宣誓22

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

22.




「……以上、惑星フリーザNo.56 ***候***卿からのお祝いのメッセージでございます」
「大儀である」
異言語に精通した伝令が聞きとりにくい客人の名を唱え、それに重々しく答える重臣達の言葉を聞きながら、第一王子は無表情に窓の外を眺めていた。小高い丘のような台座の上に据えられた執務机に片肘を突いて窓の外に次々と現れる点状の影をじっと見つめていると、遥か上空の点は見る間に膨らみ飛来する大型艦に姿を変えていく。
―――へっ、ご苦労な事だぜ、揃いも揃って大げさに現れやがって
延々とメッセージを読み上げる伝令から顔を背けたベジータは、この日のために新調された真紅のマントを椅子の背に持たせ掛け、一見ゆったりと足を伸ばしているかのように見えるが、白い材で作られた大きな執務机の下でそのつま先はイライラと落ちつきなく揺らされている。
―――くそったれ、さっさと終わりやがれ
出征の式典はいよいよ明日に迫り、一か月以上前から続くこのくだくだしい儀式は遂に最高潮を迎えるのだ。部屋の外では晩餐会の最終準備に向けて、誰もが忙しく走り回っているだろう。多くの客を迎え、城内は既にざわめきに満ちている。
―――さっさと夜になりやりやがれ
間もなく日が暮れる。今夜は新月、日が落ちても夜空に月が昇る事は無い。


はるばる同盟星から王侯や幹部を乗せてやってきた大型の宇宙船が、惑星の上空に次々と現れては普段ならば滅多に満杯になる事が無いはずのドックへの着陸許可を待っていた。地上では額に汗を浮かべた通信士達が、複数のモニタを見比べながら次々と各艦に指示を伝える。日ごろ通信の手順から言葉の端々にまで口を出すはずの彼らの上司が今日は何も言わないのは、自分の仕事で手いっぱいだからだ。
小都市と言って差し支えない規模の基地からは、いくつもの巨大な横軸が伸びていて、その先は大型艦のドックや修理設備に続いていた。羽虫のように、あるいは風に舞う雪のように、作業用の小型船が次の出発に備えてドック入りしている宇宙船に群がり、メンテナンス作業を進めている。この大型艦が賓客を乗せて再び飛び立つまでに全ての事を手際良く進めねばならないのだ。
それぞれの大型艦は優美な物から頑強なものまで、独自の個性があったが基本的な構造はどれも良く似ている。つまりそれは、彼らが同じ組織体に属する者であるという事を示していた。


「…かくもにぎにぎしくお出迎えいただき、殿下自らお目通り叶うこの栄華、子々孫々まで伝える所存にございます」
「遥々お越しいただきました事、殿下も大変なお喜びでございます」
「ベジータ王子様に置かれましては今日のよき日を迎えられ、これ全て一重に王子様の類稀なるお力とご手腕、ご人望の賜物と拝察いたします。王子様のご着任は惑星ベジータと我がお仕え申し上げるフリーザ軍にとりましても実に喜ばしき事であり……」
「光栄にございます」
ーーーだから何が言いたいんだこいつらは、要件だけ言ってさっさと帰りやがれ!!
恭しく、時に重々しくそして淀みなく、戦闘民族の中では実に希少な文官が『ベジータ王子 出征の式典』のため派遣された使者のメッセージに答えるのを延々と聞きながら、当の王子は拭いようもなく不機嫌になっていた。
城の広間にずらりと居並んだ、各惑星の名士・豪族・歴戦の勇士、そしてフリーザ軍の幹部達に次々と引き合わされ、逐一長口上を聞かされ、ほとほと疲れ果てていた後にこの延々続く祝伝の数々だ。なるべく怪しまれないようにと慇懃な顔つきで彼らの注目に答えたが、眉間の皺が深くなるのはどうしようもない。せめてもの気休めにと、時折、暮れていく窓の外を素早くそして食い入るように盗み見ていた。


日がとっぷり暮れてもひっきりなしに飛来する宇宙船の姿は延々続いた。月の無い夜空に瞬いているはずの星は、真昼のような輝きにかき消されて見えない。あまりの明るさに誰もが夜になった事に気付かなかった程だ。
宇宙船が放つ色とりどりのライトが空を照らし、遠来の客が地上に降りる時に激突しないようにと、にわかに増設された航空灯はちかちかと瞬き、地上では客人をもてなす為に惑星のありとあらゆる明かりが灯され、日ごろ観戦客で賑わう闘技場は祭りの特設会場となり、無料の酒や料理があちこちで振る舞われていた。この星の住人である下級戦士も客人も、つぎつぎそれらを平らげては回りはやんやの喝采を上げ、賑やかさに誘われた住人や泊り客がまた祭りの輪に加わり、芸人や商売女が次々呼び寄せられるたびに酔っ払い達は歓声を上げ、手を打ち、足を踏みならして、星ごと壊してしまいそうな勢いで、式典の前夜祭を大いに楽しんでいた。
この星の誰もが今日という日を楽しみ、明日を待ちわびていた。ただ一人、宴の主役であるはずの王子その人を除いては。


―――今夜が最後だ
明日、いよいよ自分はこの星を離れる。今後5年間は一切母星の土を踏む事は無く、その間全てはフリーザ軍の管轄下に置かれ、自分の自由は完全に無くなるものと思わねばならない。情報統制の元では、通信さえもままならないだろう。そうなる前に自分にはするべき事があった。
―――今夜しか無いのだ
異星の職人に次の新月の日を告げられた時、最初は大きく落胆した。いかなる偶然か、それはまさに自分がこの惑星を去る前日ではないか。多くの来賓を迎え、城の警護は常以上に厳重になるだろう。そんな時に一体どうやって城を抜け出せというのだとうなだれかけて、すぐに気を持ち直した。……いや、これは千載一隅のチャンスだ。城に多くのよそ者が溢れる日ならば、逆にそこに希望があるのではないか。よそ者の対応に忙殺されている間にこそ、抜け出せる隙があるのでは無いか。
通信手段であるスカウターは数ヶ月前に壊してしまった。けれどこれは確信に近い。新月の夜、カカロットはきっとあの場所にいるはずだ。いつも二人が落ち合っていた、あの夜の森に。


打ち上げ花火と共に始まった晩餐会は、夜半を過ぎた頃になるとますますの盛り上がりを迎えていた。様々な種族が一同に会する大宴会にふさわしく、料理人達が腕をふるった見事な料理はテーブルごとに異なった食材や味付けで提供され、秘蔵の酒も芳しいものから刺激的なものまで目を見張る程の種類が振る舞われた。この日のために招かれた達者な楽団や曲芸師の妙技も皆を大いに喜ばせた。誰もが愉快そうに手を叩き、たっぷりと満足し、そしてようやく酔い潰れかけていた。
……そろそろ良い頃合いだろう
皆の足元が覚束なくなる頃、ベジータは何食わぬ顔で豪華な晩餐テーブルをそっと離れた。
「おや王子様、すっかり酔われましたかな?」
顔を青くした客人の一人が(酔うと青くなるらしい)、離席する王子に気がついたが、
「―――ああ、ちょっと飲みすぎたようだな。水でも飲んで夜風に当たってくる」
「そうですか、お気をつけて。手前はここでもう少し丁重なるおもてなしを堪能させていただくとしましょう」
少しばかりふら付きながら振り返った王子の言葉をすっかり信じて、客は手にしたグラスの琥珀色した液体の味を再び楽しみ始めた。
……よし、まずは第一歩だな。
王子が近付くと音もなく開く重厚なドアを抜け、ベジータは宴を抜け出した。たちまち千鳥足を装っていた足元が確かなものになる。これまで盃に注がれてきた酒は、全て飲むふりをしながらこっそり捨てていた。
次の行動に移ろうと気を引き締め直した直後、外の客に飲み物や肴を配ってきた給仕係と鉢合わせした。ぎくりと背を強張らせ、思わず声を上げそうになるのをベジータは必死で耐えた。「宴の主役がご退席ですか」と問われる前に黙らせねばと、咄嗟に拳を握ったが、給仕はにこやかに笑って「ようこそ」と言っただけだった。今日は沢山の異星人がこの星を訪れている。人手不足によって、宴で働く者にも臨時の雇われがいるらしい。



何食わぬ顔で歩き、ようやく自室に戻ったのもつかの間、今度はすぐに外出仕度を整えた。ブーツと手袋をわざと使い古しの物に変え、濃紺のアンダーシャツを着込みながら、執務机の引き出しを手繰り寄せる。昼間のうちに、その中に携帯用の食糧をいくらか忍ばせておいた。
…どうせあのバカは腹を空かせたままやってくるに違い無いからな。それから救急キットも少し。あいつはクズの下級戦士だから、どうせまた怪我をするに決まってる。さて、仕度の仕上げは…
寝台の3つ並んだ枕の下から、スカウターを掴みだそうとして、はっとして手を引っ込めた。『バカめ、自分で壊したんだろうが』、自嘲ぎみに呟いて苦笑いをする。必要なものは揃い、仕度は整った。後に残った問題は「城をどうやって抜け出すか」、だけだ。



ベジータは城の中をこそこそ人目を憚って歩いたりはしない。堂々と、ゆっくりと歩く。たとえ今から黙って城を抜け出そうとしているとしても、だ。その方が却って怪しまれない事は、子供の頃からの経験で実証済みだ。
大股で、しかし極力足音を忍ばせて歩きながら、ふと胸の中を不思議な思いが去来する。思えばこうして、城を抜け出すのは久しぶりだった。前に出たのは数か月前、寝不足でふらつきながらの出奔だった。カカロットにもその事はたちまち見抜かれ、ヤツは生意気にもオレを気遣って休憩だなどと言い、カカロットが水を汲みに行く間にオレはうっかり眠ってしまって、そして……
「………――――っ!!」
目覚めた途端、カカロットに圧し掛かられて、抗いがたい力で押さえつけられて体を好き勝手に蹂躙された。その時の恐怖をはっきりと思い出して、ぎゅっと胸の辺りを掴む。こちらの気持ちなど関係無しに振る舞われ、嬲り者にされた事に対する怒りを忘れたわけでは無い。けれど……
ベジータは早くなる鼓動を抑えるように、ゆっくりと呼吸をした。強く胸を掴んでいた手をもぎ放し、目の高さで少しずつ開いてみる。カカロットと出会った頃、いくら生まれながらの天才であろうと、この手はほんの子供だった。あれからすっかり成長し、手袋のサイズは小柄ながら成人のものに変わっている。同じように、無邪気に自分の手を引いていたカカロットの手も、最後に会った時はすっかり大きくなっていた。彼の手はつやつやと日焼けして、自分のそれを包んでしまえるほどに大きかった。すっかり大人になった手で自分の腕を引きながら、唯一笑顔だけは子供の頃と変わらず、眩しい程に輝いていた。
……もう、オレは決めたぞ
カカロットと最後に会ってから数か月、あの時と今では自分の中ではっきりと変化が起こっていた。もう自分は恐れたりはしない。この数カ月の間に自分の気持ちに気がついたのだ。今ならはっきりと告げる事ができる。
――もう恐れたりなどするものか。カカロット、オレはもう決めたぞ。
もう一度深く息を吐きながら、再びゆっくりと大股で歩き始めた。
――カカロット、お前に会いたい。会ってオレはキサマと――



まがりくねった廊下を歩く際に行きかう人々に何度かすれ違ったが、皆連れ合いとのおしゃべりに夢中でベジータには気がつかない。まさか王子その人がこんな場所をそぞろ歩いているとは誰も思うまい。念のため、酔いの冷めかけた者とすれ違って面倒にならないようにと、ベジータは歩きながら背中のマントを引きちぎろうとした。目の詰んだいかにも高価な布地は鮮やかな真紅に染められていて、人目に付きすぎる。肩の後ろに手を回して布を掴もうとするが、気持ちが逸っているせいかなかなか上手く外す事ができない。それでも何とか外そうと身もがいていたその時、頬にはっきりと夜風を感じた。
――もう少しだ!
落ちつかせていたはずの鼓動が、一気に跳ね上がった。もう少しだ、子供の頃から使ってきた抜け道まであとほんの少しだ。ベジータ以外の誰も知る事の無い、城下へと続く秘密の抜け道をぬければ、きっとアイツはあの場所にいるはずだ!カカロット、お前に会ったら今度こそオレは……


逸る気持ちを抑え、駆け出しそうになるのを耐えながら、ベジータは先を急ごうとした。
「――これはベジータ王子様。こんな大事な夜に、城を抜け出して一体どこへ行くおつもりで?」
突如、背後の暗闇からの声に呼び止められて、ベジータはギクリとして足を止めた。


to be continued...

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