Sorry, this page is Japanese Charset=Shift_JIS Version.
after Netscape Navigator4.04ja


スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


III.《怨敵》−4
 そんなこんなでケリーの「家出旅行」は1日で終わった。
 翌日の夜明け前にヨシュアはケリーを起こして荷台に積んであったバイクを銃で爆発させ、証拠隠
滅をはかった。
「走行距離でどこに行ったかバレちまうだろ」
 元の場所に返そう、とケリーが言ったときにヨシュアはそう言ってはねつけた。持ち主に申し訳な
いような気がしたが、ヨシュアの言い分は理にかないすぎて逆らえるわけもなかった。
 テルノンの駐車場に置いてあったバギーは泥棒に遭うこともなく無事だった。それをケリーに運転
させ、ヨシュアはトラックを運転して村に帰ったのは夜が明けたばかりの時間だった。
 村に着くとヨシュアはダッチェスの家までケリーを同行させた。煙突からは白く煙が上がっている。
農家は皆、早起きだ。特にまもなく刈り入れともなれば。
「おはようさん」
 台所の戸口をほとほとと叩くとダッチェスの女房が顔を出した。
「おやまぁ! ヨシュア、ケリーは無事に......おやぁ、ケリー。ずいぶんと殴られたようだねぇ、
ヨシュアに」
 ダッチェスの女房は青痣だらけのケリーの顔を見て笑いだした。
「あんたぁ! ヨシュアがケリーを連れて戻ってきたよ!」
 のっそりとダッチェスは出てきた。
「どこで捕まえた」
「ジェズだ。いやもう、ひでぇ1日だった」
 ぼやくヨシュアの肩を叩く。「だから、あんまり叱るなって」
「殴らなにゃわからん馬鹿は殴るだけさ」
 鍵を手渡した。
「テルノンで燃料は補給しといた。ついでに収穫祭向けの注文も取ってきたぜ」
「おうよ。ほっほぅ? 見事に化粧して男ぶりがあがったじゃねえか、ケリー」
 ダッチェスもケリーの顔を見て笑いだした。
「まぁな、デイジーを泣かしただけでもヨシュアに殴られる理由はあるな」
 ぎくりとしてケリーはヨシュアを見上げた。
「村まで出てきたのか」
 煙草に火を付けるとヨシュアは訊いた。
「一日、仕事が手に付かないって感じでべそ掻いてうろうろしてたぜ」
 にやにや笑うダッチェスの台詞にケリーは顔が赤くなった。
「ガキをからかうんじゃねえよ」
 ヨシュアは無表情に言った。「じゃあな、ありがとさん」
「村長と長老衆んところにも行っておけよ! 心配してたからな!」
 気の重くなる台詞に送られてヨシュアとケリーはバギーに戻った。
「これじゃあ、次の集会には出ないわけにも行くまい。ええ、ケリーさんよ」
 ヨシュアは渋い顔で言った。「おまえさんには参るぜ」
「ごめん。俺、ひとりで謝りに行くから」
「そんなこと出来るわけねえだろうが。おれにこれ以上恥かかせるんじゃねえよ」
 村長を手始めに長老の家を全部訪ねて、ケリーはヨシュアと頭を下げて回った。最後にピット家に
回ったのは、ヨシュアもミセス・ピットが苦手だからに違いない。しかしミセス・ピットは「男の子
だねえ」と笑い、ケリーに「お腹空いただろう」とミートパイをご馳走してくれるだけで解放してく
れた。
「でもねえ、ケリー。デイジーを泣かせるんじゃないよ。心配してたからね」
 バギーに乗り込むときにミセス・ピットはちくりと言った。「あんたはヨシュアん家に婿入りする
んだろうからね」
 とんでもない爆弾に愕然としたケリーを乗せて、バギーは家に向かった。
 地所の入り口までくると、デイジーが家から走ってくるのが見えた。
「父さん! ケリー! ケリー!」
 バギーが止まってケリーが降りるのも待てないようにデイジーはケリーの首に抱きついて泣き出した。
「ちょっ......、ディー?」
 慌てて覗き込むと、デイジーは涙だらけになって泣いていた。
「居なくなっちゃイヤ、ケリー」
 しゃくりあげた。「あたし、うんといい子になるから行かないでよ」
「あのなデイジー。ケリーはな、別におまえを嫌って出てった訳じゃないから」
 ヨシュアは持て余したように言った。
「おまえが泣かしたんだからな。ちゃんと慰めろよ、ケリー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、ヨシュア!」
 さっさと家に入っていくヨシュアに置いていかれ、ケリーは泣いているデイジーを抱えて途方にく
れた。よく笑う元気な女の子だと思っていたら、泣き出したら泣きやまない。
「ディー、泣くなよ」
 おろおろしながらケリーは頼んだ。「俺、困っちゃうよ」
 泣く女の子、というのは殆ど経験がなかった。そりゃ、チビのころはよく仲間の女の子を喧嘩して
泣かしたりしたものだ。それだって実戦部隊に配属されてからはやってない。
「あたし、なに悪いことしたの?」
 しゃくり上げながらデイジーは訊ねた。「気をつけるから。ごめんね......」
「ディーは悪くないんだ」
 首にしがみつく腕を外すと優しく抱いた。胸のところにデイジーの薄茶色の頭がある。それを撫で
てやった。
「俺が我儘言って、ヨシュアに叱られたのが面白くなくて。心配掛けてごめん。約束破ってごめんな。
なぁ、頼むから泣かないでくれよ、ディー」
 ポケットからバンダナを出したが、バイクを拭いたので真っ黒だった。なんとかきれいな場所を見
つけて涙を拭いてやる。
「ほら。泣きやんでくれよ。俺、どうしたらいいのかわかんないよ」
 デイジーはやっと顔を上げた。水の源のような翠の瞳はまだ涙を溜めていた。
「あたしのこと、嫌いじゃないの?」
「うん」
「じゃあ、あたしのこと置いてきぼりにしちゃヤダ」
 はっとした。
 俺が置いてきぼりにされたようにこの子も俺に置いていかれたと思ったのか? でも。
「でも、ディーには父さんも母さんもいるじゃないか」
「ケリーも居なきゃイヤ。ケリーだって家族だもん」
 仲間が欠けるなんて思ったこともなかった頃の俺のように、この子も俺がいなくなるとは考えてい
なかったのか。......家族だから。
「どこにも行かないよ」
 そっと抱きしめた。マルゴとそっくりの声をした、コニーやアネットやルシールみたいな女の子。
俺の仲間の女の子たちがまるでひとりの女の子になったみたいな小さな女の子。
「ディーを置いて、ひとりで居なくなったりしない。消えたりしないよ」
「うん」
 こっくりと頷いたのをほっとして顔を覗き込む。
「涙の素みたいな色してる」
 翠の瞳に笑いかけた。「きれいな目だ」
 デイジーは赤くなったが、ケリーの顔をまじまじと見た。
「ケリー、父さんにぶたれたの?」
 小さな手がケリーの口許に触れる。「あちこち青くなってる」
「しかたないよ。俺、ヨシュアのバギーを......勝手に持ちだしたんだから」
 盗んだんだから、と言うのをかろうじてとどまる。
「手当てしてもいい?」
「うん。ディーに手当てしてもらうのが嬉しいや」
 半ば本気、半ば機嫌を取るように言うと、デイジーは素直ににっこりした。手を引っ張る。
「じゃあ、ずっとうちに居てくれるのね?」
「ああ」
 手をつないで歩きだす。他の誰かが見ていたら恥ずかしかったかもしれないが、2人きりだからよ
かった。
「あのね、昨日雨が降ったでしょう? ......遠足の場所、間に合いそうなの」
 おずおずと小さな声で言う。「明日か明後日くらい。ケリーがいやじゃなきゃ」
「じゃあ、遠足行こうか」
 デイジーは嬉しそうに笑うのに合わせてケリーも微笑した。嘘ではなく、その笑顔を見てると本当
にデイジーが見せたがっている場所を見に行きたかった。


「泣く子と地頭には勝てんな」
 夜、ヨシュアが屋根裏部屋に上がりかけたケリーに向かって言った。
「え?」
 振り返ると肩をすくめてみせた。「デイジーさ。泣かれて大弱りだろう?」
「うん、まぁ」
 階段に座ると丁度ヨシュアと同じ目線の高さになった。デイジーはすでに寝入っている。     「あの娘はおまえが大好きなのさ」
「うん。居なくならないでくれって言われた時、俺、自分が仲間に置いてきぼりにされた時のことを
思いだしたよ」
 ケリーは頬杖を突いた。
「たぶん俺は勝手に消えちゃいけないんだ。ディーには少なくとも、ちゃんとさよならを言わなけり
ゃ駄目なんだ。その時も泣かれるだろうけど」
 ケリーは口許に寂しい笑みを浮かべた。「でもさよならを言えば、きっと傷つく分も少ないと思う。
俺がディーにさよならを言うのはディーを守るためだから」
「ほお?」
「だってさ。俺は仲間の復讐するだろ? そしたらここには居られない。あんたやおばさんは覚悟が
決まってるって言うけど、ディーは何も知らないんだ」
 眉をあげたヨシュアに説明する。
「ディーは俺が居なくなってもあんなに傷ついて泣いた。実の家族で両親のあんたたちをそれに巻き
込んだら、ディーは本当にひとりぼっちになる。その時、俺にとってのヨシュアみたいな人がいると
は限らないだろ?」
「おまえ、死ぬつもりで復讐するんじゃないだろうな?」
 鋭く訊いたヨシュアに首を振る。
「そんなつもりはないよ。だけど自衛軍はたしかに組織がデカイ分だけ人間の層が厚くて油断できな
いと思う。だから」
 だからやっぱり一人で復讐をする。そう言うつもりだった。
「俺たちがおまえを庇って死んで、おまえが生き残ったら」
 ヨシュアは遮るように言った。
「おまえがデイジーを守ってやれ。いや、守って欲しいと思ってるよ。俺はな」
「ヨシュア」
「おまえは強いはずだ。特殊軍てのは強いからな。しぶといとかタフと言ってもいい。それは守るも
のがあるという目的意識が叩きこまれているからだろう」                                            ヤケ  床を見つめ、顔を上げた。「祖国を守るという今までの目的意識が逆効果になって、おまえは自棄
になりやすい。だからうちの娘をそばで守るっていう目的をやるよ」
 ケリーはまじまじとヨシュアを見つめ、やがて疑わしそうに訊いた。
「......それって俺がディーを嫁に貰うとか婿入りするとかってことか?」
 ヨシュアは吹き出しそうな顔になった。
「おまえ、あれを嫁に欲しいのか。ずいぶんと気の早い奴だな」
「そういう意味じゃないのか? じゃあ、なんでそういう話が村で出るんだよ」
「からかわれてるに決まってるだろうが」
 笑顔で言う。「おまえ、本気にしてたのか?」
「俺はいつだって真面目なんだ」
 憮然として答えた。「だってここの村は変わり者の集団だって言ったのはあんただぞ」
「いやはや、それにしてもまぁ」
 本当に吹き出しながらヨシュアは階下への階段を降りだした。
「あんまり面白い話を聞かせてもらったからな。ジェーンにも話してやろう」
 げんなりとしてケリーは膝の間に頭を突っ込んだ。
「俺は物笑いの種なのか? ......そうだ。ディーが俺をどこかに連れてってくれるって言ってた」
「そうかい。まぁしばらくは大人しくデイジーのお守りでもしてやんな。ちゃんと寝ろよ」
「ああ。おやすみ」
 自分も階段を上がって部屋に入った。
 視界に飛び込んできたのはドアの向かい側にある机の上の花だった。黄色い花びらと茶色の芯の大
輪の花。
「なんの花だろ?」
 背の高いコップに挿してあるそれは、特に匂いがあるわけでもなかったが、何とは無しに元気づけ
てくれてるようだった。触ってみると、茎がざらざらしている。しゃっきりと首が伸びた野性味あふ
れる花だった。デイジーがくれたんだろうなと思う。
「うん。ありがとう」
 口の中で呟いた。昨日、手紙を読んでから置いたのだろう。でもあんな手紙を置いて出ていった自
分を待っていてくれたんだと思うと、嬉しくて心が温かくなった。しかもベッドに入ろうとすると、
例のぬいぐるみまでが枕元に鎮座していた。
「やぁ、ブラウニー」
 デイジーに教えられた名前を呼んでやる。
「おまえも俺のお守りばっかりで大変だよなあ」
 灯を消してベッドでうつぶせになると鼻の頭をちょこんとつつく。そのまま腕に抱えてみた。相変
わらずいい匂いがする。いい夢を見る匂い。いい夢ってなんだろう? マルゴや皆に会える夢だろう
か。
「会えたらいいなあ」
 ぽつんと呟く。会えたらなんて言えばいいんだろう。絶対に復讐するからって? それともディー
みたいに優しい女の子に会えたって?
「言える訳ないか」
 ため息が出た。だってディーは俺のことを従兄だと信じてるから。丸っきり赤の他人の特殊軍の兵
士だと知らないから優しいのかもしれない。もしそれを知ったら。ヨシュアやジェーンおばさんの態
度からすると、特殊軍だからって馬鹿にはしないだろうけど、でも「嘘つき」って泣かれるかもしれ
ないなあ。
 ごろりと仰向けになった。
 嘘はついているから嘘つき呼ばわりされても構わない。でもそれが原因でディーに泣かれたり嫌わ
れたりするのは嫌だなあ。
「ごめんよ、ディー」
 夜の闇の中で呟いた。「俺、おまえを守るために頑張るから」
 ディーを守りながら復讐しなくちゃな。ひとりで復讐してヨシュアたちを巻き込まないようにする
んだ。俺みたいにディーをひとりぼっちにさせたくないから。
「いいアイデアを夢でみせてくれよ、ブラウニー」
 腕に抱えているのも疲れたので、窓辺にぬいぐるみを置く。
「俺、おまえのご主人様を守るんだからさ」
 窓越しに3つある衛星のうちのうちの「2の月」が下弦の三日月になって白く光っているのが見え
る。ケリーは目を閉じた。





次頁へ行く 前頁へ行く I.《亡霊》に戻る II.《生者》に戻る III.《怨敵》に戻る


【小説目次】へ戻る 小説感想をどうぞ!【novelBBS】 トップページへ戻る


此処のURLはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~magiaです
< /P>