世界のトイレ事情

イランのトイレとイスラムのトイレ文化

1.イスラム教とトイレの習慣

 イスラム圏では用便の後水で洗う。男性の小用のあとも、水で浄めるのが習慣である。立ったまま水で洗うことはできないので、イスラム教徒は男性でもしゃがんで用を足す。

 イスタンブールのトイレには男性用小便器があったが、イランではほとんど見かけなかった。公共トイレは男性のトイレもすべて個室のしゃがみ式である。

 ホテルのトイレは洋式であるが、便器には水が流れ出るパイプがついていたり、ホースがついていたりする。日本のシャワー式トイレまではいかないが、バルブをまわすとお尻の側から水が流れ出る仕掛けである。この水で用便の後始末をする。

イスラム教徒のまねはできなかったが、紙で拭いた後、この仕掛けを使って洗うとまことに気持ちがいい。

 このような仕掛けがないトイレでは、水差しを使って左手で水を受け、指先で洗う。紙は使わない。水と手で

始末するのである。ペルシャ語でアーフターベというこの水差しは、口が長くて先が丸くなっている。飲み水用と違うのは、口の長さと先が丸く加工してある点である。かつては銅や真鍮でできていたようだが、町中のトイレで見かけたものは、ほとんどがプラスチック製であった。

 水の乏しいイスラム圏でこのような習慣が広まったのは、いうまでもなくイスラムの教義にもとづくものである。

イスラム教の聖典「コーラン」の第5章には、次のような一節がある。

 「これ、汝ら、信徒の者、礼拝のために立ち上がる場合は、まず顔を洗い、次に両手を肘まで洗え。それから顔を擦り、両足を踝のところまで擦れ。

 けがれの状態にあるときは、それを特に浄めなくてはならぬ。だが病気の時、または旅路にある時、あるいはまた汝らのうち誰でも隠れ場から出てきた時とか妻に触れて来たとかした場合、もし水が見つからなかったら、きれいな砂をとって、それで顔と手を擦ればよろしい。アッラーは汝らをことさらいじめようとし給うわけではない。ただ汝らを浄め、そして汝らに十分の恵みを授けて、なろうことなら汝らが(神に)感謝の気持ちを抱くようにしてやりたいと思っておられるだけのこと。」(井筒俊彦訳、岩波文庫「コーラン」(上))

 イスラム教徒は1日に5回、神に祈る。(ナマーズというこの祈りは、必ず5回やらなくてもよいそうである。)

この祈りに先立って、水で体を浄める。そのためにモスクには必ずトイレがあり、祈りの前に浄めることができるようになっている。モスクのトイレを体験しようとしたが、礼拝の前に浄めるためか、どこも列ができており使うことはできなかった。モスクのトイレでは、アーフターベを貸してもらい、水を汲んで個室に入るそうである。番人からアーフターベを受け取るときにチップを払う。

 コーランはトイレの後水で浄めよとは言っていないが、下半身のけがれを常に浄めることが象徴的な行為として定着したものだろう。

 ただし、イスラムでは教義にもとづいて生活習慣まで細かい約束事が決められており、排泄行為についても、例えばメッカの方を向いて排泄してはいけないとか、個室にはいるときは左足から入り右足から出ることが望ましい等のきまりがある。肛門は水で洗うかまたは布や石で拭いてもよいが、便が残ってはいけない。尿道は水以外では浄められない等々、トイレの入り方からしゃがみ方(しゃがんでいる時は頭を隠す)、後始末の方法まで、子供の場合、男性の場合、女性の場合やいろいろなTPOに応じたマニュアルがある。

 もっともこうしたマニュアルには、例外時のことまで細かく記されているので、ほとんど不自由を感じることはないということであった。

 ちなみに、局部を洗う習慣はイスラム固有ではない。ヨーロッパを旅行すると、ホテルのバスルームに「ビデ」(bidet)がついていることが少なくない。このビデは18世紀初頭にフランスに登場したもので、細長い桶に足をつけたものに湯や水を入れて、またがって局部を洗浄した。近代になって底から水が吹き上げるものができたが、衛生的な理由から今では鉢の上から湯を入れる方式のビデになっている。 このようなビデを利用しているのは、フランス、スペイン、イタリア、中南米で主にラテン系の国々である。

 また東南アジアの国々でも、用足しの後は水で洗う。仏教国タイでも同様である。

 ところでイスラムのもう一つの特徴である、「しゃがんで用を足す」という習慣についてはどうであろうか。和式便器を含めて「しゃがみ式便器」はアジア諸国に共通しているが、アジア以外の国にもある。ただし和風便器は前に「きんかくし」がついているのが特徴で、このような形状の便器は日本独特のものである。

 ヨーロッパでも公共トイレで見かけることがあるが、イランやトルコと同じような便器で、現地では「トルコ式」とか「アラブ式」と呼ばれている。

 しゃがみ式便器と腰掛け式便器の境界はオスマントルコの最大領土と一致するという説がある。(「トイレットのなぜ?」平田純一、講談社ブルーバックス)ヨーロッパでしゃがみ式トイレがトルコ式やアラブ式と呼ばれるのは、イスラムの習慣とともに普及したからだと推察されている。

 

2.イランのトイレ問題

 国際会議場の男子トイレは、洋式便器のブースが2つ、アラブ式便器のブースが8つあった。小便器はない。洋式は外国人向けであろう。洋式のブースが空いていても、イラン人はアラブ式のブースに並んでいる。洗浄用にシャワーがつけてある。ホテルの部屋のトイレは洋式で、ビデと便器がならんで据え付けてあった。

 視察中、もっともおどろいたのはシャハレザというところの、砂漠の洪水調整池の視察現場に立派なトイレがつくってあったことである。視察団向けに作られたことは明白で、わざわざ男性用小便器が設置されていた。水洗で、水は屋根の上に設置したタンクから供給される。タンクが空になった後の補給はどうするかはわからない。もっともこのトイレを今後も使うのかどうかもわからない。シャハルザ村?の賓客歓迎のためのトイレである。

 さて、トイレの排泄物の処理はどうなっているのだろうか。

 オアシスの都イスファハンでには下水処理場があるという話を聞いたが、下水道が完備しているわけではなさそうである。ホテルや大きな施設だけは下水道が敷設されているが、一般には下水は浸透井戸を掘って地下浸透させている。

 トイレの汚物も水分を浸透させ、堆積した汚物は時折汲み取る。かつては地方によってはこの汚物を肥料として利用することが行われていたと言うが、現在はわからない。汲み取った汚物の処分方法も不明だが、オアシスの町はずれには廃棄物の埋立処分場(というより投棄場か)となった砂漠が見られたことから、おそらくこうした投棄場所にそのまま投棄されるのではないかと推察される。

 イランでは家を建てるときにカナート掘りの職人が家屋の下に地下浸透のための穴を掘り、屎尿や生活排水はすべてそこから地中に浸透させる。上水井戸のまわりには浸透させない等のルールはあるが、衛生に対する認識は国全体に非常に低いという。

 カシャンの町はずれの伝統的な日干しレンガづくりの住宅を訪ねた。土のレンガを積んだ塀がめぐり、まるで迷路に迷い込んだみたいだったが、その塀の内側に家がある。日本の4LDK住宅とほぼ同じくらいの広さで、靴を脱いで家にあがる。床はリノリウム張りで、寝室には布団がたたんであり日本の家屋とよく似ている。トイレも日本のトイレとほぼ同じくらいの広さで、アラブ式の便器である。

カシャンでは、町の中で旅人や巡礼者の水場として使われていたアバンボールという施設を見た。アバンボールというのは雨水や湧き水、カナートからの水を貯留する巨大なタンクで、水を汲むために階段で地下に降りるような構造になっている。現場はアンモニア臭がした。水質が汚染されており、飲料用には使えない。汚染の原因はおそらく生活排水や屎尿であろう。地下に浸透した汚水が土でできたタンクに浸透したり、湧き水などの水源を汚染したものと考えられる。

 地下浸透した汚水も土壌で浄化され、地下水の涵養に役立つということも言えるが、テヘランのような巨大な都市では、地下浸透した汚水によって地下水位が上昇し、雨期になると汚水浸透井戸から水が逆流するという現象が生じているという。砂漠が草地化した例もあるということだ。

 汚水はカナートの水源にもなり、その結果カナートはほとんど飲めない水になっている。カナートの水源は湧き水や地下に浸透した雨水、川の水などである。水源から自然流下で長い距離を運ぶために、深いところでは100メートル以上もある。カナートの出口は幅1メートル程度の浅い掘り割りになっており、潅漑に使われたりしてまた地下に浸透していく。かつては貴重な水源であったはずだか、地下から地上に現れたカナートは10メートルも流れないうちに排水が流れ込み、藻類が繁茂するドブと化していた。日本の用水路がドブと化したように、カナートは巨大な下水路と化しつつあるようだ。

(「雨水利用を進める全国市民の会」イラン調査報告書より/禁・無断転載)

 

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