宣誓7

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

7.




誰の身の上にも本分があるように、ベジータにも惑星ベジータの王子としての責務がある。今彼はその本分に従って宴のただ中にいた。
見事な装飾や調度品の数々、壮麗な大会場の中で惑星間会議後の晩餐会は実に華やかにとり行われ、父王に伴って会議に参加していたベジータもそこに列席している。豪華なテーブルの上にはありとあらゆる料理が並べられ、初めて見る食べ物も山ほどあった。美味そうな匂いを漂わせているもの、風変りな匂いを上げているもの。皆自分の好みの料理をつまんでは、一見楽しげにそしてその実互いの腹を探り合うように、あちこちで談笑している。
誰もが各惑星の王や宰相、または最も裕福な階級に属するものばかりだ。父王も先ほどからご婦人を伴った名士達を相手に、『ご健勝でなりより』『つつがなく』といかにも知性にあふれた会話を、時折異星の言葉を交えながら繰り返していた。ベジータはそんな父の様子を冷ややかな面持ちで鼻で笑って見ていた。ふん、くだらねえ。戦闘民族が聞いてあきれるぜ。


ベジータは先ほどから窮屈さと退屈さで気が遠くなりそうだった。くそったれ、早く終わりやがれ。今しがたもナントカ星のなにがし卿に声をかけられ、延々つまらない会話に付き合わされたところだ。『これはこれは!噂に名高い惑星ベジータのベジータ王子ではありませんか』
爬虫類系の容姿にかなりの長身の異星人は、大袈裟に感激したり驚愕してみせたりしながら延々話し続けた。『その力は魔人の如く強く、その容姿は花の様に優美、まさに噂通り、いや噂以上ですな!お目にかかれるとは何よりの光栄!』
相手はかなり長い時間ベジータに張り付いて熱っぽく語りかけ、ベジータはそのたびにああ、だの、そうですか、だの、つれない返答ばかりを延々繰り返した後にようやく解放された。
くだらないお世辞をべらべらと並べやがって。俺様が聞こえなかったとでも思ってるのか。ベジータは例のなにがし卿が自分を肴に仲間内でひそひそと囁き合っているのを聞き逃していなかった。
『あれが噂のベジータって奴か?強い強いと聞いてたが、なんだ大した事なさそうだな。見ろよ、あの細っこい首、ちょっとひねってやればすぐころっといっちまいそうだな』


楽団の奏でる曲が変わった。不協和音を交えたこれまた風変りな曲だ。最近の流行りなのかそれとも特定の惑星人の好みに向けてなのか、何れにしろベジータの好みにまったく合わない。じっと聞いていると目眩がしてくる。こんなものを聞いているくらいなら、あいつの下手くそな歌の方がましだ。ふと、いつか聞いたカカロットの調子はずれの童謡を思い出す。同時に上機嫌に歌うぴかぴかに輝くよう彼の笑顔も。あいつは今どうしてるか。どの星にいるのか、何をしているのか、誰と一緒にいるのか。……ベジータの事を思い出す事も無く、その輝く笑顔を他の誰かに向けて楽しそうに……
「……――っ!!」
そこまで考えて唐突に胸に突き刺すような痛みを感じ、ベジータは我知らず胸をぎゅっと強く掴んでいた。


その時、風変わりな曲を奏でていた楽団が演奏の手を一瞬止め、曲を勇壮なものに突然変えた。重厚な旋律に壮大なファンファーレ、帝王を讃える時のみに用いられる曲だ。その曲をもって迎えられるのは重鎮揃いの会場にあってもただ一人、否、この宇宙でただ一人しかいない。
『――フリーザ様のお着きだ!』『おお、フリーザ様!』
誰かが緊張した声を上げたかと思うと興奮はただちに伝染して、たちまち会場は色めきたった。先ぶれの使者が息せき切って会場に駆け込み、素早く呼吸を整えた後に今回の宴の最高位となる来賓の名を読み上げした。
『惑星群フリーザが帝王、フリーザ様のお越しにございます!』
その声を合図に会場中の列席者たちがたちまち一斉に膝を折り、各惑星の様式で最敬礼を切る。
「………」
掴んでいた胸から手を離し、ベジータもしぶしぶといった様子で頭を深く下げた。


高さ10mはあろうかという巨大で重厚な金貼りの正面ドアが開き、まずは歩哨が入口を守り、続いて黒光りする儀礼用の防具も誇らしげに、様々な容姿を持った兵士団が一糸乱れぬ隊列を組んで真紅の絨毯に沿って入場し会場内に広く道を開けて行く。兵士団の進行方向にたまたま立っていた列席者は色を失って転がるように会場の隅に逃げ込んだ。勇壮な兵士団はやがて全てが入場し終わると、勇ましい号令と共に二手に分かれ真紅の絨毯の道の両脇にぴたりと整列する。続いて入口からは、緑と青の肌をそれぞれ持った異星の乙女が二人登場し、手に携えたカゴから色とりどりの花びらを絨毯の上に巻いていく。更に続いて、ピンク色の肌に醜悪な容姿を持った筋肉の塊のような男と、緑色の肌に秀麗な容姿を持った背の高い男に前後を守られながら、ようやく帝王フリーザが入場した。


「これはこれは皆さんお揃いで。お元気そうでなによりです」
浮遊ポッドに身を預けたままのフリーザは、良く通る声で会場の者達へ声を掛けた。紫と白の肌に鋭く隆起した額、頭頂近くには二本の黒光りする角、前後を守る屈強な側近二人に比べてやや小柄な体躯。ヒューマノイドのサイヤ人と違いその容姿は特異で見た目から年齢は良く分からないが、目だけが異様に老けているのが奇異に感じられた。もしかすると彼は何百年も生き続けた生命体なのかもしれない。
フリーザはゆったりと会場中ほどまで進みながら、時折自分がお気に入りの列席者に声を掛けていく。声をかけられたものは歓喜しあるいは恐怖に硬直し、皆同様に畏敬の念に深く頭を下げている。いずれもこの宇宙に置いて列強と呼ばれる惑星の支配者で、他の者に対しては膝など折った事など無い連中ばかりだ。そんな彼らでもフリーザに睨まれたら一たまりも無い。彼の不興を買ったが最後、その半時後にはこの宇宙の惑星勢力図を書き換えなければならない事になるだろう。


フリーザが近付くにつれ、ベジータも他のものと同様に帝王の圧倒的な存在感に身を固くしていた。間に広い空間を挟ませてさえ、息をのませる威圧感がある。じっとりと手のひらが汗ばみ、我知らず体が細かく震えだす。くそったれ、さっさと挨拶でもなんでも済ませて、早く、早く帰りやがれ!
「――おや、これはベジータさん」
「……!!」
しかしフリーザは、ベジータの願いに反して帰るどころか返ってその姿を見止め、近づいてきたのだ。ベジータの目が見開かれ、胃のあたりに固いしこりが生ずるのを感じた。喉がカラカラに干上がって、自分はフリーザに対して恐怖しているということに気が付いて嫌な気持ちになった。


「随分成長されましたね、そろそろフリーザ軍への兵役のお年頃ではありませんか?」
「――はい」
粘つく喉でようやく答えた。フリーザの声は少なくとも表面上は甘く、優しかった。今や宇宙の帝王は、自分のみにその視線を向けている。ちょうどその時、側近の一人が飲み物を湛えたゴブレットを手に戻り、膝を折って恭しくそれを捧げ持ったが、フリーザはそれには目もくれない。
「無礼な真似はしたくないのですが、それは後でいただくことにしましょう」
その態度は会場中の者達をざわつかせた。会話の際中でも自由気ままに飲み食いする事を許されるはずの帝王が、参列者の一人でしかない少年に、ただひたすらに熱っぽい視線を送り続けているのだ。
「楽しみですねぇベジータさん。私はあなたの事を特に気に入っていましてね、今すぐにでも我がフリーザ軍に加わっていただきたいほどなのですよ」
ベジータは思わず顔を上げ、その瞬間フリーザと視線がかちあった。刺し貫くような鋭い視線、体はゆったりとくつろがせながらその目は熱くベジータに注がれ、怖いくらいだ。


「………っ!」
知性に溢れながら獣じみた目に見詰められた時、ベジータは緊張すると同時に頭がくらくらするほどの陶酔を覚えた。狩ることこそが生き甲斐の目だ。怯えて泣いて逃げまわる哀れな獲物を、時間をかけてたっぷりといたぶり弄ぶ事を生きがいとする目だ。ベジータはその目に強く引き付けられた。なんとかしてその目から逃げたいのに、自分をねじ伏せてほしいという欲求も心のどこかに生まれた。彼のパワーを体で感じてみたい、強力な生命力に屈伏してみたい……。
その思いを振り払うように、ベジータは頭を振った。心までもフリーザにコントロールされているような気がした。


「まったく、フリーザ様はなぜあんな猿にえらくご執心なんだ。俺にはまったくわからねえな」
ベジータにまるで恋する者の様に熱っぽく語りかける帝王の様子を、フリーザの側近のうち一人はひどく面白くなさそうな表情で聞いていた。
「『惑星ベジータの天才王子』か、けっ、ご大層な評判の割には大したことのなさそうな奴じゃねえか。戦闘力も我々の方が遥かに上だ。見ろよ、あの小っせえ体つき。あんな奴が何かの役に立つとすりゃあ、上級戦士達の色小姓がせいぜいだろうよ」
頭にいくつものとげを生やしたピンク色の肌の大男が下卑た笑いを浮かべると、緑の肌の男は秀麗な顔にあまり表情を浮かべないままその言葉をたしなめた。
「そう言うなドドリア。フリーザ様があの王子に目を掛けるのはすべて深いお考えがあっての事だ。これまでフリーザ様のお考えで判断を誤った事などただの一度でもあったか?無かったはずだ。お前のちっぽけな常識で事を測ろうとするな」
「ふん、随分物分かりの良い事だな。けどよ、ザーボン。俺はな、どうにもあの子猿が気にいらねえんだ。あの生意気そうな目を見てるとどうにも腹が立って仕方ねえ、お高くとまったあいつをぐちゃぐちゃに泣き喚かせてやりてえって気になるんだよ。フリーザ様さえお許しなら、今すぐこの衆人観衆の前ですっぱだかにひん剥いて、あの小っせえ体がソッチの役に立つか調べてやるところだ」
ピンクの肌の男、ドドリアが品性のかけらも無い言葉を吐き続けても、もう一人の男、ザーボンは相変わらず表情を変えずただ腕組みして微動だにしなかった。



「たしかあなたの服役期間は惑星ベジータで言うところの半年後から、でしたね。本当に楽しみです。早くあなたにお越しいただいて私の革命的な活動と熱意を共に分かち合いたいものです。――その時はぜひ私の支援と友情を受け入れてくださいね、ベジータさん」
どことなく思わせぶりに呟きながら、帝王は冷たく尊大な笑みを浮かべてようやくベジータのそばを離れていった。その事にベジータはようやく安堵し、深いため息をつきながら体の力を抜いた。
――何が、『支援と友情を受け入れろ』だ、くそったれ。気色悪い、じょうだんじゃねえ!!


一通りの視察を終え、帝王は自分の威光があまねく行きわたっている事に満足して、再び花びらの撒かれる絨毯の上を大層ご満悦の様子で帰っていった。
恐怖と畏敬の対象が去って行き、更に遠くこの星を離れていったころ、会場の者達はようやく力を抜いて、ほっと安堵の息をつきながら口ぐちに今しがた見た事をはやしたてた。
『さすがフリーザ様だ、圧倒的な戦闘力だな』『まったくだ、どうやら前よりも一層お強くなられたらしい』『何にせよ、今日のフリーザ様は大層ご機嫌が良くて一安心だ。ご機嫌を損ねようものならこんな星、たちまち吹っ飛ばされちまうからな』『ああ、それもこれもフリーザ様がお気に入りのーー…』


じっとりとかいた汗が急速に乾いて体を冷やしていく。未だに耳に粘ついて残るフリーザの声に唾棄しながら、ベジータは急に着きつけられた現実にひどくうろたえていた。
――そうだ、半年後だ。自分がフリーザ軍の兵役義務に服するのは。
この宇宙にある者は皆一定の年齢に達した時フリーザ軍への兵役義務が生じる。それは身分の差など無く等しく従わねばならない規律であり、王子であるベジータも例外ではなく逆らえば一たまりも無い。
「……ちくしょう」
ベジータは我知らず再び体を震わせていた。今度は恐怖からではなく怒りからだ。いかに自分が無力がなのかを思い知らされる。自星でいくら不世出の天才戦士と言われていても、所詮それは同じ民族内での話、圧倒的な力の前では成すすべも無いのだ。フリーザ軍の兵役は過酷との評判だが、そんなものには何の恐怖も感じない。あらゆる訓練も実戦も潜り抜けられる自信があった。けれどその5年という長い歳月には純粋に恐怖を覚えた。


……『5年』。5年もの間、俺はあいつに会えなくなるのか……?
ぴかぴかに輝く太陽のような笑顔、大して強くも無いくせにいくら振り払っても自分にじゃれついてくる姿、無邪気に自分を呼ぶ声。いくら体つきが成長しても、いつまでたっても子供のような、あの男に。
「…カカロット」
その名を口にした瞬間、ベジータは驚いた。目頭がじわりと熱くなる。鼻の奥がツンと痛くなって、肩が震えるのを止められない。
「カカロット」
もう一度その名を口にすると、今度ははっきりと目じりが濡れるのを感じた。自分は今、無性に泣きたくてたまらない気持なのだと、気がついた。



もう一度、その名を声に出そうとした刹那、
「そう言う事だ、ベジータ。あと半年だ」
いきなり肩を叩かれて、ベジータは驚いて振り返った。禿頭で雲をつくような大男、ベジータの側近のナッパだ。ベジータが小さな頃から傍に仕えてきたこの男は、大柄な体躯でありながら細かい事にも良く気がつき、かといって余計な詮索もしない。ベジータが昔からお気に入りの側近中の側近だった。「………!」
涙にうるみ掛けた目が自分を振り仰ぐのを見て、ナッパは事の全てを見抜いているかのように頷いた。
「あと半年で、お前は兵役だ。そうすりゃお前はもう出来なくなるな、いつもの『朝帰り』を」


泣きそうだったベジータの目が、今度は驚愕に見開かれた。
「!!!!!」
ーーこいつ、もしかして知ってやがったのか?泣きたいのと動揺で声を震わせながら、それでもベジータは努めて平静を装いながら聞き返した。
「……『朝帰り』だ?おいナッパ、一体何の話だ」
「おいおい、まだとぼけるのかよベジータ。いい加減観念しろ。俺にばれてないとでも思っていたのか?俺は何年お前に仕えてると思う?」
ナッパは芝居掛かった様子で、やれやれとその大きな肩をすくめて見せる。ベジータは今度こそ腹を決めた。
「……貴様一体、いつから知っていた…?」
「お前が夜中にこっそり城を抜け出して、明け方にコソコソ帰ってくる事を、か?」
ベジータが涙にうるんだ目で精いっぱい睨みつけてくるのを見て、ふむ、と唸ってナッパはその大きな顎をやはり大きな手で掴み、考え込むようなそぶりを見せた。
「…さあいつだったかな。お前が朝、左の頬に傷を作っていたのを見た時かな」


再びベジータは息を呑む。『左の頬に傷を作って帰った日』。カカロットとの組み手で、初めてその拳を頬に受けた時だ。しまったとベジータは臍を噛む。迂闊だった、誰かに見とがめられる前にさっさと治療するべきだった。
「惑星ベジータの王子の顔に傷を付けるとは、随分な使い手らしいな、相手の娘は。一体、どこの娘っ子だ?お前がご執心の相手は。こそこそ会っているところを見ると、相手は貴族やエリート戦士の子じゃねえな」
相変わらず泣きたい気持ちに変わりは無いが、ナッパの言葉にベジータはほんの少し安堵の息を吐いた。
ーーナッパは『娘』と言った。と言う事は、相手が誰かはバレてないって事だ。
「おいナッパ、余計な事はほかの奴らにしゃべるなよ。もしばらしたりしやがったら貴様の命は無いものと思え」
「へえへえ分かりましたよ王子様。まあ、俺がなんかがばらさなくったて、その内誰かに感づかれるぜ。せいぜい用心しなよ」
声を低めてベジータが凄んでも、ナッパはお構いなしといった様子で手を振った。束の間安堵したベジータは、しかし次の瞬間聞いたナッパの言葉に再び硬直する事になる。


「相手がどこの下級戦士の子かは分からんがな、ベジータ。その娘っ子とはそろそろ縁を切るべきだ。放っておいてもお前は半年後には相手に会えなくなる身だ。悪い事は言わねえ、さっさと縁を切れ。……ーー第一、下級戦士の子が我が星の王子をたぶらかしたとあっちゃ、相手が一体どんな重罪に問われるか分かったもんじゃねえぜ?」