宣誓9

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

9.





城下に霞む街の夜景は遥かに遠く、暗い空にただ一人浮かんでいるかのような心もとない気分にさせる。夜空の月は日増しに細り、窓辺に頬杖を突く者の溜息は深くなる。
窓から見える城の尖塔を、こんなにも長く見つめているなど初めての事かもしれない。王太子の私室の窓から見えるそれは装飾用のばら窓がいくつもはめられて、月明かりにその繊細な壁面の彫刻を際立たせて美しい。この星の以前の所有者であった民族による見事な意匠は建物としても芸術品としても申し分無い素晴らしい出来栄えだが、しかしその美しさは今の彼を慰めるには何の役にも立たなかった。
『悪い事は言わねえ、さっさと縁を切れ。下級戦士の子が我が星の王子をたぶらかしたとあっちゃ、相手が一体どんな重罪に問われるか分かったもんじゃねえぜ?』
「――…っ!」
側近のナッパに告げられた言葉が耳に蘇るたび、彼の胸は鋭く痛んでため息が深くなるのを止められない。あと半年だ。半年すれば自分はフリーザ軍への兵役期間が始まり、それによって長く続いてきた新月の度のカカロットとの出会いも終わる。それはちょうど良い潮時なのかもしれない。これまで誰にも咎められる事無く身分違いのカカロットと会い続けていられて来た方が本来不自然というものだ。事実ナッパはその事に気がついていながら敢えて見て見ぬふりをしていたと言うではないか。あるいはこれまでのベジータの隠ぺい工作の成功の裏には、彼の秘かな尽力があったのかもしれない。しかしナッパが気づいていた以上、他の者も永久に気がつかないと誰が言えるのか。


「………」
再び溜息をつきながら、ベジータは無理やりそう思い込もうとした。本来の自分たちの立場の違いを思えば当然の結果だ。所詮あいつは使い捨ての下級戦士、掃いて捨てるほどにいる雑兵の一人でしかない。それに引き替え自分はこの星の第一王子、代わる者のいない唯一無二の存在だ。自分に近づくなど身分違いも甚だしい。一兵卒がどうなろうと、どの戦地でくたばろうと権力の頂点に立つ者の知った事か。そう思い込もうとして、出来なかった。
ーー違う
あいつの代わりなんてほかにいない。自分を温めるあの輝くような笑顔、自分に向けられる無償の好意、会うたびに強くなっていく目を見張る成長ぶり。あいつこそ自分にとって唯一無二の存在だ。その無限の可能性を秘めた成長を、これからもずっと見ていたいと思う。あいつとずっといっしょにいられたら、もう他には何もいらない。けれどそれは叶わない話なのだ。あと半年したら、自分は彼とは二度と会うべきでは無い。それが互いの為というものだ。自分が子供時代のくだらない感傷などさっさと忘れて、王子としての責務に没頭していくためにも。ーーあいつに害が及ばないためにも。


尖塔の装飾の一つ一つがはっきり見えるくらいに、月の光はまだ明るい。新月までにはまだ間がある。
「…カカロット」我知らずその名を口にしながら、今更ながら事実を思い知る。一たび分たれた道はその後決して再び交わる事は無いのだ。永久に。
「カカロット」思いを込めてその名を呼びながら、この星の王子は肘をついていた窓辺に顔を突っ伏した。夜は緩慢に更け限りなく長い。今夜もとても眠れそうにない。


















「…………」
ベジータが糸口の見つからない煩悶に胸を煩わせていた頃、時を同じくして、カカロットもやはり途方に暮れていた。下級戦士の居住区の一角、雑然とした狭い自室で彼は友人から渡された山のような「勉強になりそうな本や映像」に囲まれてぼんやりと座していた。



『な、なんだこりゃ?!』
『へっへぇ~、言っただろ、お前の勉強になりそうなやつをいっぱい持ってきてやるって。俺は約束は守る男だからな、早速持ってきてやったぜ』
件の話があった翌日、早速友人は中身を満載にした膨れ上がった大きな袋を携えて現れた。背の低い彼がぶら下げると引きずりそうな程の、その袋の大きさに目を見張るカカロットにずしりとそれを手渡した。
『なんだ、随分いっぺえあるんだなぁ』
『ああ、どれも皆俺の秘蔵コレクションだからな、大事に扱ってくれよ』
得意げに胸を張る友人を前に、しかし彼は不満げに眉を寄せる。
『けどよ、こんなにいっぺえあっちゃどれから見たら良いかオラ分かんねえよ』
『あ、そうか。そうだよな、仕方無いな、俺がまず簡単に説明しておいてやるよ』
カカロットが興味深げに見守る中、彼の自室に招かれた友人はさも得意げに袋の中身を次々に床に取り出し始めた。あっと言う間に山積みになる本や映像ソフト、その何れも裸の若い女がその肢体を惜しげも無く晒している物、あるいは男女の濃密な絡みが描かれたものばかりだ。


『これなんかは初心者向けだな。内容も短いし映像も良いから、まずはこれから見るといいぞ。これは…うーん、イマイチだな、女優が良くない。これは後回しだな。これは…』
手際良く仕分けていく友人の手元を、胡坐をかいたカカロットは興味深げに見守りながらより分けられたものの一つを手に取ってみる。
『「完全素人個人撮影」「若妻発情期」…なんか難しそうなやつばっかだな。なあなあ、なんでこいつら皆服着てねえんだ?』
『そりゃお前、当たりまえ…、まあいいか、服着てたら出来ねえ事するからだよ』
『へえ、そうなんか?』
友人の説明に分かったような分からないような顔をしながら、次を手に取ってみる。若い娘が荒縄で縛りあげられている姿に首を傾げる。
『こいつはなんで縛られてんだ?何か悪ィ事したんか?』
『そっ…それは別に悪ぃ事したから縛られてるじゃなくて、縛られて楽しむためにやってるから良いんだよ!』
『へええっ!縛られると楽しいのか、知らなかったな~。なあなあ、おめえは縛られた事あるんか?』『無えよ!!』
唾を飛ばして反論する友人を尻目に、カカロットは興味深げに次々と品を物色していく。
『うふん くすぐったい だめよ ままが もうすぐ かえって くるんだから と まーがれっとは…』
『だああっ!!勝手に音読するんじゃねえっ!!』
『だってよぉ、おめえが読めって言って持って来てるんだから読んでも良いじゃねえか』
『読むなら後で1人で静かに読めよな!!』


次々と物を興味深げに広げては友人を質問攻めにするカカロットに、彼もほとほと疲れてきた。
『なあなあ、じゃあこれは…』
『……あ~、もうこれ以上質問は無しだ、質問タイムは終わり!以上!!』
『ええっ?!そんなぁ、まだオラ聞きてえ事いっぺえあるのになぁ』
『論より証拠ってやつだ、後は実際に見てみりゃわかるさ』
『ふ~ん、そっか。……なあなあ、じゃあもう一個だけ聞いてもいいか?』
『何だよ』
真っ直ぐな目で友人を正面から見ながら、カカロットが首を傾げて聞いた。
『おめえはこれで勉強して、「最後」ってやつまで行ったのか?』
『……。その件に関しては今度答えてやるよ……』
彼の質問に答える事無く、なぜかひどく気落ちした様子で友人はうなだれて帰っていった。
『?何だぁ?何であいつ急にしょげちまったんだろな??』



一人取り残されたカカロットは、とりあえず言われたままに映像ソフトを再生してみて、映し出された映像と音声に目を丸くした。
『ア、アァーッ!!』
「うわわわわっ!!な、何だっ?!」
モニタ上では、若い男女の濃密な絡み合いが映し出され、女が上げる甲高い嬌声に驚いて飛び上がる。
「へえ~っこれが『最後』ってやつなのか?!へええ、こんな事するんだな!」
画面上で、男は息を荒げて抽出を繰り返し、女は大きく広げた足の間に男を受け入れながらひっきりなしに嬌声を上げ続ける。彼は大きな目を驚きに更に見開きながら、胡坐をかき腕を組んで画面を凝視した。
「あ、そうだ、え~っと、これで勉強しなくちゃなんねえんだよな、う~ん…」
『…っひ、いぃ…!…あ…あァ…!も、も…う…イク……ッ!!』
「とりあえず、あの穴にチ○チ○入れりゃ良いのか?「イク」ってどこへ行くんだ?やっぱり「最後」ってとこに行くのか???…あいつ、これで勉強しろなんて言ったけどやっぱり全然わかんねぇぞ。第一…」
カカロットはもう一度、喘ぎ声を上げ続ける画面の女を見た。
「…ベジータ、あんなところに穴なんかねえぞ、多分」
見た事ねえけど。カカロットはもう一度首をひねった。
次々と映像を差し替えながら、カカロットの疑問はますます深くなる。ベジータは男だ。見せてもらった事はないが自分と同じ体の構造をしているとすれば、確かあんな場所に穴なんかなかったはずだ。入れるといってもどこに入れたら良いのか分からない。ソフトを差しては首をひねり、再生しては頭を抱える事を繰り返すうちに、遂に彼の疑問が解け、光明が射したように笑顔になった。
「あ、そうか!この穴使えば良いのか!!」
ーー画面上では、友人が『できれば最後の方に見た方が良い』と言って置いていったマニア向けソフトが再生されていたーー



「よし、これで『最後』ってやつが分かったし、後はそこに『行けば』良いんだよな。ーーけどよ、ベジータ、あんな格好してくれるんかなあ?」
そうつぶやきながら画面上の女を見る。『最後』とやらに行くには、解決すべき大きな問題がまだ残っている。プライドの高いベジータが、あんなひっくり返ったカエルみたいな格好してくれるんだろうか??噂に聞く『ギニュー特選隊のファイティングポーズ』よりももっと変かもしれない。けど、口くっつけた後にああすれば良いんだよな?
頭の中で、いつものベジータを思い出しながらとりあえず画面上の女とすり替えてみる事にした。



…引き寄せた小さな体は、いつも腕の中で頼りなげに震えていた。唇が触れ合う瞬間、その手はいつも自分の服をつかんで必死にしがみつき、舌先でその唇を味わえば、かすかな声を漏らして溺れる者の様に懸命に首にすがりついてきた。
『…………ぁ……カカ…ぁ……』
日頃の彼の強さを知る者には恐らく想像もできない、自分を呼ぶ、ひどく小さく頼りなげな甘い声。
月の無い夜、手元の仄かな明かりの中で一層白いその肌。その衣服をすべてはぎとり、白い肢体を全て余すところ無く曝け出させた時、彼はどんな顔をするだろうか?
…怒るだろうな。場合によっては、一発ぶん殴られるかも…
…それでも。
…あどけなさの残る頬を羞恥に赤く染め、涙に潤んだ瞳をきつく閉じながら、おずおずと足を開くんだろうか。緊張に体を強張らせながら、恥ずかしげに顔を背けて、誰にも見られたことの無いそこを自分の前に曝け出して…



「………!!!!」
そこまで想像しかけて、かあっと顔が熱くなる。自分が脳裏に再生した映像のあまりのリアルさに心臓がどきどきと早鐘の様に打ち始め、自分の内側で何かが膨らんでいるのを感じた。最初は小さかったものが次第に大きくなり、やがて体に納まりきらなくなると、内側から皮膚を圧迫するように、一気に膨張して何かを突き破るのを感じた。途端に、それまでゆったりと身につけていたズボンがきつくてたまらなくなる。
「――――???」
なぜそうなったのか、恐る恐る思い当たる場所ーー自分の下半身を見て、ぎょっとして硬直する。
「うわわわわっ、な、なんだこれ?!?!?うわあああっ!!やべえ、やべえよ、ど、どうすりゃいいんだこれ!!と、父ちゃん、どうしよう、オラ病気になっちまった!!」
自分の体の変調にパニックになった彼は、とりあえず自分の父親に助けを求めーー、



『このクソガキが、何やってんだキサマ!!!ナマイキにサカッてんじゃねえぞオラァ!!!』








ーー翌日、彼は頭のコブをさすりながら、友人に謝るはめになった。
「ごめんな、おめえに借りてたやつ、あれ、父ちゃんに全部没収されちまったんだ」
「な、何だってぇ?!全部ってお前、俺があれだけ集めるのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ!!」
「だってよぉ…」
怒りまくる友人の言葉を聞きながら、まさかあんな事になるとは思わなかったし、とぶつぶつぼやき続けていた。


思い煩う二人のそれぞれの時は過ぎ、次の新月が近付いていくーー