宣誓21

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

21.




どこかでフリーザ軍の息のかかった者が今の会話を聞き耳立ててやしなかったかと、男は冷や汗を拭くのに必死だった。聞かれでもしたら自分は終わりだ、その場で塵も残さずきれいに消されてしまうに違いない。まったくこいつは、世間知らずにも程があると心の中で毒づいた。
「ま、まあお前、『もし自分がエリート戦士なら』なんて言うけどよ、考えてみろ。俺達は所詮下級戦士だ。お偉いさん達がどこで何をしようと素直に従う他ねえ。第一、そんなはるか雲の上の人達にご意見したところで耳に届くわけねえだろ」
「………………」
「王子様にしたってフリーザ軍への入隊は5年間のご奉公ってやつだ。オレ達下々の者にはわからなねえけどな、多分お偉いさんにはそれなりの『本分』ってものがあるんだろ」
「……そうだよな……」
いつになく、カカロットの返答は低くそして冷ややかなものに聞こえた。何と言うかその声は……冷たく、どこかぞっとするような響きを孕んでいる。
「お、オレ達のように明日の飯代をどうするか、なんてあくせく働かなくても良い代わりに、色々面倒な事をこなさなきゃなんねえんだろうよ。ま、まあ、それもこれも所詮雲の上の話だ。俺たちには到底縁が無え世界の事を考えたって仕方ねえだろ?」


男がそこまで言い終わるのと、カカロットが山のようにあった本日の配送分を積み終えるのがほぼ同時だった。
「ほい、おっちゃん。今日の分の仕事は終わったぞ」
明るい顔で振り返る姿を目にして、男はほっと胸を撫で下ろした。それは快活で、ちょっと頼りない顔をしたいつものカカロットと何ら変わり無い。先程までの冷淡な……どことなく背筋が寒くなるような……気配は払拭されていた。
「お、おう。ご苦労さん」
なんだったんだ?さっきの感じは。常識が無いのか何なのか、やっぱりコイツは何を考えてるのか良く分からねえ奴だな……
「じゃ、じゃあ今日はこれで上がって良いからな。次に手伝って欲しい日は…」
「実はさ、おっちゃん」
腰に下げていた手布で額の汗を一頻り拭き終えたカカロットが、少し表情を正す。スケジュール表に目を走らせていた男が顔を上げるのを、真っ直ぐな視線で見返してくる。
「悪いな、オラ、おっちゃんの手伝いできるのは今日で最後なんだ」


「…は?なんだって?!」
突然の『退職願い』に、男がまた仰天する。
「おいおいちょっと待ってくれよ!これからますます忙しくなろうってんだ、今止められたら困るぞ、一体急にどうしたっていうんだ?!」
胡桃のように大きな目をますます大きく見開く男の前で、カカロットが決まり悪そうに頭を掻き、それから急に真顔になった。
「すまねえな、おっちゃん。オラにも『下級戦士の本分』ってやつがあるからさ」
すっかり当てにしていた貴重な戦力に突然抜けられて、この惑星一世一代の書き入れ時をどうやって乗り切るんだと呆然とする男の前で、カカロットが真面目くさった顔で言葉を続ける。
「オラ、いっつも遠征から戻ったらおっちゃんの手伝いをしてただろ?何でもさ、オラが次に派遣される星ってのがえれぇ遠いとこらしいんだ」
「次の遠征か?どれくらいかかるんだ?」
「うーん。たしか「行くのに2年・戻るのに2年』って聞いたな」


飛びぬけて長寿の種族以外にとっては、年単位の惑星攻略はかなりの長期仕事だ。再び男が仰天する。
「片道2年?!そりゃまた随分遠い星に行かされるもんだな」
「行かされるっていうよりは、オラが自分で志願したんだけどな。まあ、向こうに付くまでたっぷり眠れるのは良いけど、2年も寝てたらオラ、体がなまっちまうかもな」
カカロットはさばさばとした表情で笑っている。短くても4年、下手をすれば5年以上とは下級戦士の任務にしてはいささか荷が重い話のはずだが、そこには何の気負いも感じられない。
どうやらこれは観念しなければならないらしいなと男は嘆息した。カカロットの言う通り、サイヤ人の下級戦士は戦闘こそが本分だ、それに勝る使命などあり得ない。ましてや、人手不足の工場手伝いなど到底引き留める理由にならない。
「そうか、それじゃあ残念だが仕方ないな」
落胆する男の背を、カカロットが励ますように強く叩く。
「まあそうがっかりするなって。オラが随分手伝ってやったし、この工場もかなり儲かったんだろ?この際だから設備投資して新しいロボットでも増やせばいいじゃねえか」
思いがけず世慣れた口調に、男は苦笑した。――こいつ、バカだバカだと思っていたが、案外知恵の回る奴なのかもな。
「じゃあおっちゃん」
そんな事を思っていると、目の前にカカロットの右手がにゅっと突き出される。顔を上げると、カカロットが相変わらず人好きのする笑顔でこちらを見ていた。
「約束だ。手間賃のりんご2個、くれよな」




「本当に良いんだな?給金はこれだけだぞ」
大人の握りこぶしより二周りほど大きなリンゴを入れた袋を渡しながら、男がいぶかしげな顔をする。確かに、雇用前の申し入れとして『リンゴ2個』と言っていたが、まさか本当にリンゴで給料を要求してくるとは思わなかった。これまでのカカロットの労働量を考えればあまりにも割に合わない話だ。本当にこの青年は頭が良いのかバカなのか、最後まで計り知れない。
「ああ、これがいいんだ。サンキュー、おっちゃん」
カカロットはにこりと笑って満足そうにリンゴを受け取った。それから中身を確認するために袋を覗きこんで、今度は怪訝そうな声を上げた。
「――あれ?おっちゃん、オラ『リンゴ2個』って言ったのに随分いっぱい入ってるぞ?」
「ああ、残りは餞別だ。持っていけ」
「そっかありがとな。これならきっとベジータも喜んでくれるよな」
「…は?何だって?」
「あ、いやいや。何でもねえよ、こっちの話」
やけに聞き覚えのある名を耳にした気がして男が聞き返そうとするのを、慌てて手をふるカカロットに遮られた。


「じゃあな、おっちゃん世話になったな」
「ああ。遠征に行く前にもう一度寄れたら顔を見せろよ」
男の言葉にカカロットが素直に頷く。いつの間にか外はすっかり日も暮れていた。
「ところでよう、お前が今度派遣されるってえ星は何て名だ?」
下級戦士にしては珍しい超長期遠征の話に興味が湧いて、男は何とは無しに聞いてみた。
「オラが行く星?ああ、『………』って星だ」
相変わらずのんびりとした口調でカカロットが答えた惑星の名は、なぜかどこかで聞き覚えのあるものだった。
「――おい、その惑星って、どっかで聞いた事がある気がするんだがもしかして……」
「じゃあなおっちゃん。またな」
男が何かを聞きかけようとする前に、カカロットは強く地面を踏み切ってたちまち高く舞い上がる。その速さ、瞬きする程の間にその姿は夜空の星にまぎれて見えなくなってしまった。
「お、おいちょっと待て……」


『オラが行く星?ああ、『………』って星だ』
カカロットの言葉を思い返しながら、男がしきりに首をひねる。どこかで聞いた事がある惑星の名だ。しかし一体どこで……?どうにも思い出せない。仕方なく男は、工場内の冷却施設のすぐ隣り、エンジニアリング・ベイで検索を始めた。コンソールに指を走らせ、先ほど耳にした惑星の名を入力する。たちまち目の前にちらちら光る粒子状の物質でできた星間図が立体化し……目的の名を見つけた瞬間、男は今度こそ本気で仰天した。
「お、おい!!マジかよ?!」
カカロットが口にした惑星の危険度を示すレベルゲージは、最大値を振り切っている。これはフリーザ軍の選りすぐりのエリート戦士達でさえも相応の覚悟をしなければ攻略できないレベルということを示していた。
「どうりで聞いた事があると思ったぜ、『……』って言やあ『超S級』の星じゃねえか!なんであいつみたいな下級戦士に許可が下りたんだ?!あいつ絶対死んじまうぞ……」
『――死なねえよ』
そこまで喚きかけた男は、頭の中に突然響いた声にぎょっとして辺りを見回した。間違えようがない、つい今しがたまで言葉を交わしていた声が、頭の中に直接響いてくる。
『オラは死なねえよ』
しかしいくら明かりの灯る敷地内に目を走らせても、規則的な唸りを上げる機械以外に目に映るものは何も無かった。





渡されたリンゴの詰まった袋を手に携えながら暗い夜空を、カカロットが一人飛んでいた。頬を滑る夜風は、うっとりとするような春の温もりと湿度をはらんで心地良い。吹き付ける風に飛ばされないように気をつけながら、袋の中から一つリンゴを掴みだす。眼下に広がる街の明かりにつやつやと丸いリンゴが照り映えるのを見て、カカロットがにこりと笑う。
――誰かに似てるなあ
ふっくらと丸くあどけない頬に、赤い、小さな唇。腕の中にすっぽりと包んでしまえそうな小さな体。愛おしさに、目を閉じてそっと唇を寄せた。


眼下に広がる街明かりの上を一人飛ぶ。遥か彼方には、そびえる王宮の影が浮かび上がり、尖塔の先に今にも消え入りそうに細い月が掛っていた。明日は新月―――。