Sorry, this page is Japanese Charset=Shift_JIS Version.
after Netscape Navigator4.04ja


スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


III.《怨敵》−3
 欠伸をすると、ヨシュアは椅子の上で伸びをした。
「ああ、良く寝たな」
 時計を見ると1時間ほど寝たらしい。頭を掻きながら画面を見ると「おや」と呟いて身を起こした。
 画面の1つ、基地の居住者用通用口にケリーが立っていた。ゆっくりと門を押して中に入っていく。
あまりこそこそした様子ではない。慣れないような、おずおずとした姿だった。背嚢を背負ってバイ
クを押している。
「やれやれ。窃盗犯になっちまったか」
 苦笑すると回路をいくつか小袋に入れ、銃を確認すると背中に差した。全ての電源を落とし、発電
機を停める。ジェズには当分足を向けないほうがよかろう。
 施錠して地上階に出てくると、隠しボタンを押してトラップを起動させる。ビルのシャッターを下
ろした。これで侵入者が来ても風穴だらけになってネズミの餌になるのがオチだろう。
 『リンク』の駐車場に置いたトラックに乗り込み、市街に入る。基地から5ブロックほど離れた場
所で車を止めると小袋を片手にトラックを降りた。
 公安当局が設置したカメラの位置をヨシュアは全て把握していた。
 基地の出入り口周辺のカメラ近くに回路をこっそり配置する。歩道脇の植え込みの中。カメラを仕
掛けてある街路樹の根元。遊歩道のベンチの下。ごみ箱の中。回路はボタン電池式で、おのおのが勝
手に妨害電波と妨害高周波音を適宜発生させる仕組みになっている。一斉作動はヨシュアがリモコン
を操作した時だけだ。小さいものだが電力を喰うから、1日保てばいいほうだった。あとは清掃ロボ
ットが処分するだろう。
 回路をばらまくと、ヨシュアはトラック近くの公衆電話ボックスに向かった。手帳を片手に電話を
かける。
「もしもし。ガーウィンさんのお宅で? ヴァレンツのマクニールでござんすが」
『おや、まぁ』
 ジェズ基地に住む顧客のひとりが驚きの声を上げた。『珍しいねぇ、マクニールさん。なにかあり
ましたかね』
「いえね。ちょっと用事があってこっちまで来たもんですから。ちょっとご挨拶をと思いましてね。
もしお差し支えなかったら------」
『ええ、構いませんよ。ちょうどお宅の村に連絡しようかと思っていたもので。今、どちらあたり?』
「いえね、すぐ傍まで来てるんでさあ。ええと、正面の入り口近くなんですがね」
『じゃあ、正面の警備に連絡しておきますんで、許可証戴いてくださいな』
「へぇ。すいやせん。お邪魔させていただきやす」
 電話を切るとトラックを基地の正面入口に回した。名前と訪問先を告げると、警備兵は頷いて許可
証を渡した。
「これにな、訪問先のサインを貰ってくれ。帰りに貰うから。何の用事だ?」
「いえね、うちの村の物をいつも買っていただいてるんで、御用聞きでさ」
 ヨシュアはへらへらと笑った。
「ちいっと高いですがどうです、軍曹さん。上等の美味い生ハムが2キロで8千ディナールですぜ」
「なにをそんなに吹っかけてるんだ」
 警備兵が呆れたように言った。「そんな金、俺にあるわけないだろ」
「そうなんですかい?」
「第一、俺たちは大部屋住みだからな。買っても同室のやつらに食われちまう」
「もうじき収穫祭でござんしょう? そん時にご同室の旦那がたで宴会とかしないんですかい?」
「馬鹿か。そんときゃ俺たちは休暇でクニに帰ってるぞ」
「じゃあ、お里帰りの時にうちの村の産品なんていかがで? 首都の旦那衆にも評判いいですぜ」
 トラックに常備してあるチラシを手渡す。
「美味そうだけどなあ」
 別の警備兵がちらしを覗き込む。「酒保には入れてくれないのか?」
「どうやったら食い込めるんですかね?」
「事務の酒保係に言ってみろよ」
 ヨシュアはメモ帳をとりだして書きつけた。
「へい。じゃあ行ってみますわ。毎度」
 トラックを走らせ、顧客の家に向かう。
「まぁ、配達の時でもないのにねぇ」
 勝手口で顧客はヨシュアを待っていた。「どうしたんです?」
「いえね。ちょいと情報端末の新しいのが欲しいと思いましてね。そういうものはこっちで選ぶのが
良かろうと思ったんでさ。なにかご注文ありませんか?」
「この間戴いたピクルスが美味しくって。ハムとチーズと、そうそう干し肉もね」
 メモを書きつける。「この間と同じ分量でよろしいですかい?」
「そうねぇ。直に収穫祭だしねぇ、そうだわ、七面鳥ある?」
「ありますよ。あと、ホロホロ鳥も今年はうまく育ってましてね」
「じゃあ、そっちにしましょうか。臓物は要らないから詰め物が出来るようにしておいて--------」
 その時、けたたましくサイレンが鳴りだした。
「あらいやだ、なにが------」
『総員配置につけ!』
 スピーカーががなり立てる。
『侵入者あり! 侵入者あり! スミス准将が襲撃された。総員、第1級態勢!』
「襲撃?」
 ヨシュアはお客と顔を見合わせた。「なんです、襲撃ってのは」
 そう言いながらリモコンのスイッチを密かに入れる。
「やだわねぇ、強盗かしら」
 お客はため息をついた。「よく居るのよねぇ、スラムの住人がゴミを漁りにとか」
「あんまり長居するとご迷惑になるかもしれませんから、そろそろあたしはこれで」
 ヨシュアはメモ帳を閉じた。
「ご注文の品は、用意でき次第ご連絡してお届けにあがりまさぁ。あ、すいやせん、これにサインい
ただけやすか」
 許可証にサインを貰うと、ポケットにしまった。
「それじゃ、お邪魔いたしやした」
「品物、楽しみにしてますよ」
「へぇ、まいどありぃ」
 トラックに乗り込むと発進させた。そのまま敷地を迂回して事務棟に向かう。検問にひっかかるよ
うにだ。
「なんだ、おまえは!」
 憲兵の腕章を付けた兵隊がつかつかとやって来る。
「すいやせん。酒保係ってのは------」
「酒保ぉ? 馬鹿者、こちらは忙しいんだ! 日を改めて来い!」
 ヨシュアは首を竦めてみせた。「へぇい」
「あ、待て。中を確認するぞ。強盗が入り込んだようだ」
「へい。自衛軍の旦那がたンところに泥棒たぁ肝の太ぇやつもいるもんですな」
 運転席から降りて荷台を開けて見せる。当然中は空っぽだ。
「念のため許可証見せろ。よし。行っていいぞ」
 ポケットから出して見せると、ちらりと見て突っ返してきた。
「強盗って誰か襲ったんですかい?」
「そうだ。途中で捕まるなよ。助けてやらんからな」
「そりゃこわいですな」
 愛想笑いをして運転席に戻る。「じゃあ、お疲れさんです」
 入り口に向かう。警備兵にまた愛想を振りまいてヨシュアは基地の外に出た。外を走って先程ケリ
ーが入り込んだ通用口まで来るとトラックを止めた。ポケットからラジオを取りだしてリモコンを切
る。ラジオのスイッチを入れてトラックをチェックした。どうやら余計な電波発信装置などは取り付
けられなかったらしい。
 ラジオを切ると、再度リモコンを入れた。トラックを基地と向かい合う路地に入れてケリーがやっ
てこないか待ち受けた。
 


 あまりにあっけなく基地に潜り込めて、ケリーはあっけに取られていた。
「なんで?」
 誰にも咎められずすんなり官舎のある区画までやってきて呟く。
「こんなんでいいのか、真面目に?」
 自分達の基地とはずいぶん違う。この調子だともっと奥まで入り込めるだろうか。
 だがさすがにそれは甘かったらしい。官舎区画と軍備区画との間には厳然と検問がしつらえてあり、
警備兵が出入りするトラックの荷台や乗用車のトランクまでチェックしている。
「さすがに無理か」
 バイクを押して引き返すと茂み脇のベンチに腰掛けた。この道をさらに行ってロータリーを左に行
くと事務監の官舎に行きつく。
 さて、そうなると事務監が帰宅するところを狙うしかないが......。
 ふと気配を感じて顔を上げた。向こうの茂みの中に誰かがいてこちらを伺っている。緊張して睨み
つけ、すばやく足許の石を拾って投げつけた。
「ひっ」
 悲鳴を上げて黒い塊が茂みから飛び出した。どう見ても人間だが走り去ろうとする。それをすばや
く捕まえて、ケリーはぎょっとした。薄汚れた襤褸をまとった老人だった。さらに見ると老婆だった。
「おまえ------」
「か、勘弁してくだせえ、坊ちゃん」
 老婆はうずまって懇願した。
「わしは、は、腹が減ってただけですだ。坊ちゃんがたの残飯をほんのちょっとだけ分けてくだせぇ」
 呆然と手を離すと老婆は後ずさりしながら逃げ去った。その手に残飯らしい肉の塊があるのをケリ
ーは見つけ、自分が空腹だったのを思い出した。
「なんなんだ」
 しかし空腹どころではなくなってケリーは呟いた。ケリーはまっすぐ基地に来たからスラムの存在
すら知らなかった。いや、スラムなんて物が存在することさえいまだに知らなかった。だが老婆を見
たとたん力が抜けるのを感じた。脱力したのではなく、肩の力が抜けたのを感じた。
 ここはたるみきっている。官舎に帰るという気分がここではたるみとして現れている。でなかった
らどうしてこんなところにあんな不審者がうろうろしていられる?
 笑い出しそうになった。肩を震わせて堪えるのが精一杯だった。それと共に身体が熱く、それでい
て冷え切ってくるのを感じた。
 こんな連中が生きる犠牲になっていたのか。俺達は。
 ベンチに戻るとケリーは周囲を伺った。あらゆる感覚が研ぎ澄まされているのを感じた。そう、出
撃していたときにいつも感じていた、あの感覚だった。
 背嚢から手袋を出して嵌め、ポケットから出したバンダナでゆっくりとバイクをこすり始める。ど
こにも自分の汗や指紋が残らないように。終わるとバイクにまたがり、のろのろと走り出す。ロータ
リーを回る。目的の家の場所を確認し、通用門に出るルートを確認する。戻ってくるとバイクをさり
げなく停めた。まもなく通常の勤務時間が終わるはずだ。エアカーで帰ってくるにしろ徒歩で帰って
くるにしろ、玄関前で狙撃すれば終わりだ。
 官舎の前は幅の広い通りだった。家と家の間にはうまい具合に奥行きのある生垣があって道路から
は覗けないようになっていた。つまり、道路を家から見とおすことも無理がある。
 腕時計を見た。まもなく5時半。そのとき勤務時間終了なのかサイレンが鳴った。
 向かいの官舎の植え込みに身を隠す。銃を取り出して口径と出力を調整した。事務監は一発でしと
める。連れがいればそいつも同じ運命だ。
 やがてエアカーがやってきて事務監の敷地前で停まった。運転席からはケリーより少々年上の、自
衛軍の軍服を着た少年が出てきてうやうやしく後部座席のドアを開ける。
「足許にお気をつけて。閣下」
 出てきた「閣下」は細くて小さな男だった。
 引き金を絞った瞬間、少年がよろめいた「閣下」を支えた......その少年の頭が瞬時に蒸発し、ふ
っとんだ。
 「閣下」が悲鳴を上げて身体がエアカーの下に沈みこんだがそれはしゃがれた老人の声だった。
「デンゼル、デンゼルっ」
 舌打ちした。エアカーもろとも「閣下」をふっとばすには距離が近すぎる。誰も出てこないのを幸
い、すばやくバイクにまたがって逃亡にかかる。あの至近距離だ、「閣下」も無事では済むまい。
 ブロックを一周してロータリーに戻ってくるとすでにその場は騒然としていた。
わざとバイクを降りてゆっくりと人ごみを掻き分ける。
「准将の従卒の頭が吹っ飛んだとさ」
 誰かの話し声がした。「ご老人はヒステリー状態だそうだぜ」
「へえぇ。ご無事か?」
「まぁな。あの強心臓だ。ぴんぴんしてるってさ」
 がっくり来た。しかし今は逃げるしかない。
 通用門まで来て思わず立ち止まった。兵士が5人ほど出て警備をしていた。少し離れた場所には先
ほどの老婆のように薄汚れた襤褸の塊がいくつもうずくまって警備兵達に蹴飛ばされて悲鳴を上げて
いる。
「坊主、見かけん顔だな」
 門の前に立ちふさがる兵士の一人がじろりとケリーを見た。「どこの家の子だ?」
「あ、あの」
 血の気が引いた。多勢に無勢だ。しかもここの連中はどう見ても筋肉を鍛え上げた実戦経験のある
猛者ばかりのようだ。
「背中の荷物を見せろ」
 ぐいと腕を掴まれた。観念したくなくて腕を振りほどきかけた、その時。
「ケリー!」
 叫び声がした。兵士が動きを止め外に振り向いた。その腕の下からケリーが見ると、ヨシュアが顔
を真っ赤にして覗きこんでいた。
「おまえ、そんなところでなにしてやがる! まったく鉄砲玉みたいにとっとと消えちまいやがって!」
 すばやく門をすり抜けるとヨシュアはつかつかと近寄り、ケリーの横面を力いっぱい拳で殴りつけ
てきた。
「せっかくバイクを買ってやったらとたんにこれだ! 知らない町ではぐれて、どうやって帰るつも
りだったんだ、ええ?!」
 兵士からケリーをぐいと奪い取るとさらに平手打ちを食らわす。
「こっちはさんざん探したんだぞ! お客には迷惑かけるし、どういう了見だ!」
「ご、ごめんヨシュア」
 思わず謝ると「馬鹿野郎」とさらに殴られた。
「あんたの連れか」
 先程ケリーを捕まえた猛者が訊いた。
「へえ。こちらの56番通りのガーウィンさんのお宅に伺う途中ではぐれちまって」
 ヨシュアは渋い顔で兵士に頭を下げた。「ご迷惑をかけまして」
「まったく。しっかり躾ておけよ。それにそんなに殴るな。可哀相だろうが」
 猛者は呆れた様に言った。ヨシュアがあまりに殴るのでケリーに同情したらしい。
「親が死んで身寄りがないんで引き取ったんですがね。無駄飯ばかり食いやがって!」
 忌々しそうにヨシュアは言った。「帰ったら、当分は残飯だけ食わしてやる」
 ぐいと耳を引っ張る。耳がちぎれるかと思うほどの痛さでケリーは悲鳴を上げた。
「さっさと来い! 家に帰るのがますます遅くなるだろうが! じゃあ、お邪魔いたしやした」
 ケリーを引きずるようにしてヨシュアは外に出た。バイクを握ったままトラックまで連れて行くと、
ヨシュアはシャフトを下ろして顎で荷台を示した。
「その忌々しいバイクを載せろ。トラックに傷をつけるんじゃないぞ。とっととやれ!」
「ヨシュア」
「黙れ!」
 居丈高に怒鳴りつけた。「おまえのおかげでまわりがどれだけ迷惑したか判ってるのか、ええ? 
とにかく帰ってからみっちり説教してやるからな!」
 観念してバイクを荷台に載せた。
「横倒しにしろ、このうすのろ!」
 さらに怒鳴られる。「それを固定するロープなんざ積み込んでないんだぞ! 揺れてひっくり返っ
たらトラックに傷がつくじゃねえか!」
 慌てて横倒しに置くと、ヨシュアはケリーを引っ張り下ろして後部座席に押し込んだ。
「まったく、気は利かねえし辛抱は足りねえし、あげくに我儘と来ては付ける薬もありゃしねえ」
 荒っぽく運転しながらヨシュアはぶつぶつと言った。
「おまえのおかげで今日の予定は全部狂っちまった。ダッチェスにも迷惑掛けちまうし。おそらく村
中におまえが家出したってバレちまった。うちはいい笑いもんだ」
 市街を囲む『リンク』を出るとヨシュアは猛然とトラックを走らせだした。その背中を見てケリー
は悄然としていたが、おそるおそる声を掛けた。
「......ヨシュア」
「なんだ」
 まともに返事が返ってきてほっとした。
「あの......ごめん。ありがとう......助けてくれて」
「それで仕留めたのか」
 ずばりとヨシュアは核心を突いてきた。「例のジジイを」
「......」
 唇を噛んで俯いた。
「黙ってるところをみると、しくじったのか。だぁから言わんこっちゃないんだ」
 ヨシュアはいらだちを隠さない口調で言った。
「基地に忍び込むまではなかなかの腕だったがな。敵地のまっただ中でああいうことをするってのは、
ドラマじゃねえんだよ。それはおまえが一番よく判ってるはずだろう」
 顔を上げた。「なんで知ってるんだ?」
「見てたからさ」
「見てた?」
「それ以上は企業秘密って奴だ。手の内をさらすわけにはいかねえ」
 フェンダーミラー越しにヨシュアはにやりと笑った。
「とくにおまえみたいに、人のノウハウを知った途端にろくでもないことをするために真似するよう
な奴、こっちは信用できねえよ」
「俺は!」
 かっとなった。「俺、あんたを裏切るつもりなんかなかったんだ! 捕まるつもりもなかった!」
「当たり前だろう」
 冷たい返事が返ってきた。
「そんなことしてみやがれ。おれがおまえを殺してやるよ」
 言い返しようがなくて俯いた。
「まったくデイジーは泣くし散々だ。で、満足したか、さしあたりは」
「するわけないだろ!」
 憤然として言う。「失敗したんだ、俺は」
「自分の伎倆の程度は判ったか?」
 プライドを傷つけられる台詞だった。唇を噛みしめる。
「......もっと訓練して暗殺の腕を上げなけりゃ」
「と言うよりは、計画をもっときっちり練るんだな。それでバイクはテルノンで盗んだのか」
「......うん」
「あのバイクも処分せにゃならん。途中でぶっこわせ。いいな」
「......わかった」
 ぐるぐると胃袋が鳴った。ケリーは慌てて胃袋を押さえた。
「メシは喰ったのか」
「食べてない。どこで食料調達したらいいか判らなかったし、携帯食料に手を付けたくなかったから。
......噴水の水は飲んだけど」
「ジェズは正規市民の居住区画は完全自動化されているからな。村みたいに店なんぞありゃしねえよ。
基本的には情報端末で食料や生活必需品は発注発送だ」
 ヨシュアは口が寂しくなったのか、煙草をくわえて火を付けた。
「たまに贅沢したかったらうちの村みたいなところに食料を特注するんだ。全く、ジェズ基地にお得
意さんが居てくれたおかげで助かったようなもんだ。携帯食料でも喰ってろ」
「だけど」
「いいか。おまえは失敗したんだ。おれが助けなかったら今ごろどうなっていた?」
 今ごろは荷物を見られ、逮捕されて拷問を受けていただろう。銃殺されていたかもしれない。
「いいか、ケリー。おれはおまえの復讐を手伝ってやると約束した。ただ、時間が必要だとも言った。
おまえはそれを聞かないで勝手に動いて失敗した。だからおれの言うことを今度は聞け。いいな」
 しぶしぶ頷いた。「......わかった」
「だからその携帯食料は食っちまえ。どうせ使用期限が来て使えなくなる」
 ためいきをついて背嚢から食料と水を出した。
「ヨシュアは?」
「おれか? おれはやましいところはこれっぽっちもないし、金は十分あったからうまいものをたっ
ぷりジェズで喰ってきたよ」
 余裕のある言い方が気にくわなかったが、もそもそと食料を齧りだす。涙がでるほど旨かった。そ
んなに美味しいはずがなかったのだが。
「......俺さ。目が回るほど腹減ったの生まれて初めてだった」
「そりゃご苦労なこった」
「飢えってなんだかわかったような気がする」
 ヨシュアはふふんと笑った。
「1日絶食したくらいで判った気になるんじゃねえよ。喰ったら少し寝てろ。適当な場所で起こして
やる」
「判った」
 言われた通りに背嚢を枕に横になる。そういえばヨシュアと出掛ける時、いつもこうやっているな
と思った。ヨシュアが運転し、ケリーが後ろで眠る。家族。親。父親ってこんなふうなんだろうか? 
そうなんだ、ディーに対してもヨシュアは頼もしい父親だったっけ。
 横になったら眠くなった。
「なあ、ヨシュア」
 半ば眠りながら言った。「ヨシュアが俺の父親だったら、よかったのに」
 どうして俺は特殊軍なんかに生まれたんだろう。『外』の人間のように生まれたかった。
「そうかい。おれは息子みたいなおまえがいて嬉しいよ」
 ヨシュアが答えた時、ケリーは寝息を立てていた。





次頁へ行く 前頁へ行く I.《亡霊》に戻る II.《生者》に戻る III.《怨敵》に戻る


【小説目次】へ戻る 小説感想をどうぞ!【novelBBS】 トップページへ戻る

此処のURLはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~magiaです