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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


III.《怨敵》−2
  数日後、ケリーは姿を消した。
 それに気がついたのはデイジーだった。朝起きてみたら、机の上にケリーの筆跡の走り書きで「ご
めん」とあった。
 訳もわからず部屋に行ってみればベッドは寝た形跡もなくもぬけの殻で、デイジーは青ざめて両親
の部屋に飛び込んだ。
「ケリーが家出した?」
 眉をひそめたヨシュアが納屋に行くとバギーが無い。舌打ちをした。
「あいつめ」
 ケリーを拾った戦闘区域までは2千キロだが、ケリーが仇と狙う人間で一番近くにいる者は1千キ
ロほど離れた郡都に駐留している国防省特殊軍担当事務局の事務監だった。ケリーもそれは知ってい
るし郡都ジェズにも行ったことがある。装備は全部持っていったようだ。
 問題はバギーだけで行ったのか、途中で車を換えるつもりなのか、ということだった。戦闘そのも
のはケリーは玄人だろうが今回のようなことは諜報と同様に用心深さが必要だった。焦れて頭に血が
上った12の少年兵にその用心深さが残っているかどうか。
 そのまま谷に下りるとヨシュアは《引き網》に向かった。《ファラウェイ》はバギーを追跡できる。
「《ファラウェイ》。うちのバギーは今、どのあたりかな」
「テルノンの町の東駐車場です」
 ため息をついた。さしあたりの問題はクリアしたようだが、前途多難だ。
「おれは出掛けるが、通信を頼む」
「イエス、マスター」
 家に帰ると自衛用の銃を取りだし、出掛ける準備をする。
「テルノンの町あたりまで行けば、頭も冷えてるだろう。トラックを借りて探してくるよ」
「父さん、あたしも連れてって」
 泣きはらした目でデイジーが言うのを首を横に振る。
「駄目だ。こういうのはな、ちゃんと叱らにゃならん。おまえが一緒だとケリーのプライドもある。
謝れなくなったら大変だろう?」
 村の中心に出掛けると、寄り合い世話役のダッチェスのところに行く。
「ああ? ケリーがバギーで家出した?」
 起き抜けの無精髭を伸ばした顔で聞き返された。
「ちょっと強く叱ったらな。悪いがトラック貸してくれ」
 行き先は見当ついてるのか、と訊かれて頷いた。
「テルノンかジェズだろう、そこら辺しか行った事は無いしな」
「そうか。まあな、ケリーもそろそろ反抗期だろ。強く叱りすぎるとグレるぞ」
 息子3人の父親の言葉に頷いた。「ご忠告感謝するよ」
 トラックを飛ばしてジェズに向かう。雲行きが怪しかったが雨が降り出した。テルノンの町で雷雨
の中、ケリーがむせび泣いていたのを思い出した。

 ケリーは人懐こい、基本的には陽気な子供だった。ああいう性格は集団、特に軍隊や海賊のような
殺伐とした集団ではムードメーカーとしての役割が大きいとヨシュアは見ていた。家ではデイジーが
世話焼きぶりを発揮しているが、それを五月蝿がらずに寛容に受け止めてデイジーが満足するように
付き合っているようだとヨシュアはふたりを眺めていた。たぶんリーダーとしての資質も備えている
のだろう。
 特殊軍の兵士たちがどうやって実際は造られているかは、もちろんヨシュアは知る由も無い。だが
生まれた子供たちを心身ともに分析し、本来持つ自我傾向と性格を適切に伸ばし肉体的に適正な部署
に配置しているに違いない。いわゆる軍の「工場」というか「研究所」には精神心理の専門家がいる
ことまでは、ヨシュアは知っていた。
「さぁて」
 呟いた。「連れ戻すにしてもな」
 ただ黙って連れ戻すか叱りつけるかいっそのこと手を貸して満足させてからにするか。
 ジェズに駐留する事務局はたいした戦力は有していない。せいぜいが1個大隊だろう。あくまでも
特殊軍を前線近くで統括し補給を行うことを主眼としていた。
 毒ガスをまいた飛行機群が飛び立ったのはジェズの基地だ。敷地だけはだだっ広い。たしかに潜り
込むのは簡単かもしれないが、しかしどうやって内部の間取りなどを知るつもりだろう?
 トラックを走らせていたヨシュアは不意に舌打ちをした。
「《ファラウェイ》」
 道脇に寄せると銃と装備を確認した。船に連絡を取る。
「最近、ケリーが1人でおまえのところに来て、情報端末いじってなかったか?」
「イエス。36時間17分前に」
 やはりそれなりに「下見」はしたらしい。
 ヨシュアは覚悟を決めた。今、トラックはジェズの町から100キロまで来ている。
「その情報、おまえ監視してたな?」
「イエス」
「こっちに送れ」
「了解」
 携帯情報端末に基地の構内図が送られてくる。事務棟が有り備蓄倉庫があり滑走路脇には飛行機用
の燃料タンクがある。その他に敷地の一区画には官舎が表示されている。ケリーは官舎の住人リスト
にも潜り込み、事務監の官舎がどこにあるかまで突き止めていた。
「さすがというか、末恐ろしいというか」
 ヨシュアは苦笑した。「盗っ人にもテロリストにもなれるな。さて、昼間狙うのかそれとも夜を狙
うのかな」
 逃げやすさから言えば夜だが、さてどうするつもりだろう? 第一、すでにジェズの町に入り込ん
でいるのか、それともまだテルノンの町で移動手段でも物色しているのか。
 ジェズは戦闘区域に近い、まさしく辺境中の辺境の郡の郡都だった。その分この地域のあらゆる情
報、物資と軍需産業が集積する惑星有数の工業都市でもある。スモッグが暗く空を覆い、空気はよど             インダストリアル・ジェズ み濁って息苦しいほどだ。「産業都市ジェズ」といえば、ウィノアという星を知っている者達にとっ
ても密輸と情報戦(そのネタはもっぱら『兵器としての特殊軍兵士』だった)のメッカともいえる場
所でもあった。
 ジェズの街にトラックで直接乗り付けるという真似はせず、市街をぐるりと取り囲む『リンク』と
呼ばれる高架ハイウェイ下の駐車場に停めると、ヨシュアは町に入った。
 ジェズの街は漂う雰囲気も暗い。
 本来耕地に恵まれない分、西ウィノアは生きる道を地下資源と工業技術に頼っていた。太陽系の有
望資源はもちろん東と取り合うことになるが、領土に有望な資源があれば強制収用で国有にする。そ
うなると本来住んでいた場所を追われた市民は食べる手段を求めて工業都市ジェズに流れ込んでくる。
ヨシュアが入り込んだのは、そういう市民達が住むスラムの一角だった。
 廃ビルの1つに入ると浮浪者が入れないように積み上げてある塵芥をどけて非常階段から地下室に
もぐる。さらに掌紋キーと網膜キーで解錠した配電盤にポケットから出したICチップを入れて自家
発電装置のスイッチを入れた。
 地下室に設置してある電子機器が一斉に息を吹き返し、ヨシュアの座る前に浮かび上がった画面が
一面に文字で埋まる。
 最後のプロンプトが表示されたところでヨシュアは用心深くマイクに口を近づけた。唇がすぼまり、
すばやく口笛で複雑な音階をワンフレーズ奏でる。
 画面が消え、壁に埋め込まれた20ほどの画面に大小さまざまな景色が映し出された。
「ふん」
 マイクを切るとヨシュアは画面をつぎつぎと眺めた。「どうやら一般区域には居ないようだな」
 ジェズの街のあちこちに隠された保安用の隠しカメラの情報を横取りしながら顎を撫でた。再度画
面を呼び出し、今度は軍施設周辺を監視するカメラの情報を横取りする。注意深く眺めていたヨシュ
アの顔がほころんだ。
「おやおや。そんなとこでなにしてるんだい、小僧さん」
 ヨシュアの見つめる画面では、ケリーが兵隊に熱心に話し掛けていた。ヘッドフォンを耳に当て、
ボリュームを上げる。
「なぁ、いいだろ。ものすごいかっこいい飛行機があるって聞いてきたんだ。ちょっとだけでいいか
ら見せてよ」
 カメラと一緒に備え付けてある集音装置からノイズ混じりの声が微かに聞こえる。
「おまえなぁ」
 暇らしい若い警備兵が苦笑する。「腕白なのはわかるが、ここは大人だって入れないんだ。おまえ
みたいな子供は無理だ。来るんなら、そうだなぁ、収穫祭のときに一般開放してるから、そんときに
しろよ」
「収穫祭? それっていつ?」
「おまえ、収穫祭を知らないのか?」
 怪しむ兵隊に頷く。「俺、こっちの星の親戚に引き取られたばっかりなんだ。ほら、これ身分証」
 ヨシュアが偽造した身分証を堂々と差し出す。
「チャレスカ? 知らない星だなあ」
「これだから田舎者って嫌だよなぁ」
 さも馬鹿にしたようにケリーは反論した。「《連邦》の中じゃ一番鉱山抱えててものすごくトリジ
ウムとか産出してるんだよ?」
「だれが田舎者だ。馬鹿にしやがって」
「で、いつだったら見せてくれるのさ?」
「そうだなあ。収穫祭は秋だから、もうちょっとしたらまた来いや」
「ちぇっ。せっかく来たのに」
 あきらめたようにケリーは歩き出した。それでも名残惜しそうに塀沿いに歩き続ける。どうやら潜
り込める場所を探しているらしい。しかし、監視カメラに気がつかないのか? ぶらぶらと歩くうち
にケリーはカメラの範囲から外れた。しばらくはカメラには写らない。
「子供ってのはたしかに便利だわい」
 画面に見入っていたヨシュアは腕組みをして笑い出した。
「誰もがその姿に騙される」
 特殊軍が生きていれば用心もしただろうが、死んだと思っている者にはだれも気を配らない。こち
らはどう動いてやるべきだろうか。


 ケリーは塀に沿って歩きながら観察していた。
 ところどころ石造りの塀は金網になって芝生を敷きつめた敷地に低い建物がいくつか見える。ひと
つは軍官僚がふんぞり返って仕事をしている事務棟。ひとつは備蓄倉庫。頭の中に叩きこんである情
報と寸分も違わない。
 問題は警備だった。
 警備兵はだらけているし、塀には監視カメラも高圧電流もねずみ返しすらついていない。それでも
「軍」というからにはなんらかの監視システムがあるはずだ。
 基地はやや変形だが4キロ四方。3時間あればざっと下見は済む。情報は掴んでいるとは言え、実
物をこの目で見ないとやはり不安だ。なにしろ、今までは隊長の指揮の下で動いていれば良かったの
が、自分一人で判断して自分一人で動く。しかも失敗は許されない。
 歩きながら自分がどういう気分でいるのか気がついて、ケリーは苦笑した。
 気持ちが高揚している。デイジー言うところの「わくわくしている気分」。
 戦うことが自分の本性なんだろうかとも思う。ある意味そうなのだろう。特殊軍の兵士として生ま
れたからには。
 立ち止まった。フェンスになっている部分を開け閉めして人間が出入りしている。子供やどう見て
も非戦闘員の女たちだ。子供たちは自転車に遊び道具を積み込んだり勉強道具らしいものを抱えたり
している。『外』にも自分たちのような少年兵や少女兵が居るんだろうか。それにしては軍服を着て
いない。もしかして民間人、もしくは非戦闘員の子供たちだろうか。ここには軍務に就いている者た
ちの家族が非戦闘員として一緒に生活しているのかもしれない。
 彼らの姿を見、こちらの服装を見下ろす。そう差があるわけではない。それを確認するとまた足早
に歩きだした。



 ヨシュアは隠れ家の電源を落とし、誰も入れないように元通りに施錠すると何食わぬ顔をして廃ビ
ルを出た。
 ケリーのやりたいようにやらせ、危なくなったら援護すると決めれば後はその準備だけだ。
 スラムを抜け倉庫街を抜け、部品街に入る。小型ラジオを買い、高周波音発生装置と電波発信装置
の回路を買う。
「うちの畑に来る野鳥共を追っ払いたいんだがね」
 店の親爺に聞く。「こう、いっぺんにリモコンで操作できるもんかね?」
「そうさなぁ。まぁ、この部品とこれと」
 棚から細かい部品を降ろしてくる。「あと、周波数変調用の回路はこれだな」
 細々とした部品を買うと、奥の作業場を借りて簡単な装置を組み立てる。ラジオのスイッチを入れ
て装置を動かすと、ラジオ局の電波が歪んで頭痛の起こるような音がスピーカーから出てくる。つい
でガリガリキーン、とノイズが入る。
「こりゃ、たまらんわ」
 親爺は顔をしかめた。「こうまでしないと最近の野鳥ってのは駄目なのかね?」
「とにかくなぁ。案山子程度じゃ話にならん。音波もそれだけじゃ馴れちまってさ。麦とトウモロコ
シのために苦労するよ」
 親爺は緑茶を振る舞ってくれた。ひとしきり天気や作物の話をしてヨシュアは腰を上げた。
「ごちそうさん。そうそう、ここらへんで安くて美味い飯屋ってどこかね?」
 2ブロック先の食堂がほどほどの味でほどほどの金額だと教えられ、出掛けると食事をした。食べ
て飲んで出てくると、地下室に戻って一眠りした。これからいささか正念場だ。休めるときに休んで
おかないと動けなくなる。



 基地の敷地を一周したケリーはそのころ空腹を覚えていた。
 考えてみれば昨夜の夕食後、なにも食べていない。ヨシュアの家できっちり3度の食事をとる習慣
がついている。出てくる時は装備と携帯食料と水は持ってきた。わずかばかりの自分の現金はヨシュ
アが預かっていたが無論どこにしまってあるかは知っていたので持ってきている。
 しかたなく、基地から離れることにする。ここは周囲に何もない。少し離れた場所に他の街との連
絡用の空港があり、その向こうに広大に広がる倉庫群が有り、その向こうには住宅街と工場群がある。
たぶん、食料を調達するには人家のあるところまでは行かねばなるまい。
 隠しておいた自動二輪にまたがって街の中心に向かう。テルノンの街で盗みだしたものだ。こんな
ことをしなければならないのかと情けなくもあったが、バギーでは小回りが利かないし、やはりヨシ
ュア達一家に迷惑をかけられないとケリーは考えていた。とりわけジェーンに「デイジーのことだけ
を心配している」と言われれば、それは頷かざるを得なかった。
 今ごろデイジーは自分のことを心配しているだろうか。怒っているだろうか。書き置きに「ごめん」
と書いたのは、遠足に行くという約束を破ったのと一緒にいてくれると言われたことへの詫びのつも
りだった。けれどどんなに詫びても仲間達の無念を晴らさないわけにはいかなかった。
 住宅街に入ったが、そこは村とも自分たちの基地とも全然違っていた。
 人気はなく、そして店らしい店がない。ずらりとコンクリート製の集合住宅がそびえ立つばかり。
「テルノンで補給すべきだった......」
 悔やんでも後の祭りだ。ようやっと見つけた店は本屋だった。店の親爺はケリーをうろんな目つき
で眺めている。うろついて地図を置いてある場所を捜した。ここからさらに首都に向かわなくてはな
らない。あと3千キロはある。
 軍用地図とは似ても似つかぬ地図しか見当たらなかった。なんてちゃちな地図なんだろうと思いな
がら懐から現金を取り出す。地図を買うと残った金額はほんのわずかだった。
 本屋を出てバイクにまたがったが、空腹で目が回りそうだった。飢える、という言葉を思いだす。
ヨシュア達が体験した飢えとはこういうものだったんだろうか? 広場の噴水を見つけると、バイク
を止めて噴水の水をがぶ飲みした。なにやら青臭かったが背に腹は代えられない。
 噴水の縁に座り込んだ。
 どうやって事務監のもとまでたどり着くかが問題だった。執務室を狙うかそれとも自宅に帰ってき
たところを狙うか。執務室は12階建ての建物の5階だった。侵入できるとは思えない。自分たちの
基地だって事務監のオフィスなんてのは下士官では行く権限は与えられていなかった。
 事務監は広い一戸建てに家族と住んでいるようだがさすがにその間取りまでは判らない。非戦闘員
を殺すわけにはいかないから、寝室を狙うしかない。それとも執務室から自宅に帰る途中を狙撃する
か。そしてどうやったら基地の中に忍び込めるだろう? 子供。基地に住む子供たち。基地に住んで
いるふりをして入り込むか。どこかで出入りをチェックしているのだろうか。
「悩んでたってしょうがない」
 呟くとケリーは立ち上がった。「やるだけやるさ」





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