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2003年1月1日  水曜日
新年のお喜びを皆様に・・・。新年を迎えるにあたって、旧年中は当サイトに
ご訪問いただきましてありがとうございました。心と身体の生命の記憶・・・それももうすぐ3年が経ちます。
ここまで運営を続けてこれたのはひとえに皆様方のご来訪と暖かいメッセージに励まされてきたからです。
本当にありがとうございます。本年もより一層の発展を考えつつ、皆様方にとってもよりよい場所となりますよう。
最後に新しき1年、皆様にとって幸多きよき年となる事をお祈り申し上げます。
拙い挨拶ではございますが、これからも当サイトと私をよろしくお願い致します。

堅苦しい言葉かもしれません。でも、節目に礼を失する事は出来ませんからね。うまい言葉でもなく、
散文乱文となっていますが、感謝してます。ここまで続けられたのは僕の力ではないですから。
そして・・・生きる限りを尽くして・・・死ねる・・・、その終末まで
心から大切に想う、生命の記憶を【 FROM THE NEWWORLD】に、この世界にいつまでも在りますよう・・・。
新生・・・。それをこの1年に願いましょう・・・。目覚めの詩を紡ぎましょう・・・。
動けないでいる時の存在を再生して・・・、もう一度未来へと生きていけるように・・・。
自由な時を見出せるように・・・。今は祈らせてください・・・。
そして・・・幼い時から空に翔んだままの心を・・・いつか見つけられますよう・・・。
その鍵でいつか・・・いつか心から抱きしめさせて・・・〜終わらない生命の輝き〜・・・

ここで、昨年の日記という身体の記憶の総括を・・・。
昨年の日記の総容量は、959KB。最多容量月は、3月の162KBでした。
ということで、去年に比べてかなり言葉少なげになりました。1年・・・なかったに等しいのですから
仕方ないのかもしれませんが、目覚めて、眠ったとばかり書いていた気がします。
叶うのなら想いを・・・生きる想いを記憶していきたい・・・。今年はそれが叶えられますよう・・・。

眠れはしなかった・・・。昨日の昼過ぎからずっとだから24時間にはなる。身体に不調は感じない・・・。
唯、ウィスキーも入ったから思う様に動かせない。酔いの感覚でもない。
いつもの瞬間的な意識喪失が断続的に続いている。その上で膝が痛むから壁にぶつけてばかりいる。
痛みなんて・・・気にもならないけれどね。天秤が傾いている・・・。メールに返信した事で思考が戻った。
さっきからそれを感じ始めた。狂気が近づいて・・・そうなると胸も痛み出す。締め付けるような痛み。もう慣れてる。
所構わず笑って狂ってみたい。哀れむかい・・・それが愚かだと奇異の目を向けてくれるの?
そうすれば、自覚できるか・・・?もう終わりなんだと。秋に予測していた不安定さがここにきて加速し始めてる。
ODも量が少しずつ増えるし、薬を残しておきたくて酒に溺れる・・・。左腕は、切るのではなく・・・
また皮膚を抉り始めた。1年前の退学直前に自殺と薬に関する書籍を買った。たしかそれは書いていたはず。
だけど購入したのはそれだけではなくて、ナイフを2本・・・。愚かだと思い書かずにはいた事です。
終末のイメージのままに・・・この胸に刹那、鋭い痛みを・・・それを祈った。
本は選んだら確実な方法を知るために封印を解く。ナイフもまた同じ。
最近、その終末をもたらす鍵への意識が強くなっている。左腕から血を滴らせながら、
胸の前にナイフを突き立ててみたりもした。肋骨が邪魔・・・血の巡りを止められるかわからなくて、
半端な痛みもいらないから試せない。この心と身体の罪を罰してしまいたい。だから欲しいのは毒。
即効性で致死量が少量のもの・・・。青酸系化合物か。資格がないと薬品は変えないし調合は無理かな。
それに、そのための書籍も探してみないと。手首の動脈にも、頚動脈にも・・・傷をつけても届きはしないのだから
薬でODして目指すよりも確実なものを選ぶさ。生命を零にする・・・終末への鍵に向けて祈る・・・
それは逃避だと人はいうだろう。けれど・・・それに善悪の基準を問えるものなのか?
死にたいなら死ねばいい・・・違う?両親や親友には何年か前に話してる。死を望む事と・・・
輝きを抱きしめられないのなら終末に向かう事・・・。だから、孤独になって死ねると思う。
後の人間関係なんて円滑にする為だけの社交辞令さ。相手はそうでなくても少なくとも僕にとっては
何も語らなかった周囲の人はその程度の存在。幻滅してね。
毒が欲しい・・・。殺人教唆の罪を被る事を厭わない人はいませんかね?壊して欲しいんです
終わらせて欲しいんです。いくら言葉にしてみても本当に死ねなければいいわけだもの。
そんな事ばかり書き殴っては繰り返す自分はずっと嫌いだ。光を見ても・・・その先に影を作るのは必然。
生きようとして・・・死のうとして・・・それを繰り返す事事態が惰性だ。
このままでは意識が収束しすぎて狂い、壊れる事も叶わない。あの時とは違う・・・。
高校時代・・・いつも死がイメージされてた。目に映るものは全て死ぬための手段に変わった。
だから統括できない分混乱して、だけど、具体的に知識にかけていた僕は手首に傷を作る事しかできなくて。
意識の中では混乱してたよ。それでも、普通の人を振舞い続けていたけれどね。
・・・。さっきから意識がとぶ・・・。眠れるわけでもないから性質が悪い。
何を書き殴っているのかわからなくなっていく。身体が痛みを求め出すから
そこいらにぶつけては一時気を紛らわせてる。手加減なんてするなよと自分に言い聞かす。
惨めなだけだもの。痛みにはやはり怯えるのか。だけど、その程度の痛みでは狂気は消せやしない。
数度、叩きつけて、少し息があがった。そのまま息苦しさも伴ってくる。意識も鈍り始めた・・・。
これで終われそうだ・・・少なくとも今囚われた狂気は・・・。

それから夕食を食べて・・・いつのまにか寝てた・・・?


2003年1月2日  木曜日
目覚めは午前6時半頃・・・。薬のせいもあるのかもしれないけれど久しぶりに充足した睡眠感がある。
眠らせれているのではなく眠れていたきがします。今日は初売りで出かける予定があるかもしれません。
それから昨日・・・届いた年賀状2通。別にネットメールでいいのにわざわざありがとう。
唯、そのうちの一通・・・あなたとは何もかもの縁が切れたはずですが・・・?
その名で過去を思い出させないで欲しい。もうあなたとは別の世界にいるんですから。
例によって年賀状なんて送れる気力は今年もありません。送って頂いても何も返せないのでご了承ください。

疲れだけ・・・。ちなみにPC新調しました。で・・・一応バックアップから移してるのですが、
なかなか思うようにはいかず、ISDNもドライバ未対応らしくモデム接続してますし、
HPビルダーも今までのが使えずUPに手間がかかりそう。しばらくはオフラインで書くかもしれません。
今も復旧中。様々なプログラムをダウンロード&インストールしてます。・・・。疲れる・・・。
それに今日は引きずっていたしね・・・昨日のを。壊れて・・・独り言と壊れるイメージばかりだった。
今日が終わる。UPは無理です。このまま眠りますね・・・。


2003年1月3日  金曜日
昨日はPCの取替えと設定で途中で力尽きて眠ってしまいました。まぁ、HP作成ソフトもなく、
ISDNでもつなげない状態だったので日記のUPはどちらにしても不可能だったでしょうけど・・・。
とりあえず一段落してまだ少し操作に慣れませんが今までどおりの機能は果たせるようになったので
日記もUPし、こうして今日も日記を書いています。今朝起きたのは午前8時半ごろ。
それから今は午後2時過ぎです。昨日も設定に明け暮れて今日までここまでかかりました。
それでもまだ、ネット関連のとプリンタの設定を済ませたくらいで、TVチューナーなんかの設定はできてなかったり。
以前のPCと比べると単純計算で9倍程度の性能になってます♪まぁ6年持たせる方も持たせる方なのかも。
あぅ・・・未だにキーボードの配置が若干変わってる事でタイプミスが増えてます・・・って
辞書ツールバックアップとるの忘れてた・・・。またDLしてこないといけませんね・・・。
とりあえず後の設定は少し休憩してから行うことにします・・・。

もう今日が終わります・・・。眠気だけが寄り添ってくる。何もしていないというのに疲労感と眩暈、
それから・・・以前も書いた、瞬間的に意識が途切れるようなそんな感覚が断続的に続くだけです。
また身体、何か壊れたかな・・・?それならそれでもいいとさえ思う。中途半端は一番いらないもの。


2003年1月4日  土曜日
昨夜は午前3時過ぎに眠ったと思います。そして、目覚めて午後2時・・・。足りないソフトのDLと設定してます。
何か・・・変な感覚。何もない作業を繰り返して、気がついてみたら生きていなかった。機械になってた。

何をしてすごしたかもわからないまま今日が終わる。もっとも、目覚めたのは遅かったから仕方ないか。
あと1週間ほどでまた通院。血液検査などの結果もわかるでしょうね。栄養不足は指摘されそうですが。
CT・・・とったほうがいいのかもしれないですが、とりあえず保留。
自分から検査依頼すると医療保険外になるそうで医師の判断を仰ぐしかないそうです。さて・・・今日はもう寝ます。


2003年1月5日  日曜日
午後1時過ぎにおきました・・・。軽い頭痛と気だるさが残る・・・。
年賀状、何通か届きました。こちらは送っていないのに、わざわざありがとうございます。
そういえば去年くらいまでは高校時代の仲間とも毎年何かの機会に集まって遊んでいたけれど、
去年はほとんどできなかった。これから進路が変わっていってバラバラになり、さらに難しくなっていくと思うと
少しさびしいですね。できれば・・・毎年1度でもいいから集まって遊びたいな・・・。
・・・。というか、友人と遊んでいない昨年なのか(苦笑)K君とかさ・・・こんな状態でも離れず連絡はくれたりするし
良き友人ばかりです・・・。たまには会って、遊びたいですねぇ♪
外は雪・・・。ここ数日は積もるほどではありませんが雪が降り続けています。


2003年1月6日  月曜日
午前2時が回りました・・・。もう、寝ますね。

12時近くに目が覚めました。まだ意識がうつろ・・・。契約プロバイダからは何度も電話が来てるらしい。
ADSLへの勧誘らしいですね。まぁ、なるようになればいい。
それから今日も終わるだけ。惰性。惰性。惰性。泥に溺れていくような纏わりつく嫌な感覚・・・。
そんな中でも閃きはあったのに掻き消えた。何も残せなければ何もしていないのと同じだ。


2003年1月7日  火曜日
また夜が来る・・・。意味もなく貪る時間・・・。どれだけ時をかけても意味はないのに、なぜに人は、存在は
時に従順なのでしょう・・・?
朝になる・・・眠れるまでのときをすごすだけ。何をしているのかなんてわかっていない。
唯・・・時を感じたくなかった。それだけの現実逃避と・・・眠る日々。
通院が近いか、それも不安定さに影響するでしょうね。あの疲労感は何もかも投げ出したくなるもの。
正直・・・通院して薬を飲んで、それで治療できるのかなんて疑問でしかない。
そんな簡単なことだったらいいのにと思う。だけど・・・違うんだと思う。その程度で癒せるものなら
誰も引きずり続けはしないでしょう・・・。
午前7時になる・・・。薬、飲んで眠りますね・・・。
はぁ・・・、こうして眠ろうとしているときにだけ僅かな至福を感じる。
眠るだけでいいのに・・・。

また目覚める・・・。それは、午後6時ちょっとすぎでした。わずかな頭痛・・・目覚めた直後の不調も変わらず。
繰り返される今日と進めない明日・・・。自分の判断が正常なのか異常なのかさえわからなくなる。
とりあえずは客観的に書く日記が増えていることには気づいた。今何か想いを書くと、すべて言い訳になりそうでやめてた
気づいたらそれが当たり前になってた。まぁ、以前のような日記に戻そうとしても嘆きばかりになるだけ。


2003年1月8日  水曜日
午前4時になっていました。時間・・・なぜか過ぎていく。
以前に膝に痛みがあると書いたと思いますが、悪化・・・というより右膝に痛みが集中しています。
気にもならない・・・という程ではだんだんなくなってきました。身体自体おかしいし、精神的にも不安定・・・。
これからなんてものに光はない。眩暈と頭痛を抱え、ふらつく身体引きずって、ふるえに耐えて通院して疲れ果てて。
薬を飲んで、何かが変わることを期待しても、結局はどこにも進めていなくて・・・。
繰り返すのですか・・・?またそんな日々を。感情も感覚も、中途半端に脆弱にあるくらいなら、完全に消してしまいたい。
そうすれば、何の焦燥も不安も恐怖もなく・・・日々生きる痛みも嘆きも消え・・・何もなくなるでしょう。
無と同じだとどこかで気づいたときに僕は死ねる。痛覚さえも消えてしまえば躊躇う思いさえない。
狂っていますか・・・?こんな事を書きなぐるのは。自分ではもうわからない。客観視したつもりでもきっとできてない。
達観とか、そんなものじゃない。すべてに見切りをつけて、自棄であるはずなのにこうして生きてる。
死ねないで甘んじた生を教授してる。毒・・・が欲しいです。即効性で致死量の少ない毒・・・。
例えばそう、いつも薬を飲むみたいに・・・錠剤を一つ飲んで、それでさよなら・・・。そんな終末がいい。
胸を貫くイメージも消えていないけれどね・・・。欲しいのはひとつだけ・・・。何かを願える想い・・・。
これから続く退廃しきった日々と惰性の中で、それにも耐えて治療させ、心を抱きしめてゆく光・・・生命の輝き・・・
それを棄て・・・堕落しきった自らへの罰をこめて・・・本当は唯の逃避。終末を奏でる絶望の痛み・・・
いつか・・・時が選ばせるのでしょうか・・・
もう6時になる・・・薬・・・また・・・こんな日々か。
今の僕はどう映っている・・・?どう思われてる?被害妄想が強くなる、そして壊してく・・・。
だから、独り。そして、それでいいと、それがいいと思った。心が遠くあれば・・・誰も、自分も痛まないから。
あとは・・・おやすみなさい。

目覚めたのは午後3時過ぎだったかと・・・そして今は午後6時。そろそろ夕食。今日あたりから通院に備えて
サイクル改善を心がけていかないと・・・だから、早めに眠る予定です。


2003年1月9日  木曜日
早く眠る・・・ね。それが午前4時近くまで起きていて昨日書いていることか。眠らなければ明日がつらい。
初めから疲労抱えていては、耐え切れないし・・・。精神的なところから体調だっておかしくなるのに、
眠らなきゃとわかっていて、焦るほど眠れなくて・・・。そうなることもわかってるのに・・・。
薬は飲んだ。効果を待つだけ・・・。

午後2時半。頭痛。眠るまでの無駄な時間の始まり。
そして・・・終わりか。日々何をしているのかわからなくなるよ。
壊れた音楽が聞きたい。何か・・・お勧めってありませんか?
それから・・・そういえばADSLの契約をしました。後は何をしてたかな、思い出せない・・・。
そんな必要もない


2003年1月10日 金曜日
午前2時半が過ぎています。今頃昨日の日記をUP。今日目覚めるのは午前10時だ。久しぶりに決まった時間に起きることを
強いられてる。それからあとは疲れるだけだとわかってる。薬・・・変わらないかな。
サイクルも修正しきれず、薬は処方されたものの1シートと半分くらい残ってる。1日3回で食後って言われても
1食しか食べないし、あとは目覚めた時と眠る時とで何とか飲むようにしてた。それでも習慣はまだ身につかないらしい。
それに、飲んでも飲まなくても何かが変わるわけじゃないのはわかってるもの。弱めの薬からと戻されてる。
だけど、僕は通院しない間もお構いなしにODしたりしてきてた。だから・・・この程度の薬で改善しない。
足りない・・・足りない・・・。

午前11時半です・・・。これでも何とか無理やり起きた。今から、準備・・・。

そして1時に出発して帰宅したのは午後7時。相変わらずです。処方も大して変わりなく、リスパダールが復活したくらい。
何のためなのかわからなくなってくる。だけどこれをやめたらまた元に戻るだけ。どうしようもないのは客観的にわかる。
けど、社会的現実と接点を持つと、今の自分の居場所がかけ離れていて、違和感と拒絶感を感じる・・・。
狂気に惹かれてゆく・・・。壊れたまま白にのまれて・・・何もかもをリセットできるのなら・・・いや、エンドでいいか。
この血がこの病みの性質に陥りやすい遺伝を持つのなら意味もない。繰り返すのなら終末を祈らせて・・・

カウンセリングから始まり、話したのは一般論・・・誘導しようとしてるのがわかってしまうから、作り笑いで誤魔化すだけ。
今は・・・信じられるものではないから。この逃避が必要だと、この時間が意味のあるものだと、どれだけ肯定的に今を言われても
結局、固定観念を曲げることが難しくて、自己否定とその先に望む破滅・・・。今はまだ耐えるしかないのでしょうか・・・。
その後は診察。初めに前回の血液検査の結果を言われて・・・大した問題はないがひとつだけ指摘されました。
えと、コレステロールが低いとの事・・・。といっても平均を少し下回る程度ですけどね。
ただ、念のため再検査はいずれするかもしれないとは言われましたね。最近はリストカットも派手にしてないから、
貧血なんかで引っかかることもなかったようで。まぁ、どこかからだが壊れていれば本当に諦めがついてるだろう・・・。
検査以来そんなことを思っていた僕は不謹慎かもしれないけれど、それでもどこかで望んでいた。
コレステロールの低下・・・か。それがどんな悪影響になるのかよく知らない。後で調べてみるか。
リスパダールが頓服としてでも追加されたことは少し嬉しかったりもする。少しでも強い薬が処方されていくのだから。
次回は1月22日。それまではまた惰性と退廃に埋もれてる。疲れました・・・。


2003年1月11日 土曜日
午前10時まで眠れず・・・。それから眠って目覚めたのは午後6時くらい。今日はもう終わりますね。
疲れていたはずなのに眠くならないであんな時間まで起きていたのもやはりサイクル狂ってるせいなのでしょうか。
とにかく、眠るだけで今日という一日は終わった。


2003年1月12日 日曜日
午前・・・ってこれは昨日とまったく同じサイクルか。午前10時に眠って、いやもっと後か・・・。
それから目覚めておきられたのが午後8時過ぎ。夕食を食べて時間を少しつぶせばもう今日の終わりだ。
昨日は日記のUPさえしてなかったと思う。こんな日記には意味はない、自分でもそう思うような内容だ、最近。


2003年1月13日 月曜日
もぅ・・・だいぶ時間も流れて朝になろうとしてる。何をしてるのかわからなくなって時々動きが止まって自問・・・
そんなことを繰り返しながらも、結局現実逃避で夜が明ける。自棄に陥りそうなのをギリギリで留まって、
その代償に何も思えない、考えられないままに時が流れる。眠るだけしかないとわかっているのに・・・。

9時過ぎまでは起きていました。それから眠って目覚めてみれば午後7時。夕食を食べて・・・
ニュースで成人式を知る。うちの弟も今日成人式・・・なんか早いな。つまり僕のときはもう3年も前になるのか。
少しだけ過去が思い出させられる。もっとも・・・断片的でいい思い出ほどそうそう見つからない。
取り戻すことのかなわない時間にいったい何をしてきたのか・・・。大した人生じゃないね。
そしてこれからも・・・どこに向かえるというのか。酔生夢死。まさに言葉どおりのこの日々からいつかは変われるというのでしょうか?


2003年1月14日 火曜日
いつもと変わらないサイクルです・・・。昨日目覚めてから夜中ずっと起きていた。そして朝を迎えて、朝食食べて、
今はもうすぐ9時。アルコールと薬をいつものように眠るために飲んでる。1時間もすれば効果が現れるでしょう。
そうすれば後は眠るだけ。目覚めれば今日は終わりに近づいて・・・そうして何もなく日々は過ぎるのでしょう。
このどこに変化があるというのか。改善の余地がどこにある?通院するしかなくて・・・薬に頼るしかなくて・・・
それで・・・いつになれば、止まった時は動き出すのでしょう・・・。駄目。囚われる前に眠っておこう・・・。

ほら・・・目覚めれば午後9時が過ぎてる・・・。目覚めてすぐは食事なんて無理なのが、薬を飲んで目覚めるとき。
で、そのまま軽い虚無感にも陥って声に同調していた・・・。身体が少しふるえてる・・・。どうすることもできない。
左手を見た。暫く切ってないから傷はもう乾いてる。痕だけが残って・・・そして消えることはない。
少しだけ・・・考えた。死のうという強い想いさえ、無感情でもてないから・・・、傷を増やしたり・・・
薬を多く飲んだり・・・そんな事して、自殺ごっこしてるうちに本当に死んじゃいたいのかもしれない。
絶望という鍵を握るのではなく・・・扉を開くのでもなく、そこをすり抜けて気がつけば落ちてるって感じ。


2003年1月15日 水曜日
午前7時半、今日もまたこれから眠るんでしょうね。
そして・・・薬を飲んでも眠れずに昼過ぎに・・・。右膝は相変わらず毎日痛む・・・。
これも日常となってしまったから気にも留めていられないけれど。薬・・・増やそう・・・。
眠らないとサイクルがさらに狂う。

眠って起きて・・・何度か繰り返して今日が終わってた。


2003年1月16日 木曜日
そして、午前3時になってようやく起きた・・・。なんとなく久しぶりに掲示板のRESして、初めて書き込んでくれた方のページ
お邪魔してました。言葉だけで、そこにある情報だけでわかった気になるつもりはない。
僕自身もこれですべてを書き記せているわけじゃないし。だけど、痛みでも心からストレートに吐き出してるのには
羨ましいと思ってしまう。僕は誰も知らない所でこの世界を創り始めたのではなくて、
ネットでも友人とかできてから、それに、現実でもここのアドレスを知らせてしまってるから
今まで言葉にできなかったこととか、UPできなかったことも多くある。そうしてるうちに、その日記の書き方が当たり前になって
本当の心からの声っていうのを見失ってしまった。表面だけの日記に変わり果てた。
自棄ゆえにか・・・心さえ死んでるのと変わらない無感情の状態でい続けているしね・・・。
今・・・見つけたいのは心からの声・・・。それが痛みと狂気に続くとしても今よりはいい。
零よりはプラスにもマイナスにも揺れる心で・・・いつかどちらかの誓いを・・・。そう思う・・・。
これも無意識な防衛手段らしいけれど、どこか居心地が悪い・・・。もうすぐ午前5時か・・・。
あとはどうやって眠れるまでを過ごすか・・・だね。

眠れるわけでも・・・食欲があるというわけでもなく、唯時間だけが過ぎて、午後7時が近い・・・。
そしてやっと眠れそうだ・・・。


2003年1月17日 金曜日
6時間ちょっとは眠ったか・・・・午後2時近くに起きました。
何か・・・虚無感に包まれてる。全てのものが無意味であるようで身動きが取れない。
そうして午前6時が近づく。何、してるんだろうな。こんな自問も何度したことだろう。結局その答えを真剣には探してない。
そして、心が死んだままで時だけが風化してゆく・・・。ふぅ・・・駄目だな、少しは気分を変えないと。

気分・・・か。そんなものさえ作り上げてる幻想?だったら痛みだって作り上げてやろうか・・・?
・・・馬鹿な思考にばかり行き着く。『心から』が消えたのはいつからだろう・・・。友達と笑い会って過ごしたような日々も
自分でその感情を偽ったのじゃないかと疑ってしまえる。信じてあげられない・・・自分の心ってものを。
いつから心は死んでる・・・?いつから人の目を、評価を気にして・・・期待に応えようとするだけに成り果てた?
大きな原因が一つあったというわけではない。多分、少しずつ作り変えられた。その変わっていくことが
どうしようもなく嫌だったはずなのにだ。嫌な事だって、自覚したときにはもう侵食は始まっていて、だから嫌悪したのでしょう。
意味もよくわからないままに人前ではいい子であり続けようとした幼年期。それでも反動で家庭内では我侭ばかりで
泣いたり、怒られたり・・・。そのバランスさえ崩したのは、家庭内さえ人前と変わらなくなってきたあの頃か・・・
小学校5年にあがる年の親族の立て続けの死・・・そして実家に戻ることで見えてきた事実と過去。
手段を選べなかったから少しだけ荒れたっけ。それから外に発散させることも咎められ続けたから、冷めた。
それから今まで、僕という存在にはこれしか生き方はなかった。自分を演じるということ以外はできなかった。
そして生きるうちにずるくなって、ある程度は見通せる気になってきて、『○○○○』という役を壊すことなく、
ある程度の人付き合いができてきた。とにかく何か、自分の本質にかかわるものや意味を否定されるのが怖かったし、
怖いから・・・遠ざけておきながら近づいてる振りで誤魔化して、相手が望んでいるであろうリアクションを送っただけ。
だから、10年以上は心は脆弱な状態のままその生き方が染み付いてきたことになる。どうすれば何かを望める?
どうすれば真に心の声が聴ける・・・?少なくとも今の声は違うとは断言できる。その声から生まれた詩に真に輝きがない事も。
こんなものは生きているとはいえない、そんな気がする。だからこの生命に、輝きか眠りを望むのに・・・
その誓いさえ・・・望んでいるつもりで何も望めていないままで、心が死んでいるままで・・・そのどちらも見つけられない
心から抱きしめられない・・・。

生かされ続けていれば・・・いつかは今を考え始める。そして生きる意味を見出そうとする・・・。
そうして見つけられるのなら、意味は生きる糧となり、生きる事は幸せとなるのでしょう・・・。
だけど、誰もが容易く見出せるものではない。かつては望み続けた意味・・・生きる意味・・・。
生かされる事、自分自身を生かしていく事だけで記憶されていく生命なら嫌悪し続けていたから。
だけど今は・・・そんな想いさえ擦れてる。唯、その中でも少し・・・現状の自分への評価を恐れる焦燥は募る。
このままでいいはずはないという固定観念。それが時折狂気を誘発させるだけ・・・。それ以外の心は死んだままだ。
さて・・・眠ったほうがいいかな、午前11時が近い。時間ではなく感覚的に、そろそろ危険な気がする。
これ以上無理に言葉にしていこうとすれば、壊れたくなる。いや・・・既に何回かそれを抑えてるものね。
だから、すべて忘れられる眠りの世界へ・・・、今はそれだけ。ん・・・アルコールがいるかな・・・。
久しぶりにウィスキー・・・それもいいかもしれない。

はぁ・・・酔いが回らない。そして時は午後4時半を回ってる、もう夕方だ・・・そして夜が来る。
薬を飲んだのと時差があったせいか?アルコール40%ウィスキーだからカクテルとかなんかよりよほど酔えるはずなのに・・・。
思えば今までのアルコールに傾倒した時は、薬の作用を強めていただけそうも思える。
酔った感覚なんて久しく感じていないもの。唯、睡眠薬と弛緩剤のために意識が回らなくなっただけ。
だとしたら単に薬の作用増強を促したか。眠るためにはそれでもいい。でも、酔いの感覚も懐かしく思ったりする。
でも、そんなことも言ってられないか。とにかく今は眠ろう、もう一度薬を飲んで。
食事など一日一度もあれば十分になってる。今日は朝に済ませてるしそれ以来食欲なんてわかないままだ。
そんな状態でここ1年過ごしてるのによく身体が壊れていかないものだ。案外容易くは死ねないようにできてる。
・・・と、話題がそれたか。とにかく今日の分の日記はUPしてもう眠ります。


2003年1月18日 土曜日
考えがまとまってない。支離滅裂な文になるのは自覚してる。眠ってから4時間あまりで薬もまだ抜けきってはいないみたいだし。
午前0時半・・・着信音で目覚める。友人、そして先輩からの電話、どちらも間に合わずかけなおしたけど反応なしで、
その時点から話の推察はついたけど、連絡はあきらめようかと思ったところにまた着信で今度は話せた。
その着信までの予想は、相手によって大体見当はついて、それが嬉しいことだったけれど、申し訳なくも思えた。
いつかの夢見の後の勝手な解釈だけれど・・・今にして思えばこの前友人と出かけた時に、僕は随分と我侭を言ったものだ。
夢に見て、それからそのことを考えて反省して沈んだもの。前の誘いにしたってそうだ・・・。
誘いたいから、一緒に時間を共有したいから・・・というよりは気を遣ってくれたのではと考えてしまう。
否定的にしか自分の評価ができないのは相変わらずです。そして今回話せたこともそうだった。
嬉しかったのは事実。感情が動いてたのだと思う。どんな気持ちからかはわからないけれど、嬉しさからなのか・・・
申し訳なさからなのか・・・少しだけ泣きたくなった。自分のことで、それぞれが大変なはずなのに・・・
今まで散々迷惑かけとおしてきたはずなのに・・・、また依存してしまって、支えてもらおうとして迷惑かけるのか・・・
嬉しかった・・・けど、否定的な考えも同時に浮かんでた。過去になってしまった現実との僅かな接点の一つ。
病みに苛まれてるなんて意識してなかった頃の自分・・・意識してなくても精神的には病んではいたのだろうけど、
それでも、僅かな時間だけでも囚われず、思考せず、無心に楽しいと体感してた、例えばテニスだったり・・・
そんな現実もあった。だから、その世界を感じられることは嬉しさでもあるけれど、今という現実とのギャップが
また何か呼び覚ますこともあるでしょう。そしてそうなるとしても、あの日々は今よりは輝いて見えるから・・・手を伸ばそうとする。
ごめんなさい・・・。我侭で迷惑かけてばかりで、全然成長してないですね・・・。
誘っていただいたご好意には甘えちゃうと思います。でも少し、一人で取り乱しかけてはいるみたいです。
眠って忘れようにも、一度目が覚めると寝付けなくなるから・・・。とりあえずは少し気持ち整理して、眠る努力もしてみよう。
そして、そのうちかかかるであろう飲み会へのお誘いをお待ちしておりますわ♪

僅か2年。それが服薬してきた時間。本当は知ってる。もっと、自分の意志さえ決められないようなときから、
有無を言わせず病みに囚われて、人生を狂わされている人だっているという事・・・。いくら重要な岐路に病みに囚われてしまったからって
初めから狂わされた人生がどれだけ嫌悪してやまないものなのか、想像もできないほどのものでしょう。
僅か2年のことで甘えすぎている。身体さえまともになれば昔のようにうまくやれる。心を見失ってきた10年でも、
それを見つけようとしながらそうしてこれていたじゃないか。甘えて・・・嘆いているだけだ。この程度のことで・・・!
心の水面に投じられた一石と、それによる波紋・・・零が、プラスとマイナスになってる。少なくとも今は・・・。
きっとこのまま、思案を繰り返しながらいつの間にか眠りにつく・・・。アルコールなら、手元に残っていたもの。

浅い眠り・・・3時間と少しで目覚めた今は午前7時過ぎ。食欲はわかず朝食パス。
眠って忘れたかな・・・また零に戻ってる感じ・・・。だけど、僅かに壊れることへの余韻だけ残して、左手がざわめいてる。
開かれた時間・・・どうやって過ごせばいい・・・?

昼食だけ食べて・・・時間だけが過ぎるだけで、午後8時半。やはり食欲はなく、夕食パス。眠りたいのか、眠りたくないのか
よくわからない。自分で自分の意思決定ができないのって相変わらず気持ちが悪い。無意味に時間は流れた。
そうして今も、うまく言葉にできないままで1時間半は過ぎたみたいだ。何をしているのか・・・自嘲にしかならない。


2003年1月19日 日曜日
7時頃目が覚めたかな・・・。それから・・・こうして綴り始めてるのが午後3時。昼食だけは一応とった。
それから、何かしてたのかというと何も・・・。意味のあることと無意味なこと・・・自分でどう定義づけるかだけど、
それが揺れて何も手につかないでいた。どうやって眠れるまでを過ごせばいいのでしょうか・・・。

結局今日も暮れて、食事も昼食のみ。さっき綴った時から、結局無意味に過ごすことしかできないでいる。
それしかないのはわかってる。どこにも強制力が働かないのだから・・・。代わりに自由という感覚もない。
人は心から自由になることはとても難しいことで、そこには、日本人特有の、自由に焦がれながら
自由を恐れる気概があるような気がする。束縛に慣れすぎるから、自由に戸惑って、不安で恐れる。
もっとも、僕の場合はそれ以前に身体がいう事を聞かないのだけれどね・・・。明後日は通院です。


2003年1月20日 月曜日
眠ったのは1時過ぎた頃だったと思います。そして目覚めて午前9時。薬を・・・弛緩剤、処方の倍飲んだのが目覚めに残っていたらしく、
気だるさに起きられずにいました。薬効が切れてしまえば、今度は身体がいうこと聞かなくなってる・・・不便。
朝食は例によってとれるはずもなく、昼になった今も食欲はわいてないような気がします。自分で食欲だとかも良くわかってないらしい。
昨日明後日は通院だと書いたの、勘違いで22日です。つまり今日になって明後日。弛緩薬と睡眠薬はそれなりに効いてくれて
眠りという逃避をくれるけれど、原因治療になるべき安定剤や抗鬱剤には効果を感じられない・・・。どの薬もこんなものなのか、
それとも合ってないのか、わからない。けれど薬は少し変えてもらいたい。もっとも食事がままならなくて、処方どおりに飲めない
そんなことも多いのは事実だけど。でも・・・以前のように薬の効果が実感できないし、不信感ばかり生まれてくるから。
とりあえず昼食とってきます。体重も相変わらず50切って47くらいのままだし現在でも平均−13なのにこれ以上はまずいでしょう
少しは食べられるようにもなっていかないと。・・・。危機感は足りてないな・・・。

今日は久しぶりに夕食も食べて2食。何をして過ごしてきたかなんて考えたくはない。また無意味なだけだもの。
今日が終わる。そして時間を浪費して、何もできないまま終わりに近づいていくだけ・・・。
眠い・・・。眠るだけでいい。


2003年1月21日 火曜日
午前3時半が近いです。もう・・・いい加減眠れるでしょう?通院が近づいているのに少しずつサイクルが狂いだしてる。
朝に目覚めるのだったら問題なかったのに、少しずつ、それが遅れだしてる。今日は・・・早く眠るようにしないと。

午前10時に起きて、それでも薬効がまだ残っていて起きられなくて12時過ぎまで浅い眠りを繰り返したり、思案したりしてた。
目覚めれば、これからまた無意味な時間が始まる。どうすればいい?そんな風に考えてた。
昼食をとって・・・ネットにつなぐ。適当にサイト巡ったりしてて午後4時になるか・・・。もうこのまま眠ってもいいとさえ思えた。
眠るために目覚めるだけなのだから・・・、眠れるものなら眠ってしまいたい。

夕食も少しだけ食べて、今日は早めに何とか眠れそうです。何をして過ごしたかわからなくなる・・・相変わらずな日でしたが
そんな事で壊れる気配が来る前に就寝前の薬飲んで眠ってしまおうかと思います。明日が疲労だけで終わるのもわかってる。
心身に来たす不調が悪化することもね・・・。だから、焦る事無く少しでも心落ち着けて余裕持てるように、時間をとらないと。
休み休みじゃないと、通院の時はいつもきつい。それでだって疲労しきって帰ってからは眠るだけになるんだもの。
通院は顕著に病みを示すし、状態悪化につながってるのかもしれない。でも、それをしなければ何も換わらないままだ。
だけど、だけど、通院したからといって本当にそれが改善につながるのか・・・?そんな不信感は以前から拭えません。
それしかないとわかってはいるのだけどね・・・。それが駄目なら、本当に壊れきって終末・・・か。


2003年1月22日 水曜日
・・・。薬を飲んで3時間か。やっと効果が現れ始めてるけれどもう午前2時過ぎです。というより3時が近いか。
ふぅ・・・起きてからが思いやられます。とにかく今はこれ以上遅くならないように早く眠らないといけませんね。

10時半起床・・・その前にも何度か目覚めたけれど、やはり薬が残ってた。それに頭痛がしてるし・・・
とりあえず頭痛薬を飲んで、準備を進めてるけど、今度はいつもの吐き気・・・。ふぅ、覚悟はしてたさ。
あとは耐えて通院しないとね・・・。再開したばかりでここでやめていられない。きつくてもいかないと・・・。

疲れました。帰ったのは午後6時過ぎか。頭痛と吐き気は今も続いていて、頭痛薬と処方薬を飲んだけど、まだ治まりそうにない。
通院の内容を軽く。いつもと変わらず、処方も同じ。これが延々と続いてきたから苛立ちも覚えたし、不信感も募る。
だけど、これしか術を知らない。これしかない・・・。カウンセリングで思ったのは現実の社会生活に復帰することへの不安と
自信のなさ・・・、以前から朧気に見えてはいた。こうなってしまった以上修復不可能だと見切りをつける心がどこかにある。
苦境に立つのはむしろ今よりも社会との接点が戻ってからだ。そう考えると改善したくないとさえ思えてしまう。
そしてそれはどこか心で強迫観念とは矛盾して、理想ともかけ離れ・・・誓いを破ることだ。だから望みたいんだ、終わりを。
心が揺れる日は壊れた音が聞きたくなる・・・。同調して壊して・・・白に溶けてしまえればいいのに・・・


2003年1月23日 木曜日
まったく・・・いつのまに去年に逆行したてたんだ。今年に入ってからすぐ、癖で2002年と書き続けていたみたいだ。
日記見てて気づいた人がいるのなら教えてくれてもいいようなものを・・・。まぁ、それだけ読まれていないということか。
価値・・・ないものね。今日の目覚めも悪い。昨日結局寝付けずに午前4時を過ぎてから眠った。それから5時間ちょっと、
午前10時に目覚めたけれど頭痛と息苦しさが伴った。それに、サークルの夢・・・はぁ、今更だろう?もう開放してくれ。
何で今更、僅かに以前はいったサークルの現状の情報で、それを危惧するような夢を見なきゃいけないんだ・・・。疲れる。
眠りもどこか浅く、薬を飲んで眠ったのか疑わしくなるほどだった。確かに飲んだのに・・・今まではそれなりに効果もあったのに
急激に効果が薄らぐなんて・・・なんで?ふぅ・・・

今日のことはほとんど思い出せません。何もしていないのは確か。頭痛は続いていて夕食後にまた薬を飲んだ。
足元が少し覚束なくなってる・・・軽く眩む感じがそうさせてるのかもしれない。


2003年1月24日 金曜日
昨日の朝から続いた雪は降り積もり・・・、雪の街へと彩った。庭先から写せる僅かな景色だけど写真におさめて・・・
この景色に包まれて、やっと冬なんだって気がする。サイクルは早速狂ってて午前8時が近い・・・か。もう眠いけれどね。

午後2時過ぎ・・・それが頭痛を伴って目覚めた時間。どうも頭痛は通院しだしてから徐々に出てきたような副作用にも思える。
そして・・・起きても無意味だと知っていて、虚無感の中で途惑うだけで嫌になる。それから手持ち無沙汰で
雪を踏みしめてしばらくあても泣く歩いた。これはリハビリの一つだとも自分では思ってる。無理矢理にでも身体を外に慣らす。
そのために最低1週間に1度は外出を繰り返してきた。だけど、今日も症状は改善することもなく・・・。
それに、じっとしているよりは深い考えにならずにすむから・・・。雪の・・・冬の冷たさが心地よかった。埋もれたいと・・・
そう思ってた。頭痛は消えない。でも大した痛みでもないし、頭痛薬を常用するのは処方薬との飲み合わせも悪いと以前聞いたし、
何より頭痛薬単体でも飲み続ければ副作用もでる。

8時・・・午後8時。何をしているのやら・・・何をして過ごしたのやら・・・。
3時間、過ぎようとしてる。少しだけ眠い気がする。薬のせいなのかもしれない。それとともにさっきから、抑えてるもの・・・
壊れたい衝動・・・。なんだ、相変わらず薬なんて効かないじゃないか。そして壊れた、暴力的な音を延々と流して、
横になったままで人口の光に手をかざしてた・・・。意味・・・なんてない。右手を動かして、そこに集中してたのかも・・・。
左手は、疼きが止まないから。それに・・・イメージが、イメージではその腕をナイフが貫いてる・・・。
それが拭えずに時間だけ過ぎている。そうやって壊れながらも動けないでいるという事実、時間が・・・存在を無意味に思わせる。
虚無だ・・・。安楽死が合法だという判例があるくらいだ、そうさせてくれればいいのにと思う。だから毒を望む。
死にたくないのに死ぬ・・・死にたいのに死ねない・・・そんな悲愴な人生だってあるのもわかる。
環境、状態・・・そんなもので裁ける成否が人の命の重さ・・・。助からないとわかれば殺してもいい、死なせてもいい。
馬鹿みたいだ。人はいつか死ぬのに・・・。人はだから助からないんだよ、究極的には。死ぬ。自分たちの常識や規範で、
周りまで巻き込んではかるのが法というのなら、矛盾してどこかにはほつれがある。社会的なルールが法や道徳やモラルだとしたら
その社会に拒まれる、疎まれるものはどうすればいい?拒絶しておきながら、規範にだけは従わせ、破れば裁かれる。
奇麗事ではなく、どんなに法やモラルで高い位置から定め続けていても、いつも誰かは虐げられている。そういう、人の性。
死を罪とし、罰とし・・・人に与え続けている。誰もが最後に死という罪に穢れる・・・。
死は・・・罪ですか?死の容にどんな差異があるといえますか?死は・・・甘い眠りかも知れないのに・・・
人の意思が自由だというのなら、望みます・・・ふたつの事を。心に、この生命に誓うでしょう・・・その想いを心の声として・・・
僕はいつからか見失った。虚無が取り巻くようになった・・・だから、その闇を祓う光の存在を祈り続けてきた。
それは僕自身が存在することの赦しであり、生きる意味・・・。見失った時から無に苛まれ、苦悩し続けて光を求めた。
だけど、見つからないまま時とともに心は色をなくし、衰弱し・・・諦めとともに自棄の念も生まれ始めた
いまでは、無になる安らぎさえ望み・・・根幹にある心の疲労を癒したいと思えた。もっとも、まだピークではないから
それだけを望むわけではない。それでも、自棄の・・・終末というものを誓い・・・僕はふたつを望んだ。
生きる事と死ぬ事・・・そのどちらが意味があるのか、正しいのか、安らげるのか・・・幸せなのか・・・。
10月19日生まれ・・・天秤座という星の元、その両極には生きるべきか、死ぬべきか・・・ふたつの心の声があった。
単調なこじ付けと美意識に過ぎないと笑えばいい。でも、そんな星の元でなくても僕という個はこの声に翻弄されるだろう。
それだけはリセットできない限り変わらない。そしてそれが不可能なのも馬鹿じゃない、わかるよ。
今抱えている想い・・・声が僕にあるすべて。もっとも今は狂気に傾いているのだけれど・・・ね。
・・・大切なふたつの誓い・・・
希望・・・光輝く未来を見つめ・・・心から抱きしめる・・・〜終わらない生命の輝き〜・・・
絶望・・・闇煌く終末を見つめ・・・心から抱きしめる・・・〜終わらない生命の眠り〜・・・


人は完全になろうとし、理想を持つけれどそれはけしてかなわない。イデアであろうとしても、そうなってしまったら
人は生きる意味をなくすのだから。だから、不完全であり続ける、成長もできる。でも、その過程で計り知れない代償を払う。
そして、もっともつきつめてしまえば、人が人として生きることに、成長することに、どれほどの意味があるのだろう。
生きる意味が在ってこそ初めて人は、生かされるのではなく生きられるのに・・・究極的には見えないのかもしれない、見つけられない。
目先の歓びを糧として、『今』を生きる。でも・・・広義で見ればそれは生かされているのかもしれない。生物すべてが。
それは、どうして生まれたのだろう・・・無であり続ければ何も変わらなかったはず。なのに、生物は存在する。
存在して、生命の連鎖を時系列に付随させて何処まで行くのだろう・・・。
そう考えるほど、この連鎖は無意味に思えて・・・そこに取り込まれている僕は無意味である欠片にすぎず、
だから・・・虚無の中で狂気に傾いてゆくんだ・・・


2003年1月25日 土曜日
午前1時半・・・。頭痛。それから衝動は日記を書いて少しは晴れたみたい。まぁ、3箇所ほど傷も増えましたけど
ついでに眠気も薄れました。午前5時になって・・・やっと眠れそう。とりあえず引っかき傷のような痛みが衝動も止めてくれてる
あとは薬を飲んで眠るだけ・・・。正確には、この日々は眠ることしかできない・・・だけどね。

午後3時・・・頭痛。何もない・・・その虚無感ばかり、目覚めたばかりだというのに強くなっていく。

記憶にも残らない日々・・・それが今日も終わる。


2003年1月26日 日曜日
いつのまにか眠っていて記憶が鮮明じゃない。目覚めたのは午後3時過ぎ・・・。そして、何をしていいかわからなくなるだけ。
もう一度このまま眠りたいな・・・。

午後9時になっています。何してたんでしょう・・・よく覚えてない。右膝の痛みと頭痛、相変わらずです。
目覚めていたのは5,6時間でしょうけれど、もう眠りたいかな・・・。意味もないもの。


2002年1月27日 月曜日
眠りたいという意識とは裏腹に、身体はいうことも聞かず、午前6時過ぎ・・・。この時間は虚無で・・・身動きもできず
精神的に苦痛なだけ・・・。だから逃避する。無理矢理何かをして時間を・・・眠れるまで時間をとばす。
だけど、その逃避にさえ無意味だと感じてしまえばそれでお終い。本当に身動き取れなくなる。そんな日々も何日もあった。
無意味なのは知ってる・・・。唯の暇つぶしにしかならない。発展も成長もない無駄な時間。そして省みて嫌悪する。
この生き方に・・・今という甘さと、自己の脆さに・・・。・・・赦してはいけない生命の在り方に・・・
いつまで続けるんだ?それは自分次第だとわかってるし、不安と自信のなさ・・・恐怖で動けない自己矛盾だと・・・
わかる・・・わかるのに・・・!心が袂をふたつに別ち・・・相反して、対極を形成する。
箍を・・・禁忌を壊して・・・理性などとばして暴れたい・・・そんな衝動が身体中で燻ってる。
いつのまにか癖になってた・・・意識、無意識問わず首を横に振って否認する事・・・。拒絶する事。
狂気と絶望・・・心に抱きしめたい・・・。壊して、狂って、わからなくなって、自棄して、自滅していけたなら
怯え続ける日々より救われるかな・・・?だけどさ・・・そう願ってもかなわない。そうなれない程度で、
歪ませ・・・痛みを刻みつけ・・・心を死んだままにさせてゆく・・・僕にとってのこの世界は・・・ね。
そろそろ・・・眠れるとは思うけど、目覚めるのが怖い。また、無意味に戻る、それを痛感してしまうかもしれないから。
逃避がうまくいかなければそういう日になる。そして、逃避したとしても、こうして省みてざわめきたつ。
救われない日々・・・。自分の達観と冷静さと判断力、意志の力なんてたかが知れてる。いくらそれを日記に書き綴って、
自己暗示のようにコントロールしていこうとしても、駄目なんだ・・・足りないんだよ・・・。
本音を言ってしまえば救って欲しい・・・癒して欲しい・・・護って欲しい・・・優しさと愛が欲しい・・・
自分から遠ざけてしまうというのにね(苦笑)そして、独りになろうとしておいて、行き場もなくて破綻し続けてる。
薬・・・足りないみたいだから追加します。眠らないととまらなくなる。でも・・・目覚めてしまうことを知っているから
眠ることにさえ抵抗あるよ。溶けたいな・・・すべてから解放されて、透明な白に・・・

午後10時・・・目が覚めたのはそんな時間。薬・・・強めの飲んだからね、そのせいかもしれない。
とにかく今日は終わる・・・。眠れるのはまだまだ先になりそうだけれどね・・・。


2003年1月28日 火曜日
朝方まで起きていたかな・・・そうして眠って目覚めてみれば午後4時。頭痛がする・・・。
それから2時間ほど過ぎて、なんとなく久しぶりにまともに食事した気がする。
何もない、なさ過ぎる・・・。言葉にもならないみたいだ・・・。唯、今日が終わろうとしてるだけ。


2003年1月29日 水曜日
何の意味もない時間が過ぎている・・・眠れずに午前2時が近い。それから6時間後か・・・。
アルコールと薬で眠ることを試みたけど効果なしでここまで引っ張ってる。ふぅ・・・やっと眠れそうだけれど
そんな時が近づくほど、目覚めることが憂鬱・・・。

午後4時に一度目が覚めて・・・でも起きれなくてそのまままた眠りました。起きたのは6時頃・・・
夕食・・・そんな時間だけど食欲なんてまったくない。こんなだから食事がいい加減になっていく、わかってるけど。
でも、無理矢理食べれるものでもなく、こんな日々に戻る。
9時過ぎて軽く食事。それから・・・虚無に囚われている。何もない・・・なのに存在だけしている。
それは、誰かのためでもなく自分のためでもないのだから意味が見出せないこと・・・。


2003年1月30日 木曜日
無意味な時間・・・、それでも逃避してやり過ごせた。午前6時過ぎ、眠れる時間が近づく・・・。
そして2月・・・か。わかってるよ、まだ無理なことくらい。だから、再入学手続きのリミットである2月であっても
どうする事もできない。そして、それは更に1年、この時が続くことを意味してる。その後がどうなるかなんてわからない。
10年近くこんな病みを抱える人もいる。不治とも想える。遺伝性という仮説もあるし、
再発の確率が統計的に高いことを考えるとどうしてもやりきれなくなる。考えても仕方ない・・・そうなのにね。
それでも・・・何処か自棄。だったらこうして呼吸することに意味はないはずでしょう?それなのに何故・・・。

目覚めて午後5時半。頭痛抱えて・・・後は何もない。
夕食は9時頃になってやっと食べれて・・・それだけか、今日は終わり。
今後の事は考えないわけにはいかない。例えそれが診察やカウンセリングで控えた方がいいと言われていても。
負担ばかり増えていっているのはわかる。だからそれで何もしていない現状に重圧もかかり始めると思う。
考えるべきか・・・無心になって治療に専念できるのか・・・。負い目と劣等感ばかり感じて、
何も、何も進められない。嫌悪するだけ・・・。でも、それさえも現状を容認する手段だとしたら?


2003年1月31日 金曜日
午前2時・・・相変わらず夜に目覚めています。昨日は吹雪いていたみたい・・・。
頭痛は消えてない・・・どれだけ時間が経った?壊れているのは身体から・・・か。至る所に支障が出てる。
昨夜・・・さっきまでは意味もなく右手が震えてた。全ての悪いバランスは左だと思ってた・・・。
傷も・・・頭痛も、目の充血にしたって何か不調が出るとすれば左だったからなんとなくそう思い込んでた。
それが僕の全てに侵食してくるのか?午前11時・・・か、眠らないと・・・。眠りたい。目覚めたくない。

それでも結局目覚めて・・・午後8時・・・。どうせ目覚めたからといって何があるわけでもなく、今日が終わって
明日になる夜も目覚めているだけで眠れるまでを過ごす。そうしてそれが延々と続いていくだけ。
なんだろう・・・この日々って。考えるだけ無駄なんだよね・・・。右手・・・やはりおかしい。
目覚めてから軽い痺れがしてる。


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