3.仮設トイレの問題点

 仮設トイレの問題点として、第一に汲み取り作業があげられる。神戸市は水洗化比率がほぼ100%近いので、バキューム車の手配が問題となった。応援に駆け付けた政令指定都市も、水洗化が進んでいるためにバキューム車をあまり持っていないため、屎尿収集や浄化槽汚泥の収集業者の組合に依頼して、全国からバキューム車を手配し、3月はじめの時点では20台で収集にまわった。

 市役所にとってさらに問題となったのは、混乱状態のなかで仮設トイレが配備されたため、どこにどれくらい設置されているかという基礎的な情報がきちんと押さえられていなかったことである。市が設置したものは把握されているが、県の指示で自衛隊が設置したものや、民間企業が善意で設置していったものがあり、さらに避難所の都合で設置場所をかえたものもあったりして、汲み取り作業の計画に困難をきたした。

 市民が汲み取りトイレに慣れていないことから、便槽に少し汚物が堆積するだけで汲み取り依頼が殺到するなどの問題も指摘されている。

 また、仮設トイレにも車イス用や手摺り付きのものもあったが数が少なく、高齢者や障害者の利用に困難をきたした。仮設トイレは構造上、便槽の上に便器が乗っている形になっているため、接地面との段差が大きく、足腰の弱い高齢者は特に利用しづらかったようだ。ほとんどが和式便器であったことも、高齢者には使いづらかった。

 また、避難生活が長期にわたると、トイレに対して快適さへのニーズが高まるが、仮設トイレは臭気、広さ、明るさなどの面で快適には欠ける。

 このように、仮設トイレにはハード面で改善の余地があるのではなかろうか。

 ところで、水道が復旧すると仮設トイレは邪魔者になった。しかし3000基を超すトイレを汲み取り、タンクを洗浄して返却するために、撤去した仮設トイレを一時保管したり清掃するための空間の確保、労力の手配、費用の面などで、少なからず問題があった。特に、空間の確保には苦労したという。防災対策を考える場合は、このような点も考慮しておく必要がある。

 


4.自治体の防災対策とトイレ

 さてここで、全国の自治体がどの程度、災害時のトイレの備えができているのかをみてみたい。

以下は、平成7年10月に全国の市と特別区を対象に、日本トイレ協会が実施したアンケート調査の速報結果によるものである。

@防災計画の中でのトイレの位置付け

 防災計画の中で、仮設トイレの設置や汲取りの手配など、トイレについての位置付けがなされていると回答した自治体は34団体、22.5%、応急救援物資のひとつとしてトイレのことを考慮している自治体は21団体、13.9%であった。

 一方、位置付けされていない自治体は58団体あったが、検討中と回答したところが30団体あった。

A災害用トイレの備蓄

 災害用トイレとして、組み立て式のトイレが数社で製造されている。こうしたトイレを備蓄している自治体は24団体、15.9%であった。備蓄していない自治体は98団体、64.9%で、その理由としては、トイレのことを真剣に考えていなかったと回答した自治体が大半であった。

 大量に備蓄している例としては、東京都の特別区がある。多いところでは4000基を越えており、人口約150人に1基の割合となる。

Bトイレ用品の備蓄

 おむつ、トイレットペーパーなどトイレに関連するものの備蓄状況もおそまつである。

 備蓄していない自治体が92団体、63%であった。備蓄しているものとしては、トイレットペーパーが17団体、11.6%、子供用紙おむつが12団体、8.2%などどなっている。

 神戸における経験では、デッキブラシ、ゴム手袋、棒タワシなど、仮設トイレの清掃用具の必要性が高かった。こうしたものの備蓄も考慮しておく必要がありそうである。

C災害に備えてのトイレの工夫

 災害に備えて、公共トイレ等の工夫をしている自治体は8団体であった。うち7団体は、汲み取りトイレを一部残す対策をとっており、1団体は公共トイレを非常時には汲み取りトイレとして使えるように工夫している。 ただし、このような対策はごく一部のトイレについて行なわれているだけである。

D災害時のトイレ対策マニュアル

 ソフト面での対策として、緊急時にトイレの破損や故障への対応、「応急トイレ」づくりなどのマニュアル作成についてたずねたところ、すでに作成している自治体が4団体、2.7%、検討中が12団体、8.1%あった。よいものがあれば参考にして作りたいと答えた自治体が69団体、46.6%あった。

 以上のような結果から、ごく一部の自治体をのぞいて災害時のトイレ対策を講じているところはきわめて少ないということが言える。しかし一方では、阪神大震災の教訓から自治体の関心は高まっている。

 ただ、どのような対策を講じておくべきか、指針となるものがないために、具体的な方策を模索しているのが実情であろう。


5.今後の課題

 阪神大震災では、避難所になった施設には水も食物もほとんど用意されていなかったが、その日の夕方には不十分ながら食料が配られ、数日後には供給体制はかなり整った。

 一方トイレはどうか。新聞記事によると、千数百人が避難した小学校では4日目になってやっと簡易トイレが設置されたが、夕方にはもう汚物が堆積して使用に耐えない状態になったという。

 防災を考える場合、食料や水とならんで、あるいは実際はそれ以上にトイレの問題は重要である。衛生面、健康面で、トイレはもっと重視されなければならない。災害弱者という言葉があるが、特に高齢者にとってはトイレは死活問題であることは前述した。しかし水洗化が進むほど、都市の「トイレシステム」は脆くなっている。トイレもライフラインのひとつとして対策を講じておくことが求められる。

 そこでいくつかの課題を提起しておきたい。まず第一に、防災計画の中にトイレをどうするかということをしっかりと位置付けておかなければならない。阪神大震災の体験から言えることは、自治体は災害対策の備蓄資材のなかに仮設トイレを組み入れておくべきであるということだ。食料や水は、被害地の外からでも運びこむことは比較的簡単だが、トイレを運びこむのにはしばらく時間がかかる。外部からの応援がくるまでの数日間、対応できるような体制を講じておく必要がある。 特に、高齢者や障害者に対する対策を優先して考えておく必要があろう。

 ただし、組み立て式のトイレは快適さという点からは劣る。トイレが汚れていたりお粗末であると、避難している人はたいへん惨めに感じるという意見があり、組みたてトイレは緊急避難的な対応のためのものだと考えておくべきで、避難所に予定されるところでは、後述するように災害時でも対応できるようなトイレシステムを組み込んだ施設にしておく必要がある。

 また自治体間の相互応援や共同して仮設トイレを備蓄する等の取り組みを進める必要がある。仮設トイレを単独で備蓄するのは、コスト面からも負担が大きい。そこで各自治体が、非常時には備蓄したトイレを提携自治体に提供するような仕組みの導入が考えられる。

 また汲み取り体制についても、相互に応援できるような体制を講じておく必要がある。

 第二に、市民にも非常時のトイレ対策について、マニュアルを示しておく必要がある。下水管が破損しているのにマンションの上階で水洗トイレを流したために、1階の風呂場やトイレから吹き上げたケースもある。水道が復旧しても、下水管のチェックがすむまで流さないにしたり、袋などに貯めた汚物をごみに混ぜて出さないようにする等の注意事項を日頃から徹底しておく必要がある。

 地面に穴を掘ってトイレをつくるということも行なわれたが、なかなか素人では用の足りるだけの穴を掘ることが難しい。穴掘りの方法もマニュアル化しておくことが必要かもしれない。マンホールを利用してその上をトイレにしている例がみられたが、こうしたトイレに関するサバイバルのノウハウを市民も身につけておく必要がある。防災訓練に位置付けることも必要であろう。

 第三に、今後のトイレ整備の在り方にも目を向ける必要がある。すべてのトイレが水洗化されると、震災のような場合は役に立たない。非常時には汲み取りトイレとして使えるような工夫も必要である。

 東京都大田区のJR蒲田駅の近くに、災害時には汲み取りトイレになるというユニークな公共トイレがある。トイレの地下にピットが設けてあり、非常時には床石をめくって仮設便器を置くと汲み取りトイレになる。公共トイレをこのようなアイデアで災害対応できるようにすることも考えるべきであろう。公共トイレを地域の防災施設のひとつと位置付けることで、地域に歓迎される公共施設になるかもしれない。

 また文部省では学校を災害時の避難所として位置付け、防災備蓄倉庫の併設などを進めるようであるが、学校のトイレにも非常時の対策を組み込んでおくべきである。複数あるトイレのうち数箇所は、前述のように汲取りトイレ化できるように仕掛けをしておいたり、校内に地下ピットを設けて倉庫として利用し、非常時にはその上に汲み取りトイレが設置できるような仕組みを用意しておくことなどが考えられる。

 コンポストトイレ(汚物を堆肥にしてしまうトイレ)、焼却式トイレ(電気で汚物を焼却するトイレ)、循環式トイレ(列車のトイレのように水分を循環利用して汚物を流すトイレ)など、トイレにもいろいろな技術があるので、これらのシステムを採用した公共トイレを用意しておくというのもひとつの方法ではある。ただし電気がないと使えないトイレでは困る。

 また、各家庭で雨水貯留などのシステムを導入することも検討に価しよう。具体的には不用になった浄化槽の活用が考えられる。一般的には、下水道が整備されると浄化槽は埋めてしまうが、これを洗浄して雨水貯留槽として使えばどうだろうか。越谷市ではすでにこのような雨水利用に対して、助成金を交付しているが、節水と同時に災害時のトイレ洗浄水や雑用水等に活用できる。また治水上の効果もある。

 雨水利用は、都市の環境保全や節水の観点から公共施設や大規模建築物でも進める必要があると考えるが、災害時のトイレ対策としても有効な方策であろう。

 いずれにせよ、平常時は快適な水洗トイレを使いながら、都市のなかに災害時に対応できるようなトイレのシステムを組み込んでおくことが必要で、今後の公共トイレの整備にあたって考えていくべき課題であろう。

 

← 前のページへ

TOPへ戻る 日本の公共トイレ 中国のトイレ バングラデシュのトイレ イランのトイレ イスタンブールのトイレ
拙著「まちづくりにはトイレが大事」(北斗出版)の紹介はこちら