宣誓20

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

20.



西から強く吹き付ける冷たい風の向きが変わると共に、次第にぬるみ始める。新しい季節の訪れだ。この星に明確な季節は無いが、それでも冷たい日差しが温もってくると、人の心は自然に浮き立つものらしい。この頃の城下街には人が溢れ、市が立ち、売り子の威勢の良い掛け声が飛び交ってたいそう賑やかしい。


「スゲエ人だなあ」
鼻先に付いた機械油を手の甲で拭いながら、カカロットが感心したような、少し呆れたような声を上げる。このところ、遠征から戻るたびにカカロットはいつもこの食品工場を訪れては、雑用から重労働まであれこれとなく手伝っていた。
横方向に伸びた導管の圧力計が正常値を示している事を横目で確認しながら、機械の整備のためにずっと屈めて強張った背を大きく反らした。逆さまになった景色の中で、開けっぱなしの間口の向こうを通行人が何人も浮かれた足取りで通り過ぎていく。
事実、この星の住人はこの頃すっかり浮かれ気味だった。非番の下級戦士は軒先に椅子を並べて昼酒を煽り、珍しく手料理でもこしらえてみるかという気を起した女戦士は市で珍しい食材を検分し、色気づいた若者は目当ての乙女に贈る花など求めている。子供たちは菓子を手に甲高い声ではしゃぎ回り、特に下級戦士の暮らす狭い居住区は溢れんばかりの人で大賑わいだ。それは単に過ごしやすい季節の訪れを喜ぶだけでなく、街中がどことなく興奮したお祭り騒ぎの状態だった。


「ああ、何しろ式典がもうすぐ近いからな」
カカロットの言葉を受けて答えた男は、大きな腰に両手を当てながら満足げに辺りを見回している。
「惑星ベジータ第一王子入隊の式典だ、そこら中の星からお偉方が一族郎党引き連れて集まってるからな。人が集まれば物も金も動く。お陰でこっちは大忙しだ」
今はカカロットの雇用主でもある食品工場長は、にわかに湧いた好景気に大層ご満悦だ。彼の言葉を裏付けるように、彼の周りをちょこまかと動いている作業用ロボットは、どれも最新式のピカピカだった。彼の工場だけでは無い、惑星ベジータ中が式典の恩恵にあやかっている。近隣の惑星から訪れている異星人でホテルはいつも満員、土産物屋は品を出す傍から売れていく。市壁の日陰に位置する最下級戦士の簡素な寮にも、安い木賃宿にも、職人が昇って次々と垂れ幕を下げている。春の風にひるがえる赤い天鵞絨の表面には、どれも金糸で王家の紋章が一つ一つ縫い取りされていた。


「王子様がフリーザ軍に加わるってのは、よっぽどすげえ事なんだな」
作業用ロボットを遥かにしのぐスピードで、両手に満載した荷物をカカロットが配送車両に積み込んんでいく。
「そりゃあそうだろうよ。何しろ相手は全宇宙の支配者フリーザ様と、その直轄軍だからな、その中で王子様は要職が約束されてるんだ。惑星ベジータにも箔が付くってもんだぜ」
「……へえ、そうなんだな……」
太り肉の男は言いながら相手の背中を見守った。その目には以前とは打って変わって、全幅の信頼が籠っている。
カカロットと名乗ったこの青年は、実に使える男だった。『商品を分けてくれ』などと言いながら得体の知れない人物が現れた時は、てっきり新手のたかりか何かだと思っていた。『工場の仕事を手伝いたい』と言い出した時は、ちょうど繁忙期の真っ最中だったので、使い捨ての労働力としてヘマをしたらすぐに首を切ってやれば良いか、くらいの軽い気持ちで雇い始めた。ところが、一見すると何も考えていなさそうなこの男は、予想に反して非常に有能だった。雑用から力仕事まで実にてきぱきとこなし、しかも下手な作業ロボットよりも遥かに作業効率が良い。また工場の設備の操作から整備まで、一度教えただけで難なくこなしてみせた。これは一体どういうことだ、工場の現場経験でもあるのかと驚くと、彼は『遠征先では機械の操作も飯の調達も、一通りの事を自力でこなさなきゃなんねえからな、まあ似たようなもんだろ』と明るい顔で笑って答えたのだ。



目の前を水平に何度もカカロットが行き来する。その度に山のような荷物がどんどん整理されて配送車両に積み込まれていき、その手早さと来たら先を越された作業ロボットがあたふたしているほどだ。
「おっといけねえ、もうこんな時間だな。急がねえと」
これほどの仕事をこなしながら、相変わらず飄々とした声が響く。男が何よりもカカロットを気に入ったのは、そんな気質だった。人見知りをしない陽気で快活な性格で、またサイヤ人にしては非常に珍しい事に、戦闘以外の労働を進んでこなした。『勤労なサイヤ人』というだけで珍しいし何よりカカロットの場合は、仕事を仕事と思っておらず、むしろ楽しみな事の一つであるかのように、実に楽しそうに作業をこなすのだ。そんな性格が表れたのか、戦士としては今一つ闘争心に欠ける顔をしているが、もし下級戦士としての地上げ屋業をクビにでもなったら、本格的にこの工場で雇ってやっても良い、くらいにまで思い始めていた。


「なあなあ、おっちゃん聞いても良いか?」
それまで黙々と作業をこなしていたカカロットが再び口を開いたところで、男は我に返った。
「あ、ああ。何だ?」
男に背を向けた状態で作業を続けながらカカロットが言葉を繋げる。
「惑星ベジータだって立派な独立惑星なんだろ?なんでオラたちフリーザ軍に従ってんだろうな?ましてやこの星の王子様を差しだすなんて、それじゃまるで……」
「お、おい!!滅多な事を言うもんじゃねえ!!」
カカロットが不穏な言葉を言いかけたところで、男が慌てた顔で遮った。無邪気なのは良いが、世間知らずなのは困りものだ。
「いいか、サイヤ人がフリーザ軍に加わるってのはお互いにとって有益な事だ。フリーザ軍はサイヤ人の戦闘力を味方にできる、俺達は圧倒的な勢力を後ろ盾に、好きなだけ戦闘を続けられる。これは正当な取引なんだ、何を疑問に思う必要があるんだ」
「………………」
「惑星ベジータとフリーザ軍は対等な惑星同盟を結んでる。何も属領ってわけじゃねえんだ。サイヤ人にとっては戦闘が全てで、フリーザ軍はそれを与えてくれる。俺達にはそれが全てだ。それでいいじゃねえか」
男の言葉を聞いているのかいないのか、カカロットは黙々と作業を続けている。
「くわえて王家にとって従軍は栄誉とパフォーマンスだ。俺達下々の預かり知るところじゃねえ。何しろベジータ様は惑星始まって以来の天才だ、あの帝王フリーザ様も大のお気に入りだそうだからな。ベジータ様がフリーザ軍に加わる事で、惑星ベジータとの同盟もますます強固なものになる。星は安泰、サイヤ人は心ゆくまで戦闘のし放題。こんなめでたい事は無いだろう」
「……ふーん……」
男に背を向けたまま、カカロットが抑揚の無い声で返事をした。
「けどそれってさ、王子様はオラ達サイヤ人が反抗しないための体の良い『人質』って事なんだよな?」
その言葉に、今度こそ男は青ざめた。まったくこいつは!正直なのかバカなのか、戦場で罠が仕掛けられていたら真っ先に引っかかって爆死するタイプだな!
「オラがもしエリート戦士や王族だったら、大事な王子様を質に入れるような真似なんか絶対しねえなあ」
「お、おい!!お前それ以上物騒な話は俺の工場の外でしてくれ!」