戦争に反対する詩のページ




アピール
詩人名別索引















アピール



日本の詩人たちの戦争に反対する詩をお読みください。

アメリカは、世界の困難な問題を圧倒的な武力の行使によって対処しようと
しています。しかし、私たちは武力ではなく外交努力によって平和と友好を築
いていきたいと願います。  特に、日本は、過去に中国・朝鮮・アジアの諸国
に侵略戦争を行い、膨大な被害を与えました。日本の市民も多数の犠牲者と
なり、広島・長崎に落とされた原子爆弾の驚異的な破壊力は、核の恐ろしさを
あらわにし、被爆者の方々が心身ともに負った深い傷は現在も続いています。
日本は二度とこのような悲惨と苦痛を他国にも自国にも繰り返さないことを誓
って、新しい憲法のもと、平和を目指して戦後を歩んできました。
  しかし、今、日本政府はアメリカのイラクへの武力行使に無批判に従い、支
持を表明しています。これは、憲法を安易に踏みにじるものであり、日本国民
のほとんどは決して同意しておらず、アジアの安定を脅かすことでもあると抗
議します。
 アメリカの戦略への支持・加担を即時やめ、今後は日本国憲法の平和精神に
基づいた外交をするよう要望します。
 この時代を分かとうとする危機にあって、戦争に反対する詩を多数の詩人か
らお寄せ頂きましたのでぜひお読みください。
 なお、この運動はアメリカのサム・ハミル氏が組織したインターネットHPによる
反戦詩サイト「Poets Against the War」の運動を各国に広める提案に応じたもの
でもありま
す。
 

       ※※※※※※ 日本の反戦詩集6月10日現在 ※※※※※※
 *313篇。
 
 <呼びかけ人>82名
 
石川逸子、木島始、甲田四郎、佐川亜紀、葵生川玲、赤山勇、天野行雄、
荒野きり、李承淳、井奥行彦、 池谷秋雄、泉渓子、いだ・むつつぎ、井之川巨、
上野都、内山加代、内海康也、江口節、小笠原茂介、 小川アンナ、
おだ・じろう、小野恵美子、筧槇二、葛西洌、神尾達夫、河井澪、川端進、
神田さよ、 神田千佳、木村ユウ、草倉哲夫、久保田穣、くにさだ きみ、
黒羽英二、こたきこなみ、小松弘愛、 小森香子、近藤めいり、斉田朋雄、
斉藤明典、坂田トヨ子、坂本つや子、直原弘道、篠田味喜夫、 柴田三吉、
しま・ようこ、杉山滿夫、鈴木比佐雄、瀬谷耕作、宗美津子、祖父江拓史、、
高橋和行、 篁久美子、滝いく子、滝百合子、田中郁子、たなはしみなこ、
タマキ・ケンジ、田村さと子、趙南哲、 中正敏、永井ますみ、庭野冨吉、
野田寿子、萩ルイ子、橋浦洋志、羽生槙子、原圭治、原子修、 比暮寥、
藤森里美、堀場清子、松尾静明、水尾佳樹、三田洋、望月苑巳、森みどり、
森野満之、 柳生じゅん子、安水稔和、横田英子、若松丈太郎、

      



連絡先:反戦詩編集委員会

 






詩人名別索引



<あ行> <か行> <さ行> <た行> <な行> <は行> <ま行> <や行>
相川祐一 泉渓子 片岡文雄 草倉哲夫 鈴木俊 崔龍源 高塚かず子 中正敏 堀場清子 松尾静明 夢野華
青山みゆき 井上庚 河井澪 金井雄二   新川和江 相馬大 滝いく子 那珂太郎 福中都生子 水尾佳樹 安水稔和
赤山勇 尾花仙朔 川崎洋 河上鴨 しま・ようこ 篠田味喜夫 滝百合子 永井ますみ 平林敏彦 望月和 山本聖子
有馬敲 新井豊吉 神田千佳 葛西洌 坂本つや子 祖父江拓史 高良勉 成井透 武力也 望月苑巳 吉村侑久代
池田實 榎本初 菊田守 絹川早苗 杉本邦文 斉藤明典 竹内元 仁田昭子 芳賀梨花子 眞野洋子 やまもとひでこ
石川逸子 荒野きり 木島始 暮尾淳 柴田三吉 坂本法子 津坂治男 野田寿子 原田勇男 森京介 鎗田清太郎
岡島弘子 大貫裕司 甲田四郎 柿添元 曽根ヨシ 鈴木豊志夫 趙南哲 西岡光秋 羽田敬二 松尾茂夫 矢口以文
井之川巨 麻生暁美 高良留美子 古賀博文 芝憲子 直原弘道 トオジョオミホ 野口正路 星雅彦 美異亜 横田英子
阿賀猥 大貫喜也   かみこ・もえか 近藤めいり 鈴木比佐雄 外園静代 田中周健 庭野冨吉 花田英三 牧陽子 山崎夏代
上野都 江部俊夫 筧槇ニ 久保田穣 佐藤一志 宗美津子 田中郁子 中原澄子 原子修 森野満之 山田由紀乃
飯田あつこ おだ・じろう 金光洋一郎 郡山直 佐藤恵子 新藤月子 高階杞一 なべくらますみ 橋本福惠 三田洋 山根研一
いずみ 小笠原茂介 彼末れい子 くにさだきみ 斎田朋雄 佐川亜紀 高明浅太 なんば・みちこ 橋浦洋志 宮本勝夫 柳生じゅん子
葵生川玲 青島洋子 川島洋 北村愛子 関野宏子 都月次郎 仲嶺眞武 福井久子 三浦志郎
荒井潤 池澤秀和 草野信子 加賀谷春雄 瀬野とし 田村さと子 西岡寿美子 羽生槇子 森内伝
新井悠ノ介 今辻和典 木村俊太郎 門田照子 せんばふみよ 高橋喜久晴 西村ノリ子 福田万里子 丸山裕子
浅山泰美 一瀬なほみ 上手宰 香川紘子 佐相憲一 戸台耕ニ 中村真生子 坂東寿子 水野るり子 <ら行>
大井康暢 大澤榮 木村恭子 木津川昭夫 進藤いつ子 徳弘康代 永井力 星野元一 森田進 李美子
小川聖子 小川アンナ 小林明代 北岡淳子 坂田トヨ子 高橋和行 中谷順子 馬場晴世 森原直子 螺旋
江口節 内山加代 木村ユウ 小泉伸明 瀬谷耕作 高橋次夫 長久保鐘多 萩ルイ子 水上洋
いだ・むつつぎ 伊藤眞理子 黒羽英二 経田佑介 杉山滿夫 高橋馨 中島悦子 藤田三四郎 むらまつ・たけし
天野行雄 小野恵美子 神尾達夫 栗原貞子 島田陽子 たなはしみなこ 夏山直美 原子朗 南邦和 <わ行>
井野口慧子 大石規子 小松弘愛 亀田道昭 嶋崎治子 高橋英司 長島三芳 藤川元昭 元恵 ワトソン
新井あらた 池谷あきお 菊地貞三 賀須井秀寿 桜井哲夫 篁久美子 中原道夫 林嗣夫 村田耕作 若松丈太郎
伊原五郎 李 承淳 片山礼 倉岡俊子 白井修 富田庸子 中村安孝 疋田澄 森徳治 和田英子
荒川みや子 有邑空玖 川本洋子 清岳こう 相良蒼生夫 富田正一 藤森里美 御庄博実 和氣康之
石黒忠 井奥行彦 神田さよ 小坂太郎 鈴木ユリイカ 田中国男 福原恒雄 三方克
うめだけんさく 内海康也 小西誠 風間晶 佐藤武 たかとう匡子 比暮 寥 増岡敏和
出海渓也 伊東美好 小関守 小森香子 沢田敏子 武田 健 原圭治 みもとけいこ
犬塚昭夫 江原茂雄 川端進 金堀則夫 嶋岡晨 タマキ・ケンジ 浜竜 真神博
沖長ルミ子 岡崎純 金水善 近野十志夫 島秀生 服部剛 水崎野里子
伊藤芳博 大藪直美 コミネユキオ 北川朱実 須田芳枝 村野美優
朝倉宏哉 木村迪夫 上尾龍介 森みどり
熊谷きよ 北畑光男 美濃千鶴
キム・リジャ 北川眞智子 麦朝夫
こたきこなみ 宮沢肇
黛元男
松田軍造




















<詩人名・あ行>

青白き狂気
相川祐一

新世紀の真っ赤な夏が過ぎた頃
天に向かって誇らしく聳え立つ
旧世紀の高い高い二つの塔が
見る見るうちにあっけなく崩壊した。

跡地には青白い怨念が燃えさかり
世界はグローバル文明の危機に心底怯えた。
くすぶりつづけるこのとてつもない悪夢こそ
まさに未来を失いつつある人間の仕業なのだ。

正義と悪の闘争?
民衆にはきまり文句がわかりやすいから
旧約聖書の石塊のような勧善懲悪の言葉が蘇生するのだ。
あなたがた正当に選ばれた指導者たちよ

あなたたちはひとびとのひとりひとりの幸福について
ほんとうに腹の底から真っ当に考えたことがあるか。
数百万難民の群のひとりひとりのこころの奥底に渦巻き
燃えつづける青白い怨恨みを想像できるか。

一基二百万ドルのミサイルを
十ドルもしないくずれかけた豚小屋に撃ちこむような
壮大な浪費がなぜ嬉嬉として連日くりかえされるのか。
けわしい岩肌をむきだしにした山岳の地上戦に

自ら身をさらすことの決してない選良たちよ
一日に三万人の幼い餓死者を世界に見捨て
こんも国ですら年間三万人の自殺者が日常だというのに
巨大な権力を持つ冷徹な指導者たちはすべて黙殺。

どんなSF怒濤のスペクタクルよりも面白い
終りの無い新世紀戦争劇はいよいよクライマックスだ。
IT時代を席捲するヴァーチャルリアリズム。BS付けた?
何か変わった?新時代的大芝居舞台裏の青白き狂気よ。

※一九三八年生。詩集『1990年夏の抒情は』『ロクドウリンネ』




アメリカ二態
葵生川玲

統計

   (1)12%
   (2)30%
   (3)40%
   (4)17%
   (5)50%
(1)アメリカの人口に占める黒人の割合。(2)湾岸に派兵さ れている米軍に占める黒人兵士の割合。(3)同じく、非白人兵士の割合。(4)同じく、女性兵士の割合。
(5)同じく、 女性兵士に占める黒人兵士の割
   (6)29・6%
   (7)25%
( 6)アメリカにおける16〜19歳の黒人全国平均の失業 率。(7)同じく、15〜25歳の黒人男性の、銃撃も含ん だ暴力行為ならびに麻薬など反社会行為で死亡する割合。
          *
(ブッシュ政権は、黒人兵の比率が高いことを「志願制」 であるからと、問題にしていない。)
(E・J・キャロル提督は、「富と力を持つ人々が決定をく だし、貧しい若者たちが戦わされる」と語っている。)

契約

契約日  一九九〇年十二月十一日。
発注者  米国防総省。
数 量   一六、〇九九個
仕 様   全長七フィート十センチ(約15cm)、幅三十八 インチ(6cm)、深さ六インチ      (15cm)、六個の金属製リングファスナーが縫い込まれている。
製 造  ニュージャージーの工場で、 一九九一年一月十 日から生産開始。
納期   一九九一年三月一日。
品名   「ボディバック」 (別称、遺体収容袋)

(一九九一年二月十八日現在迄の、米軍の死者の総数は 十四名。同日、ペンタゴンとリヤドの米中央軍報道官は、 地上戦への準備はほぼ完了したと発表した。)
(ボディパッグの到着する、デラウェア州マンドーバー 基地は厳しい報道管制下にある。悲惨な死体を国民と世界に知られたくないという、当局の考えによるものだ)

*詩集『時間論など』 (視点社)発 行から。 一九四三年生まれ。
『葵生川玲詩集成』〇三年 一月刊がある。



たしかにここだった*
青山みゆき

木立が静かに傾いている
空地では
野生の花が咲き誇っている



たしかにここだった
  (語りえない、
  伝えるなんて不可能なものがたり)



人類による、人類の殺戮、絶滅の歴史
その記憶の破壊―ー
無数の言葉が形をなさずに消えていった
闇に包まれた穴のなかで
彼らの世界は終焉した



野生の花が咲き誇っている



遠くで
黒い鳥がギギーッと鳴く
影ひとつのこさず飛び去ってゆく

*映画『ショアー』の中のユダヤ人、スレブ ニクの言葉を引用。
一九五四年一二月一日生まれ 詩集『西風』



不詳
赤山 勇

殺されたことが
ただひとつの確かなあなた
本籍も不詳
氏名も不詳
現住所も不詳
すっ裸でのけぞりながら
恥部も不詳
あらゆるものを失いながら
死体だけを残してしまったばかりに
それだけに
あなたは人間のようでもあり
死体のようでもあり
ただ不詳と読経される
員数のようでもある

※1936年生。『血債の地方』『在日本人』


使命
阿賀猥

戦争は好き?
―好き
  殺したくなる気持ちわかる
  すごく分かる

殺したい人いる?
―いる
  いるような気がする
  沢山いる
  沢山沢山、いるような気がする

  沢山沢山殺さなくてはいけないような気がする
  そのために生まれてきた、そんな気がする

それがあなたの使命?
―誰かがそう言っているような気がする、
   いつも、休みなく、そう言っているような気がする
   いつもいつも繰り返してそう言っているような気がする

人は人を殺さなくてはいけない、
人はそのために生まれる
あなたも私も、

そうではないのか?
そうではないのか?

柔らかな顔をした若いヨーロッパ人。ボスニアの人? クロアチ
ア? 子羊のような優しい美しい顔がトツトツと答える。誰に?
だれに答えているのか? 神様に? 女神様に?

※1944年『ナルココ姫』『山桜』




わたしの叔父さん
浅山泰美

二十四で死んだわたしの叔父(おじ)さん、
二十歳で戦地に赴き
終戦の年に死んだというわたしの叔父さん、
写真でしか知らないわたしの叔父さん、
気が優しくて字が綺麗だったと。
戻ってきた骨壷には小石が三つ入っていたと。
ただ一人の兄をなくした母は語った

その人の死後九年経って生まれたわたしは幼い頃
駅でアコーデイオンを奏いている傷痍軍人を見て
叔父さんの分身だと思った
この世に残された
うすい影かもしれないと

北支(ほくし)とよばれていた
中国華北省のいずこかで
いよいよ肉体を離れるとき
わたしの叔父さんは願っただろうか
もう一度 戻ってくることを。
二十一世紀にも まだ
戦さの終わらないこの地上に







奇妙な木
荒井潤

空に向かって延びて 枝を広々広げ
世界中その影で 覆い尽くすのが夢
だけど大地に根を 深く張ろうなんて
決して考えてない
奇妙な木(KiKiKi,KiKiKi,Ki)

そんな木があるんだ そう言ったら何を 想う?

地球も自分の実の 一つと決めてかかり
実を取られたくなくて 鳥たちそばに寄せず  
「もう自分のほかに 草木はなくていい」
そう叫び続ける
奇妙な木(KiKiKi,KiKiKi,Ki)

そんな木が育って 影で世界暗く なった

それでも雨は降り注ぐ あまねくこの世界に
それでも日差し暖める ひとしくこの世界を
数知れぬ 草木は芽吹き、延びていく
鳥たちの さえずりの中 大地から

そうだよ雨は降り注ぐ あまねくこの世界に
そうだよ日差し暖める ひとしくこの世界を
数知れぬ 草木は深く、根をおろす
大空の ほほ笑みの中 大地へと

そして
奇妙な木は 風に倒れた 根が浅すぎて 風に倒れた
そうさ
奇妙な木は 風に倒れた 枝広げすぎ 風に倒れた
そうさ
奇妙な木は 風に倒れた 幹虚(うつ)ろすぎ 風に倒れた

lalala ・・・

※1952年生まれ





2001.9.11〜
新井悠ノ介

ぼくらはどうしても消えない痛みや怪しい雲行きに
とても耐えられない気分になって結局
悲しみの道を繰り返し歩む
勇気をもって叱りたい 
何事も暴力で解決するあなたを 
それでも愛するあなたを

やっぱり殺戮は何時までもつづくのか?
神よ
果たしてあなたは本当に存在するのか?
もし存在するのなら 
果たして神よ、わたしたちにいま何を教えようとする?

答えを探せ
俺は本当は金のために行動したり
嘘をつくのはもう止めにしたいと気付く
どんなことがあっても傷つけ合うのは間違っていると
あらためて気付く 真実を掴んだ 21世紀になって

限りある貴重な命の水を汲みとって
いままでに殺され失われた未来をこの胸に刻めそして
これから未来に生まれる子供達に花束を捧げよう

俺は信じる 
宗教も国境も無くなる日が来るということ
俺は信じる 
世界中のひとびとが分かり合える日が来るということ

神よ
そう俺は信じています

神よ
いったいどうすればいい?

神よ

神よ

愛を

※1976年生。



ヒロシマの鳩
有馬敲

クウ、クウ、クウ
空、空、空、空、空
昼間の広場から
いっせいに飛び立った鳩の群れが、
元安川の上をゆっくり旋回する
かがやく噴水よ もっと高く
真夏の空にまっすぐ吹きあがれ
蒸れるそよ風よ もっと生ぬるく
よどむ川端から強く吹きつけよ
相生橋のほとりの
鈴木三重吉の碑にそよぎかかる
しだれ柳の前にたたずむとき
崩れかかるドームの
かたむく残骸よりも斜めに
慟哭している おびただしい死者たちの
短い影

おお 幻か
かげろうが燃える向こうから
身動きしない人間たちを積んで
京都の地名をつけた中古の電車が走ってくる
「祇園」「西陣」「銀閣寺」・・・・・・
その上を横切って
本川へ舞いもどるひと群れの鳩よ
張りつめた青い空にむけて
大歓声よりも高く鳴け
苦、苦、苦、苦
クウ、クウ、クウ




約 束
飯田あつこ

「一人でも生き抜いてくれ」と 傷ついたあなたは最後に
結ばれぬ運命は 変わることなく

あぁ どれぐらい涙を流せば また
あぁ あなたの命 戻りますか

時を超え めぐりあうその時は
あなたから私に気づいて 約束よ

「何度でも生まれ変われる」と 信じても悲しみは消えず
さびしくて 苦しくて 切なさ続く

あぁ 痛む胸 いっそ誰か切り裂いて
あぁ 叫ぶ声が聞こえますか

時を超え めぐりあうその時は
あなたから私に気づいて 約束よ

時を超え めぐりあうその時は
あなたから私に気づいて 約束よ
時を超え めぐりあうその時は
あなたから私に気づいて 約束よ

※1970生れ・シンガーソングライター


暴力
池田實

軍事力 そう 暴力のシステムが
平和を守るのだ……
だから 独裁も悪くはない……と
男は過激に熱っぼく語った
男は有名な好戦家の知事ではなかったが
根っこが一緒のワカメのように
暴力のロマンチンズムの懐中に揺れている
進軍ランパの勇ましく哀しい調べに
歩調を合わせたいと思ってはいないだろうが
そんな懐旧は危うい暴力の表象となる
鳩はもう飛べないかも知れない
日常化していく暴力への傾斜とロマンチンズム
愛国の徳目は復活し
防衛庁長官は最敬礼の挙手をする
(そばで平和主義者の牧師がささやく
  狂っているこの男も  
   しかし正気だ だから危険だ)

饒舌は常に気怠い哀感を置き去りにする
単純で他愛ない論理の限りない危うさに
牢んだ狂気は裸の神経を顕わにし
青先は暴力の価値論に鋭く硬直する
しかし 語る正義の正体は見え隠れしていて
深い虚無の閣に 例えば映画の
やくざやマフィアの主役の男が
ニヒルで歪んだエロチンズムを唇に浮かベ
美化されたとロインクな暴力の顔を見せるように
男もどこか悲壮で二とルで暴力のロマンに線かれていた

乳房に毒始を這わせたクレオパトラの死も
自爆テロルの若者の死も 神風特攻兵の死も…‥
ロマン主義の究極の美学ほ死の栄光だ
アメリカを中核Lするグローバジズムも
帝国主義的ヘゲモニーも
壮大なロマンチンズムが暴力を美化するとき
平和はぼくらの心に投影されたローノクの火の陰影となる
かつてぼくらは遮断されたカーチンの隙間から
無慈悲で残酷なモンスターをのでき見したが
それは忽ち美談や真実に偽造され
メディアで編纂され等質の言葉に変えられた
そんな世界には人間は非在に等しかった
分断された時間の欠片に僕らは分身を削り取られ
存在の根っこは刈り取られたまま
暴力の間に眠らされていた
男は情緒の渚で暴力の幻想にたゆたい
二とルな月光の閣にロマンチシズムの小舟を漕ぎ出そうと
ヒロイツクな感傷に困われている少年になつていた

※詩集「予約席」「現代の寓講」



ダアーちゃん
石川逸子

白いレースの襟のおしゃれな服
赤いヘアバンド
姉さんと兄さんのあいだにはさまり
少しおすまし顔の
五歳のダアーちゃん
(そのダアーちゃんはどこへ行った)

ふくれあがった頭
体はやせほそり
うつろな目で
じっとベッドに横たわる
六歳のダアーちゃん
(そのダアーちゃんはどこへ行った)
  
  湾岸戦争時つかわれた劣化ウラン弾は九十五万個
  高速で戦車にぶつかり 自然発火
  広島に落とされた原爆の
  少なくても一万四千倍の放射能が飛び散った
  半減期はざっと四十五億年

そのアメリカ・イギリスの対イラク戦争を
「平和回復運動」だ といった首相もいたっけ
さしだした百十億ドルは
アメリカの金庫にちゃっかり納まり
「血をだしていない」と文句までいわれたとか
(今ごろイージス艦はインド洋でなにを探索している
 だろう)

七歳になれなかった
ダアーちゃん
ダアーちゃんがなにをしたの
ただ 外遊びがすきだった
(そのダアーちゃんはどこへ行った)

2003年3月20日
アメリカ・イギリス「自由のために」とイラクを攻撃
ダアーちゃんのお母さんの涙はまだ乾いていないのに
やがてまた どれだけの新しい涙が流れるの
(そのダアーちゃんはどこへ行った)

※1933年生 詩集『千鳥ケ淵へ行きましたか』『ゆれる木槿花』など。



おりづる
いずみ

日本人だったら
だれでも作れるよ

そう自分で口にして
不思議になった
ここではちっぽけな外国人の私
肌の色の違うあなたに
なぜと聞かれて 困る

いつ どこで習ったのか
もう思いだせないけれど
小学生の修学旅行は広島に行くので
クラス中で千羽を折った 
親しい人が入院した時も  

そんな風に
紙の翼に重い望みを乗せることもある

普段は大げさなことじゃないよ
飴の包み紙とかでも折るし
子どもが喜ぶの
あなたみたいに!

会話の横で ふと 
羽音?
つるが飛ぼうとした?
私達は驚いて顔を見合わせ
静かに それを手に取る

いろんなものが消えていった私の国で
自然に残った
おりづる
わざわざ意味を持たせることはない
遠い土地に生まれたあなたと
手のひらに乗せる
小さな日本
言葉がなくても伝わるもの

今 ここから飛ぼうとする
名もない祈り
その方角を
私達は
一緒に見る






電話
いだ・むつつぎ

戦争は二度としないこの国に
突然、降って湧いたような話
アメリカの戦争に自衛隊や民間人も
強制的につれて行かれる
反対する者は刑務所へぶち込まれる
ぼくは少し興奮気味にしゃべった
そして一緒に反対することをお願いする
電話の相手は知っている女性詩人
受話器の向こうで彼女は話しだした
『この国はどこへ行くのかしら
以前、戦争に突入したときも
こんな具合だったでしょうか……』
彼女は怒りを押し殺して
ぼくに伝えようとしていた
その後、病気のこと聞いておどろく
彼女は半年前に脳梗塞で倒れ
体を思うように動かすことができない
『こんなとき頑張らなければいけないのに
ほんとに残念ね』
彼女はそう付け加えた
お互いしばらく無言
ぼくは出来ることはやってみたい
どうぞ体を大切に
ぼくは静かに電話を切った

※ 1933年生。『ぼくら人間だから』『葬列』



武器はみんな捨てろ
井之川巨

むかしおれは軍国少年だった
敵をわら人形にみたてて
竹槍でつきさす訓練をした
だけど敵は原爆をおとした

愛するにあたいする国なんて
どこにもありゃしない
愛する人、愛する山や河があるだけ
それを踏みにじり肥大していく帝国

きみの心のなかから
愛国心という怪物をたたきだせ
この怪物がながらえるかぎリ
地球に平和はやってこない

平和のために街をやく戦争
正義のために大量殺戮をくりかえす戦争
石油のために人間の血をながす戦争
だまされてはいけない

戦争はまず障害者をころす
そしてつぎに
戦争はたくさんの障害者をつくる
障害者こそ平和の砦だ

人間はやがてみんな死ぬんだ
それなのに武器で殺すことはないじやないか
三歳のこどもや命をやどす女たち
八十歳をすぎた老人までも

街が炎上するきまを
クリスマスツリーのように美しかったという
そのむじやきな嘆声は
死者たちのかなしみを三度辱める

ぼうや、よくみてごらん
あの夜空をいろどる無数の光は
花火でもテレビゲームでもありません
爆弾でとびちる人びとの命のしぶき

帝国は朝鮮でベトナムで
グレナダでパナマでバレステナでイラクで
何羽のハトところせば気がすむんだ
武器はみんな捨てろ

※1933年生まれ/詩集『旧世紀の忘れ唄』 『かみさんと階段』ほか




井戸
上野都

今わの際に  命の灯が消えようとする人の名を
井戸の底に向かい  呼びつづけるならば
その魂を  ふたたび呼び戻せるとか―

とろりと  この世の光りを映し
暗い水から黄泉へつづく道
あの闇の奥から もう一度この世を生きなおしたいと
白い小さな顔がのぞく
あれはもう死者の顔
いえ  それとも  水に映つた母たちの顔…

井戸端をたたき 水面を揺らすほどに
かぎりある命の非情に身をよじり
愛する子の名を呼びつづける
声の枯れるまで
血を吐くまで
いんいんと ごうごうと

いつのときも 母たちの井戸は深い
振りかえり 振りかえり
黄泉への道を たどっていった子ら
呼びつづける名は幾つとも知れず
その足りぬままの いとしい歳月も
水の深さゆえに いつまでも淡い光りを宿し
ちろちろと 熱い胸で揺れやまぬ

行かせてはならぬ
行ってはならぬ

血の染みた軍服を洗う母たちに
誰の
どこの
子の違いなどあろうはずもない
水を汲む手が たぐり寄せるものは
ただ もう一度 胸に抱きたい命の名だけ

殺されてはならぬ
殺してはならぬ

母たちの叫びが 今日も暗い水面を打ちつづける
声の枯れるまで
血を吐くまで。

※1948年生。詩集『海をつなぐ潮』・『春の悲歌(翻訳詩集)』



積み上げて
江口節

訊ねられたことがある
商談の合いの手のように
 積み上げて焼いたんですか 神戸では?

浅い春の言葉の地平に ランプが見える
プラットフォームではなくてRAMPE
 〈積み降ろし場)
ワルシャワから ギリシャから
 〈積み込まれた)人が
 〈積み降ろされた〉荷揚げ場
積み荷として焼却されるための
トレブリンカ ビルケナウ 絶滅収容所のランプ

 いいえ  一体ずつ丁寧に弔われました
 火葬場へ運ぶ手段と時間がなくて瓦礫の中で
 茶毘に付した という例がなくはないですが
応えるわたしに その人は言い添えた
 いや あの時は積み上げたから

ヒロシマに近いふるさとでは
熱い夏の記憶が澱のように顕われる 「あの時」と
わたしの開く頁を飛び越して
吹き散らされて
消える
灰の
ひとがた

あの時積み上げても積み上げても
用意した枢は 足らなかった
枢の半分にも満たぬ幼子のかたわらで
一晩中子守唄をうたった父親
揺れつづける闇の中
積み上げても積み上げても
ことばが届かない高み
ことばが埋まらない淵

積み上げてはいけなかった
積み上げるしかなかった

積み上げることができなかった

※1950年生。『溜めていく』『鳴きやまない蝉』




八月十五日
      ――親が子に語る
大井康暢

戦争が終わって半世紀
思い起こせ
あの日を
それは格別暑い真昼の太陽の話
油まみれの作業衣を着て
何時ものように空腹な体を引きずっていた
雑草の生い茂った工場の庭に集まった勤労学徒たち
錆びついた鉄屑やドラム罐が
有刺鉄線を張りめぐらした柵の横に転がり
顔を強ばらして玉音放送を聴き終わった若者たちは
ふたたび油臭い旋盤の前へ戻って来る
戦争はまだ終わっていなかったから
ところが暗い工場のあちこちに人々が群がりはじめ
ただならぬ気配がみなぎると
工場内はたちまち異様な興奮の渦となった
女子挺身隊員は顔を覆って泣いた
奈落のような虚脱は真夏の激しい陽射しの下で
痙攣と下痢を繰り返し
真実は電撃のように工場を駆け抜けて
すべては終わったのだ
われわれは途方もなく広く明るい焦げるような空の青
 さの中にいたが
そこにはそれまで知らなかった空があり松林と砂丘が
 あった
その向こうに初めて海があることを知ったが
それは昨日まで見慣れた海ではなく
水平線にそそり立つ
巨大な白い積乱雲は墓標であった
死者たちは鎮魂を求めて狂気のように悶えていた
飢えに苦しみながら
われわれは喪失の感覚に絶えず躓いていた
無数の苦悶の形相がわれわれを囲続し
空に飛び交う死者たちの慟哭を聞きながら
われわれは世界の中から祖国を拾いあげねばならなか った
われわれには滅びの悲哀はなく
すべてのものを失なっていたから
さらにその上失なう何物もなかったのだ
灰になってしまった街や
焼野原に何の意味があったろう
われわれは死臭の漂う廃墟を歩き
焼け落ちたビルの谷間を縫って
帰ってくる兵士たちを黙って迎えた
彼らはすでに時から取り残されていたので
彼らの眼は南の海のように青く澄み
病み衰えた肉体を抱えて
さながら二つの世紀に両足を架けたように
夜と昼とに真っ二つに引き裂かれ
生きている我が身を怪訝そうに見守りながら
輸送船のタラップを笑顔で降リ
揺れるボートにおぼつかない足取りで乗り移った
帰って来た彼らに何の罪があろう
勝者の制裁に遭い
乳を求めてなく赤子の声は
狭い四つの島嶼に満ち
誰もが貧困し襤褸を纏って食と職を求め
飢えた群衆は巷に溢れていた
東京の上空からは防空の戦闘機は消え
空は他人の空となった
しかしやがて焼け跡にリンゴの唄が流れ
青い山脈の軽やかなリズムが津々浦々で跳ね回った
健康な少女たちは
軍国主義にも民主主義にも希望のしるしだ
笑顔は幸福のシンボルだが
我々は戦争を知らない子を生み
男女共学の学校に通学させた
日本にはパリコミューンも十月革命もなかったから
われわれは勤勉に働き 憲法を守リ
万葉や新古今を愛し 詩を書いた
家族制度は崩壊しても本能残基は棄てていない
戦争を知らない世代に夢を託し
水漬く屍 草むす屍に掌を合わせつゝ
御魂(みたま)の永遠(とこしえ)に安からんことを祈り
国家鎮護の基柱に深く額突(ぬかづ)いて
新しい祖国の再生に身魂を傾けてきた
流れた歳月四十星霜
中国残留孤児は未だに数千人
波濤万里の海を黒潮の海流に乗って流され
あるいは浮遊し腐食して海底の砂(いさご)と変じた
英霊の数や幾十万
スコールの虹より人目を奪う日本の繁栄も
艦砲射撃と火炎放射器の
紅蓮の業火を忘れるよすがとはならない
日本中を焼き払った猛火と人々の末期の眼の色は
永遠に凍りついた
民族の不立の文字である

※再録・初出 土橋治重主催「風」九七号(昭和六十年十月)
1929年生。『沈黙』『哲学的断片の秋』


父のにおい
岡島弘子

桑の実の熟れるにおいをふみあらして
父は帰ってこなかった
見知らぬ兵士が一人
やってきただけだ

桑の実の熟れるにおいをふみあらして
そのまん中にどっかりあぐらをかいたのは
人をころすどうぐのにおい
人をころすひとのにおい

私の知らないにおい
たけだけしいにおい
桑の木にかくれて
幼い私はおびえつづけた
桑の実が熟れて落ちてしまっても
父は帰ってこなかった
父のにおいは
帰ってこなかった

※1943年生。『水滴の日』『つゆ玉になる前のことについて』



母親たち
小川聖子

原爆で子をかばい息絶えた母親の
乳首をいつまでもいじくる赤ん坊
半世紀前のわが祖国

一年前 息子を戦場へ送った母親は
今 彼の墓石にひれ伏し慟哭する
ボスニアの秋


企業戦士は四年前の未明に死んだ
小春日和の墓参りに静かに満足するのは
過労死の国のわたしの母親

※生年 1952年 詩集 『さびしい島』『Broken Taboo』





<か行>


ニューヨーク
片岡文雄

崩れ去った世界貿易センタービルを背に
配偶者や恋人を失った人ではない
不意を打つ人間が現われた
ニッポンでいえばたぶん小学五、六年生
黒人の少女だった

「お母さん 何とかして
あたしの所へ還ってきて」

わたしはどうしてやることもできないので
テレビの前を離れた
いや その子のためには
涙するよりなかったので
そこを去ったのだ

世界の今日と明日を支えることになるまで
子供には母との一体の世界が要る
瓦礫をかき分けて這い出してきた
たましいの母が
あの子に十分に宿ることを祈る。

※1933年生。詩集『方寸の窓』『流れる家』



決めなくちゃ
河井 澪

ねえ

おとうさん

おかあさん

どうしてあの時

戦争に反対しなかったの?

それは本当に

しかたのなかったことなの?

それとも


どこかで誰かが殺されるのを許すことは

自分も同じように殺されるかもしれないことを 承諾することだ

どこかで誰かが殺すのを許すことは

自分が殺されるかもしれないことを 受け入れることと同じだ


私たちは

殺されることを望むだろうか?

殺される前に殺すというのではなく
殺すことそのものを
やめるんだ

私たちは決めるのだ

殺されない
殺さない
殺させない

ねえ
お父さんお母さん
あのときしかたがなかったというのはそれとも

それとも

こわかったの?

私たちは決めるんだ
もう怯えるのは
ごめんだと
※1970年生。nowar@po-s.net



悪魔のリフレイン
筧槇二

もう出典を忘れた
帰還兵を取材に行った記者の話だ
路地奥の傾きかけた陋屋に
杖にすがって戻ってきた老兵は
‐―戦争はいけませんや
ぼそりと言った
戦傷隻脚  日露戦争の生き残りである

日の丸を中心に短い遺言が書きこまれていた
――死シテ護国ノ兎トナル
「護国ノ鬼トナル」の書き損じだった
太平洋戦争
特攻基地へ取材に行った記者
安西均の詩に報告されている
――不謹慎には語るまい
    死者を完璧化するな

ヴェトナム戦争の余波で
アメリカには反戦の声が充満していた
大統領ブッシュは「ナイラの嘘」をテレビに流した
――イラク兵が赤ん坊を床に叩きつけて殺したの
アメリカの輿論は湾岸戦争肯定に雪崩れた

いま ブッシュの息子のブッシュ
歴史のリフレインはつづく
    杖にすがった老兵
    文字を書き違えた若者
    ヴェトナムの枯葉剤障害児
みんな無力な忘却の底に沈むが

戦争をしかけた者は
生き残って口をぬぐう

      *安西均の詩は「中間者」に拠る

※ かけい・しんじ=1930年生れ 日本現代詩文庫「筧槇二詩集」土曜美術社



抹殺
川崎洋

両親がいて
わたしは生まれた
それは祖父母がいてのこと
さらには曾祖父母がいてのこと
そうやって十代さかのぼると
両親を始めとする先祖の総計は
一〇二四人となる
この中の一人が欠けても
今のわたしはいなかった
戦争は
「この中の一人」を殺す
いや一人だけではない
未来の数え切れないいのちを
抹殺する 




人は無名に非ず
金光 洋一郎

レマルクの「西部戦線異状なし」では
主人公のドイツ兵ポール君が
弾雨を避けた砲弾穴の底で
敵フランス兵の死体と共に伏せている
そのフランス兵の所持品が語るのは
ちやんとした姓名があり
家族があり
ただの一市民であることだった
何の恨みも関係もないフランス人の彼と
ただのドイツの若者である自分が
なぜ殺し合わねばならないのか

ブラウン管の中を見よ
戦争ドラマは白熱しアメリカの勇士S軍曹は
敵の不意を突いて銃を乱射する
なぎ側される悪玉ドイツ兵の群
その側れた中の一人をズームアンプせよ
彼には名がある
家族があり故郷がある

太平洋戦争末期
アメリカ大艦隊に突っ込む神風特攻隊
でもその姿は殺虫剤で落とされる蚊だ
蚊の一人一人が基地に遺書を残し
父に母に妻に我が子にまたはらからに
呼びかけ最期の挨拶をし
末尾にきちっと署名している

無名戦士の墓というのも正確ではない
生き残っている者に分からなかっただけだ
だから
パールハーバーの戦艦アリゾナの上の碑のように
沖縄の敵味方民間軍人を問わぬ碑のように
とロシマの死者の名簿のように
一人一人の名を刻み記録せねばならない

いわゆる有名人にならなくていい
いわゆる無名の一生で終わってもいいが
一把ひとからげの無名の扱いをさせてはならない
もちろん他人をそうしてはならない



その朝
彼末れい子

アメリカがイラクを攻撃すると予告した
三月のその朝
バス停の冬の陽は低く
雲間からひたとわたしの額をねらっている
卒業式のためにつけたイヤリングが痛い
明石より生イカナゴ入荷
寒い風にはためいているスーパーののぼリ
駅前広場では
メガホン片手に朝からカラオケルームの呼び込み
飲み放題歌い放題三十分百四十円
渡されるサラリーローンのポケットテイツシュ
その横で市議選に出る男が
きようもペコペコ礼をしている
急ハンドルで道路工事を迂回するバスの窓の外には
まだ何も貼られていない
選挙用掲示板の自ペンキが輝いている
体育館では紙彫刻の鳩が落ちてはいないだろうか
きのう舞台にピンでとめた
卒業生の数だけのピカソの白い鳩たちが
はじめて式場に君が代のテープが流れるだろう
わたしはきょう見たことをすべて覚えておこう
バラバラに見えたものが
すべてつながっていたことがはっきりわかる日まで
いつものようにバスを降りる
三月のその朝

※1948年生。『電車が来るまで』『指さす人』など。


2003年3月20日午後の詩◇
かみこ もえか

バグダッドの上空、2003年3月20日
トマホークが炸裂するまばゆい閃光
人間はこんなにも愚かな生き物

歴史はこんなふうに
少数の権力者のエゴイズムで
塗り替えられてきたんだという事実を
子どもらは今日、居間のテレビで学んだはず
そして、わたしたちの政府はこの程度のものだったという
悲しい認識も

世論を無視することも
時には国のためと言い切る小泉政権は
国民の心を離れてどこへ行こうとしているのだろう
ふつうの人々のまっとうな判断力こそ
明日の日本と地球を支えてゆくものなのに

ブッシュがアメリカが、
イラクの人々に自由を与えるんじゃない
人は誰もそれぞれの自由と共に
この星に生まれて来るのだから

2003年3月20日 pm.9:00
※1949年生。『透き通ってゆく午後』          


錆びるための子守歌
上手 宰

その刀はどこで手に入れたのかと聞かれて
アステカ人の首長たちは空を指さした*
神からの神聖な贈り物であるかのように誇らしげに
流星が輝いて われらに
鉄をもたらしたのだと

文明人たちは 
笑顔でその話を聞いたあと
神の形相になって 彼らを滅ぼした
地面から掘り出された鉄が
天空の神と その民を打ち砕いたのだ

空から来ても
地の底から来ても
鉄は鍛えられるといつも寂しい
鉄はいつも錆びたがっていたから
山脈の奥ふかく
あるいは 地表で雨や風にさらされて

それが許されず
輝くはがねにきたえあげられるとき
鉄は自分の母を呼び戻そうとするように
焼きつくす火を招き寄せたのだろうか

地中ふかくに眠っていた鉄を掘り出して
地表にきれいに並べたあと
人間たちは炎でそれを破壊しつくした
建物も人も木も燃えた

赤ん坊の目は見たままを記憶した
「火は 空からやってきた」と

うつくしい景色がやってきたのだ と
呟いて鉄は眠りにつくだろう
地表は錆びた色でみたされ
それを悲しむものなどどこにもいない
一点の影さえも

鉄を意味する最古の言葉は
シュメール語に残されているという
それは「空」と「火」の記号で示されるのだ と*

*ミルチア・エリアーデ『世界宗教史』
※1948年。『星の火事』『追伸』



誓い・償い・誇り
      ――イラク侵略戦争に追随する首相に
川島洋

小泉首相
第9条をもう一度読んで下さい
書かれてはいない私たちの声とともに

(かつて他国を侵略し
 あらゆる非道残虐をおこない
 多くの人々を殺し傷つけ苦しめ
 みずからも深手を負った 我々)
日本国民は
 (国際社会が国際法と国連を通じてその実現に努める)
正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し
 (無慈悲な破壊と大量殺戮でしかなく
  報復による暴力の連鎖しか招かない)
国権の発動たる戦争と
 (暴力団の強迫 政治家の胴喝 ボス猿の威嚇
 それらよりはるかにおぞましく愚かしい
 そしてむごたらしく 悲劇的な)
武力による威嚇又は武力の行使は
 (たとえ同盟国の反感を買い 腰抜けと笑われ
 みくびられ 一時的に国益を損なおうとも)
国際紛争を解決する手段としては
永久にこれを放棄する

こんなふうに 書かれなかった声を
あなたのために添えなくてはならないとは
なんとかなしく 情けないことでしょう
日本国憲法の「戦争の放棄」とは
そのような意味であるのを私たちはみな知っています
それは私たちがみずから誓ったこと
私たちの無期限の償いであり
私たちの内なる誇りです
この誓いを 償いを 誇りを
あなたは右足で踏みにじり
左足で他国の民の命を踏みにじる
その恥ずべき姿勢のまま
あなたは歴史に汚名を残すのですか



※1958年生。『夜のナナフシ』




☆野の花☆
神田千佳

ときおり砂ぼこりが舞い上がる
赤茶色のがれきの村を
女がひとり重い足どりで歩いていた
実際はひとりでなく ふたり
女のお腹には命が宿っていた
女は食べものを探していた
もう三日間なにも口にしていなかった
女が持っているのは
一輪の白い花だけだった
数日前女が何気なく野の花を手折り香りをかぐと
お腹の子がぐるりと動いた
それから女は野の花を見つけるたび
香りを胸いっぱい吸い込んだ
お腹の子はぐるぐる動いた
「お腹のぼうやは花が好き」
女はつぶやいた
女は精根尽きて果て道端にしゃがみこむと
花を自分の鼻腔に押し付けた
「きみはぼくの花だよ」
あの日男が告げた言葉がよみがえった
男は女に毎日水を注いでくれた
半年前男は戦場に行ったまま帰らない
ふたりの種子がひとつになって
ぼうやができたのに
ぼうやをおひさまの光に当てることは
できそうにない
この花のように
光を求めているのに
光を求めているのに
女は静かに横たわった
その目に
なにごともなかったかのように穏やかな空が映った
「お腹のぼうやは花が好き」
女は歌うようにつぶやくと
花をほおばった
1960年生まれ   てづくり詩集「ふたつの太陽」「回転する青空」




地球の春
菊田 守

わが家の庭で
ヒヤシンスやクロッカスの花が
静かに心をひらいて
美しく咲いているのに
なぜ わたしのこころは悲しいのか

すみれの花が咲き
庭に雀やつぐみがやってきて
キキとして餌をついばんでいるのに
なぜ わたしのこころは痛むのか

花の蜜を吸いにやってきた
一匹のアブが
なぜ偵察機のように見えてしまうのか
哀しいこころよ

平和な
わが庭に続く地球の地と空
いまも土の中には地雷が埋まり
血染めの花の咲くのを待っている
とりが自由にとんでいた空には
爆撃機がとび市街地を爆撃している
むらさきすみれの群落とみたのは
実は爆撃され炎上する街の情景

地球の春がかなしいのだ

※1935年生まれ『かなかな』『仰向け』他。


その的は?
木島始

どこを狙うのだ
きみの武器は?
その核兵器は?
地球はもうはや狭いのに
  
   ワタクシノ テノヒラニ
   シラミガ イッピキ
   ヒネリツブスカ ドウスルカ
   ダレニモ ダレヒトリ
   シラセナクテイイノダ

なにができるのだ
きみの武器は?
その核兵器は?
全滅 脅しかけるだけ

   トオクカラ カナシバリ
   ブキミナ アミノメ
   ニゲダスノニハ ドウスルカ
   ドコニモ ダレヒトリ
   ワカルヒトイナイノダ

だれに当たるのだ
きみの武器は?
その核兵器は?
人類みんな親類なのに

※1928年。『遊星ひとつ』『朝のはばたき』




あなたが立っていた
木村恭子

玄関を開けると
あなたが立っていた

何か用ですか
あなたはもう亡くなっておられるのですよ
しっかりして下さい
後ずさりしながら そう叫ぶと
   衣服を一揃い貸してください
と  あなたは答えた
   それから  どうか靴も一足

震えながら玄関を閉めた
けれどもあなたは
いつのまにか手探りで家に入りこみ
服や靴を取り出し
私の前で着替えを始めた

グンニャリ曲がった腕に袖を通す時
あなたは痛がって大きな悲鳴をあげた
スカートはズルズル止まらなかった
爪先や踵のない足では
靴を履くことはできなかった
でもあなたはとても焦っていた
何か  とても

   ええ 急がねばなりません
   私は伝えに行かねばならないのです
   これ以上繰り返さないために
静かにそう言うと
あなたは
見えない目に涙をたたえて
外へ出て行った

※1945年生。詩集『ノースカロライナの帽子』







ぼくとシロウくんと・・・・・・・・

木村俊太郎

ねえねえシロウくんきみは戦争が好き?

そりゃ好きさおまえはどうなんだ?

ぼくは戦争なんて大きらいだって
人が死ねば地球はかなしむ、
だって地球はぼくたちを生きさせようと
ひっしでがんばっているのに

その地球を
戦争できずつけながらも

地球にとって子どものような存在「人間」を
人間の手でころすなんて

ひどすぎる

地球にいる生き物の中で今1番
ざんこくな生き物は人間だ!

せんそうなんてバカげたたかい
早くやめようよ

こんなたたかい
つづいたってなんのいみにもなんないよ

お願いだからやめようよ

こんなバカげた、たたかいを。

んー、言われてみれば
そんなきもするなーやっぱ戦争は
してはいけないものなんだ

おしえてくれてありがとよ
これからはオレも地球をたいせつにするよ。

※平成6年生。8歳。小学3年。





爆心地跡で
木村ユウ

そう遠くない場所で、 最後の(もうその後は必要ない)
爆弾が炸裂するのが僕にはわかる。爆弾という言葉を詩
に使いたくなくて、僕はさっきから部屋の中をうろうろ
している。炸裂、なんて言葉も使いたくない。全然まっ
たくごめんだ。僕はさらに悪態をつきそうになる。でも
急に窓の外で大きな雨の音がする。駐車場で遊んでいた
小さい子たちがきゃあきゃあ、 って言ってる。 僕はカ
ー テンから外をのぞく。街路樹の枝が大きく揺れている。
嵐みたいだなあと僕は思う。それでなんだっけな? 僕
はよく見る夢の話を書こうと思ったんだった。反戦のた
めに。僕がそこ(夢のなか) でいるのはいつもアパート
かなんか。自分が本当に住んでいたアパートの時もある
し、見たことのない部屋の時もあるし、子供のときの友
達の、 部屋からみた路地が窓の下にあることもある。
上から見下ろす電柱とか。そこでは僕はすべてをあきら
めている。 タルコフスキーのサクリファイスに出てくる、
家。ああいう無音の世界に僕は閉じこめられている。そ
して空の色が変わる。でもここは大丈夫だろうと僕は思
っている。だって雨の後の夕日みたいに美しい光線だと
僕は思うから。 でも僕はうずくまっている。何も聞こえ
ない場所で、耳を塞いだときのような音に包まれてしま
う。僕は昨日食べた夕食が何だったかを必死に思い出そ
うとしている。 ここには虫もいない、 とかそういうこと
を頭の中で何度も繰り返している。そういう夢。最後の
うずくまってから考えることがいつも違う。昨日は妻が
僕におおいかぶさっていて、僕は彼女の体をどかせて手
で守ろうとするんだけど体が動かない。というところで
目が覚めた。まあとにかく、美しい詩は書けそうにない。
先週は「ナガサキを一発おみまいしてやれ」という言葉
をテレビで聞いたしね。信じられない。僕の記憶に美し
い路地があるのも、たっぷりのお湯で体を流せることも、
新鮮な玉葱と黒酢を使った贅沢なソースも、ちゃんとし
た国があるから手にできているだろう ? そうだろ? 
日本がどうして戦争をはじめなきゃならなかったのか、
いい歳した大人が誰も知らない。徹底的な経済封鎖の事
実さえ知らない。僕はナガサキを一発おみまいされるの
はごめんだから、感情がどうとかの前に勉強してる。今
日も脅されて息巻かれたけれどまったく混乱することが
なかった。良かった。精神未分化、と僕はつぶやいてみ
る。そういえば詩の朗読の帰り、会場の出口で女の子と
握手をした。彼女の配る戦争に反対するポスト・カード
をもらった。僕は、また詩を掲載させてくれ。僕達の手
で作っていくんだと彼女に言った。あのね、急にこんな
ふうなことを言うのって何かおかしいかもしれないけど
私、この時代に生まれて今ここにいられてよかったよ。

※ポエトリージャパン代表 http://www.poetry.ne.jp/




日米学生会議
草倉 哲夫

米国の若者が
広島の声をせせらわらう
「核廃絶なんて 現実を忘れてるわ」

アメリカは
世界の警察官
アメリカの核こそ
世界の平和を保障する

「わたしも核は必要と思う」
と 広島の女子大生
世界政治専攻とは
アメリカの眼で見ることか

教養番組の若者の結論は
核は管理こそ大切という
スイッチを切っても
画面をにらみ続ける

※1948年生。





空から入る
草野 信子

深い流れもなく 切り立つ崖もないのに
空からしか入れない場所がある

撒き散らされた地雷が
流れよりすばやく 崖よりもたしかに
足をすくってしまうから

空からしか入れない場所で
生まれたこどもは
その場所の どこから出ていけばいい?

(時も場所も選ぶことはできないで生まれるわたしたち
 ただひとつのからだで ただ一度を生きるわたしたち)

死にたい  と
九つの男の子が泣いたのは
片足がなくなったからではなく
むきだしの肉の痛みに耐えられなかったから

肉が癒えると  うなじをあげて
おかあさんを手伝って畑で働きたい と
帰っていった

失いたくないものはなにか  と問うと
わずかの沈黙のあとで
夢や希望や友情や愛
こどもたちは
おなじひとつのことを
いくつかのことばで答えようとする

(深い傷を刻まれても  こどもはほほえむのだ
 生きているきょうは あしたを夢みるのだ)

同じ目をして
遠くアンゴラの男の子は
もう一本の足だけは失いたくないんだと言った

空から入ってきた世界に向かって
希望を問わない世界に向かって
そう言って帰っていった

※生年 一九四九年 詩集 『冬の動物園』 『戦場の林檎』




終りの始まり
黒羽英二

       ――戦争という名の下にアメリカは広島長崎に原子爆弾
         を落とすような残虐な行為をした。……今アメリカ
         は長年にわたって世界各地でアメリカの攻撃を受け
         た被害者の苦しみと同じ苦しみを味わっているのだ。
         ……アメリカが核攻撃を行えば原子爆弾を使うのも
         辞さない。(オサマ・ビンラディン)――

デージーカッターはリトルボーイより強力か
二〇〇一年十一月五日 超大型気化爆弾BLUI82 総重
 量六・八トン 長さ五メートル 現存通常爆弾中最大級
 爆風 高熱 衝撃波で広範囲に破壊
MC百三十特殊作戦用輸送機からアフガニスタンヘ投下
デージーカッターはリトルボーイより強力か
一九四五年八月六日 ウラニウム爆弾第一号(リトルボー
 イ) 直径七十一センチ 長さ三・〇五メートル 重さ四
 トン TNT火薬十二・五キロトンに相当
B29エノラ・ゲイ号から広島へ投下 死者推定十一万八千
 六百六十一人 負傷者七万九千百二十人
デージーカッターはフアットマンより強力か
一九四五年八月九日 .プルトニウム爆弾(フアットマン)直
径一・五二メートル 長さ三・一五メートル 重さ四・五
トン TNT火薬二十二キロトンに相当
B29ボックス・カー号から長崎へ投下 死者七万三千八百
八十四人 重軽傷者七万六千九百九人
デージーカッターはモロトフのバン籠より強力か
一九四五年三月十日 爆弾百キロ六発 ナパーム製油脂焼夷
 弾四十五キロ級八千五百四十五発ニ・八キロ級十八万五
 百三発 エレクトロン一・七キロ級七百四十発 総数四万
 八千百九十四発 モロトフのパン籠 長さ六十センチ 直
 径十五センチの筒三十八本または七十二本を束にした大型
 焼夷弾を投下 空中に散らばる
B29三百三十四機から東京東部へ無差別絨緞爆撃を敢行
 死者八万八千七百九十二人 負傷者四万九百十八人 戦
 災家屋二十六万八千二百五十八 罹災人日百十五万九千
 百八十六人 一
ヒトは数百万年前にアフリカに発生し道具を発明しては
 必ず使って増え続けては次の道具を発明し……
だから最期の道具原子燥弾も必ず使い合って……
自ら幕を引くんだ
自分を生み出した地球と自分の仲間のすべての生き物を道
連れにして
こんなにも早く

※1931年生。『黒羽英二詩集』『鐡道癈線跡と』


星明かり
甲田四郎

山また山のその奥の
真っ暗な崖っぷちに車を止めて電気を消したら
夜空のシーツをはずして洗濯して、またはめたよう
私は目玉をはずして洗って、またはめたよう
研ぎ澄まされた星々が
山の稜線から稜線までぎっしりだ
星明かりに照らされる
一歳四カ月のユリとパパとママと私と女房だが
こんな光を何十年前に見たのだったか
そのとき恐怖を覚えたのを思い出す
何千万度の熱が何億兆もありながら
私たちを暖めることができない

近々と互いに声を掛け合えば
ユリは暖かい声を上げて手を振る
「人は死ぬとお星さまになるんだよ」
それは恐ろしい比喩だ
私の父はあの星母はあの星
昔骨箱の黒い木切れになった叔父はあの星
叔父が殺した中国人はあの星とあの星とあの星か
病死
衰弱死餓死焼死轢死溺死窒息死感電死薬物中毒死
被撲死被斬死被弾死被爆裂死放射能死生体解剖死
それら天空ぎっしりの煮えたぎる感情に
私たち照らされて仄白く立っている
この瞬間星がまた誕生している
屑になるほどの数の星が
続々煮え出している
ユリよ
おまえの暖かさは私たちにとってかけがえがなく
私たちの暖かさはおまえにとってかけがえがない
そのかけがえのないところでいつか
星の話を聞いてほしい
星々が屑になるほどの
言いようのない悲しみを知ってほしい
※1936年生。『陣場金次郎洋品店の夏』



バベルの塔
高良留美子

ニューヨークに聳え立っていた二つの塔が崩れ去ったあと、その廃墟のなかに、わたしはバベルの塔が姿を現すのを見たように思った。
 聖書は語っている。

 時に人々は東に移り、シナルの土地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに
言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代わりにれんがを得、しっくいの代わりに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、「さあ、町と塔を建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て言われた。「民は一つで、皆同じ言葉である。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」。こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

 バベルとはアッカド語で''神の門’を意味し、紀元前二千年紀に当時の世界の中心
をなしていた。バビロンはそのギリシャ名である。
 バベルの町造りが放棄されて以来、人々は世界中に散り、その言葉はあまりにも乱れた。
 ニューヨークは現代のバビロンであり、そこに聳え立っていた世界貿易センターの
二つの塔は、現代のバベルの塔なのだろうか。
 わたしは亡くなった人たちの声に耳を傾ける(加害者もふくめて)。塔の破壊によって人々の言葉はますます乱れ、互いの無理解はひろがり、世界は分裂していくのだ
ろうか。そして罪のない人々が苦しむのだろうか。破壊は神の意思として受け入れられ、神話として語り継がれ、いつか聖書のような書物に書き記されるのだろうか。
 それでいいのだろうか。






小林明代

一つの星が
消えようとしている
この真っ黒に覆われた不気味な

突然
けたたましい音を立てて突き刺してくる

結んでいた手が
ほとけてゆく

この空をつたっていった
先には
左手にポップコーンを抱えながら
笑い転げている者もいるというのに

銃口が正解というこの地の世界
正義、人権、自由なんか
いくら声高に並べても
そんな言葉達は
紙切れの中の世界の住人
どこへでも飛ばされてゆく

そう、ビルが大切なんだ
細い糸で結ばれて
懸命に自らを燃やしながら
オリオン、カシオペア、ふたご・・・
それぞれの形を作ってきた
小さな
星達よりも

糸の切れてしまった
残りの星達は
何を杖にして
また輝けばいい?

<さ>



この星のきしむ音が
坂本つや子

薄いオゾン層に穴があいた 今も少しずつ広がっている

 そして 又この小さな星で戦争が始まろうとしている

数百万年前 この星の新参者ヒトは 火をおこし物を作
り考え より安全により丈夫により豊かに美しく狩り殺し
着用し堀り積み愛し増えていった 沢山の種族を滅ぼし
裁かれない罪の甘美さに酔いしれ生き継いできた

 そして 言訳だらけの戦争を始める準備が始まった

古代の化石は永い時の果 黒い油となり 火を灯しヒト
のくらしは明るくなり 沢山の物を作り出し 少し役に
立ち 大方は捨てられた河や湖に 大地は豊かに美しく
汚染され ヒトは餓えたヒトを限りなく増やしつつ 飽
きる程食べ飲み 幻想のような病気を増やしていく

 そして 一見穏やかに癇癪を破裂させ戦争が始まった

海では破船から 黒い投網のように油が流れ どこまで
も広がり 大量に酸素を出している多くの珊瑚礁を抹殺
し この星では 酸素の缶詰を買うヒトが増え 買えな
いヒトも増え 清らかな水も 買わなくては飲めない

 そして 古い爆弾一掃の清潔な戦争は続行中である

ヒトの生命は やはり<地球よりも重い>とは言葉だけ
と証明されたのか 速度をあげ温暖化してゆくこの星の
熱量に重く喘ぎ ヒトは汚れた空気を 薬品になった水
を奪い合うのだろうか 戦争のように

 そして 戦争は疑わしいハミングで拡大してゆく

世界で ただ一国 二回も原子爆弾を投下された この
星の小さな島国の激痛と悲憤をヒトよ 忘れたのか 美
しい都市を一瞬にヒト諸共 焼き払う行為は 許されな
い たとえ 神であっても

 そして この戦争はどんな爆弾を最後に使うのか

すでに深く傷つき病んでいるこの星の消滅を早めるのは
戦争だ この星船に乗っている全世界のアナタ達とワタ
シ達 すべての答は 霊長目ヒト科ヒトの 大きなポケ
ットのなかに 必らずあると ワタシは言いたい

※1926年。詩集『黄土の風』『焦土の風』







「ひつじよ羊」
直原弘道

今年は未歳だから
沈黙といこうか
めええと啼こうか

モンゴル出身の力士にならつて
透明な酒をコップに注ぎ
指をひたし
お祓いをするように
雫を四方に撥ねる
怪鳥におおわれた
大空のために
火にやかれた
大地のために
残りを
世界の無辜の民に

神が注文している
血の色をした
葡萄の酒のグラスは伏せよう
咽喉を焼き
胃の腑に滑り落ちていく
透明な酒をあおり
酔眼を凝らし
祭壇の前で順番を待っている
羊たちの群れに代わって
無力な老いぼれた咽喉をふりしぼり
めええめええと哭きつづけてやろうか

※ 一九三〇年生。日本現代詩文庫第二期『直原弘道詩集』
『驢馬のいななき』(評論)



戦争
柴田三吉

防毒マスクをつけたまま
ひとを産み終えたあなた
祝福の聖水より先に
赤ちやんにマスクを! と叫ぶ女たちの声を聞いた
(赤ちやんの顔に、はやく
 その髑髏の面をかぶせてやって)
砂漠を覆う警報は
私の地上さえ襲った

母のそこ、傷ついた聖地に
宗派も党派もなかった
とおい記憶にみちびかれ、生命の約束だけを果たす場所
きょう、産声をあげた赤ん坊の
新湯をくぐる、透き通った皮膚のむこう
兵士の鮮血が駆け抜けていった

やがてこどもたちの瞳は
とちの実のようにはじけ、光の像を結ぶ
彼らが見るのは母の胸を截る、歪んだ地平線
歴史のように折れた父の背骨
けれど私はさらに怖れたのだ
世界を拒んだまま
瞳を開ざしたこどもが生まれる日を

戦争はすでに
防毒マスクのなかへと惨み込んでいる

〈あした〉が
日めくりの裏に用意されていると
信じるものがあるとしたら
重い、日の扉は開かれないだろう
胎児がはげしく誕生を泣いて
母を押しひらく苦しさに耐えるなら
私もまた絶望の手前を歩かなければならない
まだなにも知らないこどもたちと
その後の
〈世界〉 を

※一九五二年生まれ 詩集『さかさの木』『わたしを調律する』


風呂敷の裏
しま・ようこ

ただの  一枚の布
何を  どんな形にも包んで手渡せる
ゆるやかな  唐草文様

世界が狭くなり  未来が早送りされ
ガキ大将が  大風呂敷を独り占めした
トマホークも新型ミサイルも  全ての積木は俺のもの
切り裂いた唐草文様を  アルファベットに並べ替え
同じ積木を隠す「あいつ」を  やっちまえ!
愛想顔で  積木を分けてやった日を忘れて

ガキ大将の  大風呂敷が裂けた
「神」のロポットに急変身し
火の鋼に化かした積木を「あいつ」の領土にまき散らし
世界を  炎の棘にした

ガキ大将の顔色を窺う  小ガキの国で
どんなウソもホントに見える
ウソを競い合う舞台は 千切れた唐草の彼方

だが 小ガキの国にも
炎の棘から 声を聞き分ける耳がある
わたしたちの内なる声のように
――橋を渡るのが怖い
  帰りに橋はないかもしれない(白いターバンの男)
――今死んだら
  戦争しか知らない人生になる(赤いセーターの少女)
――絶望と悲しみだけの市民
   逃げだすわけにはいかない(人間の盾Mさん)

千切られた唐草を もう一度並べ替えると
ガキ大将の「勝ち負けの天秤」の 錯びた棹に
勝って失い 負けて開ける目盛りが読める

だから たとえ「正義」の迷路を縫いくねって
ピンポイント弾が わたしの額を貫いても
ただ一枚の布
未来を手渡せる
風呂敷の裏文字を読み続ける
イラクのウル道跡の 竪琴の遠い調べを採譜しながら (2003. 3. 24.)



同じ地上で
――山本茂実氏撮影の写真に寄せて
新川 和江

あの子は埋葬されたろうか
大地のふところ深く  抱きとって貰えたろうか

  バングラデシュ
  インド国境に近い町 クルナ
  赤錆びた鉄道線路の上にまではみ出して
  店をひろげたマーケットの喧曝
 そのほとり  金網の積木に
 痩せ細ったはだしの両足をのせたかたちで
  ころがっている子供の死体
  じぶんの頭ほどの
  小さな風呂敷包みをひとつ抱え……

わたしの手は  とどかない
台所の水道の栓にしか
食卓の上の皿にしか
庭のリンゴの木の枝にしか
湯上がりのわが子の湯気のたつ背中にしか
書棚のいちばん上の棚の挨をかぶった祈祷書にしか
とどかない この手

   死体のそぱに  いくぱくかの投げ銭
   それがある額に達すると
   誰かが引き取って
   葬ってやるのが土地のしきたりだという
   けれど投げられた錏銭ばかりか
   子供が後生大事に抱えている
   風呂敷包みまでかっばらって
   人混みにかき消える不心得者がある
   家もなく  父母もなく
   じぶんの骸よりほか所持品とてない哀れな子供に
  ハエばかりがふんだんに群がって……

わたしの足は とどかない 
手洗いにしか
寝室にしか
晴れた日に都心へとわたしを運ぶ地下鉄の駅にしか
美しいレッテルの貼られた缶語  瓶詰
溢れるばかりに並べられた生鮮食品の売場にしか
コーヒー・ショップの止まり木にしか
とどかない この足

あの子の死体はまだそこにころがっているのか
大地からも継子のようにはじき出されて
干涸びていくというのか

※1929年生まれ 『土へのオードー3』 『火へのオードー8』




世界は巨大な棺
杉本邦文

異形の神の横貌に脅え
焉は神では無いと識りながら
飢ゑの『真昼』より飾りの『闇夜』を
世界は巨大な棺と為る

( 読みかた)
いぎょうのかみのよこがおにおびえ
これはかみではないとしりながら
うえのひるよりかざりのよるを
せかいはきょだいなひつぎとなる

『奴隷』達は、限られた椅子を奪い合う。
時に蹴落とし、見捨てる。
そんな事したくない。でも生きるためだ。
『奴隷』から、『王』に成った者がいた。
自分の椅子だけなら創れる、産まれ立て
の『王』
御蔭で一つ席が空いた。一人『奴隷』が座
る事が出来る。
『王』から『奴隷』へ、転落する者がいた。
彼は不安そうに周囲を窺う。
でも、大勢の『王』がいたので、
座る場所には困らなかった。
資本主義とは、『愛』である。


板橋くん
鈴木俊


板橋くんの容貌はおそろしい
瞼の下側がめくれ
眼球が飛びだし
縦柄模様のケロイドは
彼の顔面を幾片にも切りこまざいている
それはちょうどツギ絵のようだ
それは殆ど正視するに堪えない迫力を持っている
朔太郎を愛し
佐伯祐三を愛し
教室ではフランス文学を講義する板橋くんは
四十を過ぎても結婚してない
ヒロシマの話が出ると
牡蠣のように口を閉ざしてしまう板橋くんの
家族はあの日死んだ

板橋くんの容貌は今話した通りだが
ほかに後遺症があらわれたとは聞いてない
聞いてないということは
あらわれないということではない
あらわれてないということは
あらわれないということでもない
いつかあらわれるかも知れないということを含んでいる

板橋くんのつとめは
女子短大
絵かきの卵のあつまる学校
無邪気な娘たちが
モデルになってくださいと
よく頼みにくると言って
彼は苦笑する

詩集『唖』より
※1931年生。『困惑』『青大将』




左足だけの靴
    ――アウシュビッツの遺品
曽根ヨシ


死ぬまえに脱がされたのだろうか
死んでから脱がされたのだろうか
小さな左足だけの靴
右足の靴は何処にいったのだろう
左足の靴をここに置かれて
小さな男の子は何処をさまよっているのだろう
小さな男の子がはいていた靴は
その足のかたちのままに
時空をくぐってここにいて
<ここにいて大きくなりたかった
 少しずつ大きくなる靴をはいて>

白と青のストライブの服
まちまちの四つのボタン
汚れて 薄くなって つかれ果てて
恐怖を吐きつづけながら
胸に番号を縫いつけられたままでいる

秋のなかで
服の汚れに染まって
わたしは電車に乗り遅れた
次の電車に乗ると
街をぬけたところで
左側の窓に夕焼がさしてくる
小さいまま
永遠に若者になれない男の子が
こちらをみているように

※1934年『母の提げた水』『花びら降る』 











原民喜詩碑


遠き日の石に刻み
砂に影おち
崩れ墜つ 天地のまなか
一輪の花の幻





峠三吉は、1953年にわずか36歳で亡くなりましたが、有名な詩「にんげんをかえせ」 など原爆の非人間性と平和を訴える詩を残しました。「反戦詩歌人集団結成宣言」では、 「芸術は人間のためにある。人間の世界が危機にさらされているとき、人間がこころに もつ最も美しきものの結晶である芸術は直ちに人間の敵に対する最も鋭利なる武器と なってかざされねばならね。」と言っています。詩「にんげんをかえせ」も広島の被害を 「わたしにつながる/にんげんをかえせ」と普遍化した所が一層の感動を呼びます。


にんげんをかえせ
峠三吉

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ



「反戦詩集」編集委員会