるとかなり思い切った社会批評であり、同時に
近代文明への懐疑にも至っています。
詩「夢の蛇」では、無意識の深い穴の口から這い出て
<私の夢に這ってきた>エロスを蛇で具象化しています。
漢語の端正さとエロスの奔放さが共生しているのも
田原さんの特徴です。
「尋ね人」「フフフ」など、女性の人生を「少なからぬ悲しみ」も
含めて活写した作品も生き生きして魅力的です。
感傷的ではなく、むしろ即物的な描写です。
「浮浪者」は、この言葉を<オーロラのように>きらめかせる作品。
「かならず」「一夜」など畳みかけるように繰り返されるリズムは
秘めている情熱がリフレインや反復で表出されています。

<あとがきに代えて>の「創作と翻訳のはざまに」は、
二つの表現活動の本質をとてもよく捉えていて共感します。
「漢語」について、日中で意味が縮小したり拡大したりして、
ズレが生じていることは、韓国語も同じでしょう。
翻訳に関して厳復が言う「信、達、雅」も心に刻みたい言葉です。

(思潮社・2200円+税)







『在日総合誌 抗路』

「韓国併合」から105年、日本敗戦・朝鮮解放から70年、日韓国交から50年と
いった節目に、さらに日本の排外主義が強まり「戦争ができる国」になろうとする今、
2015年9月1日に在日総合誌『抗路』が創刊されました。

創刊のことばで、<国際化、グローバル化が語られながら、他方で今までにない孤立と
閉塞を強いられる矛盾した状況のなか、連帯とか、友好とか、共生・共存が謳われはするが、
それらはややもすれば空虚な、中味のないことばに堕しがちである。民主主義とか、人権、
平和といった言葉も重要であるが、「在日」にとってはなお抽象的なものに聞こえる。
ジェンダーの問題を含めて、「ともに生きる」とは「ともに闘う」ことが前提であり、
そのためには外の世界を知るとともに、内なる矛盾を凝視する勇気と知恵が求められる。
何よりも、透徹した歴史認識を確保することが欠かせない。
雑誌『抗路』はこうした状況のなかで、諸先輩の遺志を引き継ぎながら、
「在日」をとりまく一切の仕組みを糾す力学をはぐくんでいき、「ともに生きる」未来を
模索しようとするものである。『抗路』は抗いつつ、明るい未来を信じて生きる路である。
それは「在日」の歴史的使命であり、それは多くの人たちと手を携えていくときに初めて
可能なことである。気負いたつことなく、しなやかに、微笑みを忘れずに、歩んでいきたい。
二〇一五年八月一五日>と記されています。

<特集>は<「在日」の現住所>で、歴史を見つめながらも現在の姿を浮き彫りにしています。
目次は「七〇年と五〇年、歴史の節目で 尹健次」、「対談 在日の体たらくをえぐれ 
辛淑玉×趙博」「詩 迷鳥 李美子」「詩 北の詩人は 丁章」「〈在日〉文学二〇一五、
そしてゆくえ 磯貝治良」、「尹東柱。詩による抵抗の充実と苦悩 愛沢革」、
「反ヘイトスピーチ提訴」、「『慰安婦」問題と日本の民主主義」、「朝鮮高校無償化
裁判」、「最近の韓国映画について思うこと」「インタビュー 『かぞくのくに』その後」、
「小説たまゆら 金由汀」など、現在の焦点を多方面から鋭く批評した読み応えのある
論考、作品がぎっしり詰まっています。

<「在日」を歴史として残す><部分的にではなく、全一的に、しかも学術的な作品で
ありながらも、「物語」として>という豊かな視野を持っていることに注目します。
「在日のアイデンティティ」が三世、四世となるに従い揺らぎ、あらたな模索をせざるを
えないときに「ルーツ」にこだわることから世界的な被抑圧民族との共感、共闘へ至ろうと
する教示は重要な示唆と思います。

「在日」の困難な経路から見ると、日本に対して自らを歴史的に考えて、さまざまな角度
から闘う意志とともに、内部の矛盾や対立にも目をふさいでいない点が新鮮に感じられます。
辛淑玉さんと趙博さんの対談で、ドイツとの比較は、現在のシリア難民受け入れとも考
えあわせ、日本のなかのマイノリティとどうかかわって来たかという批評は鋭いです。
朝鮮民主主義人民共和国についても詩人が二人とも触れています。李美子さん「迷鳥」は
「キムねえさん」という個人の人生と歴史を血肉化、題名も暗示的です。
丁章さんの詩「北の詩人は」もタブーを破って書いていて、詩人の困難について
共苦し、<半島のひとつの地平に立って/北や南の政府にも自由に抗い/この列島
から世界をめざして闊歩する/在日朝鮮人の詩>をすべての在日が書けることを
願っています。
金石範氏の文章には在日文学の非常に難しい問題が存在していると思います。
映画、演劇人の才能の豊富さ、とても興味深い人間的な話にも感心しました。
これだけ問題意識にあふれていて、しかも、記録の確かさと思想的な深まりを
持っていることに驚嘆し、編集委員の方々の熱意に打たれ、継続を期待します。
  (クレイン 1500円+税)






『細田傳造詩集 水たまり』

水たまり


雨あがりの
どろみちを帰る
かつとしが兵隊の話をしている
校門を出て
ずうーと兵隊の話をしている
かつとしがお父さんの話をしている
おまえの父ちゃんは戦争に行ったのか
かつとしがきく
首をふる
ばかもーんさんごくじん
たたんだ唐傘でかつとしが突いてくる
おれは頭突き
そのまま組みついて
ぬかるみにたおれ
おおきな水たまりで戦った
どろんこになって首をしめあう
ちょうせんじんのこどもがふたりけんかをしている
まわりでおとなたちの声がした
かつとしの力がぬける
おれの力がぬける
かつとしがすすりなく
あしたの二部授業は遅番で
またかつとしといっしょだ



子供時代のけんかを回想したような読みやすい詩ですが、
歴史的にいろいろなことを考えさせられます。
細田傳造さんは、1943年生まれですから、日本敗戦後の体験として
児童急増による、午前午後の二部授業の学校に通ったことでしょう。
二部授業は、朝鮮学校ではなく、日本の学校と思われます。
「さんごくじん」(三国人)とは、日本が朝鮮人のことを差別した呼称です。
「かつとし」が兵隊に行った父親を自慢し、行かなかった「おれ」の父親を
侮蔑するのですが、かつとしの父は「日本兵」として出兵したと
推察されます。日本が朝鮮を支配し、朝鮮に徴兵制をしいていたからです。
日本兵として出兵した父親を、朝鮮解放後も自慢するのは
倒錯的な感情に思えますが、子供たちの間では継続したのでしょう。
名前も「かつとし」のままが日本敗戦後も続いたのです。
そのような倒錯した感情や背後の日本人の大人によりけんかが
起るのは現在の分断された朝鮮半島や在日の存在の暗喩とも
想像されます。
親しみやすい口調や身近に感じられる人物を登場させながら、
歴史に対する深い洞察と鋭い人間観察がこめられています。
韓国語やほかの言語もリズムをとって入れながら、
独自の詩世界を創りだしています。
65歳を過ぎてから書き出し、第一詩集『谷間の百合』で注目され、
本詩集も今年度の第22回丸山薫賞を受賞されました。
(書肆山田 2500円+税)





『木島始詩集 復刻版』

起点 ― 一九四五年―

手にふれるものは
みな熱い

ねじまがった
真鋳の
ボタンと
帽子の
校章だけが
これだ
これが彼の
屍骸だと
生きのこった
ぼくらに
わからせた
あのときの
火傷するような
恐怖の焔と
濛々の煙と
熱気と
屍臭とに
みちみちた


(中略)
そして
あの日
突如として

歴史の姿は
あかるみにでた

だがああ
目隠しされていたことさえ
わからなかったほど
いまいましい過去はない

一九四五年の夏。


敗戦後まもなく出版された貴重な『木島始詩集』が日本社会の危機が深まる今日に復刻
出版され、大変意義あることです。
本書は、戦争中の悲惨さと恐怖、幼い心を蝕んだ学童疎開、飢えと希望と反動政治を生
きた戦後を力強い筆致で表わしています。冒頭の詩「起点」の「熱気と/腐臭とに/みち
みちた/街」の記憶は、平和を目指す熱意の起点として胸に刻まれます。
小島光子さん(木島始夫人)は「起点」が書かれたのは「当時十七歳であった木島始少年が
原爆投下当日、岡山の旧制・第六高等学校生(理科甲類)として現・東広島市内の疎開工
場の屋内で光を受け、屋外で茸雲を見たこと、そして広島から担がれてきた人たちに赤
チンをつけるしかなく、家族を呼んだり徹夜で看病した体験からである。ただならない状況
の中にいた少年からほとばしり出た詩であり、読むたびに息づかいも聞こえてくる」
と述べられています。
「歴史の姿は/あかるみにでた//だがああ/目隠しされていたことさえ/わからなかった
ほど/いまいましい過去はない」という詩句は、現在に通じます。インターネットの普及で、
情報は比較できないほど豊富になったとはいえ、情報操作や詐術も増えているのです。
長詩「蚤の跳梁」は中国で細菌兵器工場を開発した「かれ」を明確に描き出し、天皇制
権力・軍部の意のもと、医学・科学を知能犯的に戦争の殺戮に利用する姿を表現し、近年
一層残酷な戦争に突き進もうとする日本および世界に鋭い警鐘を鳴らしています。
木島始氏は晩年に四行連詩を多くの方々と行なわれましたが、リズムや形式の多彩さと
巧みさは初期からの特徴と気づきます。
木島始(1928年−2004年)詩人、英米文学者、作家、翻訳家。
戦後の詩誌「列島」の中心的存在として活動。ホイットマン、ラングストン・ヒューズ、
ジャズの翻訳でも知られる。現代詩、小説、絵本、童話、作詞、評論、随筆、連詩など
多方面にわたって活躍した。詩選集『木島始詩集』(思潮社)、『新 木島始詩集』
(土曜美術社出版販売)、『新々 木島始詩集』(土曜美術社出版販売)他、多数。

(コールサック社・2000円+税)




『崔華国特集』


崔華国は世界に語りかける
―対話表現とディアスポラ性  

T、魅力的な「談義」・ダイアローグ性

崔華国の詩には思わず引き込まれてしまう。日本批判の刃をひらめかせ、底に深い悲哀が
込められているのだが、ユーモアあふれ、日本語や韓国語、英語まで駆使して生の声音が
聞こえる言葉は心情に強く訴えかける力を持っている。
言葉の優れた点については荒川洋治氏が日本語・漢語・韓国語の「アジア・アンサンブル」
としてたいへん詳しく分析解説している。(『崔華国詩全集』解説)
また、翻訳もして親しく付き合われた茨木のり子氏が「崔さんの詩には、どうもこの五味
(苦・辛・塩・酸・甘)があるようなのだ」と自在に見える表現の中に潜む複雑な味わい
を指摘している。(日本現代詩文庫『崔華国詩集』解説)
さらに、崔華国の詩にはダイアローグ=対話の魅力が大きいし、個のモノローグが主流の
現代詩にここまで対話を持ち込んだ詩人は日本でも韓国でもいないだろう。第三五回H氏
賞を受けた詩集が『猫談義』であったのは象徴的である。次の詩は、日本語第一詩集『驢
馬の鼻唄』(一九八〇年刊)に収録されている作品で、テーマは朝鮮人差別と重いが、い
きいきした啖呵が印象的だ。詩の年代は一九七一年で、早くから国際性を獲得しているの
にも驚かされる。

ボンヤリあれはたしかに/故郷の方角に流れてゆく/白い雲のきれっぱしを追っていたら
/ずんぐりした誠に人のよさそうな/白人巡査がよってきた/ハロー ユーチャイニーズ?
/ノオ!/オオ エキスキューズミー ユージャパニーズ/ノオ!//あとは きこうと
もしやがらない/にこやかに 笑顔をつくって去っていくではないか//ジョ  ジョ 
ジョ ジョウダンジャナイ/べらぼうめ やい やい やい/この唐変木の 白豚野郎/
ひとをからかいやがって逃げようたって/そうはさせねえ 俺を何だと/思っていやがる
 バッキャローメ//何もチャイニーズ ジャパニーズ ばかりが/黄色い人種かよう/
亜細亜にはなあ もっとも亜細亜らしく/踏みにじられても 踏みにじられても いじけ
ない/悲しくても 悲しくても泣かない/殺しても 殺しても 死なない/煮ても焼い
ても喰えたもんじゃない/「コーリ パンズ」という種族がある/ことをしっちゃいねえ
な おい//おお突然の 俺の失語症/急性言語障害症の併発/雲も去り巡査も去り残っ
たのは俺と/俺の影と―一九七一年秋 フィラデルフィアの公園にて
?コーリ・バンズ―中国人が韓国人を蔑視する時に使う言葉。
(「コーリ・パンズ」全文)

「おお突然の 俺の失語症/急性言語障害症の併発」と終連に出てくるように、これは言
いたかったのに言えなかった会話である。崔華国の場合、言語能力的に言い返せなかった
というより、社会の抑圧で言えなかった言葉・「俺の影」が詩を書き出す前の約六〇年間
にたまりにたまっていたと思われる。茨木のり子が韓国語第一詩集『輪廻の江』から翻訳
した詩「喧嘩酒」は、「言い争うのはやめてね/喧嘩はしないでね/いい子でいてちょう
だいね」「テンノウヘイカ……天皇陛下(チョンファンペエハ)……/その話が出てきたら
そのままにっこり笑えばいいのよ/いっさいノーコメントで」と「テンノウヘイカ」をめ
ぐっての激しい談義論争を推察する。崔華国は親しいなかでも批判をはっきり面と向かっ
て述べ、そのことで物議をかもしたことも一度や二度ではなかったらしいが、ことに植民
地支配の「テンノウヘイカ」や差別の視線には憤懣やるかたない気持ちが積っていたにち
がいない。日本の暮らしで表立って発せなかった言葉は妻の金善慶さんには話していただ
ろう。それで、詩の中に破格なほど夫人が登場している。金善慶さんがたしなめたり、意
見したりすることも作品に堂々と書いているのが夫婦対等で非常に好ましく微笑ましく感
じられる。
崔華国が話しかけるのは、日本の詩人、退役アメリカ軍人など人間に限らず、「肥えた鳩」
とまで互角にやりあうのだから楽しい。語りかけている対象を挙げると、詩集『猫談義』
では、「猫談義」(娘)、「メイド・イン考」(プエルト・リコの人々、義妹・淑慶)、
「相似性」(アフガニスタン出身のドクター)、「舞」(エリオット、プーシキン・光太郎)、
「愁訴」(中国国民)、「夜半の客」(魯迅)、「諺」(妻)、高校野球を十倍愉しく見る
方法(在日韓僑一世達)、「シリコーンの指」(荒川洋治)、「同人善哉」(同人編集部)、
「哭金素雲」(金素雲)、「亜米利加駆け歩記」(森田進)、「エア・メール」(会田綱雄)
などなど。
現代詩は、個人を主体とするからモノローグ・独白が通常である。だから、閉鎖性や孤立性
が生じがちなのだが、崔華国の詩はダイアローグ・対話性のほうが多く、国籍人種を問わな
いばかりか、人間以外の生き物とも対等にやりあっているのが傑作である。異議申し立ても
イデオロギーに基づいてではなく、「生命の限りに燃えよう」(「歳月」)とするためだった。
また、言語的にも作品のなかで日本語と韓国語が談義している詩も多いのだ。「この青臭い
可憐な草を/日本(ここ)では猫じゃらしといい/私(ウリ)の里(マウル)では小犬(カンアジ)
じゃらしという」「阿呆で結構好好(すきずき)だもん」(「好好」)。言語の序列を固定化
せず、好き好きに転換する柔軟さが、悲嘆や恨みの歌より、談義の風刺滑稽に昇華したのか
もしれない。

U、ユーモアとペーソス

崔華国が趙炳華に自作の韓国語訳を勧められたときに、日本語と韓国語の個性の違いにより
すぐには翻訳できないと述べた理由の大きな要因に駄洒落が直訳できないことを挙げている
のは興味深い。「なんの変哲もない、一種の語呂(ごろ)合わせのような、駄洒落(だじゃれ)
に過ぎないのだが、だらだらと退屈な、一編の詩という、小宇宙を読者とともに、旅行をす
るに当たっては、この語呂合わせと、駄洒落が意外な役割をする。食欲のない時に、ピリッ
と辛い味付けになったり、緊張をほぐす効力もあり、それを抜いたら、作品がいきいきとし
ない」。(「詩は祈りと愛―韓国語と日本語のはざまで」)それくらい崔華国は駄洒落や
ユーモアの効用を重んじていた。詩「すさび」の中で「矛盾的事象が絶えたら/ユーモアの
終焉を意味する」と奥深いことを語っている。
崔華國のユーモアを分析すると次のようになる。

1、同音のシャレと社会的アイロニー

同音によるシャレだけにとどまらず多くは社会風刺的なアイロニーをこめている。
「正露丸」→「征露丸」→「征米丸」(「昆虫記」)、「関東のインバとかインパールとかの」
(「高校野球を十倍愉しく見る方法」)
2、権威を庶民化する
「T・S・エリオットの旦那」(「舞い」)、「バーナード・ショーが見たら/ショウがねえ
と嘯くか」(「メイド・イン考」)
3、けんか言葉・べらんめい調
「シャラクセイ」(「出窓」)、「てめえ達負けたらチンボコちょん切るかんなあ(「高校野
球を十倍愉しく見る方法」)、「バッキャロウめ」(「嫁三人」)
4、擬人化
「空は不承不承平衡を保っているのだ」(「カンタータ」)。
「甕の水(ムル)キムチは白菜(ペチュ)キムチ大根(カク)角切(テキ)りキムチをそそ
のかし」(「偶成二篇 キムチ」)
5、抒情と現実との落差
「ボケ」(抒情)と「ツッコミ」(現実)の妙味。
「その木綿の肌ざわり/忘れられないその感触/そういう作品でありたいが どっこい/それが
そううまくはいかないのです」(「作品考」)

ユーモアばかりでなく、ペーソスとアイロニーが深いのも崔華国の特徴である。
これも次のように挙げてみよう。

1、日本に対する皮肉・批判
「ここはかつての/悪夢の製造現場だった大和の国なるぞ/あの破廉恥極まる侵略戦争を/聖戦だ
と感泣した詩人もいなくはなかった」(「不安」)
2、人間全般に対する皮肉・批判
「二十のおまえには どろどろの/人間について わからない」(「美しい仇」)、
「人間の餓鬼どもはな/グルタミン酸の強度の中毒患者でさあ」(「阿呆」)
3、被圧迫民の悲哀
「私達には今何もありません」(「相似性」)、「亜細亜はまず貧しさから立ち直るべきです」
(メイド・イン考))
4、自分に対する皮肉・悲哀
「出来損ないのやくざな私にだって」(「系図」)、「猫背でしょぼくれて幽霊のような/老人
の姿」(「ショーウインドー」)
自分をも皮肉り笑うところが幅広い共感を呼び起こす。


V、「愛と祈り」の思想とディアスポラの先駆性

崔華国の思想は、「愛と祈り」であるとエッセイで述べている。「私にとって詩とは、一口にいっ
て、祈りであり、愛である。愛と祈りの前では、人間どもの、既定概念とか、けちな先入観などは、
芥子粒(けしつぶ)より小さく小さい」(「詩は祈りと愛」)。愛と祈りがユーモアとペーソスの源
だろう。日本の文化に傾倒しているという批判に対しても「日本を積極的に理解しようということ
です」と応えている。(「第35回H氏賞を受賞して」)しかし、これを単純に読めないところが崔
華国の深みでもある。「天衣無縫 融通無碍が異邦人の生きる術よ」(「偶成二首 冷麺」)。

韓国では近年、在日文学研究が進んでいる。全北大学の李漢昌氏の『同胞文学とディアスポラ性』、
現在は東国大学の金煥基氏の『在日ディアスポラ文学選集』(崔華国の詩篇も収録される)、とい
ずれも国際性という意味でのディアスポラという言葉を重視している。在米韓国人が百万人、在カ
ナダ韓国人、など地球規模で居住している韓国人の生活が当り前になっている。今でこそディアス
ポラという言葉は一般化したが、在日文学史では最近のことである。崔華国は、在日詩史のなかで
も早くから世界性を示していた。「私こそ難民 難民のさきがけでした 暗闇と朔風と多発(タバル)
銃(チョン)に蹴ちらされた五百万の中の一人だったのです」(「難民有感」)韓国、日本、アメリ
カと生活の場を移していることは着目される。金時鐘、許南麒ら在日一世の詩人が、日本と朝鮮半
島の政治社会にかかわり、日本および在日社会で苦闘した経歴とも異なり、詩を通して日本詩人と
知り合い、人生の後年に肉声が響く個性的な詩作を始めるという行き方は独特であった。曽根ヨシ
さんと盛りあげた<「あすなろ」は私の精神道場であり、書堂でした>と述べている。
(「第35回H氏賞を受賞して」)
それゆえか、崔華国がユーモアに包んで飲み込んだ苦さに思いを及ぼすことが日本人総体に少なか
ったように感じられる。日韓国交正常化五〇年の年に崔華国の詩を読み返すのはたいへん意義深い。
だが、日本のこの間の動きについて「べらぼうめ やい やい やい」と怒り心頭に発している崔
さんの細面の顔が浮かぶ。ヒューマニティに満ちた啖呵に耳を傾けたい。

*引用は『崔華国詩全集』(土曜美術社出版販売・一九九八年)から。
(「詩と思想」2015年8月号)





『高良留美子詩集 場所』


詩集『場所』(一九六二年刊・第十三回H氏賞受賞)は、さまざまな意味で実に画期的な作品だ。
日本の表現、日本の思想、女性の詩という面で新しい領域を切り開いている。

「あとがき」で、これらの詩に「直接的な感動を求めるひとは、あるいは失望するかもしれない。
自分が物になる危険をおかして、物と自分とが入れ替る瞬間、対象が物になり、物がイメージに
なる瞬間をとらえようとしたこれらの試みは、この現実と、現代の詩に固有の課題がわたしに課
した危険な試み」であると述べている。なぜ、「感動」を避けて、「危険な試み」をしなければ
ならなかったのか。そこには、戦争と敗戦後の安保闘争を経た日本の現実と感性に対する根本的
懐疑、世界性に至ろうとする張りつめた切望がうかがえる。既成の秩序に束縛された女性、人間、
ものの自由を求める強い意志を感じるのだ。

冒頭の詩「場所 一九六〇年六月に」は、樺美智子が殺された日米安保条約反対闘争を踏まえた
作品だが、「年老いた皮膚のように横たわる」「土地」を冷静に見つめ、地名を出さず、情緒や
観念の中に押し込めずに対象化している。従来の詩歌において自然風土は美と共同体精神の源泉
だった。対象化ではなく、一体化するときに「感動」が生じるのだ。後年、高良留美子は民衆と
自然の中の美を再発見していくが、まず抑圧的に権力構造化した土地への視線を変革しなければ
ならなかった。「われわれは定着されたガラス張りの複眼を通して見る/起ったこと 起ってい
ることすべてを見る/死んだ少女からも集めてきた視線の束/それはいくつにも別れているもの
を一つに見る」。物を単一の概念や用途に限定せず、複眼で多面的に見ることにより、既成秩序
から解放し、物の存在を回復させる。それは現実を固定した感覚や美の階層から抜け出させ、解
体させ、可変性を呼び起こす。「生きようとした人間は声もなく解体した/うごめく繊毛や人工
の爪がかれのうちに侵入して/かれを裏返した かれが生きていた空間といっしょに/そしてか
れを死人たちの土地 悔恨の空地に置いた」。ここで注意したいのは、「解体」が二重性をもっ
ていることだ。自覚的に「生きようとした人間」は既存の社会の中で生きられないから、封建的
な繊毛や文明の爪が侵入して解体させられる。しかし、自ら解体しなければ何かを起こすことは
できない。「もし何かが起るとしたら この場所だ/たれさがってくる樹葉と 互いにはりつい
ている土のあいだ/もし何かが行われるとしたら この不定形の空間だ(略)支配する過去がそ
れらの日々をぬりかため/われわれの自由に手渡してよこすまでは」。土地は養分で生の場所だ
が、それを「不定形の空間」に「自由」の場所に、地球の生の場所になるように思考し感覚して
いく試みこそ高良留美子の求めた詩の行為だろう。わたしたちの欠如を自覚し、宇宙の動的な虚
無を感じることが変化に繋がる。

高良留美子にあって、芸術の革命は社会政治の革命とともに考えられていた。芸術だけ分離する
のではなく絶えず詩の活動や社会行動的にも歴史現実とかかわった。だから、比喩を駆使しよう
とも意味の完全な脱構築には行かなかった。<既成 の感情や論理から自分をひき離すことを通し
て、人間と物を、人間と人間をむすびつける新しい感情と論理の創造にむかう>(「言葉ともの」)。
社会現実にも関係の創出を目指したのだ。

詩「魚」は観察記録のようだが、何かのための観察ではなく、魚の体と動きを無償で見続け、
対象化しつつ存在の本質を想像させるところに新しい詩が生れている。
現在、金融資本主義で、人も物もないのに記号と情報があふれる社会への移行が加速している。
記号化し、一層人間も物も断片化し疎外に陥る社会に高良留美子の達成した方法と問題提起は
重要性を帯びてくる。
詩「月と三人の男たち」は簡潔な乾いたリズムで女性への暴力と怒りを表現している。洗練さ
れたリズムで、従来の歌ではない歌の要素をもつ詩も際立つ個性である。

土地の中に隠された女性や被抑圧民の歴史を掘り起こす作品や仕事は、次々に大きな成果に結
実して行った。そうした多数の種が撒かれた詩集である。


月と三人の男たち

三人の若い男がやってくる
油にきしる車輪の坂道

(いれずみした月は雑草の
鋼鉄のばねでとびはねる)

坂をおりてくる娘の胸から
模造真珠の灰がこぼれ落ちると

男たちの咽喉のらせんのベルトが
硫黄と鉄槌を風にばらまく

断たれた電光の夜のふち
皮膚の金色の摩擦音をたてて
かれらの腕が娘にふれる

北斗星のドラムにのって
呼子をならし手錠をひびかせ
月が泡だつ舌をかくしてやってくる
鉄屑と紙の工場街を
男たちは娘をさらって逃げていく

怒りくるった月は傾く空から
長い倦怠の鞭を振りおろす

(詩集『場所』より)

(「詩と思想」「名詩集発掘」2015年7月号)





『八重洋一郎詩集 木洩陽日蝕』
底の底の底から見る永遠


八重洋一郎氏は、まれにみる詩論家であるとともに身体性を持つ詩の言葉を豊かに表現する力にも
優れている。理知と感情の並立、混合が魅力的な世界を出現させている。とりわけ注目されるのは、
普遍性と固有性の往還という詩の動態だ。八重氏が生まれ現在住む沖縄・石垣島は、独特の風土文
化を抱き、語るべき叙事詩に満ち、近現代史も書きつくせない詩の故郷であろう。しかし、八重氏
は、もっと巨視的な宇宙や遙かな時間から、また「私」の内部から考え、新たな相貌を映し出している。

冒頭の作品「通信」は、本詩集の一つの核となる二万年前の人骨が石垣島で発見されたことを題材
にしている。「あの世よりも遙かな遠い二万年!//石垣島の白保・竿(さお)根(ね)田原(たばる)
に埋まっていた頭蓋骨は/二万年前の人骨だという/歴史(とき)のはて 列島(ち)の果てからの何
という大発見/この小さな島の頼りない海岸線の泥土まじりの洞穴のなかで/いったい どんな暮
らしがあったのだろう/何をよすがに日々をすごしていたのだろう/寂しかったにちがいない」二
万年前となれば「日本」という国家も存在しないし、遠い時を一気に甦らせてくれるが、八重氏の
感性の独自さは、「寂しかったにちがいない」とまず想像する点である。当時の狩猟採集生活など
より感情の本質について共感を及ぼす。人類の人類である所以は、社会性と自意識を併せ持ち、
孤独を受苦する「寂しい」という心情を抱くことで、そこに二万年を経た詩の共有がある。

ただ、詩集後半の作品「解明」では驚くべきことに竿根田原洞穴が「約一万五千年間/人間が使用
した可能性がある」と分かり、小さな島の洞穴が長期間使用されたのには「特別の生きる仕組」があ
ったと推測されることになる。現代の文明社会が軽視している「いのちの自覚」を維持したからこそ
生き伸びたというのは卓見だ。

感情ばかりではなく、若き日からの弥勒菩薩への憧れを記した詩「太(うず)秦(まさ)再訪」など、
宇宙の思索的理解、哲学的問いの追究が八重氏の個性として特記される。長詩「うらら」では、
ひと晩で海岸にできた砂山とガラス戸に激突する小鳥を題材として、宇宙の姿に思いをはせる。
「『宇宙には形なんかありません』/『宇宙にはただ深さがあるばかり』/強(し)いて その/形
を言えば その深さのどん底の底の底から見上げる/空です 見上げる/希望があるばかり は 
かない/星が流れるばかり」「道元禅師の『正法眼蔵』に玄沙和尚の/「尽十方世界は一顆の明珠」
というのがあるでしょう/あれは宇宙の外から宇宙を眺めて言っているんじゃないのよ/だってあた
し達どんなことすれば宇宙の外に出られるの/あれは内部から 内部からの冒険 手探り 眼力/
それは 首をひんまげ上むいて内部から激しく描いた/天井図 システィナ聖堂の/ミケランジェロ
の渾身込めた 天地創造の/天井図 だって/宇宙には外というのはないのですから そうです/ど
んな星雲もどんな奇蹟もどんな不可能も/みんな内部/どんな微塵のチリアクタにも深い深い内部があ
って/その内部にも深い内部があって それぞれがそれぞれの方向に/思いっきり泡立っているから 
そしてそれはたちまち/宇宙大に大爆発するから」。〈世界は一つの明珠〉という禅師の教えを西洋
の聖堂天井画と重ね合わせながら、なんと深く多方面から想像しているのだろう。宇宙は透明でくも
りのない珠であり、「底の底の底から宇宙を見る」とは普遍的な真理であるとともに、石垣島で暮ら
した生の実感から出た見方だろう。「歴史の海へと沈んでいって沈んでいって/もう一つの歴史が
その上に重ねられ そしてもう一つの/歴史が重ねられ」「その圧縮に圧縮された激しい重みで歴史
は固い沈黙の海」(「息吹き」)上部の重みを一身に受ける底、激しい重みと痛みの場所である底か
らのみ、首をひんまげ体を捻じ曲げて聖堂の天井画はやっと望めるのである。

詩「うらら」では、小鳥がお姫様となり、小鳥=女性に憑依されて、また憑依して「あたし」として
書いているのだが、本詩集中には女性の人生を味わい深く描いているものが目立つ。「盆ミサ」「鏡」
「灯台 ル・ファール」「洞窟(ガマ)堀人(フヤー)」等。作品「布」は、過酷な人頭税を十五歳の時
から負わされ、「布を織り 一生納税機械として生きてきた」老婆が死の間際に、家族親族のために
上布を織り上げていて贈りながら「きょうはおいわい おいわい わたしはうれしい」と喜ぶ様子は
感動的だ。詩「福木」では、日照り続きの時、下の葉から水を含ませる「一本の福の木のいのちを捨
てたいのちの輝き!」の営みが心を打ち、厳しい自然環境と歴史の中で子供たちを育てた母たちへの
感謝と命をはぐくむ光輝への敬愛が感じられる。

表題詩の「木洩(こもれ)陽(び)日蝕(にっしょく)」は、現在沖縄で「こなごなにくだけた/枝サンゴ
の欠片(かけら)」「からからにかわいた榎(えのき)やガジュマルの落葉」になって日も蝕まれる荒れ
た自然にも、「三十八万キロのかなたから/天体がこころをそろえておくりとどける/微笑(えまい)
のようなひかりの/さざ波」が送られ、影とひかりがともに揺れている像が美しい。

「あとがき」で「永遠が眼前に転がっているような詩を書きたいといつも思っている。それはなかな
か困難なことではあるが、こちらが己れを常に飢餓状態におき全感覚を開いてあれこれ試み、その
失敗にひたすら耐えることができるならば、あるいはそれが何かの機会に訪れることがあるのではな
いか。/考えてみれば、歴史のどん底で生きてきた人たちは現実の厳しさや理不尽さに埋もれながら
も深い鋭い数々の歌をうたってきた。それによって人々は現実とは全く異なった位相において生命
(いのち)の意味に触れ、生きる喜びを味わってきたのだ。そしてそれは現実への徹底的批判の源泉と
もなる」と述べている。宇宙の底の底からしか知り得ない生命の意味と喜びが存在するのだ。

また、詩が投壜通信というだけではなく、自らの中心へ届くことだとも語っている。「どこへ届かな
くても自らの中心へだけは必ず届いているのではないか」(「骨」)。近年、内部や自らの中心がか
すんで来たが、そこへの探求と通信こそ詩の豊かな源であり、外部への根本的批判の基だと改めて教
えてくれた秀でた詩集である。(「イリプスUnd 14号掲載)
(土曜美術社出版販売・2300円+税)




『原田勇男著 東日本大震災以後の海辺を歩く』
みちのくからの声

以前、このコーナーで詩集『かけがえのない魂の声を』をご紹介した原田勇男さんが
大震災以後に被災地をめぐり書き続けたエッセイをまとめた本が3月に出版されました。
初めの「大自然の脅威と人間の英知」では、あの想像を絶した大震災を経ても「大自然
の脅威」を忘れがちな私たちに、「地獄」かと思った当時の悲惨な事態を甦らせています。
今年4月に起きたネパール大地震でも地球自然に対する畏怖を覚えずにはいられません。
俳人・照井翠さんの「双子なら同じ死顔桃の花」「喪へばうしなふほどに降る雪よ」
「黒々と津波は翼広げけり」「つばくらめ日に日に死臭濃くなりぬ」など文学表現ならで
はの鮮烈な映像は今も突き刺さってきます。
詩人・清岳こうさんの詩集『マグニチュード9・0』の中で「乙女にならぬまま海に抱き
とられてしまって」と女子生徒の死を悼んでいます。
こうした震災や原発に関する詩歌や絵画・映画にひろく目を届かせているのが本書の特徴です。

さらに、原田さんはインドや台湾の詩人たちとの国際交流にも参加して共感を抱き合いました。
私も「詩と思想」のインド詩特集でお世話になったウニタ・サチダナンドさんがアンソロジー
を企画発行されたことをありがたく思いました。
台湾の白霊さんの死者と生者がそれぞれ海と陸から手を振り合っているという魂が行きかう
幻想は感動的です。

「みちのくからの声」の章では、「オリンピックどころではない」「消えていく震災遺構」
など現在の声が発信されています。<五輪開催をはしゃぐ前に、被災者の生活を救済するの
が先ではないか>は多くの被災者たちの当然の気持でしょう。資材・人手不足が一層強まり
救済がおろそかになっていきます。巨大防潮堤建設の政策にも見られるように<経済・物質
至上主義>がまったく変化していないのに暗澹とします。また、難しいのは国が補助しない
ため「震災遺構」などの保存ができず、所有者にも負担が大きく、震災の記憶物が消えて
いくことです。地元にもさまざまな感情と意見があることを文中で丁寧に説いています。
原発汚染水や放射能廃棄物の処理もできない中でオリンピックで目くらまししてもつけは
次代により大きくなります。

原田さんは、最後に女川原発への懸念を表しています。「原発の安全神話が崩壊した現在、
日本は被爆国としての原点に戻り、再度原発のあり方そのものを見直す必要があると思う」
原田さんの反核の思いの元には、広島で被爆した叔母で女優の園井恵子の無念の死があり
ます。どんどん軍事化していく日本で、東日本大震災は、危機と崩壊から転換すべき
おびただしい死による警鐘であったことを知らしめてくれる一冊です。
(未来社 本体2000円+税)






『金時鐘著 朝鮮と日本に生きる』
―済州島から猪飼野へ

       金時鐘氏は、在日朝鮮人の生活と思想を、在日の言葉で表現し優れた詩集を
     出されて来ました。植民地下で朝鮮民族であることを守り続けた父親を歯痒く
     感じてしまうくらい皇国日本と日本語に囚われていた少年期も随想で明らかに
     しておられました。
     しかし、本書は今まであまり語られなかった、日本に渡らざるをえなかった理由、
     <済州島四・三事件>や南朝鮮労働党のかかわりなど熾烈な政治事件の詳細にまで
     踏み込んで書かれています。自身の生い立ちや父母、友人、教師、先輩など、
     個の目から人間を丁寧に細やかに描いているのが魅力で、分かりやすく話すよう
     に表されています。特に、<四・三事件>との関わりを自分の感覚に焼き付いた
     記憶によって生々しく再現されているのが印象的です。韓国でも≪共産暴徒≫と
     長らく規定され、闇に葬られてきた民衆の真の独立・統一に向かう熱気と活動の
     実際がまさに体験者ならではの息遣いによって伝わってきます。四・三事件の前
     にあった独立運動記念の三・一節二八周年記念島民大会については「その現場に
     居合わせた者でなければ、あの島民大会の熱気のほどは想像だにつかないでしょう」
     というほどの盛り上がりでしたが、この時も警察隊の発砲でデモ隊に死者が生じます。
     全島的な運動が、米軍とかつての日本旧統治勢力によって無残に弾圧されていき、
     <四・三事件>で五万人にも及ぶ死者が犠牲となり、生き残った者にも塗炭の苦しみ
     を強いました。

     日本の植民地政策、特に<優しい歌とともに>浸透した日本語や日本文化は、
     感性の根幹まで縛ります。日本からの本当の解放を願って打ち込んだ南朝鮮労働
     党員としての活動が日本の大阪・猪飼野への脱出、定住につながった数奇な運命。
     短歌的抒情を批判する大阪の詩人・小野十三郎との出会いは新たな地平を開きま
     した。「私と、私につながる父、母と、父、母に連なる同族をも損ねてきた『日
     本語』が、日本の詩人の言葉によって洗い直されたことは、なににもまして幸い
     なことでありました」。金時鐘氏の詩は、リアリズムとともに身体的な抽象性を
     持っています。<身体的な抽象性>とは、例えば、本書第8章で吹田事件に関し
     た詩句として長編詩『新潟』の中から引用されている「悲哀とは/山に包まれた
     脱糞者の心である。/銃声に急ぎひっこんだぼくが夜来の排泄物を蔵したまま/
     ここ十年直腸梗塞にとりつかれているのも/あいつが先ばしった賜物であるとは
     言えないか?!>のように非常に生理的身体的な感覚を押し出しながら、具象に
     とどまらず、精神的重層的な意味を喚起しています。ですから、『新潟』もこれ
     まで、在日朝鮮人詩人の優れて普遍的な精神の軌跡として読まれてきたのですが、
     本書を読み、<四・三事件>との関わり、またあからさまに語れない苦悩、うずき、
     具体的な記憶を知ることにより、詩集群もより深く読み込めると思いました。
     日本では、済州島は美しい観光地ですが、その過酷な歴史に日本が関与していた
     ことをもっと理解するべきだと強く考えさせる貴重な本です。
     (岩波新書・860円+税)
     






『若松丈太郎詩集 わが大地よ、ああ』

わが大地よ、ああ

最長三十年間保管するのだという
放射性濃度が高い焼却灰や汚染土などを
大熊町と双葉町に建設予定の中間貯蔵施設に
三十年とはどんな時間なのだろう

二十歳の若者はさまざまな分野の中枢を担う五十歳に
五十歳でさまざまな分野で決定権者だったひとは八十歳に
八十歳だったひとのほとんどは生存していない
三十年間とはそんな時間なのだろう

三十年で廃炉予定だった福島第一の稼働期間を延長した
稼働四十年目の老朽炉がメルトダウンした
周辺はひとが住めない土地になった

中間貯蔵施設で最長三十年間保管したあと
福島県外に設置する最終処分場へ搬出するという
三十年まえに決めたことの責任をだれがとるのだろう


福島第一原発事故前から原発の恐ろしさと非人間性を洞察し、訴えてきた
若松丈太郎さんが事故後も再稼働に動き出し、福島の大地が汚染され続ける
日本の現実を怒りと悲しみをこめて表した詩集が昨年12月に刊行されました。
表紙には「原発爆発しっちまって」という南相馬市鹿島区南柚木の「おらほ
の碑」の言葉が載っています。冒頭の詩「見える災厄 見えない災厄」には
津波と原発事故に被災し、人がいなくなった集落のひとつひとつの地名が挙げられ
「さまざまな地名にそこで暮らしてきた人びとの/さまざまな暮らしの痕跡が刻ま
れている」と書かれています。「南柚木(みなみゆのき) 八沢浦(やさわうら)
・・・」などの地名は、地形や歴史、生活、文化を感じさせ、失ったものの大きさ
が迫ってきます。さらに、失いつつある日本の大地に鋭い警鐘を鳴らしています。

(土曜美術社出版販売・2300円+税)






『河津聖恵著 闇より黒い光のうたを』

「すぐれた詩人とは、恐らく詩獣ともいうべき存在だろう。危機を感知し
乗り越えるために根源的な共鳴(うた)の次元で求め、新たな共同性の
匂いを嗅ぎ分ける獣。言い換えれば詩人とは、そのような獣性を顕現させ、
人間の自由の可能性を身を挺し示す者である」と捉え、15人の「詩獣」たち
の本質を輝かせた気鋭の論集です。尹東柱、ツェラン、寺山修司、ロルカ、
リルケ、石原吉郎、立原道造、ボードレール、ランボーから小林多喜二、
原民喜まで、時代に爪を立て、詩の牙を剥いた各々の個性を明らかにし
ています。「詩獣」という言葉は鮮烈です。言葉が機械的になっていく時代に
生命力の源から湧き出る詩を求めて、国境を超えて追い続けます。

特に、尹東柱が立原道造の詩を知っていた、という指摘は興味深いです。
尹東柱の中学時代に書架に『リルケ詩集』と詩誌「四季」があったと
弟が証言しており、リルケを介して詩的な結びつきが生まれた可能性が
推測されるそうです。残念ながら立原の方は尹東柱を知ることは
ありませんでした。立原の没後4年目に尹東柱は日本へ留学します。
晩年に「日本浪漫派」に傾いたとも言われる立原と、日本の闇に
命を奪われた尹東柱、二人の詩人の深奥の夢を浮き彫りにします。
「立場は逆でありながら、立原と東柱の二人が対峙した蛇の
口の闇は同じである。闇に花としてあらがったことも、詩という
『薔薇の内部』(リルケ)が満ちあふれ、やがて世界全体が
『世界内面空間』(同)となることを、最期まで夢見ただろうと
いうことも」。詩に対する信念と夢を抱き続け、豊富な想像力で
発信する河津さんならではの詩人論集です。
(藤原書店・2500円+税)




細田傳造詩集『ぴーたーらびっと』




カラカラカラ
鈴をならして牛車でゆくと
とつぜん禿山がでてきた
どうしたのすっかり禿ちゃって

山火事がありまして
森番はすまなそうに告げた
うーんと唸って書房(ソバン)は
いつまでも禿山を見ていた

焼けた地肌に残照
若木も老木も
松の木も樺の木も
木という木が燃えて禿山にかえってしまっている

木なんかまた生えるよ
やっとなぐさめる言葉がみつかって
森番呉正和(オジョンファ)に言った

やがて日がおちて
月がのぼった
禿山が月光に黒くひかっている

木なんかまた生えてくるよ
焼けた地肌が言うのを聞いた
慶尚北道の八月の国道の端
木なんかまた生えてしまうよ
うーんと唸って書房(ソバン)は
国道を見た
背中が燃えて海にむかって逃げた
あのとしの夏の
きりのない荷車(チムスレ)の列を見た
きょう海辺の秋夕(チュソク)にいそぐ
車輪(チャリュン)の大群をみた
たいてい
後ろのシートで子供が眠っている
カラカラカラ
自動車(チャドンチャ)から
甘いメロディーが漏れてくる


※第一詩集『谷間の百合』で中原中也賞を受けた注目の詩人の第二詩集です。
お孫さんとのユーモアあふれる何気ない会話に、朝鮮と日本の過酷な歴史と
戦争が続く世界がさりげなく表現されています。
朝鮮の山々は日本の植民地化や動乱で禿山のむごい姿になり、
自然も荒れました。「木なんかまた生えてくるよ」、という言葉に
繰返す悲しみと再生の意欲が感じられます。
「じい えいえんなんてぜったいいうな」など、静かににじみ出る
生きることの苦さや辛さが、優しく柔らかい表現で包まれていて
深い味わいがじんわりと伝わってきます。
(書肆山田・2500円)






柴田三吉詩集『角度』



こわれたオルゴールを拾った

くりの木の箱は底が抜け
ゆるんだネジ一本で
シリンダーがぶら下がっている

錆びた釘で泥を落とし
クランクをまわしてみる
ぎこちなく櫛をはじく
残された突起

ようやく聴きとれる旋律は
数小節の ノクターン

そうか 共鳴板が必要なんだ

薄いガラスの上に置けば
薄いガラスの響き
青い陶器の上に置けば
青い陶器の響き

ひとの胸に重ねたら
ひとの心の響きがするだろうか

縮んだ世界を広げる音
音は カモメたちとともに飛び立ち
あらたな空を生み出すらしい

捨てられず
ポケットに入れて持ち歩く
わたしたちの
ちいさな詩のように


※東日本大震災の被災地を、アルバム複製作業などに携わりながら
巡り、自らの共鳴板を響かせ、丁寧に書かれた作品が印象深く、
硬質かつ柔軟な感性が際立つ柴田三吉さんの新詩集『角度』です。
表題詩「角度」には「いつの日か、このひび割れた大地に指を
差し込まなければと思うのだが、問題はその角度。浅くても
深くても、人の場所にはたどり着けないだろう。」という言葉が
あり、「人の場所」の意味に考えさせられます。
日記風に書かれた実験的連作「三角フラスコ 増える水」は
日常と非日常が交錯する独創的な表現で、「育つフラスコ」
「世界の重さでそこにありつづけるもの」とは、詩のことの
ように感じられます。「百年後、千年後の夢の中で待っている
だれかに投函しなければならないらしい」、詩はそのような
時間と「だれか」とに向けて書きたいものです。
近年は、人間の本質的主題に取り組んだ、優れて高度な
長編小説も次々に書かれ、創作の充実ぶりが伝わってきます。
(ジャンクション・ハーベスト 2000円)





ぱくきょんみ詩集 『何処何様如何草紙』

おとといバラッド

沿線のはなしかい?
あんたの隣にいるひと、にやついて
耳にまといつくよな喋り方にとりつくしまがない
おつむてんてん ばいばいぼ
おだぶつ おだぶつ おだぶつ つーつーつー

電信柱までやっと歩いたら
つむじ風が鼻をくすぐる
ガード下までやっと入りこんだら
うわさの風が鳥肌立たせる
軒先でやっと身をかがませたら
不景気風が顎をしゃくりあげさせる
おいおい、そこまで、やる気かい?

目の前に ありんこ ひと足を
目の前に かげろう 翅を閉じて
目の前に つくつくぼうし 鳴き声途切れ
目の前に いとおしくあり あり続け
目の前に おおつぶの 熱い雨と降る

川をひとつ 越えた
川をふたつ 越えた
川をみっつ 超えた
この辺りはもともと海だったから
大地震に見舞われたらひとたまりもない
崩れ崩れて 大水に呑まれるところ

カタカタ カタカタ 沿線が鳴るようだよ
コトコト コトコト あたしたちは運ばれていく


※ぱくきょんみさんは、ガートルード・スタインの訳者としても知
られています。ポストモダニズム詩の斬新な方法を軽やかに駆使し、
在日詩のなかでも個性的な存在です。言葉の音をおもしろく生かし、
詩のリズムにも乾いた明るさがあります。内容は、かなりつらく重い
歴史や体験を踏まえているのですが、悲しみの抒情に沈みこまない
強さと知性の切れのよさが際立っています。今回の第4詩集『何処
何様如何草紙』は、詩の後に「みずから物語る」散文が付いています
が、詩の説明ではありません。固有の歴史、みずからの体験を踏まえ
ながら、常に「何処何様如何」の普遍的な声に、ゼロから問う地点に
立ちかえるのがぱくさんの詩だと思いました。(書肆山田・2500円+税)



『石川逸子著 日本軍「慰安婦」にされた少女たち』

石川逸子さんは、21年前1993年に岩波ジュニア新書として『「従軍慰安婦」にされた少女たち』を
出版されました。日本が朝鮮を侵略支配し、総督府を置き、土地と人々を日本の戦争のために
利用動員したのは史実です。
「慰安婦」にされた女性達が解放後数十年もたって声をあげ始めたのは、差別偏見が深く、誰も光を
あてず、老齢になって苦しみと事実を明らかにしたいとする切迫した思いがあったからでしょう。
1991年には金学順さんが、国の関与を否定した日本政府にいきどおり、<私が生きているかぎり、
そういうことはいえないはず>と、名のりでられました。

しかし、21年間で、日本の社会状況はさらに悪くなってしまいました。
「慰安婦」問題についても、1993年の河野談話さえ取り消そうという動きが出始め、教科書
からも削除されています。それどころか、史実を無化しようとする発言まで相次ぎ、国際的にも
ひんしゅくをかっています。
本書では、21年間で新たに分かったことを加え、また被害者自ら軍に従ったような印象をもたれる
「従軍」という言葉を除くなど改訂されての再刊行です。
ジュニア向けということで現在の日本の少女たちの手紙形式から入り「1同年齢の少女たちのうえに
起きたこと」と共感に導く工夫がなされています。
連行された少女たちが実際に受けたむごい被害、「慰安所」のはじまり、なぜ作られたのか日本の
性文化と家や国家観への考察、日本軍の侵略と一体であったことが立体的に説かれています。
朝鮮の少女が最も多いですが、他の国や地域の女性たちも犠牲になっています。

あとがきで著者が述べる<日本軍「慰安婦」問題は、被害にあった女性たちの問題であるばかりで
なく、私たち日本人の問題なのだと思います>という考えが具体的に分かりやすく示されています。

一般の人が入門書として読んでも、理解しやすく、さらに詳細に知るための「参考文献」も豊富に紹介
されています。石川さん自身の詩や他の方の詩も収められ、重い歴史的テーマでありながら、心に響く
著書になっています。今こそ広く読んでもらいたい一冊です。(岩波ジュニア新書・840円+税)




『中村純エッセイ集 いのちの源流』

いのちを軽んじる文明を問い、人間社会と真摯に向き合ってきた詩人・中村純さんの
初のエッセイ 集『いのちの源流〜愛し続ける者たちへ〜』が出版されました。
朝鮮人の祖父を持ち、原発事故後、関西に移住した中村さんは、ディアスポラの生き方を
21世紀を生きる積極的なありかたと捉え、日本の国の形も変ると展望しているのが印象
的です。今の日本はナショナリズムが吹き荒れ強まっていますが、資本の動きを見ても
実は国家はもう機能が衰えています。グローバリズムは国家精神主義では超えられません。
ナショナリズムは大資本を富ますことに役立っている面さえあります。
そのとき、国家や国境を超えて自分と家族の命を守る、生き延びる姿を在日コリアンと
家族の生から学んでいます。

<こういった個人史から考えますと、私のルーツは、韓国、九州、東北、東京というわけで、
生きるために流民となった民のルーツがあぶりだされます。(略)生きるためなら海も渡り、
仕事も選ばず生きてきた家族を持つ私にとって、 新幹線にのって子を連れて移住をする、
というのは、ハードルが高いことではなかったかもしれません。関西にきて、私なりの困難
はあります。 しかしそれは、私の祖父母が経験したことに比べたら、比較にならないこと
かもしれません。>

原発のように、自覚しない内に加害者になっている私たちは、また被害者にもなっている。
その現実に気づき、関係を変え、「超える質を作りたい」という意欲がみずみずしいです。
<被害と加害をともに超えたい。超える質を作りたい。しかし、それは加害に気づかないと
できない。指摘されないと、学ばないと、当事者にならないと、なかなか気づけない。//
ひとの、暴言を聴くと、回りにいる人も、傷つく。いじめをしているのを見ていると、
回りにいる人も、傷つく。ヘイトスピーチも、仲間うちの暴言も。そして、必ず内部崩壊
していくだろう。//原発事故後、国家の棄民政策に傷ついている日本のひとびと。
だから、風が吹いてほしいのです。吹かせたいのです。共に超える美しい彼方へ。>

私の詩集『押し花』に対しての丁寧な力作書評「埋もれた花の傷口から流れることば」も収録して
頂きました。時代の核心的問題に自らの人生をたどって深く考え、感受性豊かに受け止め、
柔軟なひろがりと鋭い抵抗力に満ちた言葉で書かれた注目すべき本です。多くの人が読んで
ほしものです。(コールサック社・1500円+税)






『八覚正大著『「シェルター」発』書評』

    関係を回復する文学   佐川亜紀

本書の帯文に「学校現場のリアルを生きぬくためにどうしても文学が必要だ」と書かれている。近年、
<生きぬくための文学>は失われつつあるが、危機的な社会から心身を守る「シェルター」、心の居
場所としての文学は常に求められている。学校現場も例外ではなく死を巡る文学も発生する。
著者の八覚正大氏は、一九九一年に新潮社新人賞を受賞し、大きな文学賞の候補にも挙がり、教師を
されながら文学的研鑽を積んでこられた連達の表現者である。
最初の小説『「シェルター」発』は、不登校生徒と出勤拒否教師が偶然出会い、数日間生活を共にする
ことで生じる心理変化を丁寧に描いている。教師の設定が若いせいもあるが、権威的にふるまわず、
やわらかい感性で応じる姿が印象的だ。「人と人との、苦しみを抱えた者同士の、一瞬の対等な関係に
思えた」という境地に至り、これは文学の立場でもある。「対等な関係」は言うは易く、行なうのが
難しいが、具体的な場面を通し、揺れ動く心理が率直に綿密に書かれていて優れている。
日教組文学賞を受け評価が高い。
次の小説「零度の遊び」は、オートバイで事故死した生徒を悼む作品だが、現在と事故当時を交錯させ、
さらに教材の「羅生門」の世界を入れ込み、不条理である死に近づくために思考実験した意欲作だ。
三番目の「いじめ手技治療団」は、跡を絶たない「いじめ」を「関係不全」ととらえ実践的に「関係修復」
を図る取り組みが書かれている。最後の詩「関係修復協会」は、理念の原点を表わしている。
作者は「人間の心と言葉の関係を、自らの感性的直観により探求していきたい」と述べており、今後も
さらに感性豊かに創作されると期待する。

(けやき出版 1500円+税。「洪水」13号掲載)





「秘密保護法」についての声明

日本詩人クラブ「声明と要望」

2013年12月6日金曜の深夜、参議院本会議において、特定秘密保護法案が可決されました。
私たちはその審議の過程を見守ってまいりましたが、衆参両院のいずれにおいても充分に議論を
尽くすことなく、強行採決へと急いだ法案の取り扱いはいかにも拙速であり、両院ともに多数を
占めるからといって、数の力に物を言わせた政権与党の奢りは日本の民主政治の将来に禍根を残
すものと判断いたします。
成立を見たとはいえ、この法律の内容は問題を残したままです。特定秘密の指定が政府行政の一
部の人々によって恣意的に行われる恐れがあり、そのため国民の知る権利や表現の自由が脅かさ
れる危険を含んでいます。この法律からはそのような危惧を払拭できないと、私たち詩人もまた
ここに懸念を表明します。先の敗戦から得た教訓に学ぶことなく、かつて戦争への道を突き進ん
だ隠蔽と監視の社会を再び導いてはならないと考えます。また国外に、取り返しのつかない嫌疑
や敵対を招いてはならないと訴えます。
よって私たちは今後も引き続き、この法案の可決に至るまでの経緯が民主主義の本来の姿に外れ
る衆愚政治であると批判をつづけるとともに、平和を脅かす事態を招くことのないように今後の
取り扱いを見守り続け、さしあたりは秘密の適切な範囲限定を、さらには法律そのものの破棄を
求めてまいります。
さらに、自民党幹事長が、11月29日付けのブログで、この法律の制定に反対する合法的なデモに
対して、絶叫戦術と名指し、本質的にテロ行為に等しいと表明したことは、戦後私たちが努力を
重ねて作り上げてきた民主主義を否定する奢りの発露であり、その後記載内容の一部を撤回した
からといって、単なる失言として見過ごすことができないと付け加えます。
日本詩人クラブは1950年の創立以来、和暢友愛の精神に基づき、詩の交流を通して世界平和
のために努めてまいりました。そのような立場から私たちは、以上この法律の内包する問題を指
摘するとともに、言葉を尽くさずいたずらに対立を強めるのみの議会運営に猛省を促します。
野党はもちろんのこと、与党の心ある国会議員の方々も、国会や党の内外において、なおもこの
問題に真摯に取り組まれるよう要望します。

2013年12月7日 一般社団法人 日本詩人クラブ
会長 細野 豊   理事長 川中子義勝   同法人 理事会


日本現代詩人会 「声 明 」

私ども日本現代詩人会は、第二次世界大戦敗戦による終結後五年の昭和二五年に、詩文学と精神の
復興を願って詩人有志によって創立されて六十三年になる全国に一〇〇〇名余の会員を擁する詩人
団体です。 戦争による無残な廃墟から、国民主権の憲法のもと、戦後民主主義のなかで、社会の革
新と文化の豊かな創造的な活動を進めてきました。
しかし、今回の安倍晋三自民党と山口那津男公明党の連立政権によって、国会に上程され、審議され
ている「秘密保護法案」の内容は、私どもが戦後一貫して拠り所としてきた、国民生活の根幹である
日本国憲法を改定する意図の元に進められており、憲法の精神に反し、明らかに私どもの生活を脅か
すものです。 安倍政権のいう「積極的平和主義」は、戦争に向かう言葉のロジックで、米国の国家
安全保障会議 に対応する日本版 NSC( 国家安全保障会議 ) 、特定秘密保護法、集団的自衛権
行使が三点セットで、日本を戦争が出来る国に変えることを目的とする背景があることが感じとれ
ます。何よりも、「特定」の秘密の範囲が曖昧で、防衛に限らず、原発、テロなどの名目によりそ
の適用範囲が無限に広がり、官僚だけでなく罰則が多くの国民に及ぶことも懸念されます。
情報公開が世界の潮流の時代に、私ども日本国民の知る権利を著しく制限する秘密保護法」は、
戦前の「軍機保護法」「治安維持法」「国家総動員法」による戦争体制への知らぬ間の移行を想起
させて不安な感情を掻き立てます。
私どもは自由な創作と発言を制限されかねない危険な「秘密保護法」の成立に反対いたします。

2013年11月24日  日本現代詩人会理事会
会 長 財部鳥子   理事長 北畑光男




『原田勇男詩集 かけがえのない魂の声を』

かけがえのない魂の声を


氷塊をふくんだ曇り空
かみさまもほとけさまも
肝心なときに雲隠れすると
心底から呪ったあの日

穏やかな海原を引き裂いて
黒い濁流が村や街を飲みこんだとき
わたしたちはまぎれもなく
世界の崩壊そのものに立ち会ったのだ
あの日からありえないことが
現実にありうることを手痛く知った

どうしたら ひとりひとりの惨禍を
抱きとめることができるのか
胸に祈りの木を秘めて
海辺に立つわたしのまなざしは
海原をわたる幻の葬列を見ている
失われたいのちのともしびは
あおじろいりんのゆらめき

いまわずかにできることは
非業の死をとげたひとびとの存在を
いつまでも記憶の草むらにとどめること
鎮魂の森で青い木の芽を育みながら
断ち切られた思いを未来へつなぐこと

潮風がなぶる傷の痛みに耐えながら
再生への飽くなきルートをさがす
どんなことがあってもいつか
あの日から変質した世界の闇の先に
ほのかな光の樹を運ぶこと

絶句したかけがえのない魂の声を
聴き取ることからはじめよう
海の底で折り重なって眠るひとびとの
凍りついた無念をときほぐすために

※東日本大震災からわずか2年半ですが、「非業の死をとげたひとびとの存在」
は早くも忘れ去られ、<明るい経済見通し>のために被災や復興の困難さの実情
が覆い隠されている昨今に、「絶句したかけがえのない魂の声を/聴き取ること
からはじめよう」と呼びかける本詩集は貴重な一冊です。
「がれきの山と屈折した不満が/重く堆積している被災地」「県外に避難した
被災家族は/いまだに故郷の大地を踏むことができない」人々の苦難と多様化
する被災生活の実態はなかなか表に出にくくなっています。
原田勇男さんは、詩集『炎の樹連祷』などで生命を蘇らせる詩想を書いてこられ
ました。本詩集にも「森の中へ行っても/先住民でないわたしは/どの木に自分
がふさわしいのか/どの木と自分が結ばれるのかわからない/だからわたしは
目に見えない木/比喩としての生命の木を探す//それがわたしの固有の木/
炎の樹かも知れないからだ」(「森の中へ」)と述べられています。
人に無残な死を強いる自然は、また豊饒な恵みももたらし、海辺の人々は自然と
結ばれて、自然にふわさしい暮しを営んできました。だが、海辺に原発を建てた
のは自然との結合を破壊することになりました。「世界の崩壊そのものに立ち会
ったのだ」という感覚は絶えず呼び覚ましたいものです。被災の記憶と「生命の
木を探す」という詩の意欲が切実に、感性豊かに表された優れた詩集です。
(思潮社・2200円+税)





『水田宗子詩集 アムステルダムの結婚式』

世界の記憶を詩集に昇華した美しい本

水田宗子氏は、近年立て続けに詩集や評論集を出版し感嘆するばかりだが、
その根源に、国境を超えた人々との出会いにより培われた豊かな詩の海が
あることを感じる。
特に、新詩集『アムステルダムの結婚式』は、魅力的な吟遊詩人が語る長詩で、
日本という枠を超えて、ボーダレスになる地球と交錯する世界史の記憶を
シンプルでリズムのある詩とすることに見事に成功している。
日本の現代詩の水準を凌駕した世界文学的テーマと手法は大変貴重だ。
日本の伝統形式のほうに戻りがちな詩の現在に、現代詩は世界文学を
目指していた原点を思い出させる。
しかも、結婚式は「生と死を繋ぐ円環の流れの中の一つの節目を祝う祭り」
であるという把握は、生命観において重要な認識であり、前詩集が死を背景
に抱いていたことを考えると、生命の円環を詩の思想と構成にすえた水田
ワールドのさらなる大きな展開に瞠目する。
生命の円環も旧来の家族や国家ではなく、結婚式を執り行うのが「バックパ
ックと楽器」しか持たない「知り合いとも言えない知り合い」の「ただの物
語り人」であるとは、風習を超越している。「文無しのナレーター/だが袋に
は物語がいっぱい詰まっている」という設定は、物語る者とは常に既成の集団
や利害から外れた存在だと教えてくれる。この詩集の扉には「To Vivian and
Takuro」と記されているが、花嫁花婿は母国と母語が異なる。「結婚するのは
/若い男/スパニッシュハーレムの道向こうに住んでいた/日本語を話す男」、
「連れの彼女はカメラを担いでいた/中国系だそうだ」。人々は「アホウドリ
に導かれて」「ドリームランド」を求め地球をさすらい続け、出会い、愛し、
家族を作り、引き裂かれ、別れ、また再会する。自らを縛る名前ではなく、
美しい名「レーゲンボーゲン」と名乗る七人の娘たちは、「特別居住地区」に
行かなければならない。「一番上のお姉さんは/小学校も行かないで/縫製工
場でミシンを踏んだ/六人の妹たちの晴れ着は/すべて縫った」レインボー娘
たちの苛酷な運命も現代の象徴だ。言葉と人種が混合し、戦闘と殺戮、アウシ
ュヴィッツ・ヒロシマ・フクシマも存在する「廃墟だらけの/地球」。アンネ
・フランクが潜んでいたアムステルダム。「望郷の/さまよえる/ドリーマー
たち」が増え続ける地球。「みな旅立っていきました」そしてまた生命の円環
の中へ。「いつか/次の物語聞 かせて/魂が追っていくから」魂は物語
によって生じるのだ。
「あとがき」には次のように書かれている。「ナレーターはそのものたちに語
らせることを通して鎮魂を執り仕切ろうとする。ナレーターと花婿・花嫁が一
体化することで、ナレーターの物語=記憶は結婚式に世界の国々から集まって
来た人々の記憶と重なっていくだろう」との構想も素晴らしい。生命の円環の
巨大な流れに入っているのは世界中の多種多様な人々なのだ。世界の人々の記
憶は日本語の記憶とも重なり、鎮魂を多義的に深めてゆくことになるだろう。
「私は一九六〇年代の初めに、ニューヨークや東部都市に大勢いるナチス強制
収容所を生き残った人たち、親族や家族を失った人たちと知り合った。まわり
にいる知人や友人が何も語らず、しかし記憶を消すことができないまま日常を
生きていく姿に深い衝撃を覚えた。その沈黙は原爆の犠牲者や東日本大震災で
の原子力発電所事故の被害者たちにそのまま繋がるものであり、他人事でない
ばかりか、記憶を考えるときの根底にあると感じた」。私たちは三・一一以後、
文明と生命をどう考えればよいか、問われ続けている。大量虐殺、大量犠牲、
多くの人々が故郷を失くし離散する時代に、言葉が経済化し、本質的な事柄に
ついての沈黙が増す時代に、詩は何ができるだろうか?世界の記憶を他人事で
はなく自己の、人間の記憶とするためには豊かな想像力が必要だ。既成のライ
ンを自由に抜け出て、さまざまな物語をバックパックに詰め込み、世界各種の
楽器をかき鳴らし、父母が異なるポエジーを婚姻させることが求められている。
本書は現在の詩に対して非常に大切な示唆に富んでいる。
森洋子さんのファンタスティックでモダンな絵は今回も詩とすてきなハ
ーモニーを形成しており、開くたびに新しい世界が始まる詩集である。

(「カルヨン通り」10号掲載)



『齋藤貢詩集 汝は、塵なれば』

汝は、塵なれば

父母(ちちはは)のように
いのちの息を吹き込まれて
わたしとあなたは 死ぬまでこの土地を耕すのだろう。
たとえ そこが呪われた土地であったとしても
耕しながら 日々の糧を得るのだろう。

茨(いばら)とあざみよ。
苦しみとは分かち合うものなのですか。
堪(こら)えきれない痛みは分かち合えるものなのですか。
いいえ。
あなたとわたしは 地に撒かれた一粒の種子。
土地の痛みが発芽させる
いのちの苦しみそのものですから。

喜びを遠ざけて。
悦楽を遠ざけて。
野の草を摘みながら つつましき日々に感謝をしよう。

「汝は、塵なれば塵に帰るべきなり。」*

かつての父母のように
わたしとあなたは 楽園を夢見ながら
ひとつの睦まじき種子となって地に眠るのです。

空中を浮遊する塵のままに わたしも。あなたも。
わたしたちは塵なれば。塵にすぎなきものなれば。

父母がそうであったように
やがていつかは 土へと帰っていくのですから。

楽園はとうの昔に失われていて
あやまちは決して許されない。

野に雪は降り こころにも雪は降り積もる。

地の果てまで浮遊するしかないあなたとわたしなれば
この渇きは
いつになったら癒されるのですか。

*旧約聖書『創世記 第三章「楽園追放」』より


齋藤貢さんは、南相馬市小高に住んでいらっしゃいました。地震、津波、原発事故を只中で、
体験し、今も故郷に帰れない流浪の暮しを強いられている地区の方です。が、この詩集は、
体験者の記録にとどまらず深い問いと形而上的思索に導く表現が際立っています。
詩は「フクシマ」をどう捉えるか、という難問に貴重な示唆を与えてくれます。
上記の詩は、題名になった作品で、もとの引用は旧約聖書からです。
栞で粟津則雄さんは「現在への問いかけと現在をこえたものへの問いかけが、人間への問い
かけと人間をこえたものへの問いかけが、濃密でのびやかな劇を作りあげていると言っていい。」
と述べています。詩は、人間・現世社会的なものと人間を超えたもの・神的な形而上的存在、
此岸と彼岸の両方にまたがって照らすことが求められているのでしょう。
現代に生きる我々はだれも無垢ではなく、しかも、形而上的存在により人間の罪が解消されるの
でもありません。作品「断つ」にみられる安易な希望や共感を断ってこそほんとうの希望や共感が
生れるという思いに教えられます。作品「野に春は」は、鄭周河写真集『奪われた野にも春は来る
か』へのオマージュとして創作され、植民地時代に書かれた李相和の同名の詩に表わされた
「奪われた土地」への思いに言及しています。
作品「かさね、とは」や「後朝の、あかぬ別れの」など古典と重奏する詩は極限の美を感じさせます。
(思潮社・2500円+税)




『中村純詩集 はだかんぼ』

海の中の死者
―汚染水の流され続ける東北の海に―

被曝しつづける 海の中のあなたたちよ
さまよいつづける 海の中の死者よ
なぜあなたたちは
こんなに凪いで穏やかなのか?

明るい電飾の中にいる私の前に
ふと立ちのぼる死者たちよ
風化とから騒ぎの人々の
胸の中に押し寄せる津波
あれから幾度も三月十一日は私に訪れ
私は蚕の糸のような詩を吐く

私は幾度も津波にさらわれ
幾度も被曝し
幾度も大地の揺れの中
子どもたちの手を引いてまどう

海の中に沈んだままの命の意味と
被曝しつづける死者と生者の命の意味と
わからないことだらけの国の形に
疑問符と怒りを投げ続け

詩を吐き出す
私は繭をやぶる
死者とともに在るため
忘れない 忘れさせない死者たちと
つめたい海の底にいる



第一詩集『草の家』で朝鮮にルーツを持つ祖父、難しい時代を強く生き抜いた祖母、
激しい愛憎を表す母などの作品で鮮烈にデビューした中村純さんの第三詩集
『はだかんぼ』。東電福島原発事故の後、小さいお子さんを被曝から守るため東京から
京都に移住し、命と社会の問題を発信しておられます。表題詩の「はだかんぼ」は
おふろあがりにはだかんぼではしゃぐ子供を温かくみつめた作品です。のびやかに
生きる命を阻む原発事故の影響は大きく長いですが、隠蔽しようとするさまざまな圧力が
働いています。それを勇気を持ってはねのけ、果敢に行動し、表現する姿は時代の光と
感じます。軍事性暴力で殺された女性、ネットカフェのトイレで子供を出産した女性を
共感をこめて表わし、殺した日本社会に怒りと問いを投げかけています。
瑞々しくやわらかい感性と鋭敏な批評精神の共存が中村純さんの特性で貴重な詩人です。
(コールサック社・1500円)




『甲田四郎詩集 送信』

換気扇

換気扇の羽根が重たそうに回りだして
ギイギイギイギイうなりだす
抗議のようである
ヒモ引っ張って止めて、また引っ張って動かす
羽根がこんどはうならずに回っている
あきらめたようである
短い平安の時にいる

手をうつべきなのだ
今日一日がかりで掃除した(女房が)
床を流し台を仕事台を腰板をボイラーを
ゴシゴシゴシゴシ、ゴシゴシゴシゴシ
このように私たち(女房)ガンバルのであり
抗議に応えるごとくではあるが
応えていない 換気扇に手がとどかない
人がやってきてそれを見る
だけど気がつかないふりをする
やさしい他人もいるのさ
それなのに換気扇がまたうなりだす
ギイギイギイギイ手をうてうたないと
手おくれになるぞギイギイギイギイ
私も他人も見上げて確認してしまう
私たち(女房)の頑張りの
手のとどかない上空の
孤独な換気扇
その短い未来


甲田四郎さんは、詩誌「いのちの籠」の編集人で小熊秀雄賞、小野十三郎賞を
受けています。戦争と強者に抵抗する思いはとても熱いのですが、単なる告発
ではなく、作品は非常に巧みです。自営業者の日常を丁寧に描いていますが、
「私は具体で生きている」という詩の通り、具体的な毎日の営みを真摯に生きる
ことこそ人間の基本だという信念があるのです。しかし、「生活」はしばしば
「理念」と背反するのです。今も「経済優先」が原発を再稼動させようとして
います。その困難な生活の中でなんとか「私たち(女房)ガンバル」、
「換気扇に手がとどかない」が「ガンバル」懸命な姿をユーモアを込めて描いて
いるところにたいへん感動します。散文的なようで語り口に個性的なリズムや
効果的な擬態語があるのも印象深いゆえんでしょう。

(ワニ・プロダクション 2000円+税)





『金堀則夫詩集 畦放(あはなち)』

水田は一面雑草に覆われている
農作業をするものはだれもいない
米作りを放棄してしまった
米作りをしなくても
田んぼは放置できない
畦だけは受け継いでいかねばならない
畦の放棄は 神代からのおきて破り
何度も くりかえし 草を刈る
田と田の境界を侵さないように
お互い 草を刈る 生えては 草を刈る
草の根は保持しなければならない
根が畦の崩れを防護している
土をのせ 土をかため 草を生やし 草を刈る
水を囲う畦を壊さないように護ってきた
計り知れない年月 幾世代がつながっている
水路を埋めてもならない 樋を壊してもならない
水のながれを わが田の畦で邪魔をしてはならない
耕作するものの畦
狭い畦は道路ではない 耕作者同士で管理する道なのだ
稲作の始まる頃から壊してはならない
守りごと やぶれば村を放り出される
田んぼでしてはならないことなど
もう だれも知らない 語らない 時がきた(後略)
(「畦放(あはなち)」より)


金堀則夫さんは、大阪府交野市にお住いで、2003年には『かななのほいさ』という
詩集も出され、土地にまつわる言葉と人の営みを一貫して表現してこられました。
新詩集の『畦放(あはなち)』は一層衰退していく日本の農業をみすえ、
鉄器時代や神話にさかのぼりながら、「もの」が変容していく様を鋭く描出しています。
「鬼は云う/わたしの魂は/どのようなものになっても/ものをいう/ものとものが/
おきてをやぶれば/わたしは黒縄に縛られ/火あぶりの刑」(「鉄則」)
もののおきてを破って火あぶりの刑にあっている人間たち。
TPP参加でいよいよ幾世代の稲作の形も途切れようとしています。
ひからびた田に水を流すようにひたひたと迫ってくる詩集です。
金堀さんは、詩誌「交野が原」を発行され、私もお世話になっています。
(思潮社 2200円+税)





『水島英己詩集 小さなものの眠り』

デイゴの並木が岬のその先まで続いている。
真夏の日射しを大きな葉が受けとめ、
やさしい翳りをつくっていた。

やはり入江だった、島々の襞の
<深く奥へ切れこんだ入り江>は死の匂いがした。
追いつめられた生の痕跡が

穿たれた穴のなかに格納された自殺艇(スーサイド・ボート)として
六十七年目の夏の草いきれのなか
今年も封印された出発の瞬間を夢見ている。(略)

小高町!相馬!「相馬に行こう! と私はふと思った。どうしてもっと
早く気がつかなかったろう」(「死の棘」第四章)。この言葉と作家の顔写真が
印刷された小高の文学資料館の「しおり」を私は持っている。
(「二〇一二・夏・加計呂麻 島尾敏雄の場所へ」)


島尾敏雄が特攻隊隊長として出発を待っていた奄美の加計呂麻島と作家の故郷の小高町。
琉球弧と福島の場所に作家の発生の源が存在します。
水島さんは、作家や詩人にとっての「場所」に注目しています。<私が言いたいのは、
我々の今、ここの場所性(それは我々の「主体」性とは違う)を具体化すること、それ
を大切に考えることからはじめようということだ。沖縄を考えることはここでいう場所を
大切にすることの意味と同じである。沖縄という場所は様々な問題に絡まれて傷つけら
れているように見えるし、実際もそうである。しかし、その場所性は常にそれらの問題
を明白にし、批判しうるほどの具体性と強さを持とうとしている。問題の困難さに負けない
場所というのがある>と「ノート3」で語っています。
人間の「主体」性ということとは違う、「場所」が持つ力。近現代において場所に負荷され
られたさまざまな困難を明白化し、かえって批判し、転換させる磁場として捉えなおすこと
を構想しています。それは、作家や詩人の創造の根元となり、たとえ移動しても場所の
記憶は蘇ります。そうした場所は「小さなものの眠り」の中に入ることができる所でもある
でしょう。<歌をかきあつめて/小さな斧に研ぎあげる/ときどき己を切り倒す/それが
正しいとき、悪夢から出てゆく道が/はるか遠くに敷かれている>(「小さなものの眠り」)
(思潮社・2200円+税)






『青い花』

辺見庸の小説『青い花』は、3・11後の作品として卓抜の成果だと思う。
私が漠然と求めていたことを超え、思い至らないほど鮮明に構造的に挑発的に描いている。
辺見庸は、2011年、詩集『生首』で中原中也賞、12年詩集『眼の海』で
高見順賞を受けた。(ちなみに、高見順賞贈呈式は、前年の金時鐘氏の授賞式が
3・11に重なり中止となったため、二人の授賞式と変り、私も末席に参加した)
辺見庸において際立っているのは、批評性、批判性である。昨今の詩の世界で
著しく衰退した批判性が、ハンパなく、縦横に、他者も自己も切り刻むように
鋭利に振るわれている。
詩集『生首』の巻頭の詩「剥がれて」は、「言は剥がれ。はがれ。剥がれ。
神から言が剥がされ。神が言から剥がれ。言は抜かれ。死から言が剥がされて。
(略)・・・広告代理店のパソコン画面で遊ばれ。弄ばれ。(略)・・・・
在日朝鮮人の恨を消しさり。言から恨が抜け。(略)・・・・」とえんえんと続く。
冒頭の「言は剥がれ」は、「ヨハネによる福音書」の「万物は言(ことば)によって
成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった」という、
謂わばキリスト教文化、ひいては西洋文明の根幹である「言(ことば)」が、
あらゆるものから剥がれ落ちている現在を表わしている。
詩集『生首』は、3・11前に出版されている。大崩壊を予言し、
文化の根幹の危機に気付いていた先見性も出色である。
『生首』にも「青い花」が出てくる。「善魔論」という作品である。「すべての事後に、
神が死んだのではない。すべての事後の虚に、悪魔がついに死にたえたのだ。/(略)
夕まし、浜辺でますます青む一輪の花。もう暗れまどうことはない。あれがクレマチス
というならクレマチス。いや、テッセンというならテッセンでもよい。問題は、
夕まぐれにほのかに揺れて、青をしたたらせるあの花のために、ただそれだけのために、
他を殺せるか、みずからを殺せるか、だ。」ここで「青む一輪の花」は「詩」と言っても
いい。そもそも「青い花」といえば思い出すのはノヴァーリスの詩物語である。
『生首』では、まだ「詩」がかすかに信じられている。
しかし、小説『青い花』では、「青い花」とはクスリ、幻覚剤「ポラノン」のことだ。
「争わない青い花」。「いまを生きることに各人が『適正な幸福感』、『淡い満足感』、
『ほのかな充足感』、『他者との一定の連帯感』をえられる」薬効があるクスリ。
詩や歌は幻覚剤の面がある。そこまで行くのはそれなりのリズムや魅力に優れた詩や歌ではあるが。
小説にも出てくる、今よく流れている「花」という歌は共感的叙情性に富んでいる。
現在、詩はこれだけの危機でありながら、むしろ平穏な叙情性や、円環的調和性のほうが多数派である。
小説『青い花』は未来的でもあるので、アジアでは内戦が起きているという想定である。
「ソックリさん」としながら実名で政治家や知識人、有名人をなで切っている。
また、注意すべきは、敗戦前後の日本で覚せい剤「ヒロポン」が盛んに使われていたという指摘である。
今、零戦が人気だが、戦場で死や攻撃の恐怖を忘れるためにクスリを使うのはよく行われることである。
ところで、「青い花」は「きょうこ」というかつての恋人も意味している。生きているか
死んでいるか分からない恋人をかなり男性特有の身勝手さで慕っているのだが、この幻覚
の二重性も身体的な説得力を増している。俗語や方言、専門用語など混合して言葉を使っている
のもエネルギーの元に感じられる。
ますます「幻覚」が深まる日本。その中で詩とは何か。現実をおおう何枚ものブルーシートを剥ぎ取り、
私達がどのような在り様をしていうのか鋭く問う小説である。
(2013年5月31日 角川書店 1600円)







『ベトナム独立・自由・鎮魂詩集175篇』

バン・ヴィェット(1941年生れ。)

ヴィンクアン(Vinh Quang)の地下壕で

地下壕の中から出てきた
子どもたちの目の輝きがまぶしい
突然私の心に光があふれる
この地、ヴィンクアンで!

私はすべての道を忘れてしまうだろう
しかしこの地下壕だけは忘れない
太陽草やヒルガオが繁るこの地下壕
3歳になる子供たちが
初めて広い海を見て驚いた
初めて澄んだ空を見て驚いた

そして自分自身に驚いた
この地球で28年も過ごしてきたが
それでも想像つかなかった
生と死の距離が数メートルもないなんて
深い地下壕から太陽の元へ飛び出す、たったそれだけの距離だなんて
信じられないほどに短い距離だ
そして、戦争と平和の間はと言えば
こんなに長くて果てしない
子供の期待の心の中には
(1970年)

※ 今年は、ベトナムが日本と国交を樹立して40年になります。
国交樹立と枯葉剤被害者支援のために、ベトナム詩人105名と
日本の詩人70名による日本語・ベトナム語・英語の詩選集が出版されました。
私も「龍の爪」で参加しました。
ベトナムの詩で再認識したのは、ベトナムも中国文化圏だったということです。
初めの詩は漢詩です。朝鮮も日本も同じですね。しかし、翻訳者の清水政明さん
によると、日本が助詞を入れ書き下し文とする独自の形式を編み出したように、
ベトナムでも独自の定型詩に仕上げる「演音」という形式を作り上げたそうです。
テンニンカの花やヤシの実、山や川、雨や土などベトナム特有の美しい自然を
描写しながら国や同胞への愛を歌う作品も心惹かれます。ベトナム戦争の詩で
改めて気付いたのは最大の敵は米軍で、北爆で殺された子供たちへの詩など
非道への抵抗が主ですが、国民が南北に分かれて戦ったことも作品化されています。
これは朝鮮戦争と同じです。「僕が彼を撃った」(「愛する昔」)、「僕の村は敵の姿で一杯」
(「故郷」)。アメリカに勝利した国としての面を旅行者には強く印象づけますが、
内部に抱えた傷が表現となったと思います。現在のシリアやエジプトに通じる悲劇を
感じます。今まで日本で知られていないベトナムの詩が分かる労作です。
(コールサック社 2500円+税)














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